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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第22章 光の子供達 ~第二部プロローグ~
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22.07 支える眷属達

 集う大勢の人々の和やかな談笑に、アミィは深い感慨を覚えた。

 この世界にシノブが来たとき、彼の側にいたのは自分だけだった。忘れもしない創世暦1000年8月1日、もうすぐ一年半を迎える自分の誕生日となった日のことである。


 しかし今のシノブは違う。

 シノブは愛する人を守り、多くの人々と友誼を結び手を(たずさ)えた。そして彼は結んだ絆で邪神を打ち倒し、エウレア地方に平和を(もたら)した。

 その成果の一端が目の前にある。この(うたげ)、シノブとシャルロットの結婚一周年を祝う晩餐会に集ったのは、実に多様な人々であった。

 祝宴を催すのはシノブが国王を務めるアマノ王国で、彼自身や家族であるシャルロット達も出席している。そして祝いに来たのは関係を結んだ国々の大使達だ。アマノ同盟の加盟国と友好国、合わせて十二国の大使達がテーブルを囲んでいる。


 それはシノブの成長や成し遂げた事柄の象徴であり、神々の願う融和が広がった証でもあった。そのためアミィは、溢れんばかりの喜びを感じていた。


「アミィお姉さま、次はどこの国が加わるのでしょうね?」


 隣から話しかけてきたのは、同じ天狐族のタミィだ。彼女は前世の縁もあって特にアミィを慕い、姉と呼び敬っている。おそらく語りかけてきたのも、半分はアミィと話したいからだろう。


「近々イヴァールさんがメーリャの二国に行くようですから、そちらかもしれませんね」


 アミィはアスレア地方のドワーフの国を挙げた。

 先ほどイヴァールはキルーシ王国の大使テサシュと会談し、メーリャ遠征について語らった。そしてテサシュは案内役を付けると確約したから、後は実際に旅するだけだ。

 移動は磐船か飛行船、おそらくメーリャ側を刺激しないように飛行船が選ばれるだろう。


「まずは西メーリャ王国からですね! 大砂漠の南端から、エレビア王国、そしてキルーシ王国沿いに北上……距離だけなら三日ですが、もっと掛かりますよね?」


 タミィの口にした日数は飛行船の場合だ。ただし、あくまで計算上の話である。

 今の飛行船なら一日あたり800kmから1000kmを飛行可能だ。そしてイヴァールの領地バーレンベルクから西メーリャ王国の国境までタミィが挙げた南回りだと2700kmほどである。

 しかし実際には中継地点で休むしキルーシ王国で打ち合わせもするから、片道一週間以上に違いない。


「そうですね……」


 アミィは妹分に頷きつつ、テサシュの方向に視線を向ける。

 テサシュは隣国エレビア王国の王女オツヴァと話していた。この二人は隣同士だったのだ。


 中年男性のテサシュと十八歳の乙女のオツヴァでは合う話もなさそうだが、二人には刀術の使い手という共通点があった。そしてオツヴァは誰もが知るほど深く武術に傾倒している。

 どうやら今もオツヴァは刀術について語らっているらしい。微かに聞こえる言葉からすると、源流が同じエレビア一刀流とキルーシ一刀流の微細な違いについて訊ねているようだ。猫の獣人の外交官と虎の獣人の王女は、時々多少の手振りも加えていた。


「オツヴァ様、大使として大丈夫なのでしょうか……」


 タミィの心配げな呟きが聞こえたのだろう、セレスティーヌが顔を動かした。セレスティーヌの席はアミィを挟んだ向こう側だったのだ。


「実務はイゾーフさん、リョマノフ殿下の側近だった人が仕切っているようですわ。おそらくリョマノフ殿下のお気遣いでしょう」


 セレスティーヌの表情は少々複雑なものであった。彼女が言う気遣いとは、リョマノフが姉の補佐として腹心の一人を付けたことではないようだ。


 オツヴァ自身は、端的に言えば真っ直ぐな女武芸者だ。その彼女が外交に向いているとは思えないのだが、王族という看板は魅力的である。

 そして上手くアマノ同盟か友好国の誰かと縁を作れたら、とエレビア王家は大きな期待を(いだ)いているらしい。


「エレビア王国は航路として重要ですし、興味を示している国もあるようですわ」


 セレスティーヌは反対側の一角へと顔を向ける。そこにはカンビーニ王国の大使ロマニーノ、つまりメグレンブルク伯爵アルバーノの甥がいた。


 そしてアミィは、先日アルバーノから聞いたことを思い出す。それはタミィとセレスティーヌの話とも関係のあることだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 先月終わりごろ、アルバーノが姪で養女のソニアを連れて『白陽宮』に現れた。しかし二人の来訪に気付いた者は殆どいなかっただろう。何故(なぜ)なら彼らは、透明化の魔道具を使っていたからだ。

 そして密かに宮殿に入ったアルバーノ達は、とある部屋でアミィと密談を始める。


「シルヴェリオ殿下が婚約者を増やすかもしれません。しかも第二夫人候補としてです」


 アルバーノの訪問理由は、故国カンビーニ王国の王太子についてであった。

 普段は情報局を代行のソニアに任せているが、(いま)だアルバーノは情報局局長でもあった。そのため特に重要な件であればアルバーノが報告に来ることもある。もしくはアルバーノ自身が情報を(つか)んだときなどだ。


「たしかテポルツィア侯爵令嬢がいましたね?」


 アミィは僅かに首を傾げた。

 シルヴェリオには第一妃アルビーナがおり、婚約者としてテポルツィア侯爵の娘もいる。ならば新たな婚約者は第三夫人となる筈だ。それが何故(なぜ)二番目なのか、とアミィは思ったのだ。


 ちなみにアミィは一夫多妻について思うところはない。この星の最高神であるアムテリアも認めているし、魔力が多いと男子を得にくいという事情もあるからだ。


 かつてシノブが解き明かしたが、受胎直後の母体を活性化すると子が流れる危険性が高まる。特に母体と性別が異なるせいか、男子に顕著らしい。

 もっとも危険な時期は着床したかどうかという極めて初期だけで、しかも母体側に自覚症状はない。それに回復魔術で毎日のように活性化してもらえる者など、王族や上級貴族くらいだ。

 そのため高位の者には女の子が多いという認識はあっても、原因は長く不明なままであった。しかしシノブが明らかにしたから、今後は改善されていくだろう。


「はい、長女のティレディア様です。十歳とお若いので内々にしていますが」


 アミィが確認するとソニアが静かに頷いた。

 カンビーニ王国の公爵家はシルヴェリオの姉フィオリーナが当主だから、血が近すぎて婚姻対象にならない。そのため次いで格上の侯爵家から婚約者が選ばれたのだろう。

 なおティレディアはシルヴェリオより十三歳も年少だが、同国の侯爵家は三つだから女性も限られる。そのため近い年齢だと釣り合う者がいなかったようだ。


「新たな婚約者ですが、エレビア王国のオツヴァ様ではないかという噂がありまして……流石に同盟国の王宮に忍び込むわけにはいきませんから、確かめてはいませんが」


 アルバーノは肩を(すく)めつつ、おどけたような調子で語っていく。


 アマノ王国を除くと同盟の中でアスレア地方に強い興味を示しているのは、カンビーニ王国とアルマン共和国だ。どちらも東域探検船団としてアスレア地方への遠征もしているし、航路開発にも熱心であった。

 しかしアルマン共和国は十二の伯爵家が中心となって統治する国となったから、政略結婚に熱心ではないようだ。おそらく彼らは、どこか一家が強力な後ろ盾を得たら、と互いに警戒しているのだろう。

 それに対しカンビーニ王国は名前の通り王政で、アスレア地方にも比較的近い。ならば既に王太子の婚約者としたテポルツィア侯爵令嬢には悪いが、エレビア王国の王女を先に迎えても良いと彼らは考えたようだ。


 ちなみに東域探検船団に加わった最後の一国ガルゴン王国だが、こちらは南方のアフレア大陸にも惹かれているらしい。航路的に近いのもあるし、他国との住み分けを考えたようでもある。


「そうですね。同盟に不利益を(もたら)すようなことであれば別ですが」


 アミィは非常の手段を完全に禁じたわけではない。

 この世界は弱肉強食だとシノブに教えたように、アミィは綺麗事だけでは渡っていけないと承知している。もちろん理想は愛あふれる世の中だが、長い眷属としての活動で現実の厳しさをアミィは痛感した。

 そのためアミィは多くの人々の為になるなら、敢えて法を破ることも辞さない。おそらくアルバーノやソニアも同様だろう。

 しかし一方でアミィは甘くもあった。ただでさえ苦労が多いシノブに、細々したことまで背負わすのは避けたいと思っていたのだ。

 これが本当に差し迫った危機であればシノブにも打ち明けるが、今回のように静観して問題なさそうなことであれば、伝えなくとも良かろう。そのようなわけで、アミィはソニアなどと密かに情報収集や分析をすることがあった。


「今回は大丈夫かと。カンビーニ王国としては、エレビア王国と仲を深めたいだけでしょう。何しろアスレア地方の玄関口ですからな」


「シルヴェリオ様には既に嫡男ジュスティーノ様がいますし、長女のミリアーナ様も誕生されました。それとオツヴァ様は虎の獣人ですし」


 アルバーノとソニアの言葉は、どちらも納得がいくものであった。

 アスレア地方に最も近い港湾都市はアマノ王国のアマノスハーフェンで、そこから西はデルフィナ共和国の海岸に設けた寄港地だ。しかしエルフ達は航海経験が殆どなく、今のところ自国のみで遠洋に出るつもりはないらしい。

 そしてデルフィナ共和国の次はカンビーニ王国やメリエンヌ王国である。そのためカンビーニ王国では、エレビア王国との縁を繋ごうと思ったのではないだろうか。


 ソニアの触れた理由も大きいだろう。

 シルヴェリオには三歳の長男に加え、昨日12月27日には第二子である長女も誕生した。そのためオツヴァが嫁いでも次期国王の母とはなれないだろう。

 しかもカンビーニ王位の継承では、獅子の獣人の男子が優先される。初代の『銀獅子レオン』から、代々の王は獅子の獣人の男だけなのだ。

 したがって虎の獣人のオツヴァは、ますます不利であった。彼女とシルヴェリオが結婚した場合、子供は虎の獣人か獅子の獣人だから二分の一の確率というわけだ。


「一時期はキルーシ王国王太子の第二夫人かと思いましたが。しかしヴァルコフ殿下には、まだ子供がいない……やはり難しいでしょうな」


「向こうにはリョマノフ殿下が婿入りします。これ以上エレビア王国の血が入るのは、という意見もあるかと思います」


 アルバーノやソニアはキルーシ王国に潜入や滞在をしたこともある。そのため()の国の思惑も重々承知のようだ。


 リョマノフはキルーシ王国で東部大太守という特別な地位を授かる。これはキルーシ王国の四分の一もの広域を治める大領主だ。

 この上オツヴァがヴァルコフに嫁ぎ、その子が国王になったら。まるでエレビア王国に乗っ取られたようだと危惧する者も出るだろう。

 それ(ゆえ)キルーシ王国が更なる縁組を避けたとしても、無理からぬことではある。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「当面は問題ないでしょう。おそらくですが我が国を……というよりシノブ様を悩ませるのは、次世代だと思います」


「その件もありまして。カンビーニ王国では、ミリアーナ様をアマノ王国の将来の国王リヒト様にという声が既に上がっているのです。

何しろエウレア地方でリヒト様より年少の王女様は、今のところミリアーナ様だけですから……」


 アミィの予想は当たっていたらしい。アルバーノは少しばかり早すぎるカンビーニ王国の熱狂について触れた。


 エウレア地方に王制の国は四つある。アマノ王国、メリエンヌ王国、カンビーニ王国、ガルゴン王国だ。

 そしてシノブの妻と婚約者は三人ともメリエンヌ王国出身だから、カンビーニとガルゴンの二国は次代に懸けているらしい。


「オツヴァ様との婚姻を進めているとして、そちらも次代狙いかもしれません。もっとアマノ王国の王子や王女と結婚させるための子供を、という……」


「これは未確認ですが、ガルゴン王国のカルロス王太子殿下も更なるお子様を望んでいるとか。こちらも第三夫人を娶る可能性もありますな」


 ソニアがオツヴァの件も次代を意識したのではと指摘すると、アルバーノはガルゴン王国に話を転じた。

 ガルゴン王国の王太子カルロスは既に三人の子供がいる。しかし最も幼い子でも六歳だから、リヒトや続く子の相手としては少し釣り合わない。

 カルロスには妻が二人いるが、これからの縁組を考えると三人目を持とうというのも無くはない。


「数年や十年先まで考えるなら、そういう動きもあるかもしれませんね」


 アミィは内心で少し寂しく感じる。神々の眷属として、新たな家族を迎える理由は愛であってほしかったからだ。


 もちろんアミィも、生きていくためや子を残すために結ばれるのを否定はしない。そして政略結婚も自分の家や国を残すための手段だから、生存本能の発露と言えなくもない。

 しかしシノブの子との婚姻を狙って妻を増やすというのは、少々残念な気がしたのだ。


「そうですな……ミュリエル様のお子様となると、ご指摘のように十年後もあり得ますし。それに他国やアスレア地方との縁組も視野にいれたら、子供が多くて困ることはないでしょう」


 どこか他人事のような調子でアルバーノは呟く。

 アルバーノも伯爵だから、そういった政略結婚の申し込み先になりそうなものだ。しかし彼は自身のことは棚に上げているらしい。


「……先のことは置いておきましょう。そのとき、また考えれば良いことですし。他に何かありますか?」


 アミィもアルバーノに倣うことにした。つまり棚上げしたのだ。

 次世代が結婚するとしても、十五年以上先のことだ。先方もいきなり公式な婚約をとは言わないだろうし、とりあえず物心付いてから、などと引き伸ばしも充分に可能である。


 そのためアミィは他に報告事項が無いかと訊ねてみる。アルバーノとソニアのどちらも通信筒を持っているが、直接聞いた方が理解しやすいこともあるからだ。


「大砂漠派遣隊ですが、飛行船第一隊、第二隊とも順調です。第一隊はオスター大山脈の東を一通り巡り終え、ジャル族との友好関係を確立しました。第二隊はメジェネ族の集落、中央山地南のオーグルと北のクーマルのみですが、こちらも問題ありません」


 ソニアが大砂漠や近辺の探索状況を答えていく。

 オスター大山脈とはアマノ王国と大砂漠を隔てる8000m級の高山帯だ。あまりに高いため、現在でも飛行船は大山脈を避けて飛行している。

 ちなみにホリィ達の調査で、オスター大山脈の東の(ふもと)近く、つまり大砂漠の西端から少し山に登った辺りに遊牧民が住んでいるのは半年以上前から判明していた。しかし通常の手段では行き来が難しいため、訪問は先送りとされた。

 これは大砂漠も同様でホリィ達はオアシスに住む人々の存在を(つか)んでいたが、移動手段がなかったから後回しとなった。


 しかし十月ごろには充分な性能を備えた飛行船が十隻以上も配備され、その後も順調に数を増やした。そのためシノブ達は懸案を片付けることにし、軍人と内政官が乗り込んだ飛行船団、大砂漠派遣隊を双方に旅立たせた。

 この大砂漠派遣隊には、アマノ王国に棲家(すみか)を構える超越種達や大砂漠の地下に棲む朱潜鳳のフォルスやラコスも協力してくれた。そのため第一、第二とも極めて友好的に迎えられたという。


「ジャル族とメジェネ族は、それぞれ全て合わせても数万人だそうです。おそらく多くて四万といったところでしょう。これなら嫁入りや婿入りで頭を悩ませなくて良さそうですな」


 アルバーノが言う通りなら、二つを合わせてもアマノシュタットの人口に届かない。それにアマノ王国の伯爵領は、どれも人口十万人以上だ。

 そのため両者ともアマノ王国の規模を知れば、王族に結婚を申し込もうと思わないだろう。アルバーノは、そう言いたいようだ。


「その代わり、義父上達が狙われるかもしれませんよ? そういえば義父上、モカリーナさんの次をどうなさるのですか? エルネッロ子爵令嬢ベティーチェ様がお待ちだと思いますが……」


「そうなのですか? てっきり私はフランチェーラさん達だと思っていましたが……」


 ソニアの冗談めかした言葉に、アミィも乗った。

 果たしてアルバーノは第二夫人を娶るのだろうか。カンビーニ王国の女艦長ベティーチェは似合いだったように思う。しかし公女マリエッタの学友であるフランチェーラ、ロセレッタ、シエラニアの三人もアルバーノを慕っているらしい。

 ベティーチェはともかく、フランチェーラ達はシャルロットの側仕えだから接することも多い。そのためアミィは興味もあるが、彼女達のためにもアルバーノの本心を知りたく思った。


「そ、それは……アミィ様、私は既に四十一歳ですよ? あまり若い女性を貰うのは……」


「ではベティーチェさんですか? 彼女は確か二十歳(はたち)だったと思いますが?」


 困ったように頭を掻くアルバーノに、アミィは更なる問い掛けをしてみる。

 フランチェーラは十七歳、ロセレッタとシエラニアは更に年下だ。確かに年齢的には釣り合わない。もっともベティーチェも大して違わないのだが、彼女は艦長という職にあるためか年齢以上の風格があるようだ。

 それにモカリーナはアルバーノと結婚した時点で二十三歳だ。そのくらいなら、アルバーノの好みに合うのだろうかと、アミィは思ったのだ。


「まあ、彼女は随分と話が合いましたな……」


 アルバーノは満更でもなさそうであった。少なくともアミィは、そのように感じた。

 この辺で追及するのは()めておこう。そしてフランチェーラ達には、さりげなく伝えることにしよう。そんなことを考えつつ、アミィはアマノ王国随一の色男の珍しい表情、どこか昔を思い出すような何かに感心しているかのような顔を眺めていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ともかく同盟や友好国、そして近隣に不穏な気配が無いのは良いことですね。オスター大山脈東や大砂漠も問題なさそうですし……」


 アスレア地方には多少の動乱があるが、それはシノブが出るまでもない件だとアミィは思っていた。

 元テュラーク王国、今ではズヴァーク王国となった国はキルーシ王国やアルバン王国が安定させようとしている。ドワーフの西メーリャ王国と東メーリャ王国は仲違いしているらしいが、まずは同じドワーフのイヴァール達に出向いてもらうべきだろう。


 神々は地上のことは地上でと決めて神界から見守っている。同じようにシノブも、各地域のことは各地域に任せるべきではないだろうか。

 そうしなければ、地上の者達はシノブに頼るだけになってしまう。それではシノブが神々の代わりになってしまい、地上の者達は成長しなくなる。

 そのような事態を、アミィは何としても避けたかった。せっかく邪神が消え去り、あるべき姿に戻ったのだ。シノブなら善神になるとアミィは信じているが、たとえ善き思いからであっても全てに手を出しては逆効果だ。


 それにシノブが神になるのは、もっと先の話だ。彼は更に多くを学んで世を知り、己を鍛えなくてはならない。先々はともかく、今そのような重荷を背負わせるなど神々も望んでいないだろう。

 神々の眷属としての長い時間と触れた無数の事柄が、シノブを一人で走らせてはならないとアミィに告げていた。


「はい……ですがアミィ様……」


 アルバーノの顔には、畏れに似たものが滲んでいた。

 はっきりとは伝えていないが、シノブはアルバーノやソニアに自分が何者か教えた。それにアルノーやナタリオなど、ベーリンゲン帝国打倒のころから支えてくれた人達も同様だ。

 おそらくアルバーノは、神々の秘密に触れて良いか躊躇(ためら)ったのだろう。


「何でしょう? 遠慮なく訊いてください」


 アミィは微笑んでみせる。

 シノブと共に、アミィも自身のことを明かした。彼らなら本当のことを知っても変わらないと思っていたからだ。現にアルバーノ達は以前と同じく接してくれるし、自分がすべきことは自分で対処している。


「それではシノブ様は(つら)くないでしょうか?

私と比べるのも何ですが、伯爵となっても前線で活動したくなりますし、実際にこうやって諜報に赴きます。もうすぐシノブ様は二十歳(はたち)ですが、そのころの私など、国を飛び出して傭兵になったほどですし……」


 アルバーノは自身の若き日と比べ、今のシノブが不自由すぎると思ったようだ。

 自分は長く戦闘奴隷として縛られたが、シノブも王宮という牢獄に閉じ込められ、国王という名の枷を()められている。アルバーノは、そう感じたのだろう。


 シノブが思うままに自身の能力を振るったら、アマノ王国は今の何倍もの速度で発展するだろう。しかし、それでは本当の意味での成長はしない。

 もちろんシノブの個人的な能力だけで変わるものばかりではない。しかし彼が力を振るえば、解決する問題も多数ある。大魔力が必要な事業、別世界で学んだ知識を用いた改革。そういったもので自分の理想を実現できると判っていて手を付けないのは、見えない鎖で縛られているようなものだ。

 アルバーノの顔には、そう書いてあるようだった。それに隣にいるソニアも、同じような案じ顔となっていた。


「アルバーノさん、世界は広いのです。エウレア地方やアスレア地方はシノブ様の手を借りなくても前に進めるでしょう。ですが、そうではない場所もある筈です。

そしてシノブ様は、その広い世界を学ばなくてはなりません」


 アミィの言葉に、アルバーノとソニアは笑みを取り戻す。

 シノブには、まだすべきことが沢山ある。アマノ王国や周辺は平和で豊かな地となったが、それは世界の一部でしかない。外にはシノブしか出来ない何かがあるかもしれない。それに平和な土地だったとしても、何かしら得るものはあるだろう。


「判りました。私達がアマノ王国を守り、そしてアマノ同盟を広げていきます」


「はい。シノブ様が心置きなく世界を巡れるように……そして私達が感じたものと同じ喜びを世界に届けるために」


 アルバーノとソニアは、どこか似通った顔でアミィへと誓った。そしてアミィは静かに頷いてみせる。

 この地は大丈夫だ。シノブや自分は彼らを信じて見守るだけで良い。(いだ)いた確信(ゆえ)だろう、アミィは知らず知らずのうちに満面の笑みを浮かべていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アミィお姉さま、何だかとても嬉しそうですね?」


「カンビーニ王国とエレビア王国の友好は望ましいことですが、それだけでもなさそうですわ」


 タミィとセレスティーヌは、アミィが微笑んだ理由を(つか)みかねたようだ。

 外交担当のセレスティーヌはカンビーニ王国で進行中の出来事も他より詳しく知っている。そのため彼女は両国の行動がアミィにとっても望ましいものだと理解したようだ。

 一方のタミィは神殿でアミィの代理を務めるから、朝議には稀にしか出席しない。そのため彼女はセレスティーヌとは違って疑問混じりの表情のままであった。

 もっともセレスティーヌがシルヴェリオとオツヴァの縁談と解釈したなら、それはアミィの心に浮かんだことの発端でしかない。そのためだろう、セレスティーヌも怪訝そうな様子ではある。


「アマノ同盟や友好国は、大丈夫だと思ったのです。皆さん、とても仲良さそうですから……」


 アミィはテーブルを囲む人々を見つめる。そこには様々な語らいがあった。

 つい先日まで断交していたアスレア地方の二国、アゼルフ共和国とアルバン王国の大使達は楽しげに言葉を交わしている。先日ヤマト王国から着任した大使は、最も遠方だろうアルマン共和国の大使の話を興味深げに聞いていた。

 先ほどと同じくテサシュとオツヴァは武術談義らしきもの、そして他も隣の者と言葉を交わしつつ飲食をしている。そこにはアミィが夢見た人々の融和が確かにある。


 この光景を守り育てよう。同じ眷属達、超越種達、アマノ王家の女性達、そしてシノブと。この地の人々に任せるべきは任せ、どうしてもというときは手を差し伸べるのだ。

 もちろん漫然と日々を過ごすだけではない。この地が平穏なときはシノブと共に世界を巡ろう。彼に更なる強さと愛を体現してほしいから。

 アミィは自然とシノブに目を向けていた。そして彼女の視線を感じたのか、シノブは顔を動かす。


「素晴らしいね……この光景を、もっと広げよう。アウスト大陸やイーディア地方……そして、まだ名前も知らない場所にも。アミィ、これからも頼むよ」


 シノブはセレスティーヌの向こうから語りかけてきた。

 (ささや)きというべき抑え気味の声だったから、おそらくはタミィに届いた程度だろう。しかしシノブの言葉はアミィの心に、どんな大声よりも明瞭に伝わった。

 たぶんシノブは、世界を巡る旅が自身の成長のためでもあると理解しているのだろう。頼むと言ったときの彼の声音(こわね)は、柔らかくも真摯な思いが滲むものだったからだ。


「はい、シノブ様! 一緒に世界に旅立ちましょう!」


 シノブとの心の繋がりが、アミィには何よりも嬉しかった。

 シノブは自分と同じ思いを(いだ)いている。そして自分の導きを必要としてくれている。そのことだけで、アミィの心に一層の活力が宿る。

 まずはオルムル達と共にアウスト大陸、地球のオーストラリアに相当する場所だ。アミィは新たなる地での新たなる冒険へと、想像の翼を広げていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年5月3日(水)17時の更新となります。


 次回から第23章になります。


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