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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第22章 光の子供達 ~第二部プロローグ~
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22.04 戦う女性達 前編

 居室に移ったシャルロットは、深い喜びを感じていた。

 腕の中には愛息リヒト、隣には夫のシノブが腰掛けている。そして向かいのソファーには、アミィとタミィだ。普段と同じ朝の光景は、シャルロットに大きな安らぎを与えてくれる。

 しかし今日のシャルロットは幸せに(ひた)りつつ、まだ見ぬ土地にも思いを馳せていた。もちろん想像の翼を羽ばたかせる先は、オルムルが夢で見た場所である。


 この高緯度帯で一月に入ったばかりのアマノシュタットとは全く違う、真上に近い高みから降り注ぐ(まぶ)しい陽光。そして同じくエウレア地方では見ない、濃い褐色の肌をした人々。どうやら今まで自身やシノブが訪れたことのない地方のようだ。

 夢の中でオルムルは、人だけではなく何らかの建築物も目にしたらしい。しかし彼女は、それらを殆ど忘れていた。

 そのため手掛かりは少ないが、太陽の高度や周囲の風土から多少の見当は付いた。


 夢の光景が現時点のものなら南半球で遥か東、シノブの故郷である地球に当て()めるならオーストラリアと呼ぶ地域のようだ。もし過去のことで季節が違うなら北半球を含めた幾つかの場所が該当するが、その場合シノブはインドという場所が最有力の候補だという。

 そのため前者を嵐竜ラーカの両親ヴィンとマナス、そして後者をホリィとマリィに確かめてもらう。どちらも彼らなら一日や二日で往復できるから、数日中には結果が出るだろう。


 そこには何が待っているのだろうか。超越種のオルムルですら恐れる謎の存在がいるらしく油断はできないが、シャルロットは同時に強い興味と期待も感じていた。


「シャルロット、今日はいつにも増して楽しげだね?」


「ええ。不謹慎かもしれませんが、貴方と共に謎解き出来るのでは、と思うと……」


 夫の問いに、シャルロットは僅かに頬を染めつつも素直に答えた。

 ここにいるのはシノブを始め、()の自分を顕わに出来る者達ばかりだ。しかしシャルロットは、王妃の自分に望ましくない感情だとも思っていたのだ。


 とはいえシノブと共に歩みたいという思いは、どうにも抑えきれない。

 リヒトを身篭ってから出産まで、多くの戦いや事件で夫を見送るだけだった。シャルロットは宿した我が子を深く愛し、自身が何をすべきか充分に理解してもいた。それ(ゆえ)当時は我慢もしたが、今は状況が異なる。

 リヒトは無事に生まれ、王宮には多くの乳母が控えている。そのためシャルロットがシノブと一緒に行動しても、身体的には全く問題がない。

 ただし、王妃として如何(いかが)なものか、という言葉は避けられぬだろう。その思いがシャルロットの顔を熱くしたのだ。


「良いじゃないか。やるべきことをした上で、やりたいことをする。これなら何の問題もない」


 シノブは思う通りにすべきだと、力強い口調でシャルロットに返した。どうやら彼は、妻の内心を察したようだ。


 実際のところシノブやシャルロットは、それぞれの務めを充分以上に果たしている。ならば空いた時間を使って休息や気分転換してもかまわないし、その方が仕事も(はかど)るに違いない。

 もちろん気分転換が謎の解明や災いの予防措置というのは、少々首を傾げてしまう。しかしシノブも似たような性格だけあって、思う通りの行動こそ最高の休息だと考えているのだろう。


「お二人の場合、少しくらい我がままを言った方が良いと思いますよ?」


「はい! ご出産を終えてから私用で外出したのは、たったの二回だけですから! それも誕生日のときは半ば公務みたいなものですし……」


 アミィとタミィも、シノブやシャルロットが真面目に働きすぎると思っているのだろう。

 冗談めかしてはいるが、二人の言葉は本心からの忠言らしい。どちらも頭上の狐耳を僅かに傾げ、顔にも案ずるような気配が滲んでいる。


 実際のところ、シャルロットが自身の望みで出かけたことなど殆どない。タミィが言うのは十一月半ばのベルレアン伯爵領訪問と、シャルロットの誕生日の王都散策だと思われる。しかし、どちらも完全な私事ではなかった。

 ベルレアンに赴いた目的の一つは、実家に無事の出産を報告するためであった。それに父コルネーユの第二夫人ブリジットもシャルロットの四日前にお産を終えたから、そのお祝いでもある。したがって帰省といえど遊びに行っただけではない。

 そしてシャルロットの誕生日、12月25日の王都訪問は視察でもあるし、神殿の孤児院などを巡ったから慈善事業でもあった。そのため公的な活動だというタミィの言葉も間違ってはいない。


「国内や同盟内だと、私的な訪問のつもりでも完全に自由ってわけにはね……名前を伏せずに行くなら、どうしても王や王妃に相応しくってなるし。正体を隠しても大して変わらないかな。何かあって明かすこともあるからね……。

そういう意味では、見知らぬ土地の謎解きは良いと思うよ。素性がどうこうって気にしなくて済むし……もっとも今日は情報待ちだから、早くて明日からかな?」


 シノブは片手で息子をあやしながら、タミィへの同意とも愚痴とも付かぬ言葉を紡ぐ。彼の口調や表情からすると本気で困っているわけではなさそうだから、冗談としてタミィに乗じたようでもある。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 居室の中からは、暫し言葉が途切れる。シャルロット、アミィ、タミィの三人は、シノブへと手を伸ばすリヒトに見惚れていたのだ。


 生後二ヶ月を迎えたリヒトは健康そのもの、そして成長も随分と早いらしい。それはシャルロットにとって何よりも嬉しいことだ。しかし彼女は、同時に密かな安堵も(いだ)いていた。

 リヒトはシノブの第一子であり、おそらく将来はアマノ王国の第二代国王となるだろう。そのためシャルロットとしては、息子が健康であれば良い、普通に成長してくれたら良い、とは言っていられない。

 もちろん親として、まずは何事もなくという気持ちはある。とはいえ次代の国王であれば並の能力では苦労するだけで、周囲にも迷惑を掛けるに違いない。

 それは女ながらにも伯爵継嗣として生きてきたシャルロットにとって、自明の理であった。


 だが、幸いにしてリヒトは極めて強い加護を授かったようだ。そのためシャルロットには彼が立派な国王になるだろうという予感があり、そして明るい展望は彼女に大きな安心を与えてくれたのだ。


「あぁ~、あぁ~」


 リヒトはシノブが差し伸べた指を小さな手で(つか)むと、嬉しげな声を上げた。それは何か呼びかけているかのような、とても微笑ましい仕草であった。


 生後二ヶ月のリヒトだから、動作や発声は本能的なものだろう。彼は魔力感知に優れシノブ達を魔力波動で見分けているらしいが、当然ながら言葉を紡ぐようなことはない。

 しかし、そうは思わない者もいるようだ。


「そうだよ、俺がパパだ。リヒトは賢いね」


 我が子が自分を呼んでいると、シノブは確信しているらしい。リヒトの様子や声の変化からなのか、それとも魔力感知など常人には不可能な手段で感じ取ったのか。子煩悩な彼だから、単なる思い込みという可能性も否定できないが。


 もっともシャルロットにとって、理由などどうでも良いことであった。

 夫と我が子が強い絆で結ばれている。そこに自分も加わっている。シャルロットは確かな実感として、己の幸福を噛み締めていたからだ。


「ともかく、もっとシャルロットは思うままに動いて良いんじゃないかな? 出産という大役を果たしたんだから、それくらいのご褒美はあっても良いと思うけどね」


「その辺はフェイニーを見習うべきかもしれませんね……」


 再びシノブが気ままな振る舞いを勧めると、アミィが僅かな躊躇(ためら)いを滲ませつつも頷き同意した。どうやらアミィは、つい先ほど目にした光景を思い出したようだ。


 フェイニーを含む超越種の子供達は、引率役のシャンジーと共にリムノ島へと出発した。リムノ島は魔獣の宝庫で人もいないから、子供達の訓練に最適なのだ。

 それはともかくシャンジーが現れたとき、フェイニーは彼の頭に飛び乗ってペタリと貼り付き離れなかった。彼女はシャンジーを将来の(つがい)と定めているからである。

 見ているのはシノブ達や仲間の子供達だけだから、フェイニーはシャンジーへの愛情を存分に示したのだろう。とはいえ体全体を擦り付けて愛情を示す彼女は、確かに天衣無縫(てんいむほう)と表現すべき姿であった。


 とはいえフェイニーも好き勝手しているわけではない。彼女はシャンジーと常に一緒に過ごしたいという気持ちを抑えているようだ。

 現在シャンジーは、王都アマノシュタットの南方、デルフィナ共和国との国境に(そび)えるズード山脈を修行の地としている。フェイニーの兄フェイジー、シャンジーからすると従兄弟の光翔虎が修行には高山が最適だと言ったからだ。

 フェイジーは少々粗忽(そこつ)なところもあるが、三百歳という年齢に相応しい実力の持ち主だ。そこでヤマト王国から戻ったシャンジーは、従兄弟の勧めに従って人では踏破不可能な高山で己を磨いている。

 一方シノブから魔力を貰うのは、超越種の子供にとって能力向上の早道である。それ(ゆえ)フェイニーも今は将来のために自身の成長を優先したようだが、(こら)えた分だけシャンジーに会うと親愛の表現が激しくなるのだろう。


「アミィの言う通りだね。メリハリを付け、場面に合わせて振る舞えば良いんじゃないかな? だから務めに差し支えなければ出かけても問題ないさ。

それに俺達は、まだ若いんだ。俺は来月の十四日で二十歳(はたち)、君は十九歳になったばかりだからね。色々見て回って成長するべきだ……君の誕生日みたいに」


 シノブは途中から、とても真剣な顔となっていた。

 確かに二人は若年である。したがって、もっと人生経験を積むべきに違いない。

 一般的にエウレア地方の国王や領主は六十歳前後で隠居し、跡継ぎに道を譲る。そして多くは二十代前半までに子を得るから、普通なら次代は三十代である。

 そのためシノブとシャルロットは、平均的な事例より十年以上も早く国王夫妻となったわけだ。


 アマノ王国はシノブ達が興した国だから、当たり前だが先代はいない。したがって実務優先は仕方がないとはいえ、若さを補うには己の研鑽も合わせて取り組むべきであろう。


「はい。あのとき感じたことが、思いを更に深くしてくれたようです」


 シャルロットは十日少々前のことを思い出す。それはシノブ達と共に姿を変え、神殿に付属する孤児院を訪問したときのことであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 創世暦1001年12月25日、シャルロットはシノブ達と共に街に出た。シノブとシャルロットが若き騎士と妻、そしてミュリエルとセレスティーヌがシャルロットの妹、アミィとタミィは従者という配役だ。

 男爵以上にしてしまうと、さほど多くないから偽るのが困難だ。そのため騎士を選んだが、この場合は一夫多妻ともいかない。

 貴族でも二人以上の妻を娶るのは子爵から上が殆どで、男爵となると極めて稀である。貴族といっても男爵くらいだと、一般の者が思っているほど裕福ではないからだ。

 そこでミュリエルとセレスティーヌは妹となったが、共に外出できるなら配役に文句はないらしい。二人は楽しげな笑みを絶やすことなく、訪問先の神殿へと入っていく。


 ちなみに今回は全員が本来の種族のままだ。そして髪を黒や茶、瞳も多少地味な色、容貌も僅かに変えただけである。

 アミィの作った魔道具を使えば、全ての種族を自由に選択できる。しかし狐の獣人であるアミィやタミィが化けた場合、頭上に触れたら何かがあると判る。もちろん人族が付け耳をしても、側頭部に触れば同じく怪しまれる。

 これが接触の無い場や相手が常識を弁えた者であればともかく、目的は子供達との触れ合いだ。いきなり手を伸ばされることもあるだろうし、そのとき振り払ったり強く拒んだりするのも不自然である。そこでシノブ達は種族まで変えなかったのだ。


「皆さん、今日は騎士のコレーユ様と奥方のカティーヌ様、そして御一家の皆様がお訪ねくださいました。コレーユ様は王宮にお勤めで、そして……」


 訪れた先、王都外周南区のとある神殿の神官長が、十数人の子供に柔らかな声で語りかける。ちなみに神官長にはシノブ達の正体を教えているが、彼は役目と年齢相応の落ち着いた人物で狼狽することはない。


 なお今回は、元の名を思わせない偽名にしている。

 流石にシーノでは、国王シノブに似た名前だ、などと言う者が出るだろう。そこでシノブをコレーユ、シャルロットをカティーヌとした。ベルレアン伯爵コルネーユと第一夫人でシャルロットの母カトリーヌからの連想である。

 もちろんミュリエル達も同様に仮の名を用意しており、それを老神官長は口にしていく。


「こちらは戦王妃(せんおうひ)様がご用意くださった品です」


 老神官の紹介が終わると、シノブは後ろに置いていた大きな箱を手に取った。そして同じく箱を手にしたシャルロット達と共に、手前に置いて(ふた)()ける。


「これ、てぶくろ~!?」


「こっちはマフラー!」


 まだ幼いこともあり、子供達は騎士が相手でも遠慮はしないようだ。男の子も女の子も、箱に駆け寄り中のものを手に取っては歓声を上げている。

 もっとも子供は年長でも八歳かそこら、最も幼い者は三歳程度だ。したがって無邪気な振る舞いも当然であった。


 アマノ王国の建国から半年以上が過ぎ、多くの子には引き取り手が現れた。それに年長の者達には奉公先を見つけて住み込みとなった者も多い。そのため今は大半が神官を目指す子で、残る一部も最近親を亡くした子が殆どだ。

 一般にエウレア地方では十歳になれば見習いとして働くし、更に幼いころからという者もいる。そして今は昼だから、年長の者達は神殿で働いているのだ。


 ちなみにシノブ達は、他の孤児院にも贈り物を用意していた。それも王都だけではなく国内の全てに届くように手配しており、ここ以外は本物の騎士や従士が届けに行く。

 昨年シャルロットは、自身の誕生日がシノブの故郷で聖なる日とされていると知った。それも年に一度の感謝の気持ちを伝え、プレゼントを贈る日としてである。

 そこでシャルロットは、自身の誕生日に王家から孤児達への贈り物をしようと考えたのだ。


 もちろんシャルロットは自分を聖なる存在としたのではなく、素晴らしい風習を取り入れようとしただけだ。そして王家が動くことで世に広まり、先々は夫のいた場所と同じように多くの人達がプレゼントを贈り合う日になるだろうと期待したわけだ。


「皆さん、戦王妃(せんおうひ)様からの頂き物は全員の分ありますよ。それに今は働いているお兄さんやお姉さんにも見てもらいましょう。ですから、一旦箱に戻してください」


「は~い!」


「わかりました!」


 老神官の言葉に、子供達は素直に従っていく。

 神官達は神々を(あつ)く信仰しているから、道徳や倫理についての教育にも力を入れている。そのため子供達も年齢にしては随分と聞き分けが良いようである。


「皆さん、今日は珍しい料理を用意しています。一緒に作りましょう」


 子供達が元の場所に戻ると、今度はシャルロットが口を開いた。

 シノブ達は贈り物だけではなく、料理も振る舞うことにしていた。ただしシャルロットが語った通り、子供達にも手伝ってもらう。つまり子供達と料理で交流するわけだ。


「めずらしいの~?」


「……どんなのかな?」


 やはり幼いだけあって、食べ物には興味津々のようだ。先ほどプレゼントを目にしたときと同じくらい、子供達は顔を輝かせている。


「カレーという料理ですよ」


「陛下や戦王妃(せんおうひ)様も、大層お好きですの」


 ミュリエルとセレスティーヌは、何を作るかを子供達に伝えていく。

 このころアマノ王国では、以前よりは米や南方からの香辛料を入手しやすくなっていた。南のカンビーニ王国が大元のマネッリ商会や、マネッリ商会と深い関係のあるボドワン商会などの活躍もあり、かなり流通状況が改善したからだ。


 ちなみにカレー自体は、昨年シノブの誕生日でシャルロットやミュリエルが振る舞ったのが最初である。その少し前、シノブが伯爵となった直後にマネッリ商会の女店主モカリーナがフライユ伯爵領の領都シェロノワに店を出し、そこでシノブがカレーに使える香辛料があると知ったのが始まりだ。

 とはいえ当時は北方では米は珍しく、モカリーナも自身の店を持ったばかりだから香辛料の流通も限られていた。しかし今やモカリーナやボドワンの商会は大きく成長し、それにフライユ伯爵領でも条件の良いところでは少量だが稲作を始めた。

 そのため建国当時とは違い、素材の入手は幾らかだが容易になったのだ。


 もっとも普通の品より高いことには変わりなく、まだカレーは珍しい高級料理という位置付けである。それに多くは米食に馴染んでいないから、ルーをパンに塗って食べる者も多かった。

 そこで今回シノブ達も大半はパン食になるだろうと考え、持ち込んだ米は少なかった。


 もちろんミュリエル達は、そのような裏事情を話さない。二人が語ったのは、カレーが王宮でも流行っており、国王のシノブが特に気に入っていること、今は高いが近いうちに安価な食べ物として広まるだろうことなどだ。


「シノブさまが好きなの!?」


「ボクも食べる!」


 子供達はシノブの好物という点に強い興味を示していた。

 アマノ王国を立ち上げ、旧帝国時代より遥かに良い街を作り上げた。それは幼い彼らにも充分伝わっていたのだ。

 特に大きな声を上げたのは、男の子達であった。やはり男の子だけあって数々の奇跡を起こしたシノブへの憧れが強いのだろう、彼らは思わずといった感じで身を乗り出し幾人かは手前に進み出てすらいる。


「それではコレーユ様達と一緒に作りましょう。皆さん、手を洗ってきてください」


「は~い!」


 老神官が声を掛けると、子供達は素直に奥へと走り出す。

 幼いとはいえ、彼らは既に料理の手伝いをしている。待っていて食べ物が出るようなことは、王都アマノシュタットといえど一般家庭ではあり得ないからだ。

 そのため十歳未満でも年長の子であれば、簡単な料理は子供だけでも普通にする。流石に五歳くらいだと補助が中心だが、それでも一部は皮むきくらいするのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「まさか、お米を食べたいという子が多いとはね」


「でもコレーユ様、陛下のお好きな食べ物と聞いては……」


 歩くシノブに応じたのは、孤児の中でも最年長の男の子ペーターだ。ここは南区の大通り近く、共にいるのはシャルロットと二人の男の子だけである。


 シノブが口にした通り、予想よりも遥かに米食を望む子が多かった。そのため彼らは追加の米を買いに出たのだ。

 シャルロット以外は、それぞれ大きな米袋を担いでいる。この世界の人は身体強化が出来るし、騎士を名乗るシノブなら平均より力が強くて当然だ。そのためシノブは90kgの大袋を一つ、そして八歳のペーターや他の子ですら10kgの袋を一つずつ抱えていた。

 もちろん一度に120kgもの米を炊くわけではない。しかし、ご飯が好きなシノブは一ヶ月分くらいを贈ろうと言い出したのだ。

 今いるのは十数人の幼い子だけだが、夜になれば年長の子供達も戻る。それに孤児院担当の神官も一緒に食事をするから、その分も必要だ。諸々を考え合わせると、仮に二回に一回がご飯なら一ヶ月で消費する可能性もあり、多すぎとは言いかねる。


 もっとも実際には、そのような高頻度では食べないだろう。そのためシャルロットは、上機嫌な夫の様子を少々微笑ましく感じてはいた。

 とはいえ仮に余ったら、どこかに配れば良いのだ。それに神官達の食事に回しても良い。そこでシャルロットも張り切る夫を留めはせず、マネッリ商会の王都南区支店での買い物を済ませた。


 これから追加のご飯を炊くが、まだカレーを作り始めたばかりだから、充分間に合うだろう。シャルロットは、孤児院の台所の様子を思い浮かべる。

 孤児院にはミュリエル、セレスティーヌ、アミィ、タミィの四人が残っている。少女ばかりだが、内二人は神の眷属だからシャルロットも全く心配していない。

 それに孤児院の外には、大勢の護衛騎士や情報局員が姿消しの魔道具を使って潜んでいる。そのためシャルロットは夫や子供達との散策を楽しみつつ、神殿に続く通りを歩んでいた。

 しかし災難は、孤児院ではなくシャルロット達に降りかかった。


「おう! その米袋、置いていけや!」


「それと金だ! 全部よこせ!」


 何とシノブやシャルロットを取り囲んだのは、十人の若者達だ。

 この辺りは住宅街で商店もない。しかも多くの者が働いている時間だから、うろつく者など他に目にしなかった。それらや口にした言葉からすると、彼らが真っ当な職に就いているとは思えない。


 ちなみにエウレア地方では、まだ一斉に休むという風習はなかった。つまり交代での休暇が主流である。

 個人や家族の店であれば近くの同業とずらして休日を設定するし、大店であれば交代勤務で殆ど年中商いをしている。そのため目の前の若者達が、定職に就いていて今日が休みの日という可能性もある。

 しかし顔に浮かべた(ゆが)んだ笑みや粋がっているのか着崩した服からすると、多少裕福な家に生まれた無駄飯食いに違いない。

 シャルロットは大きな(あき)れを(いだ)きながら、そう結論付けた。


「米泥棒とは、また古風な……」


 シノブは子供を(かば)いながら前に出つつ、ぼやきらしき言葉を紡いでいた。

 もっとも120kgもの米は結構な金額で、マネッリ商会の支店では金貨一枚と銀貨二枚を支払った。そして街の者の収入は、多くが月に金貨一枚から二枚である。

 つまり米だけでも相当な金額で、そんな高級食材を買うなら大金を持っているだろう、というわけだ。


 騎士の一家の訪問という設定だが、料理もするからシノブは軍服ではない。それにシャルロットも騎士の夫人らしく簡素なワンピースドレスにしている。

 とはいえ双方とも街の者に比べれば上等な服だ。そのため無頼気取りの若者達からすれば、程よい獲物に見えたのかもしれない。


「私が」


 若者達の卑しい計算高さが、余計にシャルロットの(かん)(さわ)った。そこで彼女はシノブを手で押し留め、前へと足を運ぶ。


 こんな男達を懲らしめるくらい、シノブなら魔術を使うまでもない。今も片手は空いているし、仮に両手が塞がっていても足技だけで充分だろう。

 同じことを思ったのか、周囲に潜んでいる筈の護衛騎士達も姿を現さない。どうやら護衛達はシノブに花を持たせようとしたらしい。

 しかし、ここには自分もいる。もちろん自分の相手としても不足極まりないが、久々に訓練や試合以外の戦いをするのも良いだろう。

 そんなことを思いつつ、シャルロットは若者達と対峙する。


「おう! 別嬪(べっぴん)さん、なんか文句あるのかよ!」


 若者達は目の前にいるのが王妃だと気が付いていなかった。

 料理をすることもあり、シャルロットは女中風に後ろで髪を(まと)めていた。それに今は黒髪で瞳も濃い茶、更に容貌も違う。そのため彼らは、単なる若夫人か年頃の娘とでも思ったようだ。


「恥を知りなさい!」


 シャルロットの獅子吼(ししく)というべき叱咤は、普段通りの彼女の凛々しい美声であった。

 変装の魔道具でも特別な品は多少の変声機能を備えているが、今回は普段の声のままとしていた。本格的な潜入ならともかく街を出歩くだけというのもあるし、自身の声が普段と違うのは居心地悪く感じてしまうからだ。


 とはいえアマノ王国で、この烈声を知る者は意外に少ない。

 何故(なぜ)なら先日までシャルロットは身重で、あまり出歩いていなかった。それに出産後も彼女は王妃として出席する行事では国母に相応しくしていたし、訓練姿を知っているのは側近だけである。

 そのためシャルロットの武人姿を見た者は、現在のアマノシュタットでは身近な者かメリエンヌ王国時代を知る者だけだ。


「な、何を……」


「こ、この女……」


 何かおかしいと思い始めたらしく、若者達は僅かに後退(あとじさ)る。

 おそらく彼らは、パレードなどで馬車に乗ったシャルロットを見たかどうか、といった程度だろう。それであれば、声で察しろという方が無理である。

 そして若者達に残された時間は、極めて僅かであった。


「ぐっ……」


 最後の男、つまり十人目が倒れるまで(まばた)きする暇もなかった。シャルロットが振るった手刀が、男達を殆ど同時に昏倒させたのだ。


「カティーヌ様、凄いです!」


「奥方様もお強かったのですね!」


 ペーター少年は憧憬も顕わな声音(こわね)でシャルロットの偽名を叫び、他の二人も口々に彼女を褒め称える。

 今まで彼らはシャルロットを単なる騎士の夫人だと思っていたから、驚くのも当然だ。


「いえ……コレーユは、もっともっと強いですよ」


 シャルロットは子供達に笑顔を向け、夫の方が上だと伝えた。

 それは常々シャルロットが感じていることだ。そのため子供達も謙遜とは受け取らなかったようで、シノブにも憧れの滲む顔を向ける。


「そんなことはない。彼女は私と共に歩む人……当然、同じ強さを備えているよ」


 シノブの言葉は、シャルロットの胸に無上の喜びを宿した。

 夫と並び、同じものを見つめたい。シノブの妻として彼を理解し支えるなら、同じ場所に立たなくては。それが常々シャルロットの願うところであったからだ。

 オルムルの謎めいた夢を共に解き明かしたいと思うのも、それ(ゆえ)である。


 とはいえ自分の武力は、到底シノブの域に届かないだろう。強くなった加護により得た力が、逆に夫との差をシャルロットに感じさせた。しかし支える方法は幾らでもあると、シャルロットは同時に理解していた。

 それ(ゆえ)シャルロットは己を磨き続け、今の最善の更に上をひたすら目指す。夫と歩み続ける道が、そこにあると信じているから。


 シャルロットの思いが通じたのだろう、シノブが空いた右手を差し伸べる。そして二人は駆け寄る王都守護隊の者達、実際には親衛隊長のエンリオが率いる一団を眺めつつ、暫しの間を寄り添っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年4月22日(土)17時の更新となります。


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