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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第22章 光の子供達 ~第二部プロローグ~
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22.03 まどろむ子供達 後編

 光翔虎の子フェイニーは、シノブの魔力を味わっていた。

 先ほどまで神具である『神力の寝台』から得た、そして今は乗った肩から得る、全てを照らす太陽の光のような波動。心と体の双方を元気にしてくれる、あったかくて強くて優しくて素敵なもの。フェイニーが、そして仲間達も大好きなシノブからの贈り物だ。


──お日様みたいにポカポカです~──


 フェイニーは自身の顔をシノブの頭に寄せる。

 寝起きが悪いと思われているフェイニーだが、本当は違う。フェイニーはシノブの魔力そのもの、あるいは余韻に(ひた)っていたいだけなのだ。

 それ(ゆえ)フェイニーは、目覚めたからといって寝床を離れない。朝の一時でしか味わえない幸せを、心行くまで堪能したいからだ。

 このことを知ったら、真面目なシュメイは更に憤慨するだろう。しかしフェイニーは、それが楽しい一日の始め方だと思っている。


「それは嬉しいね」


 シノブは柔らかな笑みを浮かべた。そして彼はフェイニーの体に手を添える。

 今のフェイニーは猫くらいの大きさだが、それはアムテリアから授かった腕輪で変じた仮の姿だ。本当の彼女は尻尾を除いても体長4mを超える巨体で、それに相応しい能力を備えている。そのため支えなくともフェイニーが落ちることはない。

 しかしシノブは自身を慕う子供達との触れ合いをとても大切にしているようで、こうやって慈しむのが常である。


 そういった深い触れ合いからか、シノブは子供達の胸の内をかなりのところまで察しているようだ。

 フェイニーの怠惰にすら思える朝を、シノブは(とが)めたりしない。元々子供に甘い彼だが、この件に関しては特に寛容であった。

 時折はシノブも(あき)れたような表情を作り、早く起きるようにと促しもする。しかし彼はフェイニーとのやり取りを楽しんでいるだけらしく、強く叱ることはない。

 シノブの深い理解は、フェイニーに更なる喜びを与えてくれる。そして、これが寝坊の演技を続ける理由にも繋がっていた。

 シノブとの素敵な交流、じゃれ合う朝の一時。それはフェイニーにとって、夢のように素晴らしい至福の時間なのだ。


──ところでシノブさん、暖かいところのお話をしていましたけど~? オルムルさんの夢の中の~──


 フェイニーは眠っているように装いつつも、皆の話を聞いていた。そして彼女は話の中で気になることがあったから、シノブの考えを訊いてみようと思ったわけだ。


「ああ。ファルケ島と違って内陸のようだけどね。だから、この前みたいに移送魚符(トランス・フィッシュ)での海中探検は無理かな」


 愛息リヒトの寝顔を眺めながら、シノブは静かに応じる。まだ朝も早いから、彼はリヒトを含む眠る子供達を起こさないようにと気を付けたようだ。


 セレスティーヌの誕生日、ちょうど一ヶ月前のことだ。シノブ達はアスレア地方の南、ファルケ島を訪問した。

 ファルケ島は異神ヤムを探すときに前線基地として使った場所だ。ただし前線基地といっても捜索の拠点としただけで、ファルケ島自体は南海の楽園というべき場所であった。

 島の位置は北緯31度を下回るから、真冬の今でも暖かい。海水浴を楽しむ時期ではないが、サンゴ礁に囲まれた白い砂浜は散策するだけでも楽しいだろう。それに常夏の島には木々も多く、野生の果樹まである。

 しかも島には転移の神像があるから、移動も一瞬だ。そのためセレスティーヌは手軽な日帰り旅行を自身へのプレゼントに所望したわけだ。


──ファルケ島、楽しかったですね~! それに海の中も面白かったです~!──


 一般に光翔虎は濡れるのを好まないし、フェイニーも同じであった。

 超越種は魔力操作に()けており、魔力障壁なども得意だ。そのため光翔虎など陸上で暮らす者達は、汚れも魔力を使った技で吹き飛ばす。

 しかし符術での憑依や乗り物を使ってであれば、水に触れずに済む。それ(ゆえ)フェイニーは、移送魚符(トランス・フィッシュ)を使っての海中探検をとても気に入っていた。


──あの日はリヒトの誕生一ヶ月を祝ってから出かけたんでしたね~。それに皆を乗せて運べる移送魚符(トランス・フィッシュ)で遊んだし~──


 フェイニーは気になることなど忘れ、ファルケ島での思い出に心を向けていた。この移り気なところは、やはり彼女が猫科の特質を持つ光翔虎だからであろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 この惑星を整え命を(もたら)した女神アムテリアは、地球の日本に由来する神だ。そのためだろう、この惑星の文化には、どこか和の雰囲気があった。

 アムテリア達は、それぞれの地域に相応しい姿をと望んだそうだ。しかし地球なら西欧に相当するエウレア地方にも、所々に彼らの出自を感じさせる風習が存在した。

 そしてリヒトの誕生一ヶ月を祝う儀式も、そういった流れを()むものらしい。


「大神殿へのお参り、つつがなく終わりましたわね!」


「はい!」


 馬車の中に、セレスティーヌとミュリエルの嬉しげな声が響く。

 この日の朝、シノブを始めとするアマノ王家の者達は総出で大神殿へと向かった。リヒトが無事に一ヶ月を迎えたことを祝い、神々に感謝を捧げるためである。つまり日本なら、お宮参りと言うべき儀式だ。

 ただし一部の家の場合、日本とは大きく違う部分がある。王族や上級貴族などの多くは一夫多妻だから、お参りには赤子の母親だけではなく、他の夫人も同行するのだ。

 これは家庭内の融和や助け合いを促すためらしい。要するに夫は妻達に公平に接し、妻達は実子かどうかに関係なく子供達を愛するように、ということのようだ。


 そのためリヒトのお参りには、実母のシャルロットだけではなく、シノブの婚約者であるミュリエルやセレスティーヌも同行していた。まだ嫁いでもいない彼女達だが、こういう場面では将来の夫人として親達の一人とされるわけだ。

 もっとも二人は参加を強く希望していたし、置いていかれたら憤慨や狼狽をしただろう。何しろ親も一夫多妻で自分達も同じように祝われてきたから、これが彼女達にとっての常識なのだ。


「ええ。()き日を家族の皆に祝福され、この子も喜んでいるでしょう」


 もちろんシャルロットも同様だ。彼女も腕の中の我が子に微笑みを向けながら、幸福感の滲む声音(こわね)で二人に応じる。


「司式の神官がアミィ達だから『小宮殿』の中でも出来るけどね……まあ、そうはいかないだろうけど」


 シノブは冗談らしきことを口にする。

 儀式を執り行ったのは大神官のアミィと補佐を務める彼女の同僚達ホリィ、マリィ、ミリィ、そしてタミィであった。つまり神の眷属達という、常では考えられない聖なる存在がリヒトを祝したわけだ。

 しかしシノブが言うように、アミィ達も『小宮殿』で共に暮らす家族の一員だ。そのため神殿に赴いて大仰な儀式にしなくとも、と彼が考えるのも無理からぬことである。

 もっともシノブも本気で言ってはいないようだ。おそらく彼の言葉は、一種の照れの発露なのだろう。それを示すかのように、彼の頬は僅かだが赤く染まっている。


「何しろリヒトは王子様だからね……神殿にも沢山の人が祝いに来てくれたし、今も……」


 シノブは腕を伸ばし、すやすやと眠る愛息の頭を優しく撫でた。すると父の存在を感じたのかリヒトの頬が僅かに緩み、愛らしさが一層増す。


『凄いですね~』


 フェイニーは発声の術を使いながら、窓の側に浮遊していく。彼女を含む超越種の子供達も儀式に参加したから、馬車に同乗していたのだ。


「リヒト様、セレスティーヌ様、おめでとうございます!」


「アマノ王国、万歳!」


 大通りの両脇には数多くの人々が並んでいた。彼らは王家の慶事を祝うため集まったのだ。

 儀式の最中に大神殿の聖堂に入ることが出来るのは、極めて一部の限られた者だけだ。そのため街の者達は、神殿の庭から王宮までの道に詰め掛けた。


 パレードなどの大規模な行事は予定していないが、リヒトやセレスティーヌの記念すべき日である。そのため王都を含む各地では振る舞い酒や公衆浴場の無料開放などがあり、祝賀気分を生み出していた。

 そのため街も大いに沸いているようだ。ここは王宮の至近で周囲も国の中枢機関ばかりにも関わらず、集った者達には職人や商人など普通の男女も多く含まれていた。


『リヒトの一ヶ月に、セレスティーヌさんの誕生日ですから!』


『そうですね、オルムルお姉さま!』


 自慢げなオルムルと素直に賛同するシュメイを、フェイニーは(まぶ)しく感じていた。

 オルムルはシノブを強く慕っている。そのため彼女は特別な力を得たのだろうが、もはや敬愛を超えて信仰というべき域に達しているかのようだ。

 同じくシュメイも、生まれて間もないころ出会ったオルムルを特別に感じているようだ。シュメイは邪神の使徒から助け出してくれた者達に強い感謝と尊敬の念を(いだ)いており、その一員にオルムルも含まれているのだ。


 オルムルがシノブと出会ったのは生後二ヶ月ごろ、そしてシュメイの場合は一ヶ月少々らしい。そのため劇的な出会いが幼い心に強く焼き付いたのだろうか。

 自分がシノブ達に助けられたのは生まれて五ヶ月近かったが、彼女達と同じくらいの時期だったら違う感じ方をしたのか。そんな疑問がフェイニーの心に生じる。


 しかしフェイニーは、過去のことはどうでも良いと思い直した。

 大切なのは、今を皆と楽しむことだ。そこでフェイニーは、自分の思いを行動で表現する。


『シノブさん~! ファルケ島への遠足、楽しみですね~! リヒトも喜びますよ~!』


「ああ、今日は執務もお休みだからね。アミィ達が戻ったらすぐに出かけよう」


 頭の上に乗ったフェイニーを、シノブは空いた手で支える。

 この日は二つの慶事が重なったこともあり、朝議も顔を合わせて特別なことが無いと確認したのみ、その後の政務もアマノ王家の者達は免除されている。既に建国時の忙しさは過去のもので、そのくらいの余裕は充分にあるのだ。

 もちろん夜は祝賀の晩餐会があり、そこには主だった家臣や各国の大使などが訪れる。しかしシノブ達は、日中の殆どが自由時間となっていた。

 アミィ達も神官達に多少の指示をしたら王宮に戻る。そのためシノブ達は彼女達が戻り次第、ファルケ島に転移することにしていた。


『僕が新型の大きな移送魚符(トランス・フィッシュ)に乗せてあげます!』


 岩竜の子ファーヴは、嬉しげに羽を動かし浮遊する。そして彼は自身をアピールするようにシノブの前へと進む。

 ファーヴが触れたのは、同乗可能な場所を備えた移送魚符(トランス・フィッシュ)だ。これは完成したばかりで子供達が使うのは今日が初めてだが、彼は栄えある一番手に自分を選んでほしいようだ。


『僕達はまだです……』


潜行巡翔(ダイビング・ドライブ)は会得したんですけどね~』


 残念そうな様子で炎竜フェルンと朱潜鳳ディアスが続く。

 フェルンとディアスは、まだ生後半年を迎えていない。そのため彼らは憑依が可能な段階には至っていないのだろう。

 一方で年長の雄達、嵐竜ラーカと海竜リタンは黙ったままだ。この件に関しては先を行く彼らが(なだ)めても、逆効果となることが多かったからであろう。


『きっとすぐですよ。私も浮遊や潜行が出来るようになりましたし、次が楽しみです』


 代わりに慰めたのは、なんと最も幼いケリスであった。ようやく生まれて二ヶ月半を迎えようというケリスだが、どうやら精神的な成熟度ではフェルンやディアスより上らしい。

 自身の言葉を強調しようと思ったらしくケリスは宙に浮き、更に浮遊の上達を示そうとしたのかクルリと回ってみせる。


「それじゃ新型はファーヴに頼もうか。……フェルン、ディアス。ケリスの言う通り、もう少しの辛抱だ。それに今日は幾らでも練習できるから」


 シノブはファーヴに頷き返すと、リヒトを撫でていた手をフェルンとディアスに伸ばした。するとフェルン達は静かに宙を進み、シノブの腕の中に収まる。


 フェルンとディアスは単に焦りを抑えただけではないらしい。むしろ遅れを取り戻そうという気持ちは更に強くなったようである。何故(なぜ)なら彼らは、凄まじい勢いでシノブの魔力を吸っていたからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 出かける準備を済ませたシノブ達は、予定通りファルケ島へと転移した。幸いファルケ島は快晴で、そのため十二月初旬にも関わらず気温も20℃近くあるようだ。


「これは良いですわね!」


「はい! まるで夏のようです!」


 セレスティーヌとミュリエルは笑顔で砂浜に駆けていく。

 アマノシュタットも晴れていたが、北緯45度を超える高緯度だから気温は十数℃も低かった。そのため二人は余計にファルケ島を暖かく感じたのだろう。


「私達も行きましょう」


 二人ほどではないが、シャルロットも嬉しげだ。リヒトを抱いた彼女は、夫に(こぼ)れんばかりの笑みを向ける。

 ちなみにリヒトを含め、肌を保護するクリームを塗っている。前に海竜の島に行ったときにも使った魔法の家に備え付けの品で、日焼けを完璧に防いでくれる。

 そうでなければ、シャルロットもリヒトを強い日光の下に連れ出したりはしないだろう。メリエンヌ王国でも北の生まれのシャルロットを始め、アマノ王家の者達はエウレア地方でも特に色白だ。しかもリヒトは赤子だから、日焼けどころか水ぶくれになりかねない。


「ああ。そうだ、リヒトを……」


 まだ一ヶ月児のリヒトを抱えたままでは充分に楽しめまい。そう思ったらしくシノブが妻へと腕を差し伸べる。

 すると小柄な狐の獣人の少女、アミィの妹分のタミィが駆け寄ってきた。


「私がお預かりします! どうぞ楽しんできてください!」


「それでは頼みます」


 シャルロットは頷き、タミィへと我が子を渡す。

 せいぜい六歳か七歳にしか見えないタミィだから、知らない者が目にしたら危険を感じるだろう光景だ。しかしタミィは神の眷属として二百年近くを過ごしてきた存在だ。

 そのため可愛らしい少女と赤子の姿を一同は目を細めて見つめていた。


『アミィさ~ん、早く出してくださ~い!』


『お願いします!』


 海岸で待ち構えているのは、フェイニーとファーヴであった。移送魚符(トランス・フィッシュ)はアミィが持つ魔法のカバンに仕舞っているのだ。


『僕達にも練習用の鳥を!』


『今日こそは成功させます!』


 フェルンとディアスも待ちきれないようだ。こちらは小型の移送鳥符(トランス・バード)がお目当てのようである。


 他の子供達は様々だ。まずリタンは、そのまま輝く海面の下に消えていった。彼は海を生活の場とする海竜だから、せっかくの魅力的な場所を自身の肌身で堪能しに行ったのだ。

 同じく嵐竜ラーカも生身を選んだ。彼は高く昇っていき、故郷に似た空を舞い始める。ラーカが生まれたのはヤマト王国の遥か南だという。そこは地球の場所で例えるならフィリピン諸島の南部やパラオに近い辺りだから、彼はファルケ島の空を気に入ったらしい。


 残った三頭オルムルとシュメイ、そしてケリスは砂浜の上だ。

 ケリスは浮遊を覚えたが、玄王亀の移動速度は速くない。憑依術は三ヶ月も先に生まれたフェルンとディアスが挑戦中だから、まだ無理だと彼女は判断しているようだ。

 そしてオルムルとシュメイは、姉貴分としてケリスを見守ることにしたらしい。


『暖かいですね……』


 玄王亀の得意技といえば地中潜行だが、単独で潜っても面白くないだろう。そのためケリスは砂浜で寛ぐことにしたわけだ。文字通り、甲羅干しである。


『ええ、こういうのも気持ち良いですね』


『はい……火の力とは違った味わいがあります』


 オルムルとシュメイが、ケリスの両脇で応じる。

 彼女達は、それぞれ元の大きさに戻っていた。そのため目を(つぶ)り砂浜に寝そべっているのは、全長2mを超える巨大な黒いリクガメ風の生き物と更に倍ほどの白と赤の竜であった。


「ファーヴは、この白クジラ号を使うんだったね。で、フェイニーは白ザメ号か……」


 シノブは水際(みぎわ)に置かれた白く輝く二つの移送魚符(トランス・フィッシュ)を眺めている。

 一つは多数が搭乗可能な巨大なもの、マッコウクジラを模した代物だ。全長は10mほどで本物よりは随分と小さいが、それでも浜に乗り上げている姿は圧倒的だ。

 もう一つはホホジロザメを模しており、こちらは白クジラ号の半分程度だから実物大に近い。ちなみに白ザメ号は憑依のみで、もう一方と違い内部に人が入る場所はない。


「白クジラも素晴らしいですが、このサメは特に()()に出来ていますね~」


 ミリィが冗談らしきことを口にしつつ、シノブやシャルロットと並ぶ。そして彼女は意味深な笑みをシノブへと向けた。


「ミリィ……」


「懲りないわね……」


 ホリィとマリィは(あき)れた様子を隠さない。

 あまり冗談ばかり言っていると、再び神々に注意される。そのように二人は思ったのだろうが、叱るようなことはない。どうも彼女達は、この程度の駄洒落(だじゃれ)なら許容範囲だと判断したようだ。


「ミリィも上手だと思うよ。……しかし、ここは日の光が強いから、ますます綺麗だね」


「ええ……アマノシュタットでは建物にすら隠れそうでしたが、ここは全く違います」


 シノブとシャルロットは天空の日輪へと顔を向ける。

 十二月に入ったから、アマノシュタットの太陽高度は非常に低い。おそらく出発前の午前十時前だと15度を下回る。しかしファルケ島では二倍半、40度近くありそうだ。

 緯度の違いもあるが、ファルケ島はアマノシュタットより遥か東にあるから二時間近くも早く日が昇る。そのため、ファルケ島は正午を迎えていたのだ。


『南で時差もあるから、でしたよね~?』


 それらについてはフェイニーも知っているし、東西南北の各地を回ったから体験している。そのため質問したわけではなく、会話に加わろうとしただけだ。


「ああ、そうだよ。たとえばヤマト王国だけど、更に五時間もの差がある。この時期だから、もう日が落ちているだろうね」


 シノブの優しい声は、期待した通りのものをフェイニーに与えてくれた。

 それは時差や日没についての情報ではない。愛する家族との語らいによる、ぬくもりだ。そのためシノブとのやり取りは、フェイニーの心に深く深く染み込んでいった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──そ、そうでした~! 時差ですよ~!──


 ファルケ島での出来事から、フェイニーは現実に引き戻される。オルムルの夢の話で気になった部分を、島でのシノブの言葉が思い出させてくれたからだ。

 そして生じた驚きにより、フェイニーは強めの思念を発してしまう。


──フェイニーさん、リヒトが起きてしまいますよ──


 フェイニーの不用意な行動を、シュメイが(たしな)める。

 リヒトは強い加護を持っており、魔力波動にも敏感だ。そのため彼は、強烈な思念など強い魔力が突然生じると目を覚ましてしまう。

 そのため今までシノブ達は声量を落とし、思念も絞り気味にしていた。まだ朝の五時を回ったところだから、当然の配慮だろう。


「そんなに気にしなくても良いですよ」


「ああ、よく寝ている……ところでフェイニー、どうしたの?」


 シャルロットとシノブは、揺り籠で眠る愛息からフェイニーへと顔を向けた。

 幸いフェイニーの思念はリヒトを起こすほどではなかったらしい。彼は少しだけ動いたものの、表情や寝息からすると、まだ眠りが深いようだ。


──すみません~。あのですね、オルムルさんの夢が先ほどのことなら、そうなる場所を探せばって~。そういうところに行っても夢と違う光景なら、昔のことですよね~?──


 フェイニーは、場所の東西で時差が決まると知っている。そして太陽の高さは南北で決まるというのも。そして今と同じ時間で真夏のように太陽が高く昇る場所は、自動的に特定されることもだ。


 これらをフェイニーは将来の(つがい)と定めた相手、シャンジーとのやり取りで学んだ。

 シャンジーはヤマト王国、エウレア地方の東で緯度も異なる地に頻繁に出かける。そのためフェイニーは、自然と時差や緯度による違いを意識することになったのだ。


「なるほど……オルムルは夢の中から俺を呼んだ。そして俺が起きたのは朝四時ごろ……ならばアマノシュタットの四時前後で太陽が高く昇る場所か。それも真夏のように……必然的に南半球で、仮に現地で正午の出来事なら八時間分は東ってことだね。つまりそれは……」


 シノブはフェイニーの指摘を考慮すべきものと受け取ったようだ。彼の表情は、それまでとは違って鋭いものとなる。


 オルムルの夢が、どのような性質のものかは不明なままだ。

 現在のどこかの光景が、オルムルの夢に現れた。あるいは過去に誰かが見たものを、高い精神感応力を持つオルムルが受け取った。双方とも可能性としてはあり得ると、アミィは言う。

 そのため現在と過去のどちらかを明確にするのは、対象を絞り込む上で重要かもしれない。しかも現在の光景なら該当するのは一地域だけで、そこを確認すれば済む。それなら一度は誰かが赴いてみるべきだろう。


 どうやら自分の言葉は、シノブの助けになったらしい。嬉しく思ったフェイニーは、思わず大きく尻尾を振った。

 するとフェイニーの尻尾が肩に当たったからだろう、シノブは彼女の背をゆっくりと撫で、更に魔力を与え始めた。もしかするとシノブは、フェイニーの仕草をご褒美の催促だと思ったのかもしれない。


──シノブさん、ヤマト王国は七時間進んでいるんですよね?──


「シノブがオーストラリアと呼ぶ地域でしょうか?」


 オルムルやシャルロットは、シノブの言いたいことを察したらしい。

 各地への訪問や東域探検船団の航海で、シャルロット達は時差や緯度経度への理解が深まっていた。そしてシノブは、地球の大陸や大洋などの名や位置関係も彼女達に教えていた。

 そのためシャルロット達は、かなり具体的な位置を思い浮かべたわけだ。


「正午からずれている可能性はあるけど、ヤマト王国に当たる場所……つまり日本を基準に考えると、真昼ならオーストラリアの東海岸かな? アミィ、そうだよね?」


「はい。緯度経度で変わりますが、日本より経度が15度大きくて南緯30度ならオーストラリア東海岸、正午の太陽高度は80度くらいです。日本と同じ経度なら午前十一時のオーストラリア中央部、高度は70度と少しですね。

乾燥が目立つ地域なら赤道直下ではないでしょう。それに大きな陸地だとしたら、そうそう無いでしょうし……」


 最初は明瞭に語っていたアミィだが、最後は済まなげな表情となる。それに彼女の隣にいるタミィも同じく申し訳なさそうな顔だ。

 太陽高度は緯度経度や季節、そして時間帯で計算可能だ。しかしシノブ達が知らない大陸について語るのは、眷属の定めに大きく差し(さわ)るのだろう。


「問題ないよ。俺達には沢山の強い味方がいるからね。……ラーカ、ヴィンとマナスが棲んでいるのは、そこから北だよね?」


──はい! 父さまや母さまなら、一日か二日で往復できます! それに近くには、他の嵐竜もいますし!──


 シノブの手伝いが出来ると思ったからだろう、ラーカは嬉しげな思念で応じた。

 嵐竜は南の暖かい空を棲家(すみか)にしている。台風などに宿る風属性の魔力が、彼らの主要な栄養源なのだ。そのため北半球に棲む嵐竜であれば冬は赤道の近く、そして夏は台風に合わせて高緯度帯に向かっていく。

 ちなみに彼らにも縄張りはあり、ヴィンやマナスは赤道から北側の西太平洋である。そして南太平洋や東太平洋にも、別の(つがい)が縄張りを持っていた。


──ラーカさん、リヒトが……──


──起きましたね──


 留めるようなシュメイの思念は、少々遅かった。リタンが続けたように、揺り籠ではリヒトが目を覚ましていたのだ。


「あ~、あぅ~」


 幸いリヒトは泣いたりせず、それどころか上機嫌な声を発して父母に手を伸ばす。

 シノブやシャルロットを、リヒトは魔力で判断しているようだ。これは同じくアムテリアの祝福を受けた赤子達、リヒトからすれば叔父にあたるアヴニールやエスポワールにも共通する特徴である。

 ただしリヒトの感知能力は、アヴニール達に比べても明らかに上らしい。彼の父はアムテリアの血族であるシノブ、母は大きな加護を持つシャルロットだから、受け継いだものも大きいのだろう。


「おはよう、リヒト!」


「今日も元気ですね」


 シノブはリヒトに声を掛け、シャルロットは抱き上げる。そして他の者達も肉声や思念で朝の挨拶をしていく。


──おはようございます~。リヒトもお父さんが大好きですね~──


 自分との共通点を発見したフェイニーは、嬉しさのあまり彼の頬をペロリと舐めた。

 やはりリヒトもシノブの魔力が好きらしい。赤子は小さな手で父親に触れていたのだ。


「嬉しいことだ……あっ、ファーヴ達も起きたか! おはよう!」


 シノブはファーヴにフェルン、そしてケリスにディアスを腕の中に迎え入れる。どうやらリヒトの目覚めと交わされた挨拶で、ファーヴ達も目覚めたようだ。


──シノブさん、楽しい一日の始まりですね~!──


 フェイニーの呼び掛けに、シノブは大きく頷いた。そして彼の笑顔と太陽のように素敵な波動は、今日もフェイニーに大きな活力を与えてくれた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年4月19日(水)17時の更新となります。


 異聞録の第三十八話を公開しました。シリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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