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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第22章 光の子供達 ~第二部プロローグ~
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22.01 まどろむ子供達 前編

 岩竜の子オルムルは、自身が夢を見ていると理解していた。周囲の景色、建物、そして人々。全てが初めて目にするものばかり、しかも彼女は宙を漂う自分に実体が無いと気が付いていたからだ。


──南の国でしょうか?──


 肉体が無ければ見つかることもないだろう、そう思ったオルムルは遠慮なく周囲を見回す。

 天空には(まばゆ)い日輪があり、降り注ぐ光は比喩ではなく焼け付く熱さを伴っている。そして眼下は乾燥が目立つ砂に近い大地で、その所々を濃い緑が覆っている。

 とはいえ水は充分にあるらしい。オルムルの正面に(そび)える建物、大神殿や王宮と言われても納得する白亜の建築物は水路に囲まれ、庭園は外と異なる芝らしき緑や色取り取りの花が美しい。


 アマノ王国は緯度が高く、しかも現在は冬だ。そのため王都アマノシュタットを含め多くは雪に覆われているし、太陽の位置が高すぎるからエウレア地方でもないだろう。

 それに人々の姿も随分と異なる。


──人族と獣人族……ですよね?──


 オルムルは庭に並んだ人々へと視線を転じた。もっとも今の彼女に肉体は無いから、意識を向けたと言うべきか。


 巨大建築物と敷地を囲む外壁の間は、数え切れないほどの人で埋まっていた。そして彼らは、一人の例外もなく白い建物へと向いている。

 それらの整列する人々は男女とも褐色と表現すべき肌の持ち主であった。オルムルが知る人間で最も近いのは、ヤマト王国の伊予(いよ)の島に住む褐色エルフ達だ。しかし魔力の様子からすると、庭に集う人々はエルフではなさそうだ。


 そもそもエルフ特有の長い耳は見当たらない。頭に巻いた布や被り物で側頭部が完全に隠れた者もいるが、布の膨らみ具合からすると彼らも他種族だと思われる。

 それに一部の者には尻尾があるらしい。日光を(さえぎ)るためだろう、服は長袖で上衣の裾も長く膝下や足首まである。そのため直接目にすることは出来ないが、後ろが不自然に揺れる者達は長い尾を持つ獣人族に違いない。


──少なくともドワーフではありませんね──


 ドワーフの体型、特に男性の体つきは他の三種族と明らかに異なる。ドワーフでも女性なら、少女のように小柄なだけで頭身も他種族に近い。しかし集っている者達に低身長の者はいなかった。

 そのためオルムルは、やはり人族と獣人族なのだろうと結論付けた。そして彼女は正面の壮麗な建物に向かって浮遊していく。


──やっぱり夢なのですね……思うだけで前に進めます──


 オルムルは普段の飛翔と違い、魔力を篭めてもいないし羽ばたいてもいない。しかし彼女は滑るように宙を進んでいく。

 およそ人の背の倍ほどという低空をオルムルは移動しているが、人々の様子は最前と変わらぬままだ。老人から成年ほどの男女、見事な剣を帯びた武官らしき者や豪奢な衣装の婦人などは空を見ることもなく、左右の者と言葉を交わすのみである。


 ただし人間達の会話はオルムルの耳に入らない。夢だからと言うしかないが、鳥のさえずりのように意味の無い音としてオルムルに届くのだ。

 そのためオルムルは再び彼らの容貌に注意を向けなおす。


──ウピンデムガの人ほど真っ黒じゃないですし……でも髪は黒ですね。……男の人はイヴァールさんほどじゃないけど立派な髭、女の人は綺麗で真っ直ぐな黒髪……額に付けているのは何でしょう?──


 男性の場合、髪は頭に巻いた布で殆ど隠れている。しかし若者や壮年者の眉や髭は黒いから、黒髪で間違いないだろう。

 髭は年齢や身分で形を定められているのか様々だが、大別すると若者は鼻の下のみで壮年者以上は顎鬚(あごひげ)もあり、そして年長者ほど長く立派なものになるらしい。とはいえ暑いからだろう、髭は長くても首元くらいまでである。


 女性は日除けと装飾を兼ねているらしい色鮮やかな布を頭に被っている。しかし顔は顕わだし垂らした布も髪の全てを覆うほどではないから、彼女達の長く(つや)やかな黒髪は明らかだ。

 そしてオルムルが触れたように、多くの女性の額には中央に赤や黄の点がある。これも身分や地位で違うのか、若い女性には黄が多く年輩の者には赤が目立つ。


──起きた後まで覚えていると良いのですが……シノブさんなら何か判るかもしれませんし──


 このような夢をオルムルは何度か見ているらしい。ただし目覚めた彼女は、夢で見た大半を忘れてしまうようだ。

 起床後のオルムルに残っているのは、断片的な風景や印象のみ。そのため彼女は炎竜の子シュメイなどにしか、夢のことを伝えていなかった。


 今度こそはと思ったオルムルだが、彼女の思考は一旦途切れる。目の前に純白の巨大建築物が迫ってきたからだ。

 浮遊を続けるオルムルは一杯に開けられた大扉を(くぐ)り、中へと入っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「天地にも並ぶ偉大なる神王よ! 貴方様の大慈(だいじ)大悲(だいひ)を我が国の隅々まで、いや世界の果てまで届かせたまえ!」


 純白の衣装を(まと)った男、神官らしき老人が朗々たる声を響かせる。

 巨大な建築物は、やはり神殿か何からしい。正面にはアムテリアを始めとする七柱の神々の巨大な立像が(そび)え、その手前には聖壇がある。

 そして聖壇の手前には白い衣装の男達が声を発した者を中央に並び、向かい側には一際華やかな装飾品を着けた男女が整列している。

 しかしオルムルには、居並ぶ者達より気になることがあった。


──神王……? 神様の王でしょうか……それとも神様みたいに凄い王? でも、シノブさんだって神王なんて言わないのに!──


 強い不審と不快が、オルムルの心に湧き上がる。

 オルムルは神々と何度も会っているから、神に王などいないと知っている。それに今までオルムルが会った人間で神を名乗る者も存在しない。

 そして何よりオルムルが(いきどお)りを感じたのは、シノブを差し置いて、ということであった。

 この星の最高神アムテリアはシノブを我が子と呼ぶし、彼はアマノ王国の王でもある。したがって神に認められた王というならシノブであろう。オルムルは、そう思ったわけだ。


──いったい誰が?──


 オルムルは大広間の前方に進んでいく。彼女が目指すのは正面の男が見つめる先、つまり聖壇に向かう最前列の中央だ。

 おそらく、そこに神王を名乗る人物がいる。()いたオルムルの思い(ゆえ)か、浮遊の速度は上がっていた。


 一方の地上では、その間も人と人のやり取りが続いている。ただし老人以外の言葉は、オルムルの耳に入らない。


「陛下は春を越したが、この夏は無理だろう。そのため偉大なる魂は既に離れ、新たな王を……」


 白き衣を(まと)った老人が一同に語りかける中、巨体の男が進み出ていく。オルムルが向かっていた先、老人に最も近い前列中央に立っていた男性だ。


 おそらくは、彼が老人の言う新たな王なのだろう。衣装は居並ぶ者達の誰よりも豪奢で、頭に巻いた布も金地に無数の宝石をあしらった宝冠とでも言うべきもの、更に同じような布地のマントまで着けている。

 頭の布の一部は側頭部まで垂れており、耳の位置や形状は判然としない。しかし彼の体格からすると、やはり人族か獣人族であることは間違いないようだ。

 衣装の上からでも判る隆々と盛り上がった筋肉は、細身のエルフには持ち得ないものである。それに大股に進む足は身長相応に長いようだから、ドワーフでもない。

 オルムルは多少横に回るが、斜め後ろだから顔が良く見えない。それに僅かに見えるのは浅黒い肌と濃い髭で年齢を測り難い。しかし彼が青年か壮年であるのは確かだろう。どんなに若くとも二十代後半、逆に五十を超えているとも思えない。


 もっとも多くの者は、彼の種族や年齢よりも身に着けた宝玉や黄金が気になるだろう。

 幾重にも巻いた金鎖の首飾りには、ダイヤモンドやルビー、エメラルドにサファイヤなど七色の宝石が連なっている。真紅の長衣も同様で、歩みに合わせて全身が(きら)めくほどである。

 おそらく並の者なら歩くにも不自由しそうな重量の宝、しかも宝石にはエウレア地方なら国宝級の逸品も多数含まれている。彼は王位を継ぐ者らしいが、そうだとしても相当に貴金属に恵まれた国だと思われる。


──こっちを向くようですね──


 豪奢な衣装の巨漢は聖壇に登り、そして正面に向き直ろうとしていた。そのためオルムルは前進を()める。まずは謎めいた人物の顔を拝もうと彼女は思ったのだ。

 仮に見ても、起きたら今までのように忘れてしまうかもしれない。しかし、これほど意味ありげな儀式なのだ。オルムルが一目だけでも相手の容貌をと考えるのは当然だろう。


「……何だ?」


 浅黒い肌の男は、正面を向くと同時に宙の一点を見つめる。そこは実体無きオルムルが浮かぶ空間だ。


──ああっ! シノブさん!──


 男の視線は、オルムルに激しい痛みを与えた。単なる一瞥にしか思えないが、物理的な拘束力もあるようでオルムルは身動きできないままである。

 そして気絶しかねない激痛からだろう、オルムルは最も信頼する者の名を無意識のうちに叫んでいた。


──オルムル、起きて──


 オルムルは窮地から脱していた。夢の世界から現実へと戻るように促す優しい声が、抜け出せないと思った(いまし)めを破ったのだ。

 それはオルムルが慕う青年、シノブの声だ。とはいえ眠りから抜け出しつつある彼女には、声の主を確かめる(すべ)など存在しなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 目を覚ましたオルムルは、普段と同じ感覚に安堵を(いだ)く。

 右隣には姉と慕ってくれる炎竜シュメイの柔らかな肌、そして左隣にはシュメイに続く妹分の玄王亀ケリスの固い甲羅。どちらもオルムルにとって慣れ親しんだ感触だ。未明であり照明は僅かな非常灯のみだが、仮に目を(つぶ)っていても間違えることなどない。

 そして他の仲間を確かめようと、オルムルは寝台の上に舞い上がる。もちろん左右の二頭を起こさないよう、重力操作のみの緩やかな上昇だ。


──いつもと同じですね──


 オルムルは自身の喜びを、抑え気味の思念と共に送り出す。

 ここはアマノシュタットの中央に位置する『白陽宮』の一室だ。それも王族が暮らす『小宮殿』の最奥、王子リヒトの部屋である。


 部屋の奥には、リヒトが眠る揺り籠が置かれている。金銀細工に加え宝玉で飾られた逸品、アムテリアが贈った『天空の揺り籠』だ。

 そして揺り籠の周囲には幾つかの乳児用品がある。目立つのは知恵の神サジェールの作りしベビーメリー、『涼風の回転遊具』だが、他にも子供用湯船らしきものを始め様々な品が置かれている。


 手前側には、大きな石造りの台がある。先ほどまでオルムルも寝ていた場所で、そこには彼女以外の超越種の子供達が並んでいる。

 シュメイとケリスが並ぶ隣には光翔虎のフェイニー、雌の超越種ではオルムルに次ぐ年長者だ。そこから少し離れて雄の子供達が、海竜リタン、岩竜ファーヴ、炎竜フェルン、朱潜鳳ディアス、嵐竜ラーカの順で寝そべっている。もちろん全てが小さくなる腕輪を使い、人間の幼児ほどに大きさを変えている。

 既に最も幼いケリスでも、元のままでは全長2mを超えてしまう。ましてや最年長のラーカなど、地球の龍に似た長い体ということもあり本来は10m以上もある。

 しかし今は神具を使っているから、ぬいぐるみ達が並んでいるようで微笑ましい。


──オルムルお姉さま?──


 炎竜シュメイは、ゆっくりとしたオルムルの浮遊でも目覚めてしまったようだ。彼女は首を(もた)げ、暗い宙を見上げている。

 超越種達は魔力感知能力が極めて高い。そのためシュメイも、すぐにオルムルの位置を(つか)んだのだろう。ただしケリスが起きることは無い。


 年を越して創世暦1002年。数日後には生後一年となるだけあって、シュメイは何千kmもの長距離を飛べるし魔獣狩りも余裕でこなす。

 それに対しケリスは生後三ヶ月を過ぎ、浮遊や潜行を身に付けたばかりである。そのため彼女の眠りは随分と深いようで、寝息も先ほどと同様に穏やかなままだ。


──シュメイ……起こしてしまいましたか──


 オルムルは溜め息のように微かな思念を漏らした。

 思念に反応するのは超越種だけではない。シノブの子だけあり、リヒトも同様に感知能力が飛び抜けて高かった。

 そのためオルムルは、寝た子を起こさないようにと思念を絞ったのだ。


「オルムル様、シュメイ様、どうなさいました? ……もしやリヒト様に?」


 オルムルの思念に被さるように、(ささや)くような女性の声が奥側から届く。リヒトの乳母の一人、アネルダという虎の獣人の女性だ。

 それにアネルダの同僚である人族の乳母も、同じようにオルムル達を見つめていた。どちらも少々緊張気味の表情で、ソファーから腰を浮かしている。


 乳母達は常人並みの魔力感知しか出来ないから、すぐにはオルムルの浮遊に気付かなかったらしい。もっとも非常灯だけの室内は暗く、彼女達の反応が遅れたのも当然である。


『……何でもありません。少し早く目が覚めただけです』


 オルムルは僅かな違和感を覚えていたが、夢の内容の多くを記憶していなかった。そのため彼女は、乳母達に早起きしただけと発声の術で返す。

 実際に、そろそろオルムル達が起床する時間ではあったのだ。


『……リヒトは良く眠っています。……お腹も一杯みたいですし、オシメも大丈夫です』


 続いてオルムルは揺り籠の上に飛んでいく。そして彼女は可愛らしい金髪の赤子リヒトの様子を確かめてから、再び自分達の寝台へと戻っていった。


「そうですか……」


 アネルダは安堵したようで表情を緩め、同僚と共にソファーに座り直す。

 オルムル達は、優れた感知能力でリヒトの状態を察する。魔力の変化はもちろんのこと空腹なども教えてくれるから、乳母達も大いに頼りにしていた。


──おはようございます──


──オルムル達は早いですね──


 続いて起きたのは、リタンとラーカであった。

 どちらも一歳を超えているから、年少の子より睡眠時間も随分と短い。もっともリタンと同じ時期に生まれたフェイニーは、まだ起きてこない。以前と同様に、彼女は寝起きが悪いままなのだ。


──そろそろ私も一歳ですから! ……でもオルムルお姉さま、何か普段と違うような──


 浮遊したシュメイはオルムルへと向き直る。オルムルが単に早起きしただけではないと、シュメイは気が付いていたらしい。


──知らない場所の夢を見たと思うのですが……たぶん、とても暑い場所です──


──海竜の島のようなところですか? それともウピンデムガみたいな?──


 オルムルが首を傾げると、リタンが自身の生まれた場所や南のアフレア大陸を挙げた。

 どちらも彼らの行った中では随分と暑い方だ。それも当然で海竜の島は北緯30度、ウピンデムガは北緯20度を切る。一方エウレア地方の大半は北緯40度を超えるから、差は歴然である。


──暑さは海竜の島やリムノ島、それにファルケ島と同じくらいでしょうか? でも海は見えないし、島ではないようです──


 オルムルは夢で灼熱の太陽が照りつけていたことを覚えていたが、人々や建物については殆ど思い出せなかった。そこで彼女は、目にした乾燥気味の大地や(まば)らな緑を上げていく。

 しかしオルムルは、とある波動を感じ取り説明を中止した。それに起きている他の子供達も、一斉に扉へと振り向く。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 オルムル、シュメイ、リタン、ラーカの四頭は扉へと寄っていく。その様子から誰が来るか察したのだろう、乳母達もソファーから立ち上がり数歩前に進み出る。


「……やっぱり起きていたんだね」


「おはようございます」


 静かに扉を開け、そして遠慮がちに言葉を発したのはシノブとシャルロットであった。

 時刻は朝の四時半で、早起きのシノブ達でも少しばかり珍しい時間帯だ。ちなみにアマノシュタットは高緯度帯で今は一月の初めだから、日の出までは三時間近い。

 しかしシノブ達は既に身繕いを終えている。双方とも室内着だが、どちらも再び寝室に戻るつもりはなさそうだ。


──シノブさん! ……リヒトは普段通りですよ、どうしたのですか?──


 一瞬喜びを顕わにしたオルムルだが、リヒトを起こさないように思念の波動を弱める。

 これが一年前なら、迷わずシノブの胸に飛び込んでいっただろう。しかし今、シノブに(いだ)かれるべきは自分の弟妹達だ。

 血は繋がらないし種族も違うが、オルムルはリヒトを含めた幼子達を自分の家族だと思っている。であればシノブの腕は彼らに譲るべき。光竜(こうりゅう)の名を得た自分は、単なる子供ではないのだから。オルムルは一抹の寂しさを胸の奥底に押し隠す。


「なんだかオルムルが気になってね。さあ、お()で」


──シノブさん! シノブさん!──


 両手を広げて迎えるシノブに、オルムルは歓喜の思念と共に飛び込んだ。

 オルムルは自分でも良く判らない大きな安心を感じていた。おそらく夢で見たものは、それだけ恐るべき存在だったのだろう。シノブの胸に顔を擦り付けながら、オルムルは僅かに身震いをする。


「オルムル……」


 シノブはオルムルの(おび)えに気が付いたらしく、更に強く抱きしめる。そのためオルムルの胸中に生じた曇りは、一瞬にして消し飛んだ。


「ほら、みんなも」


 ゆっくりと歩むシノブは、空いた手でシュメイ達も招き入れる。

 もっとも、それはオルムルにとって望ましいことであった。妹分や兄弟分と共にシノブの太陽のように温かで尽きることの無い魔力に(ひた)るのは、いつもオルムルに心からの喜びと安らぎを与えてくれるからだ。


──シノブさん、オルムルお姉さまは怖い夢を見たそうです! 夢と言ってもただの夢じゃなくて!──


──ああ、俺も何だかオルムルに呼ばれた気がしてね。起きたら魔力に変わりないし、皆が話しているのも感じ取れたから安心したけど──


 シュメイとシノブのやり取りを聞きつつ、オルムルは再び身を震わせた。

 ただし、今度は恐怖を感じたからではない。オルムルはシノブに心配されたのが恥ずかしく、そして嬉しかったのだ。

 きっと人間なら顔が真っ赤になるのだろう。しかし岩竜の自分は、そのような心配をしなくて良い。普段はシノブ達と同じ暮らしにも憧れるオルムルだが、このときばかりは自身が竜であることに強い感謝を捧げていた。


──オルムル、貴女が見た夢とは?──


 シャルロットもシノブ達と同じく乳母を気にしたようで、思念を使う。

 実はリヒトを産んでから暫くして、シャルロットも思念を使えるようになった。しかも彼女は思念を受け取るだけではなく、発することも出来た。おそらくはオルムルと同じでシノブと長く触れ合ったことによる変化だろう。


 ちなみにエルフの巫女でも思念を受けるだけの者が殆どで、双方共に可能とするのはヤマト大王家の血筋など極めて稀な者だけだ。そのためシャルロットも、思念での会話の習得を(おおやけ)にはしていない。

 とはいえ超越種との密談には便利だから、こうしてシャルロットは密かに用いている。もっともシャルロットの思念が届く距離は短く、せいぜい隣接する部屋くらいまでだ。そのため秘密の会話に使うしかない、というのが実情ではあった。


──それが、よく判らないのです──


 オルムルに残ったのは気候や風土の印象と、何者かへの強い警戒のみだ。前者に関しては多少の説明が出来るが、重要なのは後者だろう。それを感じているだけに、オルムルの胸に悔しさが溢れてくる。


──大丈夫だよ。俺がいるし、シャルロットも、そして皆もいる。だから安心して──


──はい、シノブさん!──


 オルムルの胸に広がった暗雲は、シノブの一言で吹き飛んだ。

 そしてオルムルは、まだ昇らぬ筈の日輪を自身の側に強く感じる。もちろんオルムルの心に輝く陽光を送り込んだのは、シノブである。


──シノブさん、もう大丈夫です!──


 オルムルはシノブの腕から飛び出し、揺り籠の中で眠るリヒトの上に飛翔する。

 シノブが守ってくれるように、自分はリヒトを守ろう。そしてシュメイ達と支え合おう。もちろん家族だけではなく、絆を結んだ多くの者達とも。

 そんなオルムルの思いが届いたのか、眠っている筈のリヒトが少しだけ微笑むような表情となる。


「リヒト、今日も元気だね。そして生まれて二ヶ月、おめでとう」


「まるで昨日のようですね……」


 我が子に手を添え祝福するシノブの隣では、シャルロットが青い瞳を潤ませていた。どうやら彼女はリヒトを産んだときのことを思い出したようだ。


 何も案ずることは無い。何故(なぜ)なら、ここにはシノブがいるのだから。その想いが溢れたのだろう、オルムルは神秘の光に包まれる。

 そして囲む者達は、柔らかな光を宿した子竜と照らされる幼子を(いと)おしげな顔で見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 当面の間、毎週水曜日と土曜日に更新する予定です。

 ですので次回は、2017年4月12日17時の更新となります。


 以下、第一部完結以降の関係作品更新状況です。


・番外編 第7話

・設定集 第96話~第99話の四話

・異聞録 第34話~第36話の三話


 上記はシリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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