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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第21章 神と人の架け橋 ~第一部エピローグ~
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21.04 果てしなき道の先に 後編

 シノブ達は再びソファーへと着き、アムテリアの話を聞いている。

 最初と同じでシノブとアムテリアが並び、右の一脚にニュテス、サジェール、ポヴォールとテッラの兄弟神、左にデューネとアルフールの姉妹神、シノブ達の向かいがアミィ、ホリィ、マリィ、ミリィである。


「……ですから『ニホン』は先々問題になるでしょう」


 アムテリアが懸念を示したのは、シノブが出身地としたニホンという架空の国であった。

 この星の日本に相当する地にはヤマト王国があるが、ニホンという国家はどこにも存在しない。そしてアマノ同盟は世界規模の交流へと踏み出したから、早晩シノブの故郷が偽りであったと判明するだろう。


「申し訳ありません……」


 アミィはアムテリアの指摘を自身への叱責と受け取ったようだ。彼女は身の置き所も無い様子で謝罪の言葉を口にする。


 この世界にシノブが現れた直後の導き手はアミィだけで、そこからピエの森で十日ほどシノブを指導したのも彼女だ。そしてシノブがニホンという故郷から転移装置の暴走で来たという経歴を提案したとき、アミィは反対しなかった。おそらく彼女は、これほど早くヤマト王国と交流すると思っていなかったのだろう。

 何しろシノブが出現したピエの森はヤマト王国から一万kmは離れているし、当時のエウレア地方は外部と交流していなかった。そもそもアミィは()の地に訪れたことがなく知識も僅かで、シノブの出身国とするのは逆に問題となっただろう。


「良いのです。あの時点でシノブをヤマトの者とするのは難しいでしょう」


 アムテリアにアミィを責めるつもりは無いようだ。

 シノブがヤマト王国の出身と名乗るのも良し悪しだ。今のようにヤマト王国と交流するようになれば、偽りの出自が別の意味で問題になったかもしれない。

 ヤマト王国のどの街に住んでいたのか。仕えていたという相手は誰なのか。思いつきで実際のヤマト王国を反映した経歴を作り上げると、更に大きな問題が生じただろう。


「それらしく振舞うのも大変ですし、地球での経験を活かせませんからね」


「それにヤマト王国で暮らすのも難がありました。歴史好きなシノブでも、中世日本に近い生活は苦労した筈です。むしろ現代日本との類似なら、エウレア地方に軍配が上がる点も多いでしょう」


 闇の神ニュテスと知恵の神サジェールの指摘には、シノブも頷かざるを得なかった。

 この世界で生きていく上で、日本で得た知識を全く活用できないのは手足を縛られるのと同じくらいに(つら)いだろう。仮に普段は隠し通しても、危急のときまで我慢するのは難しい。


 それに現代日本での生活は洋風だから、ヤマト王国とは大きく異なる。

 近現代の日本建築の例に漏れず、シノブの実家は殆どが洋間であった。更に服も普段は洋服ばかりで、特別な場でもなければ着物と縁がなかった。

 和食を非常に好むシノブだが、衣と住の二つに関しては洋風文化の方が早く適応できたのは間違いない。


 もっともシノブでなくとも、現代日本人で室町時代や戦国時代に相当する生活に短期間で馴染める者など極めて少数派だろう。

 それに対しエウレア地方は、過去に聖人達が授けた知識で他より進んだ暮らしを実現していた。そのためシノブも、自分と同世代なら多くがエウレア地方を選ぶとは思う。


「それより今後よ! シノブがニホンの出身だというのは広く知られているから、今更そこは変えられないわね!」


「シャルロットとの出会い以降は演劇にもなったものね……それにメリエンヌ王国の公文書にもニホンの出身だと記されているわ」


 森の女神アルフールと海の女神デューネの指摘は事実であった。

 シノブはメリエンヌ王国で多くの者にニホンという国から来たと語った。そのため()の国の文書、それも貴族籍管理簿などにもシノブの出身地はニホンだと記載されている。つまり本当は違うとしたら偽証や公文書偽造とされる可能性もある。

 メリエンヌ王国も他国の王となったシノブを罪に問わないだろうが、迷惑には思うだろう。王家や閣僚などは真実を知っているか察しているかの(いず)れかだが、それだからこそ出来れば触れたくない件だと思われる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ、貴方の出身地をヤマト王国の禁域カミタにします。そしてヤマト王国の秘された別称をニホンということに」


 アムテリアの口にした解決策は、シノブを禁域の守護者の末裔にするというものだった。

 かつてアシタと呼ばれた地、今はカミタの一部とされた場所でシノブの一族は暮らしていた。そして禁域の守護者たるシノブの一族は、代々受け継ぐ特殊な知識で周囲より進んだ生活を送っていた。

 遥か昔、シノブの先祖は神託により禁域に移り住んだ。その過程で大王家から武士という身分も与えられたが、表に出たことはない。

 そしてカミタの禁域には壊れた転移の魔道装置があり、その暴走でシノブとアミィはエウレア地方に飛ばされた。それがアムテリアの提案する筋書きであった。


「カミタは俺の管轄だから、俺から向こうの神官達に伝えておく」


「大王家のヤマト姫は、母上にお願いする」


 大地の神テッラと戦いの神ポヴォールは、アムテリアの言葉を補った。

 神殿を除くカミタの大半、アシタを含めた地は今も禁域のままだ。そのため本当に中で暮らしていたか確認できる者はいない。それにカミタやアシタはシノブが預かる地となったから、その意味でもカミタを出身地とすべきだろう。

 一方ニホンという名は、神託としてアムテリアが大王家の(いつき)姫に伝えたことにする。そうすれば先々誰かがニホンに疑問を(いだ)いても、一応の説明は付く。

 ポヴォールとテッラは立派な体格に相応しい野太い声で、そのように結んだ。


「ご配慮、ありがとうございます」


 シノブは感謝の言葉を口にした。一方アミィ達四人は黙ったままである。

 アミィ達は常の神々への畏敬に加え、先刻のミリィへの叱責で少し萎縮しているようだ。異神との戦いが終わるまで神々が静観したのも、彼女達の様子からすると妥当な判断だったのだろう。


「私はヤマト王国の天野(あまの)(しのぶ)で、禁域カミタの出身。ただし隠れ里で暮らしていたから、自国をニホンと呼ぶなど少々常識知らず。それでも禁域を伏せようと武士と名乗る程度の知識はあった……こういうわけですね」


 シノブはアミィ達を気にしつつも、新たな経歴を確認がてら並べてみる。

 エウレア地方の人々と酷似した外見の一族がヤマト王国に潜んでいた理由や、どうやって移動したかなど、触れていないことは多数ある。しかしカミタは禁域だから誰も確かめることは出来ないし、転移装置があったことにするから人知れず移住したと言い張ることも可能だ。

 それに大王家が口裏を合わせてくれるなら、多少突飛な内容であっても問題ない。そのためシノブも、これなら上手く説明できそうだと感じていた。


「ええ。これなら東西の交流が深まっても、言い繕えるでしょう。

……この星の者達が異世界の存在を知るのは早すぎます。ようやく大地が球状で太陽の周りを回っていると、一部が理解した段階なのですから」


 アムテリアはエメラルドのような瞳を(きら)めかせ、更に柔らかく微笑む。そして彼女は何かを夢見るような表情となった。


 シノブは想像する。母なる女神は遥かな未来に思いを馳せているのだろうと。

 この星の人々が宇宙を確かめようとし、世界の成り立ちへと思索を広げていく。そして彼らは他の星への冒険に踏み出す。何百年、あるいは何千年も先だろうが、必ず無限の彼方へと羽ばたく。シノブも同じ未来を感じようと、大宇宙に飛び立つ日を思い浮かべる。


「しかし、それは将来のこと……多くを積み重ね、心を充分に磨いてからです」


「命を冒涜する邪術に手を伸ばすようでは、時期尚早です。そのような者が大きな力を得たら、そして賛同する者達が協力したら……想像するだけで恐ろしいですよ」


 アムテリアに続いたのは、神々の長兄ニュテスであった。彼は穏やかな口調を保っているが、声音(こわね)には隠し切れぬ苦味が宿っていた。


「テュラーク王国の宮廷魔術師ルボジェクや、彼に手を貸した者達ですね。他者を踏み付け我欲に狂う……仰る通り、許されざることです」


 シノブはキルーシ王国とテュラーク王国の国境で見たルボジェクを思い浮かべる。

 禁術で凶悪さを増した大岩猿と、支配の魔道具で縛られた兵士達。彼らを盾に己の恨みを晴らそうと突き進む邪術師。知識追求の負の部分をこれ以上ないほどに露呈した醜さ。アルバーノ達がルボジェクを追い詰め断罪する僅かな間だけだが、シノブは確かに老人の妄執を目にした。

 会わずに終わったテュラーク国王や王太子、宰相も、シノブの心に刻まれていた。ルボジェクを支えた彼らの身勝手は、アルバーノやアルノーの(ふみ)でシノブも理解していたからだ。


「良い機会です、シノブに邪術師を支えた者達の最期を見せては?」


 ポヴォールは改まった様子で母神に語りかけた。

 テュラーク国王達は()の国の王都フェルガンで落命した。そして彼らを討ったアルノーは昨夕遅くに自領に帰還したから、シノブは話を聞いただけである。

 しかしポヴォールは、シノブにフェルガンでの顛末を詳しく伝えるべきと考えたようだ。戦いを司るだけあって、彼は命のやり取りからシノブが何か学び取れると思ったのだろうか。


「私も賛成します。これはシノブが知っておくべきことでしょう」


「判りました。シノブ、これから幻影を見せます。貴方を支える者の姿を……」


 ニュテスに促されたアムテリアは、一瞬だけ悲しげな表情となった。

 しかしアムテリアは強い意志を(おもて)に浮かべ、シノブに向き直る。そして彼女はシノブの肩に手を掛けつつ、幻術を施すと(ささや)いた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 それは前日の午後のこと。場所はテュラーク王国の王都フェルガンを睥睨(へいげい)する王宮。しかし国の中枢部を悠然と歩く男は異国から来た狼の獣人で、本来の住人達は彼に追われて散るだけであった。


 歩むはアマノ王国のゴドヴィング伯爵アルノー、メリエンヌ王国の従士階級に生まれ二十年間をベーリンゲン帝国の戦闘奴隷として苦汁を飲んだ男だ。彼は愛用の小剣を手にしただけ、兜や甲冑は無しという軽装で謁見の間に足を踏み入れる。

 そして散っていくのはテュラークの廷臣や侍女などだ。多くの男女が(おび)えを顕わに広間から逃げ出していく。


「国王ザルトバーン、王太子ファルバーン、宰相アルズィーン以外に用は無い。死にたくなければ失せろ」


 アルノーはシノブが聞いたこともないような、暗く鋭い声を発した。

 長年を刑場で働いた処刑人よりも感情の無い声音(こわね)。冷徹そのものが現れたかのような無表情と揺らがぬ歩み。そのためだろう、テュラーク宮廷を彩る男女は後ろを振り返ることもなく姿を消す。


「化け物か……」


「振るう手が見えぬ!」


 立ち向かおうとする武人も僅かにいた。しかし彼らはアルノーの剣に己の武器を合わせることすら出来なかった。

 アルノーの起こす剣風は、それ自体が武器であり防具であった。彼が小剣を振るえば裂けた空気が相手の得物を断ち、襲い来る攻撃を弾く。

 しかも大半には、どのような技かも見えていないらしい。おそらく多くは、アルノーが剣を右斜め下に向けたままだと思っているだろう。しかし現実は違う。

 神速を体得したアルノーは、場の全てを支配していた。有象無象は剣が生み出す空気の壁で追い払い、定めた獲物は放つ疾風で逃さない。そして悠然と歩む彼は、何と王宮の入り口からここまで一滴の血も流していなかった。


「断罪すべきは、命を造り変えて心を支配する邪道の(やから)のみ……心当たりのない者、上の(めい)に従っただけの者は去れ」


 謁見の間に響くのは、アルノーの重ねての宣告だ。

 言葉を返す者はいなかった。開け放たれた大扉の外や脇から抜ける通路の入り口などには、無念そうな表情の武人が顔を覗かせてはいる。しかし彼我の差を悟ったのか彼らは動かぬままだ。

 ここまでにアルノーを弓矢で討とうとした者も当然いる。しかしアルノーは真後ろから射掛けられようが、平然と弾き返した。それに謁見の間まで入った今は流れた矢が国王達に当たるかもしれないから、飛び道具を用いるわけにもいかないだろう。


「我らが何をしていたか知っているのだな?」


「ルボジェクの研究施設を荒らしたのはお前か!」


 熊の獣人の国王ザルトバーンは重々しい問い掛けを、狼の獣人の王太子ファルバーンは猛々しい詰問をアルノーに投げかけた。

 対照的に二人の脇で(たたず)む豹の獣人アルズィーンは静かであった。彼は宰相という地位に相応しい知性派で、しかも老人だから戦いとは無縁のようだ。


「当然。ルボジェクは岩猿に人の血肉と魔力を与え大魔獣とし、禁忌の術で兵士の心を縛り逆らえぬようにした……そしてお前達は奴の悪行を見逃すだけではなく、多くの人を集めて送り込んだ」


 アルノーの平板な声は大広間の隅々まで響き渡った。彼の篭めた思い(ゆえ)か、静かな返答は不思議とどこまでも広がっていったのだ。


 広間に残った三人は反論や釈明をしない。そのため離れて取り巻く者達の顔色が変わり、ざわめきが生まれる。

 まさか、そのようなことが。いや、あのルボジェクなら。顔を見合わせる武人達は、本来の役目が頭から消えてしまったらしい。彼らが手にしている武器も、今は向かう先を失い下ろされている。


「それでどうするのだ? お前の武力、我らでは到底(かな)わぬ。逃げる気も失せるくらいにな……キルーシ王国に引き渡すのか? それともここで処刑か?」


「俺は嫌だ! 死ぬなら、こいつと戦ってからだ!」


 観念したらしきザルトバーンは巨体に相応しい大剣を下ろす。しかし息子のファルバーンは戦意を捨てておらず、父の得物より少々細身な長剣をアルノーに向ける。


「お前の相手は父親だ……宰相でも良いがな」


「な、何だと!?」


 アルノーの宣告に、ファルバーンは色めき立った。それに国王ザルトバーンや先ほどまで無言を貫いていたアルズィーンも、思わずといった様子で微かな叫びを発していた。


「お前達は人を支配し死に追いやったのだろう? だから彼らの無念を晴らそうと思ってな……。

これも二度と戦闘奴隷を生み出さぬため。人を操った王達は報いを受けて操られた……世の教訓に相応しいと思わんか? ……さあ、殺し合え」


 鬼気迫るアルノーを恐れたのか、誰一人として彼の言葉を(さえぎ)らなかった。それに先ほどまで激昂していたファルバーンも、気圧(けお)されたらしく凍りついたように動かない。


「……許せ!」


 唐突に剣を振るったのは、国王ザルトバーンであった。彼は我が子と宰相を斬り払ったのだ。

 まずアルノーを注視していたファルバーンが崩れ落ちる。武芸に秀でているらしき王太子も、敵と相対する最中に横の父からの斬撃とあっては為す(すべ)もなかったのだろう。

 ましてや老齢で無手のアルズィーンが抵抗できるわけはない。あるいは彼も観念していたのか、先の一撃にも反応することなく主の剣を受けて倒れ伏す。


「……親殺しや主殺しをさせるのはな」


「身内には甘いか」


 ザルトバーンの呟きに、アルノーは皮肉めいた言葉で応じた。

 冷たさの滲むアルノーの言葉だが、一理も二理もある。ザルトバーン達の所業を考えれば、慈悲の剣と賞するわけにもいかない。少なくともルボジェクの犠牲になった者達は、それくらいで許しはしないだろう。


「言い訳はせぬ……往くぞ!」


 ザルトバーンの叫びは、誰に向けたものだったのか。もしかすると先に送った二人への呼び掛けか。

 しかしテュラークの王が答えることはない。もはやこれまでと大上段から斬り込んだ彼は、静かに応じたアルノーの剣で物言わぬ人となったからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……母上、ありがとうございます。

アルノーの思い、確かに受け取りました。アルノー達の苦しみや嘆き……こんな悲劇、もう終わりにしなくちゃ……」


 シノブは涙を(こら)えつつ言葉を紡ぐ。

 テュラーク王宮に踏み込んだアルノーと、シノブは心を重ねていた。一日近く前のことだが、広大無辺の神力を持つアムテリアはシノブとアルノーの心を繋げたのだ。


 アムテリアはアルノーに配慮したのだろう。シノブに伝わってきたのは彼の怒りや悲しみ、そして未来のために剣を振るうという強い意志だけであった。

 しかしシノブは、かつてアルノーが戦闘奴隷とされたときの絶望や自由を得たときの喜び、そして悲劇の根絶を誓った仲間との絆にも触れたと感じていた。アルノーの発した言葉や振るう剣から、シノブは彼の過去を受け取り未来を共に見つめたのだ。

 決して幻想ではない。アルノーと共にした思いは紛れもない真実だ。シノブは、そう確信していた。


「その気持ち、忘れぬように。

かつて地球で起きた数々の……今も形を変えて続く悲劇を、貴方は歴史を始めとする様々なことから学んでいます。ですが、それは幾多の困難を(くぐ)り抜けて平和を得た日本から見た姿。この星の明日を担う貴方には、より深く知ってほしかったのです……(つら)い体験だったとは思いますが」


 先刻と同じ姿勢でシノブの肩を(いだ)くアムテリアの瞳は、(きら)めく(しずく)で濡れていた。

 とはいえアムテリアの顔は、悠久の時を過ごした者の強さも宿していた。普段は優しく導く彼女だが、今は(いたわ)りながらも星を導く先達(せんだつ)の覚悟をシノブに示している。


 これは今後の自分に必要なのだろう。まだ世の中には多くの不幸がある。その実情に少しでも触れたのは、先々大きく活きるに違いない。シノブは静かに頷きつつ、母なる存在の言葉を心に染み込ませた。


「……さてシノブ、もう少々お願いがあるのですが」


 唐突に明るい声を上げたのは、ニュテスであった。そして彼は右に座す大地の神テッラに、意味ありげな顔を向ける。


「その……大和之雄槌(やまとのおづち)を見せてくれないだろうか」


 テッラは彼に似合わぬ遠慮がちな様子でヤマトの神刀を披露してほしいと口にした。

 元々大和之雄槌(やまとのおづち)は、テッラに捧げられた刀だ。そのため彼が一目と渇望するのは当然だろう。


「失礼しました! アミィ、出してくれ!」


「ただ今!」


 シノブはソファーから立ち上がり、アミィ達のいる側へと歩んでいく。そしてアミィは脇に置いていた魔法のカバンから長大な黒いヤマト太刀を取り出した。


 大和之雄槌(やまとのおづち)の鞘は黒漆(くろうるし)で塗られ、(つか)黒糸(くろいと)平巻(ひらまき)(つば)も丸い鋼の素朴なものだ。そのため納刀したままだと全てが漆黒で、白く輝く光の神具とは好対照である。

 もっとも大地の神テッラには、質実剛健な造りこそが相応しい。シノブはアミィから渡された大和之雄槌(やまとのおづち)(つか)に手を掛けながら、雄々しさ溢れる男神(おがみ)へと向き直る。


「兄上、大和之雄槌(やまとのおづち)です……そして再誕にお力を貸してくださったこと、感謝しております」


 シノブは稀なる太刀を抜き放ち、輝く刃を眼前に立ててみせる。そして感慨深げな面持ちで立ち上がったテッラに、シノブは感謝の言葉を伝えた。

 神刀が実体を取り戻したとき、シノブは天からの光に大地の神の気配も感じた。授かった言葉はアムテリアのもので、降り注いだ輝きも彼女の慈愛を多く含んでいた。しかし天からの祝福には、地と鍛冶を司る神の力強い波動も確かに宿っていたのだ。


「気付いていたか……」


 笑みを浮かべたテッラは、白銀の刃を見つめつつシノブへと寄る。まるで旧友に会うような懐かしげで嬉しさに満ちたテッラの顔に、シノブも思わず胸を熱くする。


「兄上、どうぞ」


「済まぬな……」


 (つか)を手前に神刀を差し出したシノブに、テッラは静かな(いら)えを返した。そして僅かに目元を赤らませた大地の神は、先刻のシノブと同様に甦った伝説のヤマト太刀を(かざ)し眺め続けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 テッラから返された神刀を収めた後、シノブはアムテリア達と幾つかの相談事をした。転移の神像をどうするかなど、神々とも関係のある事柄だ。

 その結果、ファルケ島には転移の神像を造ることになった。まだシノブは長距離転移が出来ないから、念の為の移動手段が必要だと神々は主張したのだ。

 ただし神殿の転移は、徐々に使用頻度を減らしていく。飛行船の性能向上により1000km程度でも半日あれば移動できるようになったし、竜達が運ぶ磐船もある。そのため転移の利用基準を段階的に厳格化し、他の移動手段の活用を促す。


 それらはアスレア地方を含む各国の指導者にも伝える。

 エウレア地方に与えられた神々の恩恵は、異神の消滅により役目を終えた。したがって近い将来エウレア地方から神殿の転移は消える。ただし魔道装置でも転移は実現可能とされており、いつかは人の手で再現できるだろう。

 シノブも人による技術発展を促すべきだと感じていたから、この方針に強く同意する。


 更にシノブは神具についてもアムテリアと相談した。転移と同様に日常での制限を設けるべきことがあるとシノブは感じていたのだ。


「そうだ! シャルロットからの品がありました!」


 シノブは神々への謝礼を用意していたことを思い出す。

 それはシャルロット達が持たせてくれた品々だ。神域に到着してから様々なことがあったためシノブは失念してしまったが、それらを魔法のカバンに入れてはいたのだ。

 シャルロット達が選んだのは、殆どがアマノ王国の特産物であった。山の(さち)に海の(さち)、そして人々が丹精篭めて育てた農産物、自慢の腕を振るった細工物などだ。おそらくシャルロットは、豊かになったアマノ王国の姿を神々に見せたかったのだろう。

 しかしシャルロットは特産物だけではなく、自身が作った品も忍ばせていた。


「これを私に……」


 白く輝くショールを手にしたアムテリアは、とても幸せそうな声音(こわね)を響かせた。これは暫く前にシャルロットが編んだ品だ。


「はい。先々お会いする日があればとシャルロットが準備した品です」


 シノブは妻の作品を母なる女神の肩に掛ける。

 するとアムテリアは、どこかシャルロットにも似た表情となる。大きな喜びを示しつつ居並ぶ者達の手前か僅かに恥じらいを浮かべた、シノブの良く知る笑顔である。


「私からもありますよ。今日は母上に私の手料理を食べていただこうかと。昨日シャルロット達に出した品と同じですが……」


「むしろ嬉しいですよ。彼女達と同じものを口に出来るのですから」


 頭を掻いたシノブに、アムテリアは微笑みを返した。彼女の言葉は心からのものらしく、シノブに向けた(おもて)は大きな期待で輝いている。


「それではアムテリア様、早速準備します!」


「アミィ、私も手伝います」


 アミィはリビングと繋がったキッチンへと駆け出し、更にホリィが彼女の後に続く。

 シノブの腕はまだまだ未熟だから、火加減や煮込み具合はアミィの監督が必要だ。もちろんシノブだけでも料理できるが、その場合は味が一段か二段は落ちるだろう。


「手伝いはアミィ達で大丈夫ですね。ミリィ、貴女は私達に酌でもしなさい」


 どうもサジェールは、お酌を罰の代わりにと考えたらしい。

 知恵の神だけあって、言葉の乱れに対して最も厳しいのはサジェールなのだろう。とはいえ柔らかに微笑む様子からすると、お酌を理由にして側に置き少し念を押しておこうという程度だと思われる。


「は、はい!」


「では私も!」


 ミリィと共にマリィまで弾かれたように動く。そして二人は魔法のカバンから神の造りし銘酒『ドワーフ倒し』を取り出した。


 そして七柱の神と二人の眷属の様子を、シノブはアミィやホリィと共にキッチンから眺める。

 魔法の家のキッチンは対面式でダイニングとも繋がる窓があり、そこからはリビングの大半も見渡せる。そのため下拵(したごしら)えをするシノブからでも、酒を注いで回るミリィ達の姿は充分見て取れたのだ。


「結局ヤムには『ドワーフ倒し』を使わなかったね」


 シノブは両脇のアミィとホリィに(ささや)く。

 ヤムが竜神の(たぐい)と判明したとき、シノブの脳裏には八岐大蛇(やまたのおろち)の伝説が思い浮かんだ。そのためシノブ達は、苦戦したら『ドワーフ倒し』を飲ませようかと考えてはいたのだ。


「使わなくても勝てましたし……」


「眠ってくれるとも限りませんから」


 二人はシノブに苦笑を返す。アミィが言うように戦いは終始シノブ達が優勢であったし、ホリィの指摘も確かで神酒からヤムが力を得る可能性も大きかった。


 実際アムテリア達は『ドワーフ倒し』を飲んでも普段と変わらぬままだ。ポヴォールとテッラは既に数杯を空けているが乱れることはないし、酒量が少ない他の神々は尚更である。

 この様子からすると、ヤムも『ドワーフ倒し』から力を得たかもしれない。


──ところでミリィとマリィって、何か特別な仲なのかな?──


 手を動かしつつも、シノブはアミィとホリィのみに思念を発し訊ねる。神々に叱責されたミリィを(かば)ったマリィの姿が、シノブの心に残っていたのだ。

 普段のマリィはミリィを戒める側だ。そして理知的なマリィなら処罰の軽減を願うにしても、過ちは過ちとして捉えるようにシノブは思う。

 それに感情に訴えかけることもしないのでは。妹を守ろうとする姉を思わせる必死な様子に、シノブは二人の繋がりの強さを感じずにいられなかった。


──これはシノブ様の胸の内だけにお収めください──


──ああ、約束するよ──


 ホリィの静かな思念は、やはりシノブとアミィのみを対象としていた。そこでシノブも先刻と同様に密かに応じる。


──二人は前世でも姉妹だったのです。詳細は明かせませんが世に貢献し命を落としたと聞いています──


──おそらく前世の彼女達が暮らした土地では、聖なる存在としているでしょう──


 ホリィに続き、アミィも澄んだ思念を送ってくる。

 アミィの妹分であるタミィは、善行を積んだ子狐だったそうだ。どうやらマリィやミリィも、同じような過去を持っているらしい。

 二人の口振りでは、マリィやミリィが人間だったのかどうかまで判らない。本来は転生前に触れないのだから説明も最低限に留めたのだろう。


──そうか……きっと今のように仲の良い姉妹だったろうね──


 これ以上は聞かなくて良い。いや、聞かなくても判る。どんな姿であったとしても、マリィとミリィは今のように仲睦まじく暮らしていた。それがシノブにとっての全てであり、二人の絆の一端に触れただけで良いのだ。

 神々の息づく地で、自分は行くべき道の先を垣間見た。それに一歩か二歩は踏み出したとも思う。しかし自分は、まだ歩き出したばかりだ。それを忘れてはならないと、シノブは心に刻む。


「ともかく、今は料理だね」


 シノブは手元に集中し直す。敬愛する神々に失敗作を出すわけにはいかない。その思いがシノブの顔を引き締める。


 この上ないほど優しい微笑みを浮かべ、母なる女神はシノブを見つめている。もちろん彼女を支える神々も同様だ。そして七柱の神々は穏やかな団欒(だんらん)を楽しみながら、シノブが料理する(さま)を見守っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年3月11日17時の更新となります。


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