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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第21章 神と人の架け橋 ~第一部エピローグ~
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21.01 それぞれの帰還

 シノブ達を乗せたオルムルは、キルーシ王国軍の本陣オームィル砦へと飛翔している。

 夕方も近づいた空は穏やかで美しい。雲も少なく、特にシノブ達の頭上や向かう先の西側は綺麗に晴れ渡っていた。

 オルムルはアミィの幻影魔術で姿を消しているし、他に潜んでいる超越種達も同様に姿消しや透明化の魔道具を使っている。そのため空で目立つのは白銀に輝く巨大な飛行船であった。シノブから見えるのは三番艦だけだが、ここキルーシ王国とテュラーク王国の国境の空には、他にも九隻の同型艦が浮かんでいる。


『宮廷魔術師ルボジェクは、人を支配する魔道具を使いました。彼は大岩猿だけではなく、兵士達まで心を縛ったのです。将軍バラームはルボジェクの魔道具を使い、自身の直属部隊を意志なき道具としました。これは大神アムテリア様の教えに反します。

テュラークの皆さん、正義なき戦い、神々に背く戦いに加わることはありません。投降してください』


 全長150mもの空飛ぶ巨艦、七式アマテール型飛行船からテュラーク軍の兵士達への呼び掛けが響く。飛行船は国境のテュラーク側をゆっくりと進みながら、拡声の魔道装置で地上に語りかけているのだ。

 同じようにキルーシ王国を守る城壁でも、アマノ同盟の者達が放送の魔道具を使って降伏を促している。


 アスレア地方でもアムテリアを最高神とし、彼女を始めとする七柱の神々の教えを守っている。聖人の影響が強いエウレア地方ほど厳格ではないが、彼らもアムテリア達を信仰しているのだ。そのため神々に背いたと言われると戦意も大きく減ずるようだ。

 中央城門を攻めたテュラーク軍は大岩猿を率いていたし、その背景には支配の術がある筈だ。それはテュラークの戦士達も理解していたのだろう。

 動物への支配が禁忌に触れるかは諸説あった。それに騎馬民族であるテュラークの民にとって、何らかの手段による動物の馴致(じゅんち)は日常的だ。しかし同じ人への支配、隷属が明らかな禁忌だというのはテュラークでも同じであった。


 そのためテュラークの戦士達も大人しく投降をしていく。

 テュラークの兵士達も、おかしいとは思っていたのだろう。凶暴な岩猿の支配、それも山中にいる亜種に勝る大岩猿だ。そして将軍バラームの直衛部隊に関しても、彼らは異常を感じていたようだ。

 もっとも根底には、あのルボジェクならやりかねないという認識があったらしい。百歳を超えても壮年に勝る活力を維持する宮廷魔術師は、畏敬というより畏怖と疑惑の対象だったのだ。


 謎の空飛ぶ船、そして中央城門前に現れた人の十倍を超える巨大木人。更に各所に放った部隊は(いず)れも敗れ去ったらしい。これらもテュラーク兵の戦意を大きく(くじ)いた。

 しかもキルーシ側は穏当な待遇や充分な食事を保証すると語りかけた。これらは末端の兵士の心に大きく響いたようだ。テュラーク王国は凶作に見舞われていたから、兵士達に回る糧食も多くはなかったのだ。


「これなら国境以外も何とかなりそうだ」


「そうですわね。かなり無理して兵を集めたようですし、元々が各部族の集合体ですから」


 シノブに応じたのはマリィである。

 ここ暫くマリィはキルーシ王国に駐留し、更にテュラーク王国にも偵察で幾度となく侵入した。そのためシノブを支える眷属達でテュラークに最も詳しいのは彼女であった。


 テュラーク王国は建国から百八十年ほど、といってもテュラーク王家の統治開始が約百八十年前というだけだ。要するに最大勢力の部族を率いる一族が王を名乗る制度らしい。

 そのため王家の統率力が衰えたり大きな過失を犯したりすれば、他の部族が取って代わり新王朝が始まるという。


「ならばキルーシ王国は次の有力部族を押し立てるのかな?」


「おそらくは~。でも、きっとアスレア地方の皆さんが上手くやってくれます~」


 先に考えを巡らすシノブに、ミリィが軽い口調で言葉を返した。どうやら彼女は、あまり背負い込むなと言いたいらしい。


「ありがとう。気を付けるよ」


 シノブも手を出すつもりはなかったが、ミリィの気遣いへの礼を優先させた。


 これでテュラーク王朝は終わるのだろう。

 禁忌を犯した邪術師を抱えていた。しかも王や王太子は邪術の開発を支援していた。そして無謀な侵攻をし完膚なきまでに負けた。これでは一族から新王を出すのも難しいに違いない。

 新王を出す部族の選定には、キルーシ王国など今回の戦に加わったアスレア地方の各国も関与すると思われる。周辺諸国の信認を得られた人物あるいは部族が、これからのテュラークを(まと)める。そのような形をシノブは想像した。


 しかしミリィが言うように、それはアスレア地方の問題だ。アマノ同盟も手助けするだろうが、同盟としてでシノブ個人ではない。


──砦が近くなりました! 皆さん集まっています!──


 オルムルの思念を受け、シノブは前へと向き直る。

 確かにオームィル砦の上には多くの人が集まっているようだ。シノブ達が通信筒で連絡を入れたからだろう、彼らは望遠鏡などを手に国境側の空を見上げている。

 砦の周囲には、四体の巨大木人が集っていた。ヤマト王国の大和(やまと)健琉(たける)美魔(みま)豊花(とよはな)、それにデルフィナ共和国出身のエルフの兄妹ファリオスとメリーナは憑依したままらしく、全ての巨大木人が立って空を見上げている。


「幻影を解きますね!」


「あっ、気が付いたみたいです!」


 アミィが幻影魔術を解除すると、直後に砦の上に(きら)めきが生じた。タミィの指摘通り砦の者達は白い子竜を発見し、一斉に望遠鏡などを向けたらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ、やったな!」


 砦の屋上に降りたオルムルに、イヴァールが駆け寄ってくる。彼も砦に帰還していたのだ。

 ベルレアン伯爵コルネーユや先代伯爵のアンリ、カンビーニ王国の王太子シルヴェリオやガルゴン王国の王太子カルロスもいる。どうやらアマノ同盟として加勢した者のうち一定数は、既に引き上げていたようだ。

 アマノ同盟からは全ての国が参戦していた。そのためアフレア大陸から来たババロコを始めとするウピンデ族の姿もある。


 もちろんシメオンやベランジェなど砦に詰めていた者達もいる。こちらはキルーシ国王ガヴリドルやエレビア国王ズビネクに王太子シターシュ、それにアゼルフ共和国のテレシア族の族長クロンドラとメテニア族の長老ルヴィニアも一緒だ。


「シノブ殿、おめでとうございます!」


 若々しい声を響かせたのはエレビア王国の第二王子リョマノフだ。勝利が磐石だからであろう、彼は国境の中央城門から既に引き上げていたのだ。

 ちなみにリョマノフと共に指揮したキルーシ王国の王太子ヴァルコフの姿は無い。彼は前線に残って自国の軍を統括しているからだ。


「ありがとう!」


 シノブはイヴァールの前に降り、彼やリョマノフの手を握る。そしてコルネーユにアンリと順に言葉や握手を交わす。


「シノブ様、木人を仕舞ってきます!」


 アミィは巨大木人を早く収納しようと考えたようだ。タケル達が憑依を解かないのは大切な木人を放置できないからだ。彼女は、そう考えたのだろう。


「私も行きます!」


『アミィさん、タミィさん、どうぞ!』


 手伝うらしいタミィと共に、アミィはオルムルの背に再び乗った。そして彼女達は地上へと向かう。


「戦いはどうだった? 普段と違う武器で困ったんじゃない?」


 シノブはイヴァールへと問い掛ける。

 今回の戦いで、イヴァールは愛用の戦斧や戦槌を使っていなかった。それをシノブは事前に聞いていたが、少し気になっていたのだ。


「それほど難儀でもなかったぞ」


「イヴァール殿の申す通りです。軽いので両手に槍を一本ずつ持ちましたが」


 イヴァールに続いたのはヤマト王国の陸奥(みちのく)の国の王、亜日(あび)長彦(ながひこ)であった。彼もタケル達と同様に加勢していたのだ。


「天誅を降すべきは禁忌を用いた者達。下に罪はありませんからな」


 筑紫(つくし)の島の王、熊祖(くまそ)威佐雄(いさお)は手に持つ槍を掲げた。この槍はアゼルフ共和国のエルフの作品で、敵を麻痺させる魔道具だ。


 加勢した者達にとって、テュラーク戦士は出来れば命を奪いたくない相手だった。

 何しろアマノ同盟ですらテュラークを知ったのは極めて最近、ヤマト王国からすればベランジェから話を聞いたのが初めだ。禁忌を用いた首魁ならともかく何も知らない戦士達まで散らすのは、と彼らが思うのは当然だろう。

 そこでアゼルフ共和国のエルフ達は、鋼の守護者(メタル・ガーディアン)が使う魔道具の槍を援軍に貸し出した。コルネーユやアンリ、シルヴェリオやカルロスなどを含め、彼らは麻痺の槍で敵を倒したのだ。


「あれは良いね。守護隊にも欲しいところだよ」


「さほど魔力を使わぬのも助かるな」


 コルネーユやアンリも麻痺の槍を気に入ったらしい。それはシルヴェリオやカルロスも同じらしく、四人とも(いま)だに魔道具の槍を手にしていた。


「どうぞお使いになってください」


「術の秘匿に留意してくだされば問題ありません」


 エルフの族長クロンドラと長老ルヴィニアは穏やかな笑みを浮かべていた。

 アマノ同盟にも多くの魔道具があるが、それらは適切に使われている。そのことを知ったからだろう、彼女達は技術の開示を決めたようだ。


「ありがとうございます! お礼と言っては何ですが西や南の特産物をお持ちしますよ!」


「ええ。アフレア大陸の作物も、こちらの西や南なら育ちそうです」


「うむ。聞いているかぎりでは良さそうだ。それに、出来れば分けていただきたいものもある」


 シルヴェリオとカルロスは、自国や南方の特産物を謝礼の品に挙げた。そしてババロコも大きく頷き、二人の後に続く。

 大砂漠や暖流の影響でアスレア地方の西南部は暑いから、南大陸の作物が根付く可能性は非常に高い。それを既に聞いているからだろう、クロンドラやルヴィニアの顔も大きく綻ぶ。


「アマノ王国からは何が良いかねぇ……」


「我が国の、とは言えませんが蒸気機関や魔力無線をご紹介しては?」


 ベランジェとシメオンも交流を深める品は、と相談していた。

 蒸気機関や魔力無線を最も活用しているのはアマノ王国だが、開発担当はフライユ伯爵領にあるメリエンヌ学園研究所だ。そのため双方ともアマノ王国の特産品とは言い難い。実際にフライユ伯爵領でも、これらは同等以上に活用されている。

 しかし国家規模の広域で早期に展開したアマノ王国には、多くの知見が蓄積されている。したがって運用も含めての伝授なら、人数も多いアマノ王国からが適切かもしれない。


「北の産物も良いかもしれませんね」


「こちらも高山はあるが……しかし西だけの植物もあるかもしれんな」


 コルネーユやアンリも、自領から何か無いかと語らっていた。

 確かにベルレアン伯爵領のピエの森で採れる魔法植物には、南部の薬草と違った効果を持つものもある。それらなら充分に交易品になるかもしれない。


 彼らの様子を見つつ、シノブは静かに微笑む。

 神々が、そしてシノブが望む自然な発展。それは目の前に存在し、しかも更なる広がりが生まれている。

 そこに自分も加わろう、一人の仲間として。シノブの足は、自然に団欒(だんらん)の輪に向かって踏み出していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 しかしシノブが口を開く前に、更なる声が響く。それはヤマト王国の若き王太子の祝辞であった。


「シノブ様! 邪霊の退治、おめでとうございます!」


 タケルは下と結ぶ階段から姿を現すと、そのまま駆け寄ってくる。その様子は、まるで久方ぶりの兄との再会を喜ぶ弟のようだ。


「神々も喜んでおりますぞ!」


 続いてヒミコことトヨハナもやってきた。その後ろはエルフのファリオスとメリーナだ。更にアミィとタミィを乗せたオルムルが、空から舞い降りてくる。


「タケル殿、やっと会えたな!」


 先んじて声を発したのはリョマノフであった。彼は既にタケルへと走り出している。

 リョマノフとタケルは同じ戦場にいたが、そのときタケルは巨大木人に憑依したままだった。そのためリョマノフはタケルの顔を初めて見たのだ。


 タケルとトヨハナ、そしてファリオスとメリーナの体は、このオームィル砦にあった。どちらの巨大木人もアゼルフ共和国のエルフから教わった技術で改良済みで、遠方でも問題なく操縦できたからだ。

 四人の体はタケルとトヨハナの家臣達が守っていたが、彼らは遠慮したのか姿を見せない。代わりに代表であろうか、ドワーフの祖霊将弩(まさど)が憑依した鋼人(こうじん)が続いている。


「リョマノフ殿、初めまして! 同じ歳ですし、仲良くしていただければと……」


「もちろんだ! シノブ殿に助けられた同士、兄弟のようになりたいね!」


 タケルの申し出に、手を取ったリョマノフは(こぼ)れんばかりに破顔する。

 外見は少女のように小柄なタケルと武人らしく大柄なリョマノフと随分違う。それに種族もタケルが人族でリョマノフが獅子の獣人だ。

 しかし先日タケルは十六歳になったから同い年、更にリョマノフの親しみ溢れる振る舞いもあり確かに兄弟のように見えなくもない。もっとも随分と身長差があり、タケルが何歳か下の弟のようでもあるが。


「タケル、お疲れ様! トヨハナ殿もありがとうございます!」


 シノブもリョマノフに続き、タケル達の側に寄る。

 ヤマト王国からの加勢には、シノブも大きく関与していた。魔法のカバンがなければ巨大木人の輸送など出来ないからだ。

 ここ数日のテュラーク軍の動きから、戦が近いのは明らかであった。そこでシノブはアミィ達に頼み、事前にタケル達の転移などを済ませていた。

 とはいえタケル達が来たのは殆ど最後で、国境に張り付いていたリョマノフは彼らと挨拶する暇が無かったらしい。


「シノブ様、お二人をお連れしました」


 ホリィが同僚のマリィやミリィと共に歩んでくる。三人は言葉通り、陸奥(みちのく)の国のドワーフ王ナガヒコと筑紫(つくし)の島の獣人王イサオを連れている。


「ありがとう……それじゃ、始めようか」


「皆様、少しお下がりください。そしてヤマト王国の方々は前にどうぞ」


 シノブが奥に下がると、アミィが改まった口調で居並ぶ者達に声を掛ける。するとアミィの厳粛な様子に何か感じたのか、一同は無言のまま彼女の指示に従った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブの脇にはアミィ達五人の眷属が並び、背後にオルムルも移動した。

 向かい側の最前列はアミィの言葉通りヤマト王国の者達だ。タケルを中心に、右にイサオとトヨハナ、左にナガヒコとマサドである。

 そして後ろには他が並ぶ。こちらも国ごとに(まと)まったようで、アスレア地方の四つの国とアマノ同盟の八つの国がそれぞれに集まり整列する。


「マサド殿、ナガヒコ殿……大和之雄槌(やまとのおづち)をお見せします」


 シノブは左腰に佩いた夜刀之鋼虎(やとのこうこ)を抜き放つ。

 光の大剣は背負ったままだから、シノブは右手で普通にヤマト太刀を抜く。そしてシノブは輝く刀身を天に向かって高々と(かざ)した。


大和之雄槌(やまとのおづち)よ! ヤマトの神刀よ! 願わくばここに現れ()でよ! 七百年の時を越えてマサド殿が、そしてヤマト第一の鍛冶師、ドワーフ王ナガヒコ殿が待っているぞ!」


 シノブは天まで届けと声を張り上げ、あらん限りの魔力を夜刀之鋼虎(やとのこうこ)に送り込む。すると稀なる太刀は、西に移った日輪にも負けないほどの閃光を刀身から発した。


『おお、あの気配は……』


「あれが……」


 マサドとナガヒコは片手を前に(かざ)しつつシノブの眼前に浮かんだものを見つめていた。もちろんタケル達も同じだ。


 夜刀之鋼虎(やとのこうこ)と良く似た造りの黒い太刀が、シノブの前に一振り浮かんでいる。ヤムの異空間で現れた黒剣と同じような影の刀だ。

 影の刀は夜刀之鋼虎(やとのこうこ)と違い、随分と長大だ。光の大剣と同じくらいだから、分類としては大太刀となる。おそらく、これが大和之雄槌(やまとのおづち)の姿なのだろう。

 刀身や(つか)は漆黒で、それは実物と違う筈だ。しかし放つ気が共通しているのか、マサドは影の刀をかつて目にした神刀と認めたようだ。

 大和之雄槌(やまとのおづち)が失われて七百二十余年、当時を知る者は祖霊のマサドだけである。しかし神威の太刀だと誰もが感じたらしく、シノブの前に集った者達は全て(ひざまず)く。


「シノブ様、光の大剣が……」


 アミィが遠慮がちに(ささや)く。

 シノブが背負った神の剣は、柄頭の青い宝玉が激しい光を発していた。まるで自身を抜き放てと言うように、今こそ己の出番だと伝えるように、光の大剣は自身の存在を示していた。


「ああ……」


 シノブは夜刀之鋼虎(やとのこうこ)を左手に持ち変え、続いて背負った鞘の上部にある留め金に手を掛ける。光の大剣は剣身が長いから鞘の一部を開くが、お陰で片手で抜剣できるのだ。


 左に神秘のヤマト太刀、右に神の作りし大剣と二つをシノブが天に向けた瞬間。彼が身に着けた三つの神具、光の額冠、光の首飾り、光の盾も(まばゆ)く輝いた。そして間を置かずに、天から光の大剣へと神々しい光が降り注ぐ。


──大和之雄槌(やまとのおづち)を元に戻しましょう──


 シノブの脳裏に、母なる女神アムテリアの声が響いた。おそらく彼女の声は何らかの形で居並ぶ者達にも伝わったのだろう、タケルを始めとする一同は更に頭を下げる。


「これが……」


 影の刀は新たな姿に生まれ変わっていた。宙に浮いているのは変わらず、しかし呟くシノブが左手に握る夜刀之鋼虎(やとのこうこ)と同じく刀身は清冽な光を放つ。

 (つか)は黒いままだが、こちらも影から実体へと変じていた。(こしら)えは夜刀之鋼虎(やとのこうこ)に倣ったのか素朴な黒糸(くろいと)平巻(ひらまき)だ。


 いつの間にか目を焼くような(まぶ)しい光は収まり、神具や神刀は柔らかな輝きを放つのみとなっていた。しかしシノブは無言のまま再誕した奇跡の大太刀を見つめるのみである。


「顔を上げなさい。大神アムテリア様の慈悲により、失われた神刀は甦りました。さあ、真の大和之雄槌(やまとのおづち)を見るのです」


 アミィが常とは違う声音(こわね)でタケル達に呼びかけた。

 これが神の眷属としての本来の姿なのだろう。地上の全ての命への慈しみを滲ませつつも、離れて見守る強さも感じさせる声。悠久の時を神々と共に生き、支える聖なる存在。魔力や武力では超えたシノブでも及ばぬ揺らぎのなさが、そこにあった。


「あれが……」


『美しい……』


 不思議と神刀の名を口にした者はいなかった。畏れ多いと思ったのか、生前に見たことのあるマサドですら讃えるのみだ。


(よこしま)なものは消え去り、奪われた刀は戻った。これは神々の慈愛(ゆえ)……そして我々の世界は我々の手で切り開けという御意志だと思う。

……異神が奪いしものは、神々が取り戻してくれた。これからも絆を大切にし、力を合わせて進もう。後は我々の努力次第だ」


 シノブは厳粛な気持ちのまま言葉を紡いでいく。それは先刻の天からの光、母なる女神アムテリアの祝福からシノブが感じたことだ。

 どんな存在よりも大きな母性と、広大無辺な慈しみの心。しかしシノブには母なる女神の愛が、決してそれだけではないとも感じていた。

 シノブは祝福の光から、同時に激励も受け取った。それは旅立つ子供を見送る母にも似た、アムテリアの意志だ。異神ヤムが盗んだものは元に戻すが、そこから先は自分の力で進めと彼女は示した。シノブは、そう理解したのだ。

 これで神々が関わる世は終わるのかもしれない。元々アムテリア達は今から九百年ほど前、地上から手を引いた。ならば彼女が光で伝えた通り、後は己で未来を切り開き幸せを(つか)むべきだ。

 語り終えたシノブは、大剣と太刀を手にしたまま静かに(たたず)む。


「シノブ様、鞘をいただきました」


 アミィの手には、長大な黒漆(くろうるし)の鞘があった。大和之雄槌(やまとのおづち)夜刀之鋼虎(やとのこうこ)よりも五割は長いから当然ではあるが、それ自体が武器になりそうな(いか)つい造りだから余計に大きく感じる。


「ありがとう」


 シノブは光の大剣と夜刀之鋼虎(やとのこうこ)をそれぞれ鞘に収める。そしてシノブはアミィから黒鞘を受け取り、復活した大和之雄槌(やまとのおづち)を納刀した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは大和之雄槌(やまとのおづち)をマサドに預けようとしたが、彼は受け取らなかった。シノブとしては神刀を聖地カミタに戻しマサドに守ってほしかったが、マサドは固辞したのだ。

 それ(ゆえ)シノブは二本の太刀を手元に置くこととなった。もっとも普段は光の神具と同様にアミィに預け魔法のカバンに仕舞うから、常に携帯するわけではない。


 そしてアミィ達は、魔法の馬車や魔法の幌馬車で遠方から来た人々をそれぞれの地に送っていく。

 エウレア地方の大都市や大集落には神殿の転移があるから、馬車の中の転移の絵画が使える。そのためアミィ達は行く先ごとに人々を馬車に入れて帰還させる。

 ヤマト王国はシャンジーが馬車を呼び寄せた。シャンジーは参戦したタケル達の代わりに、都に向かう一行を守護していたのだ。

 オルムルもファルケ島へと飛んでいった。シノブは戦地へと急いだから、シュメイなど他の子供達とは島を通過する際に思念を交わしただけだった。そこでオルムルは同じく姿を消して潜んでいた両親のガンドやヨルムと共に南へと飛び去った。


 落ち着いたら祝勝会を開こう。そう言ってシノブも魔法の家へと入った。アミィ達がシャルロットを安心させるべきだと主張し、シノブを魔法の家に押し込んだのだ。


 国境での戦は終わったが、テュラーク地方が安定するには随分と時間が掛かる筈だ。当事者であるキルーシ王国や東で国境を接しているアルバン王国は当然ながら力を注ぐし、エレビア王国やアゼルフ共和国も陰に日向に協力するだろう。

 アマノ同盟も通信や輸送で協力はするが、それはあくまで後方支援だ。今後も前線では幾つかの戦いがあるだろう。それを考えればアスレア地方の者達は祝宴どころではない。


 しかしシノブは悲観していなかった。シノブはアスレア地方の四つの国の指導者達と会い彼らの心を知ったから、信頼を胸に帰還したのだ。

 それぞれに長所もあれば短所もあるが、彼らなら力を合わせて困難を乗り切る。そして、いざと言うときは声を掛けてくれる。全てを導くのではなく、盲目的に信じるのではなく、シノブは遠方から見守ることにしたのだ。


 そのためだろう、魔法の家から『白陽宮』の庭に出たシノブの顔には爽やかな笑みが浮かんでいた。

 もっともアスレア地方でどんな感情を(いだ)こうが、シノブは笑顔となっただろう。何故(なぜ)ならシノブの前には最愛の妻シャルロット、そして同じく大切な家族であるミュリエルやセレスティーヌが待っていたからだ。


「シャルロット、大変じゃない?」


 シノブは最近封じていた言葉を、思わず口にしてしまう。

 あまりに案ずる言葉を掛けても、シャルロットも気詰まりだろう。そう考えたシノブは、感謝の気持ちは伝えるが(いたわ)りは出来るだけ態度で表すようにしていた。

 しかし出産予定日まで半月少々の妻が、外に出て迎えているのだ。場所は居室の窓も目に入る『小宮殿』の庭で、両脇から護衛騎士を務めるマリエッタとエマが支えているとはいえ、シノブが驚くのも無理はない。


「シノブ、それは私の言葉ですよ。大変だったでしょう?」


 シャルロットは見事なプラチナブロンドを揺らめかせながら微笑んだ。

 アムテリアから授かった腹帯のためか、シャルロットの大きな魔力(ゆえ)か、彼女は出産間近でありながら以前の美を保っている。それどころか、むしろ更に美しさを増したようですらあった。


 緩やかなウェーブを描く髪は夕日に輝き、深い湖水のような瞳は活力に満ち(きら)めく。薄紅色の薔薇のような唇や白さの目立つ肌も、シノブが帰還した喜びからだろう普段に増して血色が良い。

 そして浮かべる笑みは、シノブが思い描いていた通りの愛情溢れたものだ。戦いの間は心の奥底に封印し、戦い終えてからは脳裏に(かす)めつつも我慢しと、シノブが夢見た(いと)しい人の容貌である。


「……皆が助けてくれなかったら大変だったよ。でも、俺には沢山の支えがあるから」


 妻に見惚れるあまり、シノブの返答は一瞬遅れた。しかし我を取り戻したシノブは、シャルロットに歩み寄り彼女を抱きしめる。


 バアル神に比べると、海神ヤムは楽な相手だったとシノブは思っていた。それはヤムに仲間がいなかったからだ。

 アルマン王国で戦ったとき、バアル神には仲間の異神達がいた。アナト、アスタルト、ダゴンという三柱、そして名前も聞けぬまま葬った神霊。彼らは彼らなりに協力し、役割を分担していた。そのためシノブも余計に油断できなかったように思う。

 今回こちらにはタミィと光竜(こうりゅう)となったオルムルが加わり、夜刀之鋼虎(やとのこうこ)という助けもあった。もちろんシノブもヤムとの戦いに備え自身を磨いたが、それ以前の段階で勝負が着いていたのではないか。


 もしヤムが他の異神と共に行動していたら。バアル達の(いかづち)、炎、水などの攻撃に加え、ヤムが心の隙を突いてきたら。そのときは勝てたとしても大いに苦戦しただろう。

 つまりヤムが独りを選んだとき、彼の敗北は決まっていた。シノブは妻を(いだ)きながら、そう結論づけていた。


「私とこの子も支えになりましたか?」


 おそらくシャルロットは、シノブの言葉から何かを感じ取ったのだろう。彼女は甘えるような言葉を紡ぎながらも、声には最前と違う深さが宿っていた。


「もちろんだよ。……君の側に一生いる。俺の居場所は君のところだ……その思いがあるから無事に戻れたんだ」


 シノブは本心を呟いた。

 守るべきものがある。負けられない。絶対に生きて帰る。その思いが入念な準備をさせた。

 それに対しヤムはどうだろうか。彼は独り潜んで力を溜め、遭遇してからは虚言を(ろう)するだけだった。

 独りであるというのは、守るべき相手もいないということ。その意味では、互いを頼りにしていただろうバアル達は、まだ心に張りがあった筈だ。


「シノブさま、私達も待っていましたよ?」


「私もですわ!」


 どうやらミュリエルとセレスティーヌは我慢しきれなくなったようだ。二人は両脇からシノブの袖を引いている。

 シノブはシャルロットを抱きしめたままだから、ミュリエルとセレスティーヌは遠慮したようだ。とはいえ彼女達もシノブの婚約者である。そろそろ自分達もと思うのは至極(しごく)当然だろう。


「ごめんね……さあ、こっちに」


 シノブは両手を広げ、ミュリエルとセレスティーヌを迎え入れる。

 ついに最愛の人のところに、自分の家に帰ってきた。その思いがシノブに我を忘れさせたのだろう。シノブは赤面しつつ三人を、そしてシャルロットが宿す我が子を(いだ)く。

 そして長い抱擁を終えたシノブ達は、溢れんばかりの笑みを浮かべて住み慣れた宮殿へと歩んでいった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年3月5日17時の更新となります。


 本作の設定集に20章後半の登場人物の紹介文を追加しました。

 上記はシリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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