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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.43 新時代へ

 シノブ達が異神ヤムとの戦いを終えたころ、キルーシ王国とテュラーク王国の国境では(いま)だ人と人の戦が続いていた。

 とはいえキルーシ側の優勢に変わりはない。キルーシ王国にはシノブが造った城壁があり、友好国のエレビア王国やアルバン王国、そしてエルフのアゼルフ共和国も手を貸している。そこにアマノ同盟まで加わったから、全ての面でキルーシ側が大きく上回っている。


 もっとも油断は出来ない。国境は250kmほどもあり、テュラーク軍は多数に分かれているからだ。

 どこか一つでも突破すればと思っているのだろう、テュラークの剽悍(ひょうかん)な騎馬戦士達は深山だろうが関係なく進んでくる。彼らは狩人が使うような間道でも苦にしないのだ。

 馬は駆け回るには便利だが、平地なら相手は投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)を持ち出してくる。エウレア地方に比べるとアスレア地方の大型兵器は未発達で射程も半分程度だが、テュラークの鎧はエウレア地方の騎士鎧ほど頑丈ではないから非常な脅威だ。

 それに対し山中であれば遮蔽物も多いし、大型兵器の運搬も難しい。


 したがって馬が分け入れる細道なら、街道筋よりも安全に国境へと到達できる。そんなテュラーク王国軍の目論見は、とある者達により脆くも崩れ去る。


鋼の守護者(メタル・ガーディアン)森番(モリバン)!』


森番(モリバン)片手袈裟斬(スラッシュ)!』


 特殊な鏡面処理により真紅に(きら)めく鋼人(こうじん)が四体ほど現れ、騎馬戦士の前を塞ぎつつ名乗りを上げた。そして太陽のように赤い戦士達は、手に持つ直剣で騎馬戦士達に襲い掛かる。

 どうやら鋼人(こうじん)達の持つ剣は魔道具らしく、テュラーク戦士や馬は全て痙攣(けいれん)しながら崩れ落ちていく。


「な、何だ!?」


「どうやって俺達を!?」


 百戦錬磨のテュラーク戦士達も、光り輝く敵には驚愕したらしい。それに軍馬も(おび)えたのか、大きく首を振りつつ(いなな)き暴れ出す。


『我らはアゼルフ共和国のエルフだ!』


『先祖代々森林を保護してきた我らだ! ここも庭と同様!』


 更に白銀や紺碧に輝く鋼の守護者(メタル・ガーディアン)もやってきた。

 アゼルフ共和国のエルフ達には移送鳥符(トランス・バード)があるから、山中でも容易に連絡が出来る。そのため知らせを受けた別働隊が、支援をしにきたのだ。


「う、うわぁ!」


「こっちにも!」


 合わせて十数もの白銀、真紅、紺碧の勇者に囲まれては、どうしようもない。

 テュラークの戦士は百を超えるが、相手は達人並みの動きで更に(はがね)の体だから攻撃も殆ど通じない。それに鋼人(こうじん)には攻撃の魔道具が仕込まれているらしく、水弾や岩弾まで放つ。

 そのため僅かな間でテュラークの一団は壊滅し、立っているのは(きら)めく戦士達だけとなった。


『城壁に連絡を!』


『了解!』


 鋼の守護者(メタル・ガーディアン)の一体が見上げた木の枝から、鷹に似た移送鳥符(トランス・バード)が飛び立つ。そして仲間を見送った(はがね)の勇者達はテュラーク戦士を縛り上げ、後を追うかのように間道を駆けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「南第五地区より! 鋼の守護者(メタル・ガーディアン)の第二部隊、敵騎馬戦士を捕縛!」


 キルーシ王国と支援する各国の本陣オームィル砦に、ソニアの嬉しげな声が響く。そして喜びは周囲にも瞬時に伝わり、大きな歓声が上がる。

 先ほどソニアの通信筒に、異神ヤム打倒の知らせも届いた。そのため一同の表情は(いず)れも非常に明るい。


「連絡といい索敵といい、エルフの皆様には感謝するばかりです」


「秘術の存在を明かしてくださり、更に多くの援軍まで……」


 大きな感動のためだろう、キルーシ国王のガヴリドルや外務大臣のテサシュの顔は少年のように紅潮していた。


 キルーシ側が有利に戦いを進めているのは、エルフ達の助力によるところも大きかった。

 テュラーク王国軍が密かに山間を進んでも、移送鳥符(トランス・バード)で上空から偵察すれば一目瞭然だ。そのためテュラーク側が奇襲を仕掛けようとしても、遥か手前で発見できる。

 それに本陣と国境城壁は魔力無線でやり取りしているが、城壁と前線の連絡は移送鳥符(トランス・バード)が助けている。したがって今の連絡のように、テュラーク王国内での戦いでもキルーシ側は手に取るように把握できた。


 しかし鋼の守護者(メタル・ガーディアン)移送鳥符(トランス・バード)は、今までエルフ達の秘術として存在すら隠されてきた。

 アゼルフ共和国は国を閉ざし、僅かにエレビア王国と限定的な交易をするのみであった。しかもエレビア王国との交易でも魔術や魔道具に関するものは除外され、外の者は鋼人(こうじん)どころか憑依の術すら知らなかった。

 これは憑依を含む符術が文字通りエルフの切り札で、その力で彼らは今まで独立独歩を保ってきたからである。つまりガヴリドルやテサシュからすればエルフは国防の秘事を明かしてくれたわけで、多大なる感謝を示すのは当然であろう。


「手を(たずさ)えていく仲間を助けるのは当然です。この大地は私達の住む森とも繋がっているのですから……」


「それに秘匿するあまり、私達が岩猿を操る術を生み出したなどと捻じ曲がったようです。そのような汚名、晴らさねば先祖に申し訳が立ちません」


 テレシア族の族長クロンドラとメテニア族の長老ルヴィニアは、穏やかな声でガヴリドル達に応じた。


 アゼルフ共和国が協力を決定したのは、二人の挙げた理由が大きい。

 外の技術の進歩を知り、シノブ達の訪問で国を開くと決めた。そしてテュラーク王国の宮廷魔術師ルボジェクがエルフの技を狙っていることも知った。

 しかもルボジェクは、バアルや『南から来た男』ことヴラディズフが作り出した邪術をエルフの技と思っているらしい。アルバーノ達がルボジェクの研究施設で発見した文書には、老魔術師がエルフの長寿の秘密を探った様子が綴られていたのだ。


 これらをアゼルフ共和国のエルフ達は、ベランジェからの呼び掛けで知った。エルフ達は、使者としてアゼルフ共和国に滞在中のソティオス、デルフィナ共和国のエルフから詳細を伝えられたのだ。

 当然ながらアゼルフ共和国のエルフ達は憤慨し、テュラーク王国との戦いに加わることを満場一致で決定した。そのため族長や長老といった指導者達まで、ここオームィル砦に現れたわけだ。


「これでエルフの皆さんの技ではないと広まるでしょう。あの鋼の守護者(メタル・ガーディアン)に毛皮を着せて森から追い払っていたのだと……。しかしルボジェクや残りの大岩猿、見つかりませんねぇ……」


 会話に加わったのはアマノ王国の宰相ベランジェだ。

 どうもベランジェは、まとめ役として間に入るべきと思ったらしい。実際ガヴリドルやテサシュは更なる礼を言いそうで、そこにエレビア王国の国王ズビネクや王太子シターシュまで加わりそうな雰囲気であった。

 そうなるとクロンドラやルヴィニアも居心地が悪いのでは、とベランジェは考えたらしい。


「多くの移送鳥符(トランス・バード)で探索しているのに、ですからね。やはり幻惑の魔道具を使っているのでしょう」


 ベランジェに続いて歩んできたのはシメオンである。

 あまり表情を表さないシメオンにしては珍しく、僅かに眉を(ひそ)めている。おそらく彼は(いま)だ発見できないルボジェクを気にしているのだろう。


 ルボジェクの研究施設にあった設備や記録からすると、彼の一団は二百頭から三百頭の大岩猿を飼育していたらしい。そして先ごろ中央地区の城門前で倒した大岩猿は百頭少々だから、まだ同数か倍近くが潜んでいると思われる。

 岩猿は元々木登りや崖登りが得意で、しかも大岩猿の身長は人の四倍近い。したがって高さ20mの城壁でも、大岩猿なら一跳びで上端に手を掛けて乗り越えるだろう。

 それが百以上も侵入したら、一瞬にして優勢が(くつがえ)る可能性も否定できない。


「中央城門前に出てきた岩猿軍団は陽動でしょう。私達はヴァルコフ殿下やリョマノフ殿下の存在を殊更に喧伝し、敵を中央に集めようとしました。ですが素直に乗るほど単純ではなかったようです」


「そうですな。捕らえた指揮官はルボジェクの行方を知らなかった。これは明らかに(おとり)です」


 シメオンの指摘に、キルーシ国王ガヴリドルは大きく頷いた。彼の息子ヴァルコフとエレビア王国の第二王子リョマノフが捕縛した指揮官は、階級こそ大隊長だったが重鎮というほどではなかったのだ。


「中央ではシノブ君が大活躍したんだったね……戦わずして敵が壊走するくらいの。だとしたら、景気づけもあるんだろうねぇ……」


「戦意高揚なら、敢えて岩猿を誇示したのも頷けますな」


 ベランジェの呟きに、エレビア王国の国王ズビネクが賛意を示す。

 およそ二十日(はつか)前、そこでシノブは天地を揺るがしテュラーク王国軍を追い払った。したがって法外な褒美で釣っても、人馬だけで中央突破しようという者は集まらないだろう。

 そのため大魔獣の軍団を示した、というのはありそうだ。もしくは軍命に反したら大岩猿の餌食だと脅す。それらを思い浮かべたのか、ベランジェ達は浮かない表情となる。


「済みません……幻惑も私達エルフの術でしょう」


 エルフの族長クロンドラが、申し訳なさそうな表情となる。

 ルボジェクの作った幻惑の魔道具が、アゼルフ共和国のエルフに由来するものという可能性は高かった。アスレア地方でそれらの術を使うのは、アゼルフ共和国のエルフか七百年近く前に現れた『南から来た男』くらいである。

 ルボジェクや彼の一族は、『南から来た男』の遺跡から各種の術を得たという。そして『南から来た男』はエルフを捕らえて秘術を聞き出したから、クロンドラが言うように元はエルフの術だろう。


移送鳥符(トランス・バード)の魔法回路で幻惑を察知するのは難しいでしょう。ですから……」


 鋼の守護者(メタル・ガーディアン)移送鳥符(トランス・バード)を作るメテニア族の長老だけあって、ルヴィニアは性能も充分に把握しているようだ。彼女は何かを期待するかのように、ベランジェへと顔を向ける。


「ええ、こんなこともあろうかと用意した対抗手段が……」


「飛行船団のミュレ子爵より! 『国境まで五分、到達と同時に作戦を実行する』です!」


 ベランジェの言葉を掻き消すように、ソニアの美声が室内に響き渡った。そして集う一同も、同じくらい大きな歓声を上げる。


「これで勝利は確定だね」


「ええ。私達は、私達が作ったもので邪術に勝つのです」


 沸き立つ人々の中、ベランジェとシメオンは笑みを交わす。

 人は人の力で邪術を打ち砕く。それも完膚なきまでに。ルボジェクの研究施設でのマリィの予言は、今まさに最終段階を迎えたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「十番艦から準備完了の連絡あり!」


 空でも通信担当が叫んでいる。もちろん声が響くのは、ミュレ子爵マルタンやハレール男爵ピッカールが作った飛行船の中だ。


 先月のアスレア地方への遠征で得た知見を元に、マルタン達は更なる巨大飛行船を造り上げた。機体の大きさは前回の遠征で使った六式試験飛行船に比べ大よそ五割増し、速度も三割は向上という傑作機である。

 機体は設計済みだったとはいえ、短期間で完成したのは作業用の巨大木人があればこそだ。大きいものは人の十倍やそれを超える巨人達、更に中小含めて様々な木人があるメリエンヌ学園ならではの早業である。

 もちろん木人だけではなくドワーフ達の力も大きい。それぞれに六機も搭載された『ミ零壱式改超々軽量アマテール型蒸気機関』により、何と平常運転でも最高時速80kmを誇る。しかも短時間であれば時速100kmを優に超えるから、地球の高性能な飛行船と遜色がない。


「ハレールさん、ここの操作はお願いします。……通信手、全艦に伝達を! 対幻惑装置起動!」


「了解しました! 至急! 対幻惑装置起動!」


 マルタンの指示を待っていたのだろう、通信担当は間を置かずに魔力無線の端末に向かって叫ぶ。

 この七式アマテール型飛行船は小型軽量の最新式魔力無線を積んでいる。そのため幅250km近い国境に散った同型艦の全てに一度で指示できるのだ。


「……全艦、了解の返信あり!」


「ありがとうございます」


 残り九隻からの返信を受け、通信担当がマルタンに笑顔を向ける。そして頷くマルタンの脇には、この艦の起動操作をする者達がいる。


「……推進機関、出力最低!」


「推進機関、出力最低!」


 ハレール男爵ことピッカールが指示をすると、機関士長が復唱する。

 対幻惑装置は幻惑の魔力波動を妨害するが、起動には多くの魔力を必要とする。そのため推進機関の出力を限界まで絞る必要があった。


「対幻惑装置、魔力充填開始」


「魔力充填開始。安全機構解除……目標設定機構、起動……」


 次にピッカールは装置の起動を命じた。すると彼の養子のアントンが端末の操作を開始する。

 よほどの衝撃があるのか、先ほどまで立っていたマルタンを含め全員が着席をしている。それに実戦で使うのが初めてだからか、どことなく乗組員の顔に緊張が漂っている。


「目標、本艦の前方1km……総員、対衝撃対閃光防御」


 しかもピッカールの指示で全員が椅子の付属具で体を固定し、更に濃い色ガラスのゴーグルを掛ける。もちろん操作担当のアントンも同じで、彼は充填された魔力を示す計器を(にら)みながら他と同じようにしていた。


「目標固定しました……魔力充填十二割! お願いします!」


 起動はピッカールが行うらしい。アントンは計器盤に顔を向けたまま大声で準備完了を伝えたのみだ。

 ピッカールも自席の前面にある計器を(にら)んでいた。そこにもアントンの席と同じものが表示されているが、目立つのは赤い大きなボタンだ。普段は触れないようにとの配慮だろう、ボタンは(ふた)で覆われていたらしいが今は剥き出しになっている。


「うむ……ポチッとな」


 ピッカールは緊張した表情でボタンを押し込んだ。すると船体が(まばゆ)い光を発し、更に大きく飛行船が揺れる。

 光線を放つと同時に排気でも発生するのか、飛行船は揺れながら僅かに後退していた。それに発光体の至近だからであろう、操縦室の窓ガラスからは太陽の光にも負けない輝きが入ってくる。


 しかし対幻惑装置が振動し光を放つのは、起動直後だけらしい。揺れや(まぶた)を貫くような輝きは数秒で収まり、先刻までの穏やかな室内となる。


「……その掛け声は、ベランジェ様からですか?」


「ええ。ミリィ様から教えていただいたそうです。何でも新装備を披露するときの言葉だとか」


 ゴーグルを外したマルタンに、ピッカールは真顔で応じた。

 魔力無線を応用した呼び鈴を押すとき、ベランジェは同じ掛け声を発した。そしてベランジェは、作成者にも神々の眷属からの言葉を伝えていたようだ。


「そうですか……微速前進! 通信手、各艦の状況をお願いします」


 マルタンは前進を命じた。

 対幻惑装置の効果範囲には何もいないらしく変化はない。そのためマルタンは自身の飛行船に移動を命じ、更に他の状況を問い合わせた。


「全艦、対幻惑装置の起動に成功しました……三番艦より! 『巨大な岩猿の群れが出現、岩猿軍団と推定』以上です!」


「三番艦……あの辺りにはメグレンブルク伯爵がいらっしゃいましたね」


 通信担当の報告を聞いたマルタンは大きな笑みを浮かべた。それにピッカールやアントンなど他の者達も同様だ。

 メグレンブルク伯爵アルバーノ。アマノ王国が誇る諜報と戦闘の達人。彼がいれば巨大な岩猿の群れだろうが邪術師ルボジェクだろうが、必ず勝利する。マルタン達は、全てが片付いたというような晴れ晴れとした表情で頷き合っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 おそらくは二百頭近い大岩猿と同数程度の騎馬戦士が、岩の多い斜面に現れた。この辺りは何度も移送鳥符(トランス・バード)が行き来しているし遮蔽物も(ろく)に無いが、幻惑の魔道具があるから発見されなかったのだろう。

 幻惑の魔道具の数を揃えられなかったのか、兵士は少数だ。とはいえ合わせて四百、それも半数は人の四倍もの巨猿である。通常なら立ちはだかるどころか、逃げ出すに違いない。

 だが、ここに僅か五人で立ち向かう勇者達がいた。


「やっと会えましたね。テュラーク王国の宮廷魔術師ルボジェクに、将軍バラーム……」


 声を発した男はアルバーノ。普段と同じ口調だが、別人のような闇の気配を彼は漂わせている。

 しかし、それも無理はないだろう。ルボジェクとバラーム以外、およそ二百のテュラーク兵士の首には忌まわしい輝きがあった。それは『使役の首輪』、かつてヴラディズフが用いたものの再現だ。


 アルバーノと左右に並ぶ四将軍は、かつて戦闘奴隷として酷使された。『使役の首輪』を更に改良した『隷属の首輪』で意志を奪われ、彼らは望まぬ戦場を駆けた。

 メリエンヌ王国の傭兵であったアルバーノは、昨日までの仲間と戦わされた。ヘリベルト、オットー、クラウス、ディルクの四人は戦士に向いているというだけで農村から戦場に放り込まれた。その彼らにとって、意志を奪う魔道具は命を懸けてでも滅すべき存在だ。


 固い決意(ゆえ)だろう、五人の視線は物理的な圧力すら伴っているようだ。心を縛られた兵士達や邪術で姿を変えた魔獣達も、アルバーノ達を恐れたかのように足を()める。


「こ、故障か!? ようやくキルーシへの復讐が(かな)うというのに!」


「後は城壁に取り付くだけ! あいつらを倒せ!」


 魔術師と将軍は、対照的な反応をした。ルボジェクは動揺も顕わに腕輪を外し手に取ったが、バラームは眉一つ動かさず兵や大岩猿に命令をしたのだ。


「ガアアッ!」


「了解しました」


 巨猿達は猛々しく()え、兵士達は表情も変えずに静かにと、こちらも全く違う反応だ。しかし、どちらもアルバーノ達に強烈な殺意を向けていることには違いがない。


「ヘリベルト達は兵士を! 私は岩猿をやります!」


「ご武運を!」


 大剣を抜き放ったアルバーノは言葉通りに正面の大岩猿に跳躍、そしてヘリベルト達は地面を疾走する。彼らの速度は矢よりも速く、常人には消えたようにしか見えないだろう。

 それどころか、野生の力を持つ大岩猿や、かなりの訓練を積んだ筈の兵士達ですら彼らを見失ったらしい。巨猿達は威勢の良い咆哮(ほうこう)を途切れさせ、兵士達は左右を見回している。


「幻惑の魔道具を使ったのか!?」


「潜入には魔道具を使うがな、今日は俺の力だけで相手してやる! お前達の邪術など、それで充分だ!」


 兵士と同様に敵を探すバラームに、アルバーノの声が高みから降ってくる。いや、降り注ぐのは声だけではない。


「ギャアッ!」


「ガアッ!」


 巨大な魔獣の断末魔の叫びが連続し、そして雨のような血飛沫(ちしぶき)が舞い散る。もちろん、それらを生み出しているのはアルバーノだ。

 大魔獣を相手するからだろう、今日のアルバーノは大剣を選んでいた。そのため放つ技もシノブと同じ、フライユ流大剣術だ。

 跳躍と共に剣を横に振りぬき『天地開闢』。倒した相手を足場に再び宙を駆けて大上段からの『神雷』。そして並ぶ二頭に袈裟懸けと逆袈裟の『燕切り』。主のように数頭を一度に(ほふ)ることはないが、アルバーノは一振りで一頭を確実に倒していく。


「酷いことを!」


「こんな首輪!」


 四将軍は兵士達を解放すべく、相手の首輪を切り落としていく。

 ルボジェクの研究施設に残っていた資料によれば、『隷属の首輪』と違い『使役の首輪』は外しても精神を破壊しない。そのため四人は遠慮なく自身の得物を振るっていた。


 アルバーノを見習ったのか、狼の獣人ヘリベルトは大剣をそのまま使っている。もっとも首輪を切り落とすだけだから、彼は大技を使うことなく着実に一人一人を解放していく。

 熊の獣人オットーも大剣だ。こちらも巨体に似合わぬ精密な剣捌きで、首輪だけを落としていく。

 狐の獣人クラウスと狼の獣人ディルクは大剣を背中の鞘に収め、代わりに両腰から小剣を抜いていた。身軽で器用な彼らは、双剣術を披露していたのだ。


 『使役の首輪』から解放されると虚脱状態になるらしい。四将軍が通り抜けると、馬上の戦士達は揃って崩れ落ちていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ほんの僅かな間に、二百もの巨猿は全滅した。何しろ相手の姿を捉えられないのだから、幾ら怪力を誇ろうと関係ない。それに大魔獣とはいえ元は岩猿、アルバーノからすれば数え切れないほど倒した平凡な相手でしかない。

 そしてテュラーク兵達も同じく崩れ去った。彼らの多くは逃亡を始めている。


「こ、降伏する! だ、だから命だけは……」


 ルボジェクの悲鳴が岩場に響く。

 直接的な攻撃魔術が苦手なのか、それとも多少の術ではアルバーノ達に(かな)わないと思ったのか。どちらにせよルボジェクは抵抗しないようだ。


「……エボチェフ達は命乞いをしなかったか?」


 アルバーノは、キルーシ王国の元太守エボチェフの名を挙げた。

 都市ガザーヴィンの太守だったエボチェフは、テュラーク王国に逃げ込み助けを求めた。しかし彼をルボジェク達は大岩猿を作る道具とした。

 そのときエボチェフは助けてくれと叫んだに違いない。何故(なぜ)こんな非道をと(ののし)ったに違いない。


 それに犠牲となった者は他にもいるようだ。ルボジェクの研究施設に残された記録が示す通りなら、国王や王太子の手配で罪人などが回されたようである。

 しかもルボジェクは、自身の寿命を延ばすためにも非道を働いたらしい。百歳を超えても壮年時と変わらぬ彼の力は、人に言えぬ術で支えられていたのだ。


「ひ、ひいっ!」


「今ごろアルノー殿が王や王太子を始末している。だからお前も()け」


 アルバーノが操る大剣は、大魔術師の体に静かに滑り込む。そしてテュラーク王国を邪道へと引き込んだ宮廷魔術師は、呪わしい一生を国境近くの岩場で終えた。


「そちらは……済みましたか」


「こいつも承知の上で支配していました。ですから……」


 アルバーノが振り向いた先には、ヘリベルトを始めとする四将軍が揃っていた。そして彼らの足元には、テュラーク王国の将軍バラームが倒れている。


「将軍なら覚悟しているでしょう。キルーシへの復讐に狂った魔術師とは違って……」


 アルバーノはバラームからルボジェクへと顔を向け直した。

 ルボジェクの先祖はキルーシ王国から放逐された。やはり禁術に興味を示し、時の王が追い払ったのだ。

 おそらくルボジェクの一族は、恨みを晴らすためテュラーク王国に仕えたのだろう。もしかするとルボジェクがエボチェフの命を奪ったのも、キルーシへの復讐の意味があったのかもしれない。


「これで大よそ終わりですね。私達も戻りましょう」


「はい!」


 普段と同じ表情で笑みを浮かべたアルバーノに、ヘリベルト達が明るい声を返す。そして彼らは足取りも軽く西へと走り去っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 駆け去るアルバーノ達を、上空から静かに見守る者達がいた。それは白き子竜オルムルとシノブ達だ。

 ヤムの潜んでいた海域から戦場まで1000km以上もあるが、光鏡での連続転移を使えば三十分程度だ。そのためシノブ達だけではなく、半数ほどの超越種も万一に備えて空に潜んでいる。

 とはいえシノブ達に気付く者はいない。オルムルはアミィの幻影魔術で、他の超越種達も姿消しや透明化の魔道具で姿を消しているからだ。


「アルバーノ……(つら)い思いをさせたね」


「シノブ様、彼が望んでのことです」


 地上を眺めながらのシノブの呟きに、アミィが静かに応じた。そのためシノブは顔を上げ、隣の少女を見つめる。

 アミィは普段と変わらぬ穏やかな表情であった。しかし彼女の薄紫色の瞳は、何かを訴えかけるかのように真っ直ぐシノブに向けられていた。


「……そうだね。彼が……彼らが選んだ道だ」


 シノブはアルバーノ達へと思いを馳せる。

 自由に生きる。自身の思うまま道を定める。日本で生まれ育ったシノブには当たり前のことだが、それをアルバーノ達は奪われ生きてきた。それ(ゆえ)彼らはルボジェク達に激怒し、非情の剣を振るった。

 人が人らしく生きる世の中のため、彼らは剣となり盾となる。そこに命を救うため命を奪うという矛盾があると知りつつも。いや、知るからこそ自身が泥を被るのだろう。


 それらをシノブは更に肩代わり出来る。彼らに苦労させずテュラーク王国を制する道はあった。

 しかし全てが個人の手の平で動く世の中に、何の意味があるだろうか。まるで愛玩動物のような生を、彼らが望んでいるだろうか。

 (いたわ)る気持ちは大切だが、踏み越えてはならない一線がある。全てを代わって動かすのは、ある意味で心の支配と同じだろう。何故(なぜ)なら望まぬ光景を見せない、つまり望まぬ感情を(いだ)かせないのだから。


「ちょっとばかり力を得たからって……俺が母上達のようなことを言うのは百年……いや、千年早いな」


 シノブは空を見上げた。そこには遍く照らす日輪がある。シノブが慕う、そして指針とする無限の慈愛を持つ存在が微笑んでいる。

 いつか自分は、母なる女神と同じものを背負うのかもしれない。しかし今から案ずるのは取り越し苦労が過ぎるというべきだ。

 全ての命を育む大いなる存在に、シノブは苦笑混じりの笑みを返した。


「アムテリア様達も同じ道を歩んでこられたのだと思います……何千年も掛けて。ですから、ゆっくりと一歩ずつ進んでください」


「ありがとう。皆と一緒に行くよ」


 吸い込まれるような天を見つめていたシノブだが、アミィの声で我に返る。そしてシノブは彼女を始めとする導き手達へと意識を戻す。

 常に側にいてくれるアミィ。一心に使命を果たすホリィ。眷属らしい思慮深さで支えるマリィ。皆に笑みを(もたら)すミリィ。そして彼女達を手助けすべく加わったタミィ。シノブは改めて五人に感謝をした。


──私もいます! ……シノブさん!──


 シノブの心を察したのだろう、オルムルが自己主張をする。そして彼女は何かを見せようとするように大きく旋回した。


 既に戦いは終わっていた。

 ルボジェク達の敗北は、早くもキルーシ本陣に伝わったらしい。飛行船や城壁から投降の呼び掛けが響き、テュラーク軍が従っていく。


「皆のところに行こう! そして喜びを分かち合い、これからを語り合うんだ!」


──はい!──


 シノブが宣言すると、オルムルは一直線に西に向かっていく。

 これでアスレア地方の半分を巻き込んだ騒乱は終わる。もちろんテュラーク地方に平穏が戻るには多くの苦労があるだろうが、絆を結んだ人達と手を取り合い乗り越えてみせる。

 そうだ、シャルロット達にも吉報を伝えよう。ヤムの消滅は既に書き送ったシノブだが、戦の終わりも知らせなくてはと通信筒を取り出した。すると笑顔のアミィが紙とペンを差し出す。


 共に歩む人々の強さを目にしたからだろう、シノブの心は空のように晴れ渡り太陽のように輝いていた。そして白き子竜はシノブの喜びを表現するかのごとく、(まばゆ)い日輪が祝福する蒼穹(そうきゅう)を飛び抜けていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年3月3日17時の更新となります。


 次回から第21章、第一部エピローグになります。


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