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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.42 破邪の剣 後編

「まさか竜の姿を……」


 いつの間にかヤムは元の姿、深い青の衣を(まと)った壮年男性へと戻っていた。おそらく彼は竜の姿を維持できなくなったのだろう、顔は強い焦りらしきもので大きく(ゆが)んでいる。

 しかもヤムの気配は、先ほどまでとは微妙に変わっていた。どうも海神としての力が消滅したか、最低でも大きく減じたらしい。


「……何故(なぜ)だ?」


「それだけ大和之雄槌(やまとのおづち)の怒りが強かったんだ」


 ヤムの呟きに、シノブは静かに応じる。

 ここまで上手く行くとはシノブも思っていなかったが、大和之雄槌(やまとのおづち)は、自身と合わせて関連する力を全て奪い取ったようだ。


 シノブが推測したように、雄槌(おづち)の異名を持つテッラは大地や鍛冶の神だけではなく、地や河川の竜の属性も持っているのだろう。ならばテッラに捧げられた神刀が同じ力を持つのは自然なことだ。

 そして河を表すだろう八岐大蛇(やまたのおろち)に、海を司るアムテリアの過去の一族。これらも同じ竜神の(たぐい)だろう。洪水や暴風雨、津波や時化などの災いの象徴にして、作物を育み海の(さち)(もたら)す恵みの象徴だ。


 つまり水を司る竜の力、海や河を支配する能力そのものがヤムから消え去り、しかもシノブの手の中に移った。

 神刀の本来の力、ヤムが持つ海神としての力、テッラに由来する力、もしかするとアムテリアの地球での一族の力も。シノブは左手に持つ夜刀之鋼虎(やとのこうこ)から、今までとは桁違いの力を感じていた。


「さあ、観念して……」


 右手に握る光の大剣を突き出し、シノブは前に進み出る。

 ヤムは竜に変ずる前に遠方に退()いたから、剣が届く距離ではない。今のシノブは各種の魔術を使えるし光弾や光鏡もあるが、相手は神であり多少の攻撃では通じないだろう。それ(ゆえ)シノブは、他の異神達も倒した光の大剣で決着を付けるつもりであった。


「まだだ!」


 ヤムは両手を掲げて絶叫した。すると異神の周囲に、再び深い青の霧が急速に充満していく。

 よほどの神力を込めたのか、霧は青というより黒に近かった。そのためヤムの姿は、一瞬にして霧の中に消えていく。


「下がって! 光鏡、光弾!」


 シノブは両脇のホリィとタミィに声を掛け、更に二つの神具が生み出した無数の輝きに対処を命じた。

 神の本体はともかく、霧なら光鏡や光弾で充分に対処できる。そもそも正体不明な霧に突っ込むわけにもいかない。シノブは、そう考えたのだ。


「お気をつけて!」


「判りました!」


 ホリィは魔風(まふう)の小剣、タミィは炎の細剣(レイピア)を構えたまま、後方に跳び下がる。

 不気味に脈動しつつ広がる霧は、生半可なことでは対応できない。二人は、そう思ったのだろう。


覇海(はかい)の杖よ! 霧を押し戻して!」


 後方でアミィも、手に持つ海の神具に防御を命じる。

 覇海(はかい)の杖は水を自在に操るし、先刻もヤムが放つ霧を消し去った。アミィは神が造りし宝杖なら、押し寄せる霧に対抗できると考えたようだ。


 しかし光の群れや海の神具でも、爆発的に広がる深海のような濃い青の塊を留めることは出来ない。速度すら衰えることなく、不可思議な霧は輝きの間を抜けてくる。


「障壁!」


 迫り来る青黒い霧を、シノブは魔力障壁で防ごうとした。だが、これも効果がない。

 霧は水のような実体を持っていないのか、魔力の壁でも()まらない。そして漆黒に近くなった霧は、広がる宵闇のようにシノブを包み込んだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……シノブよ。俺の後も大勢を殺したな」


「マクシムか!?」


 聞き覚えのある声がした方に、シノブは顔を向けた。しかし夜の海のような暗がりが広がるのみで見通しは利かず、シノブには何があるか(つか)めない。


 四つの光の神具は白光を放っているが、それも(まと)わり付く暗闇に吸収されるらしい。そのためシノブは自身の足元すら確かめることは出来ない。

 それに暗がりは光以外にも影響を及ぼすようだ。声が聞こえた方向を含め、シノブは一切の魔力波動を感じない。


 声の主が本当にマクシムなのかと、シノブは疑わずにいられなかった。

 シャルロット達の又従兄弟、マクシム・ド・ブロイーヌは死んだ筈だ。シャルロットの暗殺を(くわだ)てた罪で、彼は一年以上前に処刑されている。

 これはヤムの造り出した幻影に違いない。そう思ったシノブは気を引き締め、視界の利かぬまま右手の光の大剣と左手の夜刀之鋼虎(やとのこうこ)をしっかりと握り締める。


「俺を殺しベルレアンを奪い、クレメン殿を殺しフライユを奪い、更にはベーリンゲン帝国か……何千、いや何万人を殺して奪った玉座、さぞかし座り心地が良いだろうな」


 マクシムらしき声は、生前の彼そのものであった。軍人らしい太い低音、そして恨みがましさが滲むところも。

 そのためシノブはヤムの仕掛けた罠だと察しつつも、ついつい耳を傾けてしまう。


「……私は恨んでいない。自決は私自身の選んだ道だからな。……しかしシノブ殿、フライユの粛清は少々行き過ぎではないか? まさか私に殉死させたわけでもあるまいに……」


「クレメン殿!?」


 感情を抑えた力強い中年男性の声も、シノブの心に刻み込まれているものだった。

 それは第二十代フライユ伯爵クレメン・ド・シェロンの声音(こわね)であった。つまりフライユ伯爵としてのシノブの先代、そしてメリエンヌ王国史に反逆者として汚名を残した男の声である。


「ああ、粛清はベランジェの指図だったな。……しかしシノブ殿。人に手を汚させ主として振舞うなど、随分と(したた)かだな。跡継ぎとしては心強いが、たまには死に追いやった者達に手向けでもしたらどうか?」


 クレメンと思われる声も、自身の死後に起きたことを知っているようだ。彼は自身と同じく反逆者として断罪された者の末路だけではなく、その後のフライユ伯爵領にも詳しいらしい。

 アマノ王国の王となったシノブは、多忙なこともあり週に一度程度しかフライユ伯爵領に足を運んでいない。そしてクレメンは、もう少しフライユにも目を向けろと言いたいようだ。


「そうだな。私達の墓も訪れてくれ。私はともかくオルタンス……妻に罪はないぞ」


「領地を奪ったら放置か……決闘で倒せなかったのが悔やまれる」


 クレメンと同じ方向から、青年らしき二つの声が伝わってくる。これもシノブには覚えがある。クレメンの長男グラシアンと次男のアドリアンだ。

 シノブはメリエンヌ王国の王都メリエでアドリアンと決闘し、その後ガルック平原の会戦でグラシアンと対峙した。グラシアンも父と共に反逆に加わったのだ。

 アドリアンは使用人達を虐殺した罪などで処刑され、グラシアンもシャルロットの父コルネーユの槍に(たお)れた。そしてグラシアンの妻オルタンスもクレメンの妻と同様に服毒死を遂げた。彼らはクレメンと共にフライユ伯爵領の領都シェロノワに眠っているが、反逆者であり墓所を訪れる者も殆どいない。


「そ、それは……」


 シノブもフライユの現状には、忸怩たる思いを(いだ)いていた。忙しさにかまけ、向こうにいる者達に統治を任せきりにしていると。

 ミュリエルの祖母アルメル、先々代フライユ伯爵アンスガルの夫人が守り、旧来の家臣やベルレアンから移籍した者達が彼女を支え、()の地は順調に発展している。北には新規に切り開いたアマテール地方があり、そこにはメリエンヌ学園という他にない巨大な教育と研究の施設があるから尚更だ。

 しかし新しいものを作るだけ作って後は人任せにしていると、シノブも感じてはいたのだ。


「……(しのぶ)よ。天野(あまの)家の跡継ぎはお前なのだ……お前の不在で勝吾(しょうご)千穂(ちほ)さん、絵美(えみ)がどれほど悲しんでいるか、考えてみたことは無いのか?」


「爺ちゃんなの!?」


 シノブは思わず身を乗り出した。

 これも聞き覚えのある、しわがれた声。この世界で知ったものではない、懐かしさを伴うもの。それはシノブの祖父、三年以上も前に没した(まさる)としか思えぬ呼びかけであった。


「忘れておらなんだか……。こちらで王よ、英雄よと持て(はや)され、儂らは捨て去られたかと思ったが……。覚えているなら忍、親孝行をしたらどうだ?

もう、こちらの世界には充分に尽くしただろう? バアルの国は滅び、戦も無くなった。それに次の王となる子も生まれようとしている。こちらの者に後を任せて、日本に戻って来い。勝吾(しょうご)達も待ち望んでいるぞ」


 武士の誇りをと言い続けた勝らしく、言葉は力強い。しかし老いを感じさせる声には、孫の帰還を望む心情が強く表れていた。

 それらも自身が知る祖父と瓜二つで、知らず知らずのうちにシノブは聞き入ってしまう。


「……忍、ここから日本に戻れるぞ」


 老人の声と同時に、シノブの前に青く光る洞窟が浮かび上がった。地球で迷い込んだアムテリアの神域にあったものと良く似た洞穴である。

 青い光に包まれてはいるが、かつて見た場所を思わせる光景。そのためだろうか、シノブは不自然と思いつつも目を離せなくなってしまう。


「忍、帰ってきてくれるのか?」


「嬉しいわ」


「お兄ちゃん、一緒に暮らそうよ」


 洞窟からは、父や母、それに妹の声まで響いてくる。およそ五ヶ月前に聞いた三人の声は、シノブの心に大きな波紋を作り出す。

 思慮深く優しい顔で見つめる父の勝吾。穏やかな視線と共に微笑む母の千穂。そして可愛らしい笑顔を自分に向ける妹の絵美。声と同時に、シノブの脳裏に三人の顔が自然と浮かんでくる。

 そして生じた幻像は、シノブの心を激しく動かした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ヤム……いい加減にしろ!」


 シノブの胸中に生じた揺らぎは、郷愁ではなかった。それは強い怒り、己の大切な者達を(かた)られたことに対する憤激であった。


 武士らしくと言った祖父が、役目を捨てて故郷に戻れと言うだろうか。充分に語り合い、温かく送り出してくれた両親や妹が、妻子を捨てての帰還を望むだろうか。

 声や物言いはシノブの記憶と変わらない。しかし宿る心が違う。示す道が違う。自分が知る彼らは、選んだ道を歩めと言ってくれる。

 シノブの怒りと確信に呼応するかの(ごと)く、四つの光の神具が太陽のように(まぶ)しい輝きを放つ。


「……気付いたか。そのまま洞窟に入れば体を奪えたのだがな。しかし、そこからどうやって逃れる? (われ)の顔は一つではない。魂の支配者にして、原初の巨神……」


 ヤムは姿を現さないままだ。陰々滅々とした声のみが、どういう細工なのか四方から伝わってくる。


 シノブはヤムが並べた二つの言葉から、二柱の神を思い浮かべた。

 一柱は冥界を統べる閻魔(えんま)、南アジアでヤマと呼ばれる存在だ。もう一柱は、北欧神話の始祖たる巨人ユミルである。

 この二柱は同起源とされている。そしてヤマは最初の死者、ユミルの遺骸は天地万物になったという。つまり双方とも始原の存在だと言えよう。


 南アジアと北欧は遠く離れているが、双方ともインド・ヨーロッパ語族の圏内である。

 実際、北欧神話は古いインド・ヨーロッパ神話の影響を強く受けている。たとえば北欧神話のテュールはギリシア神話のゼウス、そして古代インドの天空神ディヤウスなどと起源を同じくするという。

 したがってヤムこと『Yam』が南アジアの『Yama』や北欧の『Ymir』と元を同じくしても不思議ではない。それに(やみ)黄泉(よみ)として日本に渡った可能性すらある。


「海神であり、冥神でもあるのか?」


「理解できる存在に当て()めるのは、人間の悪い癖だ。我らは時と共に多くを取り込んだ……(われ)と戦った存在も、海と死を司っていたようだぞ?」


 シノブの問い掛けに、ヤムは姿を見せないまま(いら)える。

 確かに神々は、多くの存在を元にしている。古い神ほど複数の性格や辻褄(つじつま)の合わない逸話を持つのは、複数の神霊が習合されたからだ。

 そして主神となるほどの神であれば、多数の来歴や権能を持つのは珍しくもない。


 シノブは右手の光の大剣と左手の夜刀之鋼虎(やとのこうこ)を構えながら、素早く考えを巡らす。

 もしヤムが海と冥界を司る存在だった場合、大和之雄槌(やまとのおづち)がヤムから奪った力は、前者のみだろう。神刀が持つ竜としての属性は、水や海に関するものだからである。

 つまり自身を取り巻く夜のような霧は、水ではなく冥界の闇では。そうであれば海の神具である覇海(はかい)の杖が通じないのも理解できる。

 ならば、ここは光にて打ち砕くべきだろう。そう思ったシノブは右手の大剣を高々と掲げ、自身の魔力を一気に注いでいく。


「遍く照らす日輪よ、我が手に宿れ!」


 どことも知れぬ空間に陽光は届かない。それでもシノブは、母なる女神の神威を再現しようと絶叫する。

 シノブの心は異空間からでもアムテリアに届いたのか。あるいは大日若貴子(おおひのわかみこ)と呼ばれる彼は、やはり太陽の申し子なのか。輝く大剣を含む四つの神具から生じた光は、周囲の闇を大きく退(しりぞ)けた。


「……これは!?」


 シノブが驚いたのは、四つの光の神具が威力を発揮したからではない。掲げる光の大剣を、無数の影の剣が付き従うように囲んでいたのだ。


 黒々とした闇の剣は、光の大剣を写し取ったかのような直剣であった。

 しかし宿る力は左手の夜刀之鋼虎(やとのこうこ)と似ている。先刻、大和之雄槌(やまとのおづち)の霊気を収めたヤマト太刀に酷似した、輪廻転生と夜の闇を感じさせる清冽な気配である。


「君達だね……」


 シノブは手に持つ夜刀之鋼虎(やとのこうこ)と、そこに宿る大和之雄槌(やまとのおづち)に微笑みを向けた。すると夜刀之鋼虎(やとのこうこ)の白い刃は、応えるかのように(まばゆ)(きら)めいた。


 無数の黒い剣は、今も周囲の闇を吸い取っている。まるでシノブの進む道を造るかのように黒剣は動き、誕生した空間を四つの光の神具が更に照らす。

 そして生じた道をシノブは静かに歩んでいく。もちろん、そこには先ほどまでの洞窟の幻影など存在しない。あるのは四つの神具と神刀が作りし、光の道だけだ。


「ヤムよ! 姿を現すんだ!」


 闇が減じたからか、シノブはヤムが潜む場所を感じたような気がした。そこでシノブは、ヤムを短距離転移で引き寄せてみる。


「どうして!?」


 出現したヤムは、驚愕に表情を(ゆが)めていた。

 冥神としての性質が強く出ているのか、ヤムの肌は青黒い色に変じている。それに衣装も青というより黒に近い色となっている。そのためだろう、シノブは余計に禍々しさを感じてしまう。


「これで終わりだ」


「ま、待て! (われ)(たお)したら災いが起きるぞ!」


 光の大剣を突きつけるシノブに、ヤムは手を(かざ)し翻意を促そうとする。

 シノブも動きを()める。周囲は暗黒に包まれ、見通しは利かないままだ。そのため事前にヤムが何らかの仕掛けをしていても、今のシノブが知ることは出来ないからだ。


(われ)が滅びたら世界が……」


──そんなの嘘です! 拡散光竜砲!──


 ヤムの声を(さえぎ)ったのは、オルムルの思念であった。そして同時にシノブ達を覆っていた暗黒が切り裂かれていく。


 裂けた黒い壁から覗いたのは、光り輝くオルムルだ。彼女はアミィとマリィ、更にミリィを背の上に乗せている。

 マリィは魔封(まふう)の杖で、そしてミリィは治癒の杖で子竜を支援していた。二人が(かざ)す杖から強い輝きがオルムルに向かっている。

 そしてオルムルは、光の神具にも似た(まばゆ)い輝きを口から放ち続ける。それも通常のブレスのように絞らず、前方に広く投射している。


「ば、馬鹿な! 竜ごときが我が闇を!?」


 ヤムは唖然(あぜん)といった表情で宙を見上げている。神の血族であるシノブならともかく、超越種とはいえ単なる生き物の竜に自身の技が破られるなど、ヤムの想像の外だったようだ。


「オルムルはシノブ様の光竜(こうりゅう)です!」


 憤慨したように叫んだのはアミィである。

 アミィもオルムルに力を貸していた。彼女を包む蒼い輝きはマリィの魔封(まふう)の杖に吸い込まれ、更に白き子竜へと向かっている。

 このアミィが放つ輝きは、シノブの信頼が生み出した力だ。つまりオルムルはシノブの力をも重ね、神の生み出した闇を打ち破ったわけだ。


(われ)の眷属が溢れ出るぞ!」


 自身が死ねば配下が外に出ると、ヤムは言い出した。脅しにも多少の真実があったようで、この異空間の維持をしていた眷属達がシノブ達の侵入した海域から飛び出すという。


──父さまや母さま、それに長老さま達が倒します! さあ、シノブさん!──


「その通りだ。ヤム……お前の虚言は聞き飽きたよ」


 シノブは右片手一本突き、フライユ流大剣術の『金剛破』を放つ。そして左手に持つ夜刀之鋼虎(やとのこうこ)で、更なる一撃を加えた。

 光の大剣に貫かれたヤムは、早くも存在を維持できなくなったらしく薄れている。しかしシノブは、ヤムの糧とされた大和之雄槌(やまとのおづち)の無念を晴らしたかったのだ。


 大和之雄槌(やまとのおづち)は実体を失っていた。おそらくヤムは失った力を回復しようと、神刀を取り込んだのだろう。そのため刀の姿を無くした大和之雄槌(やまとのおづち)は、同じヤマト太刀である夜刀之鋼虎(やとのこうこ)の中で眠っているらしい。


 とはいえ大和之雄槌(やまとのおづち)の意志は間違いなく存在し続けている。その証拠にシノブを守るように散っていた黒剣は申し合わせたかのように集まると、自身を封じた神霊を貫いた。


「母上、後はお願いします」


 シノブは宙を見上げて呟く。ヤムの微かな残滓が、聖なる気配と共に消え去ったのを感じ取ったからだ。

 母なる女神アムテリアとシノブを弟と呼ぶ神々は、自身の役目を果たした。ならば自分も自分のすべきことを。シノブはヤムの末期(まつご)の呪いに立ち向かうべく、信頼する仲間達へと振り向いた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは光の大剣で短距離転移の距離を伸ばし、海上へと戻った。アミィが海を分けて道を創った場所である。

 来たときと同様に、シノブ達はオルムルの背に収まっている。そのためシノブ達は海面近くから上空へと一瞬にして上昇し、辺りの様子を確かめることが出来た。


 おそらくシノブ達がヤムの空間に入った直後に、海底への道は消滅したのだろう。今は他と変わらぬ大海原となっている。

 しかし海に、先ほどまでの穏やかさは存在しない。そこは超越種と巨大な半魚人めいた怪物が戦う場と化していたのだ。


「……手助けする必要はなさそうだね」


──はい!──


 (あき)れ混じりのシノブに、オルムルが嬉しげな思念で応じた。

 半魚人に似た怪物は、成竜よりも大きいようだ。下半身は海の中だから不確かだが、海上に出ている部分から推測するに身長30mはありそうだ。しかも数は二百を優に超えているらしい。

 しかしシノブ達が加勢するまでもなく、集った超越種達は素晴らしい速度で怪物を退治している。


──回転炎咆(ローリング・ブレス)!──


──こちらも……回転岩咆(ローリング・ブレス)!──


 回転しつつ十近い怪物を消し去ったのは、炎竜の長老アジドと岩竜の長老ヴルムであった。どちらも子供達が習得した回転ブレスを使っているのだ。


──魔力充填十二割! ……拡散岩竜砲!──


 岩竜ガンドが、娘のオルムルと似た広域を対象としたブレスを放つ。こちらは本来の黒い魔力の奔流で、前方にいた巨大な怪物を数体同時に消滅させた。

 どうも半魚人型の怪物には実体が無いらしい。あるいは致命傷を受けると体が崩壊するのか。どちらにしても怪物達は、後に何も残さず消えていく。


──超・大・切・断!──


 こちらは嵐竜のヴィンだ。彼も息子のラーカが得意とする風のブレスを複数同時に放つ技を使っている。

 やはり怪物は普通の生き物ではないらしい。ヴィンの操る緑の疾風が両断すると、上下に分かれた体は宙や海に溶けるように消え去った。


──車輪分身の絶招牙!──


 戦っているのは竜だけではない。光翔虎のバージは二つの秘技を組み合わせた、前転しながら分身するという仰天の技を繰り出していた。

 ダージやフォージが並んでいるのではなく、彼らは彼らで別の場所で戦っている。シノブが見るところ、バージは高速で前転しながら左右にも跳躍しているらしい。


──魔学忍法(まがくにんぽう)火の朱潜鳳(ファイヤー・バード)!──


 朱潜鳳らしい命名の技を披露したのは、もちろんフォルスである。

 フォルスは言葉通り、全身を炎に包み海面近くを飛翔している。そして半魚人達は、為す(すべ)も無く彼の体当たりを受け消滅していくだけだ。


──海を汚す者達は、我らが許さん! 破砕海咆(ブロウクン・ブレス)!──


──助太刀するぞ! 超空間玄咆ディメンジョン・ブレス!──


 姿は見えないが、海竜や玄王亀も海中で戦っている。先に響いた思念は海竜の長老ヴォロス、続いたのは玄王亀の長老アケロだ。

 海竜は元々ブレスを使える。それに玄王亀も口から出す魔力で空間を(ゆが)め地中を移動するのだから、収束させればブレスとなるのだろう。

 しかし技の名を聞いたシノブは、思わずある人物へと顔を向けてしまう。


「私が教えたのはガンドさんとヴィンさんの技だけですよ~! 他は皆さんが……」


「訊かれたから答えたんでしょ?」


 慌てたように手を振るミリィに、すかさず突っ込んだのはマリィであった。マリィはミリィと一緒にいることが多いせいか、お見通しのようである。


「は、はい~」


「別に良いんじゃないか? 俺も技の名前を叫ぶと気合が入るから。きっと何割か威力が増すんじゃないかな?」


 項垂(うなだ)れたミリィの頭をシノブは撫でる。

 来たときと同様に金鵄(きんし)族のホリィ、マリィ、ミリィは狐の獣人の姿だ。そのためシノブの手にオレンジがかった明るい茶色の狐耳が触れ、ピクリと動いた。


「シノブ様~! 一生付いていきます~!」


「シノブ様、終わったようです」


 瞳を潤ませ見上げるミリィの脇で、ホリィが平静な顔のまま口を開く。ホリィも同僚のことを良く知っているから、どう反応するか予想済みだったらしい。


「これで一件落着ですね!」


「皆さんが来ます!」


 アミィとタミィは笑顔をシノブに向ける。

 怪物の魔力は完全に消滅している。それに今まで少なかった一帯の魔力も、他と同程度になったようだ。

 おそらくヤムの異空間が近隣の魔力を吸っていたのだろう。そしてヤムや眷属達の消滅で、本来あるべき姿となったに違いない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 空からは岩竜に炎竜、嵐竜に光翔虎、そして朱潜鳳。海中からは海竜に玄王亀。続々と集まる超越種達は、全て常と変わらぬ姿で傷一つ無い。

 その無事な様子に、シノブも大きく顔を綻ばせる。


「皆、お疲れ様! 完勝だね!」


 満面の笑みのまま、シノブはオルムルの背から大きく手を振った。

 シノブにとって超越種は家族や親族と変わらぬ存在だ。何しろシノブは、普段からオルムル達と生活を共にしている。そのためオルムル達の親やその祖父母に当たる長老達も、シノブからすれば身内である。

 それだけにシノブは、超越種達の普段と変わらぬ元気な姿に強い安堵を(いだ)かざるを得なかった。


──これくらいは当然だ。……『光の盟主』よ、そちらも首尾よく成し遂げたようだな──


「ああ、ヤムを倒したよ!」


 岩竜の長老ヴルムにシノブは勝利の報告をする。すると超越種達は歓喜の咆哮(ほうこう)を上げた。

 岩竜や炎竜は大きく羽ばたきつつ。東洋の龍に似た体の嵐竜は真っ直ぐに身を(もた)げ。光翔虎は宙を踏みしめ天に駆け上がり。朱潜鳳は炎を燃え上がらせつつ舞い踊り。海竜と玄王亀は海上で首を大きく持ち上げ。全ての超越種はシノブ達の勝利を祝福していた。


──オルムル、大役を果たしたのだな──


 ヴルムに続き前に出たのは、オルムルの父ガンドであった。彼の思念は今まで聞いたことがないほど誇らしげで、宙で静止する巨体も胸を張っている。


──立派になりましたね──


 ガンドの隣に(つがい)のヨルムも並んだ。彼女は娘を案じていたのだろう、思念には喜びと同時に安心が宿っている。


「オルムルはヤムの嘘を見破ってくれたよ。それに光のブレスも凄かった」


──ちょっとお手伝いしただけです~!──


 シノブがオルムルの背を撫でると、彼女は照れたような思念を発した。翼を(せわ)しなく動かしているところからすると、やはりオルムルは皆からの賞賛を気恥ずかしく思ったようだ。


──ヤムとの戦いは、どのようなものだったのだ? やはり水を操ったのだろうか?──


 炎竜の長老アジドは、ヤムがどのような相手か気になったようだ。

 バアル神との戦いで、最も苦汁を飲んだのは炎竜である。何しろゴルンとイジェの二頭の娘であるシュメイが(とら)われ、更にジルン、ニトラ、ザーフ、ファークの四頭まで支配された。つまり当時の炎竜で難を逃れたのは、アジドとハーシャの長老夫妻だけだ。

 それ(ゆえ)アジドは、特別に異神を警戒しているようである。


「水も使ったけど、心にも働きかけてきたよ……でも、あまり強くなかったような……」


 シノブはヤムとの戦いを振り返り、掻い摘んで説明する。

 穏健を装う態度や嘘に(まみ)れた弁舌。そして死者や地球にいる家族を装っての懐柔。どちらかと言うと、ヤムは心に働きかける相手だったようだ。

 竜体への変化(へんげ)はあったが、それも夜刀之鋼虎(やとのこうこ)が破ってくれた。そのため剣や魔術での戦いを殆どせずに、シノブ達は勝利した。


「幻影を見せたり聞かせたり、そういうのはあったけどね……でも、これも見え透いた嘘、作り物だとすぐに判ったよ」


 シノブはヤムの作り出した幻を思い浮かべる。

 おそらく幻として登場した数々は、ヤムがシノブの心に働き掛けた結果生じたものだろう。何百年も海底で眠っていたヤムがマクシムやクレメン達を、ましてや地球にいるシノブの家族を知るわけもないからだ。


──それだけ、そなたが強くなったのだ。だから幻術に(だま)されず、己の心を失わなかったのだ──


──うむ。初めて我らと会ったときよりも……心、技、力……全てが成長している──


 ヴルムとガンドの賞賛に、他の超越種達も賛意を示す。ある者は思念で、ある者は咆哮(ほうこう)で。全ての超越種は、シノブを囲み高らかな凱歌を響かせていた。


「そうだったら嬉しいね……そうだ、こうしちゃいられない! 皆のところに行かないと!」


 賞賛に頬を染めたシノブだが、キルーシ王国の国境で戦いが続いていることを思い出した。基本的には任せるつもりだが、万一に備えて密かに見守るくらいは良いだろうとシノブは思っていたのだ。


「そうですね! さあ、皆にも勝利を伝えましょう!」


 アミィが朗らかな声を発し、オルムルが北へと飛翔する。もちろん囲むヴルム達も一緒だ。

 この世界に侵入した異神は消滅した。後は異神が残した邪術を消し去るだけだ。シノブは大きな喜びと共に輝く空と海を見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年3月1日17時の更新となります。


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