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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.40 破邪の剣 前編

 ファルケ島に造ったピラミッドに、シノブは幾つかの改良を施していた。

 ピラミッドの上面が平らで、中央に観測網の中継器があるのは変わらない。この家ほどもある巨大な魔道装置は、近海に設置した発信機群からの魔力を受けて信号として大陸に伝達する(かなめ)であり、今も変わらず稼動し続けている。

 そして中継器の周囲も大きく空けられたままだ。上面は磐船を置く場所であったり超越種達が休む場であったりと一種の空港として用いているから、余計な構造物は置いていない。


 変わったのは内部である。シノブは上面に近い一部に空間を造ったのだ。

 海神ヤムは、神力を満たした石の部屋に侵入できないという。そこでシノブはピラミッドを自身の魔力で満たし、更に内部に幾つかの空間を設けた。

 シノブ達が現れた場所も、その一つだ。この部屋の他にも倉庫や休息に使う部屋などを追加し、ピラミッドは名実共に最前線の要塞と化していた。


「フェルン、ディアス、ケリス。見張りかな?」


 部屋に降り立ったシノブは、目の前にいる子供達に声を掛けた。背後にあるホリィの魔法の幌馬車からは、共に来たアミィとタミィが続いて降りてくる。


──はい。オルムルさん達の体を守っています──


 玄王亀の子ケリスは、シノブへと向き直りつつ思念で応じた。彼女の言葉通り、部屋の中にはオルムルを始めとする年長の子供達が横たわっている。

 オルムル、シュメイ、ファーヴ、リタン、フェイニー、ラーカの六頭は石の床の上で丸くなり目を(つぶ)っている。(いず)れもアムテリアから授かった腕輪で小さくなっているから、人形のように可愛らしい。もっともオルムル達は、昼寝を楽しんでいるのではない。


 オルムル達六頭は憑依術を会得し、移送鳥符(トランス・バード)移送魚符(トランス・フィッシュ)を用いての探索に加わった。とはいえ親達も大切な子供を危険な遠方に行かせることはない。

 そのためオルムル達の担当は島から探れる数十kmで、ここに体があるわけだ。


『退屈ですけど、仕方ないですね』


『僕は潜行巡翔(ダイビング・ドライブ)の練習をしていました!』


 炎竜の子フェルンと朱潜鳳の子ディアスも、シノブ達へと寄ってくる。

 フェルンは飛行訓練をしていたようだ。この部屋は魔法の家を出せるほど広いが、そこを彼は子猫ほどに小さくなって飛び回っていたらしい。炎竜の技は飛翔かブレスだから、室内で可能な前者を磨くのは納得がいくところだ。

 ディアスは返答通り、地中に潜る術の練習であった。シノブが魔法の幌馬車から出た瞬間も、ディアスは宙から石の床に体当たりをしていた。潜行巡翔(ダイビング・ドライブ)は痛みを乗り越えて覚えるものらしく、ディアスも親達からの教えを忠実に守っているのだ。


「……そうか。頑張るんだよ」


 シノブは何と答えるべきか迷ったが、結局は無難な言葉を選んだ。

 どうも厳密な意味での見張りをしていたのは、ケリスだけらしい。もっとも見張りというのは、ここに残すために親達が作り出した名目なのだろう。一応はブレスを習得したフェルンや炎も操れるディアスでも、まだ異形と戦うのは無理がある。ましてや生後三週間少々のケリスに攻撃手段など存在しない。


 シノブは見上げるケリスを抱き上げようと屈みこむ。ケリスは甲羅の長さが45cmほどになったが、抱えるのに苦労するほどではない。流石に体重は10kgを超えただろうが、それも程よい重さである。


──シノブさん?──


「今日はね、ヤムに会いに行くんだ。どうしてここにいるのか、教えてもらうよ」


 シノブは(つぶ)らな瞳で見つめるケリスに、自身の考えを伝えた。

 この世界に海神ヤムが来たのは、彼の意思だったのか。あるいはバアル神などに強制されたのか。長く海中に潜んだのは。それらが敵対的な理由によらないなら、シノブは穏便な退去をしてもらえないかとヤムを説得するつもりであった。

 神々の決まりだと、意図的な侵入や滞在であれば罰する対象となるようだ。そして明らかな介入が認められた場合、消滅や力の剥奪もあるという。ただし、そこまでのことをヤムがしたか判然としない。

 今のところヤムには大和之雄槌(やまとのおづち)という神刀を盗んだ可能性があるくらいで、それもバアル神などの仕業かもしれない。それ(ゆえ)シノブは、まず対話から入るつもりであった。


──お話できると良いですね──


「そうだね」


 ケリスの思念に、シノブは言葉以上の深みを感じた。

 おそらくケリスは、理解し合える相手の登場を願っているのだろう。互いにとって良い道を話し合える存在であってくれたら。小さな玄王亀の無垢で優しい心は、異神にも偏見なく向けられているのだ。


「私達も頑張ります! ですから安心してください!」


「はい! アミィお姉さまの言う通りです!」


 アミィとタミィは、幼いケリスを心配させてはいけないと思ったらしい。二人は普段に増して明るい声を発し、良く似た薄紫色の瞳を最年少の超越種へと向ける。


「それじゃ、上に行くよ」


──シノブさん。その刀、今日も持っているんですね──


 シノブが床に降ろすと、ケリスは彼の腰のヤマト太刀へと顔を向けた。ケリスの頭は低い位置にあるから、黒鞘に収められた夜刀之鋼虎(やとのこうこ)が目に入ったようだ。


 今日のシノブはアムテリアから授かった白い軍服風の衣装に緋のマント、そして四つの光の神具を全て着けた完全武装と言うべき姿であった。頭には光の額冠、首元には光の首飾り、左手には光の盾、そして背には光の大剣である。

 この純白と緋の装備だけに、黒漆(くろうるし)の鞘と同じく黒糸(くろいと)平巻(ひらまき)柄拵(つかごしらえ)は目立ったのだろう。


「ああ、何となくね」


 シノブは口を濁したが、夜刀之鋼虎(やとのこうこ)を持ってきたのは単なる気紛(きまぐ)れではない。同じヤマト太刀である大和之雄槌(やまとのおづち)は、夜刀之鋼虎(やとのこうこ)の登場を待ち望んでいる。シノブには、そんな予感があったのだ。

 もっとも直感による判断だから、シノブは(たずさ)えた理由を誰にも語っていなかった。それに、ここのところシノブは夜刀之鋼虎(やとのこうこ)を馴染ませようと手元に置いているから、不思議に思う者も少ないようだ。

 この稀なるヤマト太刀は祖霊である将弩(まさど)の宿った鋼材を使ったからか、魔力を吸って溜める性質を持っていた。そして切れ味も神具や聖人の武具に続くから、シャルロットやアミィ達も予備の武器になると思ったのかもしれない。


『シノブさん、カッコいいです!』


『はい! ところでシノブさん、一緒に上に行っちゃダメですか!?』


 ディアスは真紅の羽を広げシノブを誉めそやし、フェルンも赤い皮膜の翼を羽ばたかせて続く。

 もっともフェルンは、外に出たい気持ちが先に立っているようだ。そのためシノブ達三人は、声を立てて笑ってしまう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 既に海神ヤムがいるらしき直径100kmほどの海域を除き、周囲は調べ終わっていた。

 危険領域から遠い場所は海竜達が直接赴き、ヤムの影響がありそうな海域は移送鳥符(トランス・バード)移送魚符(トランス・フィッシュ)を使った。そうやって長老や親世代の超越種達が手分けして海上や海中を巡り、無数の発信機を仕掛けたのだ。


 そのためシノブ達は最後の確認とでも言うべき巡回をし、ヤムとの対面に向けての準備を終えた。

 今、問題の海域の周囲は成体の超越種が完全に包囲し、その厳戒態勢の中をシノブ達は中心部に向けて飛翔している。

 飛ぶは光竜(こうりゅう)オルムル、シノブを慕う光の竜だ。シノブは反対したのだが、オルムルの嘆願を受けた長老達は彼女の同行を認めた。どうやら長老達は、オルムルならばシノブを充分に支えると判断したらしい。


 オルムルの背にはシノブと眷属達が勢揃いしている。アミィとタミィだけではなく、ホリィ、マリィ、ミリィも狐の獣人の姿を選んだのだ。アミィとタミィを含め、五人の眷属はアマノ王国の高位神官の衣装、実はアムテリアが授けた白き神衣(しんい)(まと)っている。

 これはホリィ達も神具を装備しているからだ。バアル神達との決戦と同様に、ホリィが魔風(まふう)の小剣、マリィが魔封(まふう)の杖、ミリィが治癒の杖である。

 タミィもアミィから借りた炎の細剣(レイピア)を腰に佩いている。ではアミィはというと、何とアルマン共和国の神具『覇海(はかい)の宝冠』と『覇海(はかい)の杖』であった。彼女は蒼き海の宝冠を頭上に戴き、宝杖を手に握っている。


──シノブさん、そろそろ中央です! 長老さま達の移送鳥符(トランス・バード)が見えてきました!──


 竜であるオルムルの視力は人間の追随を許さない。シノブには、まだ魔力でしか感じ取れない移送鳥符(トランス・バード)を、彼女は視界に収めていた。


 シノブも前に顔を向けるが、まだ目に入るのは空と海の青だけだ。

 見渡す限りの紺碧の大海原は、好天もあって光り輝いている。今日は風も弱いらしく波も穏やかで、緯度も北緯30度を切るから十月半ばを過ぎたというのに海面は泳ぎたくなるような魅惑の色合いである。


──『光の盟主』よ。やはり接近した程度では動かぬようだ──


──(おび)き出せれば、と思ったのだがな──


 岩竜の長老ヴルムと炎竜の長老アジドの思念は、僅かに残念そうであった。

 ヴルム達が先行し中央海域に侵入したのは、言葉通り相手を誘い出すためだ。しかし侵入程度だとヤムは目覚めないらしい。あるいは不穏な気配を感じ、身を潜めているのだろうか。


──そうか……なら、予定通り俺達の出番だな──


──ヴルムさん、アジドさん! 移送鳥符(トランス・バード)を回収します!──


 呟くようなシノブの思念にタミィが続く。

 ヴルム達の体は、離れた空域に留まっている磐船の上だ。そのため彼らは憑依を解くだけで一瞬にして帰還できる。しかし移送鳥符(トランス・バード)は残るから、タミィが魔法のカバンに収納するわけだ。


──光竜(こうりゅう)オルムルよ。後は頼むぞ──


──そなたなら、必ず務めを果たせる──


 長老達の移送鳥符(トランス・バード)(またた)く間にシノブ達の側に寄ってきた。そして彼らはオルムルに激励の思念を送る。


──ありがとうございます! あっ、あちらにも!──


 喜びを顕わにしたオルムルだが、更に何かを見つけたようだ。彼女は僅かに方向を変える。


──こちらも変わったことはない──


──あれだけ潜ったのだから、目覚めても良かろうに──


 海竜の長老ヴォロスと玄王亀の長老アケロの思念と共に海中から浮いてきたのは、人間ほどもありそうな魚のような代物であった。これは移送魚符(トランス・フィッシュ)の一種類だ。


 人を乗せられる大型から速度を優先した小型まで、移送魚符(トランス・フィッシュ)は複数種が造られた。そして今回は先行しての偵察だから、最速を誇る流線型の品を用いた。

 警戒されないようにと考えたのだろう、この移送魚符(トランス・フィッシュ)は本物の魚に良く似ている。上空のシノブからだと、二匹のマグロが並んで海面を泳いでいるようにしか見えない。


──回収するよ!──


 シノブが声を掛けると、ヴォロスとアケロは憑依を解いたらしい。そして動かなくなった魚の作り物は、シノブの短距離転移によりオルムルの脇に出現する。

 タミィは既に移送鳥符(トランス・バード)の回収を終えていた。彼女は魔力障壁で二つの魚の格好をした魔道具を引き寄せ、同じように魔法のカバンに仕舞う。


「……シノブ様、テュラーク王国が動きましたわ。キルーシ王国との国境に、岩猿の軍団が現れました。それにテュラーク軍も攻城兵器を押し立てて前進しています」


 マリィがシノブの後ろから声を掛ける。キルーシ王国担当のマリィには、同国で異変があれば連絡が入るのだ。


「準備は充分なんだろう?」


 シノブの心に揺らぎはなかった。

 テュラーク王国が進軍を続けているのは重々承知、そしてキルーシ王国どころか周辺各国、更にアマノ同盟まで含め戦に備えてきた。ここまで来たら、信じて送り出した者達からの吉報を待つだけ。シノブの心中にあるのは、意外なまでに静かな思いのみであった。


「はい、もちろんですわ」


 マリィも同じ心境なのだろう。振り向いたシノブの先にあったのは、穏やかに微笑む彼女の(おもて)であった。


 テュラーク王国の宮廷魔術師ルボジェクは、人の血を魔獣に注ぐという禁忌に手を出した。

 おそらくルボジェクは、血と共に人の形質まで注入しようと考えたのだろう。命を奪うほどの大量の血液、それに人の尊厳を踏みにじる邪術。それらにマリィだけではなく、シノブ達も激怒した。

 しかし(いきどお)ったのはシノブ達だけではない。諸国の心ある者達、キルーシ王国を始めとするシノブが赴いた諸国の勇士も同じく憤激し、立ち上がった。

 それ(ゆえ)シノブは信じた者達を見送る。彼らが自分を信頼して送り出してくれたように。人の過ちを人の手で正そうとする崇高な思いを尊重しているから。そして心を鍛え技を磨いてきた仲間の強さを知っているから。


「ならば、俺達は俺達のすべきことを。そして、共に微笑むんだ」


「はい!」


──その通りです!──


 シノブの言葉にアミィ達は、そしてオルムルは朗らかな(いら)えを返した。

 異神との邂逅、邪術師との戦い。こうして二つの出会いは、アスレア地方の海と大地のそれぞれで幕を開けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「マリィ様からの(ふみ)です! 『了解しました。共に勝利しましょう』です!」


 ソニアの美声が、素っ気ない造りの砦に響く。

 ここはキルーシ王国の東端、オームィル砦だ。国境にシノブが造った城壁からは十数kmほど西だが、最前線といっても良い位置である。

 もちろん、そんなところにソニア一人で来たわけではない。


 まずはキルーシ国王ガヴリドル、そして護衛の戦士達。そして友好国となったエレビア王国からも、国王ズビネクに王太子シターシュがやってきた。

 しかも西南のアゼルフ共和国や南のアルバン王国の者まで集っていた。長い耳に金髪のエルフや、アスレア地方最南端というべき地で日に焼けた獣人達が目立っている。

 それにソニアと同じエウレア地方の者達もいる。


「流石はシノブ君!」


「前線に連絡を。……『光の盟主』シノブ様から『共に勝利しましょう』と激励あり、と」


 歓喜の叫びを上げたベランジェの隣で、シメオンが静かな声で指示を出す。オームィル砦には、臨時に高性能の魔力無線が運び込まれた。そのため端から端まで250kmの国境のどこでも、砦からの命令を瞬時に受け取ることが可能であった。


「これはリョマノフにとって、何よりのお言葉」


「ええ。ヴァルコフも励むでしょう」


 エレビアの王ズビネクと、キルーシの王ガヴリドルが笑みを交わす。彼らの言葉通り、双方の王子は前線に出ている。リョマノフとヴァルコフは馬を並べて街道が通る中央を守っているのだ。


「アルバン王国にも連絡を入れます!」


 ソニアはアルバン王国の王都アールバにいる部下達に(ふみ)を送ったらしい。

 アルバン王国の王や王太子は、万一に備えて国に残っていた。アルバン王国は東端でもテュラーク王国と接している。両国を隔てるカーフス山脈はアルバン王国の東端近くで終わっているからだ。

 そのためアルバン王国は一部の将兵をキルーシ王国に送ったのみで、他は東の守りに充てている。


「北第一地区より! アマノ王国バーレンベルク伯爵閣下の黒色戦斧騎兵団が前進!」


「南第一地区より! カンビーニ王国王太子殿下の銀獅子騎士団が突撃開始!」


「南第二地区より! ガルゴン王国王太子殿下の蒼穹(そうきゅう)騎士団が交戦開始!」


「南第三地区より! アマノ王国フォルジェ侯爵閣下、白陽騎士団が接敵!」


 国境は非常に長いから、中央以外はアマノ同盟の各国も防衛に参加していた。

 とはいえ、どこの国も指揮官が声を掛けたのは極めて僅かな精鋭のみだ。そのため騎兵団や騎士団といっても、ほんの少人数である。しかし峻厳(しゅんげん)な山地で剽悍(ひょうかん)な騎馬戦士と戦うには、むしろその方が好都合だ。


 イヴァールが率いるドワーフは百戦錬磨の勇兵だけ、シルヴェリオやカルロス、マティアスも自身が頼みとする高位の武人だけ。同じく各地を守る勇将達も、これはという腹心や高弟を連れているだけだ。


「北第二地区より! メリエンヌ王国ベルレアン伯爵閣下および先代伯爵閣下の銀槍騎士団が敵を撃破!」


「北第三地区より! メリエンヌ王国フライユ伯爵閣下名代エドガール卿、黒剣騎士団が敵を壊走させました!」


 続々と入ってくる知らせは、全て朗報ばかりだ。もっとも、これは当然であろう。

 アマノ同盟が送り出した者達は、幾多の戦いを制した勇将のみだ。特に先祖からの宿願を果たすべく代々武技を磨いたメリエンヌ王国のベルレアン伯爵コルネーユ、先代伯爵アンリ、そしてアンリの甥にして現在はフライユ伯爵領軍の次席司令官を務めるロベールにとって、この程度は戦いのうちに入らないかもしれない。


「素晴らしいですな……」


「私の出身国は何百年も邪神の軍団と戦ってきましたからね。自慢ではありませんが、国境での防衛戦はお家芸なのですよ」


 感嘆するキルーシ国王ガヴリドルに、ベランジェは祖国であるメリエンヌ王国の戦史を語る。

 メリエンヌ王国は、国境のガルック平原を長きに渡り守り続けた。そしてガルック平原にも早期に城壁や砦が築かれたから、確かに他国より遥かに熟練しているに違いない。

 もっとも長期の戦いは、敵に完勝できなかったことを意味している。そのためだろう、ベランジェの言葉は少しばかり苦味を伴うものとなっていた。


「後は岩猿軍団ですね。そちらは?」


「至急! 各地区、岩猿の動きを! ……中央地区より! 岩猿軍団が前進、数分で交戦可能距離に入ります!」


 シメオンの言葉を受け、通信担当の士官が城壁側に問い合わせる。すると僅かな間を置いて、中央の街道沿いからの返信が入った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 多くの獲物を食らったからか。それとも特別な処置(ゆえ)か。西に向かって進む岩猿は、どれも人の背の三倍か四倍はありそうな巨体である。

 エウレア地方で通常目にする岩猿は平均で体長3m程度、例外的な大物でも4mだ。つまり倍はあるわけで、もはや別種の魔獣と呼ぶべきかもしれない。


「こいつらには勝てまい!」


「王子様、覚悟しろよ!」


 岩猿の群れの後ろから、テュラーク軍の兵士達が声を張り上げる。彼らはキルーシ王国側に立つ王太子ヴァルコフの旌旗を見て、ますます意気軒昂となったらしい。


 テュラーク軍の前方には、高さ20mもある城壁が(そび)え立っている。このシノブが僅か数時間で造った城壁は、誕生の経緯もあってテュラーク兵士の戦意を大きく挫いた。しかし大岩猿は、彼らの闘志を再び燃え上がらせたようだ。


 高さ20mといっても大岩猿で最大の個体からすれば倍と少々、そして岩猿は元々木登りや岩登りが得意な種族だ。実際に普通の岩猿でも、自身の倍程度の壁なら難なく越えてみせる。

 この大岩猿達が跳び上がれば城壁の上に手が届くだろうし、一気に乗り越え制圧してくれる。その思いが、兵士達の足を前に運ばせているに違いない。

 しかし彼らの得意げな笑みは、一瞬にして消え去ることになる。


『化け物に頼って情けないとは思わぬのか? ……(わらわ)はヤマト王国の美魔(みま)豊花(とよはな)! 伊予(いよ)の島の女王ヒミコじゃ!

そして、これは『衛留狗威院(えるくいいん)』……神々から授かりし叡智を、我らが何百年も掛けて育てたものじゃ! そなたらの邪術の相手には少々もったいないがの!』


 前触れも無く城門の前に姿を現したのは、遥か東のヤマト王国で誕生した白き巨人であった。もちろん操るは名乗りの通りヤマト王国の褐色エルフ、神託を授かる巫女王トヨハナだ。


 『衛留狗威院(えるくいいん)』は大きさが人の十倍程度、つまり背後の城壁に並ぶ巨大木人である。

 もっとも巨大木人といっても白一色で細く女性らしい姿だ。顔は慈母のように微笑み、それを長い髪を模した無数の細縄が飾る。そして細く括れた腰、大きく膨らんだスカートのような覆いと肩当てが、エウレア地方のドレスにも似て美しい。


 しかし大岩猿を秘密兵器と押し立てたテュラーク軍からすれば、慈母どころか夜叉と映ったかもしれない。大岩猿は数こそ多いが、背丈は『衛留狗威院(えるくいいん)』の半分も無いのだから。


「な、何だ!? あの化け物は!」


「うろたえるな! 大岩猿は百を超えている! 幾ら大きくても、一斉に掛かれば……」


 騒ぐテュラーク軍の兵士達を、上官らしき馬上の戦士が静めようとする。

 しかし騎馬戦士の言葉は、途切れたままとなった。彼は信じられないかのように目を見開き、口を大きく開けている。


『ヤマト王国の王太子、大和(やまと)健琉(たける)! 同じく『衛留狗威院(えるくいいん)』にて推参!』


『メリエンヌ学園研究所、ファリオス。こちらは『狗礼徒(ぐれいと)木人ガー』です』


『同じく研究所のメリーナ。『木人ガー』にてお相手します』


 タケル、ファリオス、メリーナが宿った巨大木人も、トヨハナの『衛留狗威院(えるくいいん)』と同じく透明化の魔道装置で姿を消していた。

 しかし今、四体の巨大木人は人々の前に姿を現した。二体の純白の巨人と二体の漆黒の巨人が、確かな存在としてテュラーク軍と岩猿達の前を塞いでいるのだ。


 しかも四体とも武器を(たずさ)えている。

 『衛留狗威院(えるくいいん)』は巨大なヤマト太刀、通常の十倍近い大業物だ。そして見習ったのか、『狗礼徒(ぐれいと)木人ガー』と『木人ガー』も剣を手にしていた。ただし、こちらはエウレア地方に多い大剣である。

 『木人ガー』は『衛留狗威院(えるくいいん)』と殆ど同じ大きさだから、剣の長さも似たようなものだ。しかし『狗礼徒(ぐれいと)木人ガー』は三割ほども大きいから、刃渡りも城壁の高さに匹敵する。


「ガアアッ!」


「ギャギャッ!」


 巨大な敵と武器に(おび)えたのだろう、大岩猿達が騒ぎ出す。

 『衛留狗威院(えるくいいん)』は太刀を鞘に収めたままだが、『狗礼徒(ぐれいと)木人ガー』と『木人ガー』は大剣を抜き身のまま手にしていた。そのため岩猿達も、鋭く光る大剣に激しく動揺したようだ。


『邪術使いよ! 姿を現すが良い! (わらわ)が成敗してくれよう!』


 ヒミコの『衛留狗威院(えるくいいん)』が、太刀を抜き放ちつつ一歩前に踏み出した。そしてタケルの操る巨大木人も、同じく正眼に太刀を構える。

 もちろんエウレア地方の二体も続く。こちらは大剣を高々と天に掲げての前進だ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……散れ! 相手は四体のみ、それにあの巨体では素早く動けまい! 散開して城壁に取り付け!」


 指揮官らしき騎馬戦士が、大声を上げて手を振る。

 ここに宮廷魔術師ルボジェクはいないのか、指揮を執るのはあくまで武人ということか。ともかく大岩猿達は素直に騎馬戦士の言葉に従い、左右に散ろうとする。


『愚か者! 狗威院(くいいん)女雅(めが)美威武(びいむ)じゃ!』


『私も!』


 ヤマト王国の二人は『衛留狗威院(えるくいいん)』に備わる遠距離攻撃手段を用いた。唐突な光に大岩猿達は反応できなかったらしく、一方的に攻撃を受け倒れるだけだ。


『こちらも剣だけではありませんよ! 狗礼徒(ぐれいと)素刃威工(すぱいく)!』


『単なる工事用の釘ですけどね……』


 ファリオスとメリーナが操る二体は、左の手の平から釘を射出していた。ただし、人の十倍やそれ以上の巨体だけあって、釘といっても長さは1m近くありそうだ。

 これは巨大な建造物などに用いる釘で、本来は手の上に出して右手に持ったハンマーで打ち付けて使う。しかしエルフの中でも特に優れた魔力を持つ二人なら、直接発射して遠方のものを射抜くことが出来るのだ。


「お、大岩猿が一瞬で!? こ、こんな馬鹿な!?」


 ほんの一分足らずで、無敵とも思われた岩猿軍団は壊滅した。そのためだろう、指揮官と思われる戦士は夢であってくれと言わんばかりの形相で(わめ)き散らすのみである。


「あんたも一瞬だよ!」


「ルボジェクの居場所を教えてもらいましょう」


 透明化の魔道具を使い迫ったのは、エレビア王国の第二王子リョマノフとキルーシ王国の王太子ヴァルコフであった。リョマノフが刀の峰で戦士の首を打ち、ヴァルコフが気絶した男を小脇に抱える。

 キルーシの王女ヴァサーナを通じて義兄弟となる二人は息も相当に合っているらしく、連携も流れるような素晴らしさだ。


『良き若武者達じゃの……多くを募り加勢した甲斐があるというものじゃ』


 眼下の若者達を見守るトヨハナの声は、満足げであった。

 ヤマト王国からアスレア地方に渡ったのは、トヨハナとタケルの他にもいる。ベランジェが事前に話を通しマリィが呼び寄せたのは、大王領と三つの王領の全てに渡っていた。

 そして伊予(いよ)の島からの参加を決断したのは、女王ヒミコたるトヨハナだ。そのため彼女は天に背かぬ戦いであると感じ、喜びが増したのだろう。


『はい。命を汚す邪術など許せません。この岩猿達も、もっと早く……』


 タケルの憑依した巨大木人は、その巨体に相応しくない小さな声を漏らしていた。戦場の剣戟も騒々しく、声が届いたのは隣に立つトヨハナの『衛留狗威院(えるくいいん)』のみではないだろうか。


『タケル殿。そこまで人の手は長くないのじゃ。マリィ殿が言うておったじゃろ? この魂は(わらわ)達の手では元に戻せぬと……』


 神々や眷属なら他の道があるのかもしれない。しかし人は人として出来ることをするしかない。それは巫女として神との橋渡しをするトヨハナだからこそ、強く感じているのだろう。彼女の優しい声には、強い意志も同時に宿っていた。


『はい……』


 二体の白い巨人は、同時に宙を見上げた。そこには何もないが、巫女王ヒミコと同じく巫女術に通じたタケルである。おそらく二人には、新たな生に向かう岩猿達の魂が感じ取れるのだろう。


『トヨハナ様、タケル様……鎮魂の剣舞をしましょう』


 寄って来たのは、メリーナの操る巨大木人であった。既に地上は人同士の戦に移っている。そのため彼女は、巫女たる自分のすべきことは別にあると感じたようだ。

 何しろメリーナは、神降ろしを実現する巫女である。トヨハナ達と同じものが、彼女にも見えているのだろう。


『メリーナ、私も加わろう。これでも巫女の一族だからね』


 ファリオスも習ったことがあるらしい。彼の操る巨大木人も、メリーナと劣らぬ見事な構えを取る。


 そして四体の巨大木人は、静かに舞いを始める。白と黒の二体ずつ。人ならぬ巨人は陰陽を示すかのように輪になり、太刀と大剣を振るう。

 四体の巨人は緩やかに舞い刃を重ねる。生じる妙音は、どこまでも広がっていく。そして人の創りし巨人達の祈りは人に()げられた魂に届いたのだろう、戦の場とは思えぬ爽やかな風が吹き込んできた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年2月25日17時の更新となります。


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