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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.37 決意と休息 後編

 超越種の親達は、憑依を覚えた子供達に課題を与えた。一日を人間の姿で過ごしても正体が露見しなければ、ファルケ島の探索に加わっても良いと親達は定めたのだ。

 ファルケ島は、異神ヤムが潜むらしき領域から100km程度と極めて近い。したがって一応ファルケ島の安全が確認されたとはいえ、親達が案ずるのも無理からぬことだ。


 オルムルを始めとする子供達は、ファルケ島や近海の調査だけでも手伝いたいらしい。

 調査は移送鳥符(トランス・バード)移送魚符(トランス・フィッシュ)を用いてであり、肉体は拠点や磐船に留める。そのため憑依を解除すれば一瞬にして魂は体に戻り、危険から逃れることが可能だ。


 とはいえ遠方だとヤムと遭遇するかもしれない。そこでオルムル達は島や近隣を自分達が受け持とうとした。探索する範囲は広大だから、そうやって少しでも親やシノブ達の負担を減らそうとしたわけだ。


「遠くの調査もお手伝いしたいのですが……」


「それは絶対ダメだって……でも近くなら大丈夫です!」


 不満げな表情の幼い女の子達が、シノブの両脇から語りかける。二人は人間そっくりの木人に憑依した岩竜オルムルと炎竜シュメイだ。


 今、シノブ達は魔法の馬車に乗って『白陽宮』を出ようとしている。

 オルムルが乗り移ったものの隣に光翔虎のフェイニーが宿った木人、向かい側には引率役に加わったタミィと共に、岩竜ファーヴ、海竜リタン、嵐竜ラーカの雄の三頭が憑依した人形が座っている。

 憑依を習得していない年少の者達、炎竜フェルンと朱潜鳳ディアス、そして玄王亀ケリスは着ぐるみの中に納まっている。フェルンとディアスは腕輪の力で小さくなり、まだ生後二十日(はつか)程度のケリスは本来の大きさでと違うが、(いず)れもオルムル達の膝の上である。


 ちなみにオルムル達の体は『小宮殿』のアミィとタミィの寝室で、炎竜ニトラと玄王亀パーラが守護している。そして子供達が使っている木人は移送鳥符(トランス・バード)の技術も応用した最新式で、憑依可能な範囲が極めて広かった。

 そのためオルムル達は、王都アマノシュタットどころか近郊に足を延ばせるとシノブに告げた。


「この外出で問題ないって証明できるよ」


「そうですよね~! シノブさん、どこに行きましょうか~!?」


 シノブの慰めるような言葉に、フェイニーの楽しげな声が被さった。外を眺めていた彼女は室内へと向き直り、期待の表情でシノブを見上げている。


 フェイニーの宿った虎の獣人型の木人を見て、作り物だと思う者は皆無だろう。表情はもちろん、頭上で虎耳がピクピクと動き背後で縞の入った尻尾が大きく揺れと、本当に人形なのかと思う見事さだ。

 他の人族型の木人も肌や髪の質感は人間と全く見分けが付かない上、しかも顔には子供らしい多彩で豊かな感情が表れる。

 そのためシノブも子供達の人を遥かに超えた魔力波動が無ければ、人間の子供だと思ってしまうほどだ。


「食事は出来ないから……そうだな、まずは公園……外周区の大公園に行ってみようか? 今日は天気も良いから」


 シノブは小手調べとして公園が良いのではと考えた。

 オルムル達が宿っているのは木人だから食事は除外すべきだろう。多少は腹部に溜められるし、歯があるから丸呑みでもない。しかし宿っているのは、元々人間の食物に興味を示さない超越種達だ。

 それに対し公園なら飲食をしなくても良いし、それでいて多くの人がいる筈だ。しかも間近から眺められることも無いだろう。そういった場なら最初の試しに適していると、シノブは考えたのだ。


 ニトラやパーラは、試験をシノブに一任すると言った。親達はシノブを、そして自身の子供達を深く信頼しているようだ。

 そのため街の散策はシノブとタミィが引率し、エンリオなどの側近が馬車を御すだけとなっていた。


 もっともシノブも手抜きをするつもりはない。公園の次は店などを覗くし、他の子供達がいるような場所にも出向くつもりだ。それにオルムル達も気高い精神を持つ超越種の一員だから、親達を(だま)して試験を済ませようなど思ったこともないだろう。


「良いですね~、これが私達の公園デビューですね~!」


「フェイニー、それはミリィさんからですか?」


 喜びを顕わに叫んだフェイニーに、タミィが僅かに眉を(ひそ)めつつ問い掛けた。

 確かに、そのようなことを教えるのはミリィしかいないだろう。地球の諸々に詳しく、少し悪戯好きな神々の眷属。彼女を思い浮かべたからだろう、シノブの顔に微笑みが宿る。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「はい、ミリィさんに教えてもらいました~!」


「今回も相談に乗ってくれたんですよ!」


 大きく頷くフェイニーに続いたのは、金髪碧眼の男の子となったファーヴであった。タミィと並んで座る彼は、やはり輝くような笑みを浮かべている。

 子供達からすると、ミリィは他の眷属より親しみやすいようだ。おそらく一番話が面白いからだろう。


「ミリィさん、今、ヤマト王国ですよね?」


「カミタってところも、そのうち行ってみたいです!」


 残りの男の子達、リタンとラーカはヤマト王国に興味が向いたらしい。特にラーカは元々ヤマト王国の南の海の生まれだから、尚更惹かれたようだ。


「ああ。大和之雄槌(やまとのおづち)って刀を調べにね。朝議の後に第一報があったけど、やはりカミタの神官達が知っていたよ」


 シノブは最新の情報を子供達にも教えることにした。彼らがファルケ島での調査に加わるなら、知っておくべきだと思ったのだ。

 外周区まで1kmはあるから、並足で進む馬車だと十分以上は掛かるだろう。馬車は一般の貴族が日常使う程度に偽装しているし、先導も付けていない。そのため道が混んでいれば二十分やそこらは必要かもしれない。そのためシノブは、ゆっくりと語っていく。


雄槌(おづち)はテッラの兄上の別称だ。そして兄上は大地と鍛冶の神だから、ヤマトの鍛冶技術の(すい)って意味もあるらしい」


「それをヤムという侵入者が奪ったのですか?」


 シノブの語りを(いきどお)りの滲む声で(さえぎ)ったのは、炎竜シュメイだ。

 シュメイと彼女の両親は、バアル神の手先であるベーリンゲン帝国軍の虜囚となったことがある。そのため彼女は、子供達の中だと異神への反感と恐れが最も強い。その強い感情が思わず口を()いて出てしまったのだろう。


「たぶんね……異神達の誰かが奪ったんだろうけど、今まで出てこないから、まだヤムが持っているのかもね。それに大和之雄槌(やまとのおづち)は、ヤムと相性が良いかもしれない」


 シノブはシュメイの宿った木人の綺麗な赤毛を撫でながら、話を続ける。

 大和之雄槌(やまとのおづち)八岐大蛇(やまたのおろち)という、語感の類似だけではない。ウガリット神話からすると、海神ヤムは多頭の大海蛇もしくは竜の可能性が高いのだ。そして雄槌(おづち)は『ツチ』つまりミヅチなどと同じ蛇を意味する古語に通ずる。


 大地の神が蛇神、あるいは竜神だという伝説は、世の東西を問わず多い。豊穣神として、または金属や鍛冶の神として蛇や竜を奉じる民は、それこそ無数に存在する。

 そもそも八岐大蛇(やまたのおろち)自体が、征服された民の神かもしれない。それに三輪山に(まつ)られた大物主(おおものぬし)、おそらくはテッラと非常に縁深いだろう神は、蛇神であり水神や雷神であるとされている。


 つまり大和之雄槌(やまとのおづち)とは金と水に通ずる竜の神刀ではないだろうか。ならば河川と海の違いがあっても、竜蛇(りゅうだ)の化身らしき海神ヤムと非常に親和性が高いだろう。


「ヤムって竜だったのですか!」


「しかも海の竜だなんて!」


 大声を張り上げたのは、オルムルとリタンであった。

 特にリタンの憤激は他の子供達よりも激しかった。シノブの推測に他の竜の子も大いに驚いたようだが、海竜であるリタンにとっては更なる驚愕であり憤怒なのだろう。


「可能性は高い。だからガンドやレヴィ達も慎重になっているんだよ」


 シノブはオルムルとリタンの父親の名前だけを出したが、他も同じであった。

 ヤムは神の知識や力すら吸い取る恐るべき存在だ。それが同じ属性を持っていれば、当然のように竜の力を利用するか封印するに違いない。

 シノブは相手がヤムと判ったとき、調査に加わっている者達に知りうる限りのことを伝えた。そしてシノブの言葉を聞いた竜達は、自身と相性の悪い相手だと受け取った。


 そのため親世代達は、調査に加わるなら憑依術を極めるべし、と考えたらしい。実際リムノ島では親達も、完成したばかりの移送魚符(トランス・フィッシュ)の試験を兼ね操作の熟達に励んでいる。


「判りました! 頑張って練習します!」


「そうですね、今日一日を誰にも悟られずに切り抜けてみせます!」


 ファーヴとラーカは、固く(こぶし)を握って宣言した。彼らも親達の心配に納得がいったからだろう、更にやる気が増したようだ。


「応援するよ。さて、そろそろ公園だ」


 シノブがヤムや大和之雄槌(やまとのおづち)について語っている間に、馬車は中央区を抜けていた。今は目的地である東区の大公園の至近である。


 この大公園は元々旧帝国軍の所有する地、つまり駐屯所や訓練場であった。しかしアマノ王国になってから軍の設備を出来るだけ集約し、幾つかは公園などに生まれ変わった。

 それは東区だけではなく、他も同じだ。そのためアマノシュタットには真新しい公園や公衆浴場などの公共施設が新たな憩いの場として生まれ、街の者達が集うようになっていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「貴族様! 弟様や妹様に、お菓子は如何(いかが)でしょう!?」


美味(おい)しい飲み物もありますよ!」


 公園に入ったとたん、シノブ達は多くの客引きに声を掛けられた。公園には屋台が幾つも出ており、それらの店主はシノブ達を稀なる良客と捉えたようだ。


 魔法の馬車は公園の駐車場に置き、そちらに使用人に変装したエンリオ達も残してきた。そのためシノブと共にいるのはタミィと六人の子供、そしてぬいぐるみに扮したフェルンとディアス、ケリスのみだ。

 要するに、貴族らしき青年が七歳くらいの少女を筆頭に五歳くらいまでの子供を連れ、しかも子供達は随分と上等そうなぬいぐるみを抱えているのだ。知らぬ者が見たら、相当に裕福な家の者達と思うに違いない。


「困りましたね……」


「そうだね……あっ、飴がある!」


 タミィに頷きかけたシノブだが、飴売りの屋台を見つけ顔を輝かせた。棒付きの硬い飴なら、握っているだけでも充分だとシノブは思ったのだ。

 どうも人形飴のようなものらしい。しかも色取り取りの飴には様々な品があるようだ。シノブの目に入った棒の先には、デフォルメした人や剣や盾の武具など、それに動物に超越種まで存在した。


「兄さま、あの飴が美味(おい)しそうです!」


「僕も食べたいです!」


 オルムルとファーヴは、シノブの手を引いていく。どちらもシノブの意図を察し、それなら自分達が願ったように見せるべきと考えたらしい。


「これは光翔虎ですか~?」


 一番に駆けていったフェイニーは、早速一本の飴を手に取っていた。もちろん彼女が選んだのは、自身の種族を表現したものだ。


「はい、お嬢様! こちらには竜の皆様の飴もありますよ!」


 シノブ達が向かった屋台の店主は大喜びだ。彼は愛想良くフェイニーに頷くと、更に岩竜や炎竜を模したものを示す。


「玄王亀様や朱潜鳳様も用意しております!」


 店主の娘らしき子供は、更に何本かを差し出した。

 アマノシュタットの人々は流行に敏感らしい。姿を現してから間もない二種族を(かたど)った飴まであったのだ。


──シノブさん、欲しいです!──


──私も……玄王亀アメ、近くで見たいです──


──ぼ、僕も……欲しい──


 ぬいぐるみの中から朱潜鳳のディアスと玄王亀のケリスが思念を発した。それに僅かに遅れて炎竜のフェルンまで加わってくる。

 ディアスとケリスは、純粋に自分達と同じ姿の飴を眺めたいのだろう。フェルンは自分だけ飴が無いのも、と思ったのか。


「皆、好きなものを選んで。そうだな……私は玄王亀様の飴にしようか」


 大人だと超越種への敬意を示す者が殆どだ。そのためシノブも不審に思われないように店の子に合わせた。自分のせいでオルムル達の正体が露見したら、とシノブは用心したのだ。

 もっとも超越種に(ちな)んだ品は、このように街中に溢れている。したがって神聖不可侵とされているわけではないし、親しみを感じている者が殆どらしい。とはいえ一種の縁起物とされることも多いらしいから、あまり迂闊(うかつ)なことは言えない。


「では、私は朱潜鳳様で。それとお兄さま、留守番のお姉さまにも一本良いでしょうか?」


 シノブが玄王亀に似せたものを手に取ると、タミィは赤い鳥の飴に続き同じく赤い竜の飴を選んだ。おそらく彼女はアミィへの土産ということにして、フェルンの願いを(かな)えようとしたのだろう。


「ああ、もちろんだ。そうだ、従者達にも土産を買おう。店主、百本ほど袋に入れてほしいのだが?」


「は、はい! ありがとうございます! 日持ちしますので、どうぞゆっくりとお召し上がりください!」


 シノブの頼みを聞き、店主は娘と一緒に袋詰めを始めた。

 どうも店主は、シノブが従者達に何本かずつ買ったと思ったらしい。しかし、実際は違う。飴を好む年齢かを置いたら、一本ずつでも足りないかもしれない。シノブはシャルロットやミュリエル、セレスティーヌにも配るつもりだし、彼女達にも大勢の侍女や護衛騎士がいるからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 飴を手にしたシノブ達は、ベンチのある一角に向かった。中央に噴水があり、周囲のベンチに多くの人々が腰掛けている広場だ。


「新聞も普及しましたね~」


「連載漫画、楽しみです!」


 フェイニーとオルムルは、斜め向かいのベンチで新聞を広げる人が気になったようだ。新聞が邪魔で詳細は判らないが、覗く足などからすれば読んでいるのは成人男性だと思われる。


「ああ。『がんばれリント君』は面白いし勉強になるって評判だね。それに連載小説も、結構受けているみたいだ」


 シノブが挙げた『がんばれリント君』は、ベランジェの補佐官リンハルトが提案したものだ。もちろん彼自身が執筆しているのではなく、希望した美術志望の青年を漫画家とした。


 四コマ漫画の『がんばれリント君』は話も単純で、主人公が下級内政官で題材も街に関するものだから受けているようだ。しかも漫画では先日のアマノ同盟大祭のような折々の話題も取り上げ、一種の行政宣伝にもなっているらしい。

 連載の開始は九月からだが、最初はアマノ同盟大祭の担当の一人となったリント君が東奔西走する話が多かった。それに大祭の直後には、球技大会の結果に一喜一憂するリント君が上司に叱られる場面まであり、シノブも思わず笑ってしまったくらいである。

 何しろリンハルトは補佐官となったくらいだから、能力抜群の優秀な内政官だ。そしてリント君は何となくリンハルトを思わせるデザインだから、彼を知っている者は二重に楽しめる。


 ちなみにリント君の名前やリンハルトに似せたデザインは、当然と言うべきか宰相ベランジェの発案である。彼は連載小説も含め、様々なアイディアを提供しているという。


「漫画が良いって言ったのはミリィだよ。連載小説だけじゃ詰まらない、って。でも、お陰で公営図書館や治療院、公衆浴場でも、新聞を読む人が増えたそうだ。

それに街の食堂にも置かれるようになったって……最近だと新聞や書籍の読書を売りにした喫茶店も流行ってきた」


 この新聞喫茶というべき営業形態は、シノブの提案でもあった。

 シノブは近代の日本で同じような形式の喫茶店が多数あったことを知っていた。そして人々がカフェで新聞や書物に触れ、知識を吸収したことも。そのためシノブは、同じような形でアマノ王国の知識向上が図れないかと考えたのだ。

 しかし初期の新聞は記事が難解だったようだ。商会主など情報を(たっと)ぶ人々は別にして、街の者が興味を示すものが少なかったのだろう。

 そのため当初、新聞は飲食の場でも商人達が客を招くような高級な場にしか置かれなかったらしい。


「あの守護隊長のお話も面白いですよね! そろそろ中隊長さんになるのでしょうか!?」


「私は船乗りのお話が好きです! 東域探検船団のお話ですから!」


 シュメイやリタンは、それぞれの好みを挙げた。

 リント君を含め、これらの連載が新聞の地位を大きく押し上げたようだ。実録と虚構を半々くらいにした娯楽作品が、多くの人々の興味を惹いたらしい。

 実際これらの開始から新聞喫茶も順調に増え、購読する者の増加も(いちじる)しい。


「そうだね……お昼は新聞喫茶にでも行ってみようか。でもオルムル達は……」


「食事は幻影で誤魔化せます。食べ物はシノブ様が短距離転移で……もったいないですが」


 タミィはシノブに、自分の幻影魔術があると主張した。どうやら彼女は、自身が幻影で繕っている間に、シノブが食べ物をどこかに転送すれば良いと考えたらしい。

 シノブの短距離転移の有効距離は、既に500mを大きく超えている。そのため駐車場に置いた馬車まで食べ物を移すくらいなら、造作も無い。もっとも、その後をどうするかは問題であったが。


「お皿ごと送って、エンリオ達に食べてもらうかな……」


「あっ!」


 シノブの呟きを掻き消したのは、オルムルの叫びだった。

 オルムルの見つめる先で、うつ伏せになった幼児が泣いている。どうやら走ってきて転んだらしい。

 男の子らしき幼児は五歳か六歳くらい、ちょうどオルムル達が宿った木人と同じくらいの外見だ。そして後ろから母と思われる女性が追ってくる。女性と幼児の服装からすると街の者だろう。


「大丈夫ですか!?」


「は、はいっ! 転んだだけですから!」


 駆け寄ったオルムル達に、親らしき女性は驚いたようだ。彼女は子供を助け起こしながらも、オルムル達から目が離せないらしい。

 しかし女性が驚愕するのも無理はないだろう。オルムル達の木人が着けているのは、かなり上等な服だ。そのため屋台の店主達と同様に、女性もオルムル達を貴族の子と受け取ったようだ。


「ボク、泣かないで……そうです、この飴を上げましょう!」


「えっ、その竜の飴を!?」


 オルムルの提案に、同じくらいの背格好の幼児は大きく目を見開いた。幼児は痛みを忘れてしまったのか、真っ直ぐにオルムルが持つ飴を見つめている。


「はい、だから泣かないで」


「……擦り傷だけど、治癒しておこう」


 オルムルが幼児の相手をしている間に、シノブは屈みこんで手当てを始める。闇魔術で鎮痛を施し、創水の術で傷口を洗い、治癒魔術で怪我を消し去ったのだ。


「あ、ありがとうございます! その、どのようにお礼をすれば……」


「礼なんて要りませんよ。子供には、そして街の人には笑顔でいてほしい。それだけですから。……それじゃ、行こうか」


 深々と頭を下げる女性に、シノブは気にしないでと微笑みかけた。そしてシノブは、立ち去ろうとオルムル達に声を掛ける。

 このままだと注目されるだろうし、現に今もベンチに腰掛けている人々はシノブ達を見つめている。そのためシノブは、早々に退散すべきと判断したのだ。

 同じことを考えたのだろう、オルムル達も礼を言う二人に手を振りながらシノブと共に広場を後にした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は昼を新聞喫茶で過ごし、それから再び街に出た。洋服店や小物屋を回ったり、神殿の慈善活動に加わり子供達と触れ合ったり、シノブ達は様々な形でアマノシュタットの現在を見た。

 そして今、シノブ達はアマノシュタットの北西、軍の演習場に近い草原にいる。


「オルムル達の正体に気付く人はいなかったし、これで試験は大丈夫だね……」


 草原に腰を下ろしたシノブは、夕日で赤く染まるアマノシュタットを眺めていた。もちろん周囲にはタミィやオルムル達が、同じように風に揺れる草の丘で寛いでいる。


「はい! ありがとうございます!」


「これで父さまや長老さまと一緒にお手伝いできます!」


 声を上げたのはファーヴとシュメイだ。金髪の男の子と赤毛の女の子になった竜達は、日の光にも勝る笑みをシノブに向けている。

 もちろん他の子供達も同様だ。人の姿になった者達は愛らしい笑顔で、ぬいぐるみに納まったフェルン、ディアス、ケリスは楽しげな魔力波動と共にシノブを見つめていた。


「……シノブさん、何か気に掛かることが?」


 最初は微笑みを浮かべていたオルムルだが、途中から怪訝そうな表情となった。そして彼女は僅かに遠慮を感じさせる声で、シノブに問い掛ける。


「街は順調に発展しているし、新たな時代に向かって歩んでいる。……それに君達のことも、街の人達は好意的に受け取ってくれた」


「嬉しいですね~。あっちでも光翔虎、こっちでも光翔虎……竜や玄王亀、朱潜鳳も人気でしたけど~」


 感動が滲むシノブの言葉に、のんびりとした調子でフェイニーが応じた。そしてフェイニーの言葉に、皆が頷き賛意を示す。


 アマノシュタットでは、超越種を目にする機会が多い。オルムル達は宮殿から各地に直接向かうこともあるし、時には近隣の山や川、湖などで遊ぶからだ。

 そもそも早期に帝国を打倒できたのは、竜の支援があってこそだ。その後の西海での戦いでは光翔虎も活躍し、玄王亀はヴォーリ連合国と繋ぐケリス地下道を贈ってくれた。

 残る朱潜鳳も、シノブ達は東の探検で力を貸してくれたと明かした。そのため街の人々も、他の超越種と同様に頼りになる存在だと捉えたようだ。

 このように人々は、四種族の全てに強い敬意と親しみを感じているらしい。


「だけど俺達は……人間は、君達に何かお返しが出来ているのかな。なるべく対等にって思うけど、それが無理だとしても完全に世話になっているだけじゃ……」


 シノブはオルムル達、正確にはオルムル達が宿る木人へと視線を向けた。

 超越種達も本気で取り組めば、木人と同じようなものを作り上げるだろう。しかし彼らがしないことを人間が受け持ち、それが役に立つという共生もあるとシノブは思う。


 とはいえ木人は超越種にとって必須ではない。一種の楽しみ、娯楽にはなるかもしれないが、生活の基盤とは言い難い。

 これが人間での衣食住のように欠かせないものであれば、それを提供する者、される者という共存関係が成り立つ。人間でも服飾に農業や漁業、そして建築の全てをする者は稀だろうし、大抵はどれか一つで社会に貢献するからだ。

 しかし現在の人間と超越種は片方だけが頼っている。もちろん頼るのが人間で、頼られるのが超越種だ。


「僕達は、シノブさんに助けられていますけど……」


 おずおずと、といった調子でファーヴが口を開いた。

 確かにシノブは超越種の子供を預かり、多くの魔力を与え育てている。その成果は如実に現れ、オルムル達が常にはない成長をしているのは誰が見ても明らかだ。


「そうだね。だけど、それは俺だけだ。俺がいなくなったら、人間は君達にお返しできない……それじゃ、助け合ってとは言えないだろ?」


 シノブは寄ってきたファーヴの頭を撫でた。

 細い金髪や優しい笑顔は人間と全く変わることなく、しかし体内の魔力は明らかに違う。その量、その質、その輝きが、彼が小さくとも星を守る種族の一員だと声高に主張していた。


「……でしたら私達は、シノブさんと共に歩めないのでしょうか?」


「えっ!? そんなことはないよ!」


 オルムルの静かな問い掛けに、シノブは心底から驚愕した。シノブは無意識にファーヴを撫でる手を()め、立ち上がったオルムルの顔を見つめる。


「私達はシノブさんと比べたら、とても小さな存在です。父さまや母さま、長老さま達だって……。

それにシノブさんと、この国の人々は? この前、シノブさんは教えてくれました。『単なる力の強さが、本当の強さじゃない。強い心を持った人達が、見習うべき人達が沢山いる』って……」


 オルムルは、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 おそらくオルムル達も、シノブから多くを受け取るだけと感じていたのだろう。力になりたい、助けたいと彼女達が思っても、それこそ大抵のことをシノブは自力でこなせるようになった。

 ましてやアマノ王国の、そしてアマノ同盟の人々はどうだろうか。神から力を授かった英雄達や、使徒である聖人達すら上回る伝説を打ち立てた存在。人々は、シノブをそのように見ているだろう。


 そのシノブの働きに国や同盟の人々は何で報いているのか。対価を払えているのか。そして対等と思えぬ者は、シノブと並んで歩く資格はないのか。

 オルムルは、それを問うているらしい。


「オルムル……俺は守りたい人を守ってきた。褒めてほしいとか、対価を貰いたいとかじゃない。自分が愛する人を支え、守ろうとしただけだ。そう思ったから、俺はベルレアンに残った。

……ベルレアンは他と繋がっている。メリエンヌ王国、フライユ、そしてエウレア地方の諸国……自分だけが幸せになることなんてシャルロットは望んでいないし、そんな作り物の幸せは俺もいらないよ」


 シノブは自身の思いをなるべく正確に表そうと努力した。

 世界は繋がっている。どこまでも。ベルレアン伯爵領に平穏を(もたら)すにはメリエンヌ王国の安定が必要だ。メリエンヌ王国を守るため戦いに身を投じ、防人(さきもり)となるべくフライユ伯爵も継いだ。それに人々の絆を断ち切る奴隷制度を消し去るためにも。

 その結果、王となり同盟の盟主となったのは、確かに重く感じることもある。しかし重さだけではない。今日、そしてこれまで見た人々の笑顔こそ、シノブが見たいものなのだ。

 何故(なぜ)ならシャルロットは、彼女を囲む人々は、そして自分は、笑顔が満ちる世を最上の喜びと感じる者達だから。


「私達も同じです。報酬なんていりません。皆が仲良く笑っている姿が見たいのです!」


「『子供には、そして街の人には笑顔でいてほしい』って言ったシノブさんと一緒です!」


「そうですよ~!」


 オルムルが、シュメイが、そしてフェイニーがシノブに抱き付く。更に少年の姿のファーヴ、リタン、ラーカが駆け寄り、ぬいぐるみに入ったままのフェルンとディアスが宙に浮き続く。


「私達も同じです。それにアムテリア様達も同じだと……」


──皆の笑顔、大好きです──


 タミィがケリスを抱いて歩んでくる。昼間の少年と変わらぬくらいに小さなタミィだが、今はシノブを励ますような笑みを浮かべ長き時を生きる存在の叡智を顕わにしていた。


「そうだね……対等じゃなくて良いんだ……」


 シノブは、超越種と人間の関係に一つの答えを得たような気がした。そして自身と他の者達の関係にも。


 守りたいから守る。愛したいから愛する。それで良いじゃないか。強い者が守り、支える。もちろん、その強さとは武力や魔力ではない。心の強さ、大きさだ。

 あの真っ赤な太陽のように、全てを照らす慈しみの心を目指そう。それが稀なる力を得た者の使命であり、その意志があるから人々も恐れず集ってくれる。

 西方を彩る命の源に、シノブは天地を創造した母なる女神の姿を幻視した。そして自身も後に続こうと、シノブは慕う子供達と共に赤い日輪を見つめ続けた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年2月19日17時の更新となります。


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