20.35 最高の刀 後編
大極殿の中央では、次代のヤマト王国を担う若者達が喜色を顕わにしている。それは大王領の跡継ぎ大和健琉と、ここ陸奥の国の姫である夜刀美だ。
そして人族の若き王子とドワーフの小さな姫に、してやられたと言いたげな笑みを向けるドワーフの男がいる。彼は亜日長彦、ヤトミの父である。
「お静かに! ……この刀比べ、ヤトミ様の勝利! 試斬を務めたタケル様も、素晴らしい業前でしたぞ!」
一喝した後に勝者を告げたのは司会役の老ドワーフ、陸奥の国の長老の一人だ。そして老人の声が響くと、ざわめきに満ちていた広間は嘘のように静まり返る。
「ヤトよ。そなたの業に、そして工夫に負けたわ。……この工夫、タケル殿の教えか?」
ナガヒコは愛称で娘を呼び、そして彼女や並ぶタケルへと歩んでいく。彼は先ほど鉄柱を斬った大太刀を肩に担いだままだが、表情や雰囲気や柔らかなものとなっていた。
どうもナガヒコが刀を収めないのは、自身が敗北した理由を確かめたいからのようだ。
ナガヒコの自信作には刀身に幾筋もの亀裂が生じ、もはや実用には耐えない。そして彼は得物を無残な姿に変えた仕掛けを、娘達に語らせたいらしい。
「それではヤトミ様……。仕来りに則り、余人に明かせる工夫を語っていただけないでしょうか?」
司会の長老は、ヤトミが勝負にどのような技を用いたか問うた。これは鍛冶を尊ぶドワーフ達だからこその風習である。
各人が秘伝としたいことまで触れなくても良い。しかし続く者達への道標を示すのも、優れた鍛冶師の役目だとされている。この辺り、鍛冶への探究心が旺盛なドワーフならではというべきか。
彼らは、互いに技術を磨き高めている。技や作品を誇るのは自身の技量を示すためだが、世に広め更なる高みを目指そうという表れでもあった。
これは西も同じで、ヴォーリ連合国のドワーフも各種の図面を次代に遺すし口伝もする。
「俺も聞きたいぞ。単に芯金に別の芯金を重ねただけではない……そうだろう、ヤトよ?」
ナガヒコは、よほど娘を溺愛しているらしい。
この大極殿にいる大半は彼の良く知る者達だ。とはいえ今はタケルや共に来た他領の者もおり、普通なら正しい名で呼びかけるべきである。
それにも関わらずナガヒコが愛称を用いるのは、やはり彼が相当の子煩悩だからであろう。
王の声音からは、娘の類稀なる腕前に対する喜びが明らかであった。やはり彼も本心では娘に鍛冶を続けさせたいのだろう。そこに文句を付けたのは、タケルが娘を奪い取ると思ったからか。
「はい……芯金の更に芯には、外皮と同じ特別な鋼を使いました」
ヤトミは少しばかり遠慮の宿る声で語り始めた。とはいえ彼女の声は、広間の隅々まで届いている。
他のドワーフ達もヤトミの工夫を知り、自身の鍛冶に活かしたいのだろう。居並ぶ男達は咳一つせず、少女の言葉に耳を傾けている。
「その……これの製法は、特別な者のみが知る秘伝に……」
ヤトミは、一瞬だけ将弩の宿る鋼人へと視線を向けた。マサドの許しなしに、彼の存在を口に出来ない。ヤトミは、そう思ったのだろう。
ヤトミが特別な鋼と表現したのは、マサドの鋼人から得た素材だ。しかしマサドは未だ正体を隠したままである。
今もマサドは、長い髪と髭の鬘と他のドワーフと同じ長袖の革服を着けている。したがって極めて一部しか、マサドが祖霊であると知らなかった。
ちなみに他に正体を知るのは、まずタケルの一団とシャンジー達三頭の光翔虎だ。そこにシノブ、ミュリエル、セレスティーヌ、イヴァールのエウレア地方から来た四人が加わる。
また大広間にはマサドの子孫に当たるドワーフの将、雄雄名将彦と息子の良彦もいる。この二人はカミタで真実を教えられたし、ここタイズミにマサドが現れたときも説明を受けている。
しかし集ったドワーフ達の殆どは、祖霊が近くで見守っていることを知らないままであった。
もし鋼材の正体を語るなら鋼人に、そして鋼人に触れたらマサドに、となりかねない。そこでヤトミは、この場は秘伝で押し通すことにしたようだ。
「構わぬ、秘伝は秘伝で良い。それに並の者が知ったところで真似できまい」
ナガヒコは無造作に頷き同意した。そして彼は、続きを促すように娘を見つめたまま口を閉ざす。
◆ ◆ ◆ ◆
「……ありがとうございます。父さまは気付かれたようですが、あの柱には外皮の薄い箇所を設けました。
中の大半は一段劣りますが、それでも良質な鋼に仕上げています。そのため斬るなら、ここしかない、と常ならば思う筈です」
父に一礼したヤトミは、詳細を語り出した。言いたくないことは黙って良いと言われたからだろう、それまでとは違い彼女は流れるように言葉を紡いでいく。
「介錯の際、盆の窪の真下を狙うようなものですね」
ヤトミの言葉を、タケルが補足する。
タケルが触れた内容は、涼やかで少女めいた彼の容貌に似合わない。しかしタケルは、実戦刀術を修めた練達の武人である。
先刻の斬鉄でも明らかだが、今のタケルに勝てる者など極めて僅かだ。身体能力向上の術を行使してだから咄嗟の事態には難があるが、十全の備えをすれば国でも有数の武人と互角以上に戦えるのは間違いない。
そのためだろう、口を挟んだタケルにナガヒコが不満を示すようなことはなかった。
「確かに最も弱いと感じたところを狙った。これでも国一番の鍛冶師だから、弱点など見れば判る。だが、そこからが違ったぞ?」
おそらくナガヒコも、ある程度は娘の工夫を察しているのだろう。彼の言葉は話の行く先を導くかのようである。
ヤトミが造った鉄柱を斬ったのはナガヒコだから、手応えから感じ取ったものもあるだろう。それに彼は至近で切り口を目にしているのだから、見当が付いても不思議ではない。
「父さまの鉄柱もそうですが、芯の芯を作ることは珍しくありません。元々試斬は鎧割りを意識したものですから。
……硬化の術で鎧の鋼を金剛とし、刀槍不入の銅筋鉄骨を得る。とはいえ銅と鉄と言うように硬化を用いても肉は骨より柔らかい……そのため最奥は骨芯に見立て特に硬くするのが古式……父さまから教わった製法です」
「その通り。刃筋が立たずに鎧を割れぬ、手の内の締めを疎かにして骨で刃が滑る……試斬においても、それらへの戒めを伝えねばならぬ」
鍛冶師にして武人の王は、満足そうに目を細めていた。それにシノブの隣でもイヴァールやマサドの鋼人が大きく頷いている。
「その……父さま、すみません。
……今回は古式を破りました。外皮の薄い部分の奥に僅かな空隙を造り、そこに特別な鋼を斜めに配しました。そのため父さまの大太刀は、中央のみが持ち上がった筈です」
ヤトミは相手の裏を掻いたらしい。そして、これがタケルの授けた策であった。
父を目標とするヤトミは、計略を用いるのを好まなかった。しかしナガヒコが全ての玉鋼を押さえたから、彼女も苦肉の策を承諾したのだ。
仮に芯の芯を、柱と同じく垂直に配したとする。その場合、どんなに中央が硬かろうが試斬する者にとっては、刃筋が立っていることになる。
元々技を披露する者は、斬鉄をすべく必要な魔力を得物に注ぎ込んでいる。そのため多少硬度が増しても、準備が充分な彼らは問題としない。
では内部の芯金を傾ければ良いかというと、それだけでは意味がない。斬り込みに成功すれば、裂いた鋼材が刃を支えてくれるからだ。
これが実戦であれば、肉と骨という大きな違いから滑りが生じるかもしれない。しかし、なまじ総鉄造りなだけに、通常の鉄柱斬りなら刃は揺らがず突き進む。
このことを知るヤトミは、敢えて途中に隙間を設けて刀身が動く余裕を作り出した。そして切断面となる場所に、マサドの鋼材を水平より僅かだけ斜めに持ち上げて配したのだ。
そのため斬り込んだ大太刀は、両端を固定された状態で傾斜のある特別硬い面に突入する。つまりマサドの鋼材が、刀の元と先を押さえたまま中央だけを摺り上げることになる。
「やはりそうか! あの妙な手応えから察していたが、これは一本取られたわ!」
「父さま……」
大笑するナガヒコを、ヤトミは上目遣いに見上げていた。
双方ともドワーフだから背は低いが、それでもナガヒコが頭半分くらいも高身長だ。したがって見上げるのは自然だが、彼女の顔には忸怩たる思いが滲んでいた。
「恥じることはない! ……戦場では勝つためにあらゆる手を用いるのだ。騙した、騙されたなどと言っても詮ないことよ! なあ、タケル殿!」
ナガヒコは上機嫌なままタケルへと顔を向けた。そしてドワーフの王は、何か言いたげな様子で若き王子の応えを待つ。
◆ ◆ ◆ ◆
「はい……ですが、今は平和な時代。技比べはともかく、普段の暮らしは昔と違いましょう。このようなこと、詐術で北に追いやった大王家の跡取りが言っても、とは思いますが……」
タケルは一歩前に進み出て、ナガヒコに言葉を返した。
詐術とは、遥か昔の人族とドワーフの争いを示している。タケルは、ナガヒコの問いが刀比べについてではないと察したから、古代のことを口にしたのだ。
そのためナガヒコの顔も平然としたままで、突飛な話を聞いたという様子は全くない。
実際、過去には多くの諍いがあり、騙し討ちもあった。祖霊となったマサドの死因は毒殺で、これは当時のヤマト大王家の一人が後ろで糸を引いた結果だという。
もっとも、その男は兄の王太子をも殺そうとした悪漢で、しかも極刑に処された。したがってマサドの謀殺は特別に酷い事件ではある。ただし、そこまで悪辣ではない応酬、特に戦場での駆け引きは両者とも普通のものとして繰り広げた。
「昔と今は違う。それが戦場の習いだった……悲しくはあるがな。だが、こうやってタケル殿が現れた。しかも他の王領の主達まで連れて……新たな時を感じずにはいられぬよ」
ナガヒコは、シノブ達の方に顔を向けた。正確には、少し右手の上座に近い場所だ。
筑紫の島の王である熊の獣人の巨漢、熊祖威佐雄。伊予の島の次代の女王と目される、褐色エルフの佐香桃花。そしてヤマト王国の神官を束ねるヤマト姫にして、タケルの叔母でもある斎姫。この三人にナガヒコは視線を動かしたのだ。
「ナガヒコ殿の言葉、もっともですぞ。五ヶ月ほど前、同じことを思いました」
「はい、今こそ私達が手を取り合うとき。島でもヒミコ様が融和を祈念していらっしゃいます」
「皆が手を携える……ヤマト姫として、これ以上嬉しいことはありません」
イサオが、モモハナが、そしてイツキ姫が前に進み出た。
この機会に一気に和解へと持っていこう。そうナガヒコが目論んでいると、三人も察したのだろう。獣人の王とエルフの姫巫女、そして人族の神託の巫女は、厳粛さすら感じる静かな歩みで中央に足を運ぶ。
「これはめでたい! タケル殿、次代の大王よ……我が娘を頼みましたぞ。
……皆の者! タケル殿は他の五支族の全てを巡り支持を取り付け、俺が課した試練も乗り越えた! この素晴らしき英雄なら、俺は喜んで従おう!」
ナガヒコは、大王領と三つの王領の結束まで持っていきたいようだ。
タケルは稀なる刀術と知恵を示した。今回の刀比べで、タケルがヤトミを支援したことは誰もが知っている。謎の素材の提供に、普段のヤトミらしからぬ計略。これらはタケルが優れた知者でもあるとドワーフ達に感じさせたに違いない。
それに他の王達もタケルを強く支持している。これだけの人物であれば乗ろうと考える者も多いだろう。
「ナガヒコ様、辺境に追いやられた先祖の恨みは!? それにドワーフと人族の婚姻など……」
「そ、そうです!」
上席にいた若者の一人が声を荒げた。それに周囲のドワーフ達、叫んだ男と同じ世代らしき一団も後に続く。どうも彼らはヤトミに惚れているようだ。先祖の、と言いつつも彼らの注意はドワーフの姫に向いているようであった。
『先祖は恨んでおらぬ。ナガヒコの言った通り、戦は双方納得してのこと……行き過ぎはあったが、それに拘り前に進めぬようでは、逆に先祖が嘆くぞ』
荘厳にすら感じる声を発したのは、シノブの隣のマサドであった。そして彼は諸肌脱ぎになって鋼鉄の体を顕わにすると、先刻のイサオ達のように歩んでいく。
「な、何だ!?」
「鉄の像が!?」
大極殿は揺れんばかりの騒ぎとなった。多くの者は今の今までマサドの正体を知らなかったのだから、無理もない。
驚愕に目を見開き血相を変える人々の中、落ち着きを保っているのはシノブ達やタケルの率いてきた一団くらいである。
「この方は七百年以上前のドワーフの英雄、マサド様です! 祖霊となり、貴方達を見守ってくださっているのです!」
「タケル殿の言葉は真実だ! 鉄の像に宿っていらっしゃるのは、我らオオナの先祖、ナムザシのマサド様だ!」
タケルに続き、マサドの子孫であるマサヒコが声を張り上げた。そのため広間は再び静寂を取り戻す。
ナムザシとは、かつてドワーフ達が住んでいた場所の一つだ。地球であれば関東平野の中央南部に相当する良地である。そして七百年以上も前にナムザシを守り戦った伝説的英雄マサドは、この地のドワーフなら誰もが知る存在であった。
『かつて我は、タケルの先祖である健彦と戦った。戦場のことではあるが、懐かしい思い出でもある……我らは心を交わした好敵手であったよ。
不幸にも我を害す企みがあったが、それは愚か者の仕込みでタケヒコとは関係ない。何しろ愚か者は、タケヒコすら狙ったのだからな。
……恨みを抱え生きるなど、我らに似合わぬ! 昔のことは水に流そうではないか!』
マサドが諭すと、ドワーフ達は雪崩を打ったかのように跪いていく。それはナガヒコや司会を務めた長老も同様だ。
タケルを始めとする他種族も、マサドへの敬意を示している。流石に跪礼はしないが、頭を垂れるなどして偉大なる先達を敬っていた。
『ナガヒコよ……そして皆の者、立つが良い』
「ははあっ!」
マサドが声を掛けると、ナガヒコは弾かれたように立ち上がった。
ナガヒコからは先刻までの王者の風格は消えうせ、代わりに少年のような憧憬を滲ませていた。もっとも、それはナガヒコだけではなく、隣の長老や少し離れた場所にいるナガヒコの跡継ぎ幼い若彦なども皆同じである。
「……タケル殿、何とも人が悪い。マサド様のお力添えがあるなら、最初から諸手を挙げて融和へと舵を切ったぞ!」
最初ナガヒコは、何となく呆れたような顔で呟いた。しかし彼は途中から本来の調子を取り戻し、最後はタケルに笑ってみせた。
「それでは真の平和は訪れないでしょう。確かに助けていただきましたが、私達は自分の意志で新たな道を選ぶべきです」
『そうだな。それに伏せておいたのは我のことだけではない。
……大日若貴子様! 我らヤマトの者達に祝福を授けていただけないでしょうか!』
タケルに同意を示したマサドは、おもむろに一方へと向き直った。そして彼は視線の先にいる人物、遥か西の地から来た若き王へ広間の外まで轟くような大音声で呼び掛けた。
◆ ◆ ◆ ◆
呼ばれたからには応えぬわけにもいくまい。
マサドの登場で、陸奥の国のドワーフ達も表立って不満を漏らすことはない。しかしマサドは念には念をと思ったのだろう。
ここにいるのも何かの縁。いや、必然なのだろう。そう思ったシノブは、神の使者を務めることにした。
進むシノブに続く者は、まずはイヴァール、ミュリエル、セレスティーヌの三人。更にシャンジー、メイニー、フェイジーの三頭の光翔虎が四人の後を追う。
そしてシノブはマサドが示す場、最奥を占める玉座の手前に進み、下座に並ぶ者達に向き直った。
「……ヤマトの皆さん。私はアマノ王国のシノブ。シノブ・ド・アマノという者。遥か西、エウレア地方という場所の王の一人です」
シノブは敢えて普段と近い口調で語り始めた。
神の代理を務めはするが、再びこの地に来ることもあるに違いない。そのときドワーフ達と距離を置きたくはない。その思いが、シノブに飾らぬ言葉を選ばせた。
とはいえ、ただの青年というわけにもいかぬ。そこでシノブは、自身の魔力波動を幾らか解き放った。
「こ、これは……マサド様よりも!?」
「それに、後ろの虎が!?」
シノブの発した眩く清冽な輝きを伴う波動に、そして天井に達するほどの大きさとなった三頭の光翔虎に、ドワーフ達は慌てふためく。そして彼らは、再び一斉に跪いた。
既にシノブを知る者達、タケルや彼が率いる一団も、同様だ。彼らは落ち着いてこそいるが、敬虔な様子で床に膝を突く。
「ヤマトに住む皆さんが、皆さん自身の意志で融和を選んだ……私は、そのことを嬉しく思います。神々も、きっとお喜びでしょう」
シノブが神に触れたからだろうか、大極殿の空気が更なる変化を遂げた。
それは神域にも似た清らかな気。広がる大空と眩しい太陽、人々を優しく包む宵闇、自由に吹き抜け万物を揺らす風、強く温かな力の炎、豊かな実りで溢れる大地、生命の揺り籠である大海原、そして優しい憩いと恵みの森。天地を支える全ての力が、シノブの語る歓喜を顕わにしていた。
「過去には行き違いがあり、住む地が分かれた。しかし、手を取り合うことは出来ます。エウレア地方の国々は同盟を結成し、四種族が協力し互いに行き来しています。
……遠からず、西から仲間が現れるでしょう。今の私や仲間達は、この地に神々の助力で訪れています。ですが幾らもしないうちに私達は、そして貴方達は世界を繋ぐ交流を始めるのです。そう、自らの力で……」
シノブの背後に立つ三人、イヴァールやミュリエル、セレスティーヌも、どこか常と違っているようであった。
おそらくはシノブや更に後ろの光翔虎達が放つ光によるものだろう。とはいえ女性の二人は巫女服だから、神の使いの従者のようでもある。最後の一人イヴァールは平服と言うべき姿だが、彼も伯爵を務めるだけあって、他に劣らぬ威を放っている。
「……その日が一日でも早く来ることを祈っています。そして皆さんの更なる飛躍も」
「若貴子様、祝福ありがとうございます! 我らヤマトの者達、若貴子様のお言葉を胸に励みます!」
シノブが語り終えると、タケルが顔を上げ誓いの言葉を発した。彼の瞳は、まるで星々を宿しているかのように輝いている。
「我ら筑紫の島の者達も! タケル様を守り、ヤマト王国を豊かにしてみせますぞ!」
「私達、伊予の島の者も! 私達が育んだ術を用い、王国に平和を!」
「もちろん我が陸奥の国も! 人々を大地の技で支えましょうぞ!」
三つの王領を代表する者達、イサオ、モモハナ、そしてナガヒコが続いて宣誓をする。力の獣人族、魔術のエルフ、そして技術のドワーフ。この三者が自慢の技を振るえば、ますますヤマト王国は素晴らしい地になるだろう。
「若貴子様……私達が神々の教えを正しく伝え、人々を導きます。大日女神様の慈愛を、この国の隅々まで……そして未来永劫、絶えることなく」
最後にイツキ姫が、神職の代表として加わった。他の地域や国々と同じく、ヤマト王国も神殿は特別な場所とされている。世俗の繁栄を王達が誓ったら、人と神を繋ぐ者が締めくくる。これが神々の息づく地でのやり方なのだ。
そして歓喜の声が溢れていく。それは大極殿どころか陸奥の国全体、そしてヤマト王国の全てに広がっていくかのような大きな歓声であった。
◆ ◆ ◆ ◆
ヤマト王国が新たな一歩を踏み出した。それを祝しての宴が間を置かず開かれた。
どうもナガヒコは、予め内々の祝宴を準備していたらしい。おそらくヤトミをタケルに預けることを祝う場なのだろう、出席者は極めて限られ王族か近い高位の者達だけとなっていた。
「これで婚約者も全員揃ったのかな? ……いや、そういえば人族がいないな」
シノブはタケルの周囲を囲む少女達へと目を向けた。知り合った順だと狐の獣人の立花、褐色エルフのモモハナ、イサオの娘で熊の獣人の刃矢女、そしてドワーフの姫ヤトミである。
タチハナはイツキ姫の側近の巫女だから、彼女が大王領の代表なのかもしれない。しかし妃に人族がいないのは許されるのだろうかとシノブは首を傾げる。
もしや叔母のイツキ姫が嫁ぐのか。ヤマト王国も他と同じで、この組み合わせは認められていない筈だが、とシノブは内心考える。しかし、まさか口に出すわけにもいかないだろう。
「そ、それが……」
「タケルの婚約者は、大王家の血筋にもおります。タケルからすると又従姉妹、私の従兄弟の娘です……ただし、まだ三つにもならない幼児ですが」
口篭もったタケルの代わりに、苦笑気味のイツキ姫が答えた。
タチハナ達は知っていたらしく、驚く様子はない。それはヤトミも同様だ。彼女は既にタケルを囲む一員として認められているようで、他の三人とも親しげである。
「そうか……」
「と、ところでシノブ様! ヤトミ殿が刀を献上したいと!」
絶句したシノブに、タケルが上擦った声で呼びかけた。どうも彼は話題を転じようと考えたらしい。
「刀って、もしかして?」
「はい、今回のものです」
問うたシノブに、ヤトミが静かに応じた。そして脇に控えていたドワーフの女性が、黒漆の鞘に収められた刀を両手で掲げ運んでくる。
「シノブ様、私の『夜刀之鋼虎』、受け取っていただけないでしょうか?」
「ぜひともお願いします! この陸奥の国で最高、いや、ヤマト王国でも最高の刀でございます!」
ヤトミに続き、父のナガヒコまで頭を下げて願う。
ナガヒコは、自身の作よりも娘の刀を上と称した。刀比べを制したというのもあるし、元がマサドの鋼だからであろう。
ちなみにイヴァールによれば、適切な評価だという。ヤトミが父に迫る腕になったことと素材の良さの二つが、大極殿に飾られていたナガヒコの最高傑作を超える名刀を誕生させたのだろう。
『シノブ様、私からもお願いします。これほどの名刀、私も命あったころに見たきりです。しかるべきお方に所持していただければ、と』
「判りました。……それでは、ありがたくいただきましょう」
マサドの勧めもあり、シノブはヤトミの刀を受け取ることにした。
この夜刀之鋼虎と銘打たれた刀は、祖霊となったマサドの魔力が強く染み込んだ一種の魔法剣である。そのためシノブは、自身が手元に置き管理すべきだと考えたのだ。
「ありがとうございます!」
「良かったな、ヤト!」
ドワーフの娘は歓喜し、父が彼女を祝福する。その様子に、シノブも承諾して良かったと顔を綻ばせた。
そして間を置かずに、黒鞘の刀はシノブの腰に納まった。ヤトミとタケルは、帯刀のための装具も既に用意していたのだ。
「マサド殿、これに勝る名刀が昔はあったと?」
『うむ。我がまだ生きていた頃、神刀として崇められた刀があってな。大土貴子様に捧げた名刀故、大和之雄槌と銘打たれた……』
マサドは故事を丹念に披露していく。問うたイヴァールが、ヤマト王国に詳しくないからであろう。
もっともイヴァールも、ここヤマト王国で大地の神テッラが大土貴子や雄槌と呼ばれることくらいは知っている。そのためマサドも、さほど苦労せずに済んだ。
「『ヤマトのオヅチ』ね……」
シノブは密やかな呟きを漏らした。マサドが口にした銘は、まるで八岐大蛇を思わせるものだったからだ。
「……シノブさま?」
「どうなされたのですか?」
ミュリエルとセレスティーヌは、シノブの様子が気に掛かったらしい。
ヤマト王国の者達やイヴァールは、伝説の英雄の語りに集中している。しかし二人からすると他国の逸話で鍛冶にも詳しくないから、関心の度合いに大きな差が生じたらしい。
「いや、単なる偶然だろう」
『……残念だが我が没した直後の混乱で失われたようだ……今から七百二十数年前だな。賊に奪われたと後に聞いたが、本当かどうか……混乱していようが、守りの神職はいただろうに……』
憤慨するマサドの言葉が、妙にシノブの耳に残った。
一旦は偶然として片付けたが、七百年と少々前はバアル神と『南から来た男』ヴラディズフが邂逅した時期だ。そしてバアル神やヤムらしき神霊は、この世界にアムテリア達が創った神域から侵入した筈だ。つまり彼らは、一度はヤマト王国を経由している。
とりあえずシノブは、マサドの話を聞き漏らさないようにする。
ヴラディズフ達が残した石板は今も解読を進めている。そのため時期の照合なども出来るかもしれないからだ。
しかし特に気になる部分はないまま、マサドの語りは終わってしまう。
「そうか……残っていないなら仕方ない」
「ええ。イヴァール殿、どうです、もう一献?」
首を振ったイヴァールに、ナガヒコは酒を勧めた。
イヴァールの領地の面積は、ここ陸奥の国の半分を超えるし、イサオの筑紫の島とも同程度だ。そのためナガヒコはイヴァールを同格の者と捉えたのだろう。
「シノブ、例の『ドワーフ倒し』は出せぬか!?」
どうやらイヴァールは、テッラが授けた神酒が飲みたくなったらしい。何しろ名前にドワーフと入るくらいだ。イヴァールがヤマト王国の同胞にもと思うのは自然だろう。
ただし、『ドワーフ倒し』は適量を超えると酔いが急に回るらしい。そのためシノブも、一度イヴァール達に飲ませてから封印していた。
「……せっかくの祝宴だから良いか。でも、量は制限するけどね」
「くっ、仕方ない。ナガヒコ殿、実に素晴らしい銘酒なのだ! 何しろ……」
楽しげに語るイヴァールを横目に、シノブはアミィへと通信筒で連絡を取る。
こちらのドワーフ達の酒癖が悪くないと良いが。そんな思いが浮かんだからだろう、シノブの顔は知らず知らずのうちに大きく綻んでいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2017年2月15日17時の更新となります。