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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.31 平和の祭典 後編

 創世暦1001年10月11日はアマノ同盟大祭の二日目、芸術祭だ。前日の武術や体術に球技などとは対照的な、文化や技術を競う場である。

 芸術祭と言いつつも実用的な分野を加えているのは、産業の発展を後押しするためだ。したがって技術も魔道具など手に取れる品だけではなく、機織り機や土木建築工具などの道具類、鍛冶や造船の技法紹介まで幅広い。

 もっとも実用品のみだと集客は難しい。そのため服飾や美術の展示、演奏や劇など鑑賞に重点を置いた分野も当然ある。

 そして見物する人々の性別や年齢層は、分野によって大きく異なった。


 やはり技術に惹かれるのは男なのだろう、魔道具は男性が多い。

 ちなみに魔力で熱を得る蒸気機関も魔道具に分類されているから、蒸気機関車や蒸気自動車を見ようと男の子達も多く押し寄せる。しかも体験乗車もあるから尚更だ。

 蒸気自動車の体験乗車で最も人気があるのは、ケリス地下道で使う大型のバスに類したものだ。今日は特別に超越種達が魔力を充填してくれたから常時稼動しており、各会場の移動にも使われている。ただし常に満員で待つ者は長い列を作っているから、普通に歩くか馬車で移動した方が速いかもしれない。

 同様に小型の蒸気機関車、本物の何分の一かの大きさで造られた列車も大人気である。こちらも長蛇の列の発生源で、臨時に敷かれた軍の訓練場を一周する路線は順番待ちの列が二重に囲んでいた。


 更に郊外の軍の演習場でも、飛行船の試乗会が開かれている。もっとも飛行船は数も少なく搭乗可能人数も僅かだから、事前に応募し当選した者達だけが対象であった。

 これらの運営はアマノ王国の軍人や内政官が総出で対応し、更に民間から有志の応援まで募っている。ちなみに芸術祭の参加募集の公布から僅か二ヶ月少々だが、多くの人々の尽力で何とか上手く回っているようである。


 各種の道具が紹介される場の見物客は男女混じっているが、どうやら(いず)れも職人や工房主のようだ。

 こちらは各国から持ち寄った伝統の品々もあれば、今年に入ってからメリエンヌ王国のフライユ伯爵領、つまりアマテール地方で開発された動力に蒸気機関を用いた最新式まで幅広い。そのため説明担当も同じ職人から魔道具技師、種族も人族、獣人族、ドワーフ、エルフと全てが揃っている。

 もちろん多くの出展者は秘伝を明かしてくれないが、買い付け可能な品も多い。つまり、これらは展示会であり商談会でもあるのだ。そのためだろう、一部には商会主らしき貫禄のある老人や担当の内政官だと思われる制服姿の男もいた。

 鍛冶や造船に関する展示も同様で、こちらも専門的な会話で満ちた場となっている。


 そして本来の意味での芸術、残る美的な分野の会場は女性が多かった。

 美術のみは風景画が一種の観光紹介を兼ねており、男性や子供も混じっている。しかし残りは女性が中心で、特に現在シノブ達がいる服飾関連の場は顕著である。

 服飾の会場は殆どが、華やかな衣装の婦人や興味津々に瞳を輝かせる乙女達で埋まっていたのだ。


『次はメリエンヌ王国のフライユ伯爵領からです。大胆な桃色を用い沢山のリボンが愛らしいコートは、見た目だけではありません。アマテール地方自慢の蒸気織機による素材で丈夫、そして中は羽毛ですから軽く暖かです。更に下のワンピースは……』


 浮き浮きするような美声と共に舞台を歩いてくるのは、紹介する服を着けた女性達だ。つまり彼女達は、ファッションショーのモデルである。

 子供服から大人向けまで各種を紹介するためモデルは少女から妙齢の女性まで様々だが、魅せることに比重を置いた躍動的かつ美しい歩みは共通している。そして練習を重ねてきたのだろう、観客席に向かって真っ直ぐ突き出された場を進む女性達は、(いず)れも見惚れるような笑みを(たた)えている。


 もっとも地球のファッションショーに比べれば随分と穏やかなものだ。現在紹介されている少女の服も、現代日本であれば少し派手だが街で普通に見かけるデザインである。


「可愛らしい服だね……」


 シノブは安堵を感じつつ、隣のミュリエルへと顔を向けた。ファッションショーと聞いたシノブは、先進的すぎる衣装が登場しないかと僅かながら危惧していたのだ。

 しかし、どうやらシノブの取り越し苦労だったらしい。女性達の衣装や装飾品は、シノブからすれば充分自然なものばかりであった。


 ここは服飾展示の会場となった公的施設の一角で、普段は大広間として使われている場だ。そこに今は仮設の舞台や観客席を設置し、シノブ達はロイヤルボックスというべき最上の貴賓席に座している。

 そして放送の魔道具を通しての音楽が室内を満たし、更に司会を務める内政官の女性が各国自慢の衣装を紹介している。


「この服もアミィから?」


 シノブはシャルロットやミュリエル、セレスティーヌに、地球の文化をある程度は紹介していた。それらに触れることなく日本での暮らしぶりを伝えるのは、非常に困難だからである。

 内容は日常に関するものだが、どのようなものを食べ、どんな服を着ていたかにも触れる。それに外出について語れば、移動手段や行った先の施設にも言及する。

 それらはエウレア地方で再現できないものも多いが、このようなショーとしての演出は別だ。


 従来エウレア地方だと服の展示はあっても、着用者が舞台を歩むような見せ方は無かった。そのため最新の流行を追えるほど恵まれた層は、祝宴などで見た服から時代の流れを(つか)む。

 ちなみに流行が更に広まる過程は口伝えだ。多くの場合、貴族の婦人から侍女達など騎士や従士階級の女性、そこから街の者へと伝わっていく。

 そのため流行の変遷も緩やかだが、こういった場があれば伝播も早まるだろう。つまり服飾産業は大いに活性化するに違いない。


「はい! フライユにはメリエンヌ学園がありますから、再現可能な幅も広いですし!」


 ミュリエルは頷き、アミィに教わったデザインを元にしたと口にする。

 アミィ自身は地球に行ったことはないが、シノブのスマホに入っていたデータを引き継いでいる。そしてデータには人物や風景を写した画像も含まれている。

 しかもアミィは画像を幻影で再現できるから、具体的なデザインまで示すことが可能だ。そこでミュリエルは服飾を含む諸々のデザインを、フライユ伯爵領やアマノ王国の産業に活かしたわけである。


「それにアマノ王国では、まだ華美なものが好まれないようですから……」


 得た知識を広めるとき、ミュリエルは両地域の違いまで考慮していた。フライユ伯爵領、彼女が将来得る子供が領主となる地は、ここアマノ王国と文化や気風が異なるのだ。


 メリエンヌ学園の影響で、フライユ伯爵領は何事も先進的だ。学園の研究所で開発された品は周囲のアマテール地方で試験されるし、服など文化的なものは近隣の各都市に持ち込んで意見を聞いているからだ。

 そもそもメリエンヌ王国自体が、元々文化的に随分と先を行っていた。メリエンヌ王国はエウレア地方で最大の人口を抱え、更に地理的にも中心に位置し南北の文化も入るからである。


「そうだね。好みと違うものを押し付けても流行らない。流石ミュリエル、良く気が付いたね」


 シノブはミュリエルの賢明さを褒め称えた。そしてシノブは、自分達が現在いる場に思いを巡らす。


 アマノ王国は先進的なものを多数使っているが、つい先日まではベーリンゲン帝国であった場所だ。そのため着飾ったり工夫を凝らした料理を楽しんだりという余裕が生まれたのは、新国家が誕生してからである。

 したがってシノブから見たら大人しいデザインでも、アマノ王国の人々からすれば突飛に感じることもあるようだ。つまり良く言えば質実剛健、悪く言えば保守的である。しかも地方だと、その傾向が更に強くなるらしい。

 そこでミュリエルは、フライユ伯爵領では最先端のもの、アマノ王国には伝統的なものを広めようとしたそうだ。確かに服や装飾品、嗜好品などに絶対の正解はないから、その土地にあった選択をすべきである。


「それに皆も新たな催しをとても楽しんでいる。素晴らしい企画だよ」


「そ、そんな……」


 ミュリエルは薄く頬を染めた。

 デザインの選択に続いて、企画自体も賞賛されたのだ。シノブの側に立てるよう努力する少女からすれば、至上の褒め言葉であり時間だろう。


「本当さ。ミュリエルは立派だよ。これだけのもの、それも新たな試みを形にするなんて……」


 小さな少女は、大きな成長を遂げた。それがシノブの心からの思いであった。

 それ(ゆえ)シノブは、自身の感じたことを率直に伝えていく。共に歩むミュリエルを更に理解し、一緒に未来を切り開いていくためにも。


 二人が言葉を交わしている間にも、新たな衣装をモデル達が見せていく。しかしミュリエルの目に、華麗な女性達の姿は映っていないようだ。彼女は、ただ只管(ひたすら)に自身の婚約者を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 午前中、シノブはミュリエルの案内で産業関連の部門を巡っていった。ちなみにシャルロットやセレスティーヌ、閣僚達とは別行動である。


 今のシャルロットを伴うわけにはいかない。彼女が宿す命と対面する日は、アミィの予想だと三週間後か更に数日の間だという。ここまで来たら、どんなに健康であっても催し事に連れ出す者などいないだろう。そのため彼女は、今日も王宮に留まっていた。

 セレスティーヌ達は、それぞれ別部門を回っている。王家と閣僚を合わせても十人に満たないのだから、分担するのは当然だ。そのためセレスティーヌ達は側付きや賓客達と各所に散った。


 しかし午後から、シノブはミュリエルではなくセレスティーヌを伴う。誰が言い出したのか定かではないが、二人の婚約者に対し同じように接するべきと予定が組まれたらしい。

 ちなみにアミィとタミィはシャルロットの側、そしてホリィ達は気ままに休暇を楽しんでいる。そのためシノブの午後の多くは、セレスティーヌが独占する形となった。

 もっともシノブとセレスティーヌの前方からは、何故(なぜ)かシャルロットやアミィ、それにシノブの名まで聞こえてくる。


『シノブ殿……貴方に決闘を申し込む!』


『シャルロット様……判りました。貴女の想い、受け止めましょう』


 男装の麗人が凛々しい表情で宣言すると、劣らぬ美男が朗々たる声で承諾を告げる。そして互いに心の底まで理解しているような好一対は、そのまま暫し見詰め合う。


「違う……シャルロットは殆どその通りだけど、俺はあんなこと言っていない……」


「シノブ様、これは演劇ですから。多少の誇張は仕方ないですわ」


 頭を抱えんばかりのシノブに、セレスティーヌが慰め混じりの言葉を掛けた。

 シノブ達がいるのは、ミュリエルとファッションショーを眺めたときと同様の特別に豪華な席だ。そして二人の前に舞台があるのも良く似ている。

 しかしシノブにとっては全く違う。何しろ目の前の劇はシノブを題材にしているのだ。


 西海の島国、芸術に造詣が深いアルマン共和国の演題は『光の英雄と戦乙女』というものであった。シノブがメリエンヌ王国のベルレアン伯爵領に現れてから、岩竜ガンド達と出会った後までを描いたものだ。

 既にシノブとアミィがベルレアンの領都セリュジエールへの滞在を始め、ミュリエル達に魔力操作修練の踊りを教えるところは過ぎている。そして、ここまではシノブも何とか平静に観劇できた。


「出会いの流れは大体合っていたし、マクシムが暗殺未遂を(くわだ)てたところは(ぼか)したから直後の描写は短かった……時間内に収めるためだろうけど……」


「ええ。それに戦いの場面は見事でしたし、ミュリエルさん達の場面もシノブ様の故郷の歌劇のようで華やかでしたわ」


 シノブとセレスティーヌは、役者達の熱演を見つめながら言葉を交わす。

 アルマン共和国の自信作だけあって、劇の出来自体は素晴らしかった。シノブとしては色々突っ込みたいし、場面によっては赤面のあまり顔を()らしたくもなる。しかし同盟の盟主が不満な素振りをしたら、大きな問題になりかねない。そのためシノブは恥ずかしく思いつつも、外面は微笑みを絶やさなかった。


 それにセレスティーヌが言うように、シノブ達と反逆者マクシムの戦いは派手な殺陣(たて)が際立ち、魔力操作の訓練も少女達がミュージカル仕立ての歌と踊りを披露し、客を飽きさせることがない。

 音楽も斬新というべきだろう。エウレア地方の宮廷で奏でられる曲に比べると軽妙で新味を感じさせる劇伴だ。どうもアルマン共和国の作曲家達は、以前シノブが楽士として潜入したときの置き土産を大切に育て上げていたらしい。


 現に現在進行中のシノブとシャルロットの決闘の場面も、惚れ惚れする出来である。

 主演二人の剣舞は華麗にして重厚、本職の武人が見ても満足できる域に達している。それを盛り上げるのは、観戦役の熱唱と地球の現代音楽にも似た先進の旋律だ。

 これが他人を題材にしたものなら、シノブも絶賛したいところである。


『……元より勝てぬ勝負と判っていたのだ。剣が振れぬくらい、何ほどのことか!』


『それでこそ私の敬愛する戦乙女! 全身全霊で応えましょう!』


 流石に決闘の場面だけあって、主演の二人は愛の語らいなどしないらしい。しかし『敬愛する』と言わせるあたり、劇作家の意図は明らかである。


「ああっ、シャルロット様!」


「こんなに早くから陛下は戦王妃(せんおうひ)様を……」


 周囲の観客席では、女性達の悲鳴や熱っぽい(ささや)きが広がっている。どうも観劇している者達の多くは、事実もこのようであったと思っているらしい。


「確かに、このときシャルロットに敬意は感じたけど……。でも、俺は『判りました』って言っただけだよ……。うわっ!」


 シノブの顔は、舞台を照らす夕日を表す光と同じくらいに赤かった。何しろシノブ役の俳優は、決闘に敗れて崩れ落ちそうになったヒロインを抱きかかえ、そのまま退場していったのだ。


 あのときのシノブはシャルロットを抱き上げたりしなかった。しかし舞台の上の役者達は、これ以上ないほどの熱愛を示している。

 もちろん役者達は言葉を交わしたりしない。しかし二人の表情や視線、そして力強くも包容力に満ちた英雄の姿、恥じらいつつも体を預ける乙女の仕草が、百万言よりも雄弁に心情を語っていた。


「大丈夫ですわ、次は『ドワーフの使者到来』ですから」


 セレスティーヌは、始まっていない次幕の内容をシノブに教える。

 事前に演目や粗筋は担当の内政官に伝えられているし、彼らの監督者であるセレスティーヌは通し稽古も見学したそうだ。そのためセレスティーヌは劇の流れを既に知っていたという。

 おそらくセレスティーヌが内容を伏せていたのは、婚約者を驚かせたかったからだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「使者ね……各国への大使が育ったのは、セレスティーヌのお陰だね。ありがとう」


 幕間になったからだろう、シノブは少し落ち着きを取り戻した。そしてシノブは、先ほどまでの光景を忘れるべく話題を転ずる。


 アマノ王国は各国に駐留させる大使を長らく定めていなかった。

 シノブを始め主だった者が通信筒を持ち、同盟国の統治者達と直接連絡でき、先方に大使を置かなくとも外交は可能ではある。しかし駐留を見送った最大の理由は、大使になれるだけの経験を積んだ外交官がいないことであった。

 しかしセレスティーヌが故国メリエンヌ王国の伝手で呼び寄せた教師陣、つまりメリエンヌ王国の外交官の指導で、ようやく大使として通用する人材が育った。そのため今月頭付けで、各国駐留の大使が正式に任地に赴いたのだ。


「それが私の役目ですから……」


 婚約者が贈った感謝の言葉に、セレスティーヌは華やかな笑みで応じた。その様子は先ほどまで舞台でシャルロットを演じていた女性に劣らぬくらい、深く大きな愛を滲ませている。


 シノブは大使を始めとする外交官を、この地で生まれ育った者にしたかった。他の分野はともかく他国に駐留する大使が、先日までの外国人で良いのかと思ったからだ。

 国内で働く内政官なら他国の出身者でも良いだろう。こちらで生まれた者と自然に馴染んでいくだろうからだ。

 しかし国外で働く者は別だ。この地で生まれた者を諸国に送りたい。それで初めてアマノ王国が外に歩み出したと言えるだろう。シノブは、そう思ったのだ。


 セレスティーヌや他の閣僚も、これには強く賛同した。

 大使は極めて重要な役職であり、一旦決めたら簡単には変え難い。相手との関係作りもあるから、大過なく務めていれば任期一杯まで続けさせるのがエウレア地方の通例だ。

 そうなると一度外国出身者で大使を選んだら、中々後進に譲れないことになるからだ。


「君が尽力したのは事実だよ。内政官達の適性や能力も、君のお陰で把握できたし……」


 舞台ではセランネ村での一幕が始まっていたが、シノブはセレスティーヌとの会話を続けていた。

 もちろん観劇はしているが、内容は自分達の過去だから話しながらでも充分に把握できる。ならば忙しさの穴埋めをすべきだと、シノブは思ったのだ。


 劇では途中の旅路の大半が省かれ、ドワーフ達の村や竜の狩場での出来事に移っていた。ちなみにセランネ村の人々は、ドワーフの役者達だ。どうやらアルマン共和国は、一時は険悪となったドワーフ達との仲をかなり修復したようだ。


 もっとも見せ場は岩竜ガンドやヨルム、そしてオルムルとの出会いらしく、村でのことは随分と簡略化され竜達の登場となる。

 迫真の出来の竜は何人かが操っているらしい。宙に釣っての操演は本当に飛翔しているかのようで、棲家(すみか)の洞窟を模した場に立ちはだかる姿は長き時を生きた種族の威厳さえ滲ませた。

 しかし、やはり圧巻は竜達との戦いだ。ここは魔道具をふんだんに用いており、見かけだけだがシノブのレーザーや魔力障壁も光の線や壁で表現されていた。

 そのためだろう、シノブも洞窟の戦いでシャルロットを抱きかかえた場面の再現に、さほど恥ずかしさを感じずに済んだ。


 ただし更に先、つまり劇の終幕は別であった。それまでセレスティーヌの仕事振りを聞いていたシノブは、再び激しく赤面することになる。


『……シャルロット。私は大神アムテリア様の(めい)で貴女のところに来た。……それは貴女を守り支えるためだ』


『はい。私も神々が貴方を遣わしてくださったと思っています』


 それは、忘れもしないベルレアン伯爵家の館でのことだ。庭の薔薇庭園で、シノブがシャルロットに愛を誓う場面である。

 舞台背景とは思えないほど(しん)に迫った薔薇庭園と背後に(そび)える館の絵。その前で、全てが燃えるような夕焼けに包まれた二人が向かい合っている。そして男は秘した己の出自を打ち明け、女は衝撃の告白に耳を傾ける。


「うわっ、この場面か!」


「当然ですわ。婚約者として認められたシノブ様が、シャルお姉さまに改めて愛を誓う。どんな劇作家でも、ここを最後に持ってきますわ」


 驚くシノブに、セレスティーヌは苦笑を(こぼ)していた。

 確かに続く王都メリエ行きや、ガルック平原での戦いまで触れるのは困難だ。一日掛かりの劇ならともかく、一時間や二時間なら出会いから決闘、竜との戦いと和解、そして婚約までとするだろう。


『しかし今の私は(みずか)らの意志で、この地を……いや、貴女を選んだ。私は私の意思で貴女の側に在ろう。私の居場所は貴女のところだ。これから未来永劫に……』


『シノブ様……』


 役者達の言葉は、シノブとシャルロットの交わした言葉に極めて似ていた。

 実際のシノブは、もっと砕けた口調で一人称も『俺』だった。しかし舞台用に整えただけと言えるくらい、事実に酷似した内容だ。


「セレスティーヌ……。もしかして、これ……君が?」


 寄り添い一つになる役者達から、シノブは隣の婚約者へと顔を向けた。

 幾らなんでも、そっくりだ。そして他ならともかく、自分とシャルロットしかいなかった場面である。これを知っているのは自分の他はシャルロットのみ、そしてシャルロットから聞き出すことが出来るのはミュリエルかセレスティーヌ、それとアミィくらいだろう。

 つまりセレスティーヌが、この劇に何らかの形で絡んでいる。シノブは、そう思わざるを得なかった。


「実は、アデレシアさんにお伝えしたことがありまして……その、シノブ様とシャルお姉さまの絆の強さを示すために……」


 セレスティーヌは、シノブと同じくらい赤面していた。

 元アルマン王国の王女アデレシア、現在はアルマン共和国アルマック伯爵の妹である少女は、この劇の総監督であった。そして彼女は、暫くフライユ伯爵領の領都シェロノワに避難していた。この四月から五月にかけての騒動の最中、まだアルマン王国が存在したころのことだ。

 そのときセレスティーヌはアデレシアを世話し、親しくなった。どうやらセレスティーヌがアデレシアに教えたのは、この滞在中らしい。


「……そういうことか。なら仕方ないね」


 薔薇庭園の出来事が劇に反映された経緯を、シノブは理解した。

 アデレシアは、一時期だが自分に憧れめいた感情を持っていたらしい。偶然とはいえ、自分達は恐るべき敵から彼女を救い出した。そのため感謝が過ぎたのだろうと、シノブは思っている。


 そして憧憬の念を顕わにするアデレシアを、セレスティーヌは放置できなかったようだ。

 もちろんシャルロットやミュリエルのため、そして自分自身のためでもあるだろう。しかしセレスティーヌは、思いを募らせたアデレシアが大きく傷付くより、早めに誘導すべきだとも考えたのだろう。

 自身を見つめる婚約者の表情から、そうシノブは察していた。


 ともかく、この劇で妙に自分が美化されている理由は判った。何しろ二人の乙女が理想の存在へと昇華させたのだ。単に劇だからと思っていたが、これでは少女漫画めいてくる筈だと、シノブは笑いを(こら)えるのに苦労した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 一通り巡ったシノブは『小宮殿』にいるシャルロットのところに足を運んだ。これから(うたげ)はあるが、それまでの一時を愛妻の側で過ごそうと思ったのだ。


「そのようなことがあったのですか……私も見たかったですね」


 居室のソファーに腰掛けたシャルロットは、穏やかな笑みを浮かべた。

 つい先ほどまで部屋にはタミィがいたが、彼女はアミィの手伝いをしに行った。シノブがいれば何かあっても思念で連絡できるからだというが、どうも邪魔をしないように気を使ってくれたようである。


 そんなこともあり、シノブは劇のことも含め芸術祭で見たことを、包み隠さずシャルロットに紹介していた。もしアミィ達がいたら羞恥で詳細を伝えられなかっただろうが、妻と二人だけならシノブも照れる程度で済んだのだ。


「頼めばやってくれると思うけど。年明けの会合とか、そこら辺でお願いする? それに台本とかは貰えたから、こちらの劇団に演じてもらっても良いし」


 シノブはシャルロットが観劇したいと言うとは思っていなかった。妻も自分のように恥ずかしがるのでは、と考えていたのだ。

 やはり男女で感性が大きく違うのだろうか。そんなことを考えつつ、シノブは自国でも上演可能だと言い添える。


「それはお願いしたいですね。出産すれば見にいけるでしょうから」


「そうか……。じゃあ、アマノシュタットの劇団に声を掛けてもらうよ。今から練習してもらえば来月に間に合うかもしれないし……出来れば、もう少し事実に即した内容にしてほしいけど」


 シャルロットの願いを(かな)えたい。そう思ったシノブは、演劇の部で好成績を残した自国の劇団に頼んでみることにした。

 再びの鑑賞は恥ずかしいが、これも出産という大事(おおごと)に挑む妻のためである。それに男の自分に出来るのは応援や支援だけなのだから、それくらいは我慢すべきだという思いもある。


「伯父上からエクトル一世陛下やアルフォンス一世陛下の秘話を伺いましたが、やはり私達が知っているものに比べると脚色もあるようです。派手にしたのではなく、物語を柔らかなものにするためのようですが」


 シャルロットに脚色への耐性が出来ているのは、過去の伝説的英雄の真実を知ったからのようだ。

 一般の書物や劇などとして残っている諸々も、表現を和らげる方向への改変がある。それはシノブも知っているから、少し納得したような気持ちになる。


「そんなものかもね」


「はい。それに貴方の言葉は、私が正確に覚えています。『俺は俺の意思で君の側に一生いる。俺の居場所は君のところだ』……今でも私の胸の内に響いていますよ」


 シャルロットは、とても幸せそうな顔をシノブに向けた。そして彼女は目を細めながら、もうすぐ生まれ出る新たな命へと手を伸ばす。


「とても嬉しいよ……お茶を淹れようか」


 大きなお腹に手を当てる妻を(いたわ)ろうと、シノブは彼女が干したティーカップに新たなお茶を注いでいく。そしてお茶を淹れ終わったシノブは、妻に伝えるべきことがあったのを思い出した。


「ミュリエルやセレスティーヌも、立派になったよ。もう支えてあげるなんて、軽々しく言えないな。二人に、そして君や義伯父上達に支えられているから、今日のアマノ同盟大祭だって成功したんだ……」


 シノブはミュリエルやセレスティーヌの努力と成果を改めて思う。

 まだ十歳半を過ぎたばかりのミュリエル。再来月に十六歳になるセレスティーヌ。今ですら、これだけの活躍をするのだ。数年も経てば、自分など軽々と追い越されるのでは。シノブは二人を頼もしく思う。

 もちろんシノブも黙って追い抜かれるつもりはない。二人は自分に相応しくと努力しているそうだ。ならば、自分も同じように精進する。そうシノブは誓っていた。


「それは私達も同じです。貴方がいるから、安心して自分の役目に集中できるのです。遠くで働く貴方を、強大な相手に挑む貴方を、少しでも支えたい……貴方や多くの者が勝ち取った平和を守りたい。だから、大祭も上手くいったのです」


 シャルロットは、隣に腰掛けたシノブに肩を預けた。

 その姿は、言葉通りシノブが支えてくれるから自分はあると示すかのようだ。しかしシノブは、彼女が共に支え合おうと言っているのではと感じた。


「そうだね。誰も一人じゃ生きられない。俺達だけじゃなく超越種だって……それに、もしかすると神々だって……」


 シノブは母なる女神アムテリアや兄神や姉神へと思いを馳せる。

 アムテリア達も孤独に在り続けることは出来ないのかもしれない。だから神々は七柱で並ぶのだろうか。そしてシノブ達が信ずる神だけではなく、敵対する神も同じだろうか。

 かつてのバアル神や、ヤムらしき神。語る相手すらいない日々に、異神達も耐えかねたのか。犬猿の仲の筈の二柱が、この惑星に連れ立って現れたらしきことに、シノブは思いを巡らせた。


「……シノブ?」


「この子やアヴ君達のためにも、決着をつけるよ。これからも平和の祭典が毎年続いていくように……」


 問うたシャルロットに、シノブは自身の顔を寄せた。

 『南から来た男』ことヴラディズフのいた島を足場に、海神ヤムと思われる存在に勝負を挑む。そして出来るだけ早く、この星の不安の種を取り除く。シノブは明るい未来を招くと、最愛の妻と彼女が宿す我が子に改めて宣言した。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年2月7日17時の更新となります。


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