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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.27 アスレア海、符で飛んで 後編

 シノブ達はアスレア海の調査を順調に進めていた。

 現在アマノ号は出発地点から100kmほど南、アルバン王国の海岸から200km辺りだ。もちろん真っ直ぐの南進ではなく東に西にと動きつつで、時刻は既に昼近い。

 そこで移送鳥符(トランス・バード)に宿って探索しているアミィ、ホリィ、ミリィの三人も一旦アマノ号に帰還した。眷属である彼女達なら一日中でも憑依できるが、やはり負担は掛かる。そこで昼食を兼ねての休憩となったわけだ。


 今のアマノ号は、いかりを降ろし錨泊(びょうはく)している。そしてシノブを含めた四人が魔法の家の中だ。

 一方、運搬役の岩竜の長老ヴルムと炎竜の長老アジド、護衛と探索補助の光翔虎バージ、ダージ、フォージは外である。超越種の成体は自然の魔力を吸収するだけで生きていけるし、彼らにはシノブが魔力を提供したからだ。


「明日から楽しみですね~。盛り沢山です~」


「ケリス地下道の開通式にアマノ同盟大祭、各国との融和が更に進みますね」


 憑依を解いたミリィとホリィは、食器をダイニングのテーブルの上に並べながら言葉を交わしている。ちなみにアミィはキッチンで準備中、シノブはリビングで(ふみ)を記し各方面に送っている最中だ。


「明日からの三日は、ゆっくりしてね。探索の合間だけで申し訳ないけど」


 シノブはペンを動かしながら、二人に応じる。

 明日の10月9日からの三日間は、アスレア海の調査も少し控える。明日はアマノ王国とヴォーリ連合国を結ぶ大トンネルの開通式で、続いての二日間は同盟の各国を招いての国際大会だからである。


 シノブも式典に参加するし、大会も多くは見物する。それに来賓との会合や(うたげ)もあるから、殆ど身動きできない。

 アミィ達だけで探索を続けるのは少々不安だ。現在は謎の海神がいるだろう場所から300kmほどで、まだ危険は少ない筈だ。しかし、どこから危険か不明な以上、油断は出来ない。


 そのため明日から三日の探索はシノブが動けるときに限定するか、危険度の低いところだけを巡るか、そのどちらかとなる予定だ。

 謎の海神の動きはないから焦らなくても、というのもある。それに最近ホリィやミリィは長期の潜入を続けているから、良い骨休めの機会だ。

 そのようなわけで特別な何かが発見されなければ、ホリィ達に休んでもらおうとシノブは考えていた。


「ありがとうございます~」


「マリィに悪いですね……」


 素直に喜びを表したミリィとは違い、ホリィはキルーシ王国にいる同僚を気にしていた。キルーシ王国はテュラーク王国との騒動が終息していないから、マリィは現地に留まることになっていたのだ。


 反逆の首謀者ヴァジークは処刑されたが父のエボチェフは逃亡したままで、おそらくテュラーク王国に潜伏していると思われる。それに反逆自体テュラーク王国の後押しを受けてであり、キルーシ王国の東部国境は厳戒態勢のままであった。

 それらはアマノ王国に直接関係ないが、異神由来の何かが関与している可能性もある。そこで現在、アルバーノを始めとする武人達がテュラーク王国に潜入して謎を探っている。

 したがって彼らを支援するマリィも帰還は難しい。


「潜入部隊が引き上げればマリィにも休暇を取ってもらうけど……」


「アルバーノさん達、時間があれば競技大会にも出るって言っていましたね……」


 シノブに続いたのは、蕎麦(そば)を茹でているアミィだ。

 この蕎麦(そば)はアマノ王国で栽培したソバから作ったものである。旧帝国にも麺にしないだけでソバを使った食物はあったから、原料を手に入れるのは難しくない。


「余裕があればだね。幸い野球やサッカーだから、決勝戦だけか途中から交代で入っても……」


 シノブが触れたように、アルバーノ達は決勝だけでもと考えているらしい。とはいえ、おそらく彼らは参加できないまま終わるだろう。


 野球やサッカーは、エウレア地方の七国とウピンデ国の合わせて八チームのトーナメント戦だ。しかし競技大会は一日だけだから、随分と厳しいスケジュールであった。

 そのため各競技は、どれも短時間となるよう工夫されていた。たとえば野球は四回まで、サッカーは前半と後半を分けずに更に四十分だけとしている。

 幸い開催場所は広大な演習場の中で、観客席の無いものを含めればグラウンドは何面でもある。そのため各国の首脳達の観戦は決勝戦のみとし、そこまでは早朝から始め午前中に終わるように予定を組んでいる。

 シノブとしては残念だが、まだ競技自体を広める段階だから仕方が無いとも思っていた。それでも将来は、もっと大規模な大会が開けたらとシノブは期待してもいる。


「色々難しいですよね~。でも、早くテレビ中継されるくらいになってほしいです~。お菓子を食べながらスポーツ観戦、これですよ~」


 ミリィは大皿に盛った天麩羅(てんぷら)を運びつつ、暢気(のんき)なことを口にしていた。もしかすると彼女は神界にいるとき、そうやって地球の映像を眺めていたのだろうか。


 これまた残念ながら、彼女の願いが(かな)うのは随分と先になる筈だ。

 何しろカメラに相当する魔道具が誕生したばかりである。そして動画の撮影、映像の信号化と復号など解決すべきことは多い。おそらく先に映画のようなものが生まれ、それから映像放送になると思われる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ミリィ……でも、上手くいくと良いですね」


「ああ。ミュリエルやセレスティーヌも頑張っているしね」


 苦笑混じりのホリィの言葉に、シノブは記した紙片を通信筒に放り込みつつ頷いた。

 アマノ同盟大祭は、商業や外交の場でもあった。二日目の芸術祭には服飾や工芸などの部もあるから、産業界も無縁ではない。そして各国から高い地位にある者が多数集まるから、各種の会談も行われる。また、現在のアマノ王国を見てもらう良い機会でもある。

 そのため商務担当のミュリエルと外務担当のセレスティーヌは、ここ暫く忙しかった。更にアスレア地方の探索も重なって、シノブが二人と会うのは朝食時や夕食以降のみである。


 とはいえシノブも二人を気にしている。正確には、済まなく思っていると言うべきか。

 本当は、自分が各種の催し事に率先して取り組むべきなのだろう。身重のシャルロットが仕事から離れるのはともかく、もっと自身が国政に関わらなくては、とシノブは思うのだ。

 それにミュリエルは時間があればフライユ伯爵領にも顔を出している。もちろんフライユ伯爵であるシノブも出来る限り向こうに行っているが、最近はミュリエルに名代を頼むことが多かった。


 ミュリエルは十歳、セレスティーヌですら十五歳だ。この二人に各種の行事を受け持ってもらい自身は外を飛び回るというのは、シノブも相当に気が引けていたのだ。


「……こちらの王族は大変だよね」


 シノブは思わず溜め息を()いてしまった。

 謎の海神には他に当たれる者がいない。それに東域への航海に乗り出した以上、アスレア地方との関係作りにも目を配るべきだろう。しかしシノブは、未成年のミュリエルや日本なら同じく未成年扱いとなるセレスティーヌが忙しく働く現状を歓迎しているわけではなかった。


「その代わり、いざというときは国や領地のために殉ずるわけですから。

……高い地位には相応の責任がありますし、それをお二人も自覚していらっしゃいます。そして国王として、盟主として、アムテリア様の血族として多くの責務を担うシノブ様に相応しくありたい……そのお気持ちからです」


 アミィは蕎麦(そば)の入ったどんぶりをお盆に載せてやってくる。二つを彼女、残り二つをホリィという分担だ。


「それは光栄だけど……でも、もう少し遊ぶ時間があっても良いんじゃない?」


 準備は終わったらしい。そう見て取ったシノブは立ち上がり、ダイニングへと向かう。


 シノブもアミィの言いたいことは判る。

 自分自身も忙しくはあるが、多くの人の命を預かり未来を託されているから出来るだけのことをと頑張っている。それに他の人に無い力を持っているのは、使うべきことがあるからだろう。そのことを忘れて遊び(ほう)けるなど、シノブは罪悪だと感じていた。


 とはいえ他者のこととなるとシノブの信念も揺らぐ。自分がミュリエルやセレスティーヌの歳だったころは、もっと自由にしていたと思うからだろう。


「明日からの三日は、感謝の気持ちを表す良い機会かもしれませんね。式典や会合で御一緒されるわけですし、そのときお気遣いなされば喜ばれますよ」


「それに芸術祭の翌日はタケルさんの鍛冶勝負です。見物してほしいとのお誘いがあったのですから、お連れになっては如何(いかが)でしょう? もちろん、お二人のご都合次第ですが」


 アミィとホリィは、明日からの行事が好機だと言い出した。

 アマノ同盟大祭はミュリエルやセレスティーヌが頑張った成果でもあるから、それを一緒に見て周るだけでも喜ぶだろう。物を贈ったり褒めたりしなくとも、成し遂げた事柄を共に見て語る。二人にとって最も嬉しい贈り物となるに違いない。


 そしてヤマト王国に行ったことがないミュリエル達でも、鍛冶勝負の見学だけなら問題が少ない筈だ。観客席に座っているだけなら、服さえ向こうのものにすれば充分だからである。

 幸い鍛冶勝負は北のドワーフの地で、都の文化や風物には詳しくない者ばかりだ。そうであれば後方で紛れるくらいは出来るだろう。

 アミィ達は、そのように続けていく。


「そうだね、側にいるのが一番喜んでくれるかも……」


 シノブは二人の勧めをもっともだと感じた。

 面倒を掛けて悪いと思うのではなく、相手の苦労や努力の成果を見て感じたことを伝える。それが共に歩む者がすべきことだろう。

 シノブは自身の過去、まだ日本にいたころの事を思い浮かべる。両親や祖父母からのプレゼントや特別な日を祝ってもらうのは嬉しかったし、楽しい思い出だ。しかし自身の成長を認めてもらったとき、自分を見てくれていると感じたとき、それらも同じくらい大切な記憶だ。

 そのようなとき、自分は家族の愛情を強く感じたのではないか。離れず過ごすことだけが愛情ではない。遠くからでも見ている、日常の僅かなことからでも察してくれる、それらも肉親との絆があるからこそ。大切なことを伝えてくれたアミィ達に、シノブは深く感謝した。


「やっぱり蕎麦(そば)が一番です~。だから、そろそろ食べましょ~」


 ミリィの催促に、シノブは声を上げて笑ってしまう。それにアミィやホリィも苦笑気味だ。


「確かにね。せっかくの御馳走だし、伸びる前にいただこう」


 午後からの探索もあるから、手早く食事を済まさねば。そんなことをシノブは考える。

 どうやら自分の性格では、忙しさから逃れることは出来ないようだ。しかし忙しいなら忙しいなりの愛情の示し方があるだろう。そんなことを考えつつ、シノブは懐かしさを感じる料理を味わっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 昼食を終えたシノブ達は、午後の調査を開始した。

 午前中で移送鳥符(トランス・バード)での探索にも随分と慣れた。そのためシノブとしては、今日中に後100km少々は進みたいところである。

 ここから150kmほど南下すれば、謎の海神が潜んでいるだろう海域まで100km程度、中心まででも150kmだ。その辺りに島でもあれば前線基地として申し分ない。


 既に海岸から200kmほどだから、多くの場所では水深1000mや2000mを超えている。しかし所々には浅いところがあり、そこには数少ないが小さな島や岩礁もあった。

 アルバン王国の漁師は、それらの島や岩礁の近くで真珠を採るという。カンビーニ王国やガルゴン王国の近海にもいた、深海シャコ貝などから採集するのだ。


 この深海シャコ貝は、深海といっても深さ150mから200mほどに棲息する貝だ。そのため、ここアスレア海でも浅い一部にしかいない。

 漁師も海の全てを知らないから、島や岩礁など判りやすい目標がある場所を目指す。もっともアスレア地方の船舶技術は未熟で、彼らの漁場は遠くても岸から150km程度だ。


 つまり午後は漁船を気にする必要も無く、探索も大いに(はかど)る。それに午前中の訓練で、魔力を抑えた思念でのやり取りにも随分と慣れた。それ(ゆえ)シノブの願いは(かな)い、夕方前には昼食の場所から150kmほど南に到達した。


──シノブ様、ちょうど良い島がありました! 直径2km以上、標高も50mはあります!──


 ホリィの思念が西から響いてきた。シノブの感覚では50kmほど離れたところらしい。


 シノブ達は、なるべく大きくて標高のある島を前線基地にしたかった。相手は海神だから、海の間際は避けたかったのだ。

 もちろん相手は神だから1kmやそこら陸に入っても大して意味は無いかもしれない。しかし海岸よりは良いだろうし、大きければ魔法の家を展開したりアマノ号を置いたりするときも都合が良い。


──火山島ではないようですし、一面に木が生えています……小さな池もあります! 雨水でも溜まるのでしょうか?──


 ホリィの語る内容からすると、かなり条件の良さそうな島だ。

 水に関しては、シノブ達なら創水の魔術で得ることも出来るが、池があって困ることはない。それに木々が多いなら、仮に火山があったとしても近年は活動していないのだろう。もっとも火山かどうかについては、専門家である炎竜アジドがいるから到着してから調べれば良い。


──ヴルム、アジド! 西に行ってくれ! 50kmほど先に手頃な島がある!──


 シノブは通信筒に紙片を放り込みながら、岩竜の長老と炎竜の長老に呼びかけた。

 遠方に強い思念を送ると、謎の海神に気付かれるかもしれない。そこでシノブからホリィ達への連絡には、通信筒を使っていた。

 非常に僅かな魔力波動でもシノブは感知できるが、超越種どころか眷属でも一定以上離れると難しかった。そのためシノブは通信筒に紙片を三回投入する。アミィとミリィも呼び寄せるからだ。


──了解した──


──見えたぞ──


 ヴルムの返答から幾らもしないうちに、アジドが視認を告げた。

 シノブが魔力で海中を探っていたから、先ほどまでアマノ号は海面近くを飛んでいた。しかし、僅か50kmほどで先であれば、多少上昇すれば水平線の上に出る。二頭の竜だけではなく、アマノ号の近くを飛んでいた三頭の光翔虎バージ、ダージ、フォージも、次々に見えたと言ってくる。


 50kmの遠方といっても竜達が急げば十五分程度だ。そのためシノブも、幾らもしないうちに緑で彩られた島を発見した。


──良さそうな場所だね。そのままにしておきたいけど──


 島に対するシノブの第一印象は、リゾート地の小島であった。

 周囲は白い砂浜と青い海、そしてサンゴ礁だ。そして砂浜から内陸は、結構な高さの木々が生い茂っている。

 日本なら九州の種子島くらいに相当する緯度、つまり北緯31度を幾らか下回る。そのため気候も温暖なのだろう、近づくと色取り取りの花まで見えてきた。


 しかしアマノ号を島に置くなら、最低でも長さ40m以上、幅30m近くを整地する必要がある。それに本格的に拠点とする場合、更に広域の木々を伐採することになるだろう。

 出来れば手を付けたくないが、砂浜のように海の近くだと何となく不安なのも確かだ。シノブは島を眺めながら、そんなことを考えた。


──すぐに木々は元に戻るだろう。これだけ豊かなのだからな──


──うむ。森と呼ぶには小さいが、それでも惹かれるぞ──


 光翔虎のバージとダージは、木々の多い島に好印象を(いだ)いたらしい。それはフォージも同じらしく、三頭は心なしか飛翔速度を上げている。

 光翔虎は南方の森に棲むから、こういった場所だと安らぐのだろう。もっとも彼らが暮らすのは半径が何十kmもある大森林だから、この島くらいだと手狭に感じるようだ。

 何しろ竜や光翔虎は全長20mもの巨体である。つまり大雑把に言えば人間の十倍の大きさだから、彼らにとっての2kmは人間にとっての200mなのかもしれない。


──アジド、火山は無いよね?──


 ほぼ島の上に来たから、シノブは炎竜の長老に火山性の島か訊ねてみた。

 白い砂浜を見る限り、溶岩や火山灰などは存在しないようだ。しかし念の為に確かめるべきだろうとシノブは思ったのだ。


──火山ではない。溶岩は遥か下だろう……火の力は感じない──


──土や岩も溶岩によるものではない──


 アジドに続き、ヴルムが思念を発した。どうやらヴルムは、岩の組成から火山岩か判別したらしい。

 もしかしてヴルムはアジドだけに訊ねたのが不満だったのだろうか。シノブは思わず微笑みを浮かべてしまう。

 しかしシノブの笑みは、次の瞬間消え去ることになる。


──これは!? 『光の盟主』よ、この島には人の子の造ったものがある……かなり昔のようだが、整形した岩が埋もれているぞ──


 ヴルムは岩竜の長老だ。その彼なら宙から地中の岩の形を知ることなど造作も無い。彼は、四角く加工した岩があるとシノブに告げた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ヴルムとアジドは、人工物の存在する一帯の近くにアマノ号を降ろした。

 そこは背の高い木々が生い茂る場所だったが、こうなっては自然の保護などと言ってはいられない。三頭の光翔虎は木々を伐採し、誕生した更地に双胴船型の巨艦は着陸したのだ。

 そしてシノブは合流したアミィ、ホリィ、ミリィの三人と共に、ヴルムが掘り起こした場所へと向かう。


「これは……住居の跡なのかな?」


 シノブは目の前に現れたものが何かと理解しつつも、声に出して問わざるを得なかった。それだけシノブは大きな興奮に包まれたのだろう。


 そこは、まるで発掘した遺跡のようであった。というより、遺跡そのものと言うべきか。

 表層の土を平らに除去した一角には、住居の基石や壁の下部らしきものが見えている。その様子は、シノブが地球にいたころ見学した発掘現場に極めて似ていたのだ。


「おそらくは……」


『ここは何かを立てたようだ。一旦掘って周囲を固めている。それに人の子が魔道具に使う石もあるぞ』


 アミィの呟きに被さるように、ヴルムは声を発した。

 最初にヴルムが頭を向けた先には、丸い穴がある。おそらく柱を立てた跡なのだろう。そして次に向いたところには、魔力蓄積結晶らしきものが覗いていた。


「シノブ様、やはり魔力蓄積結晶です!」


「この辺りでも出るんでしょうか~?」


 結晶を拾ったホリィの横で、ミリィが首を傾げていた。

 魔力蓄積結晶は、どこにでも存在するものではない。必ずしも魔力の多いところにあるとは限らないが、そこらに落ちているような有り触れた品ではなかった。

 そのためアミィも興味を示したようだ。彼女は屈みこんで別の結晶を手にしている。


『島の中央には僅かだがある。しかし今日通った他の島には無かった……この辺りでは希少なのだろう』


「ここで昔の人が魔力蓄積結晶の採取をしたってことか……それって、ヴラディズフやルバーシュなのかな? つまり七百年前や五百年前なんだろうか?」


 ヴルムの言葉から、シノブは『南から来た男』ヴラディズフや大商人ルバーシュ伝説の元となった男を想起した。


 ホリィによれば、アルバン地方の記録に南海での魔力結晶採掘など存在しないという。何しろ漁師達が航海する距離の倍以上も沖なのだ。そんな遠方まで大勢が行き来していたら、流石に何かの記録に残るだろう。

 住居跡は一軒や二軒ではないから、少なくとも何十人かが住んでいたに違いない。それに大勢が暮らしアルバン地方まで頻繁に運搬をしていたら、もっと航海技術が発達した筈である。


 おそらく、ここに来たのはヴラディズフやルバーシュなど、歴史に残らなかった陰の存在だろう。シノブは、そう思わざるを得なかった。


『少なくとも五百年は過ぎている……しかし、それ以上は判らぬ』


 ヴルムの声は、随分と残念そうであった。

 とはいえ、切り出した石や突き固めた土を見ただけで五百年前と判るだけでも大したものだ。そこでシノブは、岩竜の長老に感謝の言葉を返そうとする。


「大いに参考に……」


「シノブ様! この紋様、旧様式の花を(かたど)ったものに近いです!」


 シノブの言葉は、ホリィの声に掻き消された。彼女は僅かに残っていた壁らしき部分を指差している。

 ホリィが指し示している場所の模様は、『ベーリングラード様式』に見られる紋様との共通性が感じられた。そして『ベーリングラード様式』はアスレア地方の建築物と共通している。つまりアスレア地方からヴラディズフ達が西に持ち込んだものなのだ。


「となると、アスレア地方の者だったのは確定か。南のアフレア大陸からだと600km以上ある筈だから、そっちじゃないとは思っていたけど……」


 『ベーリングラード様式』と似ていたとしても、それはアスレア地方の建築物にも共通する特徴だ。そのため更に詳しく調べなくては、時代の特定は難しい。

 それだけの知識を備えた者というと、アスレア地方の学者だろうか。シノブは関係作りを進めている国に問い合わせようかと考えた。


「……たぶん、ヴラディズフだと思います。この魔力蓄積結晶は創水の魔道具に使ったのだと思いますが、旧帝国式に近いです」


 それまで屈んでいたアミィが、立ち上がってシノブへと向き直る。

 アミィは確言しなかったが、相当自信があるようだ。シノブは彼女の表情や声音(こわね)から、充分な根拠があるのだと察した。


 魔力蓄積結晶は、魔道具に組み込むときに対象に合わせた細工を施す。単に魔力の蓄積に使うだけでも、外部に構成する魔法回路に合わせた仕組み、つまり一種の魔力回路を刻む。それに蓄積以外の用途に使うなら、やはり目的に応じた細工が必要だ。

 そして魔力蓄積結晶の細工は、各国の魔道具技師で少しずつ異なる。いわば流派ごとの特徴があるのだ。


 シノブはアミィより魔道具に詳しい者を知らない。それに彼女は『隷属の首輪』を始めとする旧帝国の魔道具を多数解析した。その彼女が言うなら、ここにある魔力蓄積結晶の細工は旧帝国式の原型なのだろう。


「そうか! ならば明日からは、この島の調査だね! 他にも何か手掛かりがあるかもしれないし、ここを拠点にするなら詳しく調べないと安心できないから!」


 沈みつつある夕日に照らされたシノブの顔は、(まぶ)しいほどに輝いていた。

 これでまた、謎の海神に大きく近づいた。今日の成果に大きな満足を感じたシノブは、弾む気持ちのまま明日からの行動に思いを巡らせていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 更に二時間ほどの調査をしてから、シノブ達は西へと戻った。

 シノブやアミィ達はアマノシュタットへ、そして超越種達はアマノシュタットの転移の神像から、それぞれの棲家(すみか)へ。(いず)れも家族の待つ場所へと帰っていったのだ。

 そして残照で幻想的に色づく『小宮殿』で、シノブは南海での発見を家族に伝えていた。


「大成果、おめでとうございます」


「邪神打倒に更に近づきましたわね」


 ミュリエルとセレスティーヌはシノブに笑顔を向けている。しかし二人の表情は、僅かだが曇っていた。


 少し早めの夕食の場には、シャルロットも含めアマノ王家の全員が揃っている。もちろんアミィとタミィもいるし、東から一時的に帰還したホリィとミリィも席に着いている。

 そのため、ここ晩餐に用いる『入り日の間』の主でいないのは、キルーシ王国に残ったマリィだけだ。


 マリィの不在は寂しいが、最近のホリィ達は殆どの時間をアスレア地方で過ごしたから、これでも多い方だ。したがって本来なら笑顔が満ちる筈だが、ミュリエルとセレスティーヌは明日からの調査でシノブが不在がちになると考えたのだろう。


「二人とも。シノブは貴女達の成果を一緒に見て回りますよ」


 優しさが滲む声音(こわね)を響かせたのは戦王妃(せんおうひ)の称号を持つ女性、つまりシャルロットであった。

 シャルロットは、ミュリエル達より先にシノブの話を聞いていた。ミュリエルとセレスティーヌが『小宮殿』に戻ったのはシノブ達より後だったからだ。

 そのためシャルロットは、夫が明日からどのように動くか知っていたのだ。


「シャルロットお姉さま、本当ですか!?」


「ですが、島をお調べになるのでは!?」


 ミュリエルは嬉しげな声で姉に問い、セレスティーヌはシノブに調査はと訊ねる。

 どちらもシノブと共に過ごせるのは非常に喜ばしく感じているようだ。しかし二人は自分達が足枷となったと思ったらしく、笑顔には戸惑いが残ったままだ。


「島の調査はね、少しだけ早起きするんだ。こっちと向こうでは、結構時差があるからね」


 シノブは明日からの三日間、日の出前の数時間で島を調べることにしていた。

 遺跡を発見した島の経度は、アルバン王国の都市カルバフと殆ど同じだ。これはキルーシ王国だと王都キルーイヴより200km近く東で、テュラーク王国との国境から300kmほど西といった辺りだ。つまりアマノシュタットより二時間は早く日が昇る。

 そのため島で日没後も調査したシノブ達だが、残照のアマノシュタットに戻ることが出来たのだ。


「四時には向こうで調査を始めたいから、三時起きかな?」


「そうですね、早めに就寝しましょう」


 シノブが顔を向けると、アミィは微笑みと共に頷いた。

 十月初旬の今であれば、向こうで夜が明ける時刻はアマノシュタットの午前四時過ぎに相当する。したがって、シノブは朝四時から七時までを調査に使うつもりであった。


「シノブさま、ありがとうございます!」


「頑張って御案内しますわ!」


 今度こそ、ミュリエルとセレスティーヌは一点の曇りもない朗らかな顔となっていた。

 シノブが多忙を極めるのは心配ではある。しかし忙しいにも関わらず時間を捻出したのだから、まずは笑顔で感謝を伝えるべきだ。二人は、そう考えたのだろう。


「こういう時くらい、側にいなきゃね」


 シノブは自戒の念を(いだ)きつつ頭を掻く。

 もっと側にいる努力をすべきだし、たとえ側にいるのが難しくても心は共にあると示さなくては。シノブは、自分が理解のある家族達に甘えていたのでは、と感じていた。


「時と蕎麦(そば)ですか~。今何時(なんどき)でい~。明け六つでい~。アマノ王国では(あかつき)七つでい~」


 ミリィが口にした冗談を、どれだけの人が理解できただろうか。実際、笑いを(こぼ)したのはシノブとアミィ達だけであった。

 まずシャルロット達は落語の『時そば』を知らない。それに日本の不定時法で日の出ごろを明け六つ、そこから約二時間前と言うべき一刻(いっとき)前を(あかつき)七つと呼ぶのも知らない筈だ。そのためシャルロット達は怪訝そうな顔をしている。


「俺の故郷には『時そば』という話があってね……」


 一瞬(あき)れたシノブだが、これも語らいの切っ掛けだと思い直した。そこでシノブは『時そば』を演じてみることにした。


「昔、『二八(にはち)そば』というものが……」


 普段と違う声色(こわいろ)でのシノブの語りに、シャルロット達は微笑みを浮かべて聞き入る。

 どうやら就寝は少し遅くなりそうだ。そう思いつつも、シノブは家族との幸せな時間を心の底から楽しんでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年1月30日17時の更新となります。


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