20.24 二つの邂逅
エルフの長老ルヴィニアは、憑依の像をシノブ達に見せてくれるという。そこでシノブ、アミィ、ミリィの三人はルヴィニアの案内で歩き出す。
「ここルメティアは玄王亀様のいらっしゃるプロトス山に最も近く、昔から鍛冶が盛んなのです。我が国で憑依の金属像を造っているのも、ここだけです」
ルヴィニアは、国中から有望な者をルメティアに呼び寄せていると続けた。
ここアゼルフ共和国の鍛冶は殆どの行程に魔道具を使うし、それらの魔道具は全て大魔力を必要とした。そのため適格者は、ここのメテニア族だけではなく他の七支族からも集めているそうだ。
「簡単な補修は他でも出来ます。ですが人と並ぶか超えるほど大きな金属像は使う魔道具も特別ですし、必要な魔力も極めて大量です。多くは数人掛かりで魔力を込めるくらいで……」
「それに簡単には明かせない秘術ですから~。防衛の要ですし~」
ルヴィニアに応じたのは、先頭を歩くミリィだ。ミリィは憑依の像のある場所を知っているらしく、ルヴィニアよりも前を進んでいたのだ。
遥か昔、ミリィはアゼルフ共和国の見張りを担当したという。そのとき彼女は、ここルメティアにも訪れたのだろう。
もっとも今のミリィは、ごく普通の子供のように微笑んでいるだけだ。彼女はエルフに変じているから、ルヴィニアが祖母でミリィが孫のようでもある。
「はい。作り物だと判らないように毛皮や木の皮などで偽装もしています」
「近くの国では森の怪獣や怪人と噂しているようですよ~。エルフが操る魔獣だとか、過去に捕まった人がエルフの術で姿を変えたとか~」
ルヴィニアとミリィの話に、シノブは苦笑してしまう。シノブの隣では、アミィも似たような表情となっていた。
「そういえば、ルバーシュ伝説だと彼はエルフに捕まったことになっていますが……」
シノブは歌の一節を思い出しつつ問うた。
大商人ルバーシュは、二十代から六十前後までをエルフの虜囚として過ごしたという。ちなみに解放の時点でも創世暦540年ごろ、四百六十年近く昔だから事実かは疑問が残る。
伝説だと、ルバーシュは大砂漠の冒険で財を成し故郷のカーフス王国に凱旋した。なお、このカーフス王国とは現在のアルバン王国の西半分、つまりアゼルフ共和国の東隣だ。
そして国に帰ったルバーシュは自国の姫に惚れ、彼女を得るためエルフの秘術を求めたとなっている。昔から、エルフには人を操る術があるとされていたようだ。
エルフ達は外の者を可能な限り脅して追い返したが、中には拘束するしかない場合もあった。
そういったとき、エルフ達は更生の見込みがある者を農場などで働かせた。そして脱走防止に使う嫌気の術などが、人を操る魔術と誤解されたのだろう。
「後に現れた者は、ルバイオスが自身の代わりとしたのでしょうか?」
ルヴィニアは首を傾げる。彼女の四代前、高祖父ルバイオスは伝説の一端を担っていたが、後に纏められた話はエルフに伝わらなかったらしい。
最初のルバーシュは、自身の名と商人の鑑札をルバイオスに渡して去った。このルバーシュは、海に旅立ちリムノ島に渡ったようだ。
そして第二のルバーシュとなったルバイオスは、次はエルフの森に行くと言って姿を消したという。彼が大砂漠に赴いたのは祖父のアレイオスの病を治す術を手に入れるためで、得たからには他国に用事などなかったからだ。
「その人……第三のルバーシュになった人が、元の名を捨てたかったのかもしれませんね」
アミィの言葉に、シノブは内心頷いた。
ルバーシュは森に消えた、という終わり方でも良かった筈だ。ルバイオスに伝説を作る理由はないし、実際に森に挑んで行方不明のまま終わった者も多いだろう。
しかし第三のルバーシュは、後にカーフス王の相談役となった人物だ。それほどの者なら、ルバイオスが帰還の便宜を図ったかもしれない。
ルバイオスは第三のルバーシュに過去に使った名を与え、多少の資金を持たせた。それを活かして第三のルバーシュは短期間で大商人となった。根拠はないが、そんなことをシノブは思い浮かべた。
第三のルバーシュが『南から来た男』ことヴラディズフに興味を抱いたのは、ルバイオスから何かを聞いたからであろうか。シノブの思考は、カーフス王国の賢人となった男へと移っていく。
「着きました」
エルフの長老の言葉に、シノブは我に返る。
アルバン王国では、既にホリィがヴラディズフの出身地だという漁村ヴリトを探っている。ならば向こうのことは彼女達に任せ、自身はエルフ達から更なる手掛かりを得るべきだ。シノブは、そう思ったのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「これは……」
「綺麗というか、惹かれるものがあるね……」
アミィに続き、シノブも感嘆の声を漏らす。格納庫の中は、煌めきで満ちていたのだ。
七色の光を放っているのは、シノブ達の前に並ぶ金属の像だ。
灯りの魔道具に照らされた像は、表面が鏡のように磨かれている。そして人体に近い曲面や各所に刻まれた紋様が、光輝の芸術を作り出していた。
まるで何十人もの鋼の武人が並んでいるような光景。シノブとアミィが絶句するのも無理はないだろう。
「アゼルフ共和国の鋼人、鋼の守護者です~。鋼の英雄とも言いますね~」
得意げな表情で説明するのはミリィである。
おそらく鋼の守護者は、ミリィの先輩のミルーナという眷属が授けた知識によるものだろう。何故なら、ここを創世期に担当したのはミルーナだからである。
「種別ごとに金属の色を変えています。この銀色の像が基本型、ルビーのように赤いものは火属性、サファイヤのように青いのは水属性の術に向いた像です」
ルヴィニアは、鋼の像を順に指し示していく。
鋼の守護者には特殊な鏡面処理を施しているようだ。それらは白銀、真紅、紺碧など、普通の鋼材とは思えない輝きを放つ。
像の大きさは人間と殆ど変わらないし、独特の輝きがなければエウレア地方の騎士が用いる全身鎧のようである。転倒防止の支柱がある辺りも鎧掛けに飾られた甲冑を思わせる。
しかし、どこの国の鎧も鋼の守護者のように煌びやかではない。
ちなみに、この鏡面処理は防錆のためだという。使用時は毛皮などを纏うから、本体に艶消しを施さなかったようだ。
「ルヴィニアさん、お願いします~」
「はい……」
ミリィが声を掛けると、ルヴィニアは像の反対側の壁沿いに置かれたソファーへと向かう。ルヴィニアは、憑依を実演してくれるようだ。
だいぶ離れているが、そこからでも憑依できるのだろうか。シノブは疑問に思いつつも静かに見守る。
一方のルヴィニアは、ソファーに腰掛けると懐から符を取り出す。符は鳥の形を模した、細かい紋様が綺麗なものだ。
そしてルヴィニアは胸の前で符を翳し、目を閉じる。
「……憑着!」
それまでとは違う鋭い声を発したルヴィニアから、大きな魔力が抜けた。そして彼女の魂は鳥を象った符へと移る。
次の瞬間、ルヴィニアが宿った符は鳥のように宙に舞い上がる。更に符は矢のような速さで赤く輝く像へと突き進み、ルヴィニアの魂は鋼人へと移る。
『鋼の守護者……森番』
決まり事なのか、憑依したルヴィニアは一歩前に進み出ると名乗りを上げる。そして彼女が乗り移った像が拳を突き出すと、真紅の像は一瞬だけ太陽のような強い光を放った。
「長い修行を積んだエルフが鋼の守護者に憑着する時間は、僅か一秒にも満たない。では、憑着プロセスをもう一度見てみよう!
ルヴィニアの魂が移送鳥符の憑依システムに乗り移る。僅かな質量しか持たない符に宿ったルヴィニアの魂は一瞬にして宙を駆け抜け、鋼の守護者に再憑依するのだ!」
そしてミリィが、普段とは違う力強い口調で解説をする。
おそらくミリィの言葉には何か由来があるのだろう。シノブは、そう思いつつも拍手をする。隣ではアミィも同じように手を打ち鳴らし、ルヴィニアを称えていた。
「これなら体を支える人は不要ですね」
符の使用を、シノブは単独での憑依のためだと思った。
この方式なら、憑依した後に自身の体をどこかに寝かせる手間が省ける。それに魂の抜けた体が転倒するようなこともないだろう。
『それもありますが、これは遠くの像に憑依するために編み出された術です。それに移送鳥符は森の見回りにも使います』
「移送鳥符には、本物の鳥に似せたものもあるんですよ~。そちらは防水とかもシッカリしています~」
ルヴィニアとミリィによれば、アゼルフ共和国の森には多くの鋼の守護者が隠されているそうだ。
もちろん像のある場所は、外部の者に判らないよう偽装している。それに正規の手順を踏まずに動かすと自壊する機構を備えているという。
守護担当の者は移送鳥符で見回りをし、侵入者を発見したら鋼の守護者に乗り移って追い返す。
しかも移送鳥符や鋼の守護者への憑依を継続できる距離は、他より遥かに長いという。広大な森を守るために各種の改良を施した結果、憑依可能範囲は数十kmにもなったそうだ。
「……その鋼の守護者や移送鳥符という呼び名も、ミルーナさんの発案ですね?」
どうもアミィは、聞くか聞くまいか迷ったようだ。彼女は僅かな間の後、鋼の像や憑依に使った符についてルヴィニアに訊ねる。
『はい。コーラなどの飲み物も、ミルーナ様がお教えくださいました』
ルヴィニアによれば、コーラの実や炭酸飲料の実などはミルーナが教えたものだそうだ。
それを聞いたシノブは、先日から感じていた疑問が解けたような気がした。それらの名は、森の女神アルフールの好みとは少し違うような気がしていたのだ。
ちなみにリムノ島にあった納豆の木やパンの木は、アゼルフ共和国に存在しないらしい。そこまで便利な品を授けてしまうとエルフが農業をしなくなると、アルフールも思ったのかもしれない。
『伺った限りでは、移送鳥符などをヴラディズフという者は知らなかったようです。それに私達の鍛冶の技も……ですが、念の為にと思いまして』
ルヴィニアは、ヴラディズフが得た可能性がある技を一通り披露しようと思ったようだ。確かにヴラディズフが残したものを始末するなら、何があったか知っていた方が良い。
「ヴラディズフの時代の『使役の首輪』では、明確な質問でなければ聞き出せなかったようです。だから、これを出来るか、などと問われなければ黙秘できたのでしょう」
アミィの言う通り、ヴラディズフは後の『隷属の首輪』のような完全な支配をする魔道具を持っていなかった。どうも、それらが完成したのはエウレア地方に渡ってからのようだ。
そして完成したころには、ヴラディズフは飛行手段を失っていた。彼は帝都と定めた場所の礎に飛翔可能な超人を使ったからだ。
そのためヴラディズフは、エウレア地方のエルフに手出しできなかったのだろう。
「……移送鳥符の術は、謎の海神の探索にも役立つと思います。これなら危険を感じたら憑依を解除して戻れば良い……潜水できるものを造っても良いですね」
シノブは今後の探索に希望を見出した。
謎の海神は、探索で近づいた者を捕らえるかもしれない。とはいえ木人などを使うにしても操作範囲が数kmだと難しい。そこまで謎の海神に接近したら、本体も捕まる危険があるからだ。
しかし数十kmも遠方なら別だ。アミィ達によれば、憑依を解いてから肉体に戻る時間は距離と関係なく一瞬だそうだ。そのため戻る間を心配しなくても良いようである。
「そうですね!」
「流石シノブ様です~!」
アミィとミリィも顔を輝かせる。
ヴラディズフの出身地から謎の海神のいる範囲は随分と絞れたが、探しに行って敵の手に落ちては話にならない。
現状だとホリィ、マリィ、ミリィが空から探すことになるが、相手は神から力や知識を吸い取る存在だ。もし謎の海神が彼女達からシノブや神具についての知識を得たら、勝利は極めて難しくなる。しかし、これなら捕まる危険性は大きく減ずる。
『お役に立てて光栄です。それでは、これらもお使いください。それに作り手も必要でしょう』
ルヴィニアは、鋼の守護者や移送鳥符の譲渡を申し出る。しかも彼女は、作成に携わる者達もシノブに預けるという。
「ありがとうございます!」
「全種類を揃えましょ~」
早速アミィは魔法のカバンへと仕舞っていく。そしてミリィはというと、小さな体で大人と同じ大きさの鋼の守護者を担いで持ってくる。
眷属の大魔力があれば鋼の像を担ぐなど容易いことだが、まるで店にある玩具を端から持ってくる子供のようだ。そう感じたシノブは、一人静かに笑いを堪えていた。
◆ ◆ ◆ ◆
アゼルフ共和国のエルフ達との懇親会を終えると、シノブ達は西のプロトス山へと旅立った。
ルメティアには、当分ソティオスを始めとするデルフィナ共和国のエルフ達が留まる。しかもソティオスには通信筒を渡して魔法の馬車の権限も停止状態で付与したから、連絡や再訪も容易である。
そこでシノブは安心して西へと飛翔していく。今回も、姿を消しての飛翔と短距離転移を用いたのだ。
アミィはシノブの腕の中、ミリィは鷹の姿に戻って肩の上である。ミリィの全力飛行より、シノブの連続短距離転移の方が早く移動できるからだ。
「さて、着いた」
「それでは、皆を呼びますね」
シノブが山の上に降りると、アミィは魔法の馬車のカードを取り出した。
ここに来るのは玄王亀の長老アケロを始めとする超越種達だ。彼らなら自身で転移の神像を使えるから、転移の絵画がある魔法の馬車は都合が良い。
「ミリィは、ここの玄王亀と会ったことがあるの?」
待つ間、シノブはミリィに昔のことを聞くことにした。
ミリィは、およそ二百年前にアゼルフ共和国の監視担当だった。眷属は過去の仕事を明かさないというが、彼女は諸々の説明をするには伝えた方が良いと思ったらしい。
それに、これから玄王亀と会うのだ。そうであれば、知り合いかどうかを訊ねても良いだろうとシノブは思ったのだ。
「いえ~。当時は何もなければ超越種と接触しない決まりでしたから~。いるのは知っていましたが元気そうでしたし~」
ミリィが首を振ると、長いプラチナブロンドが揺れる。彼女は既にエルフの姿に戻っていたのだ。
眷属の仕事も、創世期と以降では大きく違うらしい。
創世期、神々や眷属は地上の者達に様々なことを教えた。そのとき神々や眷属は姿を隠さなかったというし、接した者達も多かったようだ。
そして創世期に知識を授けた相手には超越種も含まれていたから、ミルーナは担当地域の玄王亀も導いた。それに彼女は、この地に立ち寄った朱潜鳳、ラコスの祖父にも幾つかのことを教えたそうだ。
しかし創世から百年ほどが過ぎると、神々や眷属は姿を消した。地上の者達での自然な発展へと、神々は舵を切ったのだ。
アミィやミリィが地上担当となったころは、特別な指示がなければ密かに手を貸す程度だったという。それなら玄王亀達に問題が起きなければ、ミリィも静観するのみだ。
「オルムルさん達です~」
ミリィは魔法の馬車を指差した。扉から最初に飛び出してきたのは、小さな玄王亀ケリスを背に乗せた岩竜の子オルムルであった。
『シノブさん、ここが玄王亀さん達のいる場所なんですね!』
──お友達、いるでしょうか?──
オルムルは魔力障壁を応用した声、ケリスは思念を発する。ケリスは生後二週間だから、まだ発声の術は使えないのだ。
「ケリスと同じくらいの子がいると良いね」
シノブはオルムルからケリスを受け取り、腕の中に抱える。そしてシノブは、まだ甲羅の大きさが40cmにも満たない小さな玄王亀に魔力を注いでいった。
そうしている間にも、魔法の馬車からは次々と子供達が飛び出してくる。
竜は岩竜ファーヴ、炎竜のシュメイとフェルン、海竜リタン、嵐竜ラーカだ。そして光翔虎フェイニーと朱潜鳳ディアスもいる。
続いて出てきたのは三頭の玄王亀、長老夫妻のアケロとローネ、そしてケリスの母親パーラである。向かう場所が玄王亀の棲家だから、大人は同族の彼らだけとなったようだ。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブ達はパーラの背に収まった。そしてアケロとローネは、先行して地下に向かっていく。まずは長老夫妻が、この地に棲む玄王亀に呼びかけるからだ。
「玄王亀って、どうやって同族と会うの?」
シノブはパーラに訊ねてみる。
玄王亀が地中を進む速度は、時速10kmに満たないという。そのため世界中に散っているだろう彼らの出会いがどうなっているかは、シノブならずとも気になるだろう。
──二十年に一度、そのときの長老の棲家に集まります。そのときは、長い時間を掛けて地中を移動します──
パーラによると、その場で新たな者の紹介や大よその居場所の伝達もするそうだ。それに老いた長老が引退を表明するのも、そのときだという。
超越種の成体は、睡眠も殆ど不要だ。それに玄王亀は魔力が多いところなら休まずに移動できるし、良い魔力に乗れば速度も増すとパーラは補足した。
「二十年か……でも、君達なら年に一度会うようなものかな」
最初は長いと感じたシノブだが、パーラ達は千年ほども生きるという超越種だ。つまり二十年ごとでも一生に五十回は会えることになる。
玄王亀の移動能力なら、それ以上の頻度で会うのは難しいに違いない。仮に惑星の反対側からであれば、片道だけでも百日ほどだ。もし真裏ではないとしても、年間の何分の一も棲家を離れたくはないだろう。
──そうですね。でも、これからは頻繁に会えます──
「この辺りに仲間がいるのは知っていたのですか~?」
感慨深げな思念を発したパーラに問うたのは、ミリィであった。
シノブも、それは疑問に感じた。今までパーラ達が、アゼルフ共和国の地下に玄王亀がいると言ったことはなかったからだ。
──私達は地上を殆ど知りませんので、ここだとは思いませんでした。それに私達が棲家を伝えるとき、地中の魔力の流れで表現します──
パーラによると、この流れに何日乗って更にこの流れに移る、というような伝え方らしい。そうなると地図を見せられても、遥か遠方だと判断し難いのかもしれない。
「なるほどね……」
──アノームやターサと会ったぞ──
シノブが呟いた直後、長老アケロの思念が響いてきた。
アケロによれば、ここの玄王亀アノームとターサの棲家は殆ど真下だという。ただし地上から1kmほども下だから、普通の人間が到達できる場所ではない。
──我は玄王亀のアノーム。『光の盟主』と仲間達よ。そなた達の訪れを歓迎する──
──初めまして。アノームの番ターサでございます──
地下から響いてきたのは、超越種に相応しい風格を漂わせた思念であった。既に伴侶を得ているのだから成体なのは当然だが、パーラなどと比べても年長なようにシノブは感じる。
──突然の訪問、済まない! 俺がシノブだ!──
地中は思念が通り難いから、シノブは少し強めに発する。
アミィ達も普段より強い思念を発するが、やはり幾らかは地下の魔力で遮られたようだ。それぞれへの言葉が返ってくるが、フェルンやディアス、ケリスへの返答はない。
フェルンとディアスは生後四ヶ月に満たないし、ケリスは更に幼いから思念が届かないのは当然だ。しかし幼子達は、随分と残念そうであった。
「そうだ! フェルン、ディアス、こっちに!」
シノブはフェルンとディアスを呼び寄せ、抱えていたケリスと合わせて魔力を注いでいく。こうすれば、幼い子供達でも思念が届くとシノブは思ったのだ。
──ケリスです! シノブさんに魔力をいただきました!──
──炎竜のフェルンです! 僕の声、聞こえていますか!?──
──朱潜鳳のディアスです! 初めまして!──
子供達は再び思念を地下へと送る。
今度はオルムル達と同じくらいの強さだから、届くだろう。期待と共にシノブは返答を待つ。
──聞こえたぞ! ケリス、フェルン、ディアス……元気の良い思念だ!──
──ようこそ私達の棲家へ!──
アノームとターサも、これには驚いたようだ。
どうやらアノーム達は、既に来訪者達の名前や種族をアケロやローネから教わったらしい。しかし思念を増幅する術があるとは思わなかったのか、二頭の返事は驚きに強く揺れていた。
◆ ◆ ◆ ◆
幼子達が興奮気味の思念を発しているうちに、パーラは棲家へと辿り着く。ケリスの生まれた場所と同じ、巨大な宝石の壁に囲まれた地底の宮殿だ。
シノブ達に気を使ってくれたらしく、待っていた四頭の玄王亀は光を発していた。主のアノームとターサ、そして長老夫妻のアケロとローネの全てが淡い輝きで照らしている。
そのため棲家の全貌は明らかであった。広さは大よそ直径100mほど、壁や天井は色取り取りの宝玉で飾られ、床は白と黒の石。サドホルンの地下でシノブ達が見たものと同じである。
──キラキラです! 凄いです!──
驚きの思念を発したのは、朱潜鳳のディアスだ。パーラの背から降りた一同の多くは周囲を興味深げに見回したが、一番の驚きを示したのは彼であった。
ケリスは生まれた直後からシノブ達と暮らしている。そのため超越種の子供でも、彼らの棲家を見る機会は中々ない。
しかもディアスは初めて玄王亀の棲家を訪問したから、尚更気になるようだ。彼は長い首を動かし、忙しく四方を眺めている。
──良く参られた……そしてケリスよ。我らが新たな仲間に、こんなにも早く会えるとはな──
──可愛らしい子……将来が楽しみですね──
残念ながら、ここに棲んでいるのはアノームとターサだけであった。彼らは数年前に一頭の子を育て上げ、送り出したばかりだったのだ。
アノームが五百歳を幾らか過ぎ、ターサは彼より何十歳か若いという。そして二頭はミリィがアゼルフ共和国の担当となる前に、ここを先代から譲られたそうだ。
その先代とは創世のときの玄王亀、第一世代のプロトスと彼の番だ。つまりアノームは第二世代ということになる。
──アノームおじさん、ターサおばさん。シューナさんはどちらに行ったのでしょう?──
ケリスは二頭の息子シューナと会いたいようだ。シノブの腕の中の彼女は、円らな瞳で巨大な漆黒の亀達を見上げている。
──ふむ……おそらく、この方角だと思うのだが──
「北東より少し南……おおよそ二時の方向ですね」
アノームが首を動かすと、アミィは静かに告げた。アミィの位置感覚は非常に正確だから、間違いないだろう。
「ロラサス山脈か、その向こうでしょうか~?」
ミリィが挙げたロラサス山脈とは、キルーシ王国やテュラーク王国の北に聳える山脈だ。東西に長いが、確かに中間付近はアゼルフ共和国から北東である。
──少なくとも、あちらではないと思います。あちらは魔力が少ないから近づくなとプロトス殿から教えていただき、それを息子にも伝えました──
ターサが向いたのは、伴侶が首を向けた方向から直角か、もう少し右側であった。つまり方位なら南南東、北を十二時とすれば五時の方向か更に少々南寄りだろう。
「その魔力が少ない場所を教えてくれないか!? そこに謎の海神がいるかもしれない!」
何となくターサの向く先を眺めたシノブだが、そちらがアルバン王国の南の海だと気が付いた。それも『南から来た男』ことヴラディズフの出身地だという漁村ヴリトの南である。しかも最初のルバーシュが漕ぎ出したのも、アスレア海の同じ一帯だ。
魔力が少ないのは謎の海神が吸っているからではないだろうか。同じことを思ったのだろう、アミィやミリィも顔色を変えている。
「地図を出します! アノームさん、ターサさん、玄王亀の皆さんが一日で進める距離は、この棒くらいです!」
アミィは幻影魔術で宙に地図を投影し、更に短い棒を上に重ねる。どうやら棒の長さは、本来の縮尺なら200kmか少し下回るくらいのようだ。
──そこに直接は書けんな……下にしよう──
アノームは、床に大まかな地図を作った。そして彼は、ここプロトス山に相当する位置から数十もの線を伸ばしていく。どちらも土属性の技で実現したものだ。
──これらの線は、私達が通ったことのある場所です──
──ここから先……この円の中だろう。もっとも父は周囲にも寄るなと言っていたが……魔力が無いと我らは地中を進めないからな──
ターサが説明する間に、アノームは線を引き終えていた。そして最後に彼は、空白地帯の中央の一部を丸く囲む。
やはり、そこはアルバン王国の漁村ヴリトの南であった。中心は海岸から500kmほど南、直径は100kmくらいだろうか。
「ありがとう、とても助かったよ!」
シノブは大声でアノーム達に謝意を伝える。もちろんアミィ達も同様だ。
アスレア海は広大で、ヴリトから南のアフレア大陸までは1000kmを優に超える。仮に東西をヴリトから幾らかに絞ったとしても、当ても無く探したら膨大な時間が掛かるだろう。
──シノブさん、良かったです!──
「ケリス、ごめんね」
祝福するケリスに、シノブは思わず謝ってしまう。
ケリスが知りたいのは、歳が近い玄王亀シューナの行方だろう。しかしシノブは、謎の海神の探索を優先した。
もちろん謎の海神の一件が片付けば、シノブはシューナを探しに行くつもりだ。しかし、まだ生まれて二週間のケリスに気を使わせてしまったようにシノブは思ったのだ。
──ケリスよ。そなたの友は、もう少し歳が近い方が良いだろう──
──ちょうど私達も、次の子が欲しいと思っていたのです──
アノームとターサも、シノブと同じことを考えたようだ。彼らは第二子をと言い出した。
──アノームおじさん、ターサおばさん、ありがとうございます! ……男の子かな? 女の子かな?──
ケリスは期待の思念を発し、他の子供達も彼女に続く。そしてシノブ、アミィ、ホリィの三人は微笑みを浮かべていた。
ケリスに新たな友達が出来る前に、謎の海神の件に終止符を打とう。そして彼女に、年長と同い年の友を紹介するのだ。シノブは明るい思念が飛び交う中、謎多き南海へと思いを馳せていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2017年1月24日17時の更新となります。