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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.21 密林の探索 後編

 リムノ島に墓らしきものを発見。朱潜鳳フォルスからの知らせを受け、シノブは早速動いた。


 島の各所や近隣には、オルムルを始め二十を超える超越種達がいる。

 そこでシノブは彼らに墓標の特徴を伝え、似たものがあれば教えてほしいと頼んだ。また島の近海を巡っている海竜の(つがい)レヴィとイアス、二頭の子供リタンには、人間の訪れを示すようなものが海に眠っていないか調べてもらうことにした。


 続いてシノブは、自国の王都アマノシュタットから、大神官補佐のタミィを呼び寄せた。既にシノブとアミィは、リムノ島の中央に転移の神像を作成していたのだ。


「シノブ様、アミィお姉さま! お待たせしました!」


 タミィは迎えに行った炎竜の子フェルンの背から手を振っている。

 転移の神像が置かれた台座には階段もあるが、台座は高さ50mを超える。島や近海からでも神像が見えるようにしたからだが、これだけ高いと空を飛んだ方が早かった。


「急に呼んで済まなかったね!」


「神殿は大丈夫ですか?」


 シノブとアミィは草原から空を見上げ、タミィに応える。

 アミィは大神官だが殆どの時間をシノブと共に行動しているし、大神官補佐は他にホリィ達がいるがアスレア地方に行ったままだ。そのためタミィは日中の大半を大神殿に詰めていた。


「フェルン、ありがとう!」


 地上が近づくと、タミィはフェルンの背から飛び降りた。

 外見は六歳か七歳にしか見えないタミィだが、アミィと同じ天狐族だ。そのため人の背の数倍はある高みからでも、彼女は難なく着地する。


「昨日と違って忙しくありませんし、夕方の転移はファークさんとローネさんに代わってもらいました!」


 タミィはシノブ達の側に駆け寄ってくると、二頭の超越種の名を挙げた。片方は三百数十歳の炎竜の雌、もう片方は玄王亀の長老の(つがい)だ。


 アマノ王国も建国から四ヶ月を超えた。そして神殿がアムテリアの教えを伝える場となってから、半年以上が過ぎた。そのため神官としての仕事は、随分と楽になったようだ。

 昨日は十月の初めということもあり神殿でも多少の儀式があったが、今日は一転して余裕があったとタミィは語る。


 しかしタミィ達には、他に転移という特別な役目があった。

 アマノ王国の各都市の神殿には転移が可能な神像が置かれているが、使えるのは一部の高位神官のみだ。しかも相当な高位神官でも、回数や伴える人数に大きな制限がある。

 そのためタミィ達の仕事の一つに転移の実施があるのだが、今日はファークやローネが代わってくれた。眷属ほどではないが超越種も大きな加護を持っているから、充分に代理が務まるのだ。


「そうか……。それじゃ、早速だけどシャルロット達を頼むよ。ここにはリントやハーシャ、それにニトラもいるから心配ないと思うけど」


 シノブはアマノ号の脇に並ぶ三頭の竜を見上げた。

 岩竜の長老の(つがい)リントは八百年以上、炎竜の長老の(つがい)ハーシャは七百年以上、炎竜ニトラも五百数十年を生きている。そして超越種の能力は歳月と共に伸びていく。つまり三頭の竜達は偉大なる種族でも、更に別格の力を備えた存在だ。


 最初シノブは、リント達がいるなら他に守りは不要だと思った。

 ここには結界もあるし、シャルロットの側にはマリエッタやエマなどの護衛、それにアンナやリゼットなどの侍女もいる。それにシノブも自身の従者として連れて来たミケリーノやレナンなどを残していく。

 魔法の家も置いていくし、アマノ号があるから何か来たとしても空に避難できる。それに神像からアマノシュタットに戻っても良い。これ以上の備えをしなくても、とシノブが思うのも無理はない。


 しかしアミィは、シャルロットの側に自身の妹分をと言った。

 シャルロットは身重で、ミュリエルやセレスティーヌは武人ではない。そして、ここは安全なアマノシュタットではないのだから万全を期すべき。アミィは、そう考えたようだ。


「お任せください! 何が来ようと私が退治します!」


「タミィ、こちらに稲荷寿司がありますよ。一緒に食べましょう」


 勢い込むタミィに、シャルロットが微笑みと共に語りかける。シャルロットの両脇では、アンナとリゼットが黄金色の包みが並んだお皿を手にしていた。


「い、稲荷寿司……」


 タミィは頭上の狐耳を真っ直ぐに立てていた。しかも彼女の後ではオレンジがかった明るい茶色の尻尾が大きく揺れている。やはり彼女も、アミィと同じで油揚げを用いた品が大好物らしい。


「タミィ、何もないときは好きにして良いのですよ。その方がシャルロット様もお喜びになります」


「そ、そうですね……それでは……」


 アミィに背を押され、タミィはシャルロット達の側に寄っていく。一応は眷属らしくと思っているのかタミィは静々と歩むが、嬉しげに揺れる尻尾が実に微笑ましい。


「……それじゃ、行ってくるよ。ラコス、準備は良いかな?」


 シャルロット達への挨拶を終えたシノブは、続いて朱潜鳳のラコスへと顔を向けた。

 エンリオ達のところには、ラコスが送ってくれるのだ。ラコスは草原に(うずくま)り、シノブとアミィを待っている。


『ええ、お二人もどうぞ』


 ラコスの背には、既に先客がいる。装具を付けた朱潜鳳の上には、玄王亀のパーラとケリスの母子が乗っていた。

 玄王亀は朱潜鳳と同じく地中を探る能力を持つ。そのためシノブはラコスやパーラにも調査を手伝ってもらおうと思ったのだ。

 もちろん幼いケリスは、同行するだけだ。彼女の側にいる朱潜鳳の子ディアスも同じである。ちなみにフェルンは母のニトラと一緒に草原に残る。炎竜に地中を調べる力は無いからだ。


『ディアス、ケリス、気を付けてね!』


『はい!』


──ありがとうございます──


 ディアスは発声の術、ケリスは思念で宙を飛ぶフェルンに応じた。まだ生後十日のケリスは、魔力障壁での発声を習得していないのだ。


『それでは行ってまいります』


 ラコスはシノブとアミィが搭乗すると、すっくと立ち上がった。そして彼女は大きく羽ばたくと、一瞬にして宙へと移動する。


 体高20mもの巨大な鳥の飛翔だが、周囲の空気が乱れることはない。

 どうやらラコスはシャルロット達に気を使ったらしく、重力操作だけで飛び上がったようだ。それでも翼を動かすのは、一種の癖なのだろうか。シノブは巨鳥の背から地上を見下ろしつつ、そんなことを考える。


「どんな人達なんだろうね?」


「おそらくは漂着者だと思いますが……これまで通ってきた場所にも集落の跡など無かったですし」


 シノブの問いに、アミィは首を傾げた。

 このリムノ島はエウレア地方やアスレア地方のある北大陸から200kmは離れた孤島で、しかも8m級の魔獣が無数に生息している。そのため近辺のエレビア王国やアゼルフ共和国でも、人の住めない魔獣の島という認識であった。

 現にシノブ達も上空からアマノ号で見た限りでは人間が住んだ痕跡を発見できなかったし、島を巡ったオルムル達も同じである。それにエンリオ達が発見した墓標の群れも小規模で、石柱は十数本だったという。したがって、多くの者が長期間いたとは思い難い。

 とはいえ巨大な魔獣が潜む大森林だから、生活の痕跡など短期間で隠してしまった可能性はある。


 もっとも、シノブとアミィが思案していたのは僅かな時間であった。

 朱潜鳳は普通に飛んでも時速300kmを出せるし、ラコスは随分と急いだようだ。しかもエンリオ達がいるのは中央山地と海岸の間くらいで、距離にすれば20km少々だ。

 そのためシノブ達は、ほんの数分で謎の墓標のある場所に到着したのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「これは創世暦508年……こっちは創世暦509年か。五百年近くも昔だとはね……ちょうどルバーシュの時代だね」


「石だから残りましたが……」


 (あき)れたような口調のシノブに、アミィが続く。

 まず十数本の石柱に手を合わした二人は、続いてエンリオ達の示す墓碑を見て回った。石柱は苔で覆われていたがエンリオ達が取り除き、今は茶色の岩肌が顕わになっている。そのためシノブ達は、墓の主や享年を知ることが出来たのだ。


──フネガスキー……ソウダーシュ……シノブさん達とは違いますね──


──モノノフ……シオミール……変わった名前です──


 シノブの腕の中からケリス、肩の上からディアスが思念を発した。双方の母も探索に加わったため、結局シノブが預かることになったのだ。


「墓石となった岩を、ヨルム様達が探しています。これだけ大きなものですから、近くでしょう。石切り場が埋もれていたとしても、岩竜の皆様なら発見は容易かと」


「やはり遭難者でしょうか? 最も古いもので創世暦507年、新しいもので創世暦509年と年代も殆ど一緒ですから」


 エンリオとメリーナは、シノブ達を案内しながら語っていく。

 石柱の他にも小さな岩による墓標が同じくらい存在した。どうも最初のうちは、立派な墓石を用意するだけの人数がいたらしい。しかし後の方になると、単に岩を置き名を刻んだだけの簡素な墓と変じている。おそらく徐々に没していき、満足な墓を用意できなくなったのだろう。


 ちなみに、この四人の他は墓所の周囲を探っている。とはいえ巨大な魔獣の出る地だから(まと)まっての行動で、探索は(はかど)っていない。

 エンリオの部下である武人やメリーナの兄のファリオスなど研究者達は数組に分かれ、それぞれに超越種が付く形である。こうでもしないとリムノ島での行動は難しかった。


「たぶんね。……しかし名前からすると、アゼルフ共和国ではなさそうだ。エレビア王国やキルーシ王国に似ているね」


「アルバン王国も同じ系統ですが、少し離れていますね」


 シノブとアミィは、海岸を持つアスレア地方の国々を並べていく。

 このうちアゼルフ共和国は、エウレア地方のデルフィナ共和国と似た人名で、他の三国と違っていた。シノブからしても、アゼルフ共和国やデルフィナ共和国がギリシャなどの南欧風、エレビア王国を含む三国が東欧風で、両者の違いは明瞭だ。

 そのためシノブ達は墓の主達がアゼルフ共和国以外、つまりエルフではなく人族や獣人族だと考えていた。しかし、そこからが難しい。


 エレビア王国、キルーシ王国、アルバン王国は互いに人の行き来があり、そのため名前も似通っていた。

 距離からすると最も近いエレビア半島からだと思われるが、アルバン地方から流されてきた可能性も捨てきれない。それにキルーシ地方、つまりアマズーン湾から出てきた者達かもしれない。

 ただしアルバン地方からだと1300kmはある。したがって僅か200kmのエレビア半島か、次ぐ近さで500kmほどのキルーシ地方からと考えるのが妥当ではあった。


「五百年前は、どの国も誕生していないのでしたね?」


「ああ、そうだよ。アルバン王国の西半分がカーフス王国、キルーシ王国の前身がガザール王国、そしてエレビア半島にはエヴォスン王国という国があったそうだ」


 メリーナに問われたシノブは、五百年前のアスレア地方について語っていく。これらはルバーシュ伝説を調べているうちに得た知識だ。


 伝説によれば、大商人ルバーシュはカーフス王国の南海岸の都市アストラ近郊の出身だという。そして彼は漁で何か宝を得たらしい。

 続いてルバーシュは東のシールバ王国、現在のアルバン王国の東部に渡った。しかし彼はシールバ王国で失敗したらしく一旦故国に戻り、北のガザール王国に向かった。

 ガザール王国でも、ルバーシュは始めのうち失敗したようだ。伝説だと彼は一文無しになり、遥か西の大砂漠を目指したそうだ。

 もっとも砂漠行は全くの別人、エルフのルバイオスによるものだとシノブ達は知った。したがってカーフス王国のルバーシュは、どこか別の地に赴いたことになる。

 伝説は、後にルバーシュがエルフの虜囚となり、解放されてからカーフス王国の王都カルバフで店を開いたとしている。このカルバフに現れたルバーシュは、王の相談役になりカーフス王国史に名を残しているから、実在は間違いない。


──『光の盟主』よ。人の子が住んでいたらしき洞窟を発見しました。皆さんが使う食器……陶器というものがあります。この大きさだと(つぼ)と呼ぶべきでしょうか──


 シノブに思念を送ってきたのは玄王亀のパーラだ。彼女は地を潜り、近場を探っていたのだ。


──母さま、すごい!──


 ケリスが喜びの思念を発したが、パーラからは返答はない。

 超越種といえど、幼いうちは思念の届く距離は短い。おそらくケリスの思念は、母親まで届かなかったのだろう。


──パーラ、ケリスが喜んでいるよ。すぐに俺達も行く──


──皆さん、パーラさんが住みからしきところを発見しました! 場所は……──


 シノブがパーラへと答え、アミィが他の超越種達に知らせる。アミィは更に、パーラの思念から導き出した位置なども付け加えていく。

 ちなみに場所は、さほど遠くでもなかった。パーラによれば、入り口が土砂で埋まっていたそうだ。


「陛下?」


 シノブが急に足を止めたから、エンリオも何かあったと気付いたようだ。彼だけではなくメリーナも期待に顔を輝かせている。


「ああ、陶器のある洞窟が見つかったって。アミィが他にも思念で伝えた。ヨルムやオルムル達は、このまま近辺の調査を続けるって。他にも何かあるかもしれないからね」


 それぞれから寄せられる情報を語りつつ、シノブはパーラの思念が響いてきた方角に向けて歩いていく。

 この墓地を作った者達が、一箇所に固まって住んだとも限らない。パーラの伝えてきた洞窟は相当な広さらしいが、墓の数からすると三十人はいた筈だ。そうすると二箇所や三箇所に分かれて住む方が自然ではないだろうか。

 そんなことを話しながら、シノブ達はパーラの待つ洞窟へと歩んでいった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 洞窟に入るのは、少しばかりの苦労を伴った。既にパーラは洞窟を隠していた土砂を退()けていたが、入り口が随分と狭かったのだ。

 何しろ屈まずに通り抜け出来たのはアミィだけだ。彼女は十歳くらいの外見で身長は150cmに満たないが、それでも天井まで残り僅かであった。

 当然ながらシノブ達は大きく頭を下げないと中に入れない。それに幅も狭く、人が三人並ぶのは難しい。


 おそらく、これは魔獣避けなのだろう。リムノ島には巨大な魔獣が棲んでいるから、大きな入り口だと侵入される危険がある。

 島にはゾウに匹敵するような大物だけではなく、ネズミやリスなどの小動物が魔獣と化したものもいる。これらも人と同じくらいの巨体だから、普通の人間にとっては充分な脅威である。


 洞窟の壁は岩だが、人間が掘ったものではなさそうだ。海からは20kmほどもあるから、海蝕で出来たわけでもないだろう。


「元々、何かの魔獣が棲んでいたのでは……岩アナグマが掘ったものと似ています」


 手に持つ灯りの魔道具で周囲を照らしながら、エンリオは呟く。

 エンリオはカンビーニ王国で長く王城の守護隊員として働き、その間には近くのセントロ大森林での魔獣狩りに幾度も参加した。彼は過去の経験から、ここを魔獣が掘った穴だと考えたらしい。


「岩アナグマでしたら、他の生き物が住み着けば寄らないでしょう。警戒心が強い生き物ですから」


 エルフのメリーナも当然ながら森には詳しい。彼女も過去の狩りで得た知識を披露する。

 二人によると、岩アナグマという生き物は砂岩程度であれば掘り抜く鋭い爪を持っているそうだ。魔力の多い場所を好むが一般には魔獣とは分類されないし、これほど大きな穴も掘らないという。

 ここが岩アナグマの巣穴だとしたら、主はリムノ島の強い魔力で大きく育った亜種なのだろう。


「お待ちしておりました!」


「この(つぼ)です」


 洞窟の中では、ルシールの兄ファリオスとヤマト王国の褐色エルフ美頭知(みずち)が待っていた。幸い奥は天井が高く、幅も広い。そのため二人は普通に立っている。

 そして二人の横には、人間と同じくらいに変じた玄王亀のパーラがいる。


 入り口が土砂で塞がれていたからだろう、洞窟の中は暮らしの様子が窺える程度に整っていた。ただし木製品は朽ちて失われたのだろう、ファリオス達の周囲には陶器や石で作った台くらいしか存在しない。


「これは……何が入っているのかな?」


 シノブは首を傾げる。

 ミズチが抱えているものを含め、洞窟の中には数個の大きな(つぼ)があった。しかし、どれも口を厳重に封じていたのだ。

 (つぼ)の口は石で作った(ふた)で塞がれ、更に樹脂か何からしきもので固められている。そのため中を窺うことは出来ない。


「パーラ様は、羊皮紙らしきものが何枚も入っていると仰いました」


『どれも文字が記されているようです』


 ミズチとパーラは、何らかの文書が入っているという。

 パーラは空間を(ゆが)めて地底を進む玄王亀だ。そこで彼女は、自身の技で封じた(つぼ)の中身を確認したらしい。


「それじゃ、開けてみようか……いや、空間魔術の練習として……」


 最初シノブは開封しようと考えた。しかし自分にも(つぼ)を開けずに中身を得る術があることを思い出し、そちらにしようと思い直す。

 シノブは短距離転移を会得し、自身や他者を一定範囲であれば転移させることが出来るようになった。つまりシノブは、この距離なら中身だけを問題なく取り出せる。

 既にシノブは、重なる紙束から一枚を抜き取るだけの精密さを得ていた。そこでシノブは、ミズチが抱える(つぼ)から一枚だけを取り出す。


「やっぱり羊皮紙だ。……文字が変わっていないから助かるね」


「文字は神々が授けてくださったものですから」


 シノブが呟くと、アミィが微笑みと共に応じた。

 この世界の文字は創世の時代、つまり千年前から全く変化していない。理由はアミィが語った通りで、神々が伝えたものをそのまま後世に伝えなくては、という思いからである。


「どれどれ……『島に閉じ込められ四年半、このルバーシュだけが』……何だって、ルバーシュ!?」


「あのルバーシュでしょうか!?」


 意外な名に驚いたのはシノブだけではない。アミィも驚きに目を見開いている。もちろんエンリオ達も同様だ。

 現在で言うアルバン王国やキルーシ王国を活動範囲としていたルバーシュが、どうやってリムノ島に渡ったのか。そして彼は、この島で没したのか。シノブは大きな興奮と共に手にした羊皮紙を読み進めていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 調査を終えたシノブ達は、中央山地の草原に戻った。オルムルを始めとする超越種も全てが集まり、シノブ達を囲んでいる。

 そしてシノブは、調べたことをシャルロット達に語っていく。


「……するとルバーシュは一旦故国に戻り、それから大儲けを狙った船に乗り込んだ、と」


「ああ、そういうことらしい。彼が若いころに得た財宝をもう一度、と海に出たようだ」


 興味深げなシャルロットに、シノブは大きく頷き返した。

 洞窟に手記を残したルバーシュは、やはり伝説の大商人であった。正確には、その前半生に相当する人物ではあるが。


 手記によれば、ガザール王国に入るまでのルバーシュは伝説と殆ど同様の道を辿(たど)ったらしい。

 もっとも手記自体はリムノ島に漂着してから記したものらしく、過去の大半は簡単に(まと)められていた。しかし手記の主はカーフス王国の都市アストラの近くで生まれ、シールバ王国からガザール王国と渡ったというから、伝説の元となった人物であることは間違いないだろう。


「彼はアストラの西、ラリクという漁村で生まれたそうだ。で、宝は漁村に伝わる言い伝えを元に海に漕ぎ出して得たと書いてあった」


 シノブは曖昧にしか語らなかったが、この最初の冒険航海も随分と酷いものだったようだ。どうも生還者はルバーシュだけらしい。

 もっともシノブは、これを単なる偶然とすべきか疑問に思っていた。ルバーシュが宝を独り占めにするため同行者と争ったのでは、という疑念を捨て切れなかったのだ。


「その伝説は『南から来た男』と関係あるのでしょうか?」


「どの辺りで財宝を得たのでしょう?」


 ミュリエルとセレスティーヌは、謎の海神に迫る手掛かりなのでは、と考えたようだ。二人だけではなく、多くの者がシノブを注視している。


「関係はあるんじゃないかな。場所はラリクよりずっと西、当時の王都カルバフに近い辺りのようだ。ただ、かなり沖……つまり南のようだけど。

得たのは魔道具らしいけど、全部売り払ったそうだ。それを商売の資金にしたっていう伝説通りだね」


 シノブは更に話を続けていく。

 資金を得たルバーシュは、故郷を逃げ出すように去ったようだ。実際、彼は逃げたのかもしれない。もしシノブが想像するように宝を独占したなら、そのまま地元に残るわけにもいかなかっただろう。

 そして異国に渡ったルバーシュだが、せっかく得た資金を減らす一方だった。元々商売などしたことが無いのだから当然ではある。


「その辺りはルバーシュにとっても苦い思い出らしく、かなり短かったよ」


「誰も読まない手記に失敗談を詳しく記すこともないでしょうね……」


 苦笑気味のシノブに、シャルロットも同じような表情で呟く。

 ルバーシュの手記は、彼が一人になってから書き始めたものらしい。他に話す相手もいなくなったから、過去を(つづ)ることにしたのだと思われる。

 それなら赤裸々に書いても良い筈だが、かといって若き日の過ちを克明に書き記す者も少ないだろう。もちろんシノブに真実を知る(すべ)はないが、どことなく美化したような印象を受けたのは事実であった。


「でも、ガザール王国の西半分に行っていないのは確実だと思う。ガザールの王都で西に行こうと誘われたが、そっちでは稼げないと断ったそうだ。で、そうしているうちに王都で(だま)されて文無しになったようだ」


 ここにもシノブは疑問を感じていた。

 ルバーシュが居心地の良い王都に魅了されただけでは。長逗留する間に散財しただけかも。ガザール王都滞在中の部分には、自己弁護を思わせる記述が多かったのだ。


 ともかく僅か数年で一文無しとなったルバーシュは、再び海に乗り出そうと決意した。とはいえ資金も船もないから、仲間を募っての出港だ。墓標の主達は、このときルバーシュの話に乗った者達だという。


「随分と西に流されたから、かなり南に出たのかもね。貿易風……西への強い風で流されたようだ」


 シノブは、貿易風という言葉が通じないだろうと思って言い替えた。

 貿易風によって流されたとすれば、ルバーシュ達は北緯30度以下まで進んだのかもしれない。都市アストラ辺りで北緯34度くらい、少し西のアゼルフ共和国の南端で北緯31度くらいだ。

 ちなみにアゼルフ共和国とアルバン王国の境くらいで、魔獣の海域は終わっている。そのため南下自体に問題はないし、充分な航海術があれば南のアフレア大陸にも到達できる筈である。

 もっともアルバン王国を含むアスレア地方で南方大陸のことを知る者はいないし、ルバーシュもそのようなことを書いてはいなかった。どうも彼は、両大陸の中間辺りを目指したらしい。


 もしかすると、その辺りに謎の海神に関係する何かがあるのかも。シノブの脳裏に、そのような思いが(よぎ)る。


「……リムノ島に上陸したのは、エレビア半島と勘違いしたからだそうだ。どうもルバーシュ達はリムノ島を知らなかったみたいだ」


 ルバーシュもガザール王国、つまり現在のキルーシ王国に渡った経験があるから、そこから近い半島のことは知っていた。そのため彼は、沈没寸前の船をリムノ島に着けたらしい。

 東にはアズル半島があるが、そこはエルフの地で漂着しても捕らえられるだけ。ルバーシュ達は、そう思ってアズル半島に立ち寄らなかったようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ヨルムやオルムルは、墓標となった石の産地も見つけていた。また岩竜や玄王亀、そして朱潜鳳の力で他に人が住んだらしき洞窟も二つほど見つかったが、そちらに文書などは残っていなかった。


 ルバーシュの手記は、仲間のところに行く、という一文で終わっていた。彼は孤独に耐えかねて洞窟を出て行ったらしい。

 巨大な魔獣が棲息するリムノ島だ。おそらくルバーシュは、魔獣に襲われて生を終えたのだろう。


「つまり後にカーフス王の相談役となったルバーシュは、全くの別人だと思う」


 手記から知ったことを、シノブは詳しく語らなかった。孤独に死と向かい合ったルバーシュの記した文章は、決して気持ちの良いものだけではなかったからだ。

 そこでシノブは、第一のルバーシュとでも呼ぶべき人物が、カーフス王国史に名を残した大商人かつ賢者とは異なるだろうことに触れ、一連の話の結びとした。


「宝が無かったのは、残念でしたな」


「全くです、ルシール殿に贈り物をと思ったのですが……」


 シノブの内心を察したのだろう、エンリオとファリオスは冗談めいた言葉と共に肩を(すく)めた。彼らは難破船の宝を期待していたらしいが、そのようなものは無かったのだ。


「宝なら、ありますわ。カカオにコーヒーなど……どれも素晴らしい品ですわ。パンも美味(おい)しいですし」


 ルシールは、自身が手にしていたパンを掲げてみせる。彼女が持っているのは、リムノ島で採れたパンの木の実から得たものだ。


「アンパンの木、ジャムパンの木、カレーパンの木……。パン屋さんは別かもしれませんが、皆よろこんでくれますよね」


 エンリオの孫ミケリーノが手にしているのは、アンパンだ。半分に割ったパンの中身は小豆色である。

 ちなみに隣のレナンは中が赤、その向こうのパトリックは黄色だ。たぶん、ジャムパンとカレーパンなのだろう。

 中身は厳密に言えば餡子やジャム、カレーではない。もちろん外側も。しかしシノブも、日本のパンと区別が付かないと感じていた。


『魔獣が沢山の、宝の島です!』


『私達からすれば、ですけど……』


 シノブの側で声を上げたのは、オルムルとシュメイだ。それにファーヴなど他の子供達もオルムルに同意している。


──宝、一杯あります。父さまに母さま、それにシノブさんやお友達──


 小さな玄王亀ケリスが、シノブの膝の上で思念を発した。彼女は同時に『アマノ式伝達法』も使ったから、シノブやアミィだけではなく、シャルロット達の顔にも笑みが浮かぶ。


「ああ、そうだね。ファリオス殿、出かける前にルシールが言ったじゃないか。無事な帰りが一番だって。君の宝は、目の前の人だよ」


 シノブは並んで座る二人、ファリオスとルシールを見つめる。種族や寿命の違いを超え互いを大切にする二人こそ、シノブは宝のように感じていた。


 シノブは自身の宝であるシャルロット、そして囲む家族達へと顔を向ける。

 シャルロットと彼女に宿る我が子、そしてミュリエルやセレスティーヌ、アミィやタミィ、更にオルムル達。人に眷属に超越種と種族や姿形は異なるが、全員がシノブの大切な家族だ。

 多くの人にとって、自身が愛する人こそ最高の宝に違いない。愛する人と、日々の糧に不自由せず共に過ごす。それが如何(いか)に幸せなことか、シノブは改めて理解したように思う。

 宝を追い求め、孤独に世を去ったルバーシュ。もしかすると、彼の宝は仲間との日々だったのかも。そうであってくれと思いつつ、シノブは最愛の妻や家族達を見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年1月18日17時の更新となります。


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