表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
516/745

20.19 交わる道 後編

 シノブ達は大砂漠からリムノ島に向かう空の旅を続けていた。魔法の家のリビングの窓からは、大砂漠の南の海が僅かに見えるが、まだアマノ号自体は砂漠の上を飛行している。


「アスレア地方には盗賊が多いのでしょうか?」


 シャルロットは眉を僅かに(ひそ)めていた。

 つい先ほどアルバン王国にいるホリィから今日二通目の(ふみ)が届いたのだが、そこには盗賊退治の一件も記されていた。そしてシノブの知る限りだと、ここ十日ほどでホリィ達は五組以上の盗賊を捕らえた筈だ。

 これではシャルロットが驚くのも無理はないだろう。


「エウレア地方より多いのは間違いないよ」


 シノブは膝の上のケリスを撫でながら答える。たっぷりと魔力を吸収したからだろう、小さな玄王亀の子は熟睡中である。


「聖人が出現しなかった、生活領域で魔獣が少ない、国同士の戦いが長く続いた……その辺りが理由かな。メリエンヌ王国が平和な場所で助かったよ」


 シノブは、この世界に自身が現れた場所であるメリエンヌ王国を思い出す。

 母なる女神は初めて会ったとき、特に安全で進んだ文明を持っている場所を転移先に選んだと語った。実際ベーリンゲン帝国という敵国は存在したもののメリエンヌ王国の中は平穏で、高度な技術や文化があったから生活も快適であった。


 メリエンヌ王国を含むエウレア地方の国々は、ベーリンゲン帝国の侵攻を防ぐために生まれた。神々は異質なほどに高度な技を駆使する帝国に不穏な影を感じ、地上に多くの眷属を派遣した。そして眷属達は聖人として各地の英雄を導き、帝国に対抗可能な国を造らせた。

 そのためエウレア地方の技術は、他より何百年も進んだものになった。シノブの感覚だとエウレア地方の技術は大航海時代に入る手前の西欧に匹敵するし、魔術や魔道具があるから超えている分野も数多い。

 しかし他の地方は中世でも前半のようだ。あくまでシノブの見聞きした範囲でしかないが、アスレア地方だと建築は低層で航海も沿岸中心、それに都市もエウレア地方に比べて大きくない。


 もっとも浄化など生活に必要な魔道具は、アスレア地方もエウレア地方と変わらないらしい。これらは創世の時期に神々が教えた知識に含まれており、衛生や医療に関してはエウレア地方以外も一定の水準に達しているようだ。

 ただし高度な技術も、地球と違い人間が一つ一つ積み上げてきたものではない。そのため神々や聖人が授けた知識を更に進めるのは困難らしく、多くのものが変わらぬまま使われているようだ。


 なお、ヤマト王国はエウレア地方に次ぐ文明度らしい。これはシノブの想像するところだと、故郷に相当する場所に神々が肩入れをした結果のようである。

 とはいえ肩入れは創世の時代のみで、その後の神々はヤマト王国を他と同様に見守るだけにしたらしい。大王家や王家に極めて強い加護が現れた結果、神々は()の国への直接的な関与を避けた(ふう)である。

 下手に修正すると更なる(ゆが)みが生じる。神々は、そのように考えたのだろう。その結果、ヤマト王国は神々への強い信仰を持ちつつも、四つの地域が半ば独立した形で続くことになったわけだ。


「……魔獣が少ないと盗賊が増えるのですか?」


 シャルロットはシノブが二番目に挙げたことが気になったようだ。

 聖人により文明が大きく進歩したことは、シャルロットもメリエンヌ王国史として理解している。それにアフレア大陸のウピンデムガへの訪問でも実感したのだろう。

 そしてアスレア地方の国々の歴史についても、シノブはシャルロットやベランジェなどに概要を伝えていた。もちろんシノブが挙げたのは国の興亡などの大事件や、『南から来た男』ことヴラディズフの調査に関係するものだけだが、それでも大よそは知れる。


「ああ。人が暮らすような土地だと、小型の魔狼(まろう)……普通の狼より一回りか二回り大きいものくらいのようだ。森に棲んでいるのも同じだね。

岩猿(いわざる)や亜種は山岳を中心にいるけど、低地には降りないって。それに魔力が濃い土地は少なくて、竜や光翔虎からすると魅力が無いようだ」


 シノブは隣のシャルロットから、窓の外へと顔を向けた。そこには成体の竜や光翔虎、朱潜鳳、そしてオルムルを始めとする子供達が飛翔している。

 その中には、先ほど外に戻った炎竜の子フェルンもいた。彼は遅れまいと一生懸命に羽ばたいており、シノブは思わず微笑みを浮かべてしまう。


「それで盗賊だけど、大きな魔獣が少ないから森とかに隠れ住んでいるようだ。食い詰めた人だけじゃなく、過去の敗残兵などが頭目になって長期間やっている例もあるらしい。

アルバン王国の近くだと、東のタジース王国やテュラーク王国で五十年ほど前に大きな戦があったそうだ。その生き残りが紛れ込んだとか」


 シノブは、アスレア地方の国々の歴史を思い浮かべた。

 エレビア王国が百五十年近く前の創世暦852年、キルーシ王国が創世暦795年、アルバン王国が創世暦689年に建国した。そしてアルバン王国で知ったが、大よそ五十年前にテュラーク王国がタジース王国に攻め込んだそうだ。

 つまり国の興亡に関わるくらいの大戦(おおいくさ)が五十年に一度や百年に一度はあり、そこで破れた側の兵士が無法者に転落するらしい。そして町村でやっていけなくなった者が、それらに加わるのだろう。


 それに対しエウレア地方では、国が倒れ将兵が他国に逃れるような戦は長らく無かった。更にエウレア地方の大規模な森や山岳には巨大な魔獣が多く棲み、盗賊が拠点にするのは難しい。


「軍の対応は?」


 シャルロットは軍が盗賊を退治できないのが不満らしい。彼女は長く軍人として働いたから、アスレア地方の現状を不甲斐なく感じたようだ。


「森の奥に逃げ込むから見失うらしい。エウレア地方だったら魔獣がいるから難しいけどね……」


 シノブはシャルロットに笑みを向ける。彼女は随分と母親らしくなったが、以前と同じ面も沢山ある。それがシノブには、何となく嬉しく思えたのだ。


 シノブは出会ったころの勇ましいシャルロットも好きだが、今の自然な彼女は更に好きだ。シノブには強さと優しさを兼ね備えた妻の姿が、とても素晴らしく映っている。

 シャルロットは強さを失ったわけではなく、むしろ今までの強さに加え別種の強さも得た。かつての一人でベルレアン伯爵家の未来を背負わねばという気負いはシャルロットから消え、代わりに包容力が増した。


 そんな思いと共に、シノブは妻の顔を見つめる。しかし残念ながらシャルロットはシノブの感慨に気が付かなかったようで、凛々しい表情を保ったままだ。


「なるほど……」


 代わりにシャルロットは、大きく頷く。どうやら彼女はシノブの言葉に納得したらしい。


 少なくとも彼女の故地であるベルレアン伯爵領では、森の中は安全な場所ではない。シノブが出現したピエの森を含め大規模な森林には魔狼がおり、それらは虎に匹敵する大きさだ。したがって森に侵入できるのは、相当な腕前の武人だけである。

 それに国境であるリソルピレン山脈も岩猿などが生息し、鉱山に赴くのはドワーフの戦士や並ぶだけの力を持った者達のみだ。


 メリエンヌ王国全体やエウレア地方の他国も大まかに言えば同様であった。しかも平和な時代が長く続き、各国の軍隊は盗賊退治に精を出した。それ(ゆえ)エウレア地方では大規模な盗賊団は早々に消え去ったという。

 それに対しアスレア地方は現在でも国境警備にかなりの力を割いており、国内の盗賊根絶に乗り出す余裕が無いようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「でも、エレビア王国は違うらしい。あの国は他国と陸が接していないからね」


「ナタリオさんが、エレビア陸軍の仕事は盗賊退治だと言っていました」


 シノブとアミィは、アスレア地方で最も西の国に触れた。

 エレビア王国の北西は大砂漠で、隣国のキルーシ王国やアゼルフ共和国の間には海がある。キルーシ王国が大砂漠経由で攻めて来る可能性はあるが、大軍を動かせるような場所ではないから警備も最低限だ。

 大砂漠には大砂サソリなどの魔獣が棲んでいるからである。


「エレビア王国との商業網構築は、とても順調だそうです! 昨日、エレビスにも交易船の第一陣が到着しました!」


 ミュリエルは商務卿代行だから、現地の担当者から報告を受けている。そのため彼女は、各国の商人がエレビア半島を回り込み、エレビア王国の王都に到着したことを知っていた。


 アマノ王国の港町アマノスハーフェンから、エレビア王国の都市ペルヴェンまでの航路は民間の船も航海するようになった。間にはシノブが途中に作った補給港が大よそ200kmごとにあり、そこには軍艦が物資を運び込んでいるから万が一への備えもある。

 そのため海洋国家であるカンビーニ王国、ガルゴン王国、アルマン共和国の交易船は東を目指し、そこにはアマノ王国やメリエンヌ王国の商人も同乗している。

 もちろんシノブ達と縁の深いボドワン商会やマネッリ商会もエレビア王国へと向かった。ミュリエルが言う第一陣にはマネッリ商会の船も含まれ、そこにはボドワン商会の者達も乗っているそうだ。


 お陰でマイドーモやフォルクレヒトなどの商務省所属の内政官達は大忙しだという。

 マイドーモ達は各国の商人の窓口をエレビア王国の都市に造り、そこに散った。各国ごとに大使館や領事館を設けるのも大変だから現在はアマノ同盟として(まと)めているが、それでも三箇所もある。

 王都エレビスに大使館、都市ヤングラトと都市ペルヴェンには領事館。先々は中間の大きな町にも開設すべきだろう。それらにもエウレア地方からの交易船が寄港するようになるからだ。


「外務省も応援を送りましたが……イーゼンデック伯爵は、いつまで向こうに留まりますの?」


「それなんだけどね。いっそ自分も応援に行こうかってアリーチェは言っているんだ」


 セレスティーヌの問いに、シノブは苦笑しつつ応じた。

 ナタリオはイーゼンデック伯爵で、アリーチェは彼の妻だ。つまりアリーチェがエレビア王国に渡ったら、イーゼンデックは当主夫妻が不在となる。

 もちろん家臣団は大勢いるし、留守を預かるだけの能力を持った者もいる。それに魔力無線があるから、遠方からでも領地に指示することは可能だ。

 既にアマノ同盟は、エレビア王国まで通信網を広げていた。エレビア王国に置いた大使館や領事館には長距離用の魔力無線も置かれ、それらは東域探検船団の艦船とも交信可能だから、中継すれば陸上にしろ海上にしろエウレア地方まで連絡できる。


「ナタリオはリョマノフ達と仲が良いからね。彼が向こうにいてくれると助かるのは事実だけど」


 シノブとしても悩ましい問題ではあった。

 ナタリオはエレビア王家とも昵懇(じっこん)だし、キルーシ王国の王女ヴァサーナとも知り合った。それにナタリオとアリーチェは双方とも外交官の家柄だ。大使館や領事館というものを、彼らは熟知しているから適任でもある。

 そのためシノブは、もう少しだけナタリオをアスレア地方に留めようかと思いつつあった。


「ナタリオはアリーチェを送った上でイーゼンデックを支援すれば良いけど、シルヴェリオ殿やカルロス殿は、そろそろ帰国させるべきだよね」


「先日の南方探検は、出港から帰港まで四十日ほどでしたか。イーゼンデックからは転移でお送りするとしても、一週間以内に出港しないと難しいですね」


 シノブとシャルロットは苦笑を浮かべつつ向き合う。

 東域探検船団がアマノスハーフェンを出航したのは9月3日だから、四十日間なら10月13日までに帰還することになる。そして今日は10月2日でアマノスハーフェンとペルヴェンの間は高速軍艦なら四日だから、シャルロットの言う通り滞在は最長でも一週間だけである。


「飛行船での定期航路が出来たら再訪も簡単だし、やはり一度は帰ってもらおう」


 シノブはシルヴェリオとカルロスに帰国を勧めることにした。

 アルマン共和国の船団を率いているジェドラーズは先代伯爵格で、今は息子のロドリアムが当主となっているから本人の希望通りにしてもらって構わない。しかしシルヴェリオ達は王太子なのだから、何ヶ月も国を空けるわけにはいかない。

 何しろ南方探検と合わせたら八十日も遠征に出たことになる。西海の戦いと合わせたら、何と三ヶ月を超えるのだ。


「それが良いと思います。研究所も飛行船の改良に励んでいるようですから。先ほど通過したオアシスなど大砂漠の各所とも、近日中に行き来できるようになるでしょう」


 シャルロットは、ミュレ子爵マルタンやハレール男爵ピッカールの取り組みに触れた。

 マルタン達は、飛行船の速度を時速100km程度まで向上させると言っている。どうやら彼らは、そのくらいまでなら実現可能と踏んでいるようだ。


 アマノスハーフェンからペルヴェンまで、補給港に沿って飛べば900kmほどだ。したがって時速100kmなら休憩を入れても一日以内に移動できる。西に戻る場合、偏西風の影響もあるから倍の場合もあるだろうが、それでも僅か二日である。

 そして大砂漠に幾つか点在するオアシスも、第三補給港や第四補給港から渡っていくことが可能だ。オアシスや補給港の間隔は250kmから300kmほどだから、超えられない距離ではない。それに飛行船も充分に安全性を確保できたから、念の為に二隻か三隻で編隊を組んで飛べば問題ないと思われる。


 そこでマルタン達は、エレビア王国や大砂漠などを中心とした東域の空路を確立すべく動いていた。もちろんエウレア地方にも飛行船を飛ばすから、二十隻や三十隻は生産しないといけないだろう。そのため研究所は大忙しとなるようだ。


「もう少ししたら、飛行船でオアシスの人達にも会いに行ける。そうしたらフォルス達も砂漠の上を隠れずに飛べるね」


 シノブは飛行船でオアシスを回れるようになったら、そこに住む人達に朱潜鳳のフォルス達を紹介するつもりだった。


 フォルス達は魔力障壁での発声を習得したが、話せるからといってオアシスの人々が受け入れてくれるとも限らない。そこでシノブは、同じ人間である自分達が朱潜鳳を紹介すればと考えたのだ。

 朱潜鳳は無数の宝石を蓄えているから、それらに目を付ける者が現れるかもしれない。しかしアマノ同盟という存在があれば、オアシスに住む人達も無茶なことをしないだろう。シノブは、そう思っていた。


 そしてフォルスも、父のロークが幼いころに人に捕まったことを忘れていなかった。ロークを捕らえたのはヴラディズフ、つまり異神の力を得た存在だが油断は出来ない。フォルスはシノブに、そう語った。

 朱潜鳳達も人間との交流や自由に飛翔できる日を望んでいた。しかしフォルスとラコスには生後三ヶ月のディアスがいる。そのため彼らは、万全を期すことにしたわけである。


 朱潜鳳とオアシスの人々。極めて近くに住みながらも触れ合うことのなかった両者の共存を、シノブは願う。しかし、その思いは一旦置くことになる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様、ミリィから連絡がありました!」


 アミィの声が、魔法の家のリビングに響く。するとシノブだけではなく、一同はアミィへと顔を向けた。

 ミリィがいるアゼルフ共和国は、ヴラディズフの出身地を探る鍵のようだ。そのためシノブ達は、アゼルフ共和国からどんな続報が入ったのかと注目する。


「えっと……コラコーラが沢山ありました。ファンタジーオレンジとファンタジーグレープもあります。モカマウンテンもいただきました。魔法のカバンを呼び寄せて良ければお届けします……」


 読み進めるアミィの表情は、次第に苦笑いへと変わっていく。

 記されていたのは、ミリィが旅しているアズル半島特産の植物の実についてであった。最初の三つは絞れば炭酸系の飲み物になるという不思議なものだ。そして最後の一つはコーヒーの一種である。その他にも、変わった果物の名が並んでいる。


「スッパインやパパレモンもありますが、どちらも美味(おい)しくないから嫌いです……。スッパインは酢の元、パパレモンは洗剤ですよ……」


 アミィは(あき)れ顔である。眷属であれば、これらの植物も知っているべきものなのだろう。


 アズル半島には、エウレア地方ともアフレア大陸とも違う植物が存在していた。

 元々エルフは植物栽培に()けた種族で、森に住むのも多様な植物を期待してのことだ。そして彼らは、薬草やハーブなども含め様々に植物を利用する。

 ファンタジーオレンジやファンタジーグレープは嗜好品らしいが、コラコーラやモカマウンテンはカフェインに似た物質を含んでおり、薬効もあるそうだ。スッパインは食酢などに用いるが、醸造の手間が省けるから重宝されている。パパレモンは食物から食器、調理器具、武具や馬車まで洗える万能な洗剤だという。


 もちろん一般的な植物も多いのだが、ミリィの(ふみ)には森の女神アルフールの作品らしき代物が散見される。どうも彼女は、せっかく書き記すのだから出来るだけ珍しいものを、と思っているらしい。


「旅は順調です。予定通り、三日後にはルメティアに着きます……だそうです。シノブ様、魔法のカバン、どうしますか?」


「きっと俺達のために集めてくれたんだ。ありがたくいただこうよ」


 アミィの問い掛けに、シノブは笑顔で頷いてみせた。

 コラコーラなどは前回も好評だった。それにシノブもコーヒーは好きだったから、また飲みたい。おそらくミリィも、それらをアミィが記したから再送しようと思ったのだろう。


「はい! それでは送ってもらいますね!」


 アミィは新たな紙片に短く書き付け、通信筒に放り込む。一方のシノブは、膝の上の幼い玄王亀ケリスの甲羅を撫でながら、アゼルフ共和国について思いを巡らせた。


 アゼルフ共和国には、八つの支族が暮らしているという。そしてミリィ達が最初に向かったのは、最も北に住むテレシア族の中心集落イスケティアであった。エレビア王国の都市ヤングラトに現れたエルフ達は、このイスケティアの出身だったからだ。

 それに対し、今ミリィが向かっているルメティアはメテニア族の中心集落だ。このメテニア族の集落が、大砂漠に現れたルバイオスや彼の祖父アレイオスの故郷らしい。


 イスケティアがアゼルフ共和国の北部でエレビア王国やキルーシ王国に近いのに対し、ルメティアは中央東部であった。つまりルメティアは、アルバン王国に近い集落である。

 したがってルメティアの住人であったアレイオス達が、何かの用事で東に赴き森の境界に接近することは充分にあり得る。そして七百年近く前、アレイオス達は森の外れでヴラディズフと遭遇し捕らえられたに違いない。


 せっかくルバイオスやアレイオスの故郷が判明したのに、ルメティアまで三日も掛かるというのはシノブも歯がゆく思う。しかしアゼルフ共和国は広大で、森の中の移動には時間が掛かる。

 実際、イスケティアからルメティアまでは300km近くもある。テレシア族とメテニア族は隣接した地域に住んでいるのだが、その間が広大なのだ。

 これは珍しいことではなく、ミリィによれば都市ヤングラトからイスケティアは250kmほどあったし、他の中央集落も最低でも200km近く離れているそうだ。そのため先が気になるシノブだが、もう暫くは我慢して待つしかなかった。

 もしかするとミリィは、()れるシノブ達の心境を見抜き、敢えて珍品奇品を挙げて笑いを誘ったのかもしれない。


「……シノブ?」


「もう少しで真実に辿(たど)り着くんだってね。テレシア族の(おさ)も判ってくれたし、長老会議に動いてくれている。焦ることはないさ」


 問うたシャルロットに、シノブは微笑み返した。そしてシノブは、三日前にイスケティアに訪問したときのことを想起した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 9月29日の夜、シノブとアミィは密かにアズル半島のイスケティアに訪れた。テレシア族の(おさ)クロンドラに会うためだ。

 ただし、非公式な訪問だ。まだアゼルフ共和国は、エルフ以外の種族に門戸を開いていなかった。クロンドラは独断でシノブ達を招いてくれたのだ。


 ミリィやソティオス、それにエレビア王国に使者として訪れたアルリアやシヴィニアは、クロンドラに対し外の国々のことを語った。

 エウレア地方では四種族が手を取り平和に暮らし始めたこと。それどころか多くの超越種も力を貸していること。エルフの知識や技術は、その中で大きな役割を果たしていること。そして多くの力を合わせ、エウレア地方の者達はアスレア地方まで航海してきたこと。それらを四人は、真摯にクロンドラへと伝えた。


 その結果クロンドラは、シノブに会いたいと言ってくれた。そこでミリィは、魔法の馬車の呼び寄せでシノブ達をイスケティアに連れて来た。

 もちろんミリィは集落から遠く離れた地で呼び寄せ、そこからは透明化の魔道具を使って移動した。そのためシノブ達の訪れを知るのは、密談に集った者達だけであった。


「シノブ様~、コラコーラとモカマウンテン、どちらが良いですか~。あっ、ファンタジーオレンジとファンタジーグレープも用意できますが~」


 挨拶が済むと、ミリィは茶色い液体の入った陶器のコップを二つ持ってきた。どちらも色は似ているが、片方だけは小さな泡が液面へと昇っている。


 エルフに変じていることもあり、ミリィはクロンドラの家に自然に馴染んでいた。彼女は昨日来たばかりだというのに、まるで我が家のように振る舞っている。

 しかもクロンドラ、アルリア、シヴィニアに彼女を(とが)める様子は無い。どうやら三人は、ミリィが何者か理解しているようだ。


「コラコーラは、飲みすぎるとお母さんに『こらこら~』って怒られるんですよ~。このシュワシュワ~っていうのが子供の口に合うようで~。モカマウンテンは眠気覚ましになりますね~。でも、シノブ様は御存知でしょうけど~」


 ミリィは無邪気な笑みを浮かべつつ、両手に持つコップの中身に触れた。

 コーラとコーヒーが日本で有り触れた飲み物だと、ミリィは知っているようだ。そのため彼女は、シノブに詳しい説明は不要だと思ったのだろう。


「それじゃ、モカマウンテンを。もう夜だからね」


「なら、私はコラコーラを飲みます~。子供ですし~」


 シノブがコーヒーの入ったコップを手にすると、ミリィは嬉しげな顔となる。彼女はコーラが飲みたかったらしい。


「アミィ様、どうぞ」


「アルリアさん、ありがとうございます」


 アミィもアルリアから飲み物を渡される。

 ここはクロンドラの家だが、アルリアの家でもあった。アルリアはクロンドラの孫なのだ。おそらく彼女が使者になった理由には、(おさ)の孫というのもあるのだろう。


「シノブ様、私は緊急の族長会議を開くつもりです。既に伝書の鳥は放ちました」


 クロンドラは孫娘やミリィ達から話を聞き、アゼルフ共和国の在り方を変えるべき時期に来たと悟ったという。そのため彼女は、日のあるうちに各支族に(ふみ)を送っていた。


 それはともかく、クロンドラはシノブが何者か大よそ見当が付いているらしい。彼女は支族の(おさ)であるにも関わらず、シノブを別格の上位者であるかのように扱う。


「ありがとうございます」


「族長会議の場には、ルメティアを指定しました。アレイオスやルバイオスの件もありますし……実は、ルメティアが彼らの出身地なのです」


 礼を言うシノブに、クロンドラは少しばかり緊張した様子で続けた。

 ここに来るまでの道筋でミリィが教えてくれたところによると、アレイオス達の一件、つまり『南から来た男』ことヴラディズフの件が、クロンドラの背を押したようだ。

 ミリィは日中の説得で、シノブやアミィから聞いたヴラディズフの悪行にも触れた。ヴラディズフがエルフ達を攫い、彼らから聞き出した術で『使役の首輪』などを造ったことなどだ。

 『使役の首輪』でエルフや魔獣を支配し、更に朱潜鳳にも手を出そうとした。これは当然、生還したアレイオスが当時の指導者達に伝えていたし、後のルバイオスも報告した。

 そのため各支族の(おさ)達は、アレイオスとルバイオス、そして朱潜鳳ロークの関わりを知っていたのだ。


「メテニア族の長老の一人、ルヴィニアはルバイオスの玄孫です。それと彼女は、ルバイオスと会ったことがあると聞いています。まだ十歳か十五歳か、そのくらいだとは思いますが……」


 クロンドラによれば、ルヴィニアという女性は二百六十歳ほどだという。したがってルバイオスは二百五十年近く前までは生きていたわけだ。

 ルバイオスは五百五十年ほど前に生まれたらしいから、享年は三百歳前後ということになる。ちなみに長寿のエルフでも平均的な寿命は二百五十歳ほどで、三百歳は最高齢に近い。


「玄孫ですから、孫の孫ですね~。シノブ様~、『玄』といえば玄王亀もルメティアの近くにいるみたいですよ~。といっても、100kmは西の中央山地ですが~」


「ルメティアのエルフ達は、遥か昔ですがミルーナ様というお方から幾つかの術を教わったとか。それにミルーナ様は、玄王亀様とも引き合わせてくださったそうです」


 先に発言したミリィに、クロンドラは一瞬だが視線を向けていた。どうやら彼女は、ミリィとミルーナの関係に気が付いているようだ。


「クロンドラ、みる~な、です~」


 どういうわけだか、ミリィはクロンドラを呼び捨てにした。するとクロンドラは、恥じらうように頬を赤く染めた。

 外見はミリィが十歳ほど、クロンドラは他種族だと五十代後半に見える。しかし今の二人は、まるでミリィが母でクロンドラが娘のようにすら感じられた。


──アミィ、ミリィが縁のあるエルフって──


 シノブは都市ヤングラトでの一件を思い出していた。強引にも思える方法で、ミリィがアゼルフ共和国のエルフ達に外との交流を勧めたときのことだ。


──おそらく……だからクロンドラさんは、ミリィや私達が何者か察したのでしょう──


 アミィは深い感慨が滲む思念をシノブに返した。

 何かを懐かしむかのような、そして深い共感を(いだ)いたような。更に二人を祝福するような。そんな笑みをアミィは浮かべている。

 おそらくアミィは自身の眷属としての生を振り返り、己の過去にも当て()めているのだろう。かつて出会った者達を思い出しながら、あるいは生まれ変わった者達の今を思いながら、彼女は微笑んでいる。シノブは、そう確信した。


 自分も将来、多くの者と別れるのだろう。おそらくは、アミィやミリィのように見送る側として。シノブの心に、その日に耐えられる強さを身に付けねばという思いが生じる。

 いや、その前にすることがある。別れを憂う前に、多くの出会いを願い、出会った者と交流すべきだろう。そして自分が見守る幼き者達を、素晴らしい日々に(いざな)うのだ。


「クロンドラさん……私達のところには、生まれたばかりの玄王亀ケリスがいます。それに彼女の両親や、更に年長の玄王亀も。ケリス達とアゼルフ共和国の玄王亀に交流を……そして私達も。そう願っています」


「はい。その日はすぐに来るでしょう。どちらにも友誼が生まれ、更に種族を超えて広がっていく……とても楽しみです」


 シノブの言葉に、二百年の長きを生きたエルフの(おさ)は少女のように微笑んだ。そして彼女の笑みは、孫のアルリアや彼女の友人のシヴィニア、更にエウレア地方から来たソティオスにも宿る。

 もちろんシノブ達も同じだ。シノブは数日後に訪れる新たな出会いを思い描きながら、今ここでの親交も深めようと語らいに戻っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年1月14日17時の更新となります。


 本作の設定集に生き物の情報を追加しました。

 上記はシリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ