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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.14 砂塵の下 前編

 シノブはキルーシ王国とテュラーク王国の国境から飛び去った。そしてシノブは飛翔しながら思念でアミィ達に国境の出来事を知らせ、キルーシの東国境を守るオームィル砦の将軍にも伝えに行く。

 ただしシノブのオームィル砦滞在は僅かな間であった。砦の将軍や配下の国境防衛軍は、シノブが造った城壁を守るため慌ただしく出動したからだ。

 そして彼らを見送るシノブに、王都キルーイヴのアミィから新たな知らせが届く。


「……やっぱりキルーシ王家には手掛かりがあったか!」


 シノブは思わず声を上げる。アミィからの(ふみ)は、大砂漠の謎についてだったのだ。

 およそ五百年前、キルーシ家は大砂漠に隣接する都市ヴォースチの太守であった。そしてキルーシ家は大商人ルバーシュが砂漠で得たという宝で豊かになり、後の躍進を成し遂げたという。

 ルバーシュが得たのは大量の宝石だった。そこでシノブは、彼が得た宝玉のうち最上級のものがキルーシ王家に残っていると考えた。

 王家の宝とされる宝石であれば、入手の逸話くらい伝わっているだろう。もしくは現物を調べれば、何かの手掛かりが得られるかもしれない。

 こちらには土属性に強い岩竜や玄王亀がいるから、宝石の組成などで産地を特定できる可能性はある。シノブは、そう思ったのだ。


「『キルーシの炎』か……ともかく見に行こう」


 シノブは短距離転移で砦の脇の荒野に移動し、更に魔法の馬車を呼び寄せる。

 詳しいことはキルーイヴで、とアミィは結んでいた。そのためシノブは、彼女の勧め通り転移で一気に帰還することにしたのだ。


──アミィ、呼び寄せを頼む──


 オームィル砦からキルーイヴまでは500km以上離れている。そのためシノブの思念に返答はないまま転移が行われる。


「シノブ様、お疲れ様です!」


 魔法の馬車から降りたシノブに、アミィが声を掛ける。そして彼女は馬車をカードに変え、魔法のカバンへと仕舞った。

 転移先は室内だった。魔法の馬車は魔法の家より遥かに小さいから、王宮や貴族の館など広く天井も高い建物なら充分に入るのだ。


 どうやら宝物庫らしく、四方には華麗な装飾を施した箱が数え切れないほど積まれている。そして中央に大きなテーブルがあり、その上に無数の宝石や冠に首飾りなどが並んでいる。


『これは自然石だ』


『うむ。我らが造ったものではない』


 テーブルの脇から、岩竜の長老ヴルムと玄王亀の長老アケロが語りかけてくる。もちろん双方とも、人間と同じくらいの大きさに変じている。


「シノブ陛下、初めまして。ヴァルコフとヴァサーナの母、ユリーヴァと申します」


 豪奢な衣装に負けない華やかな美女が、シノブに深々と頭を下げた。彼女がキルーシ王国の第一王妃だ。

 豹の獣人らしく、ほっそりとした姿。そこに王族の洗練された挙措が加わり更なる美を与えている。ユリーヴァは四十歳を超えている筈だが、子供達と似た端正な容貌に衰えはない。

 ユリーヴァの側には娘のヴァサーナだけではなく、エレビア王国の第二王子リョマノフもいる。おそらく人払いしたのだろう、室内にいるのはこれで全てだ。


 国王ガヴリドルは、ガザール家に降伏を促すべく軍を(まと)めて東進している最中だ。

 ガヴリドル達が向かっているのは、ガザール家が太守を務める都市ガザーヴィンだ。前日の夕方遅くにキルーイヴを発った国王軍は、同日夜半に王都の西南100kmほどに位置する都市ヴィツィリに着いた。そして同行するマリィによれば、今はヴィツィリからガザーヴィンへの街道上だという。

 王太子ヴァルコフは王宮に残っているが、彼も後続を編成したり西の太守に使者を送ったりと忙しい。幸いキルーイヴは王家が完全に掌握し反逆者は一掃されたが、それでもすべきことは山のようにある。


 一方アルバン王家から嫁いだユリーヴァだが、王妃となって二十数年だから宝物の由来なども充分に承知しているに違いない。それに対象は宝石だから、彼女は男達より詳しいかもしれない。

 そのためユリーヴァ達がシノブを出迎えることになったようだ。


「初めまして。この(たび)は大変でしたね。……ヴルム、アケロ。ありがとう、とても助かったよ」


 シノブは初対面のユリーヴァ、岩竜の長老、玄王亀の長老、と言葉を掛けていく。すると飾らぬシノブの様子に、ユリーヴァは笑みを深くした。


 どうやらユリーヴァは、外見に似合わず気さくな性格らしい。娘に『大商人ルバーシュの七つの冒険』という俗歌を教えるくらいだから、形式や因習を気にする人物ではないのだろう。その辺りが、ヴァサーナが快活な性格となった理由かもしれない。


「こちらが『キルーシの炎』です。ルバーシュが持ち帰ったルビーの中で、最大のものを王冠の飾りとしたそうです」


 白い布を敷いたテーブルの上から、ユリーヴァは無数の宝玉で飾られた冠を取り上げた。おそらく汚れを付けないためだろう、彼女は白い手袋を()めている。


「これは凄い……」


 シノブは思わず嘆声を上げてしまう。

 宝冠の前面を飾っているのは、(こぶし)くらいもありそうな巨大な真紅の宝石だった。形状は大まかに言えば縦長の楕円体で、見事なカットがなされている。

 『キルーシの炎』は非常に透明度が高く、吸い込まれるような輝きを放っていた。もちろん曇りや濁りなどは全く存在しない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……アケロ、これは君達が造ったものじゃないって言ったけど、どこで判るの?」


 暫し見惚れたシノブだが、本題に入ることにした。

 わざわざアケロやヴルムに来てもらったのだ。宝石の鑑賞をしている場合ではない。


『見た目では判断できないだろうが、ごく僅かだが中に傷がある。もちろん自然に採れる石なら必ずあるもので、この石は極めて少ない。しかし我らの手になるものなら、そのようなものは含まれない』


 どうもアケロは、王妃や王女の顔色が変わったことに気が付いたようだ。彼は『キルーシの炎』が自然石としては極めて稀な逸品だと付け加える。

 しかし、その一方でアケロは断言した。自分達が長い年月を掛けて造り出す棲家(すみか)を飾るための宝石は、更に純粋で均一な物質だと。


『これに似た石は、砂漠の中央の山地近くで感じ取った。もちろん、もっと小さなものだが……ここには大砂漠の様々な場所から集めた石がある。しかし中央の山地のものが半分以上を占めている』


 ヴルムは空から調べた結果を説明していく。

 彼ら岩竜は地上や地下にある金属や岩石を見分けることが可能だ。地下といっても比較的浅いところまでだが、それでも露頭に近い状態の鉱脈があれば空からでも感知できる。

 そして長老ともなると、空から調べるだけで地中にある鉱石の組成や品質も見抜く。そのためヴルムは、ここにある宝石の産地を大まかにだが把握したのだ。

 ヴルムによると大砂漠の西端や北端、南端から産出しただろう石もあるそうだ。


「つまりルバーシュは、これらを自分で採掘したわけじゃない。僅か一ヶ月の砂漠行だから、元々そうだと思っていたけど……」


「仮に三週間を移動に使ったとして、往復できるのは中央山地から少し西まででしょう。反対側までは不可能です」


 シノブにアミィが賛同する。それにユリーヴァ達も同意見のようだ。

 要するに、一ヶ月の全てを旅に使ったとしても大砂漠を往復するだけで終わってしまい、採掘している暇などありはしない。ましてや四方を巡ることなど不可能だ。


「誰かが先に宝石を集めてルバーシュに譲った、ということですの?」


「そうなるだろうな。こっちの特産物と交換したのかもしれないが、そんな都合の良い取引をしてくれる相手がいるか……まあ、譲った理由はともかく中央の山地が多いなら、そこが相手の本拠地か何かかもな」


 ヴァサーナとリョマノフは、シノブ達の邪魔をしないようにと思ったらしい。二人は少し遠巻きにしながら(ささや)き合っている。


「ユリーヴァ殿、ルバーシュの積み荷について何か記録は残っていないでしょうか? 帰りではなく、行きについてですが……」


 リョマノフ達の会話が耳に入ったシノブは、キルーシ家に何か言い伝えでも無いかと思い、ユリーヴァに訊ねてみる。

 砂漠の民が喜ぶようなものを持っていたのか。あるいは何かの理由で超越種が必要とするものがあったのか。それとも魔道具でも積んでいたのか。シノブは、そんなことを想像する。


「それなのですが、水はいらない、と断ったという伝承がキルーシ家にはあります。私には不要だ、と言ったそうで……」


 ユリーヴァは、魔術を使って水を得たのでは、と続ける。

 魔力を充分に持つ者が創水の術を習得すれば、あるいは創水の魔道具を所持していれば、水を積まなくても砂漠を旅できる。しかしルバーシュは大商人とされているが、魔術師だったという記録は無い。


「奥の手として隠したのかな? しかし、それだけの魔力があれば素直に国で仕官すれば良さそうなものだが……。ルバーシュの時代……カーフス王国では、魔術師の地位は低いのですか?」


 シノブは、目の前の女性がアルバン王国の王女だったことを思い出した。

 ユリーヴァなら、アルバン王国の前に存在したカーフス王国のことを良く知っている筈だ。そんな期待と共にシノブは訊ねてみる。


「いえ、当時も魔術師は重用されたと聞いています。その……シノブ陛下、キルーシ家に現れたルバーシュは、後のカーフス王の相談役となったルバーシュと同一人物なのでしょうか?

カーフス王の相談役のルバーシュに、魔術を使ったという逸話はありません。そもそも魔術師であれば、わざわざ商人として遠方に出向かなくとも、陛下の仰るように国で仕官すれば良い筈です」


 どうやらユリーヴァも、ルバーシュ伝説に疑いを持っていたようだ。彼女は娘に広く知られている逸話や歌として教えつつも、それは物語や教養として伝えただけらしい。


「シノブ様、ユリーヴァ様にアルバン王家への紹介状を書いていただいては? 向こうのことはホリィ達に調べてもらいましょう」


 アミィは、ホリィ達にアルバン王国のことを頼もうと提案する。

 ユリーヴァはアルバン国王の妹である。彼女の紹介があれば王宮に上がることも出来るし、国王から話を聞くことも可能だろう。


「そうだね。ユリーヴァ殿、実は……」


 シノブも、それは頼もうと考えていた。

 もはやキルーシ王国どころかテュラーク王国にすらアマノ同盟の噂は広がっている。おそらくアルバン王国でも上層部は知っているだろう。

 ならばホリィ達をアマノ同盟からの密使として接触させても良いが、伝手は欲しい。そしてユリーヴァは、仲介役として最適である。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 岩竜の長老ヴルムと玄王亀の長老アケロは、一足先に大砂漠へと向かった。彼らはシノブと同様に、魔法の馬車を使って大砂漠に転移したのだ。

 大砂漠にはミュレ子爵マルタンがおり、シノブ達は彼を権限停止状態で魔法の家や魔法の馬車に登録している。そのため一時的に呼び寄せ権限を付与すれば、マルタンが魔法の馬車を大砂漠に呼び寄せてくれる。


 その間にユリーヴァは兄への紹介状を(したた)める。紹介状としての体裁を整えるため王家と王家の正式な書状に使う用紙を取り寄せ、彼女は兄への依頼を書き綴った。


 そしてアミィは、ユリーヴァが書いた紹介状をホリィへと送り届けた。紹介状は通信筒に入らなかったが、魔法のカバンに収納してからカバン自体を呼び寄せてもらえば容易に受け渡しできる。

 アミィがカバンのやり取りをしている間に、シノブはアゼルフ共和国についても訊ねてみる。しかし、こちらは殆ど情報を得られなかった。


「その……『南から来た男』の件以来、エルフ達は東と断交しているのです」


 言い難そうな口調でユリーヴァは語り始める。

 キルーシ王国の南西部や、アルバン王国の西部はアズル半島と接している。そして大森林で覆われたアズル半島は、エルフ達の国であるアゼルフ共和国となっている。

 キルーシ王国やアルバン王国とアゼルフ共和国の間に地理的な障害は無く、国境は数百kmにもなるから普通なら何らかの交流がある筈だ。しかしアゼルフ共和国は七百年前に『南から来た男』が現れて以来、東の二国との交流を最低限としているそうだ。


 しかも後代でも、エルフが国を閉ざしたくなる出来事はあったらしい。

 ルバーシュ伝説が正しければ、彼はエルフの作った符でカーフス王国の王女を惚れさせようとしたそうだ。しかしエルフはルバーシュを捕らえ、長期の強制労働を課したという。心を操る術は隷属に繋がるから、エルフ達は激怒したのだ。


「ルバーシュ伝説が本当なら、その後もエルフ達の地に侵入し迷惑を掛けた者がいることになります。仮にルバーシュの話が根拠の無いものであったとしても、同様の話は幾つかあります」


 どうやらユリーヴァは、シノブ達に協力できないことを気にしているようだ。彼女からすればシノブ達は亡国の危機を救ってくれた大恩人だから、そう思うのも無理はないだろう。


「ありがとうございます。アゼルフ共和国には、エレビア王国で伝手を得ました。我々エウレア地方のエルフを使者として送ったところです」


 シノブは、ミリィやソティオスがアゼルフ共和国に旅立ったことを明かした。

 ミリィ達がエレビア王国の都市ヤングラトを出発したのは三日前だ。アゼルフ共和国の使者アルリア達は、およそ五日で自身の支族の中心集落から来たという。したがってミリィ達は後二日で支族の(おさ)と対面できる筈だ。


「その……差し支えなければですが……何故(なぜ)陛下がルバーシュに御興味を(いだ)かれたのか、お教えいただけないでしょうか? 理由をお聞きすれば、更にお手伝いできるかもしれませんし……」


 ユリーヴァは、シノブがルバーシュ伝説を調べている理由を問うた。確かに最適な対応をと思えば、相手の知りたいことを把握すべきだろう。

 わざわざ竜や玄王亀まで招き、更に各国に配下を派遣してまで追いかけているのだ。単なる興味本位ではないとユリーヴァが思うのも当然だ。


「本当に知りたいのは、どこから『南から来た男』が現れたか、です。その背後には恐るべき存在がいた……いや、まだどこかにいるらしいのです。

その恐るべき何かを滅し、遥か昔からの謎に決着を付ける……それが私の使命です」


 シノブは、バアル神と共に侵入したらしき謎の海神を思い浮かべる。

 バアル神は複数の眷属神を伴っていた。そして謎の海神が最後の一柱のようだ。これを倒せば異神達との戦いは終わり、この惑星は元から存在した命達だけの場所となる。

 その日を招くのが自分の使命であり、そのためなら持てる力を振り絞ろう。超常の存在には、人ならぬ力を得た自分が当たるしかない。

 その決意が、シノブの顔を引き締める。


「シノブ陛下……」


 ユリーヴァはシノブに何を見たのだろうか。絶句した彼女は、出会ったときと同様にシノブに向かって深々と頭を下げていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブとアミィは、キルーシ王国の王宮を辞去した。

 キルーシ王国軍とガザール家の軍が衝突するとしても、明日以降だ。幸い現在のところ、ガザーヴィンなどガザール派の諸都市は防御を固めているだけらしい。マリィは、そのように伝えてきた。

 これは早期にキルーイヴでの反乱が鎮圧されたからのようだ。国王ガヴリドルや王太子ヴァルコフは早々と使者を出し、ガザール派に反乱失敗を伝えた。しかも、東のテュラーク王国から応援が来る様子はない。そのためガザール派の太守達も、篭城くらいしか選択肢がなかったのだろう。


 シノブはガザール派が自身の都市でも人質を取らないかと案じたが、杞憂(きゆう)であった。これは自分の都市の民を拘束したら、街が機能しなくなるからだ。

 王都は征服対象で、機能停止に追い込めば自軍の行動が容易になるという利点があった。だが、幾ら優秀な軍隊でも、何十倍もの人々を拘束したら防衛どころではない。

 それに自分が住んでいる都市の住人、つまり自身の知人や友人に剣を向けられる者など極めて稀だろう。


 もし何かあっても、キルーシ王国にはマリィがいるから駆け付けることは容易だ。しかもキルーイヴには通信筒を貸したリョマノフやヴァサーナもいる。

 そこでシノブとアミィは、大砂漠の調査に加わることにした。


「短距離転移、また距離が伸びたんですね……」


 アミィは、シノブの腕の中で呟いた。

 ここは王都キルーイヴから西の上空である。シノブは短距離転移で大砂漠に向かうことにしたのだ。

 重力魔術で体を浮かし、そして短距離転移で前方に移動する。念の為にアミィの幻影魔術で姿を消しているから、誰にも気付かれずに移動できる。


「ああ、300mくらいになったかな」


 シノブは一秒に一回くらいの割合で転移を続けている。つまり時速1000kmを超える移動速度だ。

 転移も使えば使うほど発動時間が短縮され距離が伸びるようだ。やはり熟練するには数を重ねるしかないのだろう。そのためシノブは、一種の鍛錬として短距離転移で移動することにしたわけだ。


「……謎の海神との対決に備えてですか?」


「まあね。転移で躱すこともあるだろうし……」


 案ずるような顔で見上げるアミィに、シノブは柔らかな笑みと共に言葉を返した。

 光鏡での転移は移動先が限られるし、光鏡に飛び込むという動作があるから瞬時の回避とは言い難い。今まで光鏡だけで致命的な事態に陥ったことはないが、選択肢が多くて困ることはない。

 敵も神だから転移を使うだろうが、それは光の額冠で封ずることが可能だ。そして、どこかに謎の海神が現れたとしても、短距離転移を併用すれば遠方から触れずに額冠で作り出す異空間に放り込める。

 周囲に被害を出さずに戦うためにも、シノブは遠距離転移を磨きたかった。


「シノブ様……済みません」


「アミィ、どうしたの!?」


 泣きそうな顔のアミィに、シノブは驚いてしまう。シノブは短距離転移を()め、アミィの顔を見つめる。


「私達が……眷属がもっと沢山お手伝いすれば……アムテリア様だって……」


 アミィはシノブだけが多くのことを抱え込む現状を憂えたようだ。

 現在地上に降りた眷属は彼女を含めて五人。しかしシノブは他にも多くの眷属がいると知っている。アムテリア達と神域で会ったとき、大勢の眷属が神々を囲んでいたからだ。

 しかもアミィは神々の助力があれば、と思ってもいるらしい。確かに謎の海神は神霊だから、神々が直接動くべきかもしれない。しかしアムテリアの眷属であるアミィが彼女に対し批判めいた物言いをするなど、今までに無いことである。


「ありがとう。でもね、アミィ……それは違うと思う。これは俺達が片付けるべきことだ。沢山の眷属や母上達に頼らず、今いる皆で何とかしなきゃ。そりゃあ、どうしようもなくなったら助けてくれと言うだろうけど、その前にやれるだけやらなくちゃ……人事を尽くして天命を待つってね」


 シノブも、どこまでも自分達でと我を張るつもりはない。ユリーヴァ達の前では自分がと言ったが、それは多くの支援を受け、共に並べる者達と手を取り合ってのことだ。

 おそらく、今回の戦いにもアミィ達を伴うだろう。そして竜や光翔虎、玄王亀の力を借りるかもしれない。それに異神の前に立つ者ばかりではない。謎の海神の足取りを追う者、故国や家族を守る者、皆が支えてくれるから戦いに赴ける。


「戦いの先頭に立つのは俺だろうけど、あくまで先頭というだけさ。後ろから皆が押してくれるから、ぶつかれる。俺は地上の代表のつもりだよ」


 シノブは昨夕のことを思い出す。

 強い心と愛で囲まれているから、自分は戦える。それがアムテリアと並ぶ神と互角に戦った相手だとしても。シノブは静かな心で自身と繋がる人々を思い浮かべた。


「シノブ様……私、思うんです。天野(あまの)(しのぶ)……その名を持つお方は、天と地を繋ぐ心の(やいば)だって……。天はアムテリア様達、野は地上に満ちる命。二つを繋ぎ、強い心を持ち、襲い来る脅威を切り払う(やいば)……それがシノブ様です」


 アミィの薄紫色の瞳が美しい(きら)めきで揺れた。そして生じた(しずく)は風で流されシノブの胸に届く。


「そうありたいけど……。でも、アミィ達が支えてくれるから、きっとなれる……いつかはね」


 シノブはアミィの語るものに近づきたいと願う。

 まだ、その域に至っているとは思えない。そこに至るには、これからも多くの試練を乗り越えなくては。シノブは更なる成長をしたいと渇望する。


「さあ、また飛ばすよ! 何だか、また距離が少し距離が伸びた気がするんだよね!」


 シノブは再び短距離転移へと移る。空に浮かぶ雲と眼下の大地がコマ送りにように動く、不思議な感覚の移動だ。


「確かに伸びています! 今の転移距離は320m、前回との間隔は0.95秒ほどです!」


 驚いたのだろう、アミィが目を丸くする。彼女はシノブのスマホから得た力で、距離と時間を厳密に計算したのだ。


「それは嬉しいね! それじゃ、一気に行くぞ!」


「はい、シノブ様!」


 誰も知らない空の旅は、一転して陽気な笑い声を伴うものとなった。そしてシノブとアミィは、熱砂に満ちた謎の地へと突き進んでいった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──『光の盟主』よ。見つかったぞ──


 大砂漠に入ったシノブの脳裏に響いたのは、岩竜の長老ヴルムの思念であった。それもシノブも滅多に聞いたことのない、得意げな雰囲気すら感じられるものである。


──えっ、もう!?──


「シノブ様、少し右です! 例の中央山地の少し手前です!」


 驚くシノブに、アミィが場所を伝えてくる。

 アミィは思念の伝達距離だとシノブに遠く及ばないが、位置把握に関しては逆に上を行っている。その彼女が言うのだから、間違いないだろう。


「よ~し、急ごう!」


 シノブは更に百回ほどの短距離転移を繰り返した。幸い到達距離は更に伸び間隔も縮まったから、大して掛からずにヴルムのところに辿(たど)り着く。


 そこは、砂漠に突き出した巨大な岩塊が連なる場所であった。南西から北東に長さ100kmほどの岩肌の山脈が、赤味を帯びた砂漠から突き出している。

 岩山も砂と化していないだけで、草一つ生えていない。最高峰は1000m以上ありそうだが、水がないからか極端な暑さ(ゆえ)か、頂上から(ふもと)まで緑は全く存在しなかった。


 ヴルムがいる場所は長く伸びる山脈の中央付近、その東側の中腹だった。最も近いオアシスからでも100kmはあるからだろう、濃い灰色の老竜は本来の巨体のまま悠然と空に浮かんでいる。

 しかも周囲には岩竜ガンドにヘッグ、炎竜ゴルン、ジルン、ザーフ、光翔虎のフォージとバージまでいる。どうやら竜と光翔虎は、手の空いている者達を集めて徹底的に捜索したようだ。


──今、アケロ殿が潜っている。ローネ殿のいる辺りに出てくる筈だ──


 ヴルムによると、まだ飛行船は200kmほど南にいるそうだ。そのため炎竜の長老夫妻アジドとハーシャは、そちらに残っているという。


 岩竜達が地上すれすれに飛んで地下の鉱物を探り、炎竜達は玄王亀のアケロとローネを空から運ぶ。そして玄王亀の長老夫妻は一定間隔ごとに地下に潜り、何者かがいないかを調べる。

 玄王亀も長老達ほどになると、一度に半径数kmの地中を魔力波動で探るという。ただし潜行速度は急いでも時速10kmに満たないから、彼らだけで地中を進むより空を運んでもらった方が効率的であった。

 そして岩竜達が鉱物の組成で当たりを付け、そこを玄王亀が魔力の残滓や空間を(ゆが)めての移動の痕跡を探るという手法は極めて有効であった。何しろヴルム達がキルーイヴを発ってから、まだ三時間も過ぎていない。


──ありがとう、ところでどんな種族だったの?──


 通常の飛翔に切り替えたシノブは、山腹の(ひら)けた場所にいるローネを目指しながら訊ねる。

 アケロが地下から連れてくるのだから、人間ではないだろう。キルーシ王国の紋章の通りなら、火の鳥だろうか。そんなことを考えつつ、シノブは降下していく。


──せっかくだから(みずか)ら名乗りたいそうだ──


──もう少しの辛抱だ──


 ヴルムに続き、ガンドが思念を発する。どちらも笑いを(こら)えているような、何となく奇妙に感じる(いら)えである。


「そうか……ローネ、お疲れ様!」


「砂漠の調査も終わりですね!」


 地に立ったシノブは声での会話に切り替える。そしてアミィも岩だらけの山肌に降り、シノブに続いた。


『これでケリスに会いにいけます』


 ローネは先日生まれたばかりの玄王亀に触れた。

 今ケリスは、アマノシュタットに母のパーラといる筈だ。大砂漠での捜索が終われば、ローネもケリスの面倒を見るつもりなのだろうか。そんな予感にシノブの頬が緩む。


「この魔力かな?」


 シノブは、ローネから少し右へと視線を向けた。

 切り立った岩山の中、およそ200m四方が殆ど平らな場所となっている。そこにシノブの前にローネ、そして後ろにヴルム達が並び、アケロと新たな種族が出現する瞬間を待つ。


──お待たせしました。『光の盟主』よ。私が朱潜鳳(しゅせんほう)の雄、フォルスです──


 ローネの隣に出現したのは、体高が20m近い真紅の巨鳥だった。

 長い足は半ばまで羽毛に覆われており、その下も太い。胴体は比較的大きく、翼を折りたたんでいるから丸っこく感じる。そして首も太く、足と同じくらい長い。


「俺がシノブだよ」


「アミィです」


 シノブとアミィは巨鳥のフォルスを見上げながら名乗る。

 シノブの見たことがある地球の動物に例えるなら、フォルスはダチョウに似ている。ただし巨体のせいか、もっと太く力強い。その辺り、ダチョウよりも絶滅したモアのようでもある。

 もっとも朱潜鳳(しゅせんほう)なる生き物は、巨体に相応しい翼を持っている。フォルスは挨拶のとき頭を下げたが、その直後に羽を広げてみせた。そのときの胸を張り頭を高々と上げた姿は、鶴やフラミンゴのようでもあった。


「ところで朱潜鳳(しゅせんほう)って、赤い潜る大きな鳥ってことだよね……実際地面の下から出てきたけど、玄王亀みたいに空間を(ゆが)めるの?」


 シノブは、新たな超越種に興味を感じざるを得なかった。

 鳥の姿なのに地面に潜って暮らす生き物。おそらくは、この大砂漠を熱砂の地にしている存在。そして雄の成体らしいのに、他の超越種と違って私という名乗りと、それに相応しい柔らかな思念。(いず)れもシノブにとって意表を突くものだった。


──ええ。空間を湾曲させまして……私達は潜行巡翔(ダイビング・ドライブ)と呼んでいます──


 フォルスの答えに、シノブは首を傾げてしまう。隣ではアミィが何とも言い難い顔をしていた。

 この世界の言語は日本語で統一されている。もちろんナイフやワインのように日本語でも外来語の方が通りの良いものは、それが標準的に使われている。しかしシノブはダイビングやドライブなど、こちらで聞いたことはなかった。


──これは……眷属の?──


──おそらく……そうではないかと──


 シノブとアミィは密かに二人の間だけで思念を交わした。

 どうやら新たな超越種には、風変わりな眷属が関わっていたらしい。シノブは真紅の巨鳥を見つめつつ、苦笑を(こら)えていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年1月4日17時の更新となります。


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