04.18 ドワーフの里のシノブ 後編
「シノブ様、何人か細工師さんを教えてもらいました」
アミィは、ミュリエル達への土産になりそうなものを作っている細工師について、雑貨屋の主から聞き出せたようだ。
「ありがとう、アミィ」
シノブは駆け寄ってくるアミィに礼を言い、彼女の暖かい印象を与える明るい茶色の髪を撫でた。
「さあシャルロット、行こうか」
シノブは、シャルロットに右手を差し出した。
「ありがとう、シノブ」
シャルロットは、シノブの手を取ると彼に寄り添った。
「シャルロット様、シノブ様のこと……」
アミィはシャルロットがシノブを呼び捨てにしたのに気がついたようだ。二人の顔を見上げている。
「そう呼んでほしいって俺が言ったんだ。……俺はシャルロットを支えていきたい。今回のことで良くわかったよ」
「私だって助けられるだけではいないぞ。今はまだ実力不足かもしれないが、シノブと並び立てるようになってみせる」
シノブの言葉に、シャルロットは凛然とした顔で言い返した。
「そうですか! おめでとうございます!」
アミィは、二人の言葉に顔を綻ばせた。
「いや、おめでとうは早いんじゃないかな……」
アミィの率直な言葉に、シノブは少し恥ずかしそうな顔をした。
「そうですか? でも、こういうのは早くて困ることはないと思いますけど?」
アミィは口ごもるシノブを不思議そうに首を傾げて見る。
「とにかくアミィ殿。シノブは私を支えると言っているが、私だってシノブを支えてみせる。
これから一緒に頑張ろう」
恥ずかしげなシノブをよそに、シャルロットはアミィに笑いかけ手を伸ばした。
「はい! あの……私のことはアミィって呼んでもらえませんか?
シノブ様が呼び捨てなのですから……」
アミィは、シャルロットにおずおずと手を伸ばしながら彼女を見上げた。
「わかった。アミィ、よろしく頼むぞ」
「はい、シャルロット様!」
シャルロットは、アミィの言葉に大きく頷くと彼女の小さな手を取った。アミィは、凛々しく笑いかけるシャルロットの手をギュッと握ると、大輪の花が咲くような明るい笑顔を見せた。
◆ ◆ ◆ ◆
アミィは、雑貨屋の主から三人の細工師を紹介してもらったそうだ。
いずれも、装飾品作りにかけては一目置かれる存在で、セランネ村だけではなくアハマス族全体でも上位十人に入るという。
アミィに案内され、三人は寄り添うように細工師達の仕事場へと向かっていった。
「ここの主のタウノさんは銀細工の名人で、凄く繊細なアクセサリーを作るそうです」
細工師の仕事場に入ると、アミィの言葉通り、どうやって作ったかもわからないほど複雑で細かい細工を施された髪飾りやブローチが並べてあった。
「おう! 『竜の友』か!」
仕事場に入るなり、陽気な大声が響くと主らしきドワーフが現れた。
イヴァールほどではないが、がっしりとした体躯と太い手足からは、いったいどうやって繊細な細工物を作っているか想像もつかない。
「『竜の友』ねぇ……すっかり定着しちゃったな」
ドワーフの言葉にシノブは頭を掻く。
『光の使い』という大仰な二つ名をシノブは恥ずかしがった。その様子を見てイヴァールが『竜の友』という名を贈ったのだ。
とある事情もあってイヴァールはセランネ村の面々に『竜の友』という言葉を広めた。今では、シノブは誰に会ってもその名で呼ばれるようになっていた。
「『竜の友』よ! 俺の細工物を見てくれるのか!?」
「タウノさんだね? ぜひ見せてもらうよ」
顔を綻ばせる男にシノブは笑いかけると、アミィやシャルロットと飾られている装飾品を眺めていく。
「『竜の友』が俺の名を知っているとは光栄だな! このお嬢ちゃん達にプレゼントか?」
タウノは、主自ら案内してくれるようで、自らの作品を手にとってシノブ達に見せる。
飾られていた髪飾りやブローチは、糸のように細い銀で形作られている。多くは、花や鳥、蝶などを象ったもので、要所要所に小さな宝石があしらわれている。
「これなんて、ミュリエルにどうかな?」
シノブは、幾重もの花びらが繊細に形作られた薔薇のブローチを手に取った。
タウノが見せる品々の中でも、一際輝きを放っているそのブローチは、ところどころに朝露を表現した小さな水色の宝石が輝いている。
「おお、それはミスリルで作ったものだな。俺の自信作だぞ!」
シノブが手に取ったのは会心の作であったらしく、タウノは満面の笑みを浮かべた。
「ミュリエルは薔薇庭園がお気に入りだから、きっと喜ぶと思うぞ」
シャルロットも気に入ったのか、優しく微笑んでいる。
「そうだね。あと、これをミシェルに買っていこうか」
シノブは、隣に置いてあった蝶を象ったブローチを指し示した。
こちらも繊細な作りで、羽は網目のように細かい銀線の間に、紙のように薄く削いだ半透明なものが嵌まっている。宝石なのか、それとも色ガラスなのかシノブにはわからないが、向こう側が透けて見える緑色の輝きは見事に蝶の羽を再現していた。
「いいですね! ミシェルちゃんの瞳の色みたいで綺麗です!」
アミィも気に入ったのか、ニコニコ微笑んでいる。
そう言われてみると薄い緑を主体にした羽の色は、ミシェルの緑の瞳を思わせる。
シノブがミュリエルに、アミィがミシェルに買っていくことにし、それぞれ包んでもらう。
◆ ◆ ◆ ◆
「次はどの人のところに行くんだい?」
タウノの仕事場を出たシノブは、アミィに問いかける。
「えっと、フオヴィさんのところに行ってみようと思います。エトラガテ砦のイスモさんのお父さんらしいですよ」
アミィによると、フオヴィは宝石を使った華麗な装飾品を作るらしい。
高額な品が多いせいか、タウノとは違い作品を飾ってはいないようだ。そのため、仕事場は素っ気無い印象だった。
「『竜の友』よ。俺の細工物を買ってくれるのか」
タウノとは違い、頑固な職人を絵に描いたようなドワーフが現れた。
おそらく彼がフオヴィなのだろう。イスモの父と聞いていたせいもあり、シノブの脳裏には頑固親父という言葉が浮かんだ。
「フオヴィ殿か? 母達に土産を買いたいのだが」
シャルロットが奥から現れたドワーフに話しかける。
フオヴィの作品は高級品主体らしい。アミィからそう聞いたシノブとシャルロットは、ここでは伯爵の夫人達へのお土産を探すことにしていた。
「おお、俺がフオヴィだ。伯爵の夫人達か……それならこれはどうだ?」
既に村内では有名人のシノブ達。フオヴィもシャルロットの素性を知っていたようだ。
彼は豪華なネックレスや髪飾りを並べだす。
シャルロットは彼が出してきた品々を見比べながら、四点の品を選んだ。いずれ劣らぬ見事な品々を受け取ったシャルロットは、フオヴィに礼を言って店を後にした。
「なんで四つ買ったの?」
シノブはシャルロットに問いかける。いくら伯爵令嬢でお金に不自由していないとは言っても、一人に二つ買うかと疑問に思ったのだ。
「ああ、お婆様にもと思ってな」
先代ベルレアン伯爵アンリ・ド・セリュジエの妻マリーズ、つまりシャルロットの父方の祖母は既に他界している。
だが母方の祖父母、つまり先代国王エクトル六世とその妻メレーヌは存命だ。
「王都に送っても良いが、近々行く機会もあると思う」
カトリーヌの異母兄、現国王アルフォンス七世の娘セレスティーヌが、もうすぐ15歳になる。彼女の成人を祝うため、伯爵達も赴くらしい。従姉妹であり、年も近い彼女も行くことになるのだろう。
「四つ目はどなたのですか?」
三つ目は祖母のものとして四つ目は誰のものなのか。シノブに続きアミィが問いかける。
「ミュリエルのものだ。私だって妹に土産くらい買って帰るぞ」
シャルロットは、アミィに答える。
「ミュリエルにはまだ早いんじゃないかな?」
四つのうちどれを贈るつもりかわからないが、どれも豪華なものだった。シノブは意外そうな顔をする。
「今は早いかもしれん。だが、ミュリエルだって後五年少々で成人なのだ。
そこまで行かなくても成人が近くなれば王都に行く機会も増えるだろう。
持っておいて困るものでもないしな」
シャルロットは、シノブに自分の意図を説明する。
シノブやアミィは現在のミュリエルに似合うものを選んだが、シャルロットは先々を考えていたらしい。
「そうか。さすが、お姉さんだね」
シノブは、シャルロットの姉らしい気遣いに感心し、微笑んだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「ところでシノブ。二人とも土産を買ったようだし、私ももう充分だ。
もう、三人目のところに行かなくてもよいのではないか?」
アミィの案内で最後の細工師のところに向かうシノブに、シャルロットは既に用事は済ませたのでは、と尋ねた。
「何を言っているんだよ。シャルロットとアミィへのプレゼントを買っていないじゃないか。
それに、こうやって色々回るのも楽しいと思うけど?」
この世界にはウィンドウショッピングという概念はないのだろうか、とシノブは思った。
もっとも伯爵令嬢ともなれば、商人など呼べばやってくるのかもしれないが。
「そ、そうか、私にもプレゼントしてもらえるのか!?」
シャルロットは頬を上気させ、シノブに問いかける。
「当たり前だよ。アミィ、次はなんて人?」
シノブはアミィに細工師の名前を尋ねた。
「えっと、ヴァンニさんって人ですね。ネックレスとか作っているみたいですよ」
アミィは、雑貨屋の店主の言葉を思い出しながら答える。
「ちょうどいいじゃないか。これでシャルロットにもネックレスをプレゼントできるね」
シノブは、シャルロットに笑いかけた。
「ヴァンニさん? いらっしゃいますか?」
ヴァンニの仕事場に入ると、奥から物音は聞こえてくるが、人の姿は見えない。
アミィは奥のほうを覗きながら、声をかける。
「俺がヴァンニだ。土産物を買いに来るとは、そろそろ『竜の友』も国に戻るのか?」
仕事場の奥から出てきた細工師は、シノブ達を見て用件を悟ったらしい。
「ああ。11月に入ると俺達の馬では山越えできないからね。名残惜しいけど、そろそろ戻るよ」
シノブは頷くと、ヴァンニの問いを肯定する。
「そうか。お主達には世話になった。好きなだけ見ていってくれ」
そう言ってヴァンニは奥に戻っていった。
シノブ達は、仕事場に飾られていたネックレスやブレスレットを見ていった。
仕事場には、細いミスリルらしいプレートを繋ぎ合わせたブレスレットや、精緻な彫刻を施されたネックレスが無造作に置いてある。
「誰もいないのに盗まれたりしないのかな?」
シノブは無用心な様子に、思わず呟いた。
「この村にそんな者はおらん。仮にいたら髪と髭を切り落として追放刑だな」
シノブの呟きを聞きつけたらしく、奥から戻ってきたヴァンニがぼそりと言う。
彼は、細工物を入れた箱を持っていた。
「さっき仕上げたものだ」
ヴァンニの言葉に、シノブ達は彼が持っている箱を覗き込んだ。
「これは……」
シノブは、箱に入っていた装飾品を見て絶句した。
箱の中には、ネックレスとブレスレットが一つずつ入っていた。
ネックレスは、細いミスリルらしい鎖に、大きなサファイアらしい宝石のペンダントトップが付けられていた。青く輝く宝石の周りを、小さなダイヤのような透明な宝石が囲んでいる。
ペンダントトップの台座も鎖と同じくミスリルのようだ。繊細な彫刻が施された台座は、大まかにいえば下が長い菱形で、槍の穂先を思わせた。
ブレスレットは、精緻な模様が掘り込まれた細いプレートを、リングで繋ぎ合わせたものだ。
材質はミスリルのようだが、プレートには何かの牙のような素材が細い筋状にはめ込まれてアクセントになっている。
こちらには宝石は付いていないが、銀色に輝くプレートに幾筋もの白い牙らしき素材が組み合わされた様子は、かなりの手間が掛かっているのではないかと感じさせる。
「両方とも、ミスリルですか?」
アミィがヴァンニに問いかけた。
「そうだ。去年、竜の狩場の奥にある鉱山から掘り出して精製したものだ。このあたりの鉱山では一番上質だな。ネックレスのサファイアも、狩場の中の採掘場から出たものだ。
ブレスレットに使っているのは雪魔狼の牙だな」
ヴァンニはアミィにネックレスとブレスレットについて説明する。
「これは凄い……王都や領都でもこれほどのものは滅多にないぞ」
シャルロットも感嘆の声を上げた。
二つの品は、仕事場に飾られていたものとは明らかに違う出来の良さだ。使っている素材も一段上なのだろうが、それらより何倍もの手間暇をかけて作られているのが見ただけでわかる。
彼女が感嘆するのも無理はないだろう。
「これにしよう。ネックレスはシャルロットに、ブレスレットはアミィに似合うと思う」
ネックレスとブレスレットの素晴らしさに、シノブは購入を決定した。
その出来栄えも素晴らしいが、見ていると彼女達にぴったりだと思ったのだ。
「お主の目は確かなようだな。実は、首飾りは女騎士へ、腕輪は従者へと作ったものだ」
ヴァンニはシャルロットとアミィを見る。
「えっ、私達にですか?」
アミィが、驚いたように目を見開き、その薄紫の瞳でヴァンニを見つめた。
「そうだ。息子からお主達のことを聞いてな。荷物運びにカルッカというのがいただろう」
「ああ……パヴァーリの友人の」
シノブは、ヴァンニの言葉に竜の狩場へと同行した若いドワーフの戦士を思い出した。
「村と息子を救ってもらった礼だ。ぜひ貰ってくれ」
ヴァンニはそう言ってシノブに箱を差し出した。
「そんな、お代は払いますよ!」
ヴァンニの言葉に、シノブは慌てて手を振りながら反対する。
「……なら、合わせて金貨1枚だ。それ以上は受け取れん」
領都でアミィに買ったネックレスが金貨6枚。このネックレスとブレスレットは、どう見ても同等かそれ以上の品だ。シノブはヴァンニと押し問答するが結局彼に押し切られ、金貨1枚、1万メリーを払った。
メリエンヌ王国を含むエウレア地方の多くの国は、早くから貨幣価値を統一していた。そのため、シノブが領都で得た金貨は、ドワーフの国であるヴォーリ連合国でも同じ価値で扱われる。
「シノブ様、ありがとうございます!」
アミィは早速ブレスレットを腕に嵌め、にっこりとシノブを見上げる。
「アミィ、似合っているよ」
シノブは、ブレスレットに喜ぶ彼女の姿に温かい笑みを浮かべた。
「シノブ……すまないが付けてくれないか?」
シャルロットは頬を染めてシノブに頼む。
「ああ……これで良いかな?」
光り輝くプラチナブロンドを上げて首筋を見せるシャルロット。その姿に、シノブは僅かに緊張しながら、彼女の美しい首にネックレスを付けた。
「……ありがとう。シノブ、贈り物を貰ってこんなに嬉しかったのは初めてだ。大切にする」
はにかみながら礼を言うシャルロットは、シノブにはとても眩しく見えた。
お読みいただき、ありがとうございます。




