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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第20章 最後の神
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20.05 地底の命 後編

 結局アゼルフ共和国の使者アルリア達は、他種族の入国を認めなかった。

 アマノ同盟が優れた技術を持っていると、アルリア達は賞賛した。やはり蒸気船や魔力無線は、彼女達にとっても驚くべきものだったようだ。

 しかしアゼルフ共和国側の判断は(くつがえ)らなかった。


 アルリア達エルフは、森での暮らしを最上とし他所に足を運ばない。そして外へと続く場に関心がないから、蒸気船の技術に驚愕しても大きな興味を感じはしなかったのだろう。

 魔力無線も、アルリア達は画期的な連絡手段だと評した。しかし新たな技も、開国を決断させるには至らなかった。

 元々エルフ達の社会には変化が少ない。そして長寿の彼らには時間が幾らでもあるから、従来通りの手段でゆっくり連絡すれば、と思ってしまったようである。


 アゼルフ共和国の森は広く深い。

 エレビア王国はキルーシ王国を大国としているし、実際にエレビア王国に比べるとキルーシ王国の国土は十倍以上も広い。そのキルーシ王国よりアゼルフ共和国は一割近く大きく、更に殆どが森だというのだから、どれだけ広大か理解できよう。

 しかし人口比だと、両国は逆転する。キルーシ王国が百五十万人ほどに対し、アゼルフ共和国は五十万人を幾らか超える程度でしかない。

 エウレア地方のエルフの国デルフィナ共和国も同じだが、エルフの集団は他より遥かに人口密度が低い。これは彼らの土地の大半が森で、長寿の代わりに出産率が低いからである。

 このように人口や寿命が大きく異なるためかエルフ達は他種族、特に人族や獣人族のように生き急がない。おそらく、それが即時の情報伝達に強い感銘を受けない理由なのだろう。


 しかも今回の使節団は、魔道具技術を専門とする者を含んでいない。魔術師はいても、攻撃や防御、それに旅に役立つ実用的な術の使い手だけだった。

 そのためアゼルフ共和国のエルフ達は、東域探検船団が示した技術に部族の掟を()げるほどの衝撃を受けなかったのかもしれない。


「……ミリィ様、残念でしたね」


 晩餐の場から引き上げた直後、ソティオスは悔しげな顔をミリィに向けた。彼は蒸気船などを見せたらアゼルフ共和国の同族達も考えを変えるのでは、と期待をしていたようだ。

 ここは都市ヤングラトの太守ラジミールの館の別館、東域探検船団に割り当てられた場だ。しかも別館でも奥まった広間で、他にはカンビーニ王国の王太子シルヴェリオしかいない。


「そうですね~。もう一押しだと思うのですが~」


 ミリィも無念そうな様子を隠さない。昼間もそうであったが、彼女は何としてもアゼルフ共和国にエルフ以外を入国させたいようだ。

 アムテリアの授けた足環の力で完全にエルフへと変じているから、ミリィは入国できる。しかし獅子の獣人のシルヴェリオは、このままだとヤングラトで留守番をするしかない。


「私達は残っても構いませんよ。船団を置いていくわけですから、ここにも通信筒を持った者が必要でしょうし」


 シルヴェリオの言葉通り、ヤングラトにも連絡役は必要ではある。

 もっともアマノ同盟はエレビアの都市にも魔力無線を設置するから、必ずしもシルヴェリオが残る必要はない。おそらく彼は、(こじ)れるくらいなら今回は身を引こうと思ったのだろう。


「この機会に国を開いてほしいのですよ~。出来れば神々とか眷属とか神獣とか、そういうのを抜きにしてですね~」


 昼間ミリィは、光翔虎に脅させようかと言った。

 しかし、それは冗談だったようだ。ミリィは口調こそ普段と変わらないが、いつになく真剣な表情をしている。


「急がれるのは、アスレア海にいるという謎の存在を懸念されてですか?」


 シルヴェリオは、ここまでミリィが拘る理由を知りたくなったらしい。

 アスレア海に謎の海神が潜んでいるかもしれない。それは既に限られた者達には明かされていたし、シルヴェリオも推測を伝えられた一人である。


 もっとも謎の海神は、アゼルフ共和国の近海にいるわけではなさそうだ。

 『南から来た男』という後にベーリンゲン帝国の初代皇帝となったらしき人物は、現在のアルバン王国の南沿岸でバアル神と出会ったようだ。そしてバアル神は謎の海神と別れてから陸に向かったと思われる。つまり謎の海神がいるのも、アルバン王国の南海である可能性が高い。

 この『南から来た男』はアゼルフ共和国に侵入したか何かで、エルフの木人術を得た形跡がある。そのためアゼルフ共和国で情報収集したいのは確かだが、それだけならミリィやソティオスなど入国可能な者達だけでも対処できる筈だ。

 しかしミリィは、どうしてもアゼルフ共和国のエルフに他種族との交流を深めてほしいようだ。


「ミリィ様……」


 ソティオスも理由が判らないようだ。彼の(おもて)にも僅かだが興味が滲んでいた。

 デルフィナ共和国の場合、最初の使者がメリエンヌ王国を訪れてからシノブ達が()の国の首都デルフィンを訪問するまで、一ヶ月はあった。

 期間の長さだけで比べるわけにはいかないが、ミリィ達がアゼルフ共和国の者と初めて会ってから十日でしかない。したがって他種族の入国は、更に何度かのやり取りを経てからで充分ではないだろうか。

 ソティオスも、なるべく早くとは思っているようだ。それに彼は同じエルフとして、頑迷にも見える同族を何とかしたいという気持ちも強いらしい。

 それに対し本当はエルフではないミリィが、何故(なぜ)ここまで肩入れするのか。それはソティオスにとっても不思議なことに違いない。


「明日ですね~。一応、手は打っていますし~。実はですね~」


 ミリィは真意を示さなかったが、代わりに明日のことを語り出した。

 それは、よほど驚くべきことだったらしい。シルヴェリオとソティオスの目は大きく見開かれ、更に二人の顔は次第に苦笑らしきもので覆われていったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「それではソティオス殿、参りましょう」


 アゼルフ共和国のエルフ、アルリアは同族であるソティオス達に誘いの言葉を掛ける。

 都市ヤングラトの港にはアゼルフ共和国の船が停泊している。そしてアルリアは、自国の船に乗るようソティオス達を促したのだ。


 アルリア達が訪れた前日同様、空は晴れ渡り海は穏やかだ。これなら簡素な造りで小振りなアゼルフ共和国の船でも、問題なく海峡を渡れるだろう。

 しかしソティオスは、誘いの言葉を受けても立ち止まったままであった。


「少しだけ時間をいただけないでしょうか~?」


 代わりに前に出たのは、エルフに変じたミリィであった。

 長く真っ直ぐに伸ばしたプラチナブロンドに薄い色の肌、そして長い耳。それはソティオス達と同じだが、ミリィの外見は十歳程度の少女だ。そのためだろう、アゼルフ共和国の者達は意外そうな表情となる。


「……ミリーナさん?」


 アルリアも、どう反応すべきか戸惑ったようだ。

 これまでのミリィは、年齢に相応しい振る舞いをしてきた。つまり彼女は大人しくソティオスの隣に座るだけで、口を挟むことはなかったのだ。

 そのためアルリアも、ミリィのことを族長の孫など特殊な立場の子供とだけ受け取っていたらしい。


「これなら驚いてくれるかな~、と思いまして~」


 ミリィの言葉が終わると同時に、東域探検船団の者達が(たずさ)えていた荷の一つから覆いが取り払われた。

 それは四角い箱の正面に、丸いガラスが付けられたものであった。少し膨らみを帯びたガラスは、箱から突き出した円筒の先に()められている。

 これは先日誕生した写真の魔道具である。三脚の上に据えられた魔道具は随分と大きく、後ろにいる者の頭は箱に(さえぎ)られ全く見えない。


「実はですね~。これは魂を抜く魔道具でして~」


「えっ! まさか憑依の術を悪用した!?」


 ミリィの言葉に、アルリア達が驚きを示す。そして同時に僅かな物音が四角い箱から響いた。


「……というのは冗談です~。これは写真という、姿を写す魔道具ですよ~」


「な、何を言われているのか……」


 ミリィの言葉のみだと、アルリア達は理解できなかったようだ。確かに初めての者からすれば、撮影した写真でも見ないことには、どんなものか想像するのは難しいだろう。

 どうやら、この場で現像するらしい。写真の魔道具を操作していた男は脇に用意された分厚い黒布の天幕に入った。そして彼が何をするか判らないアルリア達は、不審そうな顔をしている。


「少々お待ちください~。その間に、こちらを~」


 ミリィの言葉で、別の包みの覆いが払われた。そして側にいた一人が、巨大な箱に歩み寄って何やら操作をする。


『これは写真という、姿を写す魔道具ですよ~』


『な、何を言われているのか……』


 今度は録音の魔道装置であった。つい今しがたの、ミリィとアルリアのやり取りが再生される。


「ど、どうしてアルリア様の声が!?」


「誰かが真似しているのか!?」


 アゼルフ共和国の使節団から、大きなどよめきが生まれる。どうやら彼らは、蒸気船や魔力無線と同じかそれ以上の驚きを録音の魔道装置に感じたようだ。

 船は動力を別にすれば自分達も一応は所有している。それに無線は極めて遠方に届くが、乱暴に言えば狼煙や鐘と同じ伝達手段の一種である。したがって原理に目を見張っても、全く想像の外ということもなかったのだろう。

 それに十日前ほどに訪れた通商担当のエルフも、蒸気船や魔力無線を見ている。したがって使節団の者達も、心の準備が出来ていたのかもしれない。


「録音の魔道具というものです~。これは……」


『今、私達のエウレア地方を騒がせた巨大な何かが、あなた方の住む場所で目覚めるかもしれません。早く誰かが対処しなければ、大変なことになるでしょう。この録音を聞いて、早く立ち上がって……』


 ミリィが説明する間、録音の魔道具の操作係は事前に録音した内容を再生していた。

 ちなみに声はミリィのものらしい。巨大な災厄の接近に備えるように訴えかけるような、真摯な声音(こわね)は普段の彼女より随分と大人びて聞こえる。


「もう一度アマノ同盟の実力を示して私達の翻意を促そうと? この録音というものは確かに驚くべき技ですが……」


 アルリアは、ミリィが何を意図しているか気が付いたようだ。

 蒸気船と魔力無線で驚かないなら、更なる何かを示したらどうだろう。そして乗り物でも通信でもない、別系統のものなら心が動くかもしれない。ミリィは前日の夜、シルヴェリオやソティオスにそう語ったのだ。


「……さて、そろそろ良いようですね~。これが写真です~」


 ミリィはアルリアに四角い紙を渡す。それは、黒い天幕から出てきた男から渡されたものだ。


「これは、私達の絵! ……先ほどのものですか!?」


 アルリアは写真と周囲の風景を見比べる。

 写真の中には、大勢の者が港を背に同じ位置で立っている。そのため事前に用意することは不可能だと、彼女は気付いたのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「貴女達はエルフの技術流出を心配しているようです~。でも、世界はもっと進んでいるのですよ~。このままでは、時代遅れになるでしょうね~」


 主だった者が写真を見終わると、ミリィは挑発的な言葉を口にした。可愛らしい容姿の彼女だが、その言葉のせいか、浮かべる微笑みは意地悪そうに見えなくもない。


「そ、そんな! ですが、私達の符術は……」


 アルリアに続く地位のシヴィニアという女性は、ミリィに詰め寄ろうとした。しかし彼女は二歩か三歩踏み出したところで動きを()めてしまう。


「これが、私達の改良した鋼人(こうじん)です~。それから、こんなのもありますよ~」


 箱の中から出てきたのは、王都エレビスで回収した鋼人(こうじん)であった。

 そして更に、海中から巨大な木人が姿を現す。どうやら巨大木人は、今まで港の底に寝そべって隠れていたらしい。呼吸を必要としない憑依だから可能な技である。


『初めましてデルフィナ共和国のメリーナと申します。ソティオスの娘です』


『私はメリーナの兄、ファリオスです』


 鋼人(こうじん)から女性の声、そして巨大木人から男性の声が響いてくる。

 箱から出てきた鋼の像は、女性らしい容姿に造りかえられていた。そのためだろう、お辞儀する姿も操るメリーナを思わせる流麗な仕草であった。


 そして巨大木人は、全てが木製ではなく一部を鋼で覆っていた。基本的には以前の『木人ガー』と似ているが、三割程度は大型化しているようだ。


「こ、こんな大きな木人を!」


「これで戦うのか!?」


 アゼルフ共和国のエルフ達は、(いず)れも紙のように蒼白な顔であった。

 木人術はアゼルフ共和国にも存在した。そして自分達も知っている技術だけに、彼らは目の前の巨人に驚かざるを得なかったようだ。


 何しろ埠頭に上陸してきた巨大木人は、港に浮かぶ東域探検船団のマストに迫る高さだ。仮に巨大木人が手を上げたら、高さ30mのマストと殆ど変わらない高さになるだろう。

 それだけの巨人が暴れたら。おそらくアゼルフ共和国の者達は、そう考えたのだろう。それに太守のラジミールなどエレビア王国の者達も、これには大きくざわめいていた。


『この木人は『狗礼徒(ぐれいと)木人ガー』です。……ああ、ご心配なく。これは作業用です。蒸気船や飛行船の組み立てにも使うのですよ』


 メリエンヌ学園の研究所には、僅かだがヤマト王国のエルフ達も留学している。そのため発声装置も組み込まれたが、合わせて向こう風の名前も採用されたらしい。

 ファリオスが告げた巨大木人の名には、伊予(いよ)の島と同じく『狗』の文字が冠されていた。


「そ、その……飛行船とは、空を飛ぶ船なのですか!?」


 アルリアは興奮を顕わにしながらも、ミリィへと訊ねていた。

 自分達にはエルフの優れた技術が、と強がる気も既に無いのだろう。アルリアの顔に浮かんでいるのは、尊敬と憧憬の二つであった。


「はい~。そろそろ来ます……あ、アレですね~」


 ミリィは北西の空を指差した。そこには昨日大砂漠の探検を開始した飛行船、ミュレ子爵マルタンやハレール男爵ピッカールの乗っている白い巨船が浮かんでいる。


 昨日とは違い、飛行船に随伴するものはいない。おそらく炎竜の長老夫妻アジドとハーシャは、飛行船の中にいるのだろう。

 エレビア半島には空を飛ぶ魔獣などいないから、竜達に護衛してもらわなくても問題はない。ただし現状の飛行船では、長距離の高速飛行をするには人間の魔力だけでは足りなかった。そのため飛行船の中には大魔力を提供できる何者かがいる筈である。


「……あれも人の手で造れるのですね?」


 一旦は空を見上げたアルリアだが、再びミリィへと顔を向け直した。どうやらアルリアは、ミリィの意図が何かを察したようだ。


「はい~。蒸気船と同じで、四種族が手を取り合う場で誕生し磨かれたものです~」


 ミリィは大きく頷くと、飛行船がどのようなものか説明を始めた。

 おそらくミリィは、想像を絶する技術を見せつけてアルリア達の翻意を促そうとしているのだろう。

 アゼルフ共和国のエルフが他種族の入国を拒むのは、符術など高度で危険な術の流出を恐れているからだ。しかし外部の者達の方が圧倒的に高い技術を持っていれば、鎖国をしても意味がない。それどころかアゼルフ共和国が国を閉じている間に、周囲は更に進んでいく。

 それらに気が付いて開国してほしい。どうやらミリィは、そう考えているらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「私達は、自身の(おご)りで時代に取り残される……そう仰りたいのですね?」


 アルリアは、目の前の少女が外見通りの年齢ではないと察したのであろうか。彼女は、それまでより丁寧な口調でミリィへと問い掛けた。

 それに彼女の同僚シヴィニアなど、他の者達もミリィに畏敬にも似た視線を向けている。


「申し訳ありません~。でも私は、貴女達アルフール様の(いと)し子が取り残される姿を見たくなかったのです~」


 言葉通りにミリィは済まなげな表情となっていたが、自身の意見を躊躇(ためら)わずに口にした。このまま座視すればアゼルフ共和国と他の国々に大きな差が生じるだろうと。


「判りました。私が責任を……」


「アルリア……」


 頷き語り始めたアルリアに、隣のシヴィニアが心配げな顔を向けた。

 アルリアは、他種族のシルヴェリオやラジミールを同行させるつもりなのだろう。あくまで独断であり部族長に叱られ処罰されるかもしれないが、自身が責任を取る。そう言いかけたに違いない。


「そこまでにしてください~。アルリアさんが(おさ)を説得してくれるなら、それで良いです~。まず、私やソティオスさんを連れて行ってください~。(おさ)に許可さえもらえれば、飛行船で後続もすぐ合流できますし~」


 ミリィはアルリアの言葉を(さえぎ)った。そして彼女は使節団を率いる若きエルフに、まずは自分やソティオスなどエルフの一団のみが訪問しようと続ける。


「それが良いでしょう。私達は、ここで暫く待ちますよ。アルリア殿が族長殿の心を動かす日を楽しみにしてね」


 シルヴェリオは柔らかな笑みを浮かべていた。

 アゼルフ共和国の使節団が他種族との関係作りに前向きな態度を示してくれたら、それで良い。アマノ同盟で生まれた品々を実際に見た使節達の心も動かせないようでは、遠く離れた地の部族長の首を縦に振らせることなど不可能だ。

 しかし今、アルリア達は国を開く必要があると認めた。ならば、焦ることは無い。おそらくシルヴェリオは、そう思ったのだろう。


「シルヴェリオ殿が、そう仰るなら……」


 ヤングラトの太守ラジミールの声音(こわね)には、隠し切れない安堵が滲んでいた。

 エレビア王国のためにエルフ達との交流を深めたいと、ラジミールも主張した。しかし彼が強く交流を望む裏には、大恩あるアマノ同盟の願いを成就させなければという思惑もあったに違いない。

 だが、これでアマノ同盟の希望は近いうちに(かな)うだろう。強く迫ったとはいえ、エルフの使者も他種族と共に歩もうと言ってくれたのだから。


「ありがとうございます……ここで見たことを私は(おさ)に正しく伝えます。我々が大切にしてきたものは他所で更に大きく花開いている……外も大きく変わっているのだと……」


「アルリア、私も一緒に(おさ)に嘆願するわ。エルフの優れた技は、別にエルフだけで守らなくても良いって……むしろ正しく守り伝えていくには、外の人達と一緒に頑張るべきだって……」


 真摯な表情で語るアルリアに、シヴィニアは自身も(おさ)を動かすべく共に動くと伝えた。そして若き二人のエルフは、互いの手を取り合い大きく頷いた。


 そんなアルリア達を、ミリィは嬉しげな表情で見つめていた。一同の中で最も小さな彼女だが、まるで我が子を見守る母親のように大きくすら感じる。やはりミリィは、眷属としてエルフ達の後押しをしたかったのであろうか。


「ところでミリーナ殿。この巨大な木人も船に乗せていたのですか? このような大きなものが収まるとは思えませんが……もしや、これもアマノ同盟の技術によるものでしょうか?」


 アルリアはミリィを同格以上の者として扱うことにしたようだ。アルリアは更なる敬意を滲ませつつミリィに訊ねる。


「これはですね~。シノブ様~、アミィ~」


 苦笑いを浮かべたミリィは、誰もいない一角に向くとシノブ達の名を呼んだ。すると、そこに白き衣を(まと)った青年と狐の獣人の少女、更に竜や光翔虎などの子供が出現する。

 しかも空に浮かぶ飛行船の側には、光翔虎のフォージとバージまで姿を現した。そのため港に集った者達から、大きなどよめきが上がる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「初めまして。私がアマノ同盟の盟主シノブ・ド・アマノです」


「アミィです。その……ミリィの同僚です」


 シノブとアミィはアルリアやシヴィニア達の側に寄ると、自己紹介をした。そして二人に続き、オルムル達も自身の名を告げていく。


「実は、魔法のカバンという秘宝がありまして。それで巨大木人を運んだのです」


『アミィさん、フェルンやケリスにあげる魔獣を出してください!』


 シノブが魔法のカバンに触れると、岩竜の子オルムルが魔獣を取り出してくれとねだる。そこでアミィは、カバンから巨大な森林大猪を一頭出した。


『超・大・切・断!』


 嵐竜ラーカが森林大猪を切り分けると、そこに子供達が群がっていく。

 オルムルは昨日生まれたばかりの玄王亀の幼子ケリスと生後三ヶ月の炎竜の子フェルンの名のみを挙げた。しかし彼女を含め他の子供達も魔獣を食べようと囲んでいた。


『ケリス、このくらいでどうでしょう?』


──ちょうど良いです──


 岩竜の子ファーヴがケリスの小さな口に合わせて刻んだ肉片を運ぶと、玄王亀の幼獣は嬉しげな思念を発しつつ平らげていく。

 ちなみにケリスは思念のみだ。まだ彼女は、音声での会話を習得していないからである。それに食べながらでは、鳴き声を用いた意思表示『アマノ式伝達法』も使えない。


『可愛いですね』


 長い首をケリスに向けて言葉を発したのは、海竜の子リタンである。彼はケリスを背に乗せて運んでいるのだ。


『ええ。それに何となく親子みたいですよ』


 笑いを含むような声で応じたのは、炎竜の子シュメイだ。彼女はケリスが落ちないように見張っているらしく、リタンのすぐ近くの斜め後方に浮かんでいた。

 ちなみにケリス以外は、全て人間の子供くらいに小さくなっている。そのため八頭もの子供がいても、それほど手狭ではなかった。


『フェルンも宙での静止が上手くなりましたね~』


『まだ短い時間ですけど』


 フェイニーとフェルンは、食事をしながら言葉を交わしていた。竜や光翔虎、そして玄王亀の発声は魔力障壁によるものだから、口が塞がっていても音声で会話できるのだ。


「その……」


「もしかして……」


 アルリアとシヴィニアは、食欲旺盛な子供達から目が離せないらしい。もちろん二人の仲間達も同様だ。おそらく彼らは、初めて竜や光翔虎などを見るのだろうから当然ではある。


「どうぞ、側に寄ってみてください」


「私が案内します~。アルリアさん、シヴィニアさん、どうぞこちらへ~」


 シノブが促すと、ミリィが先に立ってオルムル達に向かっていった。そしてアルリア達も、彼女に続いていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──アミィ。ミリィはエルフと縁があるのかな?──


 シノブとアミィはオルムル達と共に姿を消し、港での一部始終を見守っていた。そのためシノブは、ミリィが普段より積極的に動いていることも察していた。

 ミリィは、創世期にヤマト王国の伊予(いよ)の島に現れ美留花(みるはな)と名乗った眷属と知り合いらしい。そして、このミルハナはヤマト王国のエルフに木人術を授けたそうだ。

 またデルフィナ共和国の聖人クリソナは、ミリィと同じ金鵄(きんし)族である。


 もしかすると、金鵄(きんし)族はエルフと特に縁のある眷属なのだろうか。ならばミリィも、エルフを支援したり見守ったりしたことがあるのでは。そして彼女が見つめた人々や場所とは。シノブの思考は、そこに自然と向かっていた。


──その……眷属同士は、過去の地上での任務についてあまり触れません……私はシノブ様と出会ったとき、メリエンヌ王国を見守っていたと明かしましたが──


──ああ。お陰で安心して訓練に励めたよ──


 アミィの言いたいことを、シノブは察していた。

 本来触れない過去の務めについてアミィが教えたのは、シノブにメリエンヌ王国のことを伝えるためだ。彼女がメリエンヌ王国を担当していたと知ったから、シノブは先行きに不安を感じなかった。それは、間違いのない事実である。


──おそらくシノブ様の御想像の通りだと思います。彼女は……きっと──


──そうか……ありがとう──


 シノブはアミィの肩に手を置いた。それ以上は、聞く必要が無いと思ったからだ。

 アゼルフ共和国のエルフと、過去のミリィは何らかの形で関わったのだろう。アミィのように見守ったのか。それとも何かの任務で直接関与したのか。あるいは縁が深いというミルハナが慈しんだ地なのか。


 ミリィはアルリア達を森の女神アルフールの(いと)し子と呼んだ。そう呼んだのは、本当にアルフールだけなのだろうか。ミリィ自身やミリィと親しい眷属も、同じように呼びエルフ達を()でたのではないだろうか。

 楽しげにエルフ達と語らうミリィの横顔は、シノブの胸に浮かんだ思いを更に強くする。


「アルリアさん達は、まだ『アマノ式伝達法』を知らないですよね~? 私がケリスちゃんの言葉を通訳しますよ~」


「あ、ありがとうございます!」


 もしかすると、アルリアがミリィの知るエルフの子孫なのだろうか。アルリアに語り掛けるミリィが自身の知らない表情をしているように、シノブは感じてしまう。


 アミィ達は、最高齢のエルフよりも長く生きているらしい。現にアミィがメリエンヌ王国を担当していたのは、今から二百年ほど前までだという。

 もしミリィがアミィと同時期に地上を監視する任務に就いていたなら、そのころ生きていたエルフは族長や長老に並ぶ年代となる。そして更に前なら、既にミリィの知人は没しているだろう。


 長い時を過ごしてきた彼女達の背負った重荷と、それでも持ち続けてきた優しい心。それらはシノブの気持ちを引き締める一方で、温かなものも与えてくれた。

 簡単に揺れるような心で重荷は背負えないだろう。しかし冷えて固まった心でも駄目だ。それでは大切な荷を預かる意味がない。ミリィの自然な振る舞いは、シノブの気持ちを(ほぐ)してくれたのだ。


「ケリス様は、地底でお生まれになったのですね! 実は私達の国にも……」


──お友達……会えるのですか?──


 どうやらアルリアは、ケリスから玄王亀のことを詳しく聞いたらしい。そしてアゼルフ共和国には玄王亀か類似の存在がいるようだ。

 シノブの心に、更なる喜びが宿る。そしてシノブは浮き立つ気持ちをそのままに、アミィを伴いケリス達のところに歩んでいく。


「ケリス、良かったね。きっと友達がいる……いや、もうオルムル達に続く友達が出来たよ。アルリアさんという、エルフの友達がね」


──アルリアさん、お友達?──


 手を差し伸べ撫でるシノブを、ケリスは見上げながら思念で応じた。そしてミリィが、アルリアに彼女の言葉を翻訳する。


「はい、どうかケリス様のお友達に加えてください」


──はい!──


 小さな玄王亀と若いエルフの友誼に、シノブは自然と顔を綻ばせた。もちろんアミィやミリィ達も。そしてオルムル達は宙に舞いケリスを祝福する。


 更に空から飛行船と輝く天駆ける虎が迫ってくる。

 自身の力で空を(つか)んだ人間達。彼らに寄り添い導く叡智の火たる炎竜の長老達。そして森を守る神獣の光翔虎達。それは新時代の希望と偉大なる種族の競演だ。

 輝く太陽。青い空と海。純白の飛行船と竜に光翔虎。そして多くの人々。その(いず)れも、小さな命が得た宝に微笑み、溢れんばかりの祝意を贈っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年12月17日17時の更新となります。


 異聞録の第二十七話を公開しました。シリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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