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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第1章 狐耳の従者
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01.03 大森林のステキな家

「こ、これは……」


 魔法の家に入ると(しのぶ)は予想外の光景に絶句した。レンガ造りの素朴な外見に反し、内部は現代の住宅そっくりであったからだ。

 玄関は床が白い大理石のようなタイルで覆われ、廊下との境は10cmほどの段差となっている。そして廊下は撥水コーティングされたオーク材らしきものでフローリングされ、正面と左右に幾つかの扉が見える。

 更に天井や壁は、白地に織物調のパターンが付けられたクロスで綺麗に覆われている。


 一言でいうならマンション、それも現代日本のマンションのようであった。


 靴を脱いで上がり各部屋をざっと覗いてみた結果、日本風に言えば3LDKであることが判った。

 正面の扉の向こうは、リビングとダイニング、そしてカウンター越しのキッチンがある一続きの空間になっている。

 寝室以外にも、洗面所、バスルーム、トイレがあり、さほど広くはないが新築マンション並みに整った設備のようだ。


 一通り見て回った二人はリビングに置かれていたソファーに腰かけた。


「凄いですね~」


「……そうだね」


 各部屋を巡り真新しい室内や家具を見て嬉しげなアミィと比べ、忍のテンションは低い。実は、忍は住居以外のことに衝撃を受けていた。


「まさか姿が変わっているなんて思わなかったよ」


 忍は地球にいたころと容姿が変わっていた。洗面所の鏡を見たときに気が付いたのだ。

 アムテリアのような金髪碧眼、薄い色の肌。顔立ちには僅かに忍の面影も残っているが、仮に日本の友人達が見ても同一人物とは思わないだろう。

 比較するものがないから分からないが、身長も高くなっているような気がした。体型自体が変わって足が長くなったように思う。もし地球に行ったら北欧系の人種と思われるだろう。

 アミィによれば、この付近の人々は今の忍のような外見をしているらしい。おそらく、ここは地球なら西欧に当たる地方なのだろう。


(アムテリア様、肉体を作り変えて送り込む、って言っていたな……アミィが、もう地球人じゃない、って言ったときは能力だけのことかと思ったけど、そうじゃなかったんだ)


 そんなことを考えていた忍の耳に、案ずるような少女の声が届いた。もちろん、それはアミィの声だ。


「シノブ様……地球と違うお姿、お嫌ですか?」


 小柄な狐の獣人の少女は、案ずるような表情で忍を見つめていた。生まれながらの容姿を捨てることになった忍の胸中に、アミィは思い至ったようだ。


「いや、もう日本人の天野(あまの)忍じゃないんだ、と思ってさ。荷物もそうだけど、俺自身も含め全部変わっちゃった、ってことかな」


 忍は心配そうなアミィに、なんとか笑顔を返そうとした。しかし失敗したようで、幼さが残る少女の顔は曇ったままだ。

 もっとも、アミィは外見どおりの年齢ではないらしい。昔、地上を監視する務めにあったと彼女は言った。確かに彼女は神の眷属だから、可愛らしい姿からは想像もできない長い時間を過ごしてきたとしても不思議ではない。


「シノブ様は地球人からこちらの世界の種族になりました。でも、天狐族から狐の獣人族になっても私が私であるように、シノブ様はどんな姿になってもシノブ様ですよ」


 アミィは慰めるように忍に言った。諭すようでもある彼女の言葉が、十歳くらいの少女に大人びた空気を(まと)わせる。


「そうだね。これからはこの世界のシノブ・アマノとして生きていくさ!」


 まだ微か寂しい気持ちは残っている。しかしアミィを心配させるわけにもいかない。その思いが、強がり半分の宣言へと繋がった。


(そう、今日から俺はシノブ。シノブ・アマノとしてこの世界で生きていくんだ!)


 忍、いや、シノブはそう心に誓った。

 これからは、新たな世界の住人となるのだ。その決意が伝わったのだろう、アミィは優しげな笑みを浮かべつつ、新たな名を得た若者を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 気を取り直したシノブは、アミィと共に家の中を細かく見て周った。過去を振り返るのは後で良いし、今すべきことは他にある。シノブは、そう思ったのだ。


(まさか異世界に来て現代日本レベルの家があっさり手に入るとは思ってなかったよ……)


 照明は蛍光灯やLEDライト並みに明るい魔力灯。

 キッチンにはIHならぬ魔力コンロや魔力食器洗い機に魔力冷蔵庫。食器棚もあり食器もそれなりに揃っているようだ。

 お湯と水の混合栓の付いたシンクに壁面の全自動湯沸かし器の操作パネルは、日本の住居となんら変わりがない。


 洗面所には三面鏡つきの洗面化粧台にリネン庫、ななめドラム式の洗濯乾燥機。この洗濯機も魔力で動くらしい。


 バスルームにも全自動湯沸かし器の操作パネルがあり、壁にはお湯と水の混合栓とシャワーヘッドまである。繰り返すがこれらも魔力で稼働する魔道具だ。

 浴槽は人工大理石のような素材。これも日本のものと比べても見劣りしない。


 それぞれに水を供給するのも魔道具。どこから取水しているのか不明だが、綺麗な水が出てくる。


 それならトイレは、と思って見てみると予想通りの現代日本クォリティ。水洗トイレに温水洗浄便座である。動力についてはもはや語る必要もないだろう。


 流石にテレビやオーディオは存在しないが、リビングにはソファー、ダイニングにもテーブルと椅子が置かれ、三つの寝室にはクローゼットにベッドが備え付けられている。

 しかもリビングおよび各寝室には、エアコンまで設置されていた。


「魔法で実現しているようだけど、外見上は日本の道具と全く見分けが付かないね」


「そうですね。私も実物を見るのは初めてですけど、使い勝手も日本のものと変わらないようですね」


 シノブの言葉にアミィが相槌(あいづち)を打つ。口振りからすると、彼女は日本の家電製品を知っているようだ。


「アミィは日本のことを知っているの?」


 女神の眷属は、地球の知識も持っているのだろうか。そんな疑念を(いだ)きつつ、シノブは問い掛ける。


「あ、お伝えしていませんでしたね! 私はシノブ様の持ち物だったスマートフォンの機能を引き継いでいるんですよ。といってもごく一部だけですけど」


「ええっ!」


 いきなりのカミングアウトにシノブは驚いた。そう言えば転移前のシノブ、つまり天野忍が持っていた道具のうち、スマホに相当するものは見当たらなかった。


「主なものだけ挙げますと、カメラ、録音、辞書、マップ、あとシノブ様とだけですが通信ができます」


 詳しく聞くと、アミィは見聞きしたものを極めて正確に記憶できるらしい。加えて天狐族だったときに記憶した地理情報とスマホのマップアプリを組み合わせた独特のマップ能力もあり、現在位置の把握もできるそうだ。

 彼女は日本の知識をスマホの辞書などから得ているという。どうやらシノブのサポートを適切に行えるよう、アムテリアが配慮した結果らしい。


「確かにアミィが日本のことを知っていれば、こっちとの違いを俺に教えるときに都合が良いからなぁ」


 シノブはアムテリアの気遣いに感謝した。

 異文化どころか異世界である。常識の根本が異なれば、説明にも苦労するし抜けも出るだろう。


「で、通信ができるってどういうこと?」


──それはこういうことです。シノブ様、聞こえていますか?──


 いきなり頭の中に響いた声に、シノブは驚いた。しかし彼は、どうにか動揺を抑えて「ああ、聞こえているよ」と返事をする。


──シノブ様も心の中で私に呼びかけてみてください──


 シノブの頭の中に響く声は、通常の音声とは違う。しかし同時に、どことなくアミィらしい感じがする愛らしいものだった。そのためシノブの心に落ち着きが戻る。


──えっとこうかな?──


 シノブはとりあえず言われたとおりに念じてみた。声には出さないが、アミィを意識しながら語りかけるような感じで思いを紡ぐ。


──あっ、聞こえました。こうやって二人の間だけですが心の声でやり取りできるんです──


 アミィの言う心の声が、シノブへと返ってくる。シノブも心の声を使うことができたのだ。


 新たな力を得た喜びと驚きが、シノブの心に広がっていく。森での跳躍、身体強化も驚異的だった。しかし言い方は悪いが、そちらは単なる能力の向上でしかない。それに比べ、これまで使ったことが無い思念による会話は、シノブの心を大きく揺さぶったのだ。


「ありがとう、よく判ったよ。でも、慣れないせいか普通にしゃべる方が楽だね」


 シノブは心の声を使うのをやめ、普通に話す。

 便利だし、使いどころも色々ありそうな力だ。しかし初めてのせいか、シノブは話す方が容易だと感じたのだ。立て続けに色々なことが起きたから、少し疲れたのかもしれない。


「そうですね。でも慣れればもっと楽になると思いますよ」


 アミィは優しく微笑んだ。もしかすると彼女は、シノブの内心を察したのかもしれない。

 ちなみにアムテリアと違い、シノブとアミィは相手の心を読むことはできず、相手に届けようとしっかり念じたことだけが伝わるらしい。アミィを頼りにしているシノブだが、流石に考えていることが筒抜けなのは嫌だと思ったので、彼女の言葉に密かに安堵した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達が家の中を確認している間に、だいぶ日が落ちたようだ。シノブ達がいるリビングも、かなり暗くなってきた。


「そろそろ食事にしようか。アムテリア様が用意してくれたお弁当を食べよう」


 シノブは魔力灯を点け、食事をしようとダイニングに向かった。昼食を食べ損ねたため、かなりの空腹をシノブは感じていたのだ。


「はい、少々お待ちください」


 アミィはキッチンからコップなどの食器を持ってきた。そして彼女は魔法のカバンから弁当などを取出し、コップに魔法の水筒からお茶を注ぐ。元はペットボトルの冷茶だったためだろう、注がれたのはシノブの飲みなれた緑茶に似た色合いだ。

 そして二人は椅子に座ると、弁当の(ふた)を開けた。


「アミィ、このお弁当にも魔法がかかっているの?」


 シノブは弁当箱の中の牛ステーキや、その脇から覗くご飯を見ながらアミィに問うた。

 ちなみに容器自体は、ごく普通の薄い板でできているように見える。ちょっと古風な弁当箱といった感じである。


「そうですね、お弁当は体力回復の効果があります。お茶は魔力回復ですね」


「サラダセットは?」


 シノブも慣れたのか、驚かずに言葉を続ける。

 二人のいる魔法の家を始め、想像を絶する道具ばかりだ。むしろ単なる弁当だと言われた方が、シノブは驚いたかもしれない。


「状態異常回復です。心を鎮める効果もあるそうです」


「そっか。今日はいっぱい驚いたから、沢山サラダを食べるかな」


 そんなことを呟くシノブに、アミィはもう一つサラダセットを取出し「どうぞ」と手渡してきた。お昼抜きのシノブは、ありがたくいただくこととする。


「あ、お箸もあるんだ」


 アミィが持ってきた食器には箸があった。それも、日本で使っていたような(うるし)()りの箸である。


「はい、お弁当にはお箸が良いですよね?」


「そうだね。アミィはお箸を使えるの?」


 自分の分を持ってくるのだから、使えるのだろうとシノブは考えたが、念の為に聞いてみた。これもスマホから得た能力なのか、と思ったからだ。


「アムテリア様はお箸もお使いになりますから、眷属の私達も使い方を習いました」


 アミィは自然な口調で答えた。

 アムテリアの金髪碧眼の外見からは意外ではある。しかし元が日本の女神なら、そういうこともあるかもしれない、とシノブは納得した。


「神様やその眷属は魔力を吸収するだけでも問題ありませんが、食事もできます。今の私は獣人族ですから食べ物がないと生きていけませんけど」


「そうなんだ。それじゃ食べようか」


 シノブとアミィは「いただきます」と言って食べ始める。


 弁当の内容は、日本で買った牛ステーキ弁当と同じように見える。地元の和牛を使っているのがウリの弁当はジューシーで旨みたっぷりだ。そして空腹のせいもあるのか、シノブは今まで食べたどんな牛肉より、美味(おい)しく感じた。

 ご飯もふっくらと炊きあげられて、これまた絶品である。とても購入してから何時間も経過したとは思えない。魔法のカバンの内部は時間が止まるというが、それだけとは思えない極上の米と炊き具合だ。

 サラダセットも、元がコンビニで買ったものと思えないほど新鮮だ。そのためシノブは、(またた)く間に二つ食べてしまった。


「空腹は最高の調味料、っていうけど、お弁当もおいしかったなぁ」


 シノブは、あっという間に食事を終えた。そして空腹が満たされ人心地が付いた彼は、ゆっくりとお茶を飲む。


「アムテリア様がご用意したお弁当ですから! こんなに美味(おい)しいものはそうそう手に入りませんよ」


 満足げなシノブに、アミィもにっこり微笑む。やはり彼女は、自身が仕える女神を大いに敬っているのだろう。少女の顔には、どこか自慢げな輝きが宿っている。


「そりゃそうか。そう言えばこっちの食事ってどんな感じなの?」


 シノブは、この世界の食生活について質問する。満腹になったからか、今後のことを考える余裕ができたようだ。


「フォークやナイフもありますし、なんでも手づかみで食べる、ということはないですよ」


 アミィによると、このあたりの国は地球でいえば西洋風の文化で、食べ物も洋風とのことだ。当然、箸は使わないが、アムテリアはその出自から箸も使うし和食風の食べ物も好むという。

 この地方は比較的文化が進んだ地域だが、それでも地球でいえばギリギリ近世かそれ以前。ただし魔法があるので、調理法や食文化は地球の同時代よりは進んでいるらしい。


「へぇ~、マナーとか大丈夫かな」


 シノブはアミィの言葉に大いに安心した。しかし彼は、一方で新たな文化が面倒なものでなければ良いがとも思う。


「そうですね。地球でいえば西洋風な感じなのでそんなに違和感ないと思います。レストランでのマナーと同じとお考えください。

ごく普通に食事すれば、正式な場でもないかぎり、まず問題ないと思います」


「そうか……なら大丈夫かな」


 アミィの言葉にシノブは、それならなんとかなりそうだな、と安堵した。

 聞きたいことはまだまだあった。しかし満腹になったためだろう、シノブは少し眠くなってきた。そのため彼は、質問を一旦切り上げることにした。


「お風呂、沸かしますね! シノブ様はソファーでゆっくりなさって下さい」


 アミィは席を立ちキッチンへと向かう。そして彼女は全自動湯沸かし器のパネルを操作する。どうやらアミィは、シノブが疲れていると察したようだ。


 日本となんら変わらない風景に、シノブは微笑みを浮かべてしまう。

 食事の後片づけを手伝おうか、シノブの脳裏にそんな思いが浮かぶ。しかし「従者の仕事です!」と言われそうな気がした彼は、アミィの勧めに素直に従いソファーへと向かっていった。


お読みいただき、ありがとうございます。


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