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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第19章 新時代の旗手
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19.32 いつか来るアシタへ 後編

 光翔虎のメイニーとフェイジーが連れて来た二人のドワーフ。彼らは陸奥(みちのく)の国では名だたる武家、雄雄名(おおな)一族の直系であった。

 代々継いだ将彦(まさひこ)を名乗る父が四十代半ば、彼は将軍の一人だという。そして息子の良彦(よしひこ)二十歳(はたち)ほど、こちらは若手では有望な武人らしい。


 衣装は着物めいた前合わせだが、革製だからエウレア地方のドワーフの服とも似てはいる。それに長く伸ばした髪や髭を既婚者であるマサヒコが三つ編みにし、独身のヨシヒコが簡素な紐で先を縛るだけにしているのも、シノブの知るドワーフ達と重なる。


 そのためシノブは二人に親しみを感じたし、二人も先祖が敬う相手に非常な敬意を示した。だがドワーフの父子が心を開いたのは先祖に加えてシノブやアミィ、それに光翔虎達のみであった。

 つまりマサヒコとヨシヒコは他の者、特にヤマト王国の大王領の人々に大きな隔意を持ったままだった。


『お前達も相当に修練を積んでいるようだな。どうだ、素無男(すむお)を見せてくれんか?』


 問い掛けたのはマサヒコ達の先祖だ。七百年以上昔の伝説のドワーフ将弩(まさど)、またの名を将彦(まさひこ)である。


 長き時を越えて再び巡り会った子孫と、マサドは別れ難いのであろうか。

 マサドと同時代を生きた大和(やまと)健彦(たけひこ)、古代の大王(おおきみ)健琉(たける)へと戻った。そのためシノブはマサドの霊も再び眠りに就くかと思ったが、彼は(いま)(はがね)の体に留まっている。


「初代様のお言葉とあらば!」


「喜んで!」


 マサヒコとヨシヒコは、鋼人(こうじん)に向かって(ひざまず)く。

 雄雄名(おおな)の家系は、現在鋼人(こうじん)に宿っているマサドを初代マサヒコとし、そこから直系男子が同じ名を継いできた。その栄えある初代の言葉に、彼らが逆らう筈はなかったのだ。


『クマソ王よ。お主と当代のマサヒコの闘いを見たい。そして……そこの狐の獣人よ。お主にヨシヒコの相手を頼みたい』


 鋼人(こうじん)が顔を向けたのは、行司を務めた熊の獣人の巨漢と観客席にいた若い武人であった。前者は熊祖(くまそ)威佐雄(いさお)、そして後者はタケルの家臣の一人である穂積(ほづみ)霧刃(きりは)だ。


 クマソ王のイサオは大王領の住人ではない。その彼ならば子孫達も心を開いてくれる。おそらくマサドは、そう思ったのだろう。

 キリハは大王家の家臣だが、人族ではないから受け入れ易いと考えたのか。それとも単にヨシヒコと年齢や実力が釣り合うから選んだのであろうか。


「承りました」


「はっ!」


 イサオとキリハは即座に諾意を示した。

 古代の英雄であるマサドだけに、二人も別格の存在として敬ったようだ。どちらも跪礼(きれい)こそせぬものの深々と頭を下げていた。


『行司は神主殿に……二人とも、この者は今まで(われ)(まつ)ってくれたのだ』


 マサドが神主に呼びかけると、マサヒコとヨシヒコが気色ばんだ。しかし続いてのマサドの言葉に、二人は再び頭を下げる。


 そして神主を含む五人は一旦退(しりぞ)く。素無男(すむお)、つまり相撲を取る四人は、まわしを着けるし、神主も行司の衣装に着替えるからだ。


『シノブ様、アミィ様。(やしろ)に足を運んでいただけないでしょうか?』


 マサドの言葉に、シノブとアミィは立ち上がる。そしてシノブ達は、鋼人(こうじん)と共にカミタの(やしろ)へと向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 カミタの社殿は、総朱漆塗りであった。屋根は青銅製の瓦らしく青緑、下は白い石畳が社殿と同じ幅で大鳥居に向かって真っ直ぐ伸びている。

 古代はドワーフが多かった地だけに、銅材や石材を多用したのだろうか。表側へと回り込む間、そんなことをシノブは考えていた。


『ナムザシの近辺には、良い石切り場や銅山があるのです』


 周囲を眺めるシノブの様子から察したのか、マサドが歩みつつ物語る。

 ナムザシより随分と北、今の陸奥(みちのく)の国に近い辺りには御影石などの名産地があるそうだ。また、北西の山地には良質な銅が採れる鉱山があるという。

 おそらくは、それらもドワーフと人族の争いの元になったのだろう、とマサドは続けていく。


 資源自体、鉱山と農業の共存、広い平野をどう扱うか。それぞれの風習の違いに加え、様々な問題があったから共に暮らすことが難しかった。国王となったシノブだけに、問題の根の深さを痛感する。


「向こうでも、人族や獣人族の住む地とドワーフの住む地は分かれています。エルフも、ですが。私の国では一緒に暮らしている地もあります……ただ、そこでもドワーフ達は戦士に鉱山夫や鍛冶師、職人など一部の職業だけに就いています」


 シノブは、バーレンベルクやイーゼンデックなどを思い浮かべながら言葉を紡いでいった。

 これらの地域では、ドワーフが他種族と共に暮らしている。バーレンベルクでは鉱山夫、イーゼンデックのアマノスハーフェンでは船大工というドワーフに向いた職種が必要とされていたから、むしろ彼らは歓迎された。

 しかしドワーフ達が他種族と共同で農業に励むことはなかった。それに軍でもドワーフの戦士は独自の隊となることが殆どだ。やはり大きく違う体格が、共同作業の妨げとなるようだ。


『そうなると、得意な仕事のみで加わるのが良いのでしょうか?』


「おそらくは……農地の扱い方や植える物の違いもあるでしょうから」


 マサドの問い掛けに答えたのは、アミィであった。

 アミィは二百年ほど前まで、メリエンヌ王国の北部の監視をしていた。そしてリソルピレン山脈を越えた北側はドワーフ達のヴォーリ連合国だ。そのためアミィは双方の違いを充分に知っているらしい。


陸奥(みちのく)の国のドワーフは、他と同じく稲作をしているのでしたね?」


 微かな期待を篭めつつ問うたシノブだが、共存は難しいとも感じてはいた。同じ稲作とはいえ、大規模に開拓する人族や獣人族とは違い、ドワーフ達は土地の改造を避けたからだ。

 大王領の者なら大規模な治水工事で河を整え低湿地を干拓し、森を切り開いて田畑とする。しかしドワーフ達は谷間の適地や程よい葦原(あしはら)のみを水田としていったようだ。

 したがって同じ作物だから一緒にというほど、単純な問題でもない。


『稲作も騒動の元でしたな。ここカミタも東の谷や低地を活かした造りなのですが、人族や獣人族は上の台地に新たな水を回してと考えたようで……』


 やはりヤマト王国でも両者の違いは大きかったようだ。

 マサドは、水利について触れたところで言葉を途切れさせた。一体と二人は(やしろ)の正面に着いたからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 カミタの(やしろ)の拝殿は、内部の全てが石畳であった。

 シノブが知っている限りだと、大王領の神殿の大半は木の床だ。殆どが床を高く張ったもので、基石などを除けば石材の箇所は存在しないようである。

 ただし都の大極殿(だいごくでん)など石床の建築物も多数あるから、こういった構造が特殊というわけではない。この拝殿と同様に、それらは石の基壇が設けられ正面は石段となっている。


 それはともかく拝殿の奥には、青銅造りの神像が七体並んでいた。立像で高さは人の五倍以上もある立派なものだ。

 これはドワーフ達が造ったものだそうだ。マサドとタケルが競う前にシノブは一旦参拝をしているが、そのとき案内してくれた神主の言葉通りなら、少なくとも八百年以上前に造られた像だという。


『ここは昔と変わらぬままですな……』


 神主の語ったことは正しかったようで、鋼人(こうじん)は懐かしげに七体の像を見上げていた。

 中央に少し大きい最高神アムテリアの像。そして右が大地の神テッラ、左が戦いの神ポヴォールだ。その両脇は右が闇の神ニュテスで次が海の女神デューネ、左は知恵の神サジェールで外に森の女神アルフールだ。どうやらカミタの神殿では男神(おがみ)が優先されているらしい。

 アムテリアの像が中心に置かれるのは全てで共通している。そして彼女の両脇がドワーフの崇拝する大地や戦の神というのも頷ける。しかし縁のありそうな森の女神アルフールが外に置かれているのを、シノブは少しばかり意外に感じていた。


木之花姫貴子(このはなのひめみこ)様の像が一番外だとは思いませんでした」


 そこでシノブは、疑問を解決すべくマサドに問うた。七百年以上前に没したマサドなら、創建当時のことを知っているのでは、と思ったのだ。


『これはお恥ずかしい。当時の我らは男中心でしたから……もっとも今も似たようなものらしいですが』


 ここカミタの聖地で眠っていたから、マサドは現在のドワーフ達について先ほどまで全く知らなかった。しかし彼は子孫であるマサヒコとヨシヒコに近況を訊ね、今も大して違わないと察したようだ。


「そうでしたか……ともかく参拝しましょう」


『はい』


 シノブは苦笑を浮かべつつも、再び歩み始める。そしてマサドの宿った像も頷き返し、アミィと共に彼に続いていった。


 拝殿の中には多少の神官がいた。しかし彼らは、シノブ達の姿を見ると静々と退去していく。

 神官達は最初にシノブが訪れたときも、同じように拝殿から出て行った。シノブが特別な存在だと、神主が神官達に伝えたのだ。

 そのためシノブ達が祭壇に向かって並んだとき、拝殿は針を落とした音すら聞こえるような静けさに包まれる。


 その静寂を更に清めるかのように、シノブ達は拍手(かしわで)を打つ。ヤマト王国の参拝方法は二礼二拍手一礼であり、当然シノブとアミィ、そしてマサドは礼法に則ったのだ。


『マサドよ。どうやら心が(ほぐ)れたようだな』


 シノブ達が顔を上げたとき、中央より僅かに右から野太い男の声が響いてきた。

 雄々しく力強い声を生み出したのは、大槌を持つ巨大な青銅像。声はシノブも良く知る、そして今回シノブにヤマト王国に行ってくれと頼んだ男神(おがみ)のもの。つまりドワーフを守護し大地と金属を司る神、テッラが言葉を発したのだ。


『長い間、ご迷惑をおかけしました……大土貴子(おおつちのみこ)様』


 マサドの宿った鋼人(こうじん)は大地の神テッラのヤマト王国での別称を口にし、続いて石畳に(ひざまず)いた。


 カミタはテッラの聖地だという。したがってマサドの霊を保護していたのも彼である。

 そのためシノブはテッラの訪れに驚くことはなく、彼の像に向かって一礼をする。そしてシノブの隣では、アミィも同じく大地の神への敬意を示していた。


『シノブ、アミィ。頭を下げるのは俺の方だ。お前達の手を(わずら)わせたのだからな。とはいえ、この像で動いたら大変なことになるが……』


「ええ、拝殿が崩壊するかもしれませんね……。ところでテッラの兄上、ニュテスの兄上にシノブが感謝していたとお伝えいただけないでしょうか?」


 シノブはタケヒコの人格を呼び出してくれたニュテス、神々の長兄の計らいを思い出す。

 ニュテスの助力がなければ、遥か昔の大王家の陰謀は解明されなかった。それにマサドの心も完全には晴れなかっただろう。

 神々の御紋があるから、シノブは直接ニュテスに礼を言うことが出来る。しかしシノブは、なるべく早く謝意を伝えたかったのだ。

 幸い、ここには他にアミィとマサドしかいない。そしてアミィは神の眷属、マサドも祖霊だから神々に連なる存在である。そのためシノブは、普段と同じようにテッラへと語りかけていた。


『嬉しい言葉です。……魂への介入は、軽々しくすべきことではありません。ですが今回に関しては、しない方がより多くの魂を悲しませると思いましてね』


 テッラの像の更に右から中性的な響きの声が生じた。もちろん声は像の表す神、闇と魂を司るニュテスのものである。


「ニュテスの兄上、ありがとうございます」


 シノブは再び頭を下げる。もちろん、その先には力強いテッラの像とは対照的に柔和な様子の冥神の姿がある。

 青銅像だから判らないが、ニュテスは黒髪と黒衣で表される。そして衣服は男物とも女物とも付かない長衣が一般的だ。とはいえ衣装は地域ごとで差があり、眼前の像も左右と同じくヤマト王国風であった。


月黄泉貴子(つきよみのみこ)様……お迎えに来てくださったのでしょうか?』


 跪礼(きれい)を続けたままの鋼人(こうじん)は、静かに問いを発した。どうやらマサドは、ニュテスが自身を(いざな)うために現れたと感じたようだ。

 ニュテスの役割として伝えられるものには、魂の癒しと後の転生が含まれている。したがってマサドが、自分も冥界に旅立つときが来たと思うのは自然なことであった。


『いえ、貴方は既に輪廻の輪から抜け出し祖霊となっています。この地を守り更に修行を積んでも良いですし、より相応しい場所に移っても構いません。テッラの側で働くのも良いでしょう』


 ニュテスは微笑みを浮かべているような柔らかな声で、マサドに言葉を返した。

 シノブが既に知っているように、この世界には祖霊となり輪廻転生から脱した者達がいる。メリエンヌ王国の建国王エクトル一世や、第二代国王アルフォンス一世などだ。実際に、シノブは後者とは言葉を交わしているが、彼らは人としての生を終えても縁のある土地に宿り、人々を守護している。


 つまり祖霊とは、神としての第一歩を踏み出した存在である。

 この世界では神々の存在が明確であるためか、祖霊について知っている者達も高位に至った霊魂と神々を別のものとしている。しかし日本であれば、祖霊は新たな神の一柱として加えられたことだろう。

 この惑星の歴史は千年を超えたばかりだ。もしかすると、更に何百年かすると祖霊も新たな神として認知されるのであろうか。シノブは、そんなことを考える。


『マサドよ。お主の好きなようにすれば良いのだ。兄者の言う通りにな』


『それでは……』


 ぶっきらぼうでありながらも優しさに満ちたテッラの言葉に押されたかのように、マサドは願いごとを口にしていく。

 それはシノブにとって驚くべきものであったが、どこか納得できる内容でもあった。そのためシノブの顔は自然と綻んでいく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「し、シノブ様! もしや、そちらの方々は!」


 再び土俵を囲む観客席に戻ったシノブを迎えたのは、驚愕を顕わにしたタケルの声であった。それに(いつき)姫、立花(たちはな)桃花(ももはな)などの巫女、更に神主も蒼白な顔となっている。


「まさか……いや、この清冽な気は……」


 神職以外も何やら気付くものがあったらしい。イサオや彼の娘の刃矢女(はやめ)、それに武人達も同様である。


「ええ、こちらが大土貴子(おおつちのみこ)様、こちらは多力貴子(たぢからのみこ)様です。(ゆえ)あって、お()でくださりました」


 シノブは自身と並ぶ二体の鋼人(こうじん)を示しながら、ヤマト王国でのテッラとポヴォールの異名を口にした。そこにはマサドの宿ったものとは違う、シノブと同等か僅かに背の高い鋼人(こうじん)が立っている。

 二体の鋼人(こうじん)の姿は、エレビアで発見したときとは全く違う。アミィが神々の姿に造り直したから、拝殿の神像と瓜二つの顔となっていた。

 もっとも着物風の服を金属で再現したら身動きが出来ない。そのため二体は以前タケル達から貰ったヤマト王国の服を着用しており、首から下は神像と大きく異なっている。


『この地は、一旦シノブに預けるぞ!』


(しん)の融和がなるまでな!』


 テッラとポヴォールの宣言に人々は大きな声を上げた。しかし、それらは驚愕より納得の色が強かった。


 ドワーフの聖地であるカミタをどうすべきか、大王領の者達も悩んでいたようだ。

 一種の飛び地としてドワーフの神官を招くなりすれば、と考えた者もいたらしい。しかし大王家の体面からか、そこまで思い切った大王(おおきみ)も存在しなかった。

 そのため大王家の直系や大王(おおきみ)が任じた代官はカミタに入れず、しかしドワーフを招きもせず人族の神官達に祭祀をさせる、という中途半端な状態になったそうだ。


 しかしアシタと同じく、今後はシノブがカミタを預かる。今を生きる者達の融和がなるまで、ドワーフの聖地であるカミタを大王家の支配下から外してもらえないか。そう、マサドが願ったからである。

 もちろんシノブがいるのは遠いアマノ王国だから、今後も現在の神主や神官がカミタの神事を執り行う。しかし名目上、カミタや隣接するアシタは大王家から離れたことになる。


『さて、我らの(いと)し子達の仕合い、堪能させてもらうぞ!』


『兄者、楽しみですな!』


 先に声を張り上げたポヴォールが獣人族を、続いたテッラがドワーフを守護している。それもあって彼らが神々の代表者となったのだ。


『さあ、お主達の技を見せてくれ!』


『存分に楽しませてもらうぞ!』


 神が宿った二体の鋼人(こうじん)は、マサドのものと並んで観客席へと腰を降ろした。

 そして神々の言葉に我に返った人々は、奉納素無男(すむお)を開始する。もちろん神の目の前だから、戦場で用いる荒素無男(あらすむお)ではなく、日本の相撲に近い和素無男(にぎすむお)である。


 まずは前座というわけなのだろう、二人の若者が土俵に上がる。東はマサドの遠き子孫であるドワーフのヨシヒコ、西はタチハナの兄である狐の獣人のキリハだ。


「……シノブ様。マサド殿は、どうなるのでしょう?」


 王太子の衣装に戻ったタケルは、シノブの隣に腰掛け密やかな声で訊ねかける。彼は、マサドが鋼人(こうじん)に宿ったまま戻ってくるとは思っていなかったらしい。


「暫く、あのままにしたいって。北の同胞達の顔も見たいし、ナムザシの行く先がどうなるかも自分で見届けたいそうだ。だからマサド殿は、タケル達と一緒に陸奥(みちのく)の国へと旅するよ」


 シノブはタケルへと語りながら、マサドの心へと思いを馳せる。

 おそらく、これはマサドなりのタケル達への支援なのだ。彼は祖霊だから、カミタに座したままでも近隣くらいは充分に見て取れる筈だ。それにニュテスの言葉からすると、マサドが陸奥(みちのく)の国のどこかに移ることも可能だろう。

 したがって現在の仲間達の姿を確かめるにしろ、ここナムザシの将来を見つめるにしろ、わざわざ鋼人(こうじん)に宿って旅する必要は無い。シノブは、そう思ったのだ。


 そしてシノブはカミタに対するマサドの思いも、タケルへと語っていく。ポヴォールとテッラは、細かいことには触れずにシノブが預かると示しただけだからだ。


「そうですか……ありがたいことです」


「ああ……でも、頑張るのはタケル達だ」


 瞳を潤ませるタケルに、シノブは大きく頷いた。

 マサドは、よほどのことが無い限り口出ししないと宣言した。もちろん彼がいるだけで、ドワーフ達の心も和らぐだろう。しかし納得できないことがあれば隠さず同胞達に伝えるし、場合によってはタケル達から離れるともマサドは警告した。

 それらについても、シノブはタケルへと教えていく。


「はい、ご忠告感謝いたします」


「ああ……あれ、もう終わっちゃったね」


 タケルとシノブが語り合っている間に、合わせて二番の素無男(すむお)は終わっていた。

 最初の一番は順当にドワーフのヨシヒコが勝った。そして次のマサヒコ対イサオは、何と熊の獣人であるイサオが勝利していた。

 そのため大歓声が沸き起こり、シノブも気が付いたわけである。


『二番とも良い闘いだったぞ! さあ、若者達もこちらに来い!』


 テッラの宿った鋼人(こうじん)は土俵に上がっていく。そして彼は土俵脇に控えていたヨシヒコやキリハも呼び寄せ、合わせて四人の力士を称えていく。


「次は勝ってみせますよ」


「また返り討ちにしてくれる」


 悔しげな表情のキリハと不敵な物言いのヨシヒコだが、手はしっかりと握り合っていた。どうやらキリハも負けはしたものの、ドワーフに認められるだけの健闘はしたようだ。


「まさか私を負かすとは……北でお待ちしておりますよ」


「今回は少しばかり幸運であった。だが、次も負けはせぬよ」


 熟練の二人マサヒコとイサオも、固い握手を交わしていた。

 マサヒコも大王家や人族には思うところがあるのだろうが、獣人族やクマソ王家には心を許したらしい。そしてイサオは、まず一歩目を踏み出せたと言わんばかりの深い笑みを浮かべている。


『……さて、我らだけが楽しむのも悪い。シノブよ、皆を(やしろ)に招こうではないか! そして母上に巫女の舞を見てもらおう!』


 ポヴォールは、次は神殿内で奉納舞を見せてくれと言い出した。

 シノブに声を掛けたのは、カミタがシノブ預かりとなったからだろう。ポヴォールは豪放磊落に見えて、意外と細やかでもあるらしい。


「判りました。イツキ殿、お願いします……タケル、君はどうする?」


「し、シノブ様~!」


 からかいが滲むシノブの言葉に、タケルは真っ赤に頬を染めつつ応じていた。先ほどとは違う理由で目を潤ませ上目遣いに見つめるタケルに、シノブは笑みを(こぼ)してしまう。


『ボクもタケルの舞は見たいな~』


『ええ。イツキと同じくらい綺麗だもの』


『確かにな』


 これは光翔虎のシャンジー、メイニー、フェイジーである。三頭はタケルの舞を何度か見たことがあるらしく、期待の滲む声音(こわね)である。


(おのこ)ではあるが……しかし名人芸であれば母上もお喜びに……』


『シャンジー達が言うのですから、相当な腕では?』


 更にポヴォールとテッラまでが興味を惹かれたらしい。どうも彼らは、素晴らしい芸であれば母神たるアムテリアに見せたいと考えたようだ。

 シノブの冷やかしやシャンジー達の率直な言葉までは、集った者達も我慢できたらしい。しかし彼らも悩む神々には意表を突かれたようだ。

 そのためだろう、時ならぬ静寂が訪れた後、一転して楽しげな笑声(しょうせい)が広がっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 拝殿での奉納舞は終わった。

 タケルは巫女ではなく、神官の舞を披露した。まずはイツキ姫達の華やかな踊り、続いてタケルが魔法の小剣を用いての剣舞を見せたのだ。

 魔法の小剣は実用品だが、アムテリアが授けた神具でもある。したがってタケル達からすれば神剣であり、神事に用いるのに何の不思議もないのだろう。


 実際のところ白銀の剣は、最初から宝剣として造られたと言われても信ずるだけの神秘の光を宿していた。そして流麗かつ変幻自在なタケルの剣技である。

 大王家に強い怒りを持つマサヒコやヨシヒコも、このときばかりは積年の恨みを忘れたらしい。二人は魂を奪われたかのような顔で、タケルの剣と技に見惚れていた。


 剣舞が功を奏したのか、二人のドワーフは訪れたときよりも遥かに柔らかな物言いで別れを告げた。

 マサヒコ達は一足先に陸奥(みちのく)の国へと戻る。来たときと同様にメイニーとフェイジーが運ぶのだ。そして彼らは、北の地でタケル達が辿(たど)り着くのを待つ。

 大王領にいる間はともかく、北の地に入れば大王家の跡取りへの風当たりは非常に厳しいものになるだろう。しかも陸奥(みちのく)の国の中心タイズミに到達するには、領境を越えてから最低でも五日は掛かる。

 おそらく多くの妨害があるだろうとマサヒコ達は語った。しかし、それらを乗り越えたなら、とも彼らは口にした。


 タケル達なら大丈夫だ。そう信じつつ、シノブはアミィと共にカミタを後にした。

 といっても二人はアマノ王国に帰ったわけではない。連れて来た愛馬達リュミエールとアルジャンテを先に送り返し更に魔法の馬車を一旦仕舞った二人は、密かにアシタと呼ばれる地を目指した。


「この辺りが、俺の家のある場所なんだね」


「はい。地球なら、ですけど」


 シノブとアミィは葦原の中に立っていた。

 マサドによれば田があった筈の場所である。しかし七百年以上も禁域であった地に、当時の面影は存在しない。葦原の間を流れる河には堤の名残らしきものもあったし稀に人工物らしき巨岩も覗いていたが、その程度だ。


「そうか……」


 訪れたが、何があるわけでもない。そのためだろう、シノブの心に静けさが広がっていく。

 今シノブがいるのは、広い葦原でも少しだけ高くなった場所、丘というほどではないが周囲を見渡せる土地であった。しかしシノブの目に入る範囲に、人の生活を思わせるものは存在しなかった。

 ここに何かを刻んでみようか。この地なら、あるいは。そんな思いがシノブの脳裏を(かす)める。


「シノブ様……」


「ありがとう、アミィ」


 案ずるような顔で見上げるアミィに、シノブは朗らかな笑みを向けた。

 ここには何も無い。だが、ヤマト王国の四種族の全てが手を取り合う日がくれば、きっとアシタも栄えるだろう。そして、いつかは日本の天野家があった地のように豊かな町が生まれるに違いない。それを自分は見るべきだとシノブは思ったのだ。


「いつか豊かなアシタになるさ」


 葦原が豊かな地となる。そこからシノブは故国を表す美称を想起する。そして同時にシノブは、タケル達なら現実にするだろうという予感も(いだ)く。


「はい! シノブ様!」


 シノブの言葉は漠然としたものだったが、アミィには通じたようだ。彼女は天に輝く太陽よりも(まぶ)しい笑みで応えた。


「さあ、帰ろう。俺達は、あちらに豊かな明日(あした)を創るんだ!」


 シノブは今を生き明日を創る地へと意識を向ける。

 そこに(さち)(もたら)すことこそ、自分の使命だ。故地を思わせる場で孤独に何かを刻むより、絆で結ばれた人々と未来を創らなくては。シノブは、そう感じていた。


「はい!」


 アミィは魔法の家を取り出した。するとシノブは、魔法の家に日本の実家を感じた。

 似ても似つかない外見の二つが重なった。それは魔法の家が自分達の過ごした場で、家族が待つ地への入り口でもあるからだ。

 そう思ったシノブは、弾むような足取りで扉を(くぐ)った。そして扉が閉まってから暫くして、魔法の家が葦原から消え去る。


「あの子は自分の道を立派に歩んでいるのですね」


「はい。そしていつの日か私達のところに来てくれるでしょう」


 先刻までシノブとアミィが立っていた場所に、七柱の神々の姿があった。

 大きな喜びと少しばかりの寂しさが入り混じった感慨深げな声音(こわね)を漏らしたのは、母なる女神アムテリア。それに続いたのは静かな中にも嬉しげな様子の、神々の長兄ニュテスであった。


「兄者の予想通りでしたな」


「神域を創らない……か」


 ポヴォールとテッラが向いた先には、思慮深げな面持ちの男神(おがみ)がいる。彼こそが知恵の神サジェールである。


「彼は過去より未来を選んだのですよ」


 サジェールは淡々と弟達に答えた。しかし、その言葉には僅かに誇らしげな感情が滲んでいる。


「これだけ縁のある地なら、今のシノブでも……」


「そんなのは、いつでも出来るわ。明日は沢山続くのだもの!」


 海の女神デューネの呟きを、森の女神アルフールは被せるように(さえぎ)った。するとデューネは一瞬だけ妹を見つめたが、何かを感じたのか苦笑だけで済ませる。


「楽しみに待ちましょう」


 アムテリアの言葉に、六柱の神々は頷いた。

 いつか来る明日への期待からか、神々は柔らかな笑みを浮かべている。そして僅かな間の後、神々は葦原に爽やかな薫風を残し、姿を消し去った。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年12月7日17時の更新となります。


 次回から第20章になります。


 異聞録の第二十四話を公開しました。シリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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