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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第4章 ドワーフの戦士
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04.16 巨竜の巣 後編

「竜が喋った!?」


 巨竜の棲む洞窟で、二頭の岩竜と戦っている最中。シノブは頭の中に響く声を聞いて驚愕した。


──人の子よ。我らの言葉がわかるなら、戦いをやめてほしい──


 シャルロット達を弾き飛ばした巨竜は、再びシノブの脳裏に声を響かせると、その巨体を地に伏せた。

 そして、それに倣うかのように、もう一頭の巨竜も動きを止める。全長20mにもなる二頭の成竜は、まるで降伏したかのように(うずくま)っている。


「シノブ様、竜の声が聞こえましたか!?」


 シャルロットとアリエルの下に駆け付けたアミィが治癒魔術を使いながらシノブに問いかける。


──人の子よ。この山の民を止めてくれませんか。私達に戦う意思はありません──


 イヴァールの戦斧を受けていたもう一頭の巨竜も地に伏せたままシノブへと問いかける。


「イヴァール! ミレーユ! 攻撃をやめてくれ!」


「なぜだ! 竜共は弱って倒れ伏しているではないか!」


 シノブの叫びに、イヴァールはその戦斧を引いたものの憤然とした声を返す。

 動きを止めた竜の姿に、今こそ好機と思って戦斧を叩きこんでいたイヴァール。承服しがたい様子ではあるが、指揮官であるシノブの命令に攻撃の手を止めてシノブを振り返った。


「竜の声が聞こえないか!? 戦う意思はないと言っている!」


 シノブは竜の魔力への干渉をやめてシャルロット達の下に駆け寄りながら、イヴァールに返答する。

 再び魔法を使えるようになった岩竜達は治癒を開始するが、(うずくま)ったままであり、シノブ達を攻撃する様子はない。


「シノブ殿、待ってください! 私には何も聞こえませんが……」


「私にも聞こえません! 本当に竜が喋っているんですか!?」


 シャルロット達に走り寄るシノブを追いかけながら、シメオンとミレーユも口々に答える。


「私とシノブ様が使う心の声に似た魔法みたいです!」


 シャルロットの治療を終えアリエルへと向かうアミィが、自身の推測を皆に伝えた。


「シャルロット! 無事か!?」


 シノブは、倒れ伏したシャルロットに手を差し伸べると、彼女の顔を覗き込んだ。


「……シノブ殿。大丈夫だ……」


 シノブの腕の中で意識を取り戻したシャルロットは、その青い瞳を見開きながら呟いた。どうやら、弾き飛ばされた衝撃で気を失っていただけらしい。


「シャルロット様もアリエルさんも打ち身だけです! 既に治癒もしました!」


「申し訳ありません……どうなったのですか?」


 アミィが叫んだ直後、アリエルも上体を起こした。彼女も地に転がった時に意識を失っていたようだ。


「竜が喋ったんだ……戦う意思はないらしい。念のため魔力障壁は張りなおしたけど……」


 シノブは、シャルロットを中心に魔力障壁を張りなおしていた。

 一番離れていたイヴァールも、倒れ伏したシャルロット達を守るためか近くまで駆け寄っている。そのため全員を包む強固な魔力障壁を張るのは、さほど難しいことではなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──竜よ! 聞こえるか!──


 再びブレスを吐かれても防ぐことのできる障壁を築いたシノブは、シャルロットを抱きかかえたまま眼前に伏せる巨竜に問いかけた。


──聞こえるぞ。人の子よ──


 シノブの心の声に、巨大な岩竜が金色に光る瞳で見つめながら答えを返す。

 巨竜は既に自分自身の治癒を終えており、先刻までの傷は跡形もなく消え去っていた。


──お前達は心の声が使えるのか!?──


──心の声とは念話のことか? 我ら竜族は、空を飛ぶ仲間と念話で話すのだ。飛行や戦いの最中は、身振りや叫び声では意思の疎通が充分にできんからな──


 岩竜は、シノブの問いかけに竜族の生態について説明する。

 竜は普段、叫び声や体の動きで己の意思を伝える。しかし飛行中やブレスで攻撃しているとき、倒した獲物を(くわ)えて運ぶときなど、それらの伝達方法が充分に使えないときがある。

 そのため念話と呼ぶ、魔力での精神感応能力を手に入れたようだ。


──なんでもっと早く呼びかけなかったのか?──


 シノブは、人を避け高度な知性も備える竜が、なぜ戦いを回避すべく意思を伝えてこなかったのか不思議に思った。


──我らと会話できるものが『闇の使い』以外にいるとは思わなかったからな──


──ガンドの言うとおりです。私は、私達と会話できる人の子を初めて見ました。ガンドから500年以上前に一度だけ会ったと聞いていましたが……──


──ヨルムよ。(われ)がそなたに嘘を言うはずはなかろう──


 シャルロットと戦っていた岩竜はガンドという名前で、イヴァールと戦っていたのがヨルムと言うらしい。二頭の巨竜の言葉に、シノブは驚いた。


──俺の名はシノブだ。『闇の使い』とは『剛腕アッシ』の仲間のアーボイトスの事か? 彼と会ったことがあるのか?──


 シノブは心の声で問いかける。

 アミィは、巨竜の念話が理解できないシャルロット達に、シノブと巨竜の会話を伝えていた。シノブの周りに集まった一同は、アミィが伝える内容に驚きを隠せなかった。


──そうだった……アーボイトスと名乗ったな。彼はアッシという山の民と共に、父と母に戦いを挑んだのだ──


 岩竜ガンドの説明によれば、五百数十年前、彼の父母はガンドを産み育てるためにこの洞窟に棲み、竜の狩場を形成したそうだ。

 当時も岩猿達はドワーフの集落まで押し寄せたらしく、アッシと闇の使いアーボイトスが竜の棲家(すみか)に乗り込んできたという。


──それまで人間と会話をした竜はいなかった。人の都合など知らぬ父母の狩場は今より大きく、人間の集落近くまで広がっていたらしい。

そのため、『剛腕』と『闇の使い』は(われ)の親達を倒すためにここまで来た──


 岩竜ガンドは、シノブにそう説明した。


──ガンド。お前の父と母はアッシに倒されたのか?──


──シノブよ。そのときも幸運が訪れたのだ。

傷つく父母に呼びかけた(われ)の念話を『闇の使い』が聞きつけてな。それで『闇の使い』は我らと会話できることに気がついたのだ──


 闇の使いアーボイトスは幼竜であったガンドの念話を聞いた後、ガンドの両親に魔獣達を鎮める方法がないか問いかけたという。

 アーボイトスの願いを聞き、ガンドの両親は竜の狩場を縮小してドワーフの集落に被害が及ばないようにしたそうだ。


──今回はどうして岩猿が押しかけたんだ? 狩場を大きくしたのか?──


──シノブよ。私達はガンドから聞いた通りに狩場を小さく作りました──


 岩竜ヨルムはシノブに答える。


「シノブ。前回の活動期から間があったから、岩猿達が増えすぎたのではないか?」


 シノブと竜が話す内容をアミィから聞いたイヴァールが、以前も言っていた推測を口にした。

 シノブが岩竜ガンドとヨルムに聞いてみると、イヴァールの推測は当たっていたらしい。狩場の中の岩猿は非常に多く、彼らの獲物の半分以上は岩猿だという。


──『闇の使い』との取り決めでな。狩場に山の民が出入りできるように、人の子には我らの呪縛が効かぬようにしてあるのだ。

年を経た岩猿はそなた達に近い知能を持つらしい。そのため狩場から逃げ出せるのだろう──


 岩竜ガンドは闇の使いと両親の決め事をシノブに語る。

 アーボイトスは、ドワーフ達の狩猟や鉱石掘りに影響が出ないように岩竜達と交渉したようだ。


──私達は子供を育てなくてはいけません。大地からの魔力吸収がまだ苦手な子供のために、魔獣の生きた魔力が必要なのです──


 岩竜ヨルムも、竜達の事情をシノブに説明した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 岩竜の話を聞いたシノブ達。

 会話ができるとわかった今、子育てのため魔獣を狩る竜を無慈悲に殺したくはない。かといってドワーフ達の生活もある。シノブ達は、相反する問題をどう解決すべきか頭を悩ませていた。


「シノブ、どうする?

竜の狩場には、鉱山もあれば獲物も多い。1年近くも入れないようでは生活できん。とはいえ、このまま岩猿達が溢れていては、隊商に街道を通らせるわけにもいかん」


 イヴァールが深刻そうな顔で言う。

 竜の狩場の標高は峠より低い。セランネ村に近い外縁部あたりは、峠の(ふもと)のエトラガテ砦よりもかなり低い場所にあるようだ。

 そのため、冬場になっても狩猟や鉱山掘りにドワーフ達は行くらしい。


「もう冬も近くなっています。仮に今から狩場を小さくしても、岩猿達は山に戻っていくでしょうか?」


 アリエルも眉を(ひそ)めている。


「……竜の狩場の外も、ガンド達に狩ってもらうことはできないかな。要は街道近くにいる岩猿が減ればいいんだ。狩場の外の魔獣も狩ってもらえばいい」


 しばらく考えたシノブは、不安そうな一同に向かって口を開いた。


「問題は、街道に現れる竜にドワーフ達が動揺しないかですね……何かお考えがあるのですか?」


 アミィはシノブに問いかける。


「う~ん。事前に俺達が一緒に行けば、理解してもらえるんじゃないかな」


 シノブは、アミィに答える。


「竜と一緒に行くってことですか? ……ってことは竜に乗れるんですか!?」


 その光景を想像したのか、ミレーユは目を輝かせる。


「なるほど。その辺はシノブ殿に交渉してもらいましょう。我々では意思の疎通ができませんからね」


 さすがのシメオンも会話できない竜との交渉はシノブに任せることにしたようだ。


「任せてくれ。シャルロットもそれで良いかな?」


 シノブは、話に加わらなかったシャルロットに声を掛けた。


「あ、ああ。……このままシノブ殿に全てお任せするぞ!」


「……シャルロット様、本当に聞いていたんですか~? お顔が真っ赤ですけど~」


 声を上ずらせてシノブに答えるシャルロットに、ミレーユは悪戯っぽく問いかける。

 ミレーユのからかうような声に、(いま)だシノブの腕の中にいたシャルロットは慌てて離れた。一方のシノブもシャルロットをずっと抱きしめていたことに気がつき、顔を赤くする。


「ミレーユ殿。私も無粋な人間だと思っていましたが、まだ上がいたとは驚きましたね。『冷血魔術』より『無粋魔術』のほうが有害ではないでしょうか」


 ミレーユに『冷血魔術』と評されたことを、シメオンは根に持っていたらしい。それを察したシノブは、他の者達と同様に曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 仲間との相談を終えたシノブは、早速ガンド達にそれを伝えた。

 ガンド達はシノブの提案を快く受け入れ、一緒に村々を回ると誓ってくれた。

 彼らにとって、闇の使いアーボイトスと同様に会話ができるシノブ達は信頼に足る存在らしい。ガンドは、伝わってくる思念から、(よこしま)な心を持っていないことが読み取れると言う。

 シノブも、巨竜達の魔力の波動からは、まるで深山の大瀑布のような凄まじさと清々(すがすが)しさを感じていた。

 我が子を守るために荒ぶっていた巨竜達の波動も、落ち着きを取り戻せば暖かな日の光のような心地よさである。


 戦う理由がなくなり、すっかり和解した巨竜とシノブ達。後は村々を回って竜に危険がないことを説明するだけだ。

 とはいってもシノブ達は、タネリやパヴァーリ達を待たせているし、乗ってきた馬達もいる。

 ガンドと相談した結果、シノブ達は一旦タネリ達と共にセランネ村に引き返すことにした。

 セランネ村くらいまでなら念話が届くとガンドは言う。少なくとも狩場の端まで行って呼びかければ間違いなく届くらしい。

 そこで、シノブ達がセランネ村に帰還したのを確認してから、ガンドが訪問することとなった。


──シノブよ。我が子を紹介しよう。できれば子供とも友誼を結んでほしい──


 シノブとお互いを認め合った岩竜ガンドは、彼に自身の子供を紹介したいと告げた。

 ガンド達と友情を誓ったシノブは、既に魔力障壁を解除している。ガンド達も、再びその巨体を起こし、シノブ達を上から見下ろしていた。


──そういえば、子供はどこにいるの?──


 シノブは、子育てをしているはずなのに幼竜の姿を見ていないことを思い出した。


──私の魔法で眠らせているのです。今、魔法を解きました──


 岩竜ヨルムの念話が伝わってきてしばらくすると、洞窟の奥から甲高い鳴き声が聞こえてきた。

 シノブ達が声のするほうを見ると、一番奥にあった窪みの中から、白っぽい小さな竜が顔を出していた。


「わっ、可愛い竜!」


 思わず叫んだミレーユの言うとおり、窪みから覗いている幼竜の頭は、人の頭と同じかそれより小さいくらいである。

 窪みから顔だけ出している幼竜は、しばらくの間ガンドやヨルムをじっと見つめていた。しかしガンドが短く咆哮(ほうこう)し軽く首をもたげると、幼竜はゆっくりと窪みを登り全身を現した。

 窪みから現れた白っぽい幼竜は、全長1mほどの丸っこい体で、いかにも赤ん坊という様子であった。

 そしてシノブ達が見つめる中、幼竜はたどたどしい足取りでガンドやヨルムに歩み寄っていく。

 幼竜は自分より遥かに大きい親を見上げながら、雛のような頼りない鳴き声を上げてその足元に近づいていった。


──シノブよ。我が子オルムルの下に行ってほしい──


 ガンドは、シノブに幼竜へと近づくように促した。シノブは言われるままに、洞窟の奥へと進んでいく。

 近づいてくるシノブに気がついた幼竜は、首を傾げるとその場で立ち止まった。


──オルムルよ。心配するな。その人の子は(われ)の友シノブだ。お前の友にもなる──


 ガンドが念話で安心するように伝えると、オルムルは首を傾げながら遥か下から彼を見上げた。


──父さま。母さま。その人間は敵ではないのですか?──


 オルムルはまだ小さいのに言葉が理解できるようだ。流暢に念話で親達に問いかけた。


──そうだ。お前に話した『闇の使い』と同じく我らと話ができる──


──ガンドの言うとおりです。シノブは我らの友です──


 ガンドとヨルムは幼竜に優しく説明した。

 シノブは、それぞれの念話に個性があるのを面白く思った。

 シノブには、幼竜の念話は幼い子供のように可愛らしいものに聞こえる。ガンドは威厳のある感じだし、ヨルムはガンドより少し優しい感じがする。

 受け手のイメージによるものなのか、魔力の波動から個性が伝わってくるのかわからないが、シノブには彼らの性格が表現されているように感じられた。


──オルムル。俺はシノブという魔術師だ。君達と敵対するつもりはない──


 シノブは、幼竜オルムルを安心させるかのように優しく微笑みながら語りかけ、ゆっくりと歩み寄る。

 オルムルは、両親と同じ金色に光る瞳でシノブの姿を見つめている。


──本当に私達と会話ができるのですね。貴方も『闇の使い』なのですか?──


 シノブを不思議そうに見つめるオルムルは、念話で『闇の使い』なのかと問いかける。

 両親の言葉に安堵したのか、オルムルは初めて見るであろう人間を怖がることもなく、むしろ興味深そうに眺めていた。


──俺は『闇の使い』じゃないよ。でも、俺とアミィは君達と話せるんだ。……アミィもこっちにおいでよ!──


 シノブはオルムルに心の声で応じる。

 続いてシノブは、後ろにいるアミィへと顔を向けた。自分の他にも会話できる者がいると、子竜に伝えたかったのだ。


──はい! オルムルさん、シノブ様の従者アミィです──


 アミィはガンドのほうをチラリと見たが、巨竜が頷き返すと前に歩き出す。おそらく彼女は、勝手な接近は親達が許さないと思ったのだろう。


──私達とお話しできる人間が本当にいたのですね。……シノブさん、アミィさん、オルムルといいます。父さま達と同じく、お友達になってください──


 オルムルは目の前まで来たシノブを見上げている。一心に見つめる様子に、シノブは一層の愛らしさを感じる。


──ああ。よろしくね──


 シノブがオルムルの頭を撫でると、幼竜は丸っこい目を閉じて気持ちよさそうに喉を鳴らした。その様子にシノブだけではなく、囲むシャルロット達も微笑みを浮かべる。


──オルムルさん、仲良くしましょうね──


 アミィもシノブに続き幼竜の頭を撫で始めた。

 岩竜ガンドとヨルムは、その光景を祝福するかのように翼を広げて首をもたげると、荘厳かつ重厚な咆哮(ほうこう)を上げた。


お読みいただき、ありがとうございます。


本作の設定資料に種族と貴族制度について追加しました。

シリーズ化していますので、目次上方のリンクから辿っていただくようお願いします。(2014/09/01)


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