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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第19章 新時代の旗手
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19.22 エレビアの夜明け

 エレビア王国の王都エレビスは、極めて短時間で平穏を取り戻した。シノブ達が王宮に降り立った昼過ぎから、三十分ほどで実質的な戦闘が終わったのだ。


 双胴船型の磐船、岩竜ヨルムと炎竜イジェの運ぶアマノ号が王宮に着陸。同時にシノブやリョマノフなど中核となる者達が、地下の研究所に急行した。


 地上では『エレビアの豹』の異名を持つ老武人ラドロメイと彼の配下が、王宮守護隊を防いだ。ヨルムとイジェは『無力化の竜杖』を使ったから、ラドロメイ達は模造刀だけで難なく相手を打ち倒す。

 地下はシノブが魔術を駆使し、アミィが敵の術を解析し、歴戦の勇士達と岩竜の子オルムルに光翔虎の子フェイニーが遺憾なく力を発揮した。そのため地下の戦闘は、正味で十分以下だった。


 鋼の軍団を打ち破ったシノブ達は、王太子シターシュや国王のズビネク、それに二人の親衛隊を正気に戻した。

 シターシュが鋼人(こうじん)と呼ぶ鋼の像を操る技は、古代魔術を元にしていた。そしてシターシュは知らなかったが、その古代魔術は異神の影響を受けた心を(ゆが)める邪術だった。

 だが、シノブ達には治癒の杖がある。彼らは元の心を取り戻し、ズビネクとシターシュは王宮守護隊に戦いを()めるように命じた。そのため一時間もしないうちに、王宮と王都に平和が帰ってきた。


 とはいえシノブ達のすべきことは、数多く残っていた。

 アミィやアルバーノ達は(よこしま)な古代魔術を記した文書などを回収していく。それらをアミィは、アマノ王国に帰還してからホリィ達と協力して調べるという。

 回収したものは問題が無ければ返還するが、禁術は世に出せない。精神に異常を(きた)す魔道具が広まれば、無数の悲劇が起きるからだ。

 幸いズビネクやシターシュも回収や術の抹消に即刻同意した。自身の心が変貌した彼らは、邪術の恐ろしさを思い知っていたからだ。


 そしてシノブは調査をアミィ達に任せ、自身は地上へと移る。シノブは出来るだけ早く、エレビア王家の人々と今後について語り合いたかったのだ。


「この御恩には、きっと報いますぞ」


「本当に、申し訳ありませんでした」


 奥宮殿、つまり王族達が暮らす場に近い広間に落ち着くと、国王ズビネクと王太子シターシュは再び頭を下げた。ゆったりとした長椅子に腰を降ろした二人だが、寄りかかったりせず真っ直ぐに身を起こしている。


 座っている長椅子はエウレア地方のソファーより低めで、しかも背もたれの傾斜が緩い。それに座面や肘掛けも含め、ふんだんにクッションが使われている。もたれかかったり横になったりして寛ぐことを意識した造りなのだろう。

 ここ王都エレビスは北緯41度ほどだが、北に大砂漠があるから随分と暑い。大砂漠が高緯度帯にある理由は判らないが、結果としてエレビア王国はエウレア地方の南端よりも気温が高かった。そのため建物の造りも随分と開放的で、窓も広いし光も大量に入ってくる。

 その辺りや薄物の服はカンビーニ王国などと似ているが、エレビア王国の建物はステンドグラスを多用しているし、彼らは頭に布を巻くなどエウレア地方とは異なる。そのためシノブは地球の地中海から中東の古い文化が混在しているような印象を受けた。

 もっともシノブは、そのようなことをゆっくり考えていたわけではない。


「あれは恐るべき術です。しかも非常に高度な……ですから、あまり自分を責めないでください」


 シノブはズビネクやシターシュに語りかける。

 対するエレビア王家の者達は背筋を伸ばし膝を揃えてと、まるで裁きを待つ者達のように神妙であった。

 父や兄の脇に座った第二王子のリョマノフ。それに隣の長椅子の第一王妃リリージヤと第二王妃サチュヴァ。更にリョマノフの同腹の姉オツヴァ。国王と王太子だけではなく、全員が神殿で大神官の言葉を待つ敬虔な人々のように姿勢を正している。

 地下でシノブの魔術やアミィの治癒を目にしたからだろう、エレビア王家の者達は二人を神の使いのように敬っているのだ。


「あれらの術は、シターシュ殿だけで復元したのでしょうか? 実は……」


 気にするなと重ねても慰めにしかならない。そう思ったシノブは、鋼人(こうじん)を開発した経緯について問うていく。


 その様子を、シルヴェリオやナタリオが緊張した顔で見守っていた。話題が話題だけに、この場には限られた者しか同席していないのだ。

 なお、オルムルやフェイニーはヨルム達のところに戻している。オルムルは感応力が鋭敏になったし、フェイニーは天真爛漫(らんまん)な性格だ。そのためシノブは、過去の暗部が語られるかもしれない場に彼女達を置きたくなかったのだ。


「……こうやって遥か昔、あれらの術を作った者達はエウレア地方に渡ったのです」


 シノブはキルーシ王国、かつてヴァルーシ王国があった地で発見した遺跡に触れた。

 ()の地で『南から来た男』として語られる人物が、エウレア地方でベーリンゲン帝国の初代皇帝となった。それをシノブは、エレビア王家の者達に伝えていく。


 シノブは鋼人(こうじん)の術を確実に葬り去りたかった。人の心を変質させる術など、残しておくわけにはいかないからだ。

 おそらくは、かつてのベーリンゲン帝国の隷属の魔道具も、同じような精神を操る技の流れを()んでいるのだろう。つまり鋼人(こうじん)の術の核となる魔法回路から、隷属の魔道具が誕生するかもしれない。


「そ、そんなことが! それでエウレア地方は、どうなったのです!?」


 鋼人(こうじん)の術とエウレア地方の繋がりに、リョマノフは非常に驚いたらしい。彼の叫びと共に、獅子の獣人に特有なフワリとした髪が大きく揺れる。


 リョマノフだけではない。ズビネクやシターシュ、そして王家の女性達。全て一様に目を見開き、表情を変えている。

 リョマノフと同じ獅子の獣人のズビネクは、やはり金の髪を震わせて。虎の獣人であるオツヴァと母のサチュヴァは金の地に黒い縞の尻尾を大きく揺らし。人族のシターシュや彼の母リリージヤは緑の瞳に憂いを浮かべて。三種族によるエレビア王家の容姿は大きく異なるが、今このとき考えていることは一つだろう。


 ヴァルーシ王国を祖とする国々は、今も『南から来た男』を恐るべき侵略者として語り継いでいる。そして、エレビア王家はヴァルーシ王家の末裔だ。そのため『南から来た男』は彼らにとっても他人事ではなかったのだ。


「大丈夫ですよ。シノブ殿が邪神と皇帝を倒しました。ベーリンゲン帝国は滅びアマノ王国が誕生し、今のエウレア地方は平和そのものです」


 驚愕するリョマノフに、シルヴェリオが微笑みかけた。シルヴェリオも獅子の獣人だ。そのため銀髪ということを別にしたら、どこか似たような印象ではある。


「私だけの力ではありませんが……話を戻します。リョマノフ殿から概要は聞きましたが、危険極まりない術だけに念には念をと思いまして」


 微かに頬を染めつつ微笑んだシノブだが、表情を引き締めシターシュへと注意を向けなおす。


 シターシュがヴァルーシ王国の秘文書を元に鋼人(こうじん)を造り上げたと、リョマノフは語った。

 古代魔術という元があるとはいえ、ヴァルーシ王国が存在したのは大よそ六百五十年から五百五十年前だ。そんな大昔の、しかも欠落もある文書からの再現を本当にシターシュだけで成し遂げたのか。シノブは、それを疑問に思ったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「基本はヴァルーシ王家が遺した秘文書を元にしています。ただし欠損部が多かったので、エルフの符を参考に補いました。

我がエレビア半島の南東にあるアゼルフ共和国はエルフ達の国です。そしてエレビア半島と彼らのアズル半島の間は狭い海峡だけですので、僅かながら接触はあるのです」


 シターシュは、自身の研究の過程について語りだした。なお、エレビア王家で魔術に詳しいのはシターシュだけであり、他は口を挟まない。


 エルフの符とは一種の魔道具であった。ちなみにヤマト王国の符術も同系統である。

 シターシュは知らないだろうが、エウレア地方のエルフの国、デルフィナ共和国でも木や紙で魔道具を作る。たとえばデルフィナ共和国では偽造防止のため魔力を込めた紙幣が使われているし、巫女達には本格的な符術も伝わっている。


 そしてヴァルーシ王家の秘文書に記されていた内容は、エルフの符と共通する箇所が多かった。これについてシノブは頷ける点があった。鋼人(こうじん)は木人と似たような憑依の術で、ヤマト王国で木人を生み出したのもエルフである。

 同じエルフの魔術なのだ。アゼルフ共和国の符が鋼人(こうじん)の参考となっても不思議ではない。


「なるほど……しかし、良くエルフから符を入手できましたね。確かアゼルフに最も近いのは都市ヤングラトですが、ヤングラトでは日常的にエルフと交流があるのですか?」


 符術が活かせることは納得したシノブだが、新たに生じた疑問をシターシュに投げかけた。

 ヤマト王国において、符術は僅かな者しか知らなかった。人族は極めて一部の家系のみ、エルフ達でも同様に秘術とされ巫女や専門の術者にしか伝えられていない。


 それに今までに東域、このアスレア地方に潜入した諜報員達も、エルフの符など得ていなかった。

 最近ではキルーシ王国の南部、つまりアゼルフ共和国とも一部が接する地域や、更に南のアルバン王国にも諜報員を送り込んでいる。

 このアルバン王国とアゼルフ共和国は陸続きで、その境は500kmにも及ぶそうだ。したがって海を挟んだエレビア王国に符が流出するなら、アルバン王国に潜入した者達も同じように得るのでは、とシノブは思ったのだ。


「いえ、そうではありません。ただ、長い間には僅かですが希少品として入ってくるのです。もっとも符としては役に立たないように処置されていますが……」


 シターシュによれば、アゼルフ共和国では使用済みの符に穴を空けたものを一種の縁起物とするそうだ。

 穴は模様となるように切り抜いており、独特の美しさがある。それをエルフ達は部屋に飾ったり(しおり)代わりに使ったりするという。

 それらは普通ならエレビア王国だと手に入らない。しかし五年や十年に一度は珍品として献上されることもあり、王家は一定数を所有していた。

 多くの部分が欠けているのだから、術を探るなど普通は無理である。だが、その不可能を可能にするのだから、リョマノフの言う通りシターシュは天才的な魔術師なのだろう。


「秘術の符を飾りにするのですか……」


「危険は無いのですか?」


 シノブに続き、ナタリオも首を傾げる。

 過去にシノブが聞いた範囲では、デルフィナ共和国のエルフ達に同様の風習はない。そもそもデルフィナ共和国の場合、符術は巫女などが密かに伝えるものだ。そして一般のエルフは、携帯用の魔道具であれば木製の杖などにする。

 ちなみにヤマト王国の場合も、大よそ似たようなものだ。


「装飾品に回される符は憑依や攻撃用ではありません」


 シターシュは説明を続けていく。

 虫除け、痛み()め、匂い消し。シターシュによると符といっても日常品、しかも使い捨てだという。彼の挙げたものを聞いて、シノブ達の顔も綻んだ。


 とはいえ虫除けは闇魔術の一種による誘導で、虫の行動に干渉してはいる。鎮痛や防臭も感覚の麻痺だから似たようなものだ。したがって僅かだが鋼人(こうじん)に使える術式も含まれているのだろう。まさに、毒と薬は紙一重、である。


「なるほど……私は『南から来た男』もエルフから知識を得たと考えています。

……『南から来た男』は現在のアルバン王国に当たる地を北上しているとき、西のアゼルフ共和国に立ち寄った。アゼルフ共和国に深く侵入したのか、それとも国境でエルフと接触したのか。どちらにしても平和的な交渉ではないでしょうね」


 シノブは、諜報部隊が調べている『南から来た男』の足取りに触れた。

 シターシュが再現した鋼人(こうじん)の術が、キルーシ王国の地下遺跡に残されていた青銅の像を元にしているのは間違いない。七百年近く前、ヴァルーシ王家の先祖が『南から来た男』と戦ったとき何らかの経緯で青銅の像の秘密の一部を知ったのだろう。

 これらの術がエルフに端を発しているなら、『南から来た男』はアゼルフ共和国から得るしかない。当時もエルフ達は自国を出ることが少なかったからだ。


 ただし現時点では、接触した場所、時期、対象などは全く不明なままだ。そもそも青銅の像自体が奥の手だったのか、記録が殆ど無い。

 それらしき逸話は『南から来た男』が甲冑を着込み顔も見せない兵を抱えていたらしい、というものだ。とはいえ巨人や長腕などの異形が目立ったせいか、一般に知られている古文書に残る記述は一行二行だけであった。


 『南から来た男』はベーリンゲン帝国の初代皇帝で間違いないようだ。しかし、どうしてエウレア地方に渡った彼が青銅の像を使わなかったのか判らない。

 初代皇帝は、エウレア地方にエルフを連れてこなかったと思われる。ベーリンゲン帝国の記録に、エルフらしき者は記されていないからだ。『南から来た男』はエルフ達から知識だけを得たのか、それともエルフ達は脱走でもしたのか。これも謎のままだ。

 そしてシノブは、『南から来た男』と戦ったヴァルーシ王家の祖なら僅かでも知っていないかと期待していた。


「もしご存知でしたら、あるいは当時のことを記した秘文書などがあれば、教えてほしいのです。また、アゼルフ共和国やキルーシ王国、それにアルバン王国の統治者達と会う手段があれば、そちらもお願いします。

我々の仲間にはエルフもいますし、東域探検船団にも乗り組んでいます。したがってアゼルフ共和国と会う際は、私達もエルフを伴うつもりです」


 こちらにもエルフがいると、シノブはエレビア王家の者達に明かす。

 東域探検船団の蒸気船には、多数のエルフが乗船している。蒸気を得るために水を沸騰させるのは魔道具で、大魔力を持つエルフ達が魔力を込めるからだ。


「判りました。早速ラジミールに伝えます」


 国王ズビネクは大きく頷き、そして長椅子から立ち上がった。

 ラジミールとは、彼の弟で都市ヤングラトの太守だ。ヤングラトは海峡を挟んでアゼルフ共和国と接しているから、事実上の鎖国をしている彼らとも連絡をする(すべ)くらいは存在するのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達が語らったのは、鋼人(こうじん)の術についてだけではなかった。

 術の背景や過去の経緯などを聞き終え、大まかだが『南から来た男』に関する情報交換を終えると、今後のことに話題が移る。これからエレビア王国がエウレア地方とどうするか、である。


 とはいえ、こちらは簡単であった。ぜひ国交や交易をと国王ズビネクは願い、エレビア王家の者達も諸手を挙げて賛成したからだ。

 ズビネク達は、シノブやアミィが神の使徒だと受け取ったようだ。しかも助けられた恩もある。それに東域探検船団は優れた技術を持っているし、姿を現してから現在に至るまでの行動も非常に紳士的だ。これで断る方が不思議というべきであろう。


 またアスレア地方で最西端のエレビア王国は、更に西のエウレア地方との交易で重要な位置を占めるのは明らかであった。

 西からの船にとってはアスレア地方への玄関口、船でキルーシ王国に行くにはエレビア半島を回り込み内海に進むしかない。それに東への航海を続けるにしても補給くらいはするだろう。

 常識的に判断すれば、エレビア王国で最も西の都市ペルヴェンが最初の寄港地だ。そして商船なら半島沿いに南下する間に二度や三度は補給する。

 エレビア王国の国土は狭く、アマノ王国やメリエンヌ王国だと小さな伯爵領と同等の広さでしかない。しかし今後のエレビア王国は、西との海上交易で大きく栄える筈である。


「ペルヴェンといえば、マカーコフ叔父はどうしましょう?」


「不正は見逃せん。太守の職分を守るのであれば、多少の贅沢や驕慢(きょうまん)は構わん。とはいえ、それは公平な統治をした上でのことだ」


 ズビネクは次男であるリョマノフの問いに、重々しい口調で応じた。

 先王には三人の息子がいる。長男のズビネクが国王、そして次男のラジミールがヤングラトの太守、三男のマカーコフがペルヴェンの太守だ。


 シノブはラジミールと会ったことはないが、これまでの話からすると彼は順当に太守を務めているようだ。それに対しマカーコフは、ナタリオ達から通信筒で寄せられた内容だけでも色々首を傾げる人物であった。

 しかもマカーコフは一部の商人達に便宜を図り、多くの見返りを得ていた。これでは処罰されるのも仕方ないだろう。

 そんなことをシノブが考えているうちにも、マカーコフの隠居は決定事項となっていた。


「リョマノフ、次の太守はお前でも良いぞ? ペルヴェンを本拠地にし海上交易を進めていく……多少落ち着けは海に出る機会もあるだろう」


「……ペルヴェンですが、ラドロメイに任せては如何(いかが)でしょう? 私は十六歳の若輩です。太守になっても結局はラドロメイに頼るでしょう」


 微笑みかけるズビネクに、リョマノフは大きく首を振った。そして若き王子は、共に王都エレビスへと急行した老武将の名を挙げる。

 ラドロメイは国内でも有数の武人だ。彼のエヴォスン家は非常な名家で、ラドロメイの妹は先王の第二妃、姪は現国王ズビネクの第二王妃である。しかも第二王妃のサチュヴァはリョマノフの母だから、彼にとっても縁深い人物だ。


 なお、先王ザハーヴァンと彼の妻達は、エレビスから少し内陸の都市で静養中だ。

 エレビスは海に面している。王宮に降下する前シノブも見たが、すぐ東は内海であるアマズーン湾で湿度も高い。ましてや今は九月上旬である。そこで老齢の先王は、少しだが高地で涼しい場に移ったそうだ。

 そして、これにシターシュの妻カルヴァも同行している。夫と不仲というわけではなく、彼女もザハーヴァンの孫の一人だからである。シターシュの妃は彼の従姉妹なのだ。

 今回の静養は夏前からだが、もしカルヴァやザハーヴァン達が王宮に残っていたら更に早くシターシュ達の異変に気付けたかもしれない。


「ふむ……では、ラドロメイが戻ってきたら相談してみよう。勝手に太守に据えても上手くいかないだろうからな」


 次男の言葉に、ズビネクはペルヴェン太守を誰にするかを保留した。

 どうもズビネク自身は、リョマノフにペルヴェンを任せたいようだ。おそらく彼は、リョマノフがシノブを慕っていると察しているのだろう。それにシノブがリョマノフに親しみを感じていることも。

 ペルヴェンは、アマノ王国に最も近い港町だ。そこの太守をリョマノフにすれば、更に両国の親交が深まる。ズビネクは、そう考えたのではないだろうか。

 先々はリョマノフ自身が航海に出ることも可能だろう、とズビネクは口にした。したがって彼は息子の希望が海上交易の発展、それも出来るだけ自身が直接関与する形というのは充分理解しているに違いない。

 とはいえ国王としては、アマノ王国やエウレア地方との関係強化も視野に入れざるを得ない。それらがリョマノフをペルヴェン太守に、との言葉に繋がったと思われる。


「リョマノフは、昔からキルーシ王国との交易や関係改善を望んでいましたね。私としても、それは大歓迎ですが……たとえばリョマノフがガヴリドル殿の娘でも娶るとか……」


 シターシュが少々冗談めいた物言いで口を挟んだ。どうも彼は弟の後押しをしようと思ったようだ。


 ガヴリドルとはキルーシ王国の現国王である。彼には王太子の他に幾人かの王女がおり、その中の一人ヴァサーナという娘は年齢もリョマノフと釣り合うらしい。

 キルーシに潜入したホリィやアルバーノから聞いたことを、シノブは思い出す。


「婚姻は……向こうが了承してくれたら異存ありません。ただ、キルーシは十倍以上も広い大国、我らがエレビア王国を、向こうの口の悪い者はエレビア小国などと呼ぶそうじゃないですか。

とはいえ仰る通り、兄上がエレビアを治める陸の(つばめ)、私が洋上を行き交う海燕(うみつばめ)、こうありたいと思っていました」


 リョマノフが兄や自身を(つばめ)に例えたのはわけがある。

 エレビア王国の紋章は(つばめ)を元にしていた。そのためリョマノフは、兄に国を任せて自身は海外という比喩に国の象徴を用いたのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 それまで様子を見ていたシノブだが、リョマノフの援護に加わることにした。リョマノフを一箇所に縛り付けるべきではないと、シノブも思っていたからだ。


「リョマノフ殿は若いし行動力もあります。太守として街に留めるより、私達の東域探検船団のように外交や交易の先駆けとなるのが似合っていそうです」


 まだ二十歳(はたち)前だというのに国王の大任についたシノブである。当然ながら多くの重圧を感じているし、不自由に思うこともある。シノブは、それらをリョマノフに味わわせたくなかったのだ。

 もちろんリョマノフが進むべき最善の道が太守なら、シノブも余計なことを言うつもりはない。しかし若き獅子の獣人、竜に立ち向かう勇気と外を見る目を持つリョマノフには、もっと適した場がある。シノブは、そう思ったのだ。


「なるほど……リョマノフにアマノ王国やキルーシ王国に行ってもらう……」


「流石シノブ様……父上、素晴らしい案です! 私が代わりたいくらいです!」


 感嘆の声を上げたズビネクに続いたのは、シターシュではない。

 発言者は、リョマノフの同腹の姉オツヴァであった。弟とは違い虎の獣人の、種族に相応しく大柄な上に武術を深く(たしな)んでいるらしき女性である。


 それ(ゆえ)シノブはオツヴァのことを女武芸者だと思っていた。しかし、もしかすると彼女も船乗り志望なのだろうか。

 ちなみにエウレア地方の南方二国、カンビーニ王国やガルゴン王国でも、船乗りには猫科の獣人が多い。それに海軍軍人には女性もいるから、あり得なくはない。そんなことをシノブは考える。


「姉上には譲れません! 父上、私に外交船団を!」


「リョマノフ、そこまで焦らなくても……」


 立ち上がって名乗りを上げるリョマノフに、兄のシターシュが苦笑をした。それに考え込むズビネク以外は、多かれ少なかれ王太子と同じような顔となっている。


「……良かろう。細かいことは後で定めるが、お前には外との関係作りを任せよう」


「それが良いと思います。リョマノフ殿の言葉通り、彼は洋上を飛翔する海燕(うみつばめ)……そうです、海燕隊(かいえんたい)という名は如何(いかが)でしょう?」


 決断を下した国王に、シノブは微笑みつつ語りかけた。シノブは、リョマノフの名と海燕(うみつばめ)から、故郷のある人物を連想したのだ。

 激動の時代を駆け抜け、龍や天馬に跨り()ぶが(ごと)く未来へと突き進んだ、日本史に燦然と輝く偉人が目指したもの。広き視野を持ち海に乗り出すリョマノフの率いる船団に、これほど相応しい名はない。シノブは、大きな期待と少しばかりの郷愁を篭めつつ自身の案を口にする。


「おお! エレビアの海を託すに相応しい名ですな!」


海燕隊(かいえんたい)……リョマノフ、素晴らしい名を頂戴しましたね」


 ズビネクとシターシュも異存はないようだ。国王は満面の笑みを浮かべ、王太子は弟へと祝いの言葉を贈った。

 王族の女性達も同様だ。第一王妃のリリージヤや第二王妃でリョマノフの実母サチュヴァ、更に姉のオツヴァも口々に賛意を示す。三人も新たな道を得た若き王子を祝い励ましと、和やかな空気が広間に満ちる。


「あ、ありがとうございます!」


 それまで父を向いていたリョマノフは、輝く笑顔でシノブを振り向いた。歓喜に頬を紅潮させた彼の様子に、シノブ達エウレア地方から来た者も自然と顔を綻ばせる。


「当面は東域探検船団に同乗いただいても良いかもしれませんね」


「ええ。我らが操船術、リョマノフ殿やエレビアの方々であれば、喜んでお教えしましょう」


 ナタリオやシルヴェリオの言葉は、失礼に聞こえかねないものだ。しかしエレビア王家の者達は反論しないどころか、大きく頷いていた。


 エレビア王国やキルーシ王国の船舶は沿岸を巡る程度だ。

 キルーシ王国の海岸は内海のアマズーン湾だけだ。エレビア王国も半島の一方は同じ湾内、逆は外海だが交易できる相手がいなかったから、こちらも遠洋航海術が発達しなかった。

 それに対し、エウレア地方の海洋先進国は2000kmも南のアフレア大陸とすら往復できる。今回の東域探検船団も800km近くを寄港せずに航海した。


 それらを伝えられたから、リョマノフ達は彼我の差を充分に承知しているのだ。

 ナタリオ達の言葉は事実であり、それらの高度な技術を目の当たりにし学ぶことが出来る。そのためエレビア王家の面々も、怒るどころか期待に顔を輝かせていた。


「シノブ様! 地下の後片付け、終わりました!」


「これは楽しそうですな。何か良いことがあったのでしょうか?」


 大きな笑みが広がる場に、アミィとアルバーノが姿を現した。

 シノブは時折アミィの思念で状況を聞いていたが、彼女やアルバーノ達は地下にあった殆どの品を一旦回収していた。書物、魔道具、研究や工作のための道具。もちろん鋼人(こうじん)自体も同じだ。

 鋼人(こうじん)は製造中や未使用のものもあったし、破片も残しておいては内蔵された魔法回路を悪用されかねない。そこでアミィは全て魔法のカバンに収めたわけだ。とはいえ早急に確かめたいこともあるから調べつつで、多くの時間を費やしたそうだ。


「ああ。ちょうど今ね」


 シノブは二人に、リョマノフも海に乗り出し各国との架け橋になる道に進むと伝えた。するとアミィとアルバーノの顔にも笑みが生まれる。


「おめでとうございます! リョマノフさん!」


 アミィは神の眷属として、エレビア王国が望ましい未来へと踏み出したことを喜んだのだろう。

 エレビア王家は、現在のキルーシ王国がある場所からの移住者だ。そのため彼らは故地に複雑な思いがあって当然だ。しかし、それらを乗り越えようと彼らは歩み始めた。それはアミィにとって、最上の出来事に違いない。


「これでリョマノフ殿も我らの仲間ですな!」


 アルバーノは海洋国家カンビーニ王国の生まれだ。そのためだろう、彼の顔には新たな仲間の登場への祝福らしきものが浮かんでいた。

 今は内陸の地の領主となったアルバーノだが、若き日に傭兵となって国を飛び出した経歴の持ち主だ。おそらく彼は、活気溢れる若き王子に過去の自分を見たのだろう。アルバーノの顔には、昔を思うような感慨も滲んでいた。


「ああ……エレビアの夜明けだよ」


 シノブの言葉に、周囲が大きく沸いた。どうやら、これはリョマノフの口癖らしい。

 自身が外との関係を深め、エレビア王国を広い世界に羽ばたかせたい。それが彼の言うエレビアの夜明けであり、望みなのだ。

 そして今、若き王子の望みは(かな)った。正しくは今日から(かな)えるために歩むのだが、シノブは彼の夢が実現すると確信していた。何故(なぜ)なら『エレビアの若獅子』ことリョマノフは、その名に相応しい闘志と活力も顕わな頼もしげな顔となっていたからだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年11月17日17時の更新となります。



 『女神に誘われ異世界へ』の二次創作が誕生しました!


女神に誘われ異世界へ 異聞録 ~闇の異邦人・月の騎士~

http://ncode.syosetu.com/n2003dq/


 円谷 弾志様(ユーザID:316709)が感想欄でお書きになったショートストーリーがベースです。投稿と成型などは私が担当しています(加筆部もあります)。


 ご興味をお持ちいただけたら、ぜひ御覧になってください。

 現在、第四話まで公開済みです。


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