19.13 地下遺跡 前編
八月も、そろそろ終わろうという日の朝。ここ暫くの平穏に感謝しつつ、シノブは朝食の場である『陽だまりの間』へと入った。
「ミュリエル、セレスティーヌ、おはよう!」
シノブは今朝初めて会う二人に挨拶をする。
起床後、シノブはシャルロットやアミィと共に訓練の場に赴く。ただしシャルロットは後二ヶ月少々で出産だから、体力維持のための健康法を軽く行うと、すぐにアミィと湯浴みに向かう。
一方のシノブは、若手の護衛騎士に魔術や武術、それに魔力操作などを教えながら、一時間は早朝訓練をする。そしてシノブも軽く身を清めてから、食事の場へと移動する。
したがって大抵の場合シノブは、ここで二人と会うことになるのだ。
「おはようございます!」
「今日も良い天気ですわね!」
ミュリエルとセレスティーヌも、シノブに言葉を返す。
室内には二人だけで、陪食者はいない。シノブが朝食くらい家族だけでと願ったからだ。もちろん特別な催しをすることもあるが、そのときは家族の場である『陽だまりの間』ではなく別の広間を用いる。そのため室内には、侍女や従者の姿もない。
「海運の話をしていたの?」
シノブは自身の席に着きながら、二人に訊ねる。
ミュリエル達は、通商について話していたようだ。ミュリエルが商務担当でセレスティーヌが外務担当ということもあるが、どうも今朝の勉強が交易についてだったらしい。
シノブが早朝訓練をするように、ミュリエルとセレスティーヌは朝の一時を学習に充てているのだ。
「はい、来月は東域への航海が始まりますから! マイドーモさんも張り切っていました!」
ミュリエルが触れたように、カンビーニ王国から来たマイドーモ・マネッリも東域探検船団の一員だ。
そもそもマイドーモは東域との貿易に稀なる将来性を感じ、自身も関わりたいとシノブの家臣になった男である。その彼が東域探検に加わらないわけはない。
まだアマノ王国に来て半月ほどだから、船団でのマイドーモは商務関連の内政官の一人という位置付けだ。しかし元がカンビーニ王国の海運商の跡継ぎだけあって、彼は様々に役立っているようだ。
そして昨日マイドーモは、乗船する商務担当の長とミュリエルのところに顔を出したという。
「明後日がアルバーノさんとモカリーナさんの結婚式、その二日後が出航ですわ! 向こうの国々との外交も、すぐですわね!」
マイドーモの名が出たからか、セレスティーヌは彼の妹であるモカリーナの結婚に触れた。
アルバーノとモカリーナは9月1日に結婚する。マイドーモは妹の結婚式に参列した直後、東域へと旅立つわけだ。
なお、出航するアマノスハーフェンは王都から700km以上離れている。したがって商務省への顔出しもそうだが、神殿の転移がなければ不可能なことだ。
「マイドーモが来てくれて本当に助かったね。彼なら、きっと東の国々とも上手く行くだろう。
……外交は始まるだろうけど、いつ向こうに行けるかは判らないよ? まずはナタリオにシルヴェリオ殿やカルロス殿、それにジェドラーズ殿だからね」
シノブはミュリエルには笑顔で頷いたが、セレスティーヌには少しだけ改まった口調で応じた。
探検船団の総司令は、イーゼンデック伯爵ナタリオである。それにカンビーニ王国から王太子シルヴェリオ、ガルゴン王国から王太子カルロス、アルマン共和国から先日まで国王であったジェドラーズが加わる。
全体の指揮は最も東域に近く出港地でもあるアマノ王国だ。ナタリオは伯爵だがアマノ王国の海軍元帥であり、更にシノブの名代とされている。
そしてシルヴェリオとカルロスは、南方探検と同様に両国の船を率いる。彼らの南方航海での経験は東域への冒険に欠かせない。
最後のジェドラーズだが、彼はアルマン共和国の船団の代表となっていた。彼は息子に当主の座を譲り、更に王制では無くなったため伯爵家の先代となった。しかし彼は、自身が貢献できることは何かと考えていたらしい。その結果ジェドラーズは交易の強化、二人の妻は国内の芸術振興に注力することになったようだ。
ともかく、このように三つの海洋王国の者達と、そこからアマノ王国に来たナタリオやマイドーモ達により、東域探検船団は構成されている。
そしてシノブは、東域諸国との国交樹立を出来るだけ彼らに任せようと考えていた。南のアフレア大陸のときと同様に、遭遇と交渉の段階では神々から授かった品を見せ付けるようなことをしたくなかったのだ。
魔法の家による転移で現れたら。そしてエウレア地方では神殿の転移があると示したら。おそらく東域の人々はエウレア地方を特別な場所と考えるだろう。ある意味では事実なのだが、シノブは神々の存在を交渉の材料にしたくなかったのだ。
「そうですわね……」
セレスティーヌは残念そうな表情となった。彼女は東域の国々に強い関心を示していた。アマノ王国がエウレア地方で最も東だからである。
アフレア大陸への航路の入り口は、ガルゴン王国とカンビーニ王国の間だ。そのためアマノスハーフェンからだと入り口までで2500km近く、そこから南に1500kmも航海しなければアフレア大陸に達しない。
それに対し東域で最も西のエレビア王国までは800km程度で、高速軍艦なら四日もあれば到達できる。したがってアマノ王国では、東との交易に期待している者が多かった。
「セレスティーヌお姉さま、交渉が纏まれば訪問できると思いますよ」
「ああ、そのときにはね……」
シノブはミュリエルに頷き、次に扉へと顔を向けた。
そこには、湯浴みを終えたシャルロットとアミィの姿がある。シノブの愛する妻は、彼が最も信頼する従者の手を借りつつ歩んでくる。
「シャルお姉さま、アミィさん、おはようございます!」
「おはようございます!」
セレスティーヌとミュリエルも、シャルロット達に笑顔を向ける。
東域のことも気に掛かるが、今の二人にとっては家族との時間の方が大切なのだろう。セレスティーヌの顔からは先ほどまでの異国への思いは消え去り、ミュリエルも十歳という年齢に相応しい無邪気な笑みを浮かべていた。
◆ ◆ ◆ ◆
朝食自体は、さほどの時間を掛けずに終わる。シノブ以外は女性で元々多く食べはしない。今はシャルロットも運動を控えめにしているから尚更だ。
そのため半分くらいは、食後のお茶を楽しむ時間となるのが常であった。
「そろそろアルバーノさんを連れ戻さなくて良いのですか? お兄様とシャンタルさんの結婚式には姿を見せましたが、殆ど東に行ったままですわ」
セレスティーヌは、ティーカップを置きつつ問いを発した。彼女の飲んでいたお茶は、カンビーニ王国から取り寄せたものだ。そのため彼女は、お茶の香りから同国出身のアルバーノやモカリーナを思い出したのかもしれない。
「明日には戻ってくるけどね。ただ、例の転移装置のありそうな場所が絞れてきたらしい」
「幾つか候補があるそうです。伝説で『南から来た男』が最後に立ち寄ったという地域ですね。それで何とか発見まで、と頑張っているのだとか……」
シノブとシャルロットは、良く似た苦笑を浮かべていた。
アルバーノからはシノブに定期的に連絡が入る。今の彼は、大半の時間をキルーシ王国で過ごしているが、通信筒があるから連絡は可能なのだ。それに魔法の家の呼び寄せを使い、エウレア地方に戻ってくることもある。
「結婚式の後は休暇ですからね。ソニアさんと交代する前に何とかしたいようですよ。もう少し絞れたらシノブ様に探っていただくのですが……」
アミィがシノブ達の言葉を補足する。
流石のアルバーノも自身の結婚式を放り出すことはないし、式から数日は仕事から離れモカリーナと過ごす。そのため、式の後はソニアが調査を引き継ぐことになっていた。
どうやらアルバーノは、それまでに遺跡を発見したいようだ。場所さえ絞れたらシノブが魔力波動を探ることになっており、そこまで後一歩だと感じているらしい。
「マルタンさんが、飛行船でアマノシュタットからリーベルガウまで送ると張り切っていました。ですから、戻ってきてくださらないと可哀想です……」
ミュリエルは少しばかり心配しているようだ。
リーベルガウは、アルバーノが治めるメグレンブルク伯爵領の領都である。アルバーノ達は王都アマノシュタットでの式と祝宴の後、飛行船で自領へと向かうのだ。
神殿の転移で移動すれば一瞬だ。しかし誕生したばかりの飛行船での空の旅は、王族や貴族でも滅多に経験できないことである。そのためアルバーノ達も大いに興味を示しているようだ。
「大丈夫だよ。アルバーノが何と言おうが連れ戻すから。ところでテオドール殿とシャンタル殿のとき、王都メリエから都市シュラールまでが300kmくらいだったよね」
シノブはミュリエルに笑いかける。
五日前に行われたメリエンヌ王国の王太子テオドールと彼の第二夫人となったシャンタルの式にも、飛行船が貸し出された。
ミュレ子爵マルタンと彼の妻カロルは、メリエンヌ学園の研究所から王都メリエまで飛行船で赴いた。そしてマルタン達は、新婚の二人を新妻の実家であるシュラール公爵家まで飛行船で送った。
最新の飛行船は搭乗可能な人数も十名まで増え、最高で時速40km程度まで出せる実用的な域に達した。そのため途中で休憩を取りはしたが、飛行船は朝早くメリエを発ち日没前にはシュラールに着いたという。
「リーベルガウまでは倍近いので、今回は途中のギレシュタットで一泊するそうですよ」
ギレシュタットとはゴドヴィング伯爵領の領都で、アマノシュタットとリーベルガウの中間に位置する都市だ。
ミュリエルは研究所のあるフライユ伯爵領に行くことが多い。彼女は将来のフライユ伯爵の母となるからである。そのためミュリエルは、研究所に関してシャルロットやセレスティーヌより詳しかった。
「アルノーさんとアデージュさんも、楽しみにされているでしょう」
アミィの声音は感慨深げであった。
ゴドヴィング伯爵アルノーも、帝国時代はアルバーノと同じく戦闘奴隷とされた。そのためアルノーはアルバーノと深く交流しており、結婚においてもモカリーナを養女とするなど後押しをしていた。
アデージュは帝国に囚われたことはないが、孤児から自身の力のみで司令官に出世した苦労人である。そのためアルバーノの艱難辛苦には、彼女も強く共感しているようだ。
したがってアルノー夫妻も、挙式した二人の来訪には大きな喜びを感じているだろう。
「シノブ様、飛行船で東域に行くことは出来ないのですか? 魔獣対策は成功したと伺いましたが?」
セレスティーヌは、飛行船なら東域に旅できると考えたようだ。
竜の魔力波動を真似て魔獣を寄せ付けない装置は完成し、飛行船にも搭載した。かなり大きな装置で、推進機関と合わせると随分な重量になる。そのため飛行船の乗員は限られるが、山脈越えは可能となっていた。
「よほどの魔力の持ち主が搭乗していないと、補給で100kmか200kmに一度は着陸する必要があるそうだ。だから、中継となる基地が整備されて何十人かの魔術師がいないと難しいね」
シノブが言うように、様々な魔道装置を動かすため飛行船の運用には大魔力が必要となっていた。
アマノ王国の東端にはオスター大山脈、その向こうは大砂漠だ。この二つを合わせて東西1000kmもの不毛の地となっている。
現状の飛行船では少なくとも200kmごと、出来れば100kmごとに基地を確保したい。しかし大砂漠には多少のオアシスがあるが、ホリィ達の調査通りなら300km以上は連続して飛ぶことになるようだ。
「シノブやアミィ達、それにエルフでも限られた者が同乗していれば、無着陸で越えられるようです。ですが、もう少しエウレア地方の中で安全を確かめた方が良いのでは?」
軍人だけあって、シャルロットは現実的であった。
海を往く船は、大型の軍艦であれば百人や二百人を乗せて長期の航海が出来る。しかも船の数は充分にあるから、南方探検航海でも二十隻の大船団を組んだ。これだけの人員がいれば、行った先で何かあっても大抵のことは対処できるだろう。
しかし飛行船は試験用の二つ三つが完成したばかりだ。この状況で空から遠征しても魔法の家での転移などを当てにしたものになるし、それでは人間の力で成し遂げたとは言い難い。そのような旅であれば、素直に竜達を頼るべきであろう。
「もっと効率が良くなれば航続距離も伸びるし、そのころには数も揃うよ。そのときまでに向こう側と交流を深めて基地となる場所を用意したいね」
「そうですね。大量輸送は船でしょうけど、速度と移動の自由度は飛行船が上ですから」
シノブの言葉にアミィが頷いた。
現在、エウレア地方に存在する乗り物で一般的なものは、陸上が馬か馬車、海上が帆船である。これに陸は蒸気自動車と蒸気機関車、そして海は蒸気船が加わった。
これらと比較すると飛行船は速度で他を圧倒するが、搭乗可能な人数は少なく、しかも価格は比べ物にならないほど高い。そのため現状では輸送力としての期待は低かった。おそらく暫くの間、飛行船を使うのは非常に限られた者となるだろう。
とはいえ飛行船なら、内陸であろうが海上であろうが自由に移動できる。そのため非常に魅力のある乗り物というのは、誰もが認めることであった。
「テオドール様も喜んでいらっしゃいましたね。これだけ速く快適に移動したのは初めてだと」
ミュリエルが触れたのは、先日テオドールが送ってきたお礼の文に記されていた言葉である。
メリエンヌ王国は西側と南の一部にしか海が存在しないから、陸路が重視されている。しかし北のヴォーリ連合国、東のアマノ王国、西南のガルゴン王国との間には山脈があり行き来できる峠は僅かだ。そのため彼らは飛行船に期待するところが大きいようだ。
「披露宴でも、やたらとアルベリク殿が強調していたからね……しかし、披露宴での司会と出し物、完全に定着したね」
シノブは苦笑を隠せなかった。実は、テオドール達の披露宴を司会したのは筆頭公爵のアルベリク、つまりベランジェの長男だったのだ。
マルタンとカロル、ナタリオとアリーチェの合同結婚式は、宰相のベランジェが司会をし、新郎新婦の友人達が芸を披露した。そのときベランジェは、披露宴で友人が出し物をするのはシノブの故郷の風習だと説明した。
これが各国から来た賓客の心に残ったらしい。彼らは早速見習い、新たな文化として取り入れたのだ。
披露宴で出し物をするのは日本なら珍しくもないが、それは庶民の場合だろう。しかしエウレア地方では、王族や上級貴族も行うことになりそうだ。
最高位の貴族が司会をするのも同様だ。こちらに関してベランジェは、シノブの故郷で行っていることだとは言わなかった。しかし各国の者達は、あまりにベランジェが自然に取り仕切っていたせいか、これもシノブの故郷の仕来りなのだろうと誤解したらしい。
「伯父上は、アルバーノのときも楽しみにしてくれ、と言っていましたが」
「ああ……通信筒だ」
シャルロットに微笑みを向けたシノブだが、途中で言葉を途切れさせた。胸元で通信筒が震えたのだ。
シノブは通信筒から紙片を取り出し、シャルロット達は彼を見つめる。通信筒での連絡は定期的なものもあるから、彼女達も変わらず落ち着いたままである。
「アルバーノだよ。転移装置の在り処らしい場所が絞れたようだ」
シノブは更に紙片に記されていたことを語っていく。
キルーシ王国の西部、大砂漠の近くにヴォースチという都市がある。そして初代皇帝か先祖らしき『南から来た男』は、そこで姿を消したようだ。
そうだとすればヴォースチか近辺に転移装置があった可能性が高い。ただしヴォースチのどこにあるかまでは判らない。
今までの例だと地下に存在するのだろうが、七百年近く前のことであり入り口など埋もれてしまっているだろう。それに、地上に建物が造られたかもしれない。どちらにしても短期間で発見することは困難で、文はシノブに魔力感知で探ってもらえないかと結んでいる。
シノブは、かつて西海の戦いで当時のアルマン王国、現在のアルマン共和国で転移装置を見ている。したがって装置が使える状態なら、シノブは魔力波動で察することが可能であった。また隠蔽の装置で隠していても、僅かな波動の差で感知できる。
もちろん既に魔道装置が壊れているかもしれないが、試してみるだけの価値はある。
「早速行くのですか?」
「朝議が終わってからにしよう。義伯父上に断ってからの方が良いし、準備もあるからね」
僅かに緊張を滲ませたシャルロットに、シノブは安心させるべく微笑みと共に言葉を返した。
これで、長い間の疑問が解けるかもしれない。旧帝都の地下神殿のような遺跡なら、何らかの文書が残っている可能性は高い。果たして『南から来た男』は初代皇帝だったのか。また、何の目的で西に向かっていたのか。シノブは、それらの手がかりが掴めるかもという期待に、胸を弾ませていた。
◆ ◆ ◆ ◆
ヴォースチはキルーシ王国の北西部の都市である。王都キルーイヴよりも300kmは北だが、大砂漠の近くということもあり更に暑く、空気は随分と乾燥していた。そのためヴォースチから少し離れると荒野が広がっている。
荒野には、稀に大砂漠から魔獣が紛れ込むそうだ。砂漠の奥のように10mを超える大砂サソリや無魔大蛇が出ることはないが、それでも十年か二十年に一度くらいは人の何倍もある魔獣が出現するという。したがって近くの住民でも、砂漠に隣接する荒野に近寄る者は殆どいない。
しかし今、四人の猫の獣人がヴォースチの西の荒野に立っていた。
「ここ、おかしいですよね。大砂サソリや無魔大蛇は南方……アフレア大陸にいるってエンリオ様から聞きましたよ。
でも、ここはアマノシュタットとも殆ど緯度が変わらない……北緯45度を超えています」
諜報員の若者ミリテオは、汗を拭いながら言葉を発した。彼がいるのは二階家ほどもある巨岩の上だ。辺りには、似たような大岩が幾つも転がっている。
ミリテオが言う通り、大砂漠に現れる魔獣は遥か南のアフレア大陸の砂漠にいるものと同じであった。つまり、この大砂漠が赤道に近い南の地と同じくらい暑いということを示している。
そしてこれもミリテオの指摘通り、ヴォースチの辺りは北国と言っても良いくらいの高緯度だ。ミリテオは海洋国家であるカンビーニ王国の出身で、太陽や星の位置から緯度を知るなど造作もない。そのため彼は自身の口にした数字に強い自信を抱いているようであった。
「ああ。この辺りには親父が戦ったような大物は出ないそうだが……向こうは草原にも入ってくるって言うがな……」
魔獣を警戒しているのか、アルバーノは西を見つめたままミリテオに答えた。
アルバーノの父エンリオは、シノブ達の供としてアフレア大陸のウピンデムガに赴いた。そのときエンリオは、全長20mもある大砂サソリや同じく10mほどの無魔大蛇を倒している。
「キルーイヴで調べた文書でも、砂漠の魔獣の侵入は極めて稀だとか。それでも大半の者は砂漠に寄らないそうで……。『南から来た男』が砂漠を渡ろうとしなかったのは、そのためでしょうか?」
「そうですね……私は飛べますから問題ないですし、砂漠のオアシスに住む者も出現する場所を知っており避けるとか。ですが空に逃げることも出来ず、知識もない者が渡るのは厳しいでしょうね」
セデジオとホリィも西を見つめている。四人は、シノブからの連絡を待っているのだ。
この荒野であれば、魔法の家を呼び出しても発見されることはない。辺りに木々は存在しないが、その代わり巨大な奇岩が小さな家くらいなら隠してくれる。
「この高緯度で、これだけ暑い……砂漠には神獣様でもいらっしゃるのでは? 炎竜様なら暑いところも好みそうですが?」
「竜や光翔虎はいないみたいですよ? 少なくとも聞いたことはないそうです。ですが、玄王亀の例もありますし、砂漠の地下に隠れているかもしれませんね」
ミリテオの言葉は冗談ともつかぬものだったが、ホリィは笑いもせずに応じた。彼女も大砂漠に超越種がいるのでは、と疑ったことがあるのだろう。
「あっ、通信筒が! ……シノブ様です!」
通信筒から紙片を取り出したホリィは、目を通すと同時に巨岩から飛び降りた。そして彼女は続いて魔法の家を呼び寄せた。
「ホリィ、ご苦労様!」
「聞いていた通り暑いですね」
魔法の家から出てきたのは、シノブとアミィだ。しかし彼らは二人だけではなかった。
二人の後から、オルムル達が続いて現れる。岩竜の子がオルムルとファーヴ、炎竜の子がシュメイとフェルン、そして海竜の子リタンに嵐竜の子ラーカ、最後は光翔虎の子フェイニーである。
ちなみに今日のオルムル達は、殆どが人間に近い大きさであった。岩竜と炎竜の子はアミィと同じくらいの高さに頭があり、フェイニーは小柄な虎くらい、リタンとラーカも大よそ同じくらいの大きさである。
「フェルン殿も随分大きくなりましたな!」
アルバーノは、見張りをセデジオとミリテオに任せたようだ。巨岩から飛び降りた彼は、陽気な声で最も幼い子竜に呼びかける。
フェルンも生後二ヶ月と一週間を過ぎ、体長1.5mほどまで成長していた。しかも彼は小さくなる腕輪も授かっていた。彼の左前足には、他の子供達と同じ銀色の輪が光っている。
『アルバーノさん、僕も飛べるようになったんですよ! ほんの少しですけど……でも、腕輪もいただきました!』
フェルンは嬉しげな声でアルバーノに答え、自慢げに左前足を上げてみせる。どうやらフェルンは、腕輪を見せようとしたらしい。
ファーヴの初飛行も、ほぼ同じ時期であった。シノブから魔力をもらいつつ成長し、飛翔の訓練に勤しむと、通常より半月から二十日くらい早く空を飛べるようになるらしい。
そしてアムテリアは、そのくらいになると腕輪を授けるようだ。おそらく、これ以上大きくなるとシノブ達と共に過ごすのが難しいからだろう。
もっとも、今のフェルンは元の大きさのままである。どうやら彼は腕輪を自慢したいが、大きくなった姿も見せたいらしい。
「ほう、それは凄いですな! そのうち私も乗せてください!」
『ええ、あと一ヶ月……いえ、半月くらい待ってくださいね!』
アルバーノはフェルンの頭を撫で、フェルンは楽しげに羽を動かしつつ応じる。そして一人と一頭が語らっている間に、アミィは魔法の家の収納を終えた。
「さて、調査をするか。アルバーノとセデジオ、ミリテオはフェイニーに乗ってくれ。アミィとリタン、フェルンはオルムルだ。他は自力で飛ぼう。透明化の魔道具があるからね」
シノブは空から調査をするつもりであった。そこで彼は手早く組分けをしていく。
フェイニーも随分と成長した。今の彼女にとって、背に乗ったアルバーノ達三人も含めて姿を消すくらい簡単なことだ。
オルムルも元の大きさに戻ってアミィ達を背に乗せる。オルムル達にも透明化の魔道具を渡したし、アミィは幻影魔術があるから自分で姿を消すことも可能だ。
そしてシノブには重力魔術があるし、金鵄族のホリィは元々空を飛べる。こちらも透明化の魔道具があるから、誰にも発見されずに転移装置を探すことが出来る。
『準備できました! ところでアルバーノさん、転移装置って地下にあるんですよね?』
「ええ。地上にあったら誰か発見しているでしょう」
オルムルの問いに、アルバーノは当然といった口調で答えた。
ヴォースチの近くには幾つかの廃墟があるから、そこかもしれない。ヴォースチ自体というのもありそうだ。もちろん荒野という可能性もある。しかし七百年も発見されないのだから、どこであろうと地下に隠されているのは間違いないだろう。
『でしたら、私やファーヴなら地下に大きな穴があれば判ります!』
『ええ、僕達は岩竜ですから! 空からでも岩や金属は区別できますし、何も無いのも判ります!』
オルムルに続き、ファーヴも自慢げに胸を張る。
帝都決戦のとき、岩竜の長老ヴルムは空に浮かぶ岩で出来た竜の像の中から、地上の人々が武器や装飾品を所持しているかを当てた。土属性の彼らは直接見なくても、魔力波動などで金属や岩石の種類を判別できるのだ。
剣や小さな装飾品まで当てるのは、長老と呼ばれるほど生きたヴルムならではの技だ。しかしオルムルやファーヴでも大きな空洞の有無くらいは判断できるらしい。そこでシノブはオルムル達に協力してほしいと頼んだわけだ。
「だから、ヴォースチは俺が担当する。都市には地下室もあるし穴だけじゃ区別は難しいから。オルムルとファーヴは、荒野や廃墟を頼む」
シノブは、三つに分かれて転移装置を探すつもりだ。自身はヴォースチの担当、他はオルムルとフェイニーの組、ファーヴとラーカとシュメイの組とする。また、ホリィはファーヴの側にいてもらう。
調査の範囲は大よそ直径30kmほどだから、思念で充分に連絡できる。とはいえ、自分以外の組には眷属であるアミィとホリィを付けたし、生後半年を超えたばかりのファーヴには最年長のラーカを配した。これなら大抵のことがあっても大丈夫だろう。
「では、地下遺跡を探しに行きましょう! 帝国の先祖が造った装置など、碌でもないものに決まっています! 放っておいては危険ですからな!」
アルバーノは、初代皇帝が使った転移装置に不吉なものを感じているようだ。
アルマン島で発見した転移装置は、特殊な『魔力の宝玉』を使っていた。それらは人の魔力というより命そのものを犠牲にするものだったらしい。
仮に装置が再利用できるとして、やはり多くの命を必要としたら。そして時の権力者が転移に魅力を感じたら。あるいは極めて高性能の魔力蓄積装置として命を吸う宝玉を用いたら。アルバーノは、それを憂えているのだろう。
「ああ、アルバーノの結婚式までに見つけよう。転移装置じゃ祝いの品にならないけどね」
シノブは、敢えて冗談めいた口調で応じた。二日後に幸せを掴むアルバーノに、暗い言葉を掛けたくなかったのだ。
「発見の朗報は祝宴に華を添えますよ!」
「その通り! アル坊に勲章が増えたら、モカリーナ嬢ちゃんも大喜びしますぞ!」
ミリテオとセデジオもシノブの気持ちを察したようだ。彼らは王の前だというのに随分と砕けた様子で囃し立てる。
「陛下……二人とも……」
アルバーノは、彼らしくも無く口篭もっていた。彼は僅かに気恥ずかしげな表情で、穏やかな笑みを浮かべている。
「セデジオやミリテオの言う通りだ……さあ、アルバーノの独身最後の手柄を立てにいこう! 美女はいないだろうけど、アマノ王国で待っているから良いだろ!?」
シノブの言葉に大きな笑いが起きる。少し照れたアルバーノ。からかうセデジオ達。アミィやホリィ、それにオルムル達も歓声を上げる。
暫しの間の後、姿を消した一団は眩しい光に満ちた空に浮かび上がった。そして彼らは、軽やかな飛翔で荒野の上を飛び抜けていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2016年10月30日17時の更新となります。




