04.14 巨竜の巣 前編
「俺達は竜を待ち伏せしていたんだ……」
シノブ達は、イヴァールの弟パヴァーリからレンニ達の戦いの様子を聞いていた。
ドワーフの若者達を連れて未明に村に戻ったが、生き残った者の動揺は激しかった。それに命を落とした戦士達の葬儀もあり、その日は話を聞けないままだった。
そこで翌日シノブはパヴァーリを宿に呼び出し、あらためて岩竜との対決について聞いていたのだ。
「パヴァーリよ。大型弩砲の矢は通用したのか?」
「兄貴……竜はブレスで矢もろとも大型弩砲を押しつぶした」
イヴァールが問いかけると、パヴァーリは重苦しい声音で語りだした。
レンニは竜の狩場の境界である白骨の道に到着すると、大型弩砲を北と南に2機ずつ向けて設置した。
竜が細かく砕いて撒いた骨には魔法がかけられていて、狩場から獲物が逃げ出すのを防ぐという。
時間が経つと効果がなくなるようで、竜は頻繁に骨を撒きに来る。シメオンの予想通り、レンニ達は白骨の道を維持しに来る竜を待ち伏せしたのだ。
日が落ちてしばらくすると、全長20mもある巨竜が北側から悠然と飛んできた。シノブ達が目にした時と違い、ゆっくりと骨を撒きながら飛んでいたため、南側の2機の方向を変えるのも間に合った。
大型弩砲は5つに分解して運んできたもので、全長5mもある巨大な兵器である。その巨体に相応しく、組み立て式の矢はドワーフの背丈の倍以上あるものだった。
レンニ達はその巨大兵器を操り巨矢を射たが、矢はブレスを受けて消滅。そして、黒い奔流はそのまま伸び、大型弩砲ごと操作していた戦士達を押しつぶした。
パヴァーリ達、矢を運んでいた若者は、圧潰した大型弩砲の破片や一緒に飛び散った岩などで怪我をしたものの、重傷を負うことはなかったという。
「……そして、竜は俺達を尻目に、猛然と飛び去っていったんだ」
一昨日の夜、白骨の道で見たときとは違い、パヴァーリは落ち着きを取り戻している。ときたま悔しさに表情を歪めるものの、彼は冷静に説明していく。
「向かってくる矢はブレスで迎撃ですか……」
「……こちらに来る時なら好機かもしれないと思ったのだがな」
ミレーユは巨竜の攻撃の凄まじさに絶句し、シャルロットも悔しそうに呟く。
遠ざかる岩竜には矢や投槍が通じなかった。疾走する軍馬の何倍もの速度で離れていく竜に対し、射かけても威力は半減するだろう。だが、接近するときなら有効かもしれないと考えていたようだ。
「ブレスを封じなければ勝ち目はありませんか」
シメオンも竜退治の困難さに頭を悩ませているようだ。表情は変わらないが、声には苦さが滲んでいる。
「ブレスに対抗するには魔力障壁など強固な防御が必要だが、障壁は面積や強度に比例して魔力を使う。……前回みたいに軍馬や魔法の家を守りながらでは攻撃できない」
シノブは自身の魔術の限界に触れた。
すると集った者達の顔が暗さを増す。おそらくシノブならばと考えていたのだろう。
「私はレーザーを撃てませんし、魔力障壁でも数人しか守れないと思います」
自分の力不足が悔しいのか、アミィは残念そうな顔だ。頭上の狐耳も元気がなく伏せ気味である。
「それを言ったら、私達では自分すら守れないと思いますよ。アミィさんの魔術なら、作戦次第で充分活用できます。そうですよね、シノブ様?」
「ああ。アミィの幻影魔術は使えると思うし、昨日も魔力感知で竜の接近を警戒してくれたじゃないか。それに魔力障壁だって、前衛だけならカバーできるんじゃないか?」
アリエルの言葉にシノブは大きく頷いた。
アミィはシノブに次ぐ魔力を備えているし、眷属としての長い経験もある。眷属については口に出せないが、代わりに信頼を示そうとシノブは彼女の肩に手を置いた。
「とにかく余計なものを抱えていかなければ、魔力障壁で守りつつレーザーを撃つことはできると思う。……まずは、もう一度狩場に行ってみよう。少なくとも村に接近するつもりがないか確認すべきだ」
「シノブ殿、俺も連れて行ってくれないか! 荷物運びでも何でもする! 村を守る役に立ちたいんだ!」
シノブが締めくくると、パヴァーリが腕を掴んで引き止める。そして彼は自分も一行に加えてくれと嘆願した。
「パヴァーリ! 竜の怖さを思い知ったのではないのか!」
「竜は怖いさ。レンニ達が何もできずに死んだのは忘れていない。……だが、荷物運びや馬の世話くらいなら、俺にもできるだろう? 兄貴達の命令には背かないから手伝わせてくれ」
イヴァールは厳しい声を上げて翻意を促す。しかしパヴァーリは、兄の鋭い視線にも引かずに己の意見を述べた。
「そうか……それがわかっているのなら止めはせん。……シノブよ。こいつが言うように、荷物持ちで良いから連れて行ってくれんか?」
しばらくパヴァーリを見つめていたイヴァールは、シノブを振り向くと弟の願いを叶えてくれないかと問いかけた。
「わかった。確かに、軍馬を離れたところで面倒を見てくれる人がいれば助かるからね。……イヴァール、パヴァーリさん。何名か同行者を募ってくれないか。俺達の指示を厳守できる人が数人必要だ」
シノブはドワーフの兄弟に笑いかけた。一方ドワーフの兄弟は、対照的に真剣な顔で頷き返す。
◆ ◆ ◆ ◆
旅立つシノブ達と、それを見送りに来たドワーフ達。
不安そうな視線で見つめる者もいるが、生還した若者達からシノブ達の噂を聞いたのか、期待を込めた目で見る者も多かった。
「シノブ殿、シャルロット殿。
我らのためにすまない。お主達のおかげで、戦いに散った戦士達を弔うこともできたし、若者達も村に帰ることができた。それだけでも生涯感謝すべき恩義だというのに……」
群衆の先頭にいる大族長エルッキは、シノブ達に語りかけると感極まったかのように絶句した。
「ヴィルホの扇動があったとはいえ、それに嵌まったのは儂らの落ち度。お主達に庇いだてしてもらったが、この一件が終われば儂も息子も責任を取るつもりだ」
イヴァールの祖父で長老衆の一人でもあるタハヴォも、息子であるエルッキに続けてシノブ達に言う。
「エルッキさん、私達も竜がこのままでは困るのです。あまり恩義に感じられても困ります」
シノブは、気にしすぎないようにとエルッキに語りかける。
ドワーフ達のためだけに戦うのならともかく、これはシノブ達にとっても利益のあることだ。そこをシノブは強調し、負担に感じないでほしいと伝える。
「タハヴォ殿。確かに貴方達はレンニ殿を止められませんでした。ですが、全ての施策が上手くいく為政者など存在しないでしょう。今回の件を次に活かすべきです」
シャルロットも、長老タハヴォを励ました。
「……旅立つ勇士達を引き止めてはいかんな。
イヴァールよ。我がセランネの戦士を代表して、勇士達を導いてくれ。他の者もシノブ殿達の指示を良く聞き従うように。
では、シノブ殿、シャルロット殿。無事を祈っておる。お主達に、大神アムテリア様と大地の神テッラの加護があらんことを!」
「大神アムテリア様と大地の神テッラの加護があらんことを!」
神々の加護を祈念するエルッキの言葉。その言葉を受けて、大勢のドワーフ達が唱和した。
エルッキ達の餞の言葉を受けて、シノブ達は再度村を旅立つ。
今回はシノブ達七人に加え、イヴァールが選んだドワーフの戦士四人も一緒だ。それぞれドワーフ馬に騎乗した彼らは、緊張した面持ちであるがシノブ達に続いて馬を進めている。
「しかしタネリ殿が加わるとは思いませんでした。てっきり私達は嫌われたものだと思っていましたが」
シメオンが、すぐ後ろに続いているタネリに向けて声をかけた。
四人の戦士には、パヴァーリとその友人である若い戦士二人に加え、前回の出発時にシノブ達の行く手をふさいだ戦士タネリがいたのだ。
「若いパヴァーリ達だけに任せているわけにもいかんだろう。
一人くらいは、俺のような熟練の戦士がいるべきだ。それに、俺はお主達を嫌ってはおらん」
タネリは、無愛想な声でシメオンに答える。
「嫌われてはいませんでしたか。ああ、そうでした。恐れているのでしたね」
アミィの脅しに蒼白になっていたタネリ。それを利用してヴィルホの扇動を告白させたシメオンは、タネリに重ねて語りかけた。
「それだ。他の者は竜を恐れているが、俺は同じくらい怖いものがあると知っているからな。
あのアミィという少女の殺気、今までどんな敵にも感じたことがないものだった。
それに、竜を退けたというお主達なら勝機があると思っている」
タネリは、シメオンの挑発めいた言葉にも怒ることなく答えた。
「なるほど。それなら納得できます。アミィ殿とその主シノブ殿の言葉に従えば、無事に帰ってこられるでしょう。
貴方の判断は間違っていませんよ」
シメオンは、いつもの無表情でタネリに言うと、行く手に目を向けた。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブ達は、大型弩砲の残骸が散らばる場所へと戻ってきた。
レンニやマウヌが作った大型弩砲は原型をとどめないくらいに破壊されている。だが、それゆえ巨竜のブレスの威力を推測できるのでは、というアリエルの提案を受けて調査に来たのだ。
タネリとパヴァーリ、そしてパヴァーリの友人であるマルックとカルッカの四人は、到着後に馬達を連れて10kmほど離れた場所へと引き返していった。
彼らは、山道の脇にあった洞窟で一晩を過ごすそうだ。通りがけにシノブも覗いてみたが、狩猟のときに利用する大きな洞窟は馬と共に入っても充分余裕がありそうに見えた。
彼らは、翌朝ここを訪れ合流する予定である。
シノブ達は大型弩砲の残骸を調べていた。
魔力感知の得意なシノブとアミィが周囲の警戒をする中、イヴァールとシャルロット達が中心となって大型弩砲の残骸を検分している。
既に日暮れ近くであり、日が落ちるまでには調査を完了させたい。イヴァールとシャルロット達は、飛び散る破片や地面に空いた大穴の状態を、分担して調べていった。
「完全に破壊されてますね~。砦の投石機以上の威力があると思いますよ」
ヴァルゲン砦で攻城兵器の試射を何度も見たことのあるミレーユは、投石機の破壊力と比較して驚きの声を上げた。
「ヴァルゲン砦の投石機は、重さ500kgの岩を400mは飛ばしますが……。でも、これだけの兵器を圧潰させるのですから、そのくらいは当然ですか」
アリエルは驚きを含んではいるが、納得したような口調である。
「竜のブレスは投石機の一回分の投石に相当するってこと?」
シノブは、空を見つめながら、彼らの言葉に口を挟む。
「……そうですね。単純に比較はできませんが、地面に空いた穴や飛び散った破片の具合からして、数回分の投石に相当するのではないかと思います」
アリエルは、シノブのほうを向いて答えた。
「私もアリエルと同じ意見だが、どうかしたのか?」
シャルロットは、怪訝そうな表情を見せるシノブに問いかけた。
「……俺は砦の演習場で、投石機10機の攻撃を同時に防いだ。でも、その何倍もの魔力を障壁に込めたのに、竜のブレスを受けたとき押し戻されるように感じたんだ。
あれが投石機の数回分とは思えない」
シノブは空を見続けながら真剣な表情で言った。
「なるほど。そうすると、竜はシノブ殿の障壁の強さを感じ取っていた、ということですか?
確かにこの大型弩砲は巨大ですが、言ってしまえばただの木と金属の塊です。
大型弩砲とは違って、シノブ殿の魔力障壁には本気を出したのでは?」
シノブの言葉に、シメオンが自身の推測を披露する。
「そうですね。竜はシノブ様のレーザーを避けました。魔力で相手の攻撃や防御の強さがわかるんだと思います」
シノブと同じく上空を監視するアミィも、シメオンの言葉に同意した。
「えっ! ということは、こちらの魔力の強さに応じて相手も強くなるってこと!?」
ミレーユが、素っ頓狂な声を上げる。
「あくまで竜の力の範囲内に限った話です。無制限に強くなるわけはないでしょう。でも、厄介ですね」
ミレーユの言葉を否定するアリエルも、不安そうな声で答える。
「……おい、これは砂鉄だぞ!」
魔術については専門外だと思ったのか、話に加わらず大型弩砲を調べていたイヴァールが、驚いたように叫んだ。
「イヴァール殿、砂鉄があったのですか?」
「ああ、大型弩砲についているこの黒い砂は、砂鉄だ!」
シメオンの問いに、イヴァールが興奮したような声で答える。
「……あの黒い奔流は砂鉄だったということか?」
「たぶん、魔力が強すぎて、その一部が岩竜の得意とする属性の物質になったんだと思います。
普通は水や土しか作れないはずですが、竜の巨大な魔力なら鉄でも作れるんだと思います」
シャルロットの呟きに、アミィが自分の考えを伝える。
「……竜だ! 北西の空!」
シノブの声に一同が彼の見つめる方向を見ると、遥か遠くの上空に小さな点が移動しているのが見えた。
「こっちに来ないみたいですね。何か下に向けて魔力を出しているように感じます」
魔力感知が得意で遠目も利くアミィが岩竜の動きを把握する。
「それってブレスなの?」
射手だけあって遠くのものを見ることは得意なミレーユだが、巨竜が何をしているかまではわからないらしく、アミィに問いかける。
「いや、そんな凄い魔力じゃない。たぶん、竜の道になる骨の欠片じゃないかな」
シノブは、狩場の境界を形成するための魔力の籠った骨を吐いているようだ、と答えた。
「竜の奴! シノブに恐れをなしたのか!」
明らかにこちらを回避して飛んでいく岩竜を見て、イヴァールは嬉しそうな声を上げた。
「喜んでいる場合じゃないでしょう。これでは竜を退治できません。
シノブ殿もいつまでもセランネ村の防衛をするわけにはいきませんし、街道全体を守ることもできません。
このままではいずれ冬になってしまいます」
喜ぶイヴァールとは対照的に、シメオンは苦い顔をした。
「では、どうするのだ! 飛んでいる竜は倒せないとでも言うのか!」
イヴァールは、シメオンのほうを振り向くと怒鳴った。
「……それだ!」
イヴァールの言葉に閃くものがあったシノブは、思わず叫んだ。
「シノブ殿、どうしたのだ?」
いきなりのシノブの叫びに、シャルロットが青い目を見開き驚いたような声でシノブに問いかける。
「一昨日、イヴァールが剛腕アッシの英雄詩を歌ってくれたんだ。
『……空飛ぶ竜に射かけるが、強弓弩折れ尽きる。
リソルピレンの山の中。巨竜の狩場の奥深く。剛腕アッシは友と征く。闇の使いと山を征く。
巨竜の棲家の奥深く、アッシの戦斧が竜を撃つ……』
空飛ぶ竜はアッシも倒せなかったんだ。アッシは竜の棲家で倒したんだ!」
シノブは興奮したような声で、シャルロット達にイヴァールの歌った剛腕アッシの英雄詩の一節を説明した。
「なるほど。『巨竜の棲家の奥深く』ですか。英雄詩の通りなら、洞窟か何かの奥に棲んでいるのでしょうね」
シメオンも、感心したような呟きを漏らす。
「『巨竜の狩場の奥深く』ですから、竜の狩場の中心かもしれませんね。魔力の濃いところを探っていけば発見できると思います!」
竜退治の方向性が見えたせいか、アミィも嬉しそうにシノブを見上げる。
「たぶんね。明日からは、竜の狩場の奥を目指そう!」
シノブも明るくアミィに微笑むと、彼女の頭を撫でた。
「剛腕アッシの再現か! 腕が鳴るな! 討伐したら大魔術師シノブの英雄詩を作らんといかんな!」
イヴァールも、竜の棲家での戦いを前に気勢を上げた。
「そんなのやめてくれよ! 俺はドワーフじゃないし、イヴァールの英雄詩でいいじゃないか!」
シノブは英雄詩として謳われる光景を思い描いたのか、真っ赤な顔でイヴァールに叫ぶ。
普段は落ち着いているシノブがイヴァールに詰め寄る姿に、シャルロット達は一瞬唖然としたようだ。しかし次の瞬間、一同は顔を綻ばせ大きな笑いを響かせた。
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