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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第19章 新時代の旗手
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19.01 はじまりの場所

 深い深い森の中。魔獣すら棲む場所だが、それは魔力が多い地でもある証拠だ。それを示すかのようにブナやナラの仲間らしい巨木が、天に向かって競うように屹立(きつりつ)している。

 巨大な広葉樹達の下は落葉などが元となった土だ。そして小樹や草が、その柔らかで栄養豊かな大地を彩り、夏真っ盛りの陽光に照らされ輝いている。

 恵みを享受しているのは植物だけではない。鳥が鳴き、羽虫が飛び交い、時々木々を栗鼠(りす)のような小動物が伝っていく。人が踏み込むことのない大森林は、動物達の楽園でもあった。


 そんな森の中を、すらりとした姿の金髪碧眼の青年が歩いている。おそらくは二十歳(はたち)前、優しげな顔立ちではあるが、どこか気品めいたものを漂わせた若者である。

 そして青年の後ろには、小柄な狐の獣人、十歳かそこらの少女らしき短めの髪の持ち主が続いている。こちらはオレンジがかった明るい茶色の髪と薄紫色の瞳が印象的だ。

 青年は白を多く使った軍服風の衣装だが、森の中にしては随分と豪奢で更に緋のマントまで着けている。そして従者らしき者も青年と良く似た装いで、こちらも貴族でも中々お目にかからない上等な服とマントだ。


 真昼ではあるが、木々の間から差し込む光からすると日は高くなさそうだ。おそらく、かなり緯度が高いのだろう。そのため巨木に守られた森の大地は過ごしやすそうで、二人も汗は掻いていない。

 青年は歩きながら、懐かしそうに周囲を眺めていた。それに彼は、時々何かを確かめるように立ち止まったり身を屈めたりしている。

 一方の従者と思われる小柄な狐の獣人は、青年を後ろから微笑みと共に見守っていた。とはいえ彼女も感慨深げなのは同様で、青年と交わす言葉にも強い感動が滲んでいた。

 しかし、二人が瞳を輝かせ笑みを浮かべるのも当然だ。ここは彼と彼女、シノブとアミィが出会ったピエの森である。


 この日は創世暦1001年8月1日、つまりシノブとアミィが出会ってから、ちょうど一年だ。そこで二人は始まりの地、ベルレアン伯爵領の北部に広がるメリエンヌ王国でも最大の森へと訪れたのだ。


「ここで魔狼の群れを倒したんだね……あんなに木が折れちゃって……」


 とある方向にシノブは顔を向けた。

 シノブが見つめる先には、何本もの巨木が倒れていた。他は見事に(そび)える広葉樹の大木ばかりだというのに、そこだけは巨大な魔獣が暴れ狂ったかのようだ。

 シノブが経験した最初の実戦、十頭の魔狼を迎え撃ったのは、この場所であった。この世界に来てから十一日目、シャルロットとアリエル、ミレーユの三人を助ける数時間前の出来事だ。


 根元近くから折れた木々の先には、大岩が転がっている。シノブが魔術で創り岩弾として放ったものだ。

 ただし一年近く経っているから倒れた木は朽ちて幾らか苔生(こけむ)し、下にも青々とした草が()い茂っている。そのためシノブの魔術による惨状も、多少は覆い隠されていた。


「シノブ様、直径1mもある岩弾を放ちましたから……」


 頬を染めたシノブに、アミィが僅かな苦笑を浮かべつつ答えた。


 あのときのシノブは訓練ではない初めての命のやり取りに我を忘れ、岩弾の術に大きな魔力を込めてしまった。動揺は一瞬で戦いに影響しなかったが、シノブとしては少しばかり恥ずかしい思い出ではある。

 しかし森での経験は良き教訓となり、忘れられない記憶となった。直後のシャルロット達との出会い、三人を襲った者達を(たお)したときにも繋がる出来事だ。


 シノブはアミィへと寄ると、身を屈めて彼女の小さな手を取った。するとアミィは、きょとんとした顔でシノブを見上げる。


「アミィ……ありがとう」


 続いてシノブは、いつも自身を支えてくれる第一の従者にして導き手に、大きな感謝を篭めつつ言葉を贈った。


 ここでの経験がなければ、襲撃者達との戦いで何かをしくじったかもしれない。つまり、その後を大きく分けた重要な戦いだった。シノブは、そう思ったのだ。

 あのときのアミィが、そこまで見通していたかはシノブの知るところではない。彼女は予知など出来ないようだから、少なくともシャルロットとの出会いが控えているとは知らなかった筈だ。しかしアミィが、森を出る前に命を奪うことの意味をシノブに感じさせようとしたのは間違いない。

 当時のエウレア地方は(おおむ)ね平和であった。しかしピエの森を含むメリエンヌ王国はベーリンゲン帝国と長く敵対しており、大きな戦も十年や二十年に一度は発生していた。それ(ゆえ)アミィは人の住む地に赴けば、いつか戦うときが来ると考えたに違いない。


 森から出る前に、アミィは自分に試練を与えたのだ。それがあるから自分は生き延びることができ、シャルロット達も救えた。シノブは今更ながらに、アミィの厳しくも優しい教えが現在の自分を形作っていると感じていた。


「シノブ様……」


 アミィは短くシノブの名を口にしただけであった。しかし彼女の顔、愛らしい外見に似合わぬ奥深い表情から、シノブには伝わってくるものがある。

 姉のように、母のように優しく見守りつつも厳しく育て上げる心。自身の課した試練を乗り越えてくれた、そして意図を()み取ってくれた嬉しさ。シノブを包み込むような愛。幾つもの感情は幾多の苦難を共に越えたからこそ、シノブの胸に染み入ってくる。


「アミィ、これからも頼んだよ……もちろん俺も頼るだけじゃなく、頼られるようになるけどね」


「はい……」


 シノブの(ささや)くような声は、森の空気を僅かに揺らがせた。

 するとアミィのスミレのような色の瞳が涙に濡れ、木漏れ日で(きら)めく。そして彼女は、静かにシノブの胸へと顔を寄せる。


「アミィ……誕生日おめでとう。今日この森に生まれ()でてくれて、本当にありがとう」


 シノブは小さな従者の肩を(いだ)き、胸の内へと(いざな)った。

 今日、8月1日はアミィの誕生日とした日である。神々の眷属であるアミィ達は、誕生日という概念を持たないらしい。何百年も生きるためか、彼女達は誕生した日への執着が少ないようだ。

 そこでシノブは、アミィの誕生日を8月1日にしようと提案した。去年の12月24日、つまりシャルロットの誕生日の前日のことである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 一年前のこの日、アミィは狐の獣人に生まれ変わった。シノブの従者となるため、彼女は神の眷属である天狐族から、地上の者へと変じた。

 そうであれば、地上の者としてのアミィが生まれたのは、この日である。そうシノブは思い、アミィも喜びと共に受け入れ、シャルロットも彼女を祝福した。

 それ(ゆえ)シノブは、この日に合わせてアミィにプレゼントを、と考えた。しかしアミィは物ではなく、二人の記念の地への訪問を望んだ。そこでシノブは彼女と共に、懐かしき森の奥を目指していた。


 二人は一年前に森の外を目指したときの道を逆に辿(たど)り、途中で泊まった場所などにも立ち寄った。当時とは違い今のシノブは重力魔術で飛翔できるから、途中の道のりは省略してである。

 そのため少々(おもむき)に欠けはするが、今のシノブはアマノ王国の王でアミィも同じく大神官だ。流石に国を空けて一泊二日の旅をするわけにもいかず、これは無理からぬことであった。


「アヴくんも随分大きくなったね」


 シノブは深い蒼の湖を見つめながら、義弟のアヴニールの名を口にした。来るときに立ち寄ったベルレアン伯爵領の領都セリュジエールで、シノブはアヴニールと会っていたのだ。


 ピエの森はセリュジエールの北に位置する。シャルロットを助けた場所がセリュジエールから街道を北に50kmほど、そして魔狼を倒したのは、そこから少し森に入った場所である。

 そこでシノブは、義父であるベルレアン伯爵コルネーユに魔法の家を呼び寄せてもらい、伯爵の館からは飛翔と光鏡による連続転移でピエの森へと向かったのだ。

 空を飛ぶなど普通なら目立つが、アミィが共にいれば幻影魔術で姿を消してもらえる。そのため極秘の訪問であれば、これが一番早く楽な手段である。


「二ヶ月半を過ぎましたから……」


 アミィも感慨深げな声音(こわね)であった。彼女も、シノブと同様に広々とした湖面を眺めている。


 この湖は、森で暮らしていたときに魔術の修行に使った場所だ。シノブが初めて魔術らしい魔術を使ったのは、ここなのだ。

 最初に訪れた日は、アミィから創水の魔術を教わり、次に水流、そして水弾の魔術へと進んだ。更に次の日からは他の属性も。そうやってシノブは、ここで魔術の基礎を確立していった。

 そしてシノブは並行して武術を学んだり、この世界についての知識を教わったりした。もちろん、それらもアミィからである。


 おそらくアミィの声に滲む感情には、これらの事柄に起因するものも含まれているに違いない。しみじみとした、赤子の成長を喜ぶにしては、しっとりとした(いら)え。それは自身と共通した心境が(もたら)したに違いないと、シノブは想像する。


「だいぶ首も据わってきたね。抱っこするときも随分と楽になったよ」


 アヴニールは、比較的発育が早いようだ。シノブは、一時間ほど前に抱き上げた義弟の可愛らしい笑顔を思い出しつつ言葉を紡ぐ。


 ベルレアン伯爵の長男アヴニール、つまりシャルロットとミュリエルの弟は、正確には生後八十日というところだ。したがって、まだ完全に首が据わったわけではない。

 しかし注意しながらであれば縦抱きなども出来るし、アヴニールも腹ばいにすると自身で頭を持ち上げるようになってきた。ちなみにベルレアン伯爵家の乳母によると、アヴニールは他も平均より発育が良いらしい。シノブも頻繁に顔を見に来てはいるが、確かにアヴニールは他の赤子より一歩先を行っているようである。


 この世界に来たとき十八歳だったシノブは、当然ながら新生児や乳児の発育に詳しくはない。

 妹の絵美(えみ)は四歳年下だから、シノブも彼女が生まれたころについては曖昧な記憶しかない。それにシノブが中高生のころ、親戚に乳児はいなかった。したがってシノブが赤子について学んだのは、この世界に来てからであった。

 しかし、そんな自分も三ヶ月もすれば我が子を抱くのだ。シノブはシャルロット、今ごろベルレアン伯爵の館で弟と戯れているであろう愛妻と、彼女が宿した長男のことを思う。


「シャルロット様やミュリエル様も、今日はゆっくりお会い出来てお喜びでしたね……森に同行されたいようでしたが……」


 アミィも、アヴニールからシャルロット達を連想したようだ。

 シャルロットとミュリエルはアヴニールだけではなく親達にも会いたいだろう。そう思ったシノブは、自分達が森から戻るまで二人を生まれ育った館で待ってもらうことにしたわけだ。

 そのため、この日のアマノ王家はセレスティーヌのみが国に残っている。


「仕方がないさ、大きなお腹なんだから。ホリィやマリエッタ達が一緒じゃなければ、セリュジエールへの訪問自体、無理だし」


 シノブは、僅かに残念そうだった愛妻の顔を思い浮かべていた。

 シャルロットはピエの森に足を運んだことがあり、ここにも訪れたことがある。シノブがセリュジエールに滞在しているころには、何度か狩りに来たからだ。去年の八月の末頃から九月の末まで、つまりイヴァールが訪れヴォーリ連合国に旅立つまでのことである。

 そのころにシノブは乗馬の訓練を重ね、シャルロット達との交流でメリエンヌ王国の武術などにも接した。それらの日々を振り返ったシノブは、まだ男のように武張った口調だったシャルロットを思い出し、僅かに頬を緩める。


「はい。出産まではお(つら)いと思いますが、もう少しの辛抱ですから……でも、マリエッタさんやエマさん達がいるから、お気も紛れるようですね」


 アミィが言うように、出産までの間シャルロットは政務や後進の指導に注力することにしたようだ。特に武人である彼女にとって、カンビーニ王国の公女マリエッタやウピンデ族の族長の娘エマなどの直属の護衛への指導は楽しい時間のようである。


 シャルロットは料理も覚えたし、時折は編み物などもすることがあるようだ。しかし、明らかにお腹も目立ってきたのだから、侍女達も厨房には立たせないらしい。

 それに対し政務を執ったり武術の指導をしたりというのは、シャルロットの希望もあるので続けている。もちろん書類は代筆させ署名だけで済ませることも多いし、武術の指導は訓練の場に専用のゆったりした椅子を置いてのことである。


「皆がいるから大丈夫だと思うけど、ゆっくりしてほしいのも確かだよ」


 アミィだけということもあり、シノブは本音を漏らした。

 当然シノブとしては心配ではある。しかしアムテリアから授かった腹帯もあるし彼女自身も何かしている方が落ち着くようだから、思う通りにしてもらっている。

 出来れば出産まで安静にしてもらいたいと、シノブは思う。だが、彼女の意思を()げてまでというのは望むところではない。それに自分が休むようにと他者のいる場で言えば、あっという間に彼女の自由は奪われるだろう。

 そのためシノブは、シャルロット自身もそうだが従者や侍女のいる場でも、発言に気を付けていた。


「そうですね……でも、母子共に順調ですから、あまり気になさらない方が良いと思います。お父さんの気持ちも、お母さんを通して赤ちゃんに伝わると思うので……。

シノブ様、一年前のように水弾の練習をしてみませんか? もう、教えることなど何もありませんけど」


「ああ……先生に一年間の成果を見てもらうか。これも、一種の誕生プレゼントだろうしね!」


 アミィの提案に、おどけた表情と声でシノブは応じた。そしてシノブは右手から無数の水弾を放ち、湖の上空に撃ち上げていく。

 一つずつは指先ほどの小さなもので、水の塊も緩くしている。そのため水弾は周囲に被害を及ぼすようなものではない。しかし、その数と放つ軌道の正確さは尋常ではなかった。

 陽光に(きら)めく数え切れない水の粒は、空に文字を描いていく。それは、シノブからアミィに贈る感謝の気持ちを表したものだ。

 そしてシノブは左手からレーザーを放ち、水による即興芸術に重ねていった。それも普段の不可視の光ではなく、虹のように色取り取りの輝きである。


「シノブ様……ありがとうございます! はい、ずっと、ずっと一緒にいます。いつまでも……」


 見上げるアミィは、天空を飾る水滴にも勝る美しい(しずく)を浮かべていた。夏の(まぶ)しい空には、七色に光る水により『アミィ、ありがとう。ずっと一緒にいてほしい』と記されていたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブとアミィは、再び森の中を歩んでいく。二人が修行中に暮らしていた場所は、湖から徒歩で二十分くらいである。そのためシノブ達は、思い出や最近の出来事などを語りながら行くことにしたのだ。


 森の中でのこと、ベルレアン伯爵の館で過ごしたときのこと、ヴォーリ連合国に行き岩竜ガンドとヨルム、そしてオルムルと出会ったこと。更にセリュジエールに戻ってからのシャルロットとの婚約に王都行き。ここベルレアン伯爵領に住んだときだけでも語りつくせぬほどのことがあった。

 更に王都に赴いてからの変転もある。ベーリンゲン帝国と戦い、フライユ伯爵となってシェロノワで暮らし、そして各国を巡り、異神を倒した。一度はシノブが日本に戻るなど、驚愕すべき出来事もあった。そして、その日本に似たヤマト王国での出会いもある。


健琉(たける)さんは、まだ海の上でしたね」


 話がヤマト王国のことになったからだろう、アミィは()の国の王太子タケルの現在に触れた。タケルは明日辺り、筑紫(つくし)の島の王都ヒムカに到着するらしい。


 当初タケル達は、伊予(いよ)の島の王都ユノモリに一週間ほど滞在する予定だった。しかしタケルの叔母である(いつき)姫の要望で、ユノモリへの滞在期間は延長された。

 ユノモリにはトヨハナがいる。そして彼女は、五十年以上も女王ヒミコとしてエルフの巫女の(おさ)を務めただけあって、イツキ姫より遥かに巫女の技に詳しかった。

 そのためイツキ姫は更なる修行をしたいと甥に願い、結局は二週間以上もユノモリに留まったそうだ。


「ああ。王都ヒムカか……義伯父上が行きたがっていたなあ。ユノモリで、ますます温泉好きになったみたいだ」


 シノブは苦笑を浮かべた。

 先月の12日、シノブはヤマト王国のユノモリへと赴いた。ユノモリでは長老派が巨大木人を操り己が主張を通そうとし、シノブは彼らの暴挙を静めるためにトヨハナ達を支援したのだ。

 そのときシノブは、アマノ王国の宰相でシャルロットの伯父でもあるベランジェも連れていった。別にベランジェが戦闘などに加わったわけではない。以前からヤマト王国の文化に興味を示していた彼の要望を(かな)えただけである。


 しかしベランジェは、ユノモリの温泉に一度入っただけでは満足できなかったらしい。

 シノブは、女王ヒミコの重臣の一人である多気(たけ)美頭知(みずち)などをデルフィナ共和国のエルフに会わせようと自国に招いた。その際ベランジェも同行し再度の温泉を満喫したが、それが彼の温泉熱を更に高めてしまったようだ。


「そうでしたね……早くヤマト王国に自由な訪問が出来るようになると良いですね」


 アミィが口にしたように、現在のところヤマト王国に行くときは魔法の家の呼び寄せが殆どで、シノブ達がいなければ不可能であった。

 向こうには光翔虎のシャンジー達がいるから、呼び寄せてもらえば一瞬である。そのため今のところ、神域に造った転移の神像より魔法の家を使うことが多かった。


 神々の場所である神域には、シノブ達がいないと入れない。そのため今後も秘すことになるだろう。そして魔法の家は唯一つしかない神具だけに、こちらも他に貸すわけにはいかない。

 仮にヤマト王国の神殿にある神像に転移の付与を願い、そこをアマノシュタットの神像と繋げてもらえば、神官達の手で行き来が可能となる。だが、現状ではアマノ同盟内でも国家間の転移はシノブやアミィ達だけとしている。したがって、ヤマト王国だけ優遇するのも躊躇(ためら)われた。


「まずは、タケルにヤマト王国の結束を高めてもらおう。国としての本格的な交流は、それからかな」


 シノブとしては、東域に航海か飛行船での移動が可能になる日を待ちたかった。

 神像での転移は、結局のところ神々の力があってのことだ。あまり頼りすぎるわけにはいかないだろう。

 ちなみにシノブは、転移自体が悪いことだとは思っていない。かつてのベーリンゲン帝国は転移の魔道装置を秘匿していた。異神から与えられた技術とはいえ、それは人間が造った魔道装置には違いない。

 したがって人間が自身で転移の魔道装置を開発できるようになれば、広く世のために使えば良いとシノブは思っていたのだ。


 ただし、空間を渡る魔道装置だけに開発は極めて困難らしい。

 これに関してはアミィも人の手で成し遂げてほしいと思っているらしく、自身の知識を開示することはなかった。そのためメリエンヌ学園の研究所でも、現在のところお手上げのようだ。

 もっとも仮に製造できたとしても、極めて高価なものとなるらしい。希少な魔力蓄積結晶を大量に使い、更に大魔力を注入しないと動かないようである。そのため研究者達も、当面エウレア地方の外への移動手段に関しては、蒸気船の効率化や飛行船の実用化に絞ることにしたようだ。


「そうですね……アフレア大陸との航路も平穏無事ですし、そろそろ東域への挑戦も良いかもしれません。そうなれば、ヤマト王国まで大航海できる東航路が切り開かれるでしょうし……」


 アミィは遠くを見るような眼差しとなった。彼女の顔には大きな期待と喜びが滲んでいる。おそらく神々の眷属にとって、今の状況は待ち望んでいたことなのだろう。


「シルヴェリオ殿やカルロス殿も帰ってきたからね」


 シノブは、先日彼らから聞いたことを思い浮かべた。

 アフレア大陸の北端にあるウピンデムガからは、既に第一次の探検船団が帰還していた。カンビーニ王国とガルゴン王国の共同船団は見事に大航海を成し遂げ、帰還した両国の王太子をシノブ達も祝福しに行った。

 そして北と南の交流は着々と新たな段階へと進んでいる。ウピンデムガには、第一次船団から大使となる高官と彼らを支える者達が残った。そして第一次船団の帰還開始と前後して第二次船団も送り出された。もちろん第三次、第四次と南へ赴く者は後を絶たない。


 シノブ達は後々禍根となるようなことを避けたかったから、交流には充分な注意を払った。

 北の者がウピンデムガで不当な商いをしないように、船団には護衛を兼ねた軍艦が付き添い、そこには多数の役人が同乗している。また、向こうには大使もいるから無法なことも出来ない。

 それにシノブ達はウピンデ族の人々にエウレア地方の社会や常識についても伝えた。したがって彼らが何も知らずに暴利を(むさぼ)られることもないだろう。


「エレビア半島やアマズーン湾の辺りには船もあるから、魔獣の海域さえ越えれば寄港できますね」


 アミィは、東域に入ってから最初の寄港地になりそうな場所を上げた。これらはホリィ達が調べた情報である。

 エウレア地方と東域は、陸続きだが間にはオスター大山脈という踏破不可能な場所がある。そのため行き来の手段として有力なのが南側の海を渡るというものだ。

 しかし二つの地方を(さえぎ)るように、大きな魔獣の海域が存在した。そのため、現在のところ船で行き来した者はいない。

 とはいえ、向こう側にも船舶は存在した。アミィが挙げた場所は、東域に入ってから暫く続く砂漠の向こうに存在する半島や湾だが、そこには人族や獣人族の国々があったのだ。


「楽しみだね……さて、着いた」


「それじゃ、魔法の家を出しますね! 一年前みたいに!」


 話しているうちに、かつて二人で暮らした場所にシノブとアミィは辿(たど)り着いた。

 シノブは懐かしげに周りを見回し、アミィは魔法のカバンから手の平大のカードを取り出した。そして笑顔の彼女はカードを展開し、懐かしい場所に魔法の家を出現させた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ここに来たら、やっぱりこれだね」


「はい!」


 シノブの微笑みに、アミィは嬉しげに応じた。

 食卓の上に並べられたのは、アムテリアが授けてくれたものだ。しかも最初に授かった品々の一部で、牛ステーキ弁当とサラダセット、そして魔法の水筒のお茶である。


 シノブが地球の神域に迷い込む直前に買った品々を元に、アムテリアは魔法効果のある食物を用意した。弁当は体力回復、サラダセットは状態異常回復、お茶は魔力回復である。

 しかもアムテリアは、弁当とサラダセットを二百個ずつにして魔法のカバンへと入れてくれた。それに魔法の水筒は無限にお茶を出す魔道具である。そのため森から出るまでの十一日間、これらをシノブ達は食べ続けた。

 そのときは十日以上も三食同じで飽きはしたシノブだが、今となっては良い思い出である。そのためシノブは、これらをアミィに所望したわけだ。


 かつてと同じ食事だが、魔法の家の中は様変わりしていた。

 数度の拡張により広くなったリビング兼ダイニングは、当初の五倍近いだろう。それに相応しく家具も大きく立派なものとなり、都心のマンションのようにコンパクトだった場所は、宮殿の広間にも匹敵する威容へと変じている。

 それらは、一年という歳月の間に起こった諸々を示しているようだ。しかし、そんなシノブの感慨は、突然の来訪により消し飛んでしまう。


「アミィ、誕生日おめでとう」


 魔法の家の扉は、鍵を掛けている。しかし彼女は、そんなことに関係なく出入りしていた。リビングの中央に、(まばゆ)いばかりの光に包まれた最高神アムテリアの麗姿が現れたのだ。


 祝福の言葉を紡いだ薄桃色の唇は柔らかな笑みを形作り、エメラルドにも似た瞳にも常以上の慈愛が滲んでいる。そして天上の美貌はアミィへの寿(ことほ)ぎと(いたわ)りに満ち、飾る豊かな金の髪にも勝るくらいに輝いていた。

 溢れんばかりの喜び。それを顕わにしたアムテリアは、白く光る長衣を(なび)かせつつシノブ達へと歩んでくる。


「姉上、おめでとうございます!」


 現れたのはアムテリアだけではなかった。アムテリアの脇にはアミィより少し幼い姿をした狐耳の少女、天狐族のタミィがいた。彼女はアミィと特に縁があり常々姉と呼びかけるから、シノブも良く覚えている一人である。


 現在のタミィはアムテリアの側仕えをしているらしい。

 眷属は地上の監視や情報収集、この惑星を含む太陽系の維持管理の補佐など、様々な役目を担っているという。ちなみにアミィの場合は二百年ほど前まで、ここメリエンヌ王国の北部を中心とした一帯の監視役だったが、その後はアムテリアの側近だったようである。

 タミィは側近というより、その見習いという辺りのようだ。もしかするとアミィが抜けた分を補うために、まだ若年の天狐族から選び出されたのかもしれない。


「アムテリア様、ありがとうございます! それにタミィもありがとう!」


 アミィは弾かれたように席を立ちアムテリアへと向き直った。そして彼女は女神と妹分へと礼を伝える。

 顔を上げたアミィの瞳には、大きな喜びと感動の(きら)めきが浮かんでいる。そして彼女は、万感の思いに胸が一杯になったのか、アムテリアを見つめたまま動かない。


「母上、お久しぶりです。それにタミィも元気そうだね」


 シノブもテーブルを回り込み、祝いに現れた女神と眷属に寄っていく。

 アミィの誕生日は、アマノシュタットに戻ってからも盛大に祝われる。しかし彼女は、長く仕えたアムテリアと可愛がっていた妹分のタミィの言葉も聞きたかったに違いない。

 それを思ったシノブの心は、非常な嬉しさとアムテリア達への感謝に満ちた。


「シノブ、アミィ。この一年は様々なことがありましたね。ですが二人は力を合わせて乗り切ってきました。もちろん、あなた達を囲む者の助けがあってのことですが、それもまた二人の勝ち得たもの。ですから二人の成果と言って良いでしょう」


 アムテリアは繊手(せんしゅ)をシノブとアミィの肩へと添える。彼女の顔は最前にも増して慈しみの光を放ち、声音(こわね)も更なる慶びを乗せて響く。

 そのためシノブとアミィも一層の笑顔となり、すぐ側で見上げるタミィの顔も感動に満ちている。


「ありがとうございます。アミィと、そしてシャルロット達家族と、更に多くの人との絆……これからも大切にし、前に進んできます」


 シノブはアムテリアに、力強く宣言した。エウレア地方から更に外へ。シノブが巡った地で培った絆は既に新たな一歩を踏み出している。

 だが、ここが終わりではない。昨日から今日へ、そして今日から明日へ。更なる先へと向いたシノブを、アムテリアは大人になろうとしている我が子を見つめる母のように温かな笑顔で見守っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年10月6日17時の更新となります。


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