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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第18章 若日の王
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18.11 竜が捧げる応援歌

 創世暦1001年6月29日の朝、シノブは普段通りに家族と共に食事をしていた。もちろん場所は彼の住まい、王都アマノシュタットの中央にある『白陽宮』の『小宮殿』である。


 『小宮殿』には『陽だまりの間』という、他より簡素な内装の広間がある。そこがシノブ達アマノ王家の朝食の場だ。

 もちろん宮殿だから他と比べれば『陽だまりの間』が抑え気味というだけだ。簡素というよりは、品が良いと言うべきであろうか。

 白い漆喰の壁と天井には金銀の装飾など存在しないが、微かな紋様が施されていた。これは宮殿の内外を一新した岩竜の長老ヴルムと(つがい)のリントが描いたもので、灯りの魔道具に照らされると程よい彩りを添えてくれる。

 床は同じくヴルム達が(こしら)えた、僅かに色の違う大理石の複雑な組み合わせだ。そして部屋の中央には、ドワーフの名職人の手になる見事な絨毯が敷かれている。落ち着いた色彩だが細かな幾何学模様が美しい、北の誇る特上の一枚である。

 絨毯の上に置かれているのは、エルフから贈られた一枚板のテーブルだ。囲むのがシノブ、アミィ、シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌだから大きくは無いが、これも目利きが見たら目の玉が飛び出るような大金を積む逸品なのだ。

 この部屋は夏の陽光を楽しむ場所だったらしく、標高が高くエウレア地方でも寒い方に属するアマノシュタットの建物としては、別格に窓が大きい。それが『陽だまりの間』とシノブが名付けた理由であり、六月も末の今は名の通りに陽光で満ちた場となっている。


 建国から一ヶ月弱が過ぎ見慣れつつある部屋と、こちらは目を閉じても思い浮かべることが出来る家族達。それがシノブの心安らぐ朝食の風景だ。しかし今日は更なる一団、子竜のオルムルを始めとする幼子達が加わっていた。


『昨日は楽しかったですね!』


 岩竜の子オルムルは、シノブ達に音声を使って語りかける。思念ではシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌの三人が理解できないからだろう。

 オルムル達は、シノブの背後から左右へとテーブルを取り囲むようにしている。普段は猫や犬ほどに小さくなることが多いが、今日は全て人間並みの大きさだ。床に座ったり宙に浮かんだりと様々だが、(いず)れも椅子に腰掛けたシノブと同じくらいの位置に目線が来るようにしている。


 竜と光翔虎の子供達。大きさを人間に合わせているから判り(づら)いが、普段から接している者なら彼らが随分と成体に近い精悍な体型になってきたと気が付くだろう。

 もっとも上は生後十四ヶ月が間近なラーカから、下は四ヶ月半のファーヴまで差は大きい。そのため同じ大きさになって並ぶと、ファーヴは少し頭が大きく体が丸っこいように見えてしまう。


「そうだね」


 箸の手を休めて応じたのは、シノブである。朝食では和食風のものと洋食風のものが大よそ交互に出される。そして、今日は和食の日だったのだ。


「クルーマ達には驚いたけど、出会えて幸運だったよ」


 シノブが思い浮かべたのは漆黒の巨大な亀、玄王亀であった。シノブ達は昨日の午前中、訪問先のサドホルンの坑道で雄のクルーマと出会い、更に地下1km以上の深みで(つがい)のパーラと会ったのだ。

 もちろんシノブ達は驚いたが、幸いクルーマ達とは思念で語り合うことが出来た。そして彼らは人や竜、光翔虎との交流を約してくれた。


『こちらから会いにいけないのが、残念ですね』


 海竜の子リタンは、ふわふわと宙を漂いながらシノブに寄ってくる。

 リタンはクルーマ達に興味を(いだ)いたようだ。もしかすると彼は、深海に潜る海竜と地中を潜行する玄王亀に何らかの共通点を見出したのだろうか。それに首長竜のような姿のリタン達は、その長い首を別にしたら玄王亀と似た体型だ。その辺りも彼が共感を覚えた理由かもしれない。


 とはいえ殆ど全ての時間を地下で暮らす玄王亀だ。当然ながら二頭は(うたげ)が終わると地底に戻っていったし、今後も頻繁に会うことは無いだろう。クルーマ達が棲む地底深くには思念が通りにくいから、シノブであっても王都から彼らに語りかける(すべ)はない。


『僕もクルーマさん達の棲家(すみか)に行ってみたかったです!』


 嵐竜の子ラーカも東洋の龍のように長い体を宙でくねらせつつ、興奮が滲む声を発していた。彼も新たな種族の生活の場に興味があるらしい。


『山を貫く穴を掘ってくれるんですよね~。早く飛び抜けてみたいです~』


 それに対し、光翔虎の子フェイニーは地の底には興味が無いらしい。彼女は山脈を抜けるトンネルの飛翔を夢想しているようで、何かを行き来するように広間の端から端を往復しだした。


 クルーマ達はアマノ王国とヴォーリ連合国を結ぶトンネルを造ろうとシノブに言った。それに将来子育てをするときは、近くの高山に棲家(すみか)を構える炎竜のザーフとファークと狩場を分け合うことにもなった。

 そのためクルーマ達は、今後は定期的に地表近くに訪れザーフ達と言葉を交わすそうだ。したがって炎竜達を通してだが、クルーマ達に連絡を取ることは可能であった。


「トンネルはヴォーリ連合国が同意したらだね……それはともかく製錬や採掘の場を見学して良かったよ」


 ドワーフ達を思い起こしたからだろう、シノブの頭に浮かんだのはサドホルンを訪問した理由、つまり鉱山経営であった。やはりミュリエルの指摘した通り、アマノ王国で最も新しい技術が投入され最も上手く運営されているサドホルン鉱山から得たものは多かったのだ。


「はい! とても有益だったと思います!」


 ミュリエル自身は見学をしていない。とはいえシノブやイヴァールから話を聞き、更に今後どのように改善していくかを相談した。そのため彼女は広間に差し込む朝日に並ぶくらい顔を輝かせていた。


「まずは人の行き来を促進するのでしたね」


「ああ。何をするにしても、そこからだ。製錬所も新たな設備を入れるだけじゃ駄目だからね」


 シノブは問うたシャルロットに大きく頷く。

 製錬所で見た技は長年の熟練が必要で、おいそれとは習得できない。しかし実際に目にして判ったことも幾つかある。

 例えば全てが熟練者ではなく、新人や修行中の者も多かった。ただし彼らを老練な監督者、ヴォーリ連合国から来たドワーフの匠が指揮するから、高品質の鋼などが生まれていく。そうであれば他から修行に来させるか、逆に多少でも他所に監督者を回せば良い。


「選鉱……でしたか? 私には全く見分けが付きませんでしたわ!」


 セレスティーヌは坑道の外で見た光景を思い出したようだ。そこでは熟練のドワーフ達が、同じようにしか見えない鉱石を無造作に選り分けていたのだ。


「本当にね。坑道だって無闇矢鱈(むやみやたら)に掘ったら、あっという間に崩壊するだろうし」


 シノブは地下に網の目のように広がる坑道を思い出した。

 採掘も何十年も鉱石掘りに(たずさ)わったドワーフ達が指導し、千年もの時で蓄積した知識を用いている。その彼らが長大な坑道を維持しているのは、誰の目にも明らかであった。ならば製錬も同じように、他との交流を推進すれば良い筈である。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは食事を続けながらも、鉱山での出来事を順に思い出していく。そのためだろう、彼の手は宙で留まり、更に箸先から揚げ茄子の切れ端が滑り落ちる。


「おっと!」


 シノブは空中で茄子の切れ端を(つか)み直した。

 高度な身体強化を使えば、落下する切れ端も卓上に並んでいる品々と同様である。そのためシノブはテーブルより遥か上で、揚げ茄子を箸の先に戻したのだ。


『流石、シノブさんです!』


『見事な魔力操作ですね!』


 シノブを讃えたのは、炎竜の子シュメイと岩竜の子ファーヴであった。二頭だけではなく、シノブ達を取り巻く他の子達も賞賛の言葉を発している。

 ちなみにシュメイとファーヴにオルムルを加えた三頭は、普通に床に足を着いて身を起こしている。岩竜と炎竜は肉食恐竜に翼を生やしたような外見だから、浮遊しなくてもシノブ達と目線の高さが同じなのだ。


「でも、お行儀が悪いですよ」


 アミィは注意めいたことを口にしたが、顔は笑っている。確かにシノブは無作法なことをしたが、家族だけの場だから大目に見てくれたのだろう。


「済まない、気を付ける……」


 シノブは素直に謝るが、途中で言葉を途切れさせ下を向く。シノブは自身の膝の上から見上げている存在に顔を向けたのだ。


──シノブさん?──


 テーブルの下から顔を出したのは、生まれて僅か七日の炎竜の子フェルンであった。彼の両親であるジルンとニトラは、以前語ったように生後一週間の子供をシノブに託したのだ。

 竜や光翔虎にとって、シノブが与える魔力は何よりも優れた栄養となるらしい。それは幼いうちからシノブの魔力を糧としたシュメイやファーヴが、通常より随分と早く飛翔したことで明らかである。そのためジルン達は今朝早くシノブの下を訪れ、自身の子供を預けたわけだ。


 もっともニトラは王都アマノシュタットに残った。彼女は暫く子供の世話をするのだ。

 そのニトラは先ほどまで宮殿の庭にいたが、今は磐船での輸送をしにいった。どうも彼女は子供を預ける代わりに労働で恩返ししようと思ったらしい。

 シノブに子供を預けている他の母親達も同様に、輸送や神殿での転移を受け持つことが多い。一方父親は棲家(すみか)の維持を基本とし、その合間で同様の仕事をするようだ。


「ごめん、魔力が揺らいだから起きちゃったんだね」


 シノブは金色の瞳で見上げるフェルンへと手を伸ばす。そして彼は、非常に薄い桃色の幼竜の肌を撫で始めた。

 宮殿に来る前、フェルンは親達から充分な量の魔獣を与えられていた。何しろ彼は、まだ体長30cm少々だ。重さは500g以上増えたようだが、全長は一割大きくなったかどうかだろう。そのため一度に食べる量など僅かでしかない。

 とはいえ、この時期の幼竜は頻繁に食事をするという。そのため着いたばかりだが、フェルンは早速シノブの魔力を吸収していた。


──ちょっと驚いたけど、大丈夫です──


 フェルンは生まれた直後とは違い、随分と流暢に思念を操っている。彼が発する言葉は短文ではあるが敬語となり、しかも鳴き声で『アマノ式伝達法』による表現までしている。

 もっともフェルンには、誕生から間もない存在らしきところもある。彼は再び丸くなると、シノブの膝の上で眠ってしまったのだ。


「アヴニールよりも遥かに小さいのに……」


「本当に賢いのですね……」


「でも、とっても可愛らしいですわ……」


 (ささや)き声を漏らすシャルロットとミュリエル、それにセレスティーヌは感嘆の表情であった。

 宮殿に着いた直後、フェルンは三人にも挨拶をしたし、そのときも彼は伝達法を用いた。しかし幼竜の高度な知性への驚きは、そう簡単に減じないらしい。

 シャルロット達は過去に生後十日少々のファーヴを見てはいる。しかし身近に赤子が生まれたため、彼女達は改めて竜や光翔虎と人間の差に驚いたのだろう。


 シノブも、三日と空けずに会いに行く義弟の可愛らしい姿を思い浮かべた。

 シャルロットとミュリエルの弟アヴニールも、既に生後五十日近い。アヴニールの身長はフェルンの体長の倍はあるし、体重は6kg以上で幼竜の三倍を超えている。しかし当然ながら彼は話すことなど出来ないし、そもそも首も充分に据わっていない。

 近日中にアヴニールとフェルンを会わせよう。シノブは食事を再開しつつ、そんなことを考える。そして小さな赤子と更に小さな幼竜が出会う光景を想像したシノブは、自然と笑みを漏らしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 家族だけの場は心地よい空間だが、いつまでも(ひた)っているわけにはいかない。シノブは国王でシャルロット達も国を動かす重鎮だからだ。そのためシノブ達は公務を開始すべく朝議の場に向かう。


 朝議が行われる閣議の間には、既にシノブ達以外の全てが揃っていた。

 宰相ベランジェ。シャルロットの伯父でセレスティーヌの叔父でもある。メリエンヌ国王の弟で同国の筆頭公爵家の先代でありながら、()の国での位階や王位継承権を返上しアマノ王国を支えに来た多芸多才な、そして多少変わった人物。彼が閣僚筆頭で、今のところ公爵家が存在しないアマノ王国の貴族筆頭だ。

 内務卿シメオン。シャルロットとミュリエルの又従兄弟であり、メリエンヌ王国ベルレアン伯爵付きのビューレル子爵の嫡男でもある。数々の功績で別の子爵家を興しフライユ伯爵としてのシノブを支えた若き内政家は、ここアマノ王国ではベランジェと同じ侯爵となり、国内を取り仕切る重職に就いた。

 軍務卿マティアス。メリエンヌ王家直属の子爵家に生まれ、王家の守りを長く務めた。そして今は先の二人と同じく、アマノ王国に三人しかいない侯爵の一人だ。幾多の戦いに司令官として加わり大功を挙げた彼は、一国の軍を率いるに相応しい武の柱石だ。

 財務卿代行シャルルと農務卿代行ベルナルド。前者はシメオンの祖父、つまりシャルロットやミュリエルの大叔父で、後者は先々代フライユ伯爵夫人アルメルの兄、要するにミュリエルの大伯父である。どちらも六十を超えているが、長い経験で培った諸々を活かすべく現場に戻ってくれた。

 この五人に加え、商務卿代行ミュリエル、外務卿代行セレスティーヌ、そして国王シノブと王妃シャルロット、大神官アミィに侍従長ジェルヴェが朝議の席に着く面々である。


「東部と西部の鉱山地帯で交流を進めようと思う。イヴァールも賛成してくれたよ」


 シノブは国内の鉱業振興を最初の議題にした。彼は一昨日(おととい)と昨日の視察で学んだことを交え、自身の案を披露していく。


 東部の三伯爵領ゾットループ、エッテルディン、ゾルムスブルクの北にも西部と同じでノード山脈が延びており、鉱脈はあるし鉱山として開発された場所もある。しかし東部はサドホルンを含むバーレンベルク伯爵領とは違い、ドワーフの入植は僅かであった。

 これはバーレンベルクの領主がドワーフのイヴァールだからである。入植するなら、同族が有力者の土地が安心できる。それはドワーフ達も当然考えることであった。


 サドホルンの鉱山ではドワーフや獣人達が明るく誇らしげに働いている。それに西部は東部より一ヶ月程度は早く解放され、その分だけ環境が整っている。そのため入植者が西部に集中し、ますます差が広がったようだ。

 この差を埋めるには、優秀な人材を東に送ったり逆に西に研修に招いたりと、相互の行き来を活性化する必要がある。東部の状況を聞いたイヴァールも協力を誓ってくれたから、徐々にドワーフの優れた技が東に広まっていくに違いない。


「東部の伯爵領には、まず見本となる鉱山を少しだけ造る。そこに優秀な監督者を招聘し、新たな技術が役立つと示してもらう。

特に製錬所は集約して、そこに鉄道で鉱石を運びたい。選鉱や製錬には長年の勘が必要だから、簡単には習得できないと思うんだ」


 シノブは馬車や蒸気機関車による鉄道、それに鉱山内の小型貨車についても触れていく。

 熟練した監督者は採鉱と製錬の双方共に限られている。したがって満遍なく底上げするより、まずはモデル地域とでもいうべき場を設けようと思ったのだ。

 東部からすれば西部は数百kmもの遠方だ。そのため交流しに行けと言っても、手を挙げる者は少ないかもしれない。しかし身近に優れた技術を用いた快適な労働環境が示されたら、自分の住む場所にも、となる可能性はある。

 そして作業場を集約しつつ可能な限り広範囲を対象とするなら、交通網の整備は必要だ。鉱石や製錬した金属の運搬自体にも鉄道は必要だし、先々都市間を結ぶ日が来れば更に交流も促進されるだろう。


「なるほどね! 蒸気自動車を載せる道を造るのか!」


「地面との抵抗が減る分、多くを運べるわけですね」


 興奮気味のベランジェは楽しげに瞳を光らせ、対照的に落ち着きを維持したままのシメオンも整った(おもて)を僅かに綻ばせる。どちらも新たな鉱業政策を前向きに受け止めたようだ。


「陛下。軍人や武器、資材の輸送にも使えると思いますが?」


「それに農産物も……実に素晴らしいことです」


 マティアスとベルナルドは、それぞれ自身の管轄するものへの応用を口にした。

 エウレア地方の諸国はアマノ同盟として結束したから戦争は当分起きないだろうが、魔獣がいるから軍を完全に無くすわけにはいかない。しかし国を大きく改革していくために、なるべく生産的なことに人手を回したい。

 したがって各地を巡って魔獣を退治する巡回守護隊も、数を削減しつつ一つの隊に出来るだけ広範囲を担当させたい。そうなれば工兵に人を割けるから、更に街道敷設も進み線路の新設も(はかど)る。軍を(まと)めるマティアスは、そんなことを考えたのだろう。

 農務卿代行のベルナルドは、もっと直接的だ。農業は土地や季節に縛られる。そして幾ら大量に収穫できても、鮮度を保ったまま運べる範囲など知れている。しかし広域な輸送網が完成すれば、農産物を作れるだけ作っても消費者に届けることが可能だ。

 それは農業に更なる進歩を(もたら)すに違いない。当年とって六十のベルナルドだが、今の彼は若者のように顔を輝かせている。


「私も楽しみです! 王都から西のメリエンヌ王国に、そして東のイーゼンデックの海に……商業も大きく変わると思います!」


「確かに……ですが色々大変なのでは?」


 楽しげなミュリエルに水を差しては悪いと思ったのか、彼女の大叔父シャルルが遠慮がちに口を挟んだ。財務卿代行の彼としては、予算など気になることは多いのだろう。


「まずは試験からですね。線路は正確に同じ幅で敷設しないといけません。それに線路自体や車輪に車体……全てを同一の規格で造るのです。

全く同じものを造るのも大変ですが、どのような大きさや形状が適切かなど、考えるべきことは沢山ありますから」


 シノブは日本や世界の鉄道を思い浮かべつつ、シャルルに答えていく。

 レールや車輪の形状は現代日本で一般的なもので良いだろう。シノブが知っているのもあるが、彼のスマホに入っていた画像や情報であれば、アミィが幻影として再現でき説明しやすいからだ。

 しかしレールの間の幅、つまり軌間をどうするかなど決めるべきことは多い。地球で多く採用されている標準軌に倣うのか、それとも広軌や狭軌とするのか。坑道のトロッコなど特殊な小型貨車は地上の鉄道とは別規格の狭軌だろうが、出来れば他は統一したい。

 大量輸送を目標にするなら初めから大型な車体を通せるようにすべきだが、その場合トンネルなども広くしなくてはならない。馬車鉄道でも身体強化が可能な馬達なら標準軌や広軌でも問題は無いが、あまりに大型の車両だと急減速などで不都合が出るかもしれない。

 軌道だけでも、これだけ考えるべきことや決めるべきことがあるのだ。車体自体や運用まで含めたら、どれだけ多くのことを検証し形にするのだろうか。シノブは、それらに思いを馳せつつ説明していった。


「当分は研究所ですね。また苦労を掛けてしまいますが……」


「ですからミュレ子爵に伝えるのは、結婚式の後にしようと思うのです」


 苦笑気味のシノブに続いたのは、同じく少し意味ありげな笑みを浮かべたシャルロットであった。

 二日後、ミュレ子爵マルタンは婚約者のカロルと挙式する。二人はイーゼンデック伯爵ナタリオと婚約者のアリーチェの式に便乗し、合同結婚式を挙げるのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「確かにね! ミュレが研究所に篭もったりしたら大変だ! その線路というのはともかく、上を走るのは蒸気機関を使うわけだから!」


「ベランジェ殿は式の準備を熱心に進めていましたからね」


 大きく頷いたベランジェに、シメオンが笑みを向ける。ナタリオとアリーチェ、マルタンとカロルの二組の結婚式は、建国式典同様にベランジェが中心になって準備していたのだ。


 伯爵や子爵の結婚式だから、建国式典のように街を含めての祭りではない。しかし国内の主要な貴族を王都に集め更に他国から賓客を招いての盛大な祝宴が、ここ『白陽宮』で開かれる。

 式自体は大神殿で行われるし、そちらは神官達の管轄だ。したがってベランジェも結婚式そのものには手出ししないが、披露宴は彼が取り仕切ると言い出した。

 まだ出来たばかりのアマノ王国だから自国の仕来りなど存在しない。しかも大抜擢で今の身分に就いた者達が多いから、エウレア地方の上級貴族の式をどうすべきか知る者も少ない。そのため率先して立候補したベランジェに、シノブは喜んで任せることにしたわけだ。


「式と言えばアルバーノ殿はまだなのですか?」


 農務卿代行のベルナルドは、ナタリオの結婚で唯一独身の上級貴族となる人物、メグレンブルク伯爵アルバーノの名を挙げた。

 ベルナルドは今までアルバーノと会ったことが殆ど無い。それだけに彼は、四十歳のアルバーノが独身を保っているのを不思議に思ったのだろう。


「甥と姪を養子にしましたが……陛下の側付きのミケリーノ君と情報局長代行のソニア殿ですよ」


 シャルルは、隣のベルナルドに(ささや)きかける。彼もベルナルドと同じで建国式典の後にアマノ王国の閣僚となったが、こちらは孫のシメオンの結婚式などでアルバーノ達にも会っている。多少事情に通じているのは、そのためだろう。


「会えば判ることですよ! 一ヶ月ぶりの集合ですな!」


 マティアスは興味が無いのか、あるいはアルバーノのことを知っており話を()らそうとしたのか。彼は建国式典以来の貴族達の集合に触れる。


「そうだね、合同結婚式には全ての伯爵が来るからね」


「国外からも錚々(そうそう)たる方々がお見えになりますわ! シルヴェリオ様やカルロス様は南方大陸ですけど……交渉の山場になりそうですから、仕方ありませんわね」


 シノブに笑みを向けたセレスティーヌだが、後半は少し残念そうであった。

 二人の王太子の国であるカンビーニ王国とガルゴン王国からは国王夫妻を中心とした一団が来るそうだが、セレスティーヌとしては気心の知れた若手が良かったのかもしれない。


 それはともかく南方大陸での交渉は、これからの二日か三日が佳境らしい。

 シルヴェリオ達が滞在している集落には、昨夜遅くに周囲を(まと)める族長からの使者がやってきた。そのため彼らは、今日から交易などに関する協議に入るそうだ。

 これまでシルヴェリオ達が通信筒で寄越した(ふみ)によれば、相手も興味を(いだ)いているようで物別れに終わることはないらしい。とはいえ互いに有利な条件を引き出そうとするだろうから、ここ数日は彼らも気が抜けないだろう。


「ですから合同結婚式が終わったら南方大陸に行くかもしれません。それに、そろそろヤマト王国の都にエルフの使者が来るそうです……そちらも何かあれば訪問する可能性はあります。忙しい時期に申し訳ありませんが……」


「ぜひ行ってきたまえ! シノブ君が巡ってくれると良いことが沢山出てくるからね! 君の周りにいる子達も、そう言ってくれるに違いない!」


 遠慮しながらのシノブの言葉に、ベランジェは気にするなと言いたげな笑みで応じた。そして彼は、シノブの周囲に顔を動かす。

 ベランジェの視線の先には朝食の場と同様に竜と光翔虎の子供達がいる。しかもシノブの膝の上には、こちらも先刻と同じくフェルンが乗っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──僕も連れて行って……駄目ですか?──


 フェルンはシノブの膝の上から彼を見上げて問い掛ける。

 シノブの向かい側に座っている者達からは、テーブルの上に出た小さな竜の顔しか見えないだろう。しかし閣僚達は、その様子に一層の可愛らしさを感じているようでもある。彼らは朝議の最中とは思えないほど、相好を崩していた。


『フェルン、きっと大丈夫ですよ!』


 シノブを見上げるフェルンに、オルムルが顔を寄せる。彼女はシノブのすぐ後ろに位置していたのだ。そして、シュメイやファーヴ達も同じくフェルンを応援するようにシノブの周囲に寄っていった。


「可愛らしいですな……ところで竜の若君はどのように? 陛下が一日お守りをされるのでしょうか?」


「今日は私の側にいたいと……執務室にも連れて行きます。そうそう、オルムル達は書類運びを手伝ってくれるので、皆さんのところにも顔を出すと思います」


 目尻を下げつつのベルナルドの問いに、シノブは恥ずかしげな笑みと共に答えた。

 シノブが竜や光翔虎の子育てをしていることは、多くの者が知っている。しかし公務の場まで連れて行くのはどうか、という思いも彼にはあったのだ。


『書類運びだけじゃなくて、計算や文章を確かめたりも出来ますよ!』


 宙に浮いたフェイニーは輸送だけではないと自慢げな声で主張する。

 竜や光翔虎は極めて賢く、四則演算ならかなりの桁数でも一瞬で答える。それにシノブのところに来てからは文字も覚えたため、誤字脱字の発見くらいは充分に出来るのだ。


「そうでしたな。新たな若君は、それらを見学するので?」


 シャルルは穏やかな笑みを浮かべている。彼はベルレアン伯爵領の出身でシメオンの祖父だ。そのため竜や光翔虎についても一定の知識があるから驚かないのだろう。

 その一方でシャルルは、フェルンがオルムル達のように手伝うことはないと思ったらしい。もっともフェルンは生後一週間だから、そう思うのが当然だ。


「いや、フェルンは応援をしてくれるそうです。魔力操作の練習を兼ねてですね」


──シノブさん、テーブルの上に!──


 シノブの言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼が抱える幼竜が一際強い思念を発した。そこでシノブはフェルンの要求に応え、小さな体をテーブルの上に乗せる。


──がんばって、がんばって、シノブさん! いいぞ、いいぞ、シノブさん! ぼ~く~ら~の、シノブさん!──


 まるで応援団のような振り付けで、フェルンは両前足を上げたり拍手のように打ち合わせたりし始める。

 炎竜であるフェルンは二足歩行だから、前足は手のように物を(つか)めるし自由に動かせる。しかし生後間もない彼だから、たどたどしさが先に立つ頼りない動きだ。しかし、それが更に彼の可愛らしさを増している。


「魔力操作の一種かね!? しかし凄いねぇ! 生後一週間なのに確かに魔力が動いているよ!」


「ミリィが教えたそうです。西海の戦いでオルムル達を預かっていたときですね。そしてオルムル達が、この一週間でフェルンに伝えたとか」


 感心しきりといった(てい)のベランジェに、アミィは少しばかり恥ずかしげな様子で応じた。

 確かに魔力の操作も出来るし、男の子にはお遊戯より似合っているかもしれない。しかしアミィは、同僚が地球の文化を伝えすぎたと思ったようでもある。


「これは仕事が(はかど)りますな!」


 応援団らしい仕草は、軍人のマティアスの気を惹く何かがあったのだろうか。彼は子供のように瞳を輝かせて小さな竜を見つめている。


「ああ、そんなわけで今日はフェルンと一緒だよ。手が空いたときに執務室に来たら?」


 シノブのマティアスへの言葉は、閣僚達の心に強く響いたらしい。何故(なぜ)なら陽気で好奇心旺盛なベランジェどころか、普段は怜悧な貴公子らしい態度を崩さないシメオンまで、頬を緩ませて頷いていたからだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年8月19日17時の更新となります。


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