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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第4章 ドワーフの戦士
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04.11 白骨の道 前編

「さて、出発するか」


 ドワーフの村セランネの宿で一泊し、竜を探しに旅立つシノブ達。

 朝食はイヴァールの家で、母ティーナと祖母ヨンナの素朴だが愛情のこもった料理を御馳走になった。

 大族長エルッキや、その父である長老タハヴォは、家の前で見送ってくれた。この後、彼らは北方や東方から来た村の代表者達に街道の状況を説明するそうだ。


 シノブ達は軍馬達に馬具をつけ騎乗すると、肌寒い空気の中を村の門に向かって進んでいく。

 丸太を組んだ家が立ち並ぶ村の中は、今まで通ってきた街道の村々よりは広々としており、心なしか大きな家が多いようだ。

 アハマス族の最大の集落であり、セランネ街道やヴェスタ街道という外国との交易にも使われる道が通っているセランネ村である。人族や獣人族が入れる背の高い建物も多いのだろう。


「パヴァーリさんは、もう旅立ったみたいだね」


 シノブは、隣でむっつりと黙り込んでいるドワーフ、イヴァールに問いかける。

 イヴァールの弟パヴァーリは、ドワーフの戦士レンニが率いる討伐隊に加わるため、夜が明ける前に家を出たという。

 イヴァールをライバル視しているレンニは、セランネ村の職人マウヌが作った大型弩砲(バリスタ)で竜を倒そうと、一足先に戦士の一団を率いていったらしい。


「レンニは俺達より先に倒すつもりなのだろう。焦ってしくじらねばいいが」


 弟が心配なのか、イヴァールは低く唸るような声で答える。

 レンニには功を焦る若い戦士が大勢ついていったようだ。

 大型弩砲(バリスタ)は全部で4機。分解すると5人で1機分を持ち運びできると聞いている。

 イヴァールの妹アウネが教えてくれた情報によると、大型弩砲(バリスタ)の矢を担ぐ者も合わせて総勢40名くらいだという。


「マウヌさんの大型弩砲(バリスタ)次第なのかな……馬に乗せていくんだろうけど、大変そうだね」


 レンニ達には魔法のカバンのような便利なものはない。シノブは馬の上に梱包した部品を積み上げる光景を想像した。


「ドワーフ馬は力があるからな。それより戦闘時にどうするかが気になるな」


 イヴァールは愛馬ヒポを見ながらシノブに答える。

 頑健なドワーフ馬は、500kg以上の荷物を積まれても問題なく山道を進んでいくという。同じように身体強化能力がある軍馬達はスピードに特化したのか、そこまでの力強さはない。


「確かにイヴァール殿の言われる通りかもしれませんね。それだけの重さのものを、本当に3分程度で組み立てられるものでしょうか?」


 アリエルも、マウヌの『3分あれば組み上げられる』という言葉に疑問を(いだ)いていたようだ。


「竜を待ち受ける作戦でしょう。そのため組み立て時間は重要視していないのでは?

いずれにせよ、そんな巨大な物なら狙いを付けるのも一苦労でしょうね」


 シメオンは、いつもの淡々とした声で言う。


「再装填も時間がかかりますから。上手くいっても一撃だけですかね~」


 射手であるミレーユは、実感の籠った声で言う。


「機会があれば見てみたいものだが……イヴァール殿、彼らは何だ?」


 領軍の司令官として新兵器が気になるらしいシャルロットだが、前方に立ちふさがるドワーフ達に気がつき、イヴァールに声を掛ける。


「お主達、何の用だ?」


 イヴァールは村の門で待ち構える男達に、大音声(だいおんじょう)で呼ばわった。


「イヴァールよ。本当に人族と共に行くのか?」


 正面の戦士らしきドワーフが、低い声でイヴァールに呼びかける。

 彼は他の戦士より立派な飾り紐を髭につけている。おそらく彼らのリーダーなのだろう。


「……レンニの差し金か?」


 イヴァールは前方の男達の目的に思い当たったらしい。道をふさぐ5人ほどの男達は、それぞれ戦棍(メイス)を手にしている。さすがに、同じ村のイヴァールに刃物を向けるのは躊躇(ためら)ったのか、剣や戦斧を持つ者はいない。


「ドワーフの問題は、俺達だけで解決すべきだろう!」


 リーダーらしき正面の戦士が、イヴァールに向かって怒鳴りつけるような大声で叫んだ


「レンニ達が強ければ、先に倒すだろうよ。こんなところで俺達の足を引っ張らなくてもよかろう」


 不機嫌そうなイヴァールの声に、男達は図星を指されたのか憤然とした形相となり、手に持っていた戦棍(メイス)を構える者すらいた。


「人族の魔術師に、竜が倒せるものか! イヴァールも幻術で惑わされただけだろう!

そこの優男が一体どんな幻を見せたか知らないが、我らは(だま)されんぞ!」


 リーダーと思われる戦士は、激昂した様子でシノブに向かって叫んだ。

 その姿に勢いづいたのか、他の戦士達も口々に罵りはじめる。


「お主ら、そんなことを言っては……遅かったか」


 男達の言葉を止めようとしたイヴァールだが、なぜか途中でやめ、慨嘆する。


「……こんな幻ですが、素直に(だま)された方が良いと思いますよ?」


 正面の男の後ろから冷たい少女の声が聞こえたかと思うと、アミィが姿を現した。幻影魔術でその身を隠して接近したようだ。

 彼女は、シノブに向かって叫んだ男の首に、抜き放った愛用の小剣を当てていた。


「うお! どこから現れた!」


 いきなり後ろに現れたアミィに男は驚きの声を上げた。

 慌てて手に持つ戦棍(メイス)を振り上げようとするが、その軽さに驚いたようで動きを止める。


「タネリよ! その戦棍(メイス)では何の役にも立たんな!」


 イヴァールの哄笑に、タネリと呼ばれた男が己の右手を見ると戦棍(メイス)は握りから5cm位までしかない。そして、足元を見ると切り落とされた戦棍(メイス)が転がっている。

 左右を見ると、他の男達も己の武器を失い動揺していた。


「馬鹿な! 金属製の戦棍(メイス)が!」


「早く退いてくれませんか。シノブ様がお待ちです」


 唖然(あぜん)とするタネリに、アミィがさらに声をかける。


「い、今退く、だから切らないでくれ!」


 アミィが小剣を押し当てたのか、タネリは急いで飛びのいた。周囲の男達も同様に後退(あとじさ)る。

 シノブ達は、蒼白な顔で(おび)える戦士達を後に粛々と馬を進めていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アミィ、良くやったな! 奴らのあの顔、あんなに笑えるものは久しぶりに見たぞ!」


 イヴァールが上機嫌にアミィに笑いかける。


「……すみません。シノブ様への無礼な態度に、つい手が出てしまいました……」


 イヴァールと対照的に、アミィはしゅんとしている。顔を下に向け、狐耳もペタンと伏せている。


「謝ることはないさ。アミィがやらなければ俺が攻撃していたかもね。

昨日のレンニさん達の態度も頭に来ていたんだ。イヴァールを馬鹿にしてたけど、あんな態度じゃ戦士長になれないと思うよ」


 シノブは、アミィを慰めた。

 彼女の行動には驚いたが気持ちは充分わかるので、シノブは叱るつもりはなかった。


「そうですか?」


 アミィはシノブの顔を見上げる。


「胸がすっとしましたよ! 彼らも少しは思い知るんじゃないですか!」


 アミィと仲の良いミレーユも、アミィを励ますように青い瞳に柔らかい色を浮かべた。


「実力を勘違いしているより、自重するくらいが良いんじゃないかな」


 事の是非はともかく、相手の実力もわからない彼らにお灸を据えたのは良かったかもと思うシノブ。


「あのタネリって人、昨日も集会場に押しかけてましたね。本当に失礼な人達ですよ!

ああいう人にはガツンと言ってやるのが一番です!」


 ミレーユは、集会場の一件を思い出したらしい。

 軽い口調とは裏腹に、騎士である彼女は意外と礼儀作法に厳しいようだ。シノブはミレーユが昨日も「失礼な人達だ」と憤慨していたのを思い出した。


「シノブ様、ミレーユさん、ありがとうございます!」


 二人の励ましの言葉に、アミィも元気を取り戻した。(うつむ)いていた顔を上げ、薄紫色の瞳を輝かせてにっこりと微笑んだ。


「アミィ殿が実力を見せたのは良かったと思いますよ。

交渉事は相手に見下されていては失敗します。竜退治が一回だけで上手くいけば良いですが、長期化したらセランネ村との駆け引きがないとは言えません。

あのタネリという男は数人の戦士を率いていました。レンニの一派でもそれなりの影響力を持っているはずです。これで彼らも迂闊(うかつ)には動けないでしょう」


 レンニが集会場に押しかけてきたときは席を外していたシメオンだが、その経緯は既に聞いている。

 シメオンは、イヴァールと対立しているレンニが更なる邪魔をしないか懸念したようだ。アミィの脅しがレンニ達に対する牽制になると評価する。


「そうだな。セランネ村の協力が不可欠である以上、不必要に対立するのは避けたいが、かといって我々の意見が軽視されるのも困る」


 シメオンの言葉に、シャルロットも同意する。

 内務次官に司令官。人の上に立つ彼らは、自分の意見を通す難しさを知っているのだろう。若くして大勢の部下を抱えているだけに、色々苦労したのかもしれない。


「私もシャルロット様の意見に賛成ですね。

……ところで、昨晩聞いた話では真っ直ぐ竜の狩場に向かう、ということでしたが、どのくらい時間がかかるのですか? 40kmほど南西に行く、ということでしたが」


 アリエルは、この後の行程が気になるのか、イヴァールに問いかける。


「しっかりした道がないからあまり早く進めないだろう。鉱山への道や狩猟用の山道だから、半日というところだな」


 イヴァールはアリエルの問いに答える。


「それじゃ、急ぐか。とりあえず狩場に近づいて竜と遭遇するのを待つしかない。

イヴァールの話だと、日に1回から2回は狩場の外縁部を飛んでいるらしいから、何日も待つことはないだろうけど」


「ああ。縄張りの点検に忙しいらしいな」


 シノブの言葉に、イヴァールは頷いた。


 シノブ達は、山道を順調に登っていった。

 村の近くはまだ標高が低いせいか、ナラやブナのような木が多かったが、登っていくうちに広葉樹は少なくなり、針葉樹が目立ってくる。

 険しい山道の途中には、狩りに使う小屋や洞穴などもあり、それらで休憩しながら進んでいった。

 山中では最初のうちは、数十頭の岩猿が襲ってくることもあった。だが次第にその数は減り、昼前には全く見かけなくなった。山道の不自然なまでの静けさに、シノブは竜の狩場へ接近していることを実感した。


「いよいよ竜の狩場だぞ。あれを見ろ」


「あれが竜の道か……」


 イヴァールが指さす先には、白い道のようなものが見えていた。

 シノブ達の目の前は少し(ひら)けた平原になっていたが、彼らの進路をふさぐように、左右に白い帯が伸びている。


 セランネ街道を北に行く間にイヴァールから聞いた話によると、あの白い道は竜が食べた動物の骨でできているそうだ。

 竜は活動期に入ると、狩場の周囲を取り囲むように骨の道を作る。木々があればブレスで薙ぎ払い、邪魔物を排除してから己が狩った動物の骨を細かく砕いて撒く。

 竜が撒いた骨には何らかの魔法がかけられているらしい。ドワーフの長老によると、骨に含まれた魔力が狩場から獲物が逃げ出すのを防ぐという。

 魔法は時間が経つと効果がなくなるのか、竜は頻繁に骨を撒きに来る。そして、ついには狩場を取り囲む真っ白な道ができあがるのだ。


 街道に現れる岩猿達は、骨の道が完成する前に逃げ出したものか、ある程度強い個体で魔法の影響から逃れたものらしい。

 ちなみに、どういうわけか中に入る分には影響を受けないようだ。骨の道の完成後に狩場に迷い込む動物もいるという。


(一種の結界のようなものかな?

比べたらアムテリア様に悪いけど、俺が迷い込んだ神域もそんな感じなのかも……あれは人を近づけないものだったけど)


 シノブは、白骨で舗装された道に近づきながら、そんなことを思う。

 確かに、白く染められた道からは、強い魔力を感じる。


「人間のような高度な知能を持つ生き物は影響を受けないみたいだね……」


 魔力感知を行ったシノブは、細かく砕かれた骨の道を見て呟いた。1mほどの幅で白い帯状に繋がる骨のかけらは、特殊な波動の魔力を持っていた。


「長老達も人には影響がないと言っていたな。竜は、どういうわけだか人を襲わないし人の領域にも近づくことはないのだ。

長老は、人が引いていれば馬も行き来できると言っていた」


 イヴァールはシノブの呟きに答える。


「それじゃ、とりあえずここで待機だ。交代で見張りをし、竜を発見するまで待つ。まずは実際に見て相手の出方を探りたい。

もし夜になれば、魔法の家を出して泊まる。要は昨日決めた通りだ。いいな?」


 シノブの確認に頷く一同。


「それじゃ、最初は俺とイヴァール、次はシャルロットとアリエル、最後はアミィとミレーユ、2時間ごとに交代だ。

当番以外は休憩をして構わないが、戦闘できる体勢は維持してくれ!」


「シノブ殿も、ずいぶん指揮官らしくなりましたね。それで、私は?」


 シノブに呼ばれなかったシメオンは、自分はどうすべきか確認する。


「シメオンは戦闘要員ではないから好きにしてくれて構わないけど……一緒に見張りをするか?」


「ええ、私だけ遊んでいるのも肩身が狭いですからね。

あまり遠目は効きませんがシノブ殿の話し相手くらいは務めましょう」


 シノブの誘いに、シメオンは彼独特の平坦な声で、見張りに加わると告げた。


「話し相手をしてくれるのは良いけど、なるべくなら眠くならないような話題を頼むよ」


 シノブは、彼の淡々とした声で話されても注意力が下がるのではと危惧したのだ。


「……そうですね。それではシャルロット様の小さな頃のお話でもしましょうか?

私は、アリエル殿やミレーユ殿が来る前からシャルロット様を知っていますから」


「シメオン殿! 昨日といい、どうして私の事をあげつらうのだ!」


 シャルロットが憤然とした様子でシメオンに詰め寄る。


「私は、シノブ殿にベルレアン伯爵領が誇る戦乙女について、興味をもってもらいたいだけですよ」


「そ、それは、どういう意味だ……」


 シャルロットは真っ赤になって口ごもる。


「言葉通りの意味ですよ。次期領主を良く知ってもらえば、シノブ殿も伯爵領に永住してくれるかもしれませんし」


 シメオンは、あいかわらず淡々とした様子でシャルロットに返答する。


「……本人がいないところで噂話するのはマナー違反では?

シャルロット。聞きたいことがあったら自分で聞くから、安心して休んでいてくれ」


 シノブは、シメオンの言葉に翻弄されるシャルロットに優しく笑いかけると、休憩するように促した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 早速見張りをするシノブ達。

 白い道から少し離れた、周囲から数mほど小高くなった場所。数本の木が生えており軍馬を繋ぐこともできるし、魔法の家を出すことが可能な空き地もあるので、彼らはそこで見張ることにした。


 女性陣は軍馬達を(いたわ)り世話した後、汗を拭いたり水分を補給したりと一休みしている。まだ16時前なので、睡眠をとる必要はない。草原に並んで座ると、仲良くおしゃべりをしていた。

 シノブ達男性陣は、座っている女性達から少し離れて見張りをしている。

 竜が骨の道のどちらから来るかわからないので、イヴァールが北側、シノブとシメオンが南側を見張っているが、空に異常はない。良く晴れた秋空には鳥一匹飛んでいなかった。


「……シメオン殿は、どうしてシャルロット様をからかうのですか?」


「シノブ殿、敬語になっていますよ」


 シノブは気になっていたことを聞くが、シメオンはシノブの言葉遣いに触れるだけで答えようとしない。


「戦闘中じゃないから良いでしょう」


「見張りは立派な軍事行動だと思いますが」


 シメオンは、どうしても敬語をやめさせたいようだ。


「……それじゃ、シメオン。なぜシャルロットをからかう? 彼女を混乱させても良いことはないだろう」


「指揮官のご下問とあればお答えしましょう。これは支援攻撃ですよ」


 シメオンは空を眺めながらシノブに答えを返した。


「支援攻撃?」


 何を言うのかと思ったシノブは、一瞬シメオンのほうを振り向いたが見張りをしていることを思い出し、再び空を見つめる。


「貴方もわかっているでしょうに。シャルロット様が貴方を慕っていることくらい」


 相変わらず空を眺めながら淡々と話すシメオン。


「それは……だが、彼女は伯爵の跡継ぎで……」


「貴方ほどの人が、それを気にするのですか?

私やシャルロット様の先祖、初代伯爵シルヴァン様は、その槍働きで騎士階級から伯爵に成り上がったのですよ。エクトル一世陛下も元はといえば小さな都市国家の貴族にすぎません。

能力に応じてしかるべき地位に就く。それだけのことです。

そしてシャルロット様には、その能力に相応しいパートナーが必要なのです」


 シメオンは、建国王やそれを助けた初代伯爵の名を上げる。


「パートナー?」


「ベルレアン伯爵家は武門の家柄。シャルロット様が女伯爵となっても、その夫が軟弱では誰もついてきません。配偶者である準伯爵が実質的な当主とされる前例が多いですからね。お飾りでは困るのですよ。

彼女と同じ高みで支え合える人物が必要なのです。

エクトル一世陛下にミステル・ラマールがいたようにね」


 シメオンはエクトルの建国を助けた謎の人物の名を口にする。


「ミステル・ラマール……」


 マクシムの背後にいたという黒幕を思い出したシノブは、苦い顔をした。


「ああ、マクシムを(だま)した男などと一緒にしないでください。

ミステル・ラマールは建国王を助けた聖人、神の使いですよ。私は、貴方がシャルロット様のミステル・ラマールではないかと思っているのです。

もっとも、かの聖人はシノブ殿と違って攻撃魔術はあまり使わなかったようですがね。治癒魔術や防御魔術で裏から支えたようですが」


「俺は神の使いなどでは……」


 シノブはそう言いかけて口ごもる。もしかして、アムテリアはシャルロットを助けるために自分を送り込んだのかもしれない。そんな思いがよぎったのだ。


「誤解しないでください。今のは例えですよ。私が言いたいのは、貴方ならシャルロット様を支えてくれる、そういうことです。

……マクシムもね、何年か前まではそう思っていたのですがね。シャルロット様が腕を上げるにつれ、彼は変わってしまった」


 マクシムの名を口にしたシメオンの口調に、ほんの僅か苦いものが混じったと感じたのは、シノブの気のせいではないだろう。


「シャルロット様がその才能を現すまで、彼は伯爵家当主に相応しい腕を身に付けようと努力していました。それが、僅か数年のうちに追い越されたのです。

考えても見てください。二十歳(はたち)を超えた一端の軍人が、まだ成人前の娘に簡単にあしらわれるのですよ。

あの光景を見たとき、私は武人を志さなくて良かったと思いましたよ。

あの頃から、マクシムはどこかおかしくなっていきました」


「シメオン殿……」


 もはや悲しみを隠さないシメオンの声に、シノブは思わず敬称を付けて呼んでしまう。


「また敬称がついていますよ。

シャルロット様が幼いころ、身体強化が苦手な私は、文官としてベルレアン伯爵家を支えようと思っていました。武人であった祖父の血を濃く引いたマクシムが、跡取りに相応しいと思ったのですよ。

しかし、シャルロット様の才能がありすぎた……実に喜ばしいことなのですがね」


 皮肉気に言うシメオンに、シノブは掛ける言葉がなかった。


「そういうわけで、貴方には頑張っていただきたいのです。……私の愚かな又従兄弟(またいとこ)が安らかに眠るためにもね」


「俺は……シャルロットを助けたいと思っている。それだけは間違いない」


 シノブは見張りということを忘れ、シメオンのほうを振り向き言った。


「おや、これだけ支援攻撃をしても、まだ足りませんか。それではシャルロット様をからかうのは、当分やめられませんね」


 逆光の中、シノブにはシメオンが(あき)れたような笑いを浮かべたように見えた。


お読みいただき、ありがとうございます。


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