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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第4章 ドワーフの戦士
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04.09 大族長エルッキ・タハヴォ 前編

「どうやら、セランネ村に到着したようですね。イヴァール殿?」


 黙々と馬を進めていたシメオンの言葉に前方を見ると、夕日で赤く染まる中、ドワーフの大集落が見えてきた。


 エトラクラ村やティラバクラ村から比べると標高が低く、前方には大きな盆地が広がっている。その中央に背の高い防護柵で取り囲まれた広々とした集落がある。

 今まで見た村に比べれば、耕地や牧草地も格段に広いようだ。


 イヴァールによると、セランネ村はアハマス族の最も大きな集落で、戸数にして250戸ほどである。

 最大の集落であるためか、アハマス族の族長は、セランネ村から出ることが多いらしい。

 支族の中心地は族長となった者が住む村である。族長が変われば、その村が中心地となる。

 しかし、セランネ街道やそこから分岐する街道が通る交通の要衝であり、立地も良いこの村には常に人が集まってくる。その結果、増々セランネ村は栄え族長を輩出していった。


 現在の族長でヴォーリ連合国を(まと)める大族長でもあるエルッキ・タハヴォ・アハマスや、2代前の族長のタハヴォ・ペルッティ・アハマスもセランネ村に住んでいる。

 イヴァールの父や祖父である彼らも、今回の件には非常に頭を悩ませているという。


「セランネは交易の玄関口だからな。大族長にアハマス族が多いのも、半分以上はそれが理由だ」


 イヴァールは、そう締めくくった。


「交易の拠点だから大族長になるのか?」


 シノブは、イヴァールに問い返した。


「大族長とは他国との交渉役のようなものだ。王国のように厳密な体制はない。

陸路の玄関口であるアハマス族か、海からアルマン王国の民がやってくるブラヴァ族のどちらかだな」


 イヴァールの説明では、ドワーフは海が苦手なのでアルマン王国側が一方的にやってくるだけらしい。

 アルマン王国とは、メリエンヌ王国やヴォーリ連合国の西にある島国である。彼らは、帆船を操り大陸の各国と交易をしている。

 そのため、アルマン王国のある西の海に面したところに住むブラヴァ族がアハマス族についで外交通だという。

 なお、ヴォーリ連合国とベーリンゲン帝国の間には国交はない。人族以外を差別する帝国をドワーフが嫌っているからだ。


 そんな話をしているうちに、だいぶ盆地に下ってきたようだ。

 村には大規模な防護柵が設置され、いくつかの見張り台も見える。ティラバクラ村のように最近拡張したものではなく、古くからあるものらしい。年季の入った丸太の柱で作られた防護柵の外側には、大きな堀も作られている。


 見張り台から連絡が入ったのか、集落の門には、すでにドワーフ達が集まっていた。


 ドワーフ達の中心には、一際立派な飾りを付けた、黒い髪と髭のドワーフが立っている。

 イヴァールよりはだいぶ年上のようだが、その立ち居振る舞いには老いの影はなく、円熟の境地を迎えたかのような活力と、長きに渡り人を率いてきた者が持つ貫録を備えていた。

 シノブは、濃い茶色の目をした周囲の戦士達より一回り太い手足を持つドワーフを見て、どことなくイヴァールに似ているように感じた。


「我がセランネの戦士イヴァールよ。無事に役目を果たしてきたようだな」


 イヴァールほど若くはない、しかし、その分威厳に満ちた大声でそのドワーフは語りかけてきた。


「大族長にして我がアハマスの族長エルッキ・タハヴォに復命する!

見ての通り、竜退治の勇士達を連れてきたぞ!」


 下馬したイヴァールは、厳粛な、しかし周囲に響き渡る大声で答える。

 彼の返答を聞き、集まっていたドワーフ達から、あたりを揺るがすような大きなどよめきが起きた。


「勇士達よ。よくぞ来られた。

……ここは寒かろう。まずは我らが村に入られよ。大族長エルッキ・タハヴォ・アハマスの名において、お主達を歓迎しよう」


 大族長エルッキの言葉に迎えられ、シノブ達はセランネ村へと入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 セランネ村の門で大族長エルッキと出会ったシノブ達は、彼の案内で村の集会場へと通されていた。

 交易のため人族や獣人族も通すからだろう、集会場は入口や天井も高くシノブ達が不自由を感じることはない。素朴だが暖かい室内は、長旅をしてきたシノブ達の疲れを癒してくれるかのようであった。


「イヴァールよ。ずいぶん早く帰ってこれたな」


 大族長エルッキは、嬉しそうに目を細めながらイヴァールに笑いかける。

 黒い髪と髭を繊細な三つ編みにし、今まで見た中で一番豪華な飾り紐を付けたエルッキは、大族長の名に相応しい威厳の持ち主である。

 しかし、今は集落の門で見せた厳粛な表情から一転し、息子の帰還を喜ぶ父親の顔になっていた。


「運良くセリュジエールで見つけたからな。親父、俺の友で稀代の大魔術師シノブだ」


 イヴァールは父親にシノブを紹介する。


「大魔術師シノブ殿。アハマス族タハヴォの息子エルッキだ。

この度は遠路はるばるお越しいただき感謝している」


 エルッキはがっしりとした手をシノブに差し伸べながら名乗った。


「魔術師のシノブ・アマノです。ドワーフの皆さんの助けになれば幸いです」


 シノブは、自分よりふた周りは大きいエルッキの手を握り、挨拶をする。


「シノブよ、こういうときは『俺が竜を倒して平和を取り戻す』と言うものだ! まったく人族の挨拶は回りくどくていかんな!

……親父、シノブは光の魔術で太さ1mもある鉄柱を切り裂き、300人もの兵が動かす投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)を相手に一人で勝つのだ。細い外見に(だま)されてはいかんぞ!」


 イヴァールはシノブの肩を叩きながら、高笑いする。

 シノブは細身には違いないが適度に筋肉がついている。しかし樽のような胴体に丸太の(ごと)く太い手足のイヴァールから見れば、大抵の男はほっそりして見えるのだろう。


「ほう、それほどの……これは大神アムテリア様の御慈悲かもしれんな。シノブ殿……我らドワーフ一同、お主の訪れを厚く歓迎しよう」


 エルッキは握手していた右手に左手を重ねると、期待を表すかのように力強く握り締めた。


 シノブとエルッキが握手を交わした後、イヴァールは紹介を続けていく。

 といってもシャルロットやアリエル、ミレーユとは面識があったらしい。エルッキは1年ほど前にイヴァールを連れてヴァルゲン砦を訪問したことがあるそうだ。

 初対面のシメオンとアミィは、それぞれ丁重に大族長であるエルッキに挨拶した。


「親父よ。シメオン殿は色々気が回る男でな。今回は我らの世話役として来たのだ。

アミィは小さいが、見たこともないような魔法を使うぞ。剣も並の戦士では全く相手にならん。見かけに誤魔化されんようにな!」


 イヴァールは彼らの自己紹介の後、そう言い添える。

 意外なことにイヴァールはシメオンをずいぶん評価しているようである。強さに重きを置くドワーフではあるが、将来族長になると言われるだけのことはあり、人を見る目はあるらしい。

 アミィについては道中で驚かされたこともあり、実感のこもった声でその実力を伝えていた。


 シノブ達は、そのまま集会場に落ち着き、エルッキの説明を聞くことにした。

 イヴァールが旅立ってから5日。セランネ村の近辺にも岩猿達が押しかけてきているが、人口の多いセランネ村は戦士の数も多く、充分な対応ができているようだ。

 岩猿は雑食であるが、牛や馬のような大型動物の肉を好み、穀物や野菜はあまり食べない。大麦やライ麦の収穫も終わっているし、家畜達を集落に引き上げているので被害はほとんどないらしい。


「元から栄えているセランネ村だから問題ないのだ。

他の小さな村……街道沿いの村々は柵も小さければ戦士も少なく対応しきれん。女達が畑で作業するのにも護衛を付けるありさまだという」


 エルッキは綺麗に三つ編みにした髭をその手で撫でながら街道や村の状況を説明する。

 ドワーフは髪や髭を自身の妻に三つ編みにしてもらうという。既婚者の証である三つ編みにした髭を撫でるエルッキは、妻を含めた女衆のことを心配しているのだろう。


「村の防衛で手一杯だから、狩りもできぬし山脈の鉱山に行くのも難しくなっている」


 エルッキは苦い表情を崩さず、ドワーフの苦境を語っていく。


「鉱石も取れないのでは、輸出もできずお困りでしょう」


 シャルロットが、窮状を思ったのか深刻そうな表情でいった。彼女の青い瞳にも心配そうな色が浮かんでいる。


「シャルロット殿の言われる通りだ。武具や細工物を作ろうにも、材料が無いのでは話にならぬ」


 シャルロットの言葉にエルッキは顔を(くも)らせながら頷き、説明を続ける。

 最近では、セランネ街道だけではなく村から西に伸びるヴェスタ街道にも岩猿が押し寄せているため、そちらの村々にも被害が出ている。

 ヴェスタ街道はブラヴァ族の土地へと繋がっており、その先は海。海路での交易に回すものはここを通るため、隊商も多い。


「セランネ街道とヴェスタ街道、どちらも我々アハマス族だけの問題ではない。

内陸の支族は、全てどちらかを通して異国と交易しているのだ。我々が作った剣や細工物が売れないだけならともかく、北の支族は凶作になれば南からの農産物が頼りだ。

このまま冬に入れば北でも死人が出かねん」


 エルッキが国内の状況をシノブ達に説明していると、立派な飾り紐を付けたドワーフに連れられて、数人の人族が集会場に入ってきた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「大族長。交易商の方々をお連れしましたぞ」


 エルッキに同じ年頃と思われるドワーフが呼びかける。


「我が弟にして村長(むらおさ)アーロよ。ご苦労だった」


 エルッキは鷹揚に返事を返す。

 集会場に入ってきたドワーフは、エルッキの弟らしい。言われてみればエルッキやイヴァールにどことなく似ていた。


「シャルロット様! ヴァルゲン砦からいらして下さったのですか!」


 人族の中でも一番恰幅の良い男が、シャルロットを見て驚きの声を上げた。

 隊商を率いて旅していたせいだろう、シャルロットが領都に戻ったことは知らないようで、ヴァルゲン砦から来たと思ったらしい。


「シャルロット様は領都の第三席司令官となられ、今はポネット殿がヴァルゲン砦司令となっております」


 アリエルが、商人風の男に現状を説明する。


「おお……それは失礼しました。それで、この度は?」


 代表格らしい男は、領都の司令官となったシャルロットがやってきたことを不思議に思ったらしい。まさか継嗣自ら竜退治に来たとは思わなかったようだ。


「失礼ですが、お名前は?」


 シメオンが商人らしき男に問いかける。


「これは申し訳ございません! 私は交易商のファブリ・ボドワンと申します」


 名乗りもしなかった無礼に気がついた商人は、慌てて頭を下げ己の名を告げた。


「ボドワン殿か。そなたも街道の変事に動転していたのだろう。気にすることはない。

それより、足止めを受けていると聞いたが?」


 シャルロットが商人の謝罪を受け入れ、彼らの状況を問う。


「はい……私達は北からの戻る途中でしたが、この村で1週間ほど留まっております。長い者は一月近くも……」


 ボドワンという商人は深刻そうな顔で答える。


「それはお困りでしょう。宿代や食事代は足りているのですか?」


 シメオンが、いつも通りの淡々とした声で問いかける。


「はい、シメオン様。幸いエルッキ様やアーロ様にご配慮いただいて、宿や食事は格安でご提供いただいています。

商売の資金もありますので、今日明日に、ということはありません」


 子爵の嫡男で内務次官であるシメオンのことは知っていたらしく、ボドワンは丁寧な口調で答える。


「はるばる我らの村まで交易に訪れてくれるのだ。それくらい当然の事」


 エルッキが苦難に喘ぐ商人達を慰めるかのように声を掛ける。


「エルッキ様、ありがとうございます。

ですが、このまま冬に入っては路銀も尽きてしまいます……」


 ボドワンはエルッキに謝意を示した後、シメオンに向きなおり自分達の窮状を訴える。

 さすがに来年の春まで、もしかすると竜の活動期が終わる一年近く先まで足止めされては、彼らの資金も尽きるのだろう。一層深刻な表情になるボドワン。


「我らが竜退治をすれば、すぐに通れるようになる! それまでの辛抱だ!」


 イヴァールが威勢の良い声を上げる。


「竜を! シャルロット様達もですか!?」


 イヴァールの言葉に、ボドワンは驚いたらしく、悲鳴のような甲高い声を上げた。


「驚きはわかりますが、我らには大魔術師シノブ・アマノ殿がついています。

領都で閣下も認め、ヴァルゲン砦で300人の軍団を軽々と退けたお方です。イヴァール殿の言うとおり、冬になるまでに王国に戻れるでしょう」


 シメオンはボドワンに語りかけた後、シノブのほうを見る。


「魔術師のシノブです。不安に思うのも無理はないですが、必ず竜を退けます」


 シメオンの様子に自己紹介をすべき流れだと感じたシノブは、ボドワンに自信ありげに名乗った。

 そのほうが彼らの不安を取り除くことができるのでは、と思ったのだ。


「と、とんでもありません! どうかお願いします!」


 ボドワンは、内務次官のシメオンが紹介するくらいなので、シノブの事を凄腕の魔術師だと思ったらしい。彼はシノブの言葉に恐縮したように深々と頭を下げた。

 商人らしく内心の考えは押し殺して、礼儀正しく振る舞っただけかもしれないが、外面上はシノブに期待しているように見えた。


「ボドワン殿。北から戻ってきたなら、弓矢や槍などはお持ちではありませんか?

よろしければ適価で買取しますが?」


 シメオンは、ボドワンに武器の買い取りを提案する。


「おお、それは願ってもないことです!

私だけでなく、他の者も王国向けの商品を持っておりますので、ぜひお願いします!」


 路銀不足になりかねない商人達にとっては、天からの朗報にも思えたのだろう。彼らは大きな歓声を上げた。


「それでは、早速見せていただきましょう。シノブ殿、アミィ殿をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 シメオンは、魔法のカバンを持つアミィを連れて行きたいようで、シノブに断りを入れた。


「アミィ、寒いところすまないけどお願いしていいかな?」


 シノブはアミィに顔を向けると、シメオンを手伝うようにお願いした。


「はい、シノブ様! お任せください!」


 アミィは元気良く頷き、魔法のカバンを手に取る。


「それじゃシメオン、そっちは任せるよ」


 子爵の嫡男であるシメオンと対等に話すシノブに商人達は驚いているようだが、慌てて表情を押し殺すとシメオンの様子を窺った。


「それではボドワン殿。ご案内お願いします」


 彼らの驚きなど気がつかなかったように、シメオンは淡々とした口調でボドワンを促した。


「シメオンも結構優しいところがあるんだね」


 集会場を出て行く彼らを見ながら、シノブは思わず呟いた。


「シノブ様。シメオン殿は『適価で買取』と仰ってました。きっと限界まで価格交渉すると思います。

街道の輸送費や関税などを考えれば当然だと思いますが」


 感心して見送るシノブに、アリエルが悪戯っぽく笑いかける。


「そうだな。シメオン殿は中々抜け目がないようだ。

不当に買い叩くことはないだろうが、かといって手加減することはなさそうだ」


 エルッキも感心したような口調である。


「なるほどね。竜退治で使うかもしれないし、余れば領軍にでも回すつもりなのかな?

いずれにしても、安く仕入れたってことか。シメオンは商人になっても充分やっていけるよ」


 シノブの感心半分、(あき)れ半分の口調に、集会場に残った者は思わず笑いをもらした。


お読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
【一言】 十年位前に読んでいたが覚えていた情景だ。印象的だったんだろうなぁ。 シメオン無双始まる!? 〉「ボドワン殿。北から戻ってきたなら、弓矢や槍などはお持ちではありませんか? よろしければ適価で買…
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