17.16 示される真実 前編
「急に呼び戻して悪かったね」
シノブが言葉を掛けたのは、アミィ、マリィ、ミリィの三人だ。四人がいるのは、シェロノワのシノブの執務室である。
テーブルを挟んで向かい合わせに置かれたソファーの片方にシノブが腰掛け、もう片方にはアミィ達三人が並んでいる。マリィとミリィも狐の獣人の少女に変じているから、三姉妹が並んでいるようで愛らしい。しかし人払いをしたため、微笑ましい三人の姿を目にしているのはシノブだけだ。
シノブの通信筒に、シャンジーからの知らせが齎された。だが、それは軽々しく語ることは出来ないものだったのだ。
「いえ、向こうにはホリィがいます。それにミシェルちゃんと泉葉ちゃんは、夕食を作るのに忙しいですから大丈夫です」
「こちらも東域の調査を続けていただけですし。それに戻るのも魔法の家ですから、何でもありませんわ」
アミィとマリィは、シノブに微笑みと共に応じた。
アミィはベルレアン伯爵領の領都セリュジエールから、マリィとミリィはシノブが治めることになる新国家の更に東から帰還した。しかし、どちらも魔法の家を使ったから、移動は一瞬である。
「シノブ様、何があったのですか~? 向こうにはメイニーさんやフェイジーさんも行った筈ですが、もう応援が必要なのですか~?」
最後の一人、ミリィはお菓子を手にしながらシノブに問いかけた。
ミリィやマリィ、そしてホリィは金鵄族で、本当の姿は青い鷹だ。彼女達は、人間になったときは人同様の食事をする。そして人に姿を変えたときのミリィは、人間同様の食事を出来るだけ楽しむことにしているらしい。
「ああ。まずは状況を聞いてもらおうか……」
シノブは、シャンジーが送った文に記されていたことを語り出す。とはいえ、伝えるべきことは多い。そこでシノブは、まずはイズハの一族について説明する。
狐の獣人の少女イズハは、予想通りヤマト王国の第二王子大和健琉の思い人である穂積立花の血縁であった。イズハとタチハナは、又従姉妹だったのだ。
そしてイズハが孤児となった経緯も明らかになった。彼女の両親の都流技と豊女は、都の郊外で賊に襲われ死亡した。そのときイズハも父母と共にいたが、二人が船で川に逃がしたため助かったのだ。
「でも、不審な点が多いんだ。船は近くの住民が漁に使うものだ。大切な道具が無くなったら持ち主が騒ぐだろうし、そこからイズハが船で逃げたと気が付きそうだが……」
「誰かが伏せたということですか?」
アミィは、シノブの語ったことから当然の結論を導き出した。
イズハの父ツルギは中級ではあるが、大王家直属の武人の一人だ。その彼が襲われて死ねば、同然役人が調べる。現に目付が出向いたが、彼は早々に調査を打ち切った。
それどころか、目付はツルギの父母に蟄居を申し付けた。大王家を守る武人が賊にやられるなど恥ずべきだ、ということらしい。
「目付は何かを隠しているようだ。それにイズハ達を襲ったのは、かなり修練を積んだ者らしい。タチハナさんの父や祖父はイズハの両親の遺体を確かめたそうだが、並の太刀筋ではないって……」
シノブは、眉を顰めながら頷いてみせる。
シャルロットを呼ばなかった理由の一つがこれである。身篭った彼女に聞かせるには、凄惨な内容だと考えたシノブは、アミィ達だけに語ることにしたわけだ。
「シャンジーは、タチハナさんの両親や祖父母の話を聞いた後、目付を探しに行ったそうだ。だけど目付は自宅にもタケルの兄のところにもいなかった。
それで都のあちこちを探したけど、そうしているうちにメイニーとフェイジーが到着したらしい」
シノブは、室内に置いているホールクロックへと顔を向けた。
時刻は15時半を少し回ったところだ。シェロノワとヤマト王国の時差は約八時間だから向こうではもうそろそろ零時になるが、そんな夜中にも関わらず目付の所在は掴めなかった。
現在メイニーとフェイジーが捜索を引き継ぎ、シャンジーはタケルの下に戻っている。そしてシャンジーと行動していたタケルの家臣伊久沙と文手は、メイニー達と組んで都を周っているという。
どうやらメイニー達と相談した結果、シャンジーはタケルの警護をすべきだとなったようだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「私達は捜査の支援をすれば良いのでしょうか?」
「いや、もう一つ不審な点があってね……」
問うたマリィにシノブは首を振り、本題と言うべき事柄に入る。
ヤマト王国の都では、十年前に女性だけが罹る疫病が流行した。しかも母となる世代が多く、放置すれば先々まで大きな影響が出た筈である。そのため大王までが治癒魔術を施す羽目になったという。
シノブがシャルロットを呼ばなかった理由には、これもあった。母となる女性達が病に倒れたなど、シノブは懐妊中の妻に聞かせたくなかったのだ。
「幸い大王家の秘術で、被害は最小限に食い止められたそうだ。でも、代わりにタケルの父は伏せりがちになり、今はタケルの兄が政務を代行しているらしい」
シノブは、重々しい口調で続けていく。
大王家の血筋は活性化などの治癒に使える技を得意とし、更に魔力譲渡など大王家だけが可能としてきた術もある。そして大王は、男で疫病に罹った者がいないのを理由に治療に加わったのだ。彼は秘術の使いすぎで体を壊すことになったのだが、多くの命が救えたそうだ。
「で、聞きたいのは疫病のことなんだ。この世界には、女性だけが罹る病気ってあるの? しかも一度に沢山が罹患するような……」
「あることはありますが……女性だけの器官に関するものですね」
シノブの疑問に答えたのはアミィであった。もっとも内容が内容だけに、彼女の頬は赤く染まっている。
アミィにマリィ、ミリィは十歳かそれより僅かに幼い外見である。しかしアムテリアの眷属である彼女達は、何百年もの時を過ごしてきた。そのため、単なる少女なら知らない知識も持っているのだが、それでも男女の微妙な話題には触れにくいのだろう。
「感染症であれば部位が違うだけで男性も罹る筈でしょう?」
「そうですね~。癌なども場所が違うだけですし~。でも、癌は伝染しませんね~」
マリィとミリィにも、思い当たるものは無いらしい。彼女達も、首を捻っている。
「そうか……もしかすると、女性を狙う何かがいるのかも……だとすると……」
シノブの脳裏に、ある想像が浮かんでいた。それは、イズハやタチハナに関するものだ。
「シノブ様、どういうことでしょう?」
「イズハの両親達が襲われたのは、二人じゃなくてイズハを狙ったんじゃないか?
目付はイズハが逃れたことを伏せた。そして両親達は、イズハを逃がそうとした。もちろん、親だから娘を守るのは当然だ。でも、襲撃者の狙いがイズハだから遠ざけようとしたんじゃ……。
そしてイズハは、自分のために両親が犠牲になったと感じているから、事件を思い出したくない。だから、そこだけ口に出さないようにしている……あるいは、あまりの衝撃で記憶から欠落しているのかも……」
シノブは、根拠は無いが自身の考えが正しいのでは、という気がしていた。
イズハは、アミィやホリィ、それにミシェルや彼女の家族に心を開いている。アミィとミシェルが同じ狐の獣人で、ホリィも彼女の前ではアミィと同じ姿だから、同族としての親近感もあるのだろう。
そしてイズハはミシェルの父母も親同様に慕い様々なことを語ってくれたし、今も彼らと一緒に夕食の準備をしているくらいである。しかし彼女は、自身が孤児となった経緯だけは触れようとはしなかった。
もちろん、両親を失った件など思い出したくもないだろう。しかしシノブは、イズハが口を閉ざす理由はそれだけだろうかと漠然と考えていたのだ。
イズハの母であるトヨメは娘を船に乗せて逃がした。仮に狙いが両親、つまりツルギやトヨメだけなら、目付はイズハが逃れたことを隠そうとするだろうか。
もしかすると本命はイズハで、賊を騙った者達は、未だにイズハを探しているのでは。あるいは探さないまでも、黒幕はイズハの帰還を望んでいないのかもしれない。
「イズハは、あの通り優れた才能を持っている。おそらく、タチハナさんと同じで巫女になれるんじゃないかな? そして誰かがイズハを巫女にしたくなかった。あるいは自分の子供か何かを巫女にしたかった。
もしかすると、十年前の疫病もそれと関係しているのかもしれない。考えすぎかもしれないけど、将来巫女となる女の子を減らしたかったのかも……」
「……そのためだけに、多くの女性を?」
アミィは、蒼白な顔となっていた。
シノブの語ったことは、あくまでも推論にしか過ぎない。しかし、もし本当なら、先々巫女の候補となる女性達を害するためだけに、多くの命を奪おうとしたことになる。
仮に事実なら、一体どのような冷血漢が為したことか。おそらくアミィは、そう考えたのだろう。
「可能性はあると思う。巫女の長であるヤマト姫の側には、一部の選ばれた巫女しか近づけないそうだ。仮に自分の娘がそこに行けば、途轍もない名誉だろう。それに、もしヤマト姫を害するつもりなら手の者を巫女に仕立てるしかない」
「確かに、ありえますわね」
マリィもシノブの意見に同意した。シノブの想像が事実だとは限らないが、それだけの危険を冒してもと思う者が出かねないことではある。
何しろ神託を授かるヤマト姫の側付きである。当然ながら望む者は多いだろうし、勤め上げて巫女を退いても良縁を得られたり大王家との接点となったりと様々な利があるだろう。そして大王家の支配を覆そうという者なら、神のお告げを授ける姫巫女を始末しようと考えるに違いない。
実際には、神託は人の力で避けえぬことを伝えるだけで、人の企みを警告することは殆ど無いらしい。しかし詳しく知らない者は、ヤマト姫を弑さねば大王家に手出しできないと思うかもしれない。
「マリィ、ミリィ。東域の調査は一旦中止しよう。二人にはヤマト王国に行ってほしい。そして、大王と現在のヤマト姫の斎姫に接触し、護衛をしてくれ。
大王は、まずは姿を消して病状を確かめてくれないか。もし治せるなら神の使いと名乗って姿を見せても構わない。イツキ姫は、タケルから話を通せば会えるだろう」
シノブは、少なくともヤマト王国の大王の治療だけはしようと考えていた。
既に十年間も治せないのだから、ヤマト王国の治癒術士では手に負えないのは明らかだ。しかしシャンジーが伝えてきた通りなら、大王は数日前に旧帝都で治療したリンハルトのように魔力の蓄積や操作が上手く出来ないらしい。それならば、おそらく治せるとシノブは思ったのだ。
「出来れば十年前の件も調べてくれ。先頭に立って治療した大王なら詳しいことを知っているだろう。イツキ姫は、その頃だと十歳になるかならないかだから無理かな……そちらは先代が生きていれば紹介してもらおう」
シノブは、十年前の疫病に関しても調べたかった。時間が経っているから真実が掴めるとも限らないが、普通では考えられない病なら何者かの陰謀として考えるべきだろう。
そして、こちらも今までヤマト王国の者で明らかに出来なかったことだ。それ故シノブは、真実を明らかにするには自分達が介入するしかないと判断したわけだ。
「わかりました~」
「イツキ姫が引き継いだ資料や伝承があるかもしれませんわね」
ミリィとマリィは、シノブの指摘したことも充分にありえると思ったようだ。二人は表情を改めていた。
「アミィは、イズハのところに戻ってくれ」
「はい、シノブ様!」
シノブは多くを語らなかったが、アミィは意図するところを理解したようだ。
アミィやホリィも派遣したいところだが、イズハは二人に非常に懐いている。そこでシノブは、当面二人を彼女の側に置くことにしたのだ。
アミィ達は、イズハと共にセリュジエールで夕食を取ると約束した。それに、既にヤマト王国は深夜である。事態が大きく動くとしたら、翌日の朝以降だろう。ならば、それまではタケルや大王、そしてイツキ姫から目を離さなければ大丈夫だとシノブは踏んだのだ。
「それじゃ、悪いけど早速お願いするよ。時間が惜しいから、タケルやシャンジーが泊まっている場所……神祇官だったか……そこで呼んでもらおう。イツキ姫に正体を明かすなら、隠す必要もないからね」
シノブが立ち上がり、アミィ達三人も続く。そして四人は、魔法の家を出すべく庭へと向かっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
シャンジーは、神祇官の中庭に魔法の家を呼び寄せた。中庭には夜番を勤める者の姿も無く、シャンジーの側にはタケルだけだ。これは、タケルが人払いをしたためである。
本来なら、極めて高い権威を持つ神祇官の者が王子とはいえ外部の者の言葉に従うことはない。しかしタケルは、この場の主であるイツキ姫のお気に入りで、しかも彼の隣には神獣として崇められる光翔虎のシャンジーがいる。そのため夜番の者達も逆らうことなく中庭から姿を消していた。
そのためマリィとミリィが魔法の家から出たことや、再び魔法の家が消え去ったことを、神祇官の者達が目にすることはなかった。
そしてタケルとシャンジーは、再びイツキ姫のいる斎院へと向かう。彼女にミリィを引き合わせ、側に置くためである。
既に零時も近いから、イツキ姫も就寝しているだろう。しかし万一のことを考えると、ミリィの守りがあった方が良い。そこでタケルは、シャンジーにイツキ姫の都合を問うように頼んだ。
イツキ姫は思念でのやり取りが出来る。そのためシャンジーなら、斎院の外からでも彼女と会話することが可能なのだ。
──イツキさん~、起きていますか~?──
シャンジーは、遠慮がちに問いかけた。何しろ時間が時間である。普通なら寝ている筈だ。
この世界の人々は、多くは日の出と共に起きて日没からさほどの時を置かずに就寝する。灯りの魔道具はあるが、それらを気軽に使えるのは並より収入が多い者達のみである。もちろんイツキ姫は極めて裕福な部類に入るのだが、そういった人々も生活時間帯は他と合わせるのが常である。
特に巫女であるイツキ姫は、日が昇る前に起床し身を清めるという極めて健康的な生活を送っている。その彼女なら、当然就寝している筈だとシャンジーは思ったわけだ。
──シャンジー様、起きているわ。何やら妙な予感がしたの──
しかしイツキ姫からの返答は、間を置かずに返ってきた。巫女の長だけあって常人では感じ取れない何かを察していたらしく、彼女は就寝していなかったのだ。
ちなみにイツキ姫は、シャンジー達とは違い遠方まで思念を届けることは出来ないが、神祇官の敷地内くらいなら充分に届くらしい。そのためシャンジーに返ってきた思念は、極めて明瞭なものである。
──これからそちらに行きたいんだけど~。実は金鵄族のミリィ殿がね~──
シャンジーは、イツキ姫へと説明をしていく。
その間にマリィは鷹に変じ大王のいる内裏へと飛んでいった。大王の警護は、マリィが務めることになったのだ。
──判ったわ。それなら姿を消していただけるかしら?──
イツキ姫は、宿直の者達に説明するのが面倒だと思ったのかもしれない。斎院には彼女の世話をする巫女達が詰めているのだが、驚かすのも可哀想だと思ったのであろうか。
──了解~──
──イツキさん、ミリィです~。すぐに行きますね~──
何とも暢気なシャンジーに続いたのは、同じくらいのんびりしたミリィの思念である。ちなみに二人は思念のみで会話しているから、タケルには一切聞こえていない。
イツキ姫によれば、タケルも修行をすれば思念での会話を習得できるらしい。どうも、大王家の者が持つ特殊な資質か大きな魔力が、思念でのやり取りを可能にするようだ。とはいえ習得には多くの時間と訓練が必要らしく、今日明日に身に付けるのは無理だと思われる。
──はい、お待ちしております──
神託という形で神々の言葉を聞くだけあって、イツキ姫はミリィの思念にも驚くことはなかった。しかし、彼女からの応えは、シャンジーに対するものに比べ畏れが滲んでいた。
シャンジーは神獣とされているし、光翔虎はそれに相応しいだけの力を持っている。しかし神々の眷属として神界で暮らしアムテリアや彼女の従属神の手足となって働いていたミリィは、巫女であるイツキ姫からするとシャンジーより一段も二段も上の存在なのだろう。
「タケルさん、行きましょう~」
「はい、ミリィ様」
ミリィが囁くと、タケルは同じくらい小さな声で応じた。そして彼らは、斎院に向かって歩き出す。
斎院に行くためだろう、タケルも先ほどと同じ巫女装束だ。そしてミリィも彼と同じ衣装だから、姉妹が連れ立っているようでもある。もっともミリィは狐の獣人に変じたままだから、頭上の狐耳に背後の太い尻尾はタケルとは違う。
もっとも、それを見ることの出来る者達はいない。シャンジーは隣のタケルも姿消しの範囲に入れているし、ミリィはアミィが作った透明化の魔道具を使っているからだ。
そのため彼らが斎院に入っても、宿直の者達が気付くことは無かった。
◆ ◆ ◆ ◆
イツキ姫は、奥の間でタケル達を待っていた。彼女も先ほどと同じ巫女装束である。これは儀式に使ったり外に赴いたりするときの正服ではないが、それでも巫女の頂点に立ちヤマト姫と敬われる者が身に着けるに相応しい上等なものだ。
タケルとミリィも殆ど同じ装いで、他は通常の虎くらいに変じたシャンジーのみである。そのため三人の巫女の側にお供の虎が侍っているようでもあり、どことなく御伽話のようなほのぼのとした情景にも見える。
しかし彼らの話題は深刻なものであり、それ故イツキ姫やタケルの表情は強張っていた。叔母と甥ということもあり良く似た優しい美貌の二人だが、今は普段の柔らかな雰囲気は欠片も存在しない。
「そんなことが……」
「そうなんですよ、イツキさん~。まったく正気の沙汰じゃないのです~」
絶句するイツキ姫に、ミリィは頭を掻きつつ何やら重々しい調子で同意の言葉を口にした。どうも、何かの真似をしているらしい。彼女のことだから、地球に関する何かを元にしているのだろうが、イツキ姫やタケル、そしてシャンジーに判るわけはない。
「で、暫くは私が護衛します~。私なら、こうやって若手の巫女として控えることも出来ますし~。ミリィちゃん改めミコちゃんですね~。字も上手いですよ~」
ミリィは、一転して明るい表情となり笑いかけた。今後も彼女は冗談を言ったらしいが、これも先ほどと同様に通じない。そのためか、ミリィは少しばかり残念そうな表情となった。
ちなみに今回、シノブやアミィは地球のことを持ち出してはならないと言わなかった。そのようなことを言う暇が無かっただけだが、どうやらミリィはそれを盾に取ることにしたようだ。もっとも、このように他者に理解できない程度しか混ぜないところからすると、一応は気を付けているのかもしれない。
「ところで叔母上、十年前の疫病は本当に普通の病だったのでしょうか? シノブ様は何かがあるとお考えのようですし、今回のイズハの件も確かに彼女を狙ったようにも見えます。仮にシノブ様の推測通りなら、巫女やヤマト姫を狙った陰謀かもしれません」
タケルは本題に入った。既にシャンジーもホヅミ家の者達から聞いたことをタケルに報告しているし、ミリィもシノブの推測を大まかに伝えている。それらを聞いたタケルは当然驚き、深夜にも関わらす叔母の意見を聞きに来たわけだ。
「当時は私も巫女になったばかりだから、詳しいことは知らないわ」
イツキ姫は、少しばかり困ったような表情となっていた。
巫女になるのは十歳になる前で、多くは六歳から八歳くらいで見習いとして神祇官に上がるという。もちろん誰でも良いわけではなく、素質を認められた者だけだ。
それは大王家の姫達も同じでイツキ姫も十二年前、七歳のときに斎院に住まいを移したという。そのため十年前の彼女は、都で流行った病を噂でしか聞いていない。それに修行を始めたばかりだから、詳細を知るような立場でもなかった。
「先代様……五十鈴様は何か言い残されていなかったでしょうか?」
タケルが口にしたイスズとは、先代のヤマト姫だが既に故人である。なお、彼女は四年前にイツキ姫と代替わりしたとき八十歳を超えており、死去自体は自然なものだ。
ヤマト姫となるには神託を得るだけの力が必要で、相応しい者が現れなければ空位となる。イスズは現在の大王である威利彦と彼の妹であるイツキ姫の祖母、つまりタケルの曾祖母で、当然結婚もした。しかし彼女は、次代のヤマト姫が出現するまで長を続けていたわけだ。
「そうね……そういえば、あれは自然な病なのだろうか、と仰っていたわ」
──魔術か何かってこと~?──
遠い目をしながら呟くイツキ姫に、シャンジーは首を傾げつつ問いかけた。彼は、自然ではないという言葉から、何者かが魔力で人々を苦しめたと思ったようだ。
シノブは魔力譲渡や活性化で治療をするが、逆に魔力に干渉したり奪ったりして弱らせる術もある。それらを用いれば、他者の健康を害することも充分可能だ。魔力が多く多彩な技を使う光翔虎だけに、シャンジーは、それらを連想したのだろう。
「術だとしたら、邪術や禁術の類でしょうね。反魂や呪詛のような……あるいは、地に残った恨みの念が災いを齎したのかも……」
「ヤマト王国の祟りじゃ~、ですか~? それとも呪詛撒くヤツは恐ろしい、とか~? これは大事件かもしれませんね~」
イツキ姫が口を噤むと、ミリィは老婆のような声を作ったり先ほどの重々しい調子になったりしながら問いらしきものを発した。
大事件などと言うところからすると、今日のミリィは探偵か何かを意識しているらしい。もっとも、十歳にも満たない外見の彼女は、探偵は探偵でも少年探偵、いや少女探偵という辺りだろう。それどころか、探偵の助手を気取る子供のようでもある。
「祟りや呪詛ですか……確かに、女性だけが病になるなど、不審な点は多いですね」
タケルは、真剣な表情で考え込む。
魔術がある世界だけに、それらを邪な目的で用いる者もいるし、そういった出来事から原因が特定できない事柄を祟りや呪いで片付ける者達もいた。それらの多くは単なる偶然であったり、人間がまだ知らない何かによるものだったりするのだが、中には魔術を使った犯罪もある。
タケル自身も魔苦異大蛇という大蛇を使った邪術で襲われたように、呪詛以外にも動物を操ったり毒を用いたりという裏の術が密かに伝えられているのは確かである。
「そのとおりです~。これは『アムテリア様の名に懸けて!』と行くべきですね~」
──で、どうするの~?──
力強い宣言をしたミリィに、シャンジーは興味深げに訊ねる。
シャンジーは、早く結論を知りたいようだ。彼は推理よりも体を動かす方が好きなのだろう。
「まずは年長の巫女の方に聞き込みでしょうか~。イスズさんの側近だった方なら、もう少し知っていそうです~。
それと、邪術を使いそうな人の洗い出しですね~。祭祀を司る家系とか、不行跡で神職を退いた人などです~」
ミリィは、意外にも真っ当な意見を口にした。ふざけているようでも彼女は神の眷属である。やはり、相応の知識と頭脳を持っているのだろう。
「祭祀の家系ですか……神部や中部はそうですね……」
──カンベって、穂乃男や巫武気だよね~。それとナカベって、どこかで聞いたような~──
ホノオやフブキは、タケルの家臣で筑紫の島にも同行した者達だ。そのためシャンジーも半月近くの旅で彼らの姓くらいは知っている。
カンベは神職になる者も多いし、ホノオ達のように魔術師として活躍する者も多い家系だ。タケルはそれも語ったから、シャンジーも不自然には思わなかったらしい。しかし後者の姓、ナカベはシャンジーの興味を惹く何かがあったらしく、彼は首を右に左にと捻っている。
「ナカベは多知麻呂や多知人の家ですよ……まさか!?」
タケルが挙げたのは、イズハ達の件を調べた目付のタチマロや、彼の弟でナニワの町の役人のタチヒトである。
弟はともかく、兄のタチマロは武人として並といったところだ。目付は監察官を束ねる役で武勇に秀でる必要はないし、それ自体は自然ではある。しかし彼の得意とするのは、家伝の魔術や呪術なのでは。タケルは、そう考えたようで顔から血の気が引いている。
「これは何かありそうですね~。メイニーさんやフェイジーさん、それにマリィにも伝えておきましょ~。でも、タケルさんとイツキさんはここまでです~。人間は寝ないといけませんからね~」
ミリィが言うように深夜であるし、タケルは明朝参内する予定である。したがって、そろそろ就寝すべきなのは事実であった。
「巫女さん達に訊くのも朝になってからです~。明日は楽しみですね~」
タケルやイツキ姫も、ミリィがどんな人物か理解できたらしい。二人は微苦笑を浮かべている。もっとも、当のミリィは彼らのことなど気にしていないようだ。
「真実はいつも……が良いでしょうか~? それとも見た目は子供~?」
円座から、すっくと立ち上がったミリィが呟いているのは決め台詞らしい。随分と気の早いことである。
しかし自信満々な彼女は、どことなく頼もしく見えるのも事実ではあった。そのためだろう、タケルやイツキ姫の苦笑は、いつしか心からの笑顔となっていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2016年6月22日17時の更新となります。




