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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
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16.35 異神、再び 後編

 七色に光る空と見渡す限りの荒れ地。この不可思議な場所は、シノブが光の額冠で造り出した異空間だ。揺らめく光に覆われた空と岩ばかりの荒野が広がる(さま)は、アムテリアが出現させた修行用の空間に良く似ている。


 額冠で造った空間だから、本来なら生き物など存在しない。しかし今、シノブ以外に八人が荒野に立っている。それはアルマン王国の四人の王族と、神々の眷属であるアミィ達だ。

 シノブは国王ジェドラーズ五世と第一王妃メリザベスに続き、先王ロバーティン三世と第二王妃マーテリンも異空間に送り込んだ。そして間を置かずに、シノブ自身もアミィ達と共に異空間へと飛び込んだのだ。


「さあ、王族達を返してもらおう」


 異空間の中で、シノブは異神に憑依された王族達と向き合っていた。

 もちろん、シノブが一人で対峙しているわけではない。彼の脇にはアミィと人族の少女に変じたホリィ、そして後方にはホリィと同じ姿のマリィとミリィがいる。


「……転移が出来ない?」


 ロバーティン三世は転移を試みたようだが、何も起こらない。異空間の中では異神達の力は制限され、転移も出来ないのだ。


「ああ、ここから逃げ出すことは出来ない」


 シノブは一歩前に進み出た。そして彼は、四人に宿る異神達に静かに告げる。


「お前は……神となったのか?」


 悔しげな声音(こわね)で応じたのは、ジェドラーズ五世である。彼だけではなく、先王や王妃達の顔にも激しい焦燥が浮かんでいる。


 四人の王族は転移を諦めたようだ。しかし彼らは、代わりに別の力を行使する。

 ジェドラーズ五世はバアル神の属性である雷の槍、メリザベスはアナトの好む炎の槍を出現させ、シノブ達へと向けている。そして海神ダゴンに憑依されたロバーティン三世は水塊、豊穣の女神アスタルトが宿ったマーテリンは岩塊を出現させた。


「神々には助けていただいている。平和を乱すものを退(しりぞ)けるために」


 シノブの言葉に呼応するように、四つの神具が光を放つ。

 両手で構える大剣は鋭い刃から神威の輝きを。左腕の盾は全ての魔性を映し出す鏡のように。胸元の首飾りは神授を示す稀なる珠の(きら)めきで。そして額の冠は天地を統べる者に相応しい玄妙な光輝を。光の神具は、それらを授けた最高神アムテリアと同じ温かくも清冽な力を放っていた。


 シノブの言葉に応じたのは、彼の神具だけではない。アミィ達の持つ神具も輝きを増していた。

 アミィが持つ炎の細剣(レイピア)は紅蓮の炎を吹き上げて。ホリィの魔風(まふう)の小剣は空色の光と共に竜巻を起こし。マリィの魔封(まふう)の杖は金色の聖光と魔力を放ち。そしてミリィの治癒の杖は七色の癒しの光を。こちらも、それぞれの力でシノブに応えていた。


「借り物の力で!」


 メリザベスはシノブに向かって跳躍すると、炎の大槍を真っ直ぐに突き込んできた。彼女に宿るのは戦女神であるアナトだ。そのせいだろう、彼女は四人の中で最も好戦的であった。


「お前達こそ借り物の体だろ!」


 シノブも光の大剣に烈火を宿らせると、メリザベスの槍に絡ませつつ攻撃を()らす。

 彼が使ったのは、巻き落とし技の『稲妻落とし』である。ほぼ同等の技はベルレアン流槍術にもあるが、こちらは戦いの神ポヴォールから授かった大剣術だ。

 メリザベスの槍に実体は無い。しかし大剣が(まと)った神火(ゆえ)だろう、シノブは彼女の攻撃を見事に封じていた。


「この体は、もはや我らのもの!」


 ジェドラーズ五世の叫びに応えるように、雷の槍から幾本もの稲妻が生まれる。そして激しい光を放つ輝きが、シノブに向かって放たれた。


「絶対に取り戻します!」


「あなた達の好きにはさせません!」


 アミィは炎の細剣(レイピア)から火炎弾、ホリィは魔風(まふう)の小剣から暴風を生み出し、雷撃を消し去った。

 単なる自然現象であれば火や風で雷を食い止めることは出来ないだろう。しかし彼女達が持つのは、最高神アムテリアが授けた神具である。そのため魔力を宿した火や風は、異神の稲妻を打ち消したのだ。


「お前達も他所から来た神に連なる者だろう。我らとどこが違うのだ」


 恨めしげな言葉と共に巨大な水の塊を広げたのは、先王ロバーティン三世である。彼は、膨大な水でシノブ達を押しつぶそうと考えたようだ。


「光鏡!」


 しかし分厚い水の壁は、シノブが展開した光鏡に吸い込まれ消えていく。続いて光弾が、先王を牽制するように彼の周囲へと移動した。


「アムテリア様は、この星を預かるお方ですわ!」


 後ろから叫んだのは、マリィであった。彼女は神々の眷属としてロバーティン三世の言葉、正確には彼に宿ったダゴンが()かせた呪詛(じゅそ)を無視できなかったのだろう。

 マリィは魔封(まふう)の杖を高々と掲げている。魔封(まふう)の杖は、魔力の増強と防護の術を宿した神具だが、今使っているのは前者のようだ。杖が生み出した膨大な魔力は、隣のミリィに向かっている。


「私達だって民を守護しました! ですが!」


 マーテリンは苛立たしげな声を上げていた。それは岩塊を光鏡に阻まれたためか、あるいは故地を追われた過去を思い出したのか。どちらにしても、彼女に憑依したアスタルトは激しい怒りを感じているらしい。


「地球での恨みを持ち込まないでください~。笑える話だったら大歓迎ですが~」


 普段と変わらぬ様子で言い返したのは、ミリィである。もっとも、彼女の姿は常とは異なる神秘的なものであった。

 今のミリィは、七色の光で(まぶ)しく輝いている。おそらくマリィから譲られた魔力と治癒の杖の力、そして本来彼女自身が持つ魔力が合わさったためだろう。

 治癒の杖は、異形に変じた者を元に戻すことが出来る。その力は憑依の解除にも使えるだろうが、相手は神と名乗る存在だ。そこでミリィは、マリィから譲られた分も含めて途轍もない力を込めているのだ。


「……シノブ様~、エネルギー充填120%です~」


 ミリィは、力を溜め終わったことをシノブ達に知らせる。

 今や彼女は、直視できないほどの光に包まれている。その膨大な力に(おび)えたのか、四人の王族は、それぞれ僅かに後退(あとじさ)っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「わかった!」


 ミリィの合図を受けたシノブは光の大剣を左手のみで持ち、右手を懐へと入れる。そして彼は、取り出した神々の御紋をメリザベスへと突き出した。


「……逆位相干渉!」


 シノブが神々の御紋を通して発したのは、メリザベスに宿るアナトの波動と正反対の魔力波動であった。かつて彼が岩竜ガンドやヨルムの動きを封じた技と原理的には同じである。

 そして、これであればメリザベスを害することなくアナトのみを弱めることが出来る。


 全ての生き物には、固有の魔力波動がある。そのため相手の波動を正確に(つか)めば、人体に影響させずに体内の細菌を弱らせるようなことも可能である。

 もっとも、これは誰にでも出来ることではないし、生身で実現できるのはシノブなど極めて限られた者だけだろう。


「私の力が!?」


 アナトは、己の動きを封じられたのが信じられないようだ。彼女の驚きを表すように、メリザベスは大きく目を見開いている。


 シノブといえど、神の力を完全に封じることなど常ならば不可能だ。

 しかし今回は、光の額冠で異神達の力を大きく制限し、更に神々の御紋を用いてこちらの術を強化している。そのためシノブは、アナトの神力を充分に押さえ込んでいた。


「大神アムテリア様の(しもべ)が願い奉る~! この者から祟り神を祓い給え~!」


 治癒の杖を振りつつ舞ったミリィは、最後にメリザベスへと先端を向ける。すると、杖の先の宝玉から虹のような七色の光が放たれる。


──依り代から離される!──


 癒しの光がメリザベスの体に届くと、彼女から目に見えない巨大な力が離れていった。もちろん、それは戦女神アナトである。


「今だ!」


 シノブは大きく跳躍し、肉体を失ったアナトへと迫る。アナトは実体を失ったが、シノブは彼女の存在を魔力感知能力で捉えていたのだ。


──そ、そんな!──


 シノブの左片手一本突きが宙を貫いた。この『金剛破』と呼ばれる技は、極めれば全ての物を貫き通すと言われる大技だ。

 そして今、シノブが魔力を乗せて放った一撃は物質どころか神霊さえも消し去った。短い思念を発したアナトの気配は、そのまま異空間から消え去ったのだ。


「母上、後は頼みます……」


 剣を突き出した体勢で、シノブは誰にも聞こえないような微かな声で呟いていた。

 アナトは、神と呼ばれる存在だ。一旦は存在を保てなくなったとしても、再び神霊として再生するかもしれない。

 そこでアムテリア達が、アナトの残滓を世界を統べる上位神へと引き渡す。アムテリア達は念には念を入れ、高次の存在によりアナトを無に返すことにしたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「マリィ、お願いします!」


 アミィは、後方のマリィの下に気絶したままのメリザベスを運んでいた。彼女は、異神から解放されたメリザベスを保護したのだ。


「ええ、任せて!」


 マリィが応じると、アミィは再び前に戻っていく。

 まだ、異神は三柱もいる。そしてミリィが再び魔力を溜めるまで、シノブやアミィ、ホリィは彼らを抑えなくてはならないからだ。


「……アナトが!?」


 夢から醒めたような面持ちで声を上げたのは、第二王妃マーテリンであった。彼女は、眼前で起きたことが信じられなかったのだろう、彫像のように動きを()めていたのだ。

 マーテリンに宿るアスタルトは、アナトと起源を同じくする存在らしい。そのため彼女の衝撃は非常に大きなものだったのかもしれない。


「アナト……」


 ジェドラーズ五世も蒼白な顔となっていた。彼に宿るバアル神はアナトとアスタルトを妻とする存在だから、激しく動揺するのも頷ける。


「不用意に近づくからだ。激情に流されるのは、アナトの悪い癖だな」


 一方、先王ロバーティン三世には、あまり動揺した様子は無い。先王に憑依しているのはダゴンだが、こちらはアナトと近しい間柄ではないのだろう。


「我ら四天王で一番の未熟者~、とか言うのですか~? 四人組にありがちですね~」


 無表情を保ったままの先王に、ミリィは皮肉げな口調で応じた。

 ミリィは、異神達を怒らせようとしているらしい。相手が動揺すれば勝機が生まれる。彼女は、そう考えているのかもしれない。


「何を……」


 先王は、いや彼だけではなく国王や第二王妃も憤然とした表情となる。

 異神達は、人間に宿ったことで少なからず影響を受けているらしい。彼らがアルマン王国に執着(しゅうちゃく)したのもそうだが、超越者には似合わない感情を顕わにすることが度々ある。


──引っかかりましたね~。次は二つです~──


──少し時間を稼いでください──


 ミリィとマリィは、今度は一度に複数の憑依を解くつもりらしい。アナトのときは最初ということもあり単独を対象としたが、そのときの感触で同時でも問題ないと思ったのであろうか。


「神たる存在を消滅させるとは……」


「神にも終わりはあるさ。お前達だって、それくらい知っているんだろ? もっとも知っていようがいまいが消えるだけだが……」


 シノブは、ミリィ達から注意を()らそうと考えた。そこで彼は、ゆっくりと前に歩みながら挑発的な言葉でジェドラーズ五世に応じていく。

 王族達の気を惹くのは成功したようだ。彼らの視線はシノブへと集まっていた。シノブの冷たい表情と冷徹な声が、彼らの気に障ったのかもしれない。


「消えるものか! 我らは存在そのものだ! 過去、現在、未来、(いず)れにおいても在る者だ! そして王が民を従えるように、神は君臨する!」


 絶叫したジェドラーズ五世は、無数の稲妻をシノブに発した。シノブの言葉には、彼に宿るバアル神を刺激する何かがあったらしい。


「私は在る……か。確かに、神はそういうものなのかもな」


 シノブは、光鏡と光弾を駆使して前方を埋め尽くす閃光を防いでいた。

 バアル神の主張は、モーセが彼の信ずる神から得た言葉と良く似ている。『私は有って有る者』という旧約聖書の有名な一節である。

 この一節の解釈は定まっていない。神の絶対や不変を意味している、神が人知を超えた存在だと示しているなど様々な解釈があるようだ。

 しかし本質は字義通りで、神とは存在そのものだ、ということではないだろうか。唯一絶対の神だけではなく、太陽神や大地の神のように自然に由来するものであれ、あるいは知や戦など人に由来した神であれ、司る存在自体が神の本質であろう。

 その意味では、天空や雷を司るバアル神なら、それらが失われない限り在り続けるのかもしれない。


「だが、俺達だって在る者だ! 神とは違い小さな存在だが、それでも俺達はここにいる!」


 シノブは、ありったけの声を張り上げ異神に己の思いをぶつけた。

 人間を含む生き物など、神からすれば微小な存在だろう。人間が己の住処から害虫を除くように、あるいは好ましい生き物を飼うように、神々は己の在り方のままに人を踏みにじり、あるいは微笑む。

 それは彼らが象徴するものの性質に沿った行動であり、言うなれば自然の営みそのものだ。しかし人は、そして生き物は、自然に抗い己の命を保ち未来へと繋いできた。神が在るままに振る舞うというのなら、自分達だって在るままに明日を勝ち取る。

 シノブは、思うままに人を従えようとする異神に、激しい反発を覚えたのだ。


「ここはアムテリア様が育てる地です!」


「その通りです! あなた達の場所ではありません!」


 アミィとホリィも、シノブを支援するように前に進む。

 異神達の憑依を解くことが出来るのは、ミリィが持つ治癒の杖だけだ。シノブは異神の力を弱めることは出来るが、王族達の魂を保護しつつ異神を引き離すことは無理であった。そのためミリィが力を溜めるまでは、シノブを含む三人で相手を牽制するしかない。


「私達は故地を追われたのです。もはや、地球に私達の治める場所はありません」


「地球には様々な神がいた。だが、その多くは強い存在に吸収され、あるいは悪として追われた。我らだけではないぞ。多くの神霊が己の居場所を求め彷徨(さまよ)っているのだ」


 主神であるバアルを守るためだろうか、第二王妃マーテリンと先王ロバーティン三世は前に出てきた。そして二人は、荒野を塞ぐような膨大な土砂と水を出現させる。

 まるで津波のような大質量がシノブ達に迫ってくるが、光鏡や光弾で吸収され大事(だいじ)には至らない。


「シノブ様~、エネルギー充填240%です~」


 再び七色の光輝に包まれたミリィが、シノブに呼びかけた。彼女と治癒の杖は、先刻に倍する光を放っている。


「手前の二人に頼む!」


 治癒の杖の力を遠距離に行使するのは難しいらしい。そこでシノブは近間の二人、先王と第二王妃を対象とするようミリィに伝えた。

 まずは従属神であるダゴンとアスタルトを消滅させ、それから彼らを従えるバアル神と戦う。シノブは、そう考えたのだ。

 もちろんシノブも、彼らを対象とした魔力干渉を始めていた。これなら二人同時の救出も可能だろう。


「ダゴン! アスタルト!」


 ミリィが杖を振るおうとしたとき、ジェドラーズ五世が雷鳴のような声で叫んだ。すると手前にいた二人から恐るべき気配が抜け、声を発した国王に吸い込まれた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アミィ! ホリィ!」


 バアル神はダゴンやアスタルトと力を合わせて対抗するのだろう。そう悟ったシノブだが、相手は吸収を終えている。そこで彼は、倒れ伏した先王と第二王妃の救助をアミィ達に命じ、自身は更に前へと進み出た。


 シノブ達からすれば、どういう経緯であれ王族達が救助できれば良いのだ。

 三柱が一体となったら今まで以上に強くなるかもしれないが、相手は人の身に縛られているせいか本来の力には程遠いようだ。ならば、充分勝ち目はあるだろう。そう思ったシノブは、平静な表情でジェドラーズ五世との距離を詰めていく。


「シノブ様!」


「二人を預けました!」


 アミィとホリィも、シノブと同じように考えているのだろう。二人の顔も落ち着いたままだ。

 中央にシノブ、そして右にアミィ、左にホリィ。三人は、三柱の異神を宿した国王を囲むように位置を取った。


「こうなっては仕方が無い……この男の地位を利用するのは諦めよう」


 ジェドラーズ五世は、苦々しげな表情となっていた。

 バアル神は、依り代であるジェドラーズ五世を操ることで人々の支持を得ようとしていたらしい。神にも比する魔術を駆使する国王として絶対的な存在となり、アルマン王国の民に自身を崇めさせる。それが、バアル神の目論見だったようだ。


「……何だ?」


 シノブは、ジェドラーズ五世が放つ魔力が急激に膨張するのを感じ取っていた。今までも人間とは思えないほどの力を発していた彼だが、それが更に何倍にも膨れ上がっているのだ。


「体が大きくなっていきます!」


「それに姿も変わって!」


 アミィとホリィは、後ろに退(しりぞ)きつつ驚愕の声を上げていた。彼女達が言うように、ジェドラーズ五世は人とは思えぬ姿に変じていたのだ。


「ヴォルハルトやシュタールに似ている!?」


 シノブも、アミィ達と同様に後ろに下がっていた。

 赤く光る目に足よりも長い腕。そして口には長い牙。シノブの前にいるのは、正に異形であった。

 国王が変じた異形は、ベーリンゲン帝国の大将軍ヴォルハルトや将軍シュタールが変じた姿に良く似てはいる。しかし、大きさが桁違いである。おそらくだが、身長20mくらいはありそうだ。

 大きさを別にすると、違いは羽が無く全身に剛毛が生えていることだろうか。顔と手足の先以外は、黒々とした長毛に隠されている。そのため、何となく巨大な猿人のようでもある。


「満月でもないのに変身しないでください~!」


「そんなこと言っている場合じゃないでしょ! あれを元に戻せると思う!?」


 後方でミリィとマリィが叫んでいるが、今のシノブ達に振り返る余裕など存在しない。何故(なぜ)なら、巨大な異形は岩のように大きな(こぶし)を振り下ろし、シノブ達三人を攻撃しているのだ。

 しかも異形は雷を(まと)っており、シノブ達は近づくことも難しかった。


「そうですね~。……シノブ様~、三柱の力を同時に削げますか~!?」


 ミリィは大声を張り上げシノブに問いかけた。

 治癒の杖を行使するには、異神の力を抑える必要がある。しかし、シノブは三柱の異神に対し同時に技を行使できるのか。ミリィは、それを心配したらしい。


「まずは相手の動きを封じる!」


 シノブは、ミリィに叫び返した。

 逆位相干渉を使うには、強い精神集中が必要だ。しかも三つの波動を同時に思い浮かべるのだから、敵の攻撃を避けながらでは無理がある。

 それに、20m級の巨体である。干渉する波動を照射しても、相手が飛び退()けば簡単に有効範囲から逃れるだろう。


「下がって!」


 シノブは、自身と並んで前に出ているアミィとホリィに声を掛けた。そして彼も、一緒に退(しりぞ)いていく。

 幸い、光鏡や光弾があるから、距離を取るだけなら簡単である。異形は前方を塞ぐ光の群れを嫌ったらしく稲妻での攻撃に切り替えたが、それらは全て光鏡や光弾に食い止められた。

 その間に、シノブ達三人はマリィやミリィの側へと移動する。


「暴れている相手に治癒の杖を使うのは難しいのでは?」


「そうですね、あれだけ大きく動かれたら、照射の範囲から外れてしまいそうです」


 治癒の杖の力は、何十mも先には届かない。アミィとホリィは、それを案じたようだ。


「そうだな……出来れば押さえつけた方が……」


 シノブも、二人の指摘には頷かざるを得なかった。

 光鏡や光弾で完全に囲ったとしても、異形が暴れてそれらに触れたら致命傷になりかねない。そして、ジェドラーズ五世を救い出したいシノブとしては、彼の身を損なうようなことは避けたかった。

 では光鏡を互いに結べば良いかというと、それも不安が残る。光鏡を行き来している間は、治癒の杖の有効範囲から外れてしまうからだ。


「やっぱりあれだな……()でよ、土竜(どりゅう)!」


 シノブが叫ぶと、異形の後ろの荒野が(うごめ)き始めた。岩壁の魔術を使ったときのように、一気に盛り上がった大地は、あっという間に小山ほどになる。


 背後の異変に気が付いたらしく、異形は巨体に似合わぬ速度で振り向いた。しかし、そのときには異形の倍ほどもある巨大な竜が出現している。


「あれは、岩竜の像!?」


 マリィが叫んだように、シノブが造った竜の像は岩竜に似ていた。シノブは、自身が良く知る巨大生物、岩竜を思い浮かべたのだ。

 岩竜にそっくりの外見だが、背中の羽は畳んだままである。本物の竜とは違い土や岩で造った像だから、おそらく飛翔は出来ないのだろう。とはいえ、実際の岩竜の倍近い巨体は、立っているだけでも恐ろしげだ。


「……オルムルやファーヴに似ていますね」


「そうですね。シノブ様にとって一番親しいのは、オルムル達なのでしょう」


 アミィやホリィは、巨大な竜の像を見上げながら微笑んでいた。巨大な竜の像は、成竜よりも子竜に似ていたのだ。

 シノブの造った像は、親であるガンド達ほど精悍ではなく現在のオルムルやファーヴのように僅かながら丸みを帯びている。おそらくシノブの心に最も焼きついているのは、普段側にいる子竜達なのだろう。


土竜(どりゅう)キックです~! 回転攻撃です~!」


 ミリィは、楽しげに竜の像を応援していた。巨大な竜の像は、異形を後ろ脚で蹴りつけたり体を振り回して尻尾で攻撃したりと、肉弾戦を挑んでいたのだ。

 普段は飛翔する岩竜や炎竜にも、地上で戦う術は存在する。シノブは、それらを思い浮かべ再現しているのだ。


「シノブ様、随分と軽快な動きですが……」


「光の額冠のおかげだね。それに、この空間の岩や土は本物と違うみたいだ」


 アミィの問いかけに、シノブは微笑みつつ答えた。

 この異空間にあるものは、全て光の額冠の力で創り出したものだ。そのためだろう、シノブは通常の物質の操作よりも遥かに簡単だと感じていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「上手く押さえ込みましたね!」


 アミィは興奮気味の顔でシノブを見上げている。彼女が言うように、巨大な竜の像は仰向けになった異形に()し掛かって押さえ込んでいた。

 更に周囲の地面も竜の像を助けるように形を変え、異形の手足を縛っている。そのため異形は、全く身動き出来ない状態になっていた。


「ワン、ツー、スリー、ダ~~ッ!」


「カウントを取っている場合じゃないでしょ……」


 高々と右手を突き上げているミリィに、マリィは苦笑している。

 異形は物理的な攻撃を諦めたらしい。その代わりに雷や水、土での攻撃を繰り出すが、(いず)れも竜の像には通用しない。シノブ達は光鏡や光弾で守られているから、こちらも高みの見物であった。


「まず俺が魔力干渉をする。ミリィ達は、異神の力が落ちてから接近してくれ」


 シノブは、そう言い置くと神々の御紋を(かざ)しながら前に進んでいった。

 逆位相干渉は強い精神集中を必要とするが、シノブは歩きながらくらいであれば使うことが出来た。彼は、バアル神とダゴン、そしてアスタルトの波動を思い浮かべつつ、足を運ぶ。


──若き神よ……(われ)を滅ぼすのか?──


 バアル神の思念が、シノブの脳裏に響いた。

 シノブの干渉の影響か、それとも異神達が観念したからか、異形は雷などの攻撃も()めていた。バアル神の諦念混じりの思念からすると、後者かもしれない。


「俺は神じゃない……人として足掻いているだけだ」


 シノブは、ゆっくりと歩みながら言葉を発した。

 大きな力を行使してはいるが、シノブは自身を神だと思ったことはない。アムテリアを始めとする神々に接している彼は、本当の神がどのようなものか充分承知していたからだ。

 バアル神と戦ったのは、自分達の生きる場所を守るため。シノブにとって大切な人達が、笑顔で暮らせる場所を維持したい。それだけである。

 その先には世界の維持や繁栄があるのかもしれないが、あくまで結果でありシノブの直接的な動機ではなかった。


──人に倒されたと思うのは癪なのだ。せめて神同士の争いに負けたことにしてくれ──


──ええ。私達をこの世界から排斥する者が、単なる人とは思いたくありません──


 ダゴンとアスタルトの思念にも、諦めが漂っている。

 彼らも自分達の敗北を悟ったようだ。彼らの思念には僅かな恨みが感じられるものの、大きな揺れは無かった。


「……お前達は、神に拘りすぎだ。それとも、自分という存在か?」


 シノブは、己の居場所を失った神霊達に何と答えるべきか迷った。

 何千年も前から在ったものが、今更自分のような若造の言葉を聞いても何も変わらないだろう。とはいえ、無言で葬るのもどうだろうか。そこでシノブは、思ったままに語ることにした。


「……人だって、沢山集まれば大きな力になる。それに、世界は変わっていくものだ。人間は、神々や自然を畏れているだけではない。少しずつ世界を学んで、変えていく。自分自身も変わりながら。

地球でお前達を崇めていた人だって、新たな世の中に適応しようと変わっていったんだろう。それが望んでかどうかは判らないが……」


 シノブは異神達との戦いを続けるうちに、ある結論に達していた。それは、彼らが過去の姿に拘り続けたことが、全ての始まりだということだ。

 もちろん彼らは自身を捨てた民や悪とした異教徒を恨み続けるだろうし、シノブの言葉に頷くことも無いだろう。シノブの語ったことは、第三者だから言えるものだからだ。


「お前達もその時点で変わるべきだった。不本意だろうが、お前達の民は巣立っていったんだ。ならば、お前達も新たな姿になって付いていくか、守護した者の行く末を陰で見守るしかないだろう」


 しかし、シノブは自身の言葉が間違っているとは思っていなかった。

 多くの神霊は、そうやって己を変えて生き延びたか、愛した者達を見送り表舞台から去ったのだろう。それが出来なかった異神達は、滅びの道を歩むしかなかった。永遠に変わらぬものなど、世界自体ですらありえない。シノブは、そんな思いを篭めつつ消え行く者達に語っていた。


「……ミリィ、もう良いよ」


 いつの間にか、異神達の力は極めて微かなものになっていた。そこでシノブは、ミリィを呼ぶ。

 自分が語ったことを、異神達はどう受け取ったのか。多少は響くものがあったのか。それとも所詮は理解されぬ存在と口を(つぐ)んだのか。

 そんなことをシノブが考えているうちにミリィの祝詞(のりと)は終わり、三つの神霊は宙へと浮き上がる。


 シノブも重力魔術で飛翔し、神霊を追っていく。そして彼は静かに三度剣を動かして、かつて神と呼ばれた存在を消し去った。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年5月13日17時の更新となります。


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