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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
392/745

16.34 異神、再び 前編

 アクフィルド平原の東には、十本ほどの青い柱が立ち上がっている。都市の中央に(そび)え立つ時計塔に匹敵するくらいだから、最低でも高さ30mはありそうだ。太さもかなりあるようで、遠方から見ると途轍もない巨人の腕のようである。

 そして柱の天辺からは、馬車ほどもある塊が飛んでいく。早朝の光に(きら)めく青い塊は唸りを上げて西へと飛翔し、2km近く離れた崖の上に衝突すると岩屑を撒き散らす。


「これが『覇海(はかい)の杖』の力だ! この力がある限り、我らに負けは無い!」


 東軍の総大将ジェリール・マクドロンは、朝日を反射して輝く巨大な水の柱の上に立っていた。彼がいるのは、横一線に並ぶ水柱の中央である。

 ジェリールの右手にあるのはアルマン王家の秘宝の一つ『覇海(はかい)の杖』、頭に戴くのは対となる『覇海(はかい)の宝冠』だ。双方共に青い光輝を放ち、その輝きに包まれたジェリールは、伝説の英雄のように威風堂々としている。


「おお……」


「これが王家の秘宝の……」


 地上から見上げる兵士達が、嘆声を漏らす。すると、ジェリールの輝きが僅かに強くなった。

 『覇海(はかい)の宝冠』は、慕う者の心を装着者の力へと変える。そのためジェリールを心強く感じた兵士達の想念が、更なる魔力となったのだ。

 もちろんジェリールも、それを承知で芝居めいた台詞を口にしたのだろう。


「凄いな……しかし、あの水は尽きないのか?」


「地下水らしいぜ。砂漠でもない限り大丈夫らしい」


 兵士達は、浮かれている者ばかりでもないようだ。とはいえ、彼らも程度の差はあれ感嘆の表情となっている。

 だが、それも無理はないだろう。『覇海(はかい)の杖』は、自由自在に水を操っている。単なる魔術では、こうはいかないし、そもそもこれだけの規模の魔術を使えるものなど、この国には存在しない。

 それに青い光を放つジェリールは、伝説の建国王の姿を見ているようである。この姿を見て惹かれない者など、アルマン王国に存在しないのではなかろうか。


「これなら、敵陣もあっという間に崩れるな!」


「ああ、相手の攻撃は届かないから、やりたい放題だ!」


 兵士達は、既にジェリールが秘宝を使うところを何度も見ている。だが、実際に一方的な攻撃をする(さま)は、その彼らにすら強い興奮を与えてくれるようだ。


 エウレア地方の兵器で最も遠距離を狙えるのは大型弩砲(バリスタ)だ。大型弩砲(バリスタ)の射程は通常1km程度、特別製のものでも更に100mか200mといったところだが、水塊は倍近い距離を飛ぶのだ。

 したがって、通常ならジェリールが一方的に攻め立てただろう。しかし、相手側には異神が憑依した四人の王族達がいる。そう、超常の技は東軍だけのものではなかったのだ。


「おかしいな……」


「壁……か?」


 兵士達の一部は、それまでの熱狂が失せ怪訝な表情となっていた。彼らは、西軍が何かで防御していると思ったようだ。そして、不幸にも彼らの想像は当たっていた。


 西軍が奉じているのは、国王ジェドラーズ五世だ。彼と二人の妻、そして父である先王には異神が憑依しており、ジェリール同様に人外の力を振るうことが出来る。そのため、王家の秘宝に対抗することが可能であった。

 崖の上に陣取る西軍は、先王ロバーティン三世と第二王妃のマーテリンに守られていた。海神ダゴンが宿っている先王は水の壁で、豊穣神とされるアスタルトを宿した第二王妃は、土の壁で自軍を守っている。


「な、何だ!」


「人か!?」


 そして国王ジェドラーズ五世と第一王妃メリザベスが、東軍の中央に突然出現した。どうやら二人は、転移で移動したらしい。

 王族に相応しい豪奢な衣装を(まと)った国王達は、戦場には不釣り合いであった。しかし兵士達には、二人の服装など目に入らなかったに違いない。何故(なぜ)なら彼らは、恐るべき武器で一瞬にして(たお)されたからだ。

 国王はバアル神の属性である雷の槍で、第一王妃はアナトが好む炎の槍を(たずさ)えていた。そして二人は、百戦錬磨の武人すら(かす)むような動きで周囲の者を(ほふ)っていく。


「う、うわぁ! 炎が!」


「雷!?」


 東軍の兵士達は、激しい恐慌に襲われていた。

 国王達が出現したのは、歩兵隊の真っ只中であった。兜に革鎧、そして手槍を装備したアルマン王国の歩兵は、幾らも経たぬうちに雷と炎により無残な姿へと変じていく。


 東軍は六千もの大軍であり、当然ながら単に集っているだけではない。彼らは騎兵隊や歩兵隊、それに大型弩砲(バリスタ)や弓による射撃隊と兵種毎に整然と隊列を組み、攻め込む瞬間を待ち望んでいた。

 そして歩兵達も、ジェリールが敵を崩した後に突撃すべく密集陣形で出番を待っていた。しかし固まっていたのが災いとなり、彼らは長大な槍が振るわれる度に(まと)めて(たお)されていく。


「国王と第一王妃!? あ、あんな魔術、使えたのか!?」


「そんなことを言っている場合か!」


 兵士達は、ようやく誰が攻め込んだか理解したようだ。もっとも、彼らを責めるのは酷というものだ。

 突如出現した二人が、激しい光と恐るべき熱を放つ長大な武器を振り回すのだ。おそらく初めは何が起きたかも判らなかっただろう。


「そなた達に恨みはない。だが、秘宝を盗んだジェリールに従うのであれば容赦はせぬ」


 ジェドラーズ五世とメリザベスを操るのは異神達だが、彼らは人らしく振舞うことにしているらしい。そのためだろう、国王は伝家の秘宝を奪われた者に相応しい言葉を()いた。


「民を傷つけるのは残念ですが……仕方ありませんわね」


 メリザベスも一応は合わせているらしいが、こちらは残忍な笑みが浮かんでいる。この辺りは、宿った神の違いなのだろう。アナトは極めて残虐な性質を持つ女神のようで、依り代となった王妃は度々このような血を好む言葉を口にしている。


「歩兵達、場所を空けろ!」


 ジェリールの声を聞いた兵士達が退(しりぞ)くと、巨大な水塊がジェドラーズ五世とメリザベスを襲う。しかしそれらは、二人の王族に当たることはなかった。二人は、再び転移をしたのだ。


「そのような攻撃、我らには通じぬ」


「こちらにも沢山獲物がいますわね」


 騎兵隊の中に出現した国王達は、最前と同じく実体の無い槍を振るっていた。国王は無表情なまま雷の槍を、第一王妃は嬉々として炎の槍を繰り出していく。


「うわっ!」


「槍が!」


 流石に騎士ともなると、反射的に槍や盾で防ごうとする者もいる。しかし並の武器で雷と炎に対処できるわけはない。手前にいた騎士達は為す(すべ)も無く打ち倒されていった。


「これならどうだ!」


「溶かされた!?」


 それなら投槍は、と考えたのだろう。幾人かの騎士が槍を投げたが、それらも通じはしなかった。

 国王達の振るった超自然の武器は、騎士達の投じた槍を宙に消し去った。あまりの高温(ゆえ)か、それとも異神の能力によるものか。総鉄造りの豪槍は、あっさりと消えていったのだ。


「まともに当たるな! 父上に任せるのだ!」


 ウェズリードの声が、戦場に響く。秘宝を行使する父に代わり、軍を指揮しているのは彼であった。

 転移で飛び込み離れる相手に対し、ウェズリードは有効な手を見出せないようだ。もっとも、これは彼を責めるべきではないだろう。


 秘宝を持つジェリールですら、国王達を捉えることは出来ないままだ。

 ジェリールが攻撃すると、二人は転移で新たな場所へと逃げる。それも軍人達が(ひし)めく一帯へと転移するのだから、彼らが散開するまでは手出しできない。ジェリールは、配下の慕う心を『覇海(はかい)の宝冠』により力に変えている。そのため、彼らを巻き込む攻撃は出来ないのだろう。


 一方の西軍だが、相手が隊列を崩したとはいえ反撃する余裕までは無かった。ジェリールの水塊による攻撃は数こそ減ってはいるが続いており、依然として彼らは軍を進めることは出来ないままである。

 もっとも、今のところ国王達が敵を倒してくれている。六千もの大軍だから、槍を振るうくらいでは急激には減らないが、当面はこのまま防いでいれば良いだろう。数で劣る彼らは、そう思っているのか動く様子は無い。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 磐船に乗ったシノブ達が見たのは、そのような異能の技の激突であった。

 光鏡を(くぐ)り抜けて出現した五隻の磐船は、戦場から10kmほどの空域に留まってはいるが、備え付けの双眼鏡を使えば大よそのことは(つか)める。それに肉眼でも、屹立(きつりつ)する巨大な水の柱は微かに見えた。


「これは……」


 シノブは険しい顔となっていた。戦場から伝わる魔力で異神達の動きを察知し、東軍の只中で暴れる二柱に気が付いたのだ。


「異神ですね?」


 アミィはシノブが何を感知したのか悟ったようだ。彼女も普段とは違う鋭い顔となっていた。


「既に東軍に突入している。バアル神とアナトだ」


「では、まずはそちらからですね?」


 シノブに訊ねたのは、ホリィである。今日の彼女は人族の少女に変じているから、肉声での問いかけだ。

 その脇では、マリィとミリィも答えを待つようにシノブを見上げている。二人もホリィと同じ姿だから、三つ子が並んでいるようである。


「そうだね。……先代様、行きます」


 ホリィに頷いたシノブは、先代ベルレアン伯爵アンリに出陣すると告げた。

 異神から王族達を救い出す。それは、四つの神具を得たシノブと神々の眷属であるアミィ達にしか出来ないことだ。それに、このままでは東軍の兵は無惨に倒れていくばかりである。


「うむ。留守は預かった。思う存分戦ってくるが良い」


 アンリは平静な声で応じた。数多くの戦いを(くぐ)り抜けた彼は、何度もこうやって送り出してきたのだろう。穏やかとすら言える顔からは、それらの過去が窺えるようであった。

 アンリの両脇に立つ二人、息子のベルレアン伯爵コルネーユとメリエンヌ王国の王太子テオドールは、無言のままだ。彼らは、この期に及んで余計な言葉は要らないと思ったのだろう。


「イヴァール達も準備は良いか?」


 続けてシノブは、イヴァール達に声を掛けた。

 シノブの視線の先には馬ほどに大きさを変えた岩竜ガンドと、こちらも同じくらいの大きさとなった光翔虎のバージとダージがいる。そして、ガンドにはイヴァール、バージにはカンビーニ王国の王太子シルヴェリオ、ダージにはガルゴン王国の王太子カルロスが騎乗していた。


「おお、いつでも構わん!」


「こちらも!」


「ええ!」


 イヴァール、シルヴェリオ、カルロスは、気迫に満ちた声音(こわね)でシノブに応えた。彼らは、王家の秘宝を使うジェリールを抑える役だ。

 シノブ達が異神を封じたら、秘宝を持つジェリールがいる東軍が圧倒的な優位に立つ。しかし、それはシノブ達の望むところではない。


 シノブは、秘宝を人同士の戦いで振るうべきではないと考えていた。

 これらの秘宝は、異神が操っていたベーリンゲン帝国と対抗するために授けられたものだ。正確には帝国と対抗できるように国を(まと)めるためだが、(いず)れにしても単なる人同士の戦いで用いるべきものではない。シノブは、そう感じていたのだ。


「頼んだぞ!」


 シノブは、馬車が(くぐ)り抜けられる程度の光鏡を出現させ、それに飛び込んだ。そして、アミィ達がシノブに続いていく。

 既に対となるものは、戦場の空に放っている。そのため、これを抜けたら五人は国王と第一王妃の至近に出現する。


「俺達も行くぞ!」


 更にイヴァール達も光鏡に入った。岩竜ガンドに二頭の光翔虎、そして彼らに騎乗した三人の戦士が、磐船の上から姿を消した。


「行ってしまいましたね」


 僅かな間を置いて光鏡が消え去ると、テオドールが呟きを漏らす。彼は、光鏡があった場所を見つめたままだ。


「シノブ達なら大丈夫です」


 コルネーユは、自国の王太子に微笑みかけた。

 普段と変わらぬ穏やかな表情で声も落ち着きに満ちているが、コルネーユは(こぶし)を固く握り締めていた。やはり内心では、相当シノブ達を案じているのだろう。


「そうですね……彼なら、きっと……」


 義理の叔父に頷き返したテオドールは、静かに舳先へと進んでいく。そしてコルネーユとアンリも、彼を守るように共に前に出ていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達が出現したのは、地上から10m少々の空間であった。そして彼の眼下には、雷と炎を武器とする二人の貴人の姿があった。もちろん、それは国王ジェドラーズ五世と第一王妃メリザベスだ。


「額冠よ!」


 シノブは、光の額冠の力を発動した。それは、空間を縛り転移を封じる力である。

 10mくらいの高さなど、シノブやアミィ達にとって何でもない。彼らが身体強化して跳躍すれば、それより高く舞い上がることも可能である。そのため、シノブは重力に身を任せ大地を目指す。


「……転移が?」


「これは?」


 ジェドラーズ五世とメリザベスは、光鏡に気が付いていなかったようだ。

 シノブは、飛び込む直前まで戦場に置いた光鏡を極小に縮めていた。そのため彼らは、光鏡が発する魔力を感知できなかったのだろう。


「上手くいったようですね!」


「シノブ様、私達が抑えている間に!」


 アミィとホリィは、地上に降りる間にも攻撃を加えていた。アミィは炎の細剣(レイピア)から火球を放ち、ホリィは魔風(まふう)の小剣で風を起こしと、それぞれの武器で国王達を牽制する。


「まずは二人!」


 シノブは地に降り立つと同時に、鋭い声を発した。すると、ジェドラーズ五世とメリザベスが黒い闇に包まれる。


 シノブは異神達と戦う場を用意し、そこに二人を送り込むつもりであった。

 異神達は王族に憑依しているから、ただ倒せば良いというものではない。異神の力を封じ四人の王族から引き離すには、邪魔の入らない場所が必要であった。そこでシノブは、額冠の力で作り出した異空間に彼らを飛ばすことにしたわけだ。


「アマノ空間に引きずり込め~、です~!」


 何やら不気味さが漂う声を発したのは、ミリィである。

 闇が消え去った後には、国王達の姿は無い。そのためだろう、ミリィは嬉しげな顔をしている。


「何だか、こちらが悪役みたいね」


 最後の一人、マリィは苦笑いをしている。もっとも、彼女はミリィとは違い自分の役目を果たしていた。

 マリィが持っているのは防護の術を付与された魔封(まふう)の杖だ。彼女は、杖の力で異神の攻撃からシノブ達を守っていたのだ。

 なお、ミリィが持つのは治癒の杖である。これは名前の通り回復や状態異常の解除のためのものだから、このような攻防だと出る幕は無い。


「な、何だ!?」


「国王達を消してくれたんだ、味方だろ!?」


 東軍の者達は、突然の出来事に呆然(ぼうぜん)としていた。

 天から人が降ってきたかと思うと、難敵を消し去ってくれた。したがって普通なら味方だと思うべきだろう。だが、その手段が手段である。彼らは警戒を顕わにした表情のまま、シノブ達を見つめている。


 しかし彼らとは違い、冷静だった者がいる。それは水柱の上に立つ男、ジェリールだ。


「お前がシノブか!? 私の敵を奪うな!」


 ジェリールは、特大の水塊を放ってきた。どうやら、彼は周囲の兵士達を巻き込んでもシノブ達を倒そうとしているらしい。物凄い勢いで迫ってくる水塊は、今までの何倍もの大きさだ。


──『光の使い』よ! (われ)が防ぐ!──


「シノブ、ここは俺達に任せて次に行け!」


 巨大な水の塊を吹き飛ばしたのは、岩竜ガンドのブレスであった。そして彼の上で大声を張り上げたのはイヴァールだ。彼らは、残り二人の王族の下に行くようにとシノブを促しているのだ。


「国王達は、人ならぬ存在に操られている! だから、この場から遠ざけた! 人の世は人が動かすべき、神々もそれを望んでいる!」


 周囲の兵に叫んだシノブは、新たに出現させた光鏡へと飛び込んでいく。もちろん、アミィやホリィ達も一緒である。


「さてイヴァール殿。我らは(よこしま)な手段で秘宝を汚した(やから)を成敗しますか」


「ええ。シノブ殿は、戻ってくるまで抑えてくれ、と言いました。ですが、それでは面白くない」


 光翔虎ダージとバージの背から、カルロスとシルヴェリオがイヴァールへと語りかける。

 カルロスは王家が継いできた宝剣である炎の細剣(レイピア)、シルヴェリオはそれに勝るとも劣らぬ見事な白銀の大槍を手にしている。

 実は、シルヴェリオが持つのはカンビーニ王家に伝わる秘宝、風の銀槍であった。王家の秘宝を使うジェリールに対抗すべく、カンビーニ王国の国王レオン二十一世は伝家の宝槍を息子に預けたのだ。


「もちろんだ! 行くぞ!」


 イヴァールは、巨大な漆黒の戦斧を振り上げ応じた。彼が持つ戦斧は普段のものより遥かに大きく、しかも炎の細剣(レイピア)や風の銀槍に負けない何かが感じられる。

 それもその筈、イヴァールが手にしているのは彼らの国を建てた剛腕アッシが使っていた伝説の武具、大地の戦斧であった。レオン二十一世と同様に、大族長エルッキも自国の秘宝を息子に託したわけである。


「ガンド、頼むぞ!」


 岩竜ガンドは、イヴァールに応えるように(とどろ)咆哮(ほうこう)を放った。そして彼は、バージやダージと共に王家の秘宝で作り出された水柱を封じる戦いを開始した。

 ガンドとバージ、ダージの三頭は、巨大な水塊を自身の攻撃で迎え撃つ。そのため十本近くある水柱から放たれる攻撃で、西軍に到達するものは無くなった。


「全軍、前進! このままだと巻き込まれる!」


 ウェズリードの声に、地上の軍は慌てて水柱から距離を取り出した。

 竜や光翔虎は、地上になるべく危害を加えないようにしているらしい。とはいえ、彼らが吹き飛ばした水塊は、膨大な質量である。高空から落ちる水の一部でも、人を打ち倒すには充分な威力を持っているのだ。


「隊列を整えろ! 射撃隊、大型弩砲(バリスタ)を! 騎士隊、突撃準備を急げ!」


 ウェズリードは父が操る秘宝を当てには出来ないと思ったらしい。彼は通常の戦をすべく、軍を再編するようだ。


「はっ! 残存を(まと)めろ! 五分で終わらせるんだ!」


「治癒術士は軽傷の者から優先して治せ! 今は戦える者が必要だ!」


 東軍の将や士官達は、矢継ぎ早に指示を出していく。国王達により東軍の陣立ては崩れたが、全体から言えば一部でしかない。そのためだろう、彼らの顔は(いま)だ戦意に満ちていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 戦場から離れた空に、竜の叫びが広がっていく。といっても先刻の岩竜ガンドのものとは違い、どこか穏やかにすら感じる響きである。それもその筈、これは『アマノ式伝達法』による人との語らいなのだ。


──邪神の気配が消えた。それに『光の使い』達もだ。予定通り、我らの手の届かぬ場所に移ったのだろう──


──フォージ殿からの知らせだ。西軍は一時混乱したが、立て直したそうだ──


 岩竜の長老ヴルムと炎竜の長老アジドは、アマノ号の甲板にいるアンリ達に戦場の様子を伝えた。彼らと同様に、周囲の四隻の磐船でも運搬役の竜達が乗員に語りかけている。


「双方の残存は如何(いかが)ですかな?」


──東軍の実働部隊が五千五百。西軍は殆ど元のまま、三千五百だ──


 アンリの問いに、アジドが応じた。戦場には、姿を消した光翔虎のフォージ、パーフ、シューフ、リーフがいる。そのためアマノ同盟軍は、10kmも離れているにも関わらず両軍の詳細を把握していた。


「父上?」


「うむ。前進だ。……お二方、戦場から3kmの空域まで進んで下され! 全艦、微速前進!」


 コルネーユの問いに、アンリは静かに頷いた。そして彼は、五隻の磐船を前に進めるように竜の長老達に依頼する。


 五隻の磐船は横一線に並んだまま、ゆっくりと戦場に向かっていく。

 中央のアマノ号は、二つの船を横に並べたような形状、いわゆる双胴船であった。大きさも他より一回り大きく、更に二つの船体を結ぶ間には魔法の家まで乗っている。文字通り、シノブのために造られた特別製の船だ。

 そして両脇に二隻ずつ並んでいるのは、上陸用に後部が大きく開く磐船である。後部にハッチを造ったため馬などもそのまま運び込むことが可能だが、その代わり海上に浮かべることは出来ない空輸専用の船だ。


 アマノ号は、武装も特別製であった。二つの船体には、三連装の大型弩砲(バリスタ)が六基ずつ、合わせて十二基も設置されている。これは、ドワーフ達が蒸気船に設置したものと同じ特大のものだ。

 更に舷側にも大型弩砲(バリスタ)の発射口が十数個並んでいる。この発射口の中に据えられているのは甲板のものとは違い連装ではないが、それでも並のものより遥かに大きい。


 一方、輸送艦の方は甲板に固定武装は存在せず、舷側に平均的な大きさの発射口が数個存在するだけだ。こちらは、輸送力を増すために、大型弩砲(バリスタ)は最低限に留めたらしい。

 とはいえ運んでいるのは竜である。仮に大型弩砲(バリスタ)が無くても全く問題は無いだろう。


「そろそろ出番ですかな?」


 船内から現れたのはエルフのソティオスであった。彼と後ろに続く大勢のエルフ達は、(いず)れも立派な弓を(たずさ)えている。

 アンリ達がいるのはアマノ号の右側の船体で、ソティオスが出てきたのもそちら側だ。そして逆側はというと、こちらも同じくらい大勢のエルフが姿を現している。おそらく、双方を足すと二百名は超えるだろう。

 ただし、その中に一人だけ人族の男がいた。しかも彼は、メリエンヌ王国の貴族である。


「ソティオス殿との弓比べ、楽しみですよ」


 たった一人混じっていた人族の男は、エリュアール伯爵デュスタールであった。自身と弓を競ったソティオスが出陣すると聞いた彼は、弓兵に加えるようアンリに嘆願したのだ。


「状況次第だが……」


「予定通り、まずはヴルム殿達の咆哮(ほうこう)で注意を惹きます。両軍がそれでも戦いを続けるなら、ですね」


 言葉と裏腹に、アンリは賛同したげな様子であった。しかしコルネーユが、父の発言を(さえぎ)るように口を挟む。

 旧帝国領の建て直しで忙しいコルネーユが参戦したのは、アンリのお目付け役という意味もあるようだ。


「両軍には賢明な選択をしてほしいですが……しかし、どうでしょうか?」


「私も期待はしていますが……ですが、難しいかもしれません。軍務卿とその息子にとって、今さら退()くことは出来ない戦いでしょう。西側は判りませんが……」


 王太子テオドールの問いに、コルネーユは言い(づら)そうな顔で答えた。

 シノブ達アマノ同盟は、軍務卿ジェリール・マクドロンと息子のウェズリードを簒奪者として非難している。しかし対するマクドロン親子には、シノブ達に降るつもりはないだろう。

 もはや、ジェリール達は西の国王軍を打ち破るしかない。アルマン王国を統べ、他国の介入は侵略であるとして撥ね付ける。これだけが、彼らの生き延びる道だと思われる。


 一方の国王軍だが、これは異神達の支配から脱すれば戦いを()める可能性は高い。元々国王達は戦を望んでいなかったからだ。

 それに国王達が姿を消した今、東軍の半数程度しかいない彼らが、二つの軍を相手に攻めて出るとも思えない。地形も守るに堅い場所であり、当面は防戦しつつ様子見となるのではないか。


「ウェズリードという男が賢いと良いのだがな……儂としては、少しくらい愚かでも構わんが」


 アンリは、一応は総大将らしいことを言いつつも戦を期待しているらしい。そんな彼の様子に、一同は苦笑を隠さなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「先代様。4kmを切りました」


 アンリ達に歩み寄ってきたのは、ベルレアン伯爵領軍の参謀長ランベール・デロールであった。アンリとコルネーユは自身の側近を多数連れてきており、彼もその一人である。


「まだ、どちらも気が付いていないようですな」


「正面の敵で手一杯なのでしょう。もっとも空から敵が来るなど、ついこの前までなら考えもしないことですが」


 こちらも参謀格の二人、メリエンヌ王国の王領軍から加わったエルディナン・ド・フォルジェとイデール・カルドランだ。前者はマティアスの父でアンリの昔からの友人、後者は先年末の戦でベランジェを補佐した参謀の一人である。


「それでは、ヴルム殿達にお願いするか」


 アンリは、頭上の巨竜達を見上げた。コルネーユが口にした通り、まずは竜が注意を惹く。それで両軍が止まれば良し、止まらねば更なる手を打つだけである。


──操られた者と魅入られた者に率いられる……真実を知らぬまま戦うとは痛ましいことだ──


──少しでも多くが我らの声で留まる……それを望むしかあるまい──


 竜の長老達ヴルムとアジドの思念は悲しげであったが、それを感じ取れる者は磐船の上にはいない。彼らは咆哮(ほうこう)で表すこともなかったから、尚更だ。

 しかし次の瞬間、アンリ達は竜達の気持ちを知ることになる。


「これは……」


「何かを嘆いているようですね……」


 コルネーユとテオドールは、顔を見合わせていた。

 竜の長老達と彼らに唱和した四頭の竜の天地に響く叫びは、一種独特なものであった。低く高く長々と続く竜の合唱は、彼らの存在を充分に誇示している。しかし竜を良く知る人々は、それが歓喜でも憤怒でもないことを理解したようだ。

 コルネーユ達だけではなく、ソティオスやエリュアール伯爵、それに磐船に乗る者達は、(いず)れも表情を改めていた。


「邪神に(だま)されている西軍に、秘宝を汚す者が率いた東軍だ。こんなものは、神々の意思に(かな)う戦いではない。そういうことだ」


 アンリの低い声は、良く響いたらしい。コルネーユを含む周囲の者達は、全て彼に顔を向けている。


「だからこそ、儂らがここにいるのだろう! この戦いを正すためにな!」


「そうですね。流石は父上、長く戦いに生きただけのことはありますね」


 破顔したアンリに、コルネーユが冗談めいた口調で応じた。すると、アンリは一瞬だけ顔を(しか)めたものの、すぐに機嫌良さそうに笑い始めた。どうやら、二人は戦に相応しからぬ雰囲気を変えようとしているらしい。


 彼らのやり取りが耳に入ったのだろう、竜達の叫びも力強いものへと変わっていく。今度は、共に戦場へと向かう仲間を鼓舞するような勇壮な響きだ。

 そのためだろう、五隻の磐船に乗った者達は(いず)れも戦場を揺らぐことなく見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年5月11日17時の更新となります。


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