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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
389/745

16.31 王都の中の論争

「いよいよですね!」


「ええ、これでアデレシアさんもお兄様達と再会できますわね!」


 朗らかな顔のミュリエルに相槌(あいづち)を打ったのは、同じくらい顔を輝かせたセレスティーヌである。

 二人が話題にしているのは、アルマン王国の王太子夫妻や投獄された貴族達の救助だ。本日シノブやアミィは()の国の王都アルマックに赴き、アルバーノなどと共に救出作戦を決行するのだ。

 相手の本拠地に乗り込んで救い出すのだから、普通なら相応の困難があるだろう。しかし神域でシノブの特訓を見た二人は、絶対に成功すると確信しているようだ。


「ああ、必ず救い出すよ」


 シノブも二人に自信ありげな表情で頷いてみせた。幸い、状況はシノブ達の予想した通りに動いている。そのためシノブも落ち着いた朝を迎えていた。


 神域で一泊したシノブ達は、早朝のシェロノワに帰還した。そして驚嘆に満ちた場所から日常に戻った彼らは、それぞれの日課をこなしていった。

 シノブとシャルロット、そしてアミィは早朝訓練に。ミュリエルとセレスティーヌは、アルメルから朝食前の学習を。オルムル達は今日も一日狩りをして過ごすべく北の高地へ。神域で英気を養ったシノブ達は、いつも通りの朝に常よりも溌剌(はつらつ)と向かったのだ。

 今、シノブ達は朝食の場へと集まっている。そして、この少し早めの朝食を終えればシノブとアミィはアルマン王国へと移動するのだ。


「王都も手薄ですし、今が狙い目ですね」


 シャルロットも、普段と変わらぬ落ち着き振りだ。

 アルマン王国は、国を東西に割った戦いへと突き進んでいる。東からは自身を総統と呼ぶジェリール・マクドロンと彼の息子ウェズリードが率いる軍。西からは国王を含む四人の王族を旗頭に据えた軍。双方共に決戦の場へと進軍しており、王都に残る軍人は少ない。


「反逆軍も今はオールズリッジだからね。それに国王軍も今朝予定通りに出発したらしい。だから、どちらも王都に介入することは出来ないよ」


 シノブは、東西の軍の現状に触れた。

 シノブ達は便宜上、東を反逆軍、西を国王軍と呼んでいた。東のジェリール達は、王を裏切ったのだから反逆軍で良いだろう。残る一方は国王ジェドラーズ五世がいるのだから、それを呼び名とした。

 四人の王族を操るのは異神達だが、流石に異神軍や邪神軍などと呼ぶのも躊躇(ためら)われる。そこで、妥当なところに収まったわけだ。


「王都の兵も、かなり出陣しました。それに国王達の転移には制限があるようです。ですから、王都までは手出しできないでしょう」


 アミィも、戦いに行くとは思えない快活な笑顔である。

 王都の現状は、潜入中のミリィやアルバーノ達からだ。ジェリールは各都市の守護隊を民間から募った義勇兵で補い、本職の軍人を可能な限り動員したらしい。


 そして国王軍はホリィ、反逆軍はマリィが様子を教えてくれる。彼女達は両軍の位置のみならず、多くの有益な情報を(つか)んでいた。

 特に、国王達の転移に関して概要が判明したのは大きい。彼らの転移は最大でも80km程度、しかも遠方に転移すると一日は使用できなくなるという。

 これらは国王自身が義兄で補佐役のジールトン伯爵に語ったものだ。戦での活用を考えたのだろう、伯爵は将官達に自身が聞いたことを伝えたのだが、それがホリィの耳にも入ったのだ。


「王太子夫妻の受け入れはお任せください」


 アルメルは、家令のジェルヴェなどと共に救出後の諸々について手配をしている。

 アルマン王国の王太子ロドリアムと妻のポーレンスは隷属の魔道具で縛られている。そのため、解放後は暫く休養する必要があるだろう。

 既にフライユ伯爵の館に彼らを滞在させる場を用意し、そこに妹の王女アデレシアや彼女の配下も控えている。後は、無事に助け出すだけであった。


「お願いします。……さて、行ってくるよ」


 アルメルに応えたシノブは、席から立ち上がった。彼だけではなく、他の者も同様である。

 王太子達を救出すれば、枷は無くなる。そうなれば、両軍の戦いに乗じてアルマン王国に居座る異神達を倒し、ジェリール達を制するのみだ。

 それらを思い浮かべたシノブだが、顔には気負いも無く自然なままだ。そのため、彼に続いて広間から歩み出る一同も、普段と変わらぬ笑顔を浮かべていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 その日、王都アルマックの民は、突如上空から現れた巨大な船に驚愕した。岩竜ガンドの運ぶ磐船が、王都の真上に現れたのだ。

 王都は大型弩砲(バリスタ)投石機(カタパルト)で守られている。しかし、それらは外からの敵に抗するために城壁に据えたもので、殆どは都市内に向けることは出来ない。しかも上空から垂直に降下してくる相手など想定してはいなかった。


「うわ! 凄い咆哮(ほうこう)だな!」


「街を襲うのかしら!?」


 周囲の注意を惹くためだろうか、ガンドは幾度も()える。その雷鳴にも勝る恐ろしげな(とどろ)きに、街中の者が通りに出る。

 時刻は朝の九時を回っており、食事時からは随分と経つ。そのためだろう、すぐに通りは人で満たされた。彼らは、突然現れた灰色の魁偉な竜を(おび)えの混じった顔で見上げている。


 一方のガンドは、動揺する人間達には構わずアルマックの中央にある広場を目指す。

 空を見上げる兵達は弓を取り出すが、全長20mもの巨竜と倍する大きさの巨艦には通じないと思ったのだろう。彼らは結局矢を射ることはなく、広場を取り囲むのみであった。


「大陸の兵が出てくるのか?」


「ブロアート島の公爵達かもしれんぞ……」


 兵士達は、地に迫る磐船を見て言葉を交わすばかりである。それに彼らの上官らしき者達や、遠巻きに見つめる街の人々も動かない。


 ざわめく人々を他所に、ガンドは悠然とした(てい)で磐船を広場に降ろした。そして彼は一際大きく()えると、自身は磐船から少し上に舞い上がって静止する。

 竜や光翔虎は、飛翔に重力制御を用いる。そのためガンドは翼を動かさずに、宙の一点に留まっている。


「アルマン王国の戦士と街の者達よ! お主達は(だま)されているのだ!」


 巨竜が見守る甲板の上、舷側から顔を出したのは、イヴァールであった。彼は、鱗状鎧(スケイルアーマー)に角付き兜、そして戦斧と戦棍(メイス)を背負った完全武装である。


「な、何を……」


 広場どころか街までも響く大音声(だいおんじょう)に、兵士達は動揺を示す。しかし彼らは、イヴァールの左右並ぶ大勢のドワーフを恐れたのか、そのまま押し黙る。

 舷側に並んだ者達の多くは、イヴァールと同じドワーフの戦士達だ。磐船は鉄で覆われているし、戦士もイヴァール以外は大きな丸盾を手にしている。これでは、矢など通らないだろう。


 ドワーフ達の中には、武器を持たない男達も混じっていた。彼らは戦士同様の立派な体格だが、身に着けているのは革の服だけだ。しかも若者から老人まで、年齢は様々である。


「我らの同胞、職人として招かれた者達は、お主達の信奉するマクドロン親子に(だま)された! この男達を覚えている者はいないか!? ブラヴァ族の名工、イルモとラウリだ!」


 イヴァールは、隣に立つ中年と老年のドワーフを指し示した。イヴァールとは違い革服のみの彼らは、ブラヴァ族の武器職人イルモと父のラウリである。

 アルマン王国に囚われていた二人だが、隷属の魔道具による衰弱からは完全に脱したらしい。どちらの顔にも生気が溢れ、立ち姿からもドワーフらしい力強さが感じられる。


「儂と父は、禁忌の術で縛られ王宮に連れて行かれた! 儂らは……いや、この国に渡った全てのドワーフは、お主達が軍務卿と呼ぶ男により『隷属の首輪』を()められ、奴の言うままに武器を作らされた!」


 イルモはイヴァールに匹敵する大声で語っていく。

 彼とラウリは、ここから至近の『金剛宮』に参内した。したがって王宮に出入りできる上級の軍人には彼らの姿を目にし、声を聞いた者もいる。そのためだろう、兵の後方にいる士官達の一部が何事か(ささや)きつつ顔を見合わせている。


「お主達に恨みは無い……だが、真実を知ってほしいのだ!」


 その様子に手応えありと思ったのだろう、イルモは更に詳しく語り始めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 岩竜ガンドの咆哮(ほうこう)は、隣接する『金剛宮』にも当然届いている。そのため宮殿内は慌てふためく人々で溢れているのだが、僅かな例外も存在する。

 それは、透明化の魔道具で姿を消したアルバーノとミリィの二人であった。姿を消しているからだろう、アルバーノは元の猫の獣人のままだが、ミリィは人族の少女に変じている。


「どうやら始まったみたいですね」


 アルバーノは、隣を歩むミリィに小声で語りかけた。

 ここは政務の場である大宮殿から王族が住まう小宮殿に渡る回廊だ。そして、この回廊にも幾度となく侍女や衛兵が現れ、大宮殿や小宮殿に駆けていく。

 しかしアルバーノ達の姿は、同じ魔道具を着けている二人だけにしか見えない。そのためアルバーノ達は、右往左往する彼らを避けつつ歩んでいる。


「シノブ様から連絡がありました~。イヴァールさんやガンドさんは予定通りです~」


 ミリィは、アルバーノを見上げつつ笑いかける。

 彼女が触れたように、シノブはガンドやイヴァールと共に磐船にいた。もっとも現在はイルモ達ドワーフが軍務卿達の罪を暴き立てている。そのためシノブは彼らの後ろに下がり、連絡役に徹しているだけだ。


「また来ましたね~。廊下を走っちゃいけません、って習わなかったのでしょうか~」


 前方から突進してくる騎士を躱しながら、ミリィは(あき)れたような顔をした。

 ホリィかマリィでもいれば、そんな場合ではないだろう、と言うかもしれない。しかし、アルバーノは苦笑するのみである。


 アルバーノは、ミリィ達が遥か昔の聖人に並ぶ存在だと気付いているのだろう。アミィを含めた四人は、魔力にしろ知識にしろ別格な存在だ。そして彼女達と行動することの多いアルバーノが、聖人を連想しても不思議ではない。

 そうなると彼女達以上の力を持つ人物、つまりシノブは何者なのだろう、という疑問が生じる。しかしアルバーノを含めシノブの重臣達は、敢えてシノブの素性に触れないようだ。

 どうやら彼らは、主がどのような存在か察しつつも口を(つぐ)んでいるらしい。シノブ達が語らないなら、そのままにしておこう、ということか。


「アミィ殿も?」


 アルバーノは、代わりにアミィの名を挙げた。彼女は、別の一隊と共に動いているのだ。


「アミィとソニアさんも順調ですよ~。貴族の皆さんも、無事に救出できますよ~」


 ソニアとアミィは、マクドロン親子が投獄した貴族達を救出する役だ。こちらは人数が多いから、アミィの幻影魔術で姿を消したアルバーノの配下が多数従っている。


「そうですか……さて、王太子夫妻の居室に入りますか」


「囚われの王子様とお姫様の救出です~」


 幾多の潜入を経験したアルバーノとミリィは、王宮だからといって緊張などしないらしい。周囲に人がいないことを確かめた二人は、音も立てずに一際豪華な扉を開き中へと入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アミィとソニア、そしてアルバーノの部下達は、軍本部の地下へと忍び込んでいた。マクドロン親子に逆らった貴族達は、軍本部の地下牢に押し込められているからだ。


「イヴァールさん達の陽動で、随分と人が減ったようですね」


「はい。磐船の騒動と出陣が重なったからでしょう、普段の一割もいません」


 ソニアは、安堵の笑みを浮かべつつアミィに応じた。

 本来なら、大勢を連れての軍本部への潜入は非常な困難を伴う筈であった。アミィは魔法の杖で魔力を増強し、自分を含む一行の姿を消している。とはいえ人がいないのに扉が開いたり、ぶつかったりすれば当然気づかれる。

 だが、ソニアが言うように今の軍本部は閑散としていた。多くの兵がマクドロン親子と共に出陣した上に、外の騒動だ。おそらく残っているのは、重要区画を守る衛兵のみだろう。


「今度も眠りの霧を使います。相手が倒れたらお願いします」


「はっ!」


 前方に四人の衛兵を発見したアミィは、アルバーノの部下に指示を出した。そして彼女は、漆黒の雲のようなものを発生させる。

 彼らは、出くわした衛兵を魔術で眠らせ進んでいたのだ。既に、部下達は幾人ものアルマン王国軍人を担いでいる。


「これが最後ですか……」


「はい、ここの扉の先が牢です」


 今回も、アミィの魔術は問題なく相手を眠らせた。そのためアルバーノの部下達が衛兵を拘束する間、アミィとソニアは密やかな(ささや)きを交わしていた。


「では、扉の先に眠りの霧を送りましょう」


 拘束が終わったのを確認したアミィは、扉の先に黒い霧を進ませる。これは、救出対象の貴族達を眠らせるためだ。


「これは……」


 アルバーノの部下が扉を開けると、アミィは顔を(しか)めた。彼女だけではなく、ソニアや扉を開けた当人も同様だ。扉の向こうから、物凄い臭気が漂ってきたのだ。

 ここにいるのは、マクドロン親子に逆らった高官達と、その家族だ。十ほどの牢に分けられた男女は、四十名はいると思われる。しかし王太子夫妻とは違い、彼らが牢の外に出ることは無いから汚れ放題だ。


「長い間、囚われたままですからね……香水を付けますか?」


「いえ、抽出の魔術を使います」


 ソニアは小瓶を取り出したが、アミィは首を振った。そして小柄な狐の獣人の少女は、魔法の杖を掲げて目を(つぶ)る。

 すると微かな風が、牢や通路を循環するように巡り始める。しかも風が巡るにつれ、不快な臭いが薄れていくようだ。


「おお……」


「臭いが……」


 アルバーノの部下達が、そこここで嘆声を上げている。彼らは牢屋に入り囚われた者達から『隷属の首輪』を外していたが、そこにもアミィの魔術の効果が及んでいるようだ。


「悪臭は抽出の魔術で除去できるのですか?」


「アンモニアや脂肪酸などというものがあってですね……それらが体臭の元なのです。だから、取り除くか分解すれば良いのですが……」


 驚嘆するソニアに、アミィは苦笑しつつ理屈を語る。

 抽出の魔術は、術者が知る物質を取り出すことが可能だ。例えば、海水から塩を取り除くなどである。だが、悪臭の原因物質を知り、それらを的確に抽出できるものなど、アミィくらいだろう。

 彼女の場合、シノブのスマホから得た知識があり分子や物質の性質も把握している。しかし、それらは(いま)だエウレア地方の人々が知るところではない。


「抽出した悪臭は、どこに行くのでしょう?」


 ソニアは、詳細を知ることは諦めたようだ。彼女は別のことを訊ねる。


「実は、あの牢に風の魔術で空気を運び、そこで悪臭の元を抽出しているのです。あの中は凄い臭いだと思いますよ?」


 アミィは、誰も入っていない牢に顔を向けた。ソニアもそちらに顔を向けるが、中に入ったときを想像したのか彼女は眉を(ひそ)めていた。


「体に付いた臭いの元は消していないので、一時しのぎですが……」


 アミィは、牢の中にいる者達へと視線を向けた。体の表面までは抽出の対象としていないから、悪臭の元は残っているのだ。

 ちなみに浄化の魔道具は存在するが、それらは汚水を光属性の術で清め、更に水だけを抽出するものだ。したがって、この場合には使えない。


「いえ、大変助かります」


「全員の隷属を解除しました。撤収しましょう」


 アミィとソニアが話している間に、『隷属の首輪』の解除は終わっていた。アルバーノの部下達は、薄汚れた男女を担いで戻ってくる。


「手前の地下倉庫なら、魔法の家を展開できます。そこまでの辛抱です」


 ソニアが言うように、帰還は魔法の家での脱出であった。

 軍本部の地下には、大きな武器庫がある。もちろん内部は各種装備で一杯だが、それらを魔法のカバンに収納すれば充分な場所が取れるのだ。


「そうですね……ともかく、シェロノワに送りましょう。この人達には休息が必要です」


「それに、入浴も。これでは治療しても、すぐに体調を崩しそうです」


 ソニアは、冗談めいた口調でアミィに続いた。その言葉に、アミィだけではなくアルバーノの部下達も笑いを(こぼ)していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ドワーフの武器職人イルモが語るにつれ、アルマックの兵士や民に激しい動揺が広がっていった。イルモの詳細かつ真に迫った話を聞いた彼らは、真実だと認め始めたようだ。

 最初は武器に手を掛けていた兵士達も、今では殆どが戦意を失っている。


「お、お前達の言うことが本当とは限らない! 証拠はあるのか!?」


「そ、そうだ! 隷属していたという証拠を示せ!」


 だが、一部の者は(いま)だ納得していなかった。

 彼らもイルモの言葉に真実があると感じてはいるようだ。とはいえ、それは自分達が禁忌に手を出した者を支持していたと認めるに等しい。それ(ゆえ)彼らは、強く反発するのだろう。


 アルマックなどアルマン島の東海岸の都市に住む者達は、軍務卿ジェリール・マクドロンと彼の息子ウェズリードを支持している。そしてシノブ達が真実を記した杭を各所に打ち込もうが、アルマン王国の海軍が劣勢になろうが、彼らは変わらなかった。


 彼らの(かたく)なな態度は、過ちに関与したことを認めたくないからであろうか。そうであれば、王太子達を連れ帰り戦が終わった後に新国家を作ったとしても、彼らが受け入れない可能性は高い。ならば、この場を逃してはならない。

 そもそも、ここは彼らの国だ。彼らには、この国で起こったことを知る権利があり、自分達で動かす義務がある。そう考えたシノブは、当初の予定を変更し更なる一押しをしようと決意した。

 そこでシノブは、アミィとミリィ、そしてガンドに思念を送る。


「りゅ、竜が!?」


「王宮へと向かっていくぞ!」


 磐船を囲む者達から、ざわめきが起きる。

 シノブの思念を受けた岩竜ガンドは、『金剛宮』へと飛翔していった。そしてガンドは、王宮の敷地に降りるのではと思うくらい地上に迫ったが、再び上昇して磐船の上に舞い戻る。


「な、何をしたんだ?」


「誰か乗っているぞ! 飛び降りた!?」


 驚くアルマックの民を他所に磐船の甲板に降り立ったのは、アルバーノとミリィである。しかも二人は、それぞれ人を抱えている。それは、王太子ロドリアムと妻のポーレンスであった。

 しかし一瞬のことだから、二人が抱えているのが誰かなど、地上にいる者達には判らなかったようだ。彼らの中に王太子夫妻の名を挙げた者はいなかった。


「アルバーノ、ミリィ、ご苦労様。彼らは大丈夫?」


 シノブは、目の前に降りた二人に(ねぎら)いの言葉を掛けた。そして彼は、王太子夫妻へと視線を向けた。

 アルバーノがロドリアム、そしてミリィがポーレンスを抱いているのだが、どちらも意識はありシノブへと顔を向けていた。


(かろ)うじて話すことは出来そうです」


「この『隷属の首飾り』は結構強力だったのですが~。二人とも魔力が多いからでしょうね~」


 アルバーノは険しい表情で頷き、ミリィが手に持った二つの『隷属の首飾り』を掲げつつ答える。


「これか……確かに強力そうだな」


「シノブ様、私が拡声の魔術を使います。ですから、お二人に語っていただいては?」


 シノブがミリィから『隷属の首飾り』を受け取った直後、アミィが姿を現した。アミィは救い出した者達をソニア達に任せてシェロノワの治療院に送り、自身は姿を消して磐船に戻ったのだ。


「シノブ殿……私から……説明しよう」


「これは……私達の……すべきこと」


 ロドリアムとポーレンスは、途切れ途切れに言葉を発しシノブへと訴えかけた。

 現在、王都アルマックにいる王族は彼ら二人だけだ。国を率いる一族として、自分達には真実を伝える義務がある。二人は、そのように考えたのだろう。


「……わかりました。ですが、無理はしないでください」


 二人の望む通りにすべきだろう。シノブは静かに頷いてみせた。そして彼は、二人に魔力をゆっくりと補充していく。

 とはいえ、急激な魔力補充は危険である。元から魔力吸収に長けた竜や光翔虎ならともかく、常人に補充する場合は体調や精神状態を考慮しなくてはならない。特に、魔力を殆ど失った者や隷属の魔道具で変調を(きた)した者の場合、一度に回復させることは逆に危険でさえある。

 そのためシノブは、彼らが本来持つ魔力に比べれば僅かな量を注いだだけで、魔力の譲渡を終える。しかし、それでも二人の顔色は随分と良くなっていた。


「ありがとうございます……これなら大丈夫です」


 ロドリアムはシノブに微笑みを向け謝意を伝えた。そしてロドリアムはシノブとアルバーノに、ポーレンスはアミィとミリィに支えられながら、舷側へと寄っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……これが真実だ。私を含む王族は、この『隷属の首飾り』をジェリールに着けられ操られた。……もちろん、こうなった背景には私達の不明もある。しかし……ジェリールが禁忌に手を染めたのは事実なのだ」


「皆さんがジェリールを頼りにしているのは判ります。強力な力で国を守り導く……指導者として、正しい姿だと思います。ですが……人には侵してはならないことがあります」


 ロドリアムとポーレンスは、ジェリール達の陰謀を王都の兵士や民に訴えた。

 隷属の魔道具を装着している間の記憶は、解除された後も残る。そのため二人は、職人として招いた筈のドワーフや閣僚が隷属の魔道具で支配されたことも含め、筋道立てて説明していた。


 そして彼らは、自分達を含む王族の非も認め、それらについても率直に語っていた。

 ジェリールやウェズリードに軍務や海上交易の保護を任せ、放置していたこと。国王であるジェドラーズ五世がジェリールの妻ナディリアに命を救われたのを恩に着るあまり、彼に遠慮していたこと。ドワーフ達が不当な扱いをされているかもしれないと感じたときも、ジェリール達に強く出なかったことなどだ。


「やはり、そうだったのか……」


「信じたくは無かったが……」


 流石に、王太子夫妻の言葉は無視できなかったようだ。兵士や民の多くは二人の言葉を信じたようで、蒼白な顔となっている。

 肩を落とす兵士達、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす街の者達。自国に後ろめたいことがあると、彼らも薄々感じていたのだろう。しかしシノブが想像したように、それらを受け入れるのは自分達が悪事の片棒を担いだと認めることに繋がる。

 自国への愛情、近しい者への信頼、そして神が禁忌と定めたという重大性。諸々が重なり合った結果、人々は真実から目を()らしたのではないだろうか。


「お、王太子はジェリール様を追い落とそうとしているだけだ! それが隷属の魔道具だなんて、本当かどうか判ったものじゃない!」


 静まり返った広場に、一人の軍人の声が響いた。動揺を滲ませつつも声を上げたのは、兵士達を指揮する士官の一人だ。

 周囲の反応は、反感を顕わにした者が九割、同意をしつつも態度には出せないといった者が一割といったところだ。後者は、やはり高級軍人が多い。おそらくジェリールと近しい者達なのだろう。


「そこまで言うのなら、ここに来い! この『隷属の首飾り』を着けてみろ! 心配しなくとも用が済んだら外してやる!」


 荒々しい声を上げたのは、アルバーノだった。

 戦闘奴隷として二十年もの歳月を過ごした彼は、隷属の魔道具を使う者や作った者に、強い怒りを(いだ)いている。普段は飄々(ひょうひょう)とした振る舞いで隠してはいるが、彼の胸の内には戦闘奴隷として散っていった戦友への思いが今でも息づいているのだ。


「そうだ! 己自身で確かめろ! 人に縛られる絶望と恐怖をな!」


「儂らの苦しみ、味わってみるか!? さあ、どうする!?」


 ブラヴァ族の武器職人イルモとラウリも、アルバーノに続いた。彼らの心からの叫びに押されたのだろう、疑いの言葉を()いた士官は一歩二歩と後退(あとじさ)った。

 士官を囲む者達も、今や殆ど全てが憤激(ふんげき)を顕わにしている。もちろん、その視線が向かう先は王太子を(なじ)った士官である。


「己の意思で動けない悲しみ、人が人として生きられない嘆き……彼らの言葉を聞いても、まだ理解できないか? ならば、本当にその身で経験してみるか……」


 ロドリアムを支えながら、シノブも士官に語りかける。

 アルバーノ達の血を吐くような叫びでも、まだ通じないのか。その思いがシノブに強い(いきどお)りを(いだ)かせ、普段とは違う険しい表情へと(いざな)っていた。

 彼の悲しみは、(まと)う空気すら変えたようだ。磐船を囲む者達のざわめきは収まり、辺りには寒気すら覚える静けさが満ちる。


「うう……うわぁ~!」


 周囲の視線に耐えかねたのか、シノブの視線に恐怖を感じたのか。士官は唐突に絶叫すると、その場に崩れ落ちた。


「これからどうすれば良いんだ……神々は許してくださるのだろうか」


「神々か……本当に俺達を見てくれているのか?」


 兵士や民は、頭を抱えて縮こまる士官から目を離し、再び磐船へと向き直っていた。しかし、彼らの表情は(いず)れも暗い。それどころか、強い衝撃(ゆえ)だろう神への不信を口にする者までいる。


「神々に頼ってばかりでは駄目だ! それに、一部の者だけに任せるのも!」


 シノブは、思わず眼下の者達を叱咤していた。

 この世界には神は間違いなく存在する。そのためだろう、殆どの者は神を強く信仰しているが一方で依存も激しいようだ。

 神々の示したことなら間違いない。神の教えだから。シノブも、そのような言葉を何度も耳にした。しかし、それで良いのだろうか。神に(すが)り、神から加護を与えられた王や指導者に盲目的に従う。それでは、いつまで経っても、前に進むことは出来ない。シノブは、そう感じていたのだ。


「……あの人は?」


「この方は、メリエンヌ王国のシノブ・ド・アマノ殿だ」


「私達やアデレシアを、そしてドワーフの皆さんを救って下さったのは、この方です」


 民の言葉が耳に入ったのだろう、ロドリアムとポーレンスが、シノブの名を口にする。どうやら、彼らはアルバーノやミリィから多少のことを聞いていたらしい。


「神々はいらっしゃる……だが、神は(みずか)らを助くる者を助く……諦めという(くびき)を選び自身で歩まぬ者など、誰も助けはしない!」


 シノブは、他者の言うままに生きるのも、一種の隷属だと感じていた。

 信じて共に歩むのではなく、自身の考えを持たずに言われるままに動く。それは、人らしい生き方と呼べるだろうか。魔道具に縛られてはいないし、自身から身を委ねてはいるが、それはある種の隷属ではないか。


「自分の力で生きろ、か……」


「……そうだよな、ここは俺達の国なんだ」


 シノブの心の内は、アルマックの者達に伝わったようだ。彼らは、夢から覚めたような顔でシノブを見上げている。

 彼らが真の自立に至るには長い時間が掛かるだろう。だが、これが契機になってくれれば。シノブは淡い期待を(いだ)きながら、彼らに深く頷いてみせた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年5月5日17時の更新となります。


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