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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
388/745

16.30 ゴッド・リゾート 後編

 果てしない荒野が広がり七色に輝く空に覆われた不可思議な空間で、シノブは四柱の男神(おがみ)と戦っている。異神との再戦に備え、シノブは神々の試練を受けているのだ。


 ここはアムテリアが創った異空間だ。激戦を繰り広げるシノブ達と、それを見守る僅かな者だけが存在する仮初(かりそ)めの場である。

 戦いに見入る者達は、荒野の片隅に置かれた魔法の家にいる。アミィ、シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌ、アルメルの五人の女性に加え、最高神アムテリアと彼女の二人の娘デューネとアルフールが、結界に守られた家の中から外の激闘を注視している。

 だが、今のシノブには魔法の家を気にする余裕など存在しない。何故(なぜ)なら、彼は新たな神具に意識を向けていたからだ。


「出来た!」


 光の額冠が清らかな光を発すると微かな揺らぎが広がり、辺りの空気が先ほどまでと異なるものになった。シノブが額冠を使い、空間を縛る力を発現させたのだ。


「空間固定ですね。これなら異神も転移できないでしょう。しかも……」


 満足そうに呟いたのは、シノブと同様に宙に浮かんだ闇の神ニュテスだ。彼は、金色(こんじき)の光に包まれたシノブを眺めながら嬉しげに微笑んでいる。


「ええ。私達の力も減じています。異神が使った技と同じですね?」


 こちらは知恵の神サジェールだ。転移が出来なくなったためだろう、彼はニュテスの側に飛翔で移動していく。


「はい。彼らが使った結界を再現してみました」


 シノブは光の額冠を得た際に、祖霊となったアルフォンス一世から使用方法を教わった。

 メリエンヌ王国の第二代国王アルフォンス一世は、母である聖人ミステル・ラマールから四つの神具を授かった。そのとき彼は、母から神具の使い方を詳細に伝えられたのだ。

 生憎アルフォンス一世自身は、神具の力を全て使いこなすことは出来なかった。彼は極めて大きな加護を授かった建国王を父とし神々の眷属である聖人を母としていたが、神に並ぶほどの力は持っていなかった。

 しかし、シノブはアルフォンス一世よりも桁違いに大きな加護を持っているらしい。そのためシノブは、アルフォンス一世が成し得なかった技を実現できたわけだ。


「これなら奴らの結界も中和できるな」


「兄者の言う通りだな。あれが無ければ戦いも楽になるだろう」


 戦の神ポヴォールと、大地の神テッラも宙に上がってきた。二柱の神は、ニュテスやサジェールとは違い、小さな雲のようなものに乗っている。


「そのようなことをしなくとも飛べるでしょうに……」


「戦いとは地を踏みしめて行うものです!」


 苦笑するニュテスに、ポヴォールが反論した。中性的で背丈も程々のニュテスと並外れた巨体で蓬髪のポヴォールは、知らぬ者が見たら後者を年上だと思うだろう。


 しかし、ポヴォールの言葉には年長者への敬意が滲んでいる。これは、ニュテスが長兄とされているからである。

 従属神は上からニュテス、サジェール、ポヴォール、テッラの四柱の男神(おがみ)で、更に海の女神デューネ、森の女神アルフールへと続く。彼らは創世の際に時を同じくして誕生したが、一応は長幼の順が定められているのだ。


「まあ良いでしょう……シノブ?」


「はい!」


 ニュテスの問いかけに、シノブは力強い声で応じた。

 特訓は、ここからが本番だ。四つの神具と剣術や魔術の連携を試し、実戦で使えるように鍛え上げる。それを強く念じながら、シノブは七つの色に満たされた空を駆けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 一般に、使用者の魔力を用いる魔道具は、その量で効果が大きく変わる。しかも複数使うのであれば、それらを全て使うだけの魔力が必要だ。

 それは神具も同じらしい。光鏡や光弾を無闇矢鱈(むやみやたら)と出せば、飛翔や身体強化に使う魔力を抑えなくてはならない。魔力は光の大剣で補われるが無限ではないから、配分も良く考える必要がある。

 ましてや、そこに新たな神具が加わるのだ。空間を操るのに気を取られ戦いが(おろそ)かになったら、目も当てられない。

 しかし今のところシノブは、それらを上手く両立させているようだ。


「おおっ!」


「えやぁ!」


 シノブの左右から、雲に乗ったポヴォールとテッラが己の武器を叩きつけてくる。ポヴォールは真紅の輝きを放つ大剣、テッラは黒々と輝く巨大な戦斧だ。

 どちらの武器も、人の背を遥かに超える長大かつ重厚なものである。これらも神具なのだろう、シノブは自身を押しつぶすような莫大な神気を感じ取っていた。


「潰す!」


 シノブは光の大剣に重力魔術を乗せ、更なる身体強化をすべく自身の体にも魔力を回していく。それらが功を奏したのだろう、シノブの連撃は神々の武器を弾き返した。


「……(いかづち)を」


「終末の闇よ……」


 サジェールとニュテスは、距離を置いて魔術での攻撃を仕掛ける。左のサジェールは無数の光輝を放ち、右のニュテスは巨大な闇の塊を打ち出した。

 しかし目を焼き尽くすような輝きはシノブを守る光鏡達に吸い込まれ、別のものから神々に戻っていく。そして光すら吸い込むだろう恐るべき暗黒は、世界の(ことわり)に反し無数の光弾によって消え去った。


「上手く使えているようだな!」


「だが、道具に頼ってばかりではいかんぞ!」


 一旦は体勢を崩したポヴォールとテッラだが、シノブに追撃を許すことはなかった。彼らは再び暴風のような勢いで想像を絶する質量を振り回し、致命の一撃を叩き込もうとする。

 どちらも(かす)っただけでも絶命しそうな重く激しい攻撃だが、敢えて言えばポヴォールが技、テッラが力であろうか。


 ポヴォールは、戦の神らしく多彩な技を披露する。大上段からの剣はシノブが受けると瞬転し、横から胴を薙ぎ払おうと仕掛けてくる。(から)くもシノブが防ぐと、今度は飛び上がって頭上から無数の突きの雨を見舞う変幻自在な戦いぶりだ。

 兄弟神(ゆえ)だろう、言葉に出さずとも互いの動きは理解しているようだ。ポヴォールがシノブの上に飛び去ると、代わりにテッラの戦斧が唸りを上げてシノブの前からやってくる。


「くっ!」


 頭上の連突きと向かい来る戦斧。飛び退(すさ)れば躱せるだろう。しかし、それでは彼らを倒すことは出来ない。そこでシノブは滑るようにしてテッラの戦斧の下に消え、炎の魔術を宿した光の大剣で彼の足を斬り払いにかかる。


「ぐおっ!」


 テッラは黒々とした鉄のような塊で自身の肌を覆う。しかしシノブの剣と魔術は、神である彼に苦鳴(くめい)を上げさせた。


「兄上、失礼!」


 シノブは極限までの身体強化を発動し、テッラを蹴り飛ばした。すると雄牛のように重く大きな大地の神は、体勢を崩し後方へ吹き飛ぶ。

 続いてシノブは彗星のように飛翔し、テッラを追う。そして黄金の光と共に宙を駆けたシノブは、テッラに片手突きを放つ。


「これくらい……」


 テッラは宙を飛ばされながらも、戦斧を掲げて防ごうとした。しかし天駆けるシノブの一撃は、(かざ)した巨大な塊にも揺らぐことなく突き進む。そしてシノブの突きが戦斧に当たった瞬間、テッラは遥か遠方まで弾き飛ばされ、その姿を消した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「見事です……『飛翔金剛破』とでも呼びましょうか?」


「加減しているとはいえテッラを倒すとは……」


 ニュテスとサジェールは褒め称えるが、シノブには応える余裕はなかった。何故(なぜ)なら神々の長兄と次兄は賞賛しつつも天を裂き地を揺るがす魔術を放っていたからだ。

 しかもシノブの至近には、新たな敵手が迫っていた。もちろんそれは、戦の神ポヴォールである。


「シノブよ! 俺の技、全て受け取るが良い!」


 雲に乗って飛翔するポヴォールは、シノブの使うフライユ流大剣術と良く似た構えであった。もしかすると、フライユ伯爵家が継いできた剣術の原点は、彼が創世期に人間に伝えた技なのかもしれない。

 シノブも光の額冠で空間を操作し、見えない足場を(こしら)える。そのため両者は、宙にいるにも関わらず地上と変わらぬ姿勢で向かい合う。


「まずは『天地開闢』だ!」


 ポヴォールが放つ横一文字の攻撃を、シノブは同じく横薙ぎの一撃で迎え撃つ。

 僅かに違う軌道で放たれた同じ技は、宙に(まばゆ)い輝きと衝撃波、それに巻き起こる猛火を残して弾け飛ぶ。双方とも、剣に火炎の魔術を乗せていたのだ。


 衝突した剣に押されたように、シノブとポヴォールは距離を取った。しかし、それはほんの僅かな時間であった。

 ポヴォールが無数の突きの攻撃『千手』を放てば、シノブも同じく宙を埋める剣の群れで迎え撃つ。突きを突きで()めるなど冗談のような光景だが、シノブの能力と修練はそれを可能にしていた。

 シノブは光の大剣を魔力で包んでいるが、おそらくは秒間千回を越えるポヴォールの突きだ。それを見切って打ち当てるなど、地上では彼しか為す者はいないだろう。


「これが大剣術の『稲妻落とし』だ! シャルロットが槍で使うだろう!?」


 シノブが打ち込んだ『金剛破』は、ポヴォールの剣で巻き落とされた。そしてポヴォールは体勢を崩したシノブに突きで追い討ちをかける。

 ポヴォールが叫んだとおり、シャルロットなどベルレアン流槍術の達人は『稲妻落とし』という巻き落としからの返し技を好んで使う。シノブはシャルロットとの訓練で何度も見ているし修めてもいるから躱せたものの、そうでなければ敢え無く散っていたかもしれない。


「さあ、やってみろ!」


 今度はポヴォールが『金剛破』を放つ。そしてシノブは、直前に見た技でポヴォールの猛烈な突きを封じ、反撃をする。するとシノブの反撃に満足したのだろう、ポヴォールは炎のように赤々と輝く顔に獰猛な笑みを浮かべた。


 ポヴォールは『燕切り』に『神雷』などシノブが修めた技に加え、今までシノブが見たことのないものまで多彩な剣を使っていく。そして何合も続く剣戟の後、彼は一際大きく飛び退(すさ)った。

 おそらく、一通りの技を見せ終わったのだろう。それまでの幾倍にもなる闘気を(まと)った彼は、燃え盛る大剣を大上段に構え、一呼吸置く。


「シノブよ! これを防いだら免許皆伝だ! 行くぞ!」


 異空間の果てまでも響く大音声(だいおんじょう)を上げたポヴォールは、正に神速というべき勢いの跳躍を披露した。それは、剣道で言えば飛び込み面に相当する攻撃だ。小細工などどこにもない、ただただ速さと鋭さを磨き上げ、余計なものを削ぎ落とした原点であり究極の一撃である。

 対するシノブも、同時に動いていた。ポヴォールと鏡写しの構えと跳躍は、やはり『神雷』を意図したものだ。

 そして炎のような赤き巨人と太陽のように輝く若者は、互いに紅蓮の剣を振り下ろしつつ激突した。


「よくぞ……」


 ポヴォールの肩には、シノブの剣が落ちていた。

 それに対し、シノブは無傷であった。彼は最後の最後で左手一本の片手斬りに移行し、体を開いていた。そのためシノブは、ポヴォールより先に攻撃を届かせることが出来たのだ。


 宙に崩れたポヴォールの姿は、一瞬の後に消え去った。アムテリアが、彼を魔法の家に転移させたのだ。

 一定以上の攻撃を受けた場合は敗北と見なし、アムテリアが戦いの場から退()かせる。先ほどのテッラも、そうやって退場したわけだ。

 それ(ゆえ)実戦同様の訓練が可能だが、致命的な一撃を食らうかもしれない。また、アムテリアの回収が遅れたら、やはり命に関わるだろう。

 おそらく神々がこのくらいで存在を危うくすることはないだろう。しかし生身のシノブにとっては、やはり命がけの修練であった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「これは、協力して当たった方が良さそうですね」


「ええ。私達は母上のお造りになった神具を着けているから、普段の半分も力を出せません。とはいえ、これでも眷属であれば何十人いても難なく対処できるのですが……」


 感嘆の表情を浮かべているのは残りの二柱、ニュテスとサジェールである。

 彼らは、暫しの間の後に真顔となる。今までも牽制程度はしていた彼らだが、どうやらここからは本気で相手をするつもりらしい。


 サジェールの言うように、彼らはアムテリアの神具で大きく力を制限されている。そのためシノブはポヴォールやテッラに勝てたわけだが、二柱は更なる試練を与えようと考えたのだろう。


「行きますよ!」


 一声叫んだサジェールは、シノブを取り囲むように(いかづち)を出現させた。その無数の輝きはシノブをあらゆる方向から襲っていく。

 しかしシノブは、自身の側に出現させた光鏡で遠方へと避難した。光鏡での転移があれば、たとえ完全に包囲されたとしても、充分脱出可能である。


「甘いですよ。出現する先を押さえられたら、どうするのですか?」


 シノブが光鏡を抜け出すと、そこにはニュテスの放った黒い弾が浮いていた。シノブは自身が出現した光鏡を別のものと繋いでそちらに転移するが、やはり同じように闇の神の攻撃が待っている。


「額冠よ! レーザー!」


 シノブは光の額冠の力で闇の弾を押し留めると、何とか遠方に逃れた。そして彼は光の大剣で増した魔力を太い光の束に変え、ニュテスとサジェールに放つ。

 更にシノブは、光弾からも同じようにレーザーを撃ち出す。それは、先ほどのサジェールの攻撃を写し取ったかのような全ての方向からの猛攻であった。


(いかづち)よ」


「闇よ」


 サジェールは雷撃、ニュテスは闇でシノブの攻撃を打ち消していく。

 表情すら変えず完璧に防ぐ長兄と次兄は、どこか似通っている。黒い髪を長く伸ばした中性的なニュテスと、シノブと似た金髪碧眼で同じくらい長身のサジェールは、見た目はあまり似ていない。だが、知性的というか落ち着きのある様子は、容姿の違いを補って余りある。


「ならば……」


 シノブは、遠距離からの打ち合いでは決着が付かないと感じた。そこで彼は、近間に寄ろうと飛翔する。


「そう簡単には行きません……炎よ」


 しかし、神々はシノブの考えなどお見通しだったようだ。サジェールはシノブの進行方向に全てを溶かすような青白い炎の壁を出現させた。

 これにはシノブも退()くしかない。彼は、再び遠方へと戻る。


「額冠は空間を操る……だったら!」


 シノブは、光弾や光鏡を最低限だけ残し、後は消し去った。彼は、光の額冠による空間操作に魔力を注ぐことにしたのだ。

 すると、シノブの周囲に二つ三つの闇の塊が生じる。それはニュテスの作る闇の弾と似てはいるが、不定形に揺れる謎めいたものであった。


「……まさか?」


「空間を裂いての攻撃ですか!」


 ニュテスとサジェールは、シノブが何をするつもりか察したようだ。だが、それは少しばかり遅かったらしい。


「額冠よ!」


 シノブが短く叫ぶと、一拍遅れてニュテスとサジェールの至近距離に暗黒が生じる。しかも、こちらは二人を押し包むくらいに巨大なものだ。


「今だ!」


 逃げ場を失った相手に、シノブは炎に包まれた光の大剣を突き出した。といっても、彼がサジェール達の側に寄ったわけではない。

 シノブは、自身の側に浮かんだ暗黒に剣を突き刺していた。そして、その剣尖(けんせん)は遥か遠くの闇の中から姿を現し、サジェールへと届いていた。シノブは、空間を越えた攻撃を放ったのだ。

 シノブの攻撃は、充分なものだったようだ。サジェールの姿は闇の中から掻き消えた。彼も、アムテリアの手により魔法の家へと転移したのだ。

 続いてシノブは別の暗黒に剣を突き入れるが、今度は手ごたえがない。


「闇で渡るのは、私の得意とするところですからね」


 ニュテスは自身が作り出した闇の弾を使って転移をしたらしい。闇の神はシノブの背後、遥か遠方に出現していた。


「てっきり隙を突いてくるかと思いましたよ」


「接近戦は君の方が上では?

特訓は終わりにしましょう。神具の使い方にも慣れたようですし、まだまだ引き出しもありそうです。これなら異神達との戦いも問題ないでしょう」


 振り向いたシノブに、ニュテスは肩を(すく)めてみせた。

 ニュテスが言うように目的は異神達との決戦に備えることであり、全ての神々を撃破する必要はないだろう。したがって、彼の言葉は間違ってはいない。

 しかし自分だけ敗北を逃れる辺り、ニュテスは随分と(したた)かなようだ。シノブは、抜け目のない長兄の姿に、思わず笑みを(こぼ)していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──シノブさんと神さま達の戦い、見たかったです!──


「そうか……でも、狩りの練習も大切だからね」


 シノブは、肩に乗ったオルムルを撫でながら微笑んだ。

 異空間での戦いを終えた暫く後に、オルムル達は神域へと戻ってきた。そして今、シノブは竜や光翔虎達と共に魔法の家の中で寛いでいる。

 ソファーに腰掛けたシノブの側には、オルムル、シュメイ、ファーヴ、リタン、ラーカの五頭の子竜と、光翔虎の子フェイニーがいる。オルムル達は腕輪の力で小さくなり、ぬいぐるみのような可愛らしい姿でシノブの肩や膝の上そして足元に集っているのだ。


「シノブよ、お前の勇姿を子供達に見せてやったらどうだ!?」


「そうだな。もう一手授けるのも良いかもしれん」


 向かい側から、大地の神テッラと戦の神ポヴォールがシノブに笑いかける。本気で言っているわけではないのだろうが、彼らの声には少しばかりの期待も宿っているようだ。


「お兄様達、もう充分でしょ!?」


「少し自重なさっては? それに、もうすぐ食事ですよ」


 (あき)れたような顔をしているのは、森の女神アルフールと海の女神デューネだ。彼女達の側では炎竜イジェと光翔虎のメイニーも戦闘好きの男神(おがみ)達に顔を向けているが、こちらは神に遠慮したのか口を挟むことはない。


「お食事、私も……」


「アミィ、今日はもう良いでしょう? 貴女の心づくしは、先ほど充分に味わいましたよ」


 アミィの躊躇(ためら)いつつの言葉を、隣に腰掛けたアムテリアが優しく封じた。

 アムテリアは、先ほどからアミィを抱きしめたままだ。久しぶりにアミィを側に置けたのが心底嬉しいのだろう、この星を統べる女神の美貌には常以上の輝きが宿っていた。


「アミィ、夕食は貴女の妹達に任せては?」


「そうですね。母上も、それをお望みです」


 こちらは酒盃を手にしたニュテスとサジェールだ。彼らに酒盃を渡したのは、アミィに良く似た少女達である。


 今、魔法の家には可愛らしい狐耳とフサフサした尻尾の少女達が大勢いる。彼女達はアミィの妹分、つまり天狐族だ。

 少女達はニュテスやサジェールの脇だけではなく、他の神々やシノブ達の側にも(はべ)っている。もちろんシャルロットやミュリエル、それにセレスティーヌやアルメルも、神界の童女達からの給仕を受けている。


 天狐族の少女は、(いず)れもオレンジがかった茶色の髪に薄紫色の瞳である。彼女達はアミィより多少下の世代のようで、見た目は十歳未満から五歳程度の幼さだ。もっともアミィによれば、一番年少の者でも百年以上は眷属として神々に仕えているという。


「姉上、お茶をお持ちしました」


「タミィ、ありがとう」


 アミィにお茶を差し出したのは、天狐族の一人タミィである。

 シノブはアミィ以外の天狐族を初めて見るが、彼女の声は幾度も聞いたことがある。彼女は神像での転移を管理する一人で、声だけは転移が発動する際に耳にしていたのだ。


「姉上、如何(いかが)でしょう?」


美味(おい)しいですよ」


 タミィという天狐族はアミィと特に親しいようで、給仕をする彼女の顔は再会の喜びに輝いている。それに妹分を見つめるアミィの眼差しにも慈しみが溢れ、顔には隠し切れぬ嬉しさが滲んでいた。


「しかしシノブよ。お前は光翔虎や竜の子に随分と慕われているのだな……」


 ポヴォールは、驚きの滲む声音(こわね)で唸っている。彼の顔は、オルムル達に囲まれたシノブに向けられたままだ。


 どうも、ポヴォールはシノブの肩に乗ったフェイニーが気になるようだ。実は、ポヴォールは光翔虎と縁のある存在らしい。

 彼は今から五百年以上も前に、とある二頭の光翔虎に命じ、後にカンビーニ王国を建国する英雄レオン・デ・カンビーニを試したという。

 ちなみに、その光翔虎達はフェイニーの祖父母である。もしかするとポヴォールは、遥か昔を懐かしんでいるのかもしれない。


「確かにな。将来は、お前の眷属にしたらどうだ?」


──眷属になれるのですか! なります、絶対になります!──


 テッラの言葉を聞いたフェイニーは、歓喜の思念を発していた。それに子竜達も自分もなると口々に言い出す。


「皆……嬉しいけど、別に眷属にならなくても一緒にいられると思うよ」


 シノブは光栄に思いながらも、少しばかりの戸惑いを感じていた。

 魔力が多い生き物には、長命なものが多い。人間もエルフなどは二百年から三百年を生きる。であれば、シノブも並外れて長く生きる可能性はある。

 しかし竜や光翔虎は、数百年以上も生きる長命な種族だ。実際、竜の長老や子育てを終えて世界を放浪している老齢の光翔虎は、八百年以上も生きているという。その彼らであれば、眷属として仕えなくても幾らでも一緒にいられる筈だ。


──眷属になれば、ホリィさん達のように人の姿になれるかもしれませんし──


──それにシノブさんが神さまになったら、会えなくなってしまいます──


 シュメイとファーヴは、シノブへと顔を擦り付けた。シュメイが言うのは、ホリィ達が授かった人の姿となる足環のことだ。


──人の姿……面白そうですね!──


──陸上で暮らすなら、そちらの方が良いかもしれませんね──


 ラーカとリタンも、興味津々であった。嵐竜と海竜は、どちらも人に混じって暮らすには向いていない体型だからであろうか。


「俺は、当分このままが良いけど……」


 シノブは、子供達の頭を撫でつつ苦笑していた。人の姿になってみたいというシュメイはともかくとして、ファーヴは少しばかり心配しすぎではないかと感じたのだ。

 神に子供や兄弟分として扱われる自分は、いつの日か同じ立場になるかもしれない。それは、シノブも思わないでもない。だが、仮にそうなるとしても遠い将来のことで、人として充分に生きた後のことだとシノブは考えていた。


 ずっと黙って神々の会話を聞いていたシャルロット達は、シノブの言葉に安堵の表情となっていた。

 彼女達も、薄々察してはいたのだろう。しかし出来れば自分達が生を全うするまでは、シノブに側にいてほしい。おそらく、そう思っていたのではないだろうか。


「そうですね。シノブには、まだまだ学ぶべきことが多いでしょう。

……シュメイ、ホリィ達の足環は眷属だから使えるのです。今のあなた達には負担が大きいのですよ。考えてはおきますが、少し我慢しなさい」


 アムテリアは、どこか宥めるような口調で幼い竜と光翔虎に語りかけた。とはいえ、考えておくと言ってしまう辺り、やはり彼女は子供に甘いのかもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「そろそろ夜明けですね」


「これから休むのに、ちょっと変な気がしますね!」


 シャルロットとミュリエルは、明るさを増していく東の空を眺めている。二人は、シノブやアミィ、そしてセレスティーヌと共に魔法の家の外に出てみたのだ。


 現在、神域の存在するヤマト王国は朝の5時前だ。シェロノワであれば、そろそろ21時だからミュリエルが言う通り就寝前である。

 既に夕食に相当する食事は済ませ、天狐族の少女達も姿を消した。彼女達は神界に戻ったのだ。一方、アムテリアを始めとする神々は、このまま魔法の家に泊まるという。そのためシノブ達は、シェロノワで待つ者達に明朝早くに戻ると通信筒で伝えていた。


「時差がなければ、もっと楽なのですが……」


「そうですわね。ですが、頻繁にお邪魔するのも畏れ多いですわ」


 少しばかり残念そうなアミィに、セレスティーヌが微笑みと共に応じた。

 アムテリア達は親しく接してくれる。とはいえ日常的に訪れて良いものか。セレスティーヌは、そう思ったのだろう。


「セレスティーヌ……信じて待つ、と言ってくれたんだってね。ありがとう」


 シノブは、セレスティーヌへと静かに語りかけた。彼は、自身が神々の試練を受けている間のことをシャルロットから聞いたのだ。

 シノブが命に関わるような激闘を繰り広げる間、セレスティーヌは彼が必ず乗り越えると信じて耐えた。それは『王国の華』の名に相応しい強く美しい姿だったそうだ。

 妻の言葉を聞いたとき、シノブはセレスティーヌに伝えるべきことがあると気が付いた。そのためシノブは、彼女達を外に誘ったのだ。


「シノブ様……」


 セレスティーヌは青い瞳を潤ませている。美しい金髪を長く伸ばし、しかも手の込んだ巻き髪にした彼女は、正に国を代表する王女というべき華やかさだ。

 だが、シノブは知っている。彼女が美しいだけではないことを。


 最初シノブは、セレスティーヌを王宮の花として育てられた、自分とは縁遠い少女だと感じていた。しかしシノブは、王族という立場に縛られつつも相応しくあろうとする彼女を少しずつ理解し、共感を(いだ)くようになってきた。

 また、シェロノワに来てからのセレスティーヌは、シャルロットやミュリエル、アルメルに配慮し、フライユ伯爵家に溶け込もうとしていた。それらを見てきたシノブは、いつしか彼女に家族として接するようになっていた。


「俺は待たせてばかりだね。シャルロットやミュリエルもそうだけど、特に君は……」


 シノブは、周囲に集った女性達へと視線を動かした。

 シャルロット、ミュリエル、そしてアミィ。曙光(しょこう)に照らされた彼女達は、温かな笑みを浮かべたままシノブとセレスティーヌを見守っている。


 妻として共に歩むシャルロットだが、身篭ったため以前のように共に戦うことは出来ず待つ身となった。数奇な経緯で婚約者となったミュリエルは、成人までの五年の歳月が過ぎ、更にシノブが対等の存在として愛する日を待たねばならない。

 アミィは、別の意味でシノブを待っているのだろう。幾多の経験を積んだシノブがアムテリアを支える存在となる。その日を彼女は待ち望んでいるに違いない。

 三者三様だが、彼女達にはシノブとの確たる絆がある。妻、婚約者、導き手。しかし、セレスティーヌには、家族として遇するという不確かなものしかない。


「いえ……私、待ちますわ。いつまでも」


「……済まない。でも、俺は君を裏切るつもりはない。だから……信じて待っていてほしい」


 シノブは、セレスティーヌの涙を拭いつつ言葉を続けていった。しかし、夜明けを運ぶ光に(きら)めく雫は、途切れることなく溢れてくる。

 煮え切らない自分の心に、シノブは恨めしさすら感じていた。いっそ、彼女の望む言葉を掛けようか。それが迷いを伴うものであっても。そう思いつつも、シノブは偽らざる心の内を形にしていく。


「はい! 待ちます、シノブ様が心からお答えくださるときを!」


 喜悦の滲む声音(こわね)と共に、セレスティーヌはシノブの胸に顔を伏せた。彼女は、自身の泣き顔をシノブに、そしてシャルロット達に見せたくなかったのだろう。

 シノブは、嗚咽を漏らす少女の背に手を添えた。そしてシノブは語り切れぬ己の心を伝えようと、優しく、だがしっかりと彼女を抱きしめた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年5月3日17時の更新となります。


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