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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
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16.29 ゴッド・リゾート 中編

 シノブ達は、食後のお茶を味わっていた。テーブルを囲む面々は先刻までと同じで、神域へと訪れた六名と突如姿を現した三柱の女神である。

 前者はシノブ、アミィ、シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌ、そしてアルメル。後者は、この星の最高神アムテリアと、彼女の娘である森の女神アルフールと海の女神デューネだ。

 ちなみにオルムル達、つまり竜や光翔虎の一行は狩猟に行ったままである。神域の近くには他より大きな魔獣がいる。そのためイジェとメイニーは、ここで子供達に大物狩りの経験を積ませたいらしい。


 女神達は、シノブの家族にも強い親しみを感じているようだ。アムテリアからすれば愛息の、そしてアルフールとデューネからすると可愛い弟の家族だからであろう。

 その優しげな様子に勇気付けられたのか、セレスティーヌは、あることをアムテリアに訊ねる。


「その……アムテリア様。もし私達に教えても良いのであれば、なのですが……」


「何でしょう?」


 戸惑いながらも問いかけたセレスティーヌに、アムテリアは柔らかな微笑と共に応じた。

 アムテリアは人の心が読めるから、王女の訊ねたいことを知っている筈だ。しかし彼女は、セレスティーヌが(みずか)ら口に出すのを待っているらしい。

 知りたいのであれば、勇気を振り絞ってほしい。アムテリアは、そう思っているのかもしれない。


「……どうしてジェリールはアルマン王国の秘宝を使えるのでしょう? 父や祖父から、遺宝は正しき心と強い力の持ち主しか手に出来ない、と聞きました。

私達メリエンヌ王国とアルマン王国の宝は違うのかもしれませんが……」


 メリエンヌ王家の一員であるセレスティーヌは、このことが気になっていたようだ。

 第二代国王アルフォンス一世が遺した四つの武具は、アムテリアが授けた神具だった。そして、代々の王は神具を手にすることが出来なかった。

 一方、アルマン王国の軍務卿ジェリール・マクドロンは自国の秘宝を得た。しかしセレスティーヌは、アルマン王国に騒乱を起こしたジェリールが自家の者達より優れているとは、思えないのだろう。


「デューネ、貴女から説明しなさい」


 アムテリアは、自身で答えずに娘のデューネに譲った。島国であるアルマン王国を守護しているのは、海の女神のデューネらしい。したがって()の国のことはデューネから、ということだろうか。


「はい、母上。

……セレスティーヌ。各王家の神具を使うには、血筋に加えて心と力の条件を満たす必要があるわ。でも、それは各国で大きく異なるの。

アルマン王国の場合、心は人の道に外れないこと、力は眷属に近い強力な魔力……これが条件なのよ」


「厳しくしすぎると、誰も使えなくなっちゃうのよ。メリエンヌ王国の神具のようにアルフォンスやシノブだけしか使えないのは、むしろ例外よ」


 デューネに続き、アルフールまで神具の使用条件に触れた。もしかすると、アルフールは母神が姉だけに振ったのが不満なのかもしれない。


「メリエンヌ王国の神具は別格よ。あれは帝国に潜む者達を防ぐ切り札だから、神具の中でも極めて強い力を持つわ。

逆に、使用条件が緩やかなのはガルゴン王国やカンビーニ王国ね。ガルゴンの炎の細剣(レイピア)を見たことがあるわね?

あれは聖人用、つまり現在アミィが持つもの以外は、悪人ではない一廉(ひとかど)の武人で先祖の血を一定以上強く持っていれば継げるの」


 今度は、デューネが一気に語っていく。

 その様子は、何となく妹の割り込みを嫌ったようでもある。そのためシノブは、苦笑を押し殺すのに苦労した。


「我が国以外は建国の支援のみが目的で、それ以上の力は与えていないのでしょうか?

しかしアルマン王国の神具は、ガルゴン王国のものより遥かに応用が利くようですが……」


 怪訝そうな顔で訊ねたのは、シャルロットだ。

 アルマン王国の秘宝は、慕う心を使用者の力に変える宝冠と、水を操る杖である。そして、この二つを組み合わせた攻撃は、大型弩砲(バリスタ)の矢よりも遠くに届く破格なものだ。

 それに対しガルゴン王国の炎の細剣(レイピア)は強力な炎で攻撃や防御が出来るが、あくまで近距離を対象としたものだ。近距離だから弱いとは一概に言えないが、魔力を増強できるアルマン王国の秘宝の方が様々な局面で使えそうだ。


「アルマン王国の場合、二つの島の間に居座った大海蛇の群れを倒さないと駄目だったから。その代わり、かなりの魔力を持っていないと使用者になれないの」


「その……隷属の魔道具を使うなんて、人の道に反していると思います……」


 ミュリエルは躊躇(ためら)いながらも口を挟む。

 神々が奴隷を禁忌としたことは、アムテリアを信奉する者にとって常識である。そのためミュリエルは、デューネの答えに納得できなかったのだろう。


「ジェリールは隷属の魔道具を使っているけど、相手を人として見ているわ。彼は、自身の望みを(かな)えるためだけに使っているの」


「確かに……隷属させることが目的ではなく、手段に過ぎない。そんな気はしていました」


 デューネの言葉に、シノブは大きく頷いた。

 権力を握るために必要だから、ジェリールは隷属に手を出している。シノブは、以前にもそう感じたことがあった。

 今は無き帝国の支配階層には、奴隷など人ではないと言う者が多かった。それに対し、ジェリールは実利を得るために隷属を用いている。

 シノブは、ジェリールの行動を肯定したわけではないし、双方とも唾棄すべき所業だと思っている。しかし狂信的に全ての獣人を下位の存在とした帝国と違い、ジェリールは要所要所だけに隷属を使う。つまり彼は奴隷自体を欲していないのでは。シノブは、そう感じていたのだ。


「息子のウェズリードが秘宝を使えないのは、人の道に背いているからでしょうか?」


「そうかもしれません。ですが、ここで予断を与えるのは()めておきます。

……シノブ、アミィ。あなた達自身の目で確かめ、あなた達が思うように進んでください」


 アルメルの問いにアムテリアは曖昧な言葉を返した。

 神々は、地上への介入を避けている。そのためシノブが察していることや過去の伝説はともかく、これから起きることについては明言を避けるのだろう。


「はい。ところで母上、これからどうなさるのですか? 私達はこの辺りを散策しますが」


「もちろん一緒に周りますよ。まさか、置いていくなどと冷たいことは言わないと思いますが……」


 シノブは、アムテリアの答えに笑みを(こぼ)す。どうやら、今日は女神達と共に過ごすことになったらしい。


「そんな薄情なことは言いませんよ。それでは、ここを片付けましょうか」


 神域については知らないことばかりだ。今日は色々教えてもらおう。そう思ったシノブは、母なる女神に頷きつつ椅子から立ち上がった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、三柱の女神と共に神域を巡った。見て回ったのはアルフールが栽培している植物、特に短期間で育つ野菜や果物などである。

 シノブは、エウレア地方でも育ちそうな作物が無いか、農務長官であるアルメルに見てほしかったのだ。


 シノブのためになると思ったのか、アルフールは何でも譲ると言った。しかしアルメルは、実がなるまで何年も掛かる木々より単年で収穫できるものが良いと思ったらしい。

 そこでシノブ達は、果樹からは少しずつ収穫しただけで畑の方に移動した。


「これは、あのナスですね?」


「ええ。この『マーホーナス』は、魔法のように早く育つし魔力の多いところを好むのよ」


 アルメルとアルフールが眺めているのは、シノブが正月に授かったナスらしい。やはり、このナスにもアルフールは独特の命名をしていたのだ。


「こちらはイチゴですね……随分と大きいですけど」


 ミュリエルもアルフールに訊ねかける。彼女の目の前には、(こぶし)ほどもあるイチゴが沢山実っている。

 アルメルから学んでいるためだろう、ミュリエルは農業にも興味を(いだ)くようになったようだ。もちろん彼女自身が農作業をするのではなく、将来の領主夫人として農政に明るくなるのが目標である。


「それは『ツヨイチゴ』よ。体力回復や一時的な身体強化が出来る、一種の魔法薬なの!」


 二人が熱心に質問するからだろう、アルフールは実に楽しそうだ。彼女は、少量ずつ植えている野菜や果物を、片っ端から紹介している。


「あのナスは、そんな名前だったのか……」


「アルフール様は、変わった名前がお好きなのですね……」


 アルメル達から少々離れたところで(ささや)き合っているのは、シノブとセレスティーヌだ。二人の周囲には、アミィにシャルロット、そしてアムテリアにデューネもいる。

 シノブ達四人は、アルメルのように農業に詳しいわけではない。だが、様々な植物があり、しかも季節を無視して実っている風景は、見ているだけで楽しい。そのため四人は、アムテリアやデューネと諸々を語りながら、アルフール達の後に続いているのだ。


「シノブ。この島の騒動の解決、ポヴォールが感謝していましたよ」


「シャンジーやミリィ、それにタケルが頑張ったからです」


 微笑むアムテリアに、シノブは苦笑しつつ応じた。

 先日、戦の神ポヴォールは、ここ筑紫(つくし)の島の王に関する揉め事を収めてくれと、シノブに頼んだ。筑紫(つくし)の島を統べるのはクマソ王家だが、分家であるカワミ家が成り代わろうと(たくら)んでいたからだ。しかしシノブが名を挙げた者達の活躍により、陰謀は未然に防がれた。


「タケル殿は、既に発ったのでしたね」


 シャルロットは、ヤマト王国の王子である大和(やまと)健琉(たける)の名を口にした。

 シャンジーは、毎日シノブに文を送ってくる。そのためシノブ達は、彼らの様子を大まかには把握しているのだ。


「そうだね。今頃は熊祖(くまそ)武流(たける)と一緒に街道かな。四日で大王領に入って、そこから十日くらいで都か……当分は馬の背の上だね」


 シノブは、シャンジーからの(ふみ)を思い出しながら答えた。

 ヤマト王国の地理は、地球の日本と酷似している。そして筑紫(つくし)の島は地球でいう九州に相当する島で、ヤマト王国の都は京都に当たる場所だ。

 ちなみに、これは日本でシノブが家族と共に辿(たど)った経路の一部と殆ど一致する。そのためだろう、シノブは両親や妹のことを思い浮かべていた。


「……ヤマトの都に行ってみたいの?」


 どうやら、シノブの声は僅かに揺れていたらしい。デューネはシノブの表情を伺っている。


「風習が随分違いますからね。落ち着いてからで良いですよ」


 地球の家族のことに触れると皆が案ずるだろう。そのためシノブは別のことを理由に挙げた。

 和服に似た衣装のヤマト王国の人々に混じるには、準備が必要だ。仮にシノブだけ、あるいはアミィと二人なら別かもしれないが、シャルロット達を連れて行くなら和装での挙措に慣れた方が良い。

 そんなわけで、シノブは当分の間ヤマトの人里に寄るつもりはなかった。幾ら故郷を思い出させる場所とはいえ、こっそり見に行くだけでは詰まらないと感じていたからだ。


「もうちょっとですよ! さあ、アルフール様達のところに行きましょう!」


「そうですね。あまり放っていると、あの子は拗ねるでしょうから」


 アミィとアムテリアに促され、シノブ達は巨大なメロンを手に取るアルフール達の側に歩んでいく。

 近づいてくるシノブ達に気がついたようで、三人は振り向く。そして輝く笑顔のアルフールとミュリエルは、シノブ達に大玉のスイカほどもあるメロンを掲げてみせた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 神域は随分と暗くなってきた。既に19時も近くなり、日が沈もうとしているからだ。

 そこでシノブ達は転移の神像のある草原へと戻り、その一角に魔法の家を設置した。今度は、魔法の家の中で食事をするのだ。


 シノブ達が住むシェロノワと神域のあるヤマト王国の時差は、8時間もある。そのため神域は夜の帳に閉ざされようとしているが、シノブ達にとっては昼前といったところだ。したがって、食事といっても昼食用の比較的軽いものの筈だった。

 しかし今、量こそ少ないが何十年も腕を磨いた料理人でも(かな)わない、稀なる品が作られようとしている。


「アミィの料理も久しぶりですね」


 アムテリアは、リビングのソファーからキッチンへと顔を向けている。

 随分と内部が拡張された魔法の家だが、初期の面影も残ってはいる。特に、リビング回りの間取りに関してはそうだ。元々がマンションのような対面型キッチンだったため、今もリビングからキッチンの一部やダイニングが見通せるようになっている。

 そのためキッチンで忙しそうに動くアミィは、シノブからも良く見えた。


「アムテリア様、少しだけお待ちください!」


 アミィは僅かな間だけ顔をこちらに向けたが、再び手元へと視線を戻した。

 実は、昼食もシェロノワの料理人達が用意していた。しかしアミィは、(みずか)ら調理したものをアムテリアに食べさせたいと思ったようだ。


 アミィは、アルフールの菜園から取った食材で、炊き込みご飯や()え物などを作っている。更に彼女は、新鮮な素材を活かしたサラダや軽く茹でた料理も並行して用意していく。

 その様子は、まるで分身しているのではないかと思うくらいだ。しかも調理時間を短縮するため随所で魔術も使っているらしく、シノブは様々な魔力波動を感じていた。


「とても手伝えませんね」


「凄いです……」


 最初、料理の得意なアルメルやミュリエルも手伝おうとしたが、常人に手が出せるとは思えない。そのため二人も、シノブ達と同じくリビングで待つ身となっていた。

 アルメルとミュリエルは、アルフールから彼女が創り出した特別製の植物の育て方を聞いている。彼女達は、神域で目にした野菜や果物の幾つかを、早速シェロノワや北の高地で育てるようだ。

 残りの者達、シノブにシャルロット、セレスティーヌは、アムテリアやデューネと共にテーブルに置かれた合計四本の剣と杖を囲んでいる。


「母上……ありがとうございます」


 シノブは、向かいに腰掛けたアムテリアに深々と頭を下げた。

 テーブルの上に置かれたのはアミィが使う炎の細剣(レイピア)、それにアムテリアから授かった魔法の小剣に魔法の杖、そして治癒の杖であった。

 シノブは、それらから強い神力を感じ取っていた。流石に光の神具に比べれば一段劣るが、それでも以前とは大きな差が感じられる。


「かなり力を注ぎ込んだので、アミィ達にしか使えないでしょう。魔法の小剣と杖は、別のものを幾つか渡しておきます」


「相手は神霊、しかも四柱もいるものね。炎の細剣(レイピア)と治癒の杖は眷属が使うに相応しいものだけど、他は少し心もとないから」


 アムテリアと隣のデューネは良く似た微笑みを浮かべつつシノブに答えた。

 シノブは、異神達の戦いにアミィ、ホリィ、マリィ、ミリィの四人を伴うつもりであった。彼女達は、人どころか竜や光翔虎にも勝る存在である。しかし、その力を完全に振るうなら手にする道具も相応のものとすべきだ。

 そこでアムテリアは、アミィ達が使う神具に今まで以上の力を授けたのだ。


「小剣は風の術を付与しました。ホリィ達に使わせるなら、ちょうど良いでしょう。杖には防護の術を。治癒の杖と合わせて守りに使いなさい」


 アムテリアは、炎の細剣(レイピア)と治癒の杖は、少し強化しただけだという。炎の細剣(レイピア)は攻撃力を、治癒の杖は回復と状態異常を解除する力を増したそうだ。これらは元々眷属か近い者しか使えない神具だから、大幅な強化は出来ないのだろう。

 それに対し、魔法の小剣と魔法の杖は機能自体の追加が行われていた。それに神々の御紋と同じ紋章が刻まれ、外観自体も変化している。


「新しい名前が要るわね……母上、『魔風(まふう)の小剣』と『魔封(まふう)の杖』で如何(いかが)でしょう?」


 デューネは、新たな名前を与えては、とアムテリアに提案した。確かに、元と同じ呼び名では色々と紛らわしい。

 それはともかく、彼女の案は一風変わったものであった。アルフールとは方向性が違うが、彼女も名前には何らかの拘りを持っているのかもしれない。

 シノブはアルマン王国の二つの秘宝『覇海(はかい)の宝冠』と『覇海(はかい)の杖』を思い浮かべた。もしかすると、これらもデューネが命名したものなのだろうか。そう思ったシノブは、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。


「……シノブ、どうでしょう?」


「私は構いませんよ」


 シノブは、アムテリアに頷いてみせる。彼としては、他と区別できる名が付いていれば良かったのだ。

 長すぎたり発音しにくかったり、そういうものは困るし、武具に相応しくないものも避けたい。その点、デューネの案はシノブにとって受け入れ易かった。


「では、それで……これはカバンに仕舞っておきましょう」


 アムテリアが四つの武具に手を(かざ)すと、それらは消え去った。彼女は魔法のカバンに触れずとも出し入れ出来るのだ。


「アムテリア様、シノブ様、食事の準備が出来ました!」


 そして四つの神具が消え去るのと同時に、アミィの快活な声がリビングに響く。その自信ありげな声音(こわね)に、シノブは思わず頬を緩めていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「これが、シノブ様の戦い……」


 アルメルは、絶句したまま彫像のように固まっている。魔法の家のリビングの窓から外を眺める彼女は、シノブと四柱の男神(おがみ)が飛び交う様子から、目が放せないようだ。

 彼女だけではなくシャルロットやミュリエルにセレスティーヌ、そしてアミィも外を眺め、その後ろにはアムテリアを始めとする三柱の女神もいる。


「シノブさま……」


「大丈夫ですわ」


 蒼白な顔となったミュリエルの肩に、セレスティーヌが手を添えた。彼女も案じている様子だが、声には強さも宿っている。


「どうした! そんなことでは異神達に勝てんぞ!」


 炎のように赤い肌の男が()えると、金色の光に包まれたシノブが遥か後方に弾け跳ぶ。尋常ならぬ大剣でシノブを打ち払った男こそ、戦の神であるポヴォールだ。

 ポヴォールは、シノブより幾らか背の高い男性であった。赤い戦装束に身を包み銀の蓬髪を(なび)かせた姿は、獣耳や尻尾こそ存在しないがカンビーニ王国の獅子王レオン二十一世に良く似ている。


「くっ! もう一度!」


 重力魔術も用いて勢いを殺したシノブは、再び疾駆する。彼は、既に魔力を全開にして戦っている。そうしないと、神の放つ一撃を受けることは出来ないからだ。


 ここはアムテリアが創り出した異空間だ。そのためポヴォールやシノブが幾ら猛剣を振るおうとも問題ないし、彼らが斬り裂き穿(うが)った大地は(またた)く間に修復されていく。


「そうだ、掛かってこい!」


 仁王立ちで待ち受けるポヴォールは、全てを押しつぶすような恐るべき闘気を放っている。そして彼は、目の前に迫ったシノブに再び激烈かつ精妙な技を繰り出していく。

 ポヴォールが足を留めて剛剣を振るえば、大気は激しく震え大地は無残に引き裂かれる。ならばとシノブが動けば、彼も飛燕のように追っていく。その変幻自在な戦い振りは、とても手加減しているとは思えない。


「『神雷』か……だが、軽い!」


 シノブが光の大剣で放った大上段の一撃を、ポヴォールは片手で軽々と受け止めた。天地に響く轟音は、シノブの一撃が軽いどころか殆どのものを(たお)す剛剣だと示している。しかし、剣を受け止めたのは極めて僅かな例外であった。


「ならば!」


 シノブは『燕切り』の応用で斜めに剣を滑らせると、無数の突き、つまり『千手』の猛撃へと続けた。彼も、真っ正面からの一撃だけでポヴォールが崩れるとは思っていなかったのだ。


「甘い!」


「兄者、次は俺だ!」


 一喝と共にシノブを吹き飛ばしたポヴォールに代わり、大地の神テッラが突進を開始した。

 黒々とした長い髪と髭、そして雄牛のような隆々たる肉体は、イヴァールに良く似ている。それに、茶色の簡素な服もドワーフと共通していた。しかしテッラは人族に近い体型で、背もシノブより僅かに低い程度であった。

 テッラの得物は、身長を遥かに超える巨大な戦斧であった。一瞬にして間を詰めた彼は、ようやく体勢を整えたシノブの胴に必殺の一撃を打ち込んでいく。


「うおおっ!」


 咆哮(ほうこう)と共に襲い来るテッラの一撃を、シノブは受けずに飛び越えた。そして彼は、戦斧の側面を踏みつけ大地の神へと蹴りを放つ。

 シノブの蹴りは顔面を狙ったものだ。対するテッラは避けられないと思ったらしく、僅かに踏み込んで頭で受けた。

 その間にシノブはテッラの後ろに飛び降り、光の大剣を繰り出していく。


「むっ!」


 テッラはシノブを一瞬見失ったらしい。しかし彼は意外なまでの素早い動きで戦斧を動かし、大剣を防いだ。おそらく、魔力か気配でシノブの位置を(つか)んだのだろう。


「シノブ、力に力で対抗するのは愚策です。君には強力な神具や魔術があるでしょう」


 上空から静かな声が降ると、数拍遅れて幾本の(まばゆ)い稲妻が地に向かう。今度は、知恵の神サジェールの攻撃だ。


「光よ!」


 シノブは、光の盾から光鏡を出し稲妻を防ぎ、同時に光の首飾りから放った光弾でサジェールに反撃した。更に彼は、同じ方法でポヴォールとテッラを牽制する。

 この戦いは、一対一と決めているわけではない。そのためシノブが隙を見せると、神々は厳しい一撃を加えてくる。


「神具には魔術を乗せられると知ったでしょう? 使ってみなさい」


 宙に浮かぶサジェールは、青い服を身に着けた金髪碧眼の男性であった。シノブと同じ髪と瞳の色のせいか、歳の離れた兄のようでもある。

 だが、サジェールの容赦の無い攻撃を見た者は、兄弟などという言葉を思い浮かべないだろう。彼が放った天空を埋め尽くす無数の雷は、シノブの姿を完全に隠したのだ。


「レーザー!」


 シノブの声が響くと、光弾から膨大なエネルギーを持つ光の束が放たれた。サジェールには複数の光弾が肉薄している。そのため、彼に避ける(すべ)はないと思われた。


「良い攻撃ですが……」


 サジェールは、光の進む先から消えていた。どうやら、彼は短距離の転移を使ったらしい。

 異神達も転移を使うから、こういった躱し方は充分にありえる。そのため今回の鍛錬では、転移での回避を禁じてはいない。

 シノブも光鏡で転移して追いかけ、光の大剣から伸ばした長大な輝きで斬りかかる。


「剣での魔術も中々ですね……しかし、額冠で縛らなければこの通り」


 サジェールは再度の転移でそれを避けた。しかも彼は、辺りを埋め尽くす火炎を放ってくる。


「シノブ、肩慣らしは済んだでしょう? 額冠を使ってみなさい」


 シノブ達から少し離れた場所から語りかけたのは、闇の神ニュテスであった。こちらもシノブやサジェールと同様に宙に浮いている。

 黒衣を(まと)い黒髪を長く伸ばしたニュテスは、一見しただけでは男女の区別は付かない。繊細な容貌で声も男にしては高めだから、ますます中性的に感じる。


「はい!」


 シノブは重力魔術での飛翔と神具を用いた攻撃を継続しつつ、光の額冠へと意識を集中する。すると、アムテリアが創った異空間に、僅かな揺らぎが一瞬だけ生じた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様といえども危険では!?

邪神はアムテリア様達に(かな)うほどではないと伺っています。あのように苛烈な試練を課さなくとも……」


 アルメルは窓の外から室内へと向き直り、アムテリア達に顔を向ける。彼女の血の気の引いた顔からは、心底シノブを案じていることが伝わってくる。

 神々が攻撃を放つと、ある時は窓の外が目も(くら)む光に満たされ、ある時は魔法の家が微かに振動する。現在、魔法の家はアムテリアが造った結界に守られているが、それにも関わらずこの有様だ。結界の外にいるのがシノブでなければ、一瞬にして消え去っているだろう。

 だが、シノブとて万能ではない。一つ間違えば、彼も取り返しの付かないことになるのでは。アルメルは、そう思ったのだろう。


 アムテリアは口を(つぐ)んだままだ。彼女に倣ったのか、両脇のアルフールやデューネも黙ったままである。

 この程度のことでシノブが命を落とすことはないと確信しているのか。あるいは、このくらいの試練を乗り越えられないようでは、異神達との戦いは危ういと思っているのか。

 黙したままの女神達は、静かに(たたず)むだけで答えを返さない。


「シノブ様は大丈夫ですわ……私は、そう信じています」


 代わりに口を開いたのは、セレスティーヌであった。アルメルを見る彼女は、青い瞳を僅かに潤ませているが、気丈にも笑みを浮かべている。


「セレスティーヌ……」


 嬉しげな笑みを浮かべたシャルロットは、年下の従姉妹の名を愛情の篭もった声音(こわね)(ささや)いた。それに、アミィも柔らかな表情でセレスティーヌを見つめている。


 かつてシノブは、王都メリエで決闘をした。強力な魔道具で異常を(きた)した男を、セレスティーヌ達の側から引き離すためだ。

 そのときセレスティーヌは、シノブを案じ決闘を()めさせたいとシャルロットやアミィに訴えた。しかしシャルロット達はシノブを信じると言い、彼を留めることはなかった。

 決闘後、セレスティーヌは信じて待てなかったことを悔やんだようだ。そして彼女は、より強い心を持つまで自身を讃える異名『王国の華』をシャルロットに譲ると言ったのだ。


「その姿……『王国の華』に相応しい貴婦人ぶりですよ。もう、私が預からなくとも良いですね」


「セレスティーヌ様、おめでとうございます!」


 シャルロットとアミィがセレスティーヌに祝福の言葉を掛けた。二人からは、妹の成長を喜ぶような温かな気持ちが伝わってくる。


「おめでとうございます! 私もお姉さま達のように頑張ります!」


「ええ、ミュリエル。貴女なら大丈夫ですよ」


 シャルロットは妹の肩に手を置くと、再び窓の外に顔を向けた。そしてアミィとセレスティーヌが二人に寄り添う。


「アルメル……待つ身は(つら)いでしょう。私にも良くわかります。ですが、若者達は試練を乗り越え大きくなり帰ってきます。シノブや、彼女達のように」


「はい……」


 アムテリアが静かに語り掛けると、アルメルは瞳に光るものを溜めつつ頷いた。そして自身の孫や囲むシャルロット達に顔を向けたアルメルは、(まぶ)しいものを見るように目を細める。


「大丈夫よ! 私の可愛い弟は、とても強い子だから!」


「アルフール! 『私達の可愛い弟』よ!」


 アルフールとデューネの言葉を聞いたためだろう、アルメルは(きら)めく雫に濡れた頬を緩ませた。それにシャルロット達からも、心持ち固さが取れたようである。

 やはり、信じて待つとはいえ心配には違いない。しかし不安を抑え信頼を糧に、それぞれの出来ることをする。それは戦う者に支える者、どちらであっても同じことだ。


 外の戦いは、一層激しさを増している。しかしシャルロット達は揺らがない。そのためだろう、三柱の女神の(おもて)には深い喜びが浮かんでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年5月1日17時の更新となります。


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