表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
384/745

16.26 決戦迫る 前編

 創世暦1001年5月8日の朝。アルマン王国の王都アルマックの港には、無数の人が集まっていた。

 普段なら早朝の港にいる者など限られている。まずは海軍の軍人に商船の船乗りや漁師、そして港湾作業者だろうか。後はせいぜい荷を預ける商人や見送りの者だろう。

 しかし今、多種多様な者が港にいる。上は既に引退した老人から下は文字を習い始めたばかりの子供まで。職を持つ者も様々らしく、しかも街で働く職人や商家の女中なども多かった。


「ジェリール様が出陣されるんだって!?」


「ああ! お触れの兵士が言っていただろ! 総統閣下が(みずか)ら出撃なさる、って!」


 あちらこちらで、このような会話が交わされている。

 王都アルマックの守護隊は、日が出るか出ないかという時間からジェリール・マクドロンの出陣を触れ回っていた。そこで王都の民は、急遽(きゅうきょ)港に集まったのだ。


 王都を中心とした一帯では、依然としてジェリールと息子のウェズリードを支持する者が殆どであった。

 四月中旬以来、アルマン王国の商人達は他国と交易できない。そのため、本来なら商人などから強い不満が出るところだ。しかしマクドロン親子は、彼らの怒りを鎮める手を打っていた。

 ジェリール達は、同月半ばに国王に背き政権を奪取すると、幾らもしないうちに王都と周辺を無税とした。しかも、荷が無く船が出せない場合は損失を補填するなど、極めて不自然な厚遇振りだ。

 更にジェリール達は、軍関連で多くの仕事を造った。彼らは守護隊の下部組織に街の者を多く加え、しかも多少の巡回程度で多額の報酬を出した。

 街の者は、流石は軍務卿を長く務めたジェリールだ、と褒め称えた。しかし多くの軍人が戦いに出たにしても、気前が良すぎる。それに、このようなことを長く続けられないのは明白だ。


「やはり、必勝の策が整うまで耐えていらっしゃったのだな」


「噂は本当だったのですね……」


 ジェリール達は、王都の民の不安を和らげるべく幾つかの噂を流していた。

 その中には、現状を打破する方策はあるが準備に多少時間が掛かる、というものがあった。街の者達は、それを信じていたから暴動も起こさずにジェリール達に従っていたのだ。


「必勝の策か……例のものだろうな」


「たぶん……」


 顔を輝かせる王都の民から少々離れたところに、(ささや)く男女がいた。それは、人族に姿を変えたアルバーノ・イナーリオと姪のソニアだ。二人もジェリールが現れるのを待っていたのだ。


 アルマン王国の秘宝を手にしたジェリールは、一時は床から起き上がることも出来なかった。しかしここ二日ほどで随分と回復し、昨日からは政務も再開した。そして昨日の夜、彼は出陣するとウェズリードに告げたのだ。

 もちろんアルバーノ達は、これらをシノブに伝えている。そのためシノブとアミィは、海上決戦に備えて王都アルマックに最も近い艦隊に乗り込んだ。

 そして今、更なる情報を届けようとアルバーノ達は港に来たわけだ。


「例のものを使うんじゃないですか~。『ウェズリード君、例のものを持ってきて!』『はい、かしこまりました~!』とか言って~」


 金髪碧眼の少女が、アルバーノとソニアを見上げながら会話に加わる。

 彼女は、何かの物真似をしているらしく、声色(こわいろ)まで使っていた。物真似の部分は、最初が年輩の男性で、答えたのは多少若い男の声だった。十歳に満たないくらいの少女だが、随分と器用なことだ。

 もちろん彼女は、アムテリアから授かった神具で変身したミリィである。ヤマト王国から帰還した彼女は、アルマン王国潜入部隊の支援に戻ったのだ。


「息子は持ち運び出来ませんよ?」


 苦笑を浮かべたのはソニアだ。彼女はミリィの様子から冗談だと察したようだ。


 ソニアが言うように、アルマン王国の秘宝を手に出来るのはジェリールだけだ。ウェズリードも父と同じく『魔力の宝玉』を使って力を補ったが、どういうわけか彼は選ばれなかったらしい。


「そうですよね~。あの人は幸せを運べなさそうです~」


「陰険そうなのは確かですな。おっ、父親が到着するようです!」


 ミリィに頷き返したアルバーノは、大通りへと顔を向けた。三人の中で最も背が高いのはアルバーノである。そのため彼が、先触れの兵士に一番早く気が付いたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 王都アルマックの港は、中央が商業港で南側が軍港だ。そしてジェリールが乗った馬車は軍港へと向かったが、その中でも一番北側、つまり商業港に最も近い場所に止まる。


 馬車から降りたジェリールは、数人の護衛兵を従え埠頭の先に歩んでいく。彼は、豪奢な飾りを施した二つの包みを(たずさ)えている。一つは長い棒状で、もう一つは小脇に抱える程度だ。

 そして埠頭の中ほどまで進んだジェリールは、北の商業港へと向き直った。どうも彼は、そこから集まった民に語りかけるつもりらしい。

 商業港に出入りする船は無い。軍が早くから通達を出し入出港を禁止したのだ。それに港の中も中央近くは広く空いており、ジェリールの姿は遠くからでも良く見える。


「王都の諸君! 長い間、不自由を強いた……だが、遂に反撃のときが来た!

本年4月14日、我らは惰弱な王を廃し新たな道へと踏み出した。私が、そして諸君が望む新時代が始まったのだ!」


 ジェリールは、病み上がりとは思えない朗々たる声で語り出した。彼の声は遠方まで届いているようで、港に集まった者は静かに聞き入っている。


「しかし、我らの邪魔をする者がいる。そう、メリエンヌ王国を始めとする大陸の国々だ! 王などという前時代の遺物に縛られた蒙昧の徒だ!

彼らは大昔に得た権益を守るため、己の優雅な暮らしを維持するため、我らを潰そうとしているのだ!」


 聴衆達は、憤懣(ふんまん)を顕わにしていた。

 アルマン王国は、アマノ同盟軍に海上を封鎖された。それはマクドロン親子が率いる一派が、ドワーフ達を奴隷とし他国の商船を襲ったからだ。しかしジェリール達は、それらを巧妙に民の目から隠してきた。

 シノブ達はアルマン王国の民に真実を伝えようと様々な手を打ったが、マクドロン親子の情報統制と人心掌握は巧みだった。そのため民の殆どは、ジェリールが語ることを真実と思っているようだ。


「……だが、心配はいらない! 私はハーヴィリス一世の秘宝を得た!」


 熱の篭もった口調と大きな身振り手振りで演説をしていたジェリールは、暫しの間の後、一際大きな声を張り上げた。すると王都の民達に、大きなざわめきが広がっていく。


 ジェリールは二つの包みを開けていく。彼が最初に取り出したのは、(きら)めく宝冠だ。

 冠は実用を考えたのか装飾は少なめだ。しかし正面のサファイアらしき巨大な宝石を始めとする数々の輝石は、王冠と比べても劣ることのない光を放っている。

 そして宝冠を戴いたジェリールは、次に杖を取り出した。こちらも杖頭に青い宝玉が光っている。


「まさか、『覇海(はかい)の宝冠』と『覇海(はかい)の杖』か!?」


「間違いない! あれを見ろ、急に輝きを増したじゃないか!」


 人々はジェリールを一心に見つめている。

 宝冠を被ったジェリールが杖を(かざ)すと、二つの秘宝は遠目にも明らかな変化を示した。それまでも(まばゆ)い光を発していた秘宝だが、彼らが言うように光輝は幾倍にも増したのだ。

 人々の気持ちの高まりにつれ、光は更に増して強くなっていく。その光景は、まるで集まった者達の興奮と熱気を吸い上げているようでもある。


「やはり、あの二つは支持者の力を奪っているのですか?」


「宝冠の方ですね~。沢山の魔力が集まっています~。大勢から少しずつなので、街の人達は気付かないと思います~」


 アルバーノの密やかな問いに、ミリィが同じような小声で応じた。

 ミリィによると、魔力を提供しているのは信奉者だけらしい。彼女やアルバーノ達からは魔力が流出することは無いという。


 それはともかく、ジェリール達が王都の民を優遇していたのは、宝冠で魔力を集めるためで間違いないだろう。

 秘宝の真価を発揮するには、多くの支持が必要らしい。初代国王ハーヴィリス一世は、領地を広げるごとに力を増したという。それは、信奉者の増加により秘宝の力が強まったからに違いない。


「杖は何でしょう?」


「これから明らかになるだろう」


 ソニアの問いに、アルバーノは自信ありげな声で応じた。

 ハーヴィリス一世は、秘宝を操り桁違いに強力な魔術を使ったという。そして彼が得意とした魔術は水属性だった。ジェリールは初代国王の技を再現し、王都の民にアピールするのでは。アルバーノは、そう考えたのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「王家は、国の宝を秘匿した! 彼らは、愚かにも自身のことしか考えなかったのだ!

しかし、私は皆の代表者として秘宝を手にした。我らの自由と独立を保つために! この地は我らのものだ。決して大陸の者に渡しはしない! その証拠を今見せよう!」


 アルバーノの予想通り、ジェリールは何かをするつもりらしい。彼は一歩進み出ると、海に向かって杖を(かざ)す。彼がいる埠頭に船は停泊していないから、杖を構えた彼の前にあるのは海水だけだ。


「海が!」


「水の魔術か!?」


 人々の見つめる前で、海水が塔のように高く盛り上がっていく。僅かに揺らぎつつ(そび)える幾本かの柱は、まるで水で出来た大蛇のようである。高さは10mほどだろうか、王都の中央近くの豪壮な舘にも匹敵する見上げんばかりの水の柱だ。

 そして青い半透明の大蛇は、港の外に向かって巨大な水の弾を打ち出していく。もしかすると、2km近く飛んだのではなかろうか。小屋ほどもある水の塊は、遥か彼方へと消えていく。


「おお、まるで砲弾だな!」


大型弩砲(バリスタ)の矢だって、あんなに遠くまで飛ばないぞ!」


 人々が歓声を上げるごとに、冠と杖の宝玉は輝きを増していく。やはり、彼らの感情が力を引き出す鍵となっているようだ。


「総統として宣言する! この力で敵を打ち破り、諸君に栄光を(もたら)すと! そして我が国を再び西海の主とすることを!」


 杖を降ろしたジェリールは、民に力強く言い放った。その威風堂々とした姿は、彼の支持者には伝説の英雄の再来のように見えただろう。


「総統閣下万歳!」


「ジェリール様に勝利を!」


 集った者達は(とどろ)く歓呼の声を上げ、それに勝るとも劣らない拍手で応えている。

 やはり海上封鎖による影響は大きかったのだろう。ジェリール達は王都や近辺に充分な補償をしたが、それも長期になれば途絶えるかもしれない。それ以前に、敵に包囲されたままの現状は精神的に(つら)いだろう。

 だが、これで状況は変わる。そんな期待が彼らの顔から伝わってくる。


「これは急いでお伝えしなくては……」


 シノブやアミィは洋上の艦隊でジェリールを待っている。しかし、軍艦に積まれた大型弩砲(バリスタ)を遥かに超える長距離攻撃だ。知らなければシノブ達も苦戦するかもしれない。

 そのためアルバーノは、急ぎ再度の連絡を、と考えたようだ。


「はい。少し離れましょう」


「こんな水芸にシノブ様が負けるとは思えませんが~。でも、お知らせしましょ~」


 真顔で頷くソニアに相変わらず暢気(のんき)なミリィと様子は異なるが、二人ともアルバーノに同意した。しかしシノブへの連絡は、一旦取り止めとなる。


「急ぎの伝令か?」


「そのようですね……」


 王都の中心へと向かう大通りから現れたのは、街中だというのに馬で急ぐ騎士であった。警笛を鳴らしつつ進む彼に、近くの者は慌てて道を譲っていく。

 よほど急いでいるのか、騎士は馬に乗ったまま埠頭へと乗り入れた。そして彼はジェリールの手前で下馬し(ひざまず)いた。


「ちょっと探ってきますね~」


 ミリィは物陰に姿を消す。彼女は鷹の姿となってジェリール達の側に行くつもりらしい。おそらく姿を消して飛翔したのだろう、彼女が入った狭い通路からは何も出てこない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「どうしたというのだ?」


 ジェリールは、目の前の騎士に落ち着いた声音(こわね)で問いかけた。とはいえ彼は少しばかり苛立っているらしく、表情には僅かだが不満が滲んでいた。

 しかし、それも無理はないだろう。彼は、これから艦隊を率いて出航する筈だったのだ。


 ジェリールは、洋上で敵を一打ちすべく海軍に出港準備を命じていた。彼は、自身を慕う民衆から得た力を、戦勝で更に高めるつもりだったようだ。

 ところが出鼻を挫かれた。人々の信頼や忠誠が力になるのであれば、無様な姿を見せれば折角得たものを減じかねない。彼の機嫌が悪くなるのも無理はなかろう。


「それが……西にジェドラーズ五世などが現れたと……」


 伝令の騎士も、これがジェリールにとって非常に大事(だいじ)な場だと理解しているのだろう。彼は恐る恐るといった(てい)で語り出す。


 この日の未明、アルマン王国の西海岸の都市ジールトンに一組の男女が現れた。領主であるジールトン伯爵の舘に突然出現した二人は、何と行方不明になった国王ジェドラーズ五世と第一王妃メリザベスであった。


 ジールトン伯爵は第一王妃のメリザベスの兄でもあり、本来は国王派というべき人物だ。しかし彼は『隷属の首飾り』により、ジェリールの傀儡(かいらい)となっていた。そのためジールトン伯爵は、国王と妹を捕らえようとした。

 しかし国王と第一王妃には、異神達が憑依している。そして隷属の技をベーリンゲン帝国に伝えたのは、彼ら異神達だ。そのためだろう、国王達はジールトン伯爵を易々と支配から解き放った。


「ジールトン伯爵は離反しました。それに、どうも都市デージアンにも残りの王族が赴いたようです。なお、ジールトンの駐留部隊からは続報がありません」


 ジールトンから王都までは街道沿いで130kmほどだ。しかし、軍は主要街道の町々に身体強化に長けた軍馬を置いている。そのため交代ありきの早馬なら三時間程度でジールトンから王都に到着する。お陰で未明の事件を非常に短時間で知ることが出来たわけだ。

 ちなみに主要街道であれば、デージアンから王都への経路はジールトンを通るものだ。したがってジールトンが押さえられた後、デージアンの情報は入ってこないのだろう。


「西との戦いが先か……」


 ジェリールは、顎に手を当てつつ呟いた。彼はアマノ同盟軍の撃破は取り止め、国内の騒ぎを収めることにしたようだ。


 西の諸領は、王都周辺とは違い冷遇されている。その彼らが反乱を起こさないのは、各都市の領主がジェリールに縛られていたからだ。しかし領主が解放された以上、国王達を旗頭に結集し王都アルマックに進軍するだろう。

 一方、現在のところアマノ同盟軍は包囲するのみで戦いを挑む様子は無い。アマノ同盟の支援で北のブロアート島はベイリアル公国として独立したが、それだけだ。これは、シノブ達がアルマン島の民を巻き込むような大規模な戦いを避けているからだ。


 そんなシノブ達の行動原理を、ジェリールは充分察しているらしい。

 彼は、息子のウェズリードとの会話でも、何度もシノブを理想主義者だと口にした。そのためジェリールは、海戦は後回しにしても問題ないと考えたらしい。


「宮殿に戻ってウェズリードに伝えろ。西の反乱を鎮圧する準備をしろ、と」


「はっ!」


 ジェリールの言葉を受け、伝令の騎士は再び馬上の人となった。そして駆け出す馬を尻目に、ジェリールは再び港に集う人々へと向き直った。


「諸君! 愚か者共が西で騒ぎを起こした! ジェドラーズ達が王位を取り戻そうと画策しているのだ!

思えば、優柔不断な彼らが増長する大陸を座視したのが全ての始まりだった……諸君は、再びそのような者達に国を委ねたいか!?

……そうではなかろう! 私は愚劣な者達に鉄槌を下す! 新たな時代の幕開けを邪魔する者には、退場してもらうしかないのだ!」


 ジェリールの言葉に、集った人々は(いきどお)りの表情となった。もちろん彼らの怒りの向く先は、ジェリールではなく王族達だ。

 そして、ジェリールの巧みな演説により、聴衆達は最前の熱狂へと戻っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 一方、こちらはミリィである。姿を消した彼女は、ジェリールと騎士の側で話を聞いていた。そして彼らの会話が終わると、ミリィは空へと舞い上がる。


──ホリィ~、マリィ~、大変ですよ~! し~きゅ~、し~きゅ~、し~きゅ~、です~!──


 空高くで、ミリィは強い思念を発し始めた。

 思念での会話は、思い浮かべた相手にしか届かない。しかし遠方に届けようと強く発した場合は、感知能力に優れた者であれば魔力波動を察する。そこで彼女は、一旦ジェリール達から離れたのだ。


──貴女ね……まだそれを続けているの?──


──『至急』と『CQ』、地球の無線でしたか──


 暫しの時を置いて、マリィとホリィの思念が届く。彼女達は相変わらずのミリィに(あき)れつつも、どこか楽しげでもある。


──そんな事はどうでも良い! なのです~。実は~──


 ミリィは、構わずジェリール達が話していたことを伝えていく。普段なら更に横道に()れるだろうに、珍しいこともあるものだ。やはり異神の件は、それだけ重大なのだろう。


──ジールトンとデージアンですね、早速行きます! マリィ、私がジールトンに!──


──それじゃ私はデージアンね!──


 ホリィとマリィは、緊迫した思念を返してきた。

 今、ホリィはジールトンの少し南で、マリィがデージアンの北東だという。どちらも、十分もせずに到着する距離らしい。


──気を付けてくださいね~! それと、あまり近付いたら駄目ですよ~!──


 相手は神と呼ばれる存在だ。ミリィが心配するのも当然である。口調こそ暢気(のんき)だが、彼女の思念からは心配していることがひしひしと伝わってくる。


──ええ! 確認したら、すぐに離れるわ!──


──そうですね、この星の外や別の世界に飛ばされたら大変ですし!──


 マリィとホリィも、ミリィが何を案じているかは承知しているようだ。

 異神達は、シノブを宇宙空間に飛ばそうとしたらしい。幸い、アムテリア達によりシノブは地球に転移するだけで済んだ。

 しかし、本当に宇宙に飛ばされたら。それもアムテリア達の力の及ばない太陽系外や、地球とは違う別の世界に。そうなれば、神の眷属である彼女達でも戻れないだろう。


──地球なら行ってみたいですけどね~。チョコレート、もっと食べたいです~──


 ミリィは、よほどチョコレートを気に入ったのだろう。彼女は眷属の中でも、特に地球の文化に詳しい方らしい。その分チョコレートへの憧れも強いのかもしれない。


──ミリィから分けてもらいましたが、美味(おい)しかったですね──


──アミィやエルフの学者さんに期待ね──


 とはいえ、ホリィとマリィもチョコレートを気に入ったようだ。

 シノブが日本の土産として持ってきたチョコレートも、残りは限られている。現在、北の高地の研究所でエルフのファリオスがチョコレート製造の研究をしているが、土産が尽きるまでに間に合うかは疑問である。

 つまり、再び味わえるのは随分先になると思われる。そのため余計に惹かれるのだろう。


──ともかくミリィ、シノブ様への連絡は頼むわよ。ここからじゃ届かないし──


 シノブ達の乗った軍艦は、ここから100km少々東の海域に位置していた。したがってマリィが言うように、更に西の彼女達が思念で連絡することは出来ない。


──わかりました~──


 マリィの思念を受けたミリィは二人との会話を切り上げた。そして彼女はシノブとアミィに思念を送り始める。彼女は、アルバーノ達のところに戻るのは後回しにしたようだ。

 晴れやかな大空をミリィは暫く舞い続けたが、彼女はアミィが作った透明化の足環を使っている。そのためミリィは誰の目に留まることもなく、声なき会話を続けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブとアミィが乗っている軍艦は、メリエンヌ王国の西方海軍旗艦エリーズ号であった。

 エリーズ号には西方海軍元帥のシュラール公爵ヴァレリーの他、ポワズール伯爵アンドレや先代ベルレアン伯爵アンリも乗艦している。そこでシノブとアミィは、三人にもミリィから得た情報を伝える。


「何と! ジェリールは来ないのですか! シノブ殿の戦いを拝見するのを楽しみにしていたのですが……残念です」


 肩を落としたのは、ポワズール伯爵である。彼は、シノブの魔術や光の神具を使った戦いを見ることが出来ると大いに期待していたらしい。


「それでシノブ、どうするのだ? 邪神との戦いを優先するのか?」


 歴戦の武人であるアンリは、素早く頭を切り替えたようだ。シュラール公爵やポワズール伯爵と並んでソファーに座った彼は、身を乗り出しつつシノブの答えを待っている。


「はい。私達は異神との対決を第一に動きます」


 向かいに腰掛けたシノブは、アンリに大きく頷いた。

 異神達は突然都市に現れたという。おそらく彼らは充分に力を回復し、憑依した王族達の体とも馴染んだのだろう。それ(ゆえ)異神達は、転移を使いこなせるようになったと思われる。

 そうであれば、光の額冠で空間を操作できる自分以外に彼らを捕らえられる者はいない。シノブは、そう思ったのだ。


「幸い、北のドォルテアの攻略は順調です。それに、軍務卿と異神達のどちらも北に手を出す余裕は無いでしょう」


 シノブに続いたのは、彼の隣に座ったアミィだ。

 この日の早朝から、ベイリアル公国とアマノ同盟軍の一部でアルマン島の最北端の都市ドォルテアの攻略をしている。作戦に加わったのはベイリアル公爵自身とシメオンにマティアス、それにイヴァールなどだ。

 ベイリアル公爵達は、作戦に先立ちドォルテア伯爵の家臣を調略した。その家臣の手引きで都市に侵入した彼らは、無事にドォルテア伯爵の隷属を解除したという。

 ドォルテアは、北のブロアート島と最も近い都市だ。そのためドォルテア伯爵の家臣もブロアート島の者達、つまりベイリアル公国の人々とも交流があり、双方の家臣には縁戚関係の者も多い。

 それ(ゆえ)都市の掌握も順調に進んでいるという。都市攻略に同行したシメオンが送ってきた(ふみ)によればドォルテアや周辺に大きな混乱は無いし、王都への連絡も防いだそうだ。


「今、アルマン王国には三つの勢力が存在するわけですね。

まずは我々とベイリアル公国が押さえた北のドォルテア。そしてジェリールが率いる王都を含む東の都市。最後が邪神の憑依した国王の手に落ちた西の都市……」


 シュラール公爵は、アルマン王国の各都市を思い浮かべているようだ。

 ブロアート島がベイリアル公国として独立した今、アルマン王国の都市は王都アルマックを含めて八つである。だが、そのうち一つがベイリアル公国に付いたから、残り七つが東西の(いず)れかに属することになる。


「ええ。おそらく、東海岸はこのままマクドロン親子を支持するでしょう。あちらは無理な減税や補償で民意が離れないようにしていますから。王都に、その北のラルナヴォン、南のオールズリッジ……もしかすると、最南端のマドウェイも。

西はジールトンとデージアンが確実として、テルウィックも加わるかもしれませんね。マドウェイが西に付く可能性もありますか。

ですから、東と西の都市の数はほぼ互角です。とはいえ兵力には大きな差があると思いますが」


 シノブが言うように、マクドロン親子が率いる東側が四つから三つ、異神の憑依した国王達の西側が三つから四つの都市を押さえるだろう。だが人数の上では大きな差がある。何故(なぜ)なら、王都など大きな都市は東に集中しているからだ。

 仮に最南端の都市マドウェイが西に加わったとしても、東は西の倍近い人口である。したがって、単純に軍と軍がぶつかるのなら東側の圧勝だ。

 しかしシノブ達は単純に兵力だけで勝敗が決するとは思っていなかった。


「西には邪神がいるからな」


 アンリは、白い髭を捻りつつ低い声を発する。かつてメリエンヌ王国一の槍と呼ばれた武人は、老いても尚盛んである。しかし流石の彼も、神が相手では手を出しかねるのだろう。


「ええ。仮にも神と名乗る存在です。倍の兵力があろうと打ち破る可能性は高いでしょう。ですが逆に言えば、それなくしては勝てません。

ですから、彼らは必ず戦場に出てくるでしょう。そこで戦いを挑みます」


 シノブは、アンリの指摘に同意した。

 幾ら兵力差があろうと、異神達を倒すことは難しいだろう。それは、実際に戦ったシノブが一番良く知っている。しかし、相手が戦いの場に出てくるのは好都合だ。

 都市の中で戦いを挑んだら、被害は凄まじいものになるだろう。それに異神達は住民を盾にするかもしれない。だが、戦場であれば少なくとも物的な被害は大きく減少する。

 従軍した兵士達には悪いが、子供から老人まで巻き込むことは避けられる。それに武人達であれば、何とかシノブと異神達の戦いから逃れてくれるのではないか。そのため、シノブは東西の戦いに乱入することを決意したのだ。


「それが良い。上手くすればジェリールも始末できるだろう」


 アンリは、ゆっくりと言葉を紡ぐと真っ直ぐシノブを見つめた。アンリの声は低く太いものであったが、意外なまでの優しさに満ちていた。彼は、自身の言葉でシノブの背を押したかったのかもしれない。

 戦う以上は、誰も傷つかないということはありえない。ならば最善の道を選び、揺らがず進むだけ。アンリの瞳は、そう語っているかのようであった。


「はい。それに、他にも手は打つつもりです」


 シノブも静かにアンリを見つめ返す。彼は、これを機に王都アルマックにいる王太子のロドリアムと妻のポーレンス、そして投獄された反軍務卿派の貴族達を救出するつもりであった。


 仮にマクドロン親子が彼らを置いていけば、アルバーノを中心とした部隊の手で。もし戦場に連れて来るなら、シノブと共に赴く誰かを差し向けて。どちらにしても、早急に対処するつもりである。

 これが非常に重要な戦いだとジェリール達も考えている筈で、彼らはロドリアム達の魔力を『魔力の宝玉』に吸い取って使うかもしれない。したがって、あまり悠長に構えてはいられないだろう。

 それを思ったシノブの顔は、一層鋭く引き締まる。


「案ずるな。儂も助太刀するからな! 遂に我が孫と共に戦えるのだ、そのときが楽しみだ!」


 破顔一笑したアンリの言葉に、一同の顔も思わず緩む。

 アンリはシャルロットの祖父だから、シノブは義理の孫である。しかし今までアンリはシノブと肩を並べて戦ったことはない。一方、アンリの子でシノブの義父であるコルネーユは共に帝国との戦いに赴いた。

 どうやらアンリは、息子に(おく)れを取ったことが今でも不満なようだ。


 アンリを始め頼りになる人々に囲まれていることを、シノブは感謝した。

 様々な人達が有形無形の力を与えてくれる。彼らの助けがあるから自分は前に進める。無数の絆を改めて感じたシノブは、いつの間にか晴れやかな笑みを浮かべていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年4月25日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ