16.25 シノブの決意
午後からの式典は、アルフールの間で行われた。謁見が行われる光の間ではなく、会食などに用いられるアルフールの間が選ばれたのは、他国からの賓客が多かったからだ。
式典は光の額冠をシノブに譲渡したことを周知するものだが、来賓には他国の王達もいる。そうなると、玉座のある光の間は不適当であった。
幾らなんでも、メリエンヌ王国の王が玉座に着き、他の君主を下手に並ばせるわけにはいかないだろう。そこで、他国の者を招いてのパーティーも開かれるアルフールの間となったわけだ。
森の女神の名を冠するだけあって、アルフールの間には植物を象った細工が多く施されている。壁に描かれるのはメリエンヌ王家の象徴である白百合を中心とした花々で、床の寄木細工も木々を図案化したものであった。それに天井は青く美しい空の周囲を緑が囲む自然画が描かれている。
また、テーブルの上には生花も置かれ、壁際には観葉植物も飾られている。王都メリエはメリエンヌ王国でも比較的南方に位置し、季節も五月に入っている。そのため室内を彩る花や木は何れも瑞々しく、集った者の目を癒してくれる筈であった。
しかし今、視線は広間の中央に集中していた。そこには、四つの神具を身に着けたシノブがいるからだ。
東方守護将軍としての正装を纏ったシノブの胸元には、光の首飾りが輝いている。左腕に着けた篭手状の装備、光の盾も負けず劣らずの眩さだ。背負った光の大剣は柄や鍔しか出ていないが、柄頭の青い宝玉が煌めきは他と違った色を添えている。
広間にいる多くの者は、それらを着けたシノブを既に見ている。だが、今日のシノブは今まで以上の光に包まれていた。それは、彼の額に第四の神具が存在するからだ。
「光の額冠……何と美しい」
「ええ……」
会場に集った者のうち、特に感動を顕わにしているのはメリエンヌ王国の貴族達だ。
王国の貴族達は、アルフォンス一世の肖像画などで額冠がどんな外観か知っている。しかし実物を目にした彼らは、陶然とした顔でシノブの額に輝く秘宝を見つめていた。
だが、それも無理はないだろう。幾本もの細い白銀を編んだ額冠は、それ自体が神秘の光を放っている。更に随所に配されたダイヤモンドのような宝玉は、天上から持ってきたと言われても信じる美しさだ。どんな名画家でも、これを写し取ることは不可能であろう。
「四つの秘宝は、邪神の配下と戦うために神々が授けて下さった品だ!
建国した当時、メリエンヌ王国には邪神が率いる帝国が迫っていた。その力は強大で、押し留めるのは容易ではなかった。そこで神々は対抗するための力をアルフォンス一世陛下に授けて下さった……」
メリエンヌ王国の国王アルフォンス七世は、四つの神具を着けたシノブの隣に立ち、王家の宝の由来を語っていく。
それを聞くのは彼の家臣達だけではない。アマノ同盟に加わった各国の王や貴族も、アルフォンス七世の言葉に聞き入っている。
ヴォーリ連合国からは、大族長エルッキが来ていた。彼はイヴァールを含む数人のドワーフと共にシノブ達に顔を向けている。
カンビーニ王国からは国王レオン二十一世とアルストーネ公爵フィオリーナだ。南方特有の暖色の衣装に身を包んだ彼らは、やはり家族や臣下と共にこの場に集っていた。
ガルゴン王国は国王フェデリーコ十世と第一王妃、そして王太子の妻と子だ。カンビーニ王国もそうだが、こちらも王太子はアルマン王国を囲む艦隊を指揮しているため、出席していない。
デルフィナ共和国は、アレクサ族の族長のエイレーネに娘のアヴェティ、そして孫娘のメリーナなどだ。普段は草木染めの質素な服の彼女達だが、今日は正装のようで、白の長衣に繊細な模様を刻んだ貝殻や輝石が華やかな首飾りを着けている。
更に、アルマン王国から独立したベイリアル公国の主、ベイリアル公爵ジェイラスもいる。彼はブロアート島からイヴァールと共に来たのだ。
「……残念ながら、後の王達は秘宝を手にすることは出来なかった。そのため額冠の複製を造り、略王冠としてきたが……しかし今、これらの秘宝を受け継ぐシノブ殿が現れた!」
アルフォンス七世は、フライユ伯爵であるシノブに敬称を付けていた。王が家臣に敬称を付けるなど、通常はありえない。だが彼は、これを機にシノブを単なる家臣として扱うことは止めるようだ。
もっとも、集う者達の顔に驚きは無い。シノブが旧帝国領に新たな国を興すことは、公式な発表こそ無いもの皆が知るところである。
そしてアルフォンス七世は、現在の四つの秘宝をメリエンヌ王国の王権と無関係なものとすること、新たな略王冠を別に作成することなどを宣言した。
神々がこの地を守るために授けた宝は、メリエンヌ王国が独占してはならない。誰も使えず安置所から動かすことも出来なかった過去とは違い、これからは平和を愛する国々を等しく守護するものとなる。そうであれば、一国だけの宝とすべきではない。アルフォンス七世は、そう思ったのだろう。
「シノブ殿」
アルフォンス七世は、シノブに声を掛けると数歩下がった。何故なら、これからシノブが抜剣するからだ。
シノブが光の大剣を抜くと、四つの神具は一際眩しい輝きを放った。そしてシノブは大剣を掲げたまま、誓詞を広間の隅々まで響かせる。
「大神アムテリア様もご照覧あれ!
私、シノブ・ド・アマノは神々から託された四つの宝に恥じぬよう生き、邪悪なものを退け、人々の憂いを払う! そして遍く照らす日輪のように、世の光とならん!」
シノブが宣言を終えると、集った貴顕は一斉に頭を垂れる。
王達は威厳を保ちつつ堂々たる振る舞いで、武官は凛々しい敬礼を、文官は胸に手を当て柔らかに、そして貴婦人達はドレスの裾を摘み華やかに。玄妙な光に包まれたアルフールの間に、新たな時代の到来への喜びが広がっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
神具の譲渡が終わると、アルフールの間は打って変わって和やかな雰囲気に包まれた。
ここからは、立食形式の午餐会である。そのため、シノブの周囲には各国の王族や指導者が集まり歓談をし始めた。
「シノブ殿。神々からの賜り物、もっと見せてくれても良かろうに。折角遠くから来たのにのう」
酒盃を片手にしたアルストーネ公爵フィオリーナが、シノブに笑いかける。
フィオリーナが治めるのはカンビーニ王国の都市アルストーネで、メリエンヌ王国の王都メリエまでは直線距離で700kmを超える。したがって、遠くから来たというのは決して大袈裟ではない。
もっとも、それぞれの国の中は転移網で移動し、しかも間は竜が運んでくれたから、移動は一日も掛かっていない。
そのため、彼女も本気で言っているわけではないのだろう。艶やかな美貌には、からかうような笑みが浮かんでいるだけだし、隣に立つ父王レオン二十一世も同様である。
「ですが、祝宴の場で剣を帯びたままというのも……」
「ええ、物騒ですから」
シノブが頭を掻きつつ年上の女公爵に応じると、隣に立つシャルロットも夫の援護をする。
彼は、既に四つの神具を外していた。神具の一つは大剣だし、残りも武具である。そのためシノブは、宣言を終えると早々にアミィの持つ魔法のカバンへと仕舞ったのだ。
「この後はパレードでしたな?」
こちらはガルゴン王国の国王フェデリーコ十世だ。彼は隣に立つアルフォンス七世に問いかける。
「その通り。しかし開始は15時から。どうかゆっくりしていただきたい」
「ええ、それまで沢山召し上がってくださいませ!」
アルフォンス七世とセレスティーヌが、親しげな様子で応じる。
午餐会の後、シノブはアルフォンス七世やアミィと共に王都メリエをパレードする。その時には、彼らも再び神具を身に着けたシノブを見ることが出来る。
「ならば、そのときを待ちますかな。……エディオラも楽しみだろう?」
「はい、父上」
フェデリーコ十世に応じたのは、娘のエディオラだ。彼女の側には、フィオリーナの娘マリエッタや、アルマン王国の王女アデレシアがいる。
各国の王族達は留学中の子供や孫を側に呼び、久々の再会を楽しんでいたのだ。
「その……忙しいのか?」
「忙しい。でも充実している」
エディオラは研究に没頭するあまり、父や兄に文を送ることも稀らしい。
そのためフェデリーコ十世は、シノブ達と談笑する間も娘を側から離さない。彼は元気そうな娘に安堵しつつも、中々続かない会話に少し残念そうである。
「は、母上……陛下……そんなに見つめられると恥ずかしいのじゃ……」
マリエッタは、母のフィオリーナと祖父のレオン二十一世に見つめられ、真っ赤に顔を染めていた。
「照れなくとも良いじゃろう? そなたの成長が嬉しいのじゃ」
「うむ。良い修練を積んでいるようだ」
フィオリーナとレオン二十一世は、フェデリーコ十世のように頻繁に話しかけようとはしなかった。
シャルロット達の勧めもあり、マリエッタは小まめに故郷に手紙を送っていた。その辺りが、両者の差になったのであろう。
「思ったよりアデレシア殿が元気そうで良かった」
「セルデン子爵達が良く支えているようです」
シノブの囁きに、隣に立つシャルロットが同じく小声で応じた。
アデレシアは異国での生活にも慣れてきたらしい。依然として親達は行方不明で兄夫婦は傀儡となったままだが、彼女は気丈にも笑みを浮かべつつエディオラやマリエッタと会話している。
待つ身は辛いだろう。しかしセルデン子爵など僅かな家臣しかいないアデレシアは、諸々をアマノ同盟に委ねるしかない。それに下手にアルマン王国、特にマクドロン親子を刺激したら、兄夫妻の命を脅かすかもしれない。それらを考え、彼女は内心の焦燥を抑えているのだろう。
「もう少しの辛抱だ」
父と並んで酒を飲んでいたイヴァールも、アデレシアへと目を向けていた。
彼はブロアート島でシメオンやマティアスと共に決戦の準備をしていた。アルマン島の北部勢力への調略は、ゆっくりとだが確実に進行している。マクドロン親子が各都市の領主を隷属させているため慎重に進めているが、近日中に北部の数箇所はベイリアル公国に降るだろう。
そうなればマクドロン親子の権威も地に落ち、一気に瓦解するのではないだろうか。それがアマノ同盟の狙いだ。
それにシノブも別の手を打とうとしていた。それはマクドロン親子の動きに呼応するものだが、戦いの終結を大きく早める可能性がある。
「はい!」
ミュリエルも、イヴァールの言葉に笑顔で同意する。
完全に無血とはいかないだろうが、なるべく被害を少なく事を収めたい。シノブ達は焦る心を抑えつつ、その日のために準備を進めていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「こうやって交流するのも良いものですね」
感慨深げに呟いたのは、デルフィナ共和国を代表して来たエルフのエイレーネだ。彼女が見る先には、談笑をする様々な国の人々の姿があった。
既に百八十歳を超えた彼女の言葉は、王族達にも特別なものとして響いたのだろう。彼らも、それぞれ遠方に視線を転じる。
家臣達も、主君と同様に各所で歓談している。
ガルゴン王国とカンビーニ王国の大使の家族達は、一塊になり若い男女を囲んでいる。彼らの輪の中にいるのは先日婚約したナタリオとアリーチェである。
ナタリオの父はガルゴン王国の大使リカルドで、アリーチェの方はカンビーニ王国の大使ガウディーノだ。流石に父達は王の側付きとして働いているが、久々に会う母達は二人に楽しげに語らっている。
同じような光景は、そこかしこに見られた。
ムルレンセ伯爵の嫡男フェルテオと彼の妻は、娘のロカレナとの再会を喜んでいる。ロカレナは、シェロノワでミュリエルの側付きを務めているのだ。
ガルゴン王国でも有数の武人であるフェルテオだが、その目には涙が浮かんでいる。ロカレナはまだ五歳だから無理はなかろう。もっとも娘のロカレナは毎日が楽しいようで、今も両親にシェロノワや学校での様子を笑顔で伝えている。
カンビーニ王国からは、モッビーノ伯爵夫妻が王の一行に加わっていた。彼らは、息子のエヴァンドロの様子をエディオラから伝えられ喜んだ。跡継ぎには向かないと廃嫡されたエヴァンドロだが、親達は変わらず案じていたようだ。
シノブは暫し辺りを眺めていたが、あることを思い出した。彼は、ヤマト王国で手に入れた清酒と芋焼酎を振る舞おうと考えていたのだ。
「今日は珍しいものを持ってきました」
周囲の者に微笑みかけたシノブは、側に控えるアミィへと顔を向けた。囲んでいた者達は、興味深げな様子で続きを待っている。
「皆様、新しいグラスをお持ちください」
アミィは、二つの樽を取り出した。すると、それを見た侍女達が新たな酒盃を運んでくる。
「酒か!」
アミィが取り出した樽を見て、イヴァールが歓声を上げた。声こそ立てなかったものの、隣に立つ父のエルッキも顔を綻ばせている。
「こちらはお米から出来たお酒、そしてこちらはお芋で作ったお酒です……試飲ですから、イヴァールさんからお願いしましょうか」
アミィは柄杓を二つ取り出し、片方をイヴァールに差し出した。いきなり王族達に飲ませるわけにはいかないし、エルッキも大族長だ。そこでイヴァールに試させる、ということらしい。
「おお! 親父、済まんな!」
イヴァールは満面の笑みを浮かべ、柄杓を受け取った。そして彼は、侍女が脇に置いたワゴンから一番大きなグラスを選び取る。
「透き通っているのか……」
イヴァールが柄杓を入れたのは、清酒の入っている樽だった。彼はウィスキーやブランデーのような琥珀色の酒を思い描いていたのだろう、少しばかり怪訝そうな表情をしている。
ドワーフが好むのは長期間樽で熟成させた酒だ。おそらく透明な酒を見たイヴァールは、まだ若く熟成が足りていないと思ったのだろう。
「ふむ……しかし、どことなく果物のような香りもするぞ」
清酒をグラスに注いだイヴァールは、いきなり飲まなかった。
そんなイヴァールの横では、父のエルッキが待ち遠しげな顔をしている。王族達も興味を示してはいるが、乗り出すようにしてグラスを注視しているのは彼だけだ。
「美味い! 強くは無いが柔らかい味が良いな。それに、やはり果物のような……ふむ……」
「イヴァール、もうそのぐらいで良いだろう!」
目を瞑り味を思い返しているイヴァールを押しのけたのは、父のエルッキだ。そして彼は柄杓をもぎ取ると、同じくグラス一杯に注いでいく。
「親父……。まあ良い、こちらが芋で作った酒か……」
父に退かされたイヴァールは、僅かな間だけ顔を顰めていた。しかし彼は新たな酒があることを思い出したらしく、グラスを侍女に返すと代わりのものを受け取った。
「ジャガイモとは違う南方の芋だよ。そちらは強いけど……イヴァールなら薄めなくても大丈夫か」
「米と南方の芋か……シノブ殿、製法は?」
シノブに問いかけたのは、カンビーニ王国のレオン二十一世だ。その隣ではガルゴン王国のフェデリーコ十世とデルフィナ共和国のエイレーネも、興味深げな顔をしている。この三国は南方だから、自国でも作れないかと思ったのだろう。
特にカンビーニ王国とガルゴン王国は、稲作も行っている。したがって、上手くすれば新たな産業となる可能性は充分にある。
「残念ながら製法までは……麹というものが必要で、酒だけではなく味噌や醤油を作るのにも必要なのですが……」
「エウレア地方では麹を作っていないと思いますが……麹とは、ビールやパンなどと同じで、発酵させるものです」
シノブの言葉を補ったのはアミィだ。神の眷属である彼女が言うのなら、間違いないだろう。
「そうか……だが、エルッキ殿やイヴァール殿があれほど気に入っているのだ。どうにかして作ってみたいものだ」
レオン二十一世は、新たな酒に喜ぶ二人のドワーフへと目を向けた。あれだけ美味しそうに飲まれては、気になるのも当然だろう。
「孫のファリオスなら、何とかするかもしれません。メリエンヌ学園で研究しては如何でしょう?」
「それは良いですね」
エイレーネは、北の高地の学校で農業の研究をしているファリオスの名を挙げた。シノブも、醸造はともかくサツマイモの栽培は研究してもらおうと思っていたので、彼女に賛意を示す。
「それは良いの! ではシノブ殿、よろしく頼むぞ!」
フィオリーナは、そう言うと樽の側に歩んでいった。どうやら、彼女は待ちきれなくなったらしい。それに他の者達も試飲しに行く。
「シノブ君、それが例の『キクマ・サームネ』かね!?」
先代アシャール公爵ベランジェが、シノブに近づき語り掛ける。メリエンヌ王家がホスト役だからか、彼は今まで他国の者達を持て成していた。しかし、その大半が試飲の列に並んだため、暇になったらしい。
「義伯父上……」
ベランジェの悪戯っぽい問いかけに、シノブは思わず頬を染めた。彼の隣では、シャルロットやミュリエルも笑っている。
ベランジェが口にしたのは、シノブが初めてベルレアン伯爵の館で食事したときに出任せで出した酒の名であった。おそらくベランジェは、妹でベルレアン伯爵の第一夫人であるカトリーヌから聞いたのだろう。
「叔父様、それは何ですの?」
「知らなかったのかね!? 実は……」
セレスティーヌに問いかけられたベランジェは、意外そうな顔をしていた。そしてニヤリと笑った彼は、楽しげな声音で姪に説明しかける。
「セレスティーヌ、後で教えるから!」
シノブが慌てて遮ると、ベランジェは大きな声を立てて笑い始めた。
周囲の者達はベランジェに一瞬視線を向けるが、再びそれぞれの会話に戻っていく。どうやら先代アシャール公爵の奇矯な振る舞いは、多くの人が知るところらしい。
◆ ◆ ◆ ◆
「あ、あれも竜なのか!」
「嵐竜って言うらしいぞ!」
「あの大きな虎が光翔虎のメイニー様……」
王都メリエは、興奮の坩堝と化していた。何と、十頭を超える竜と光翔虎が集ったのだ。
シノブ達のパレードは、各地から駆けつけた竜や光翔虎によるものであった。
各国からの来客を運んだ彼らは、午餐会に参加せず竜と光翔虎だけで交流を深めていた。彼らは、人間が食べるようなものを口にしないからだ。
大通りを進む先頭は、シノブとアミィ、それにアルフォンス七世を乗せたメイニーである。彼女は、得意げに頭を高く上げている。
──ふふふっ! ジャンケンの練習をしていて良かったわ!──
シノブとアミィは、密かに笑いを零していた。メイニーは思念のみを発したから、彼女の言葉を理解できたのはシノブ達だけであった。
集った竜と光翔虎は、誰がシノブ達を乗せるかで揉めたらしい。
今回、パレードの参加者は最小限とした。メリエンヌ王国の王族を乗せたら他国も、となるからだ。そこで譲渡した国王と譲られたシノブ、一般には秘しているが神の眷属であるアミィだけとなったのだ。
そのため人を乗せるのは一頭だけとなったのだが、それだけに熾烈な戦いとなったようだ。とはいえ、理性的な彼らである。彼らは、子供達の間で広まったジャンケンで決めることにしたのだ。
その結果、シノブ達を乗せて先頭を歩むのはメイニーで、その後ろに岩竜のヨルムとニーズ、そして炎竜のイジェ、海竜のイアスと続いている。
四頭の竜は何れも雌ばかりだが、これは子供達が母と会えるようにとの配慮らしい。オルムル、ファーヴ、シュメイはそれぞれ母の近くを飛翔し、リタンは浮遊するイアスの背に乗っている。
──この街も石ばかりなんですね!──
嵐竜の子ラーカは上空を飛んでいた。彼は、木造建築が多いヤマト王国との違いに驚いているようだ。
──西の方にはこういう街が多いのだ──
──こうやって間近に見るのは初めてですね──
ラーカを囲むように、親のヴィンとマナスが飛んでいる。
彼らは、東洋の龍に似た細長い体で手足は短く、地上を進むのには向いていなかった。そこで、上空からパレードに加わったわけだ。
──ラーカさんの生まれた場所にも行ってみたいですね~!──
──ぜひ来てください!──
フェイニーは、地上近くを飛ぶよりも上空を舞う方を選んだようだ。彼女はラーカの側を飛んでいる。
「アルフォンス一世陛下の再来じゃ……」
「本当に……」
もちろん注目を浴びているのは、竜や光翔虎だけではない。燦然と光り輝くシノブも、多くの人の目を惹きつけている。
再び神具を着けたシノブは、それ自体と光翔虎のメイニーから放たれる光で、今まで以上に眩く輝いていた。彼の姿を見た人々は、数々の書物や絵画に残る第二代国王を想起したのだろう。大通りの両脇は、滂沱の涙を流し跪く者で溢れている。
「シノブ殿……この日を私は決して忘れはしない。アルフォンス一世陛下の守りし宝をそなたに渡せたこと、多くの国の者が集ったこと……そして民の笑顔を目にしたこと。
だからこそ思う。アルマン王国の者にも、このような笑顔を……」
アルフォンス七世はパレードの一員に相応しい笑顔を維持している。しかし、その言葉は対照的に重たかった。王家に伝わる神具と、それを目にして喜ぶ人々から、彼はアルマン王国の秘宝を思い出したようだ。
「はい」
シノブも笑顔で手を振りながら、言葉短く王に答えた。
アルバーノやソニア、そしてホリィ達の調査で、アルマン王国の秘宝の概要は明らかになりつつあった。
宝冠と杖のどちらか、もしくは双方が水を操るものらしい。アルマン王国の初代国王ハーヴィリス一世の逸話を細かく調べると、海や河の水を操ったというものが多かった。しかも、ある時点から規模が急激に大きくなっている。どうも、その頃ハーヴィリス一世は二つの秘宝を手にしたらしい。
そしてハーヴィリス一世の力は、それからも徐々に大きくなっていた。どうやら彼の力は、各地を従えるに連れて増したようだ。
アルマン王国の秘宝のどちらかは、使い手を支持する者の何かを糧としているのではないか。そして支持者が多いほど、秘宝の力は増すのではないか。シノブは、そう思わざるを得なかった。
シノブだけではなく、アルバーノ達もそう考えたらしい。また、ブロアート島にいるシメオンやマティアスもベイリアル公爵と共に古記録を当たり、同じ結論に達したようだ。
ハーヴィリス一世は、人々を害したわけではない。少なくとも、彼の治める地に記録に残るほどの不審な病や変死は無かった。
おそらく秘宝は、彼を崇拝する者から僅かずつ力を得たのだろう。個々から極めて微量な魔力を集めるのか、秘宝の力を使うのに慕う心が必要なのか。
シノブは、それらの推測をアルフォンス七世に伝えていた。そのため国王は、アルマン王国のことを想起したようだ。
「軍務卿……ジェリール・マクドロンは、総統などと名乗って王に成り代わった。そして、ついには王家の遺宝を手にした。それが自然なことなら私も異論を唱えるつもりはない。だが……」
「ええ。彼らは、王太子のロドリアム殿と妻のポーレンス殿を使って秘宝を得たようです」
悔しげなアルフォンス七世に、シノブは静かに応じた。
アルバーノは、ジェリールが目覚めた後も偵察を続けていた。秘宝を得たジェリールは暫く意識不明となり何が起きたか謎のままだったが、目覚めたジェリールと息子のウェズリードの会話で概要が掴めてきたのだ。
王家の秘宝は、最初ロドリアムが手にしたという。
『隷属の首飾り』によりマクドロン親子の言いなりとなったロドリアムは、多数の『魔力の宝玉』を持たされ秘宝を安置する聖所に向かった。そして彼は増強した魔力で秘宝の使用者となった。どうも、王族としての加護に加え莫大な魔力を得たため、秘宝に認められたらしい。
次にロドリアムは、マクドロン親子の命に従いウェズリードに秘宝を渡そうとした。しかしウェズリードは、幾つ『魔力の宝玉』を使っても使用者となることは出来なかった。そこで父のジェリールが試すことになった。
息子とは違い、ジェリールは成功した。『魔力の宝玉』を使い、しかも自身の力も大幅に削りながらだが、彼は秘宝を手にしたのだ。
なお、ポーレンスは魔力の補充役だったらしい。彼女は、実際に幾つかの『魔力の宝玉』に力を注いだようだ。
「アルマン王国の聖所に、御霊は宿っていなかったのだろうか……もし御霊がいらっしゃったなら、どのようなお気持ちだっただろうか……」
アルフォンス七世は、沈んだ声で呟いた。アルマン王国で起きたことは、彼が午前中に体験したことと、あまりに違いすぎる。そのため、余計に衝撃が大きいようだ。
「わかりません。ですが、不正な手段で得た宝は、元の場所に戻すべきです。でなければ、正しい使用者の手に!」
アミィも、ハーヴィリス一世の魂がどうなったかは知らないようだ。だが、彼女は起きたことは起きたこととして、あるべき姿に戻さなくてはと決然たる表情で言い切った。
「アミィの言う通りです。私が実現してみせます」
シノブも力強い声音で続く。
これは、同じく秘宝を得た自分のすべきことだろう。シノブは、そう思ったのだ。
「すまぬ……支援はする……だが……」
アルフォンス七世は国王らしからぬ弱気な言葉を漏らした。彼は自身の力では及ばないと理解しているのだろう。だが、それ故もどかしさが募るのではないか。
「もう充分に助けていただいています。フライユ伯爵領もそうですが、旧帝国領は陛下や義伯父上の助けがなければ、どうなっていたことか……これからもよろしくお願いします」
「ああ、そちらは任せてほしい。弟共々、そしてこの国を挙げて支援する」
アルフォンス七世は、シノブが差し出した手を、しっかりと握り返した。そして彼は、ようやく憂いの無い笑顔に戻る。
シノブは再び眼下の人々に手を振りながら、内心では王と交わした会話を思い出していた。
アルマン王国との決戦は、もはや避けられない。彼の国の秘宝が支持者により強くなるものだから、そして水に関するものだから、マクドロン親子は窮状に耐え続けてきたのだろう。
ジェリールは秘宝の力を王都アルマックの民に示し、人々から得た力で海上を封鎖するアマノ同盟軍を打ち破りに掛かるに違いない。
ならば、戦場に出たジェリールを討ち取る。正々堂々の戦いで倒せば、アルマン王国の人々の恨みも少ないのでは。そうであれば、戦後に立ち上がる新国家も早期に纏まるかもしれない。シノブは、そう考えたのだ。
シノブは間近に迫る新たな戦いに思いを馳せつつ、集った竜と光翔虎、そして祝福してくれる多くの人々へと視線を向けた。
この素晴らしい光景を守るために戦おう。そして偉大な魂達のためにも。そんなシノブの思いに応えるかのように、四つの神具は一際眩しい輝きを放っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2016年4月23日17時の更新となります。
本作の設定集に、16章前半の登場人物の紹介文を追加しました。
設定集はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。