16.24 光の冠の声
メリエンヌ王国の誕生は、今から551年前の創世暦450年である。
都市国家メリエの貴族エクトル・ド・ヴィリエは、およそ十五年でエウレア地方の中央部を纏め上げ、初代国王エクトル一世となった。
彼は様々な人に支えられて王位に就いた。まずは聖人ミステル・ラマール。続くは七人の股肱の臣、つまり現在の七伯爵家の祖だ。
そして跡取りにも恵まれた。それは、息子で後に第二代国王となったアルフォンスだ。
アルフォンスは公式にはエクトルと彼の妻ユルシュルの子とされている。しかし彼の本当の母は聖人ミステル・ラマールだ。ミステル・ラマールはエクトルと愛し合っていたのだ。
当時も一夫多妻は認められていたが、今以上に男性が尊ばれる時代でもあった。そのためミステル・ラマールは男と偽り男装で通した。
これは極めて限られた者しか知らないことで、現在も王家の秘事として伝わるのみである。
特別な生まれのためだろう、アルフォンスは幼い頃から極めて優れた才能を示した。アルフォンスは創世暦438年の生まれで、建国した頃は未成年だ。しかし彼は大人と同様に戦に出た。
エクトルは、新たな国を築く者として神から極めて大きな加護を与えられた。そしてミステル・ラマールは神の眷属だ。その二人の子であるアルフォンスは、学問、魔術、武術などあらゆる面で並外れた、正に神童というべき少年となった。
そしてエクトルの即位に伴い王太子となったアルフォンスは、休む間もなく東へと旅立った。誕生したばかりのメリエンヌ王国には、巨大な敵が迫っていたからだ。そう、東のベーリンゲン帝国である。
「でも、神童とはいえ僅か十二歳の少年だからね。聖人は非常に案じたらしい。それこそ息子を戦場に送り出す母のようにね!」
語っているのは先代アシャール公爵である。そして彼の話を聞くのはシノブとアミィ、シャルロットとミュリエルの姉妹、そして王女であるセレスティーヌだけだ。
ここは王宮に向かう馬車の中だ。朝一番で王都メリエの大神殿に転移したシノブ達を出迎えに現れたのはベランジェだったのだ。
「そこで聖人は、光の大剣、光の首飾り、光の盾、そして光の額冠を授けた。国境で帝国を押し留めたのは、これら四つの秘宝の力も大きいんだよ!」
ベランジェは更にアルフォンス一世の伝説を語っていく。
メリエンヌ王国の成立と殆ど同じ時期に、ベーリンゲン帝国も国内を統一した。そして帝国は更に西に進もうとするが、王太子アルフォンスが率いるメリエンヌ王国軍が彼らの前に立ち塞がった。
「両国を繋ぐのは平原とはいえ山間の狭い場所だ。ここで防ぐことが出来たのは不幸中の幸いだよ。でも、当時は砦など存在しない。そのため非常に過酷な戦いだったらしいね」
「山ほどもある大岩を投げつけた巨人に、平原の端から端まで矢を飛ばした長腕の敵、それに千の兵を一瞬で倒したという帝国の将軍……恐ろしいですわ」
ベランジェに応じたのはセレスティーヌだ。彼女が口にしたのは、王太子アルフォンスと戦ったという帝国兵の伝説である。
「誇張も入っているだろうけどね。でも帝国の記録が確かなら、今では考えられない力を持った者がいたようだ。その頃の皇帝は邪神の影響が強かったらしいし……」
ベーリンゲン帝国が滅亡した後、ベランジェは彼の地の古記録を調べ帝国の歴史を把握しようと努めた。そのため彼は、それまでメリエンヌ王国の者が知らなかった多くの事柄を掴んでいた。
ベーリンゲン帝国の皇帝は、何れも彼らの神と交信する能力を持っていたという。だが、その能力には大きなばらつきがあり、単に交信できるだけの者もいれば、更なる異能を示した者もいるそうだ。
そして創世暦400年代中盤の皇帝は、配下に特別な力を与えることが出来たようだ。シノブが倒した最後の皇帝も配下を異形へと変えたが、それと似たような力の持ち主だったのであろうか。
「そんなわけで若き日のアルフォンス一世陛下は、殆どを国境で過ごしたんだ。
残念ながら、我らのご先祖様は四つの宝をシノブ君ほど使えなかったらしい。とはいえ、他の者は持つことも出来ない聖なる宝だから、使えるだけでも凄いんだけどね」
ベランジェは、意味深な笑みをシノブへと向ける。
光の神具を使うことが出来たのは、これまでアルフォンス一世だけであった。神々の眷属と同じかそれ以上の加護を持っていないと、これらの神具を動かすことは出来ないからだ。
そして神具から引き出せる力は、加護の強さに左右されるようだ。判りやすいのは光の首飾りや光の盾である。アルフォンス一世は、それらから三つずつの光弾と光鏡を出現させたというが、シノブは何十個も出せるし大きさも桁違いらしい。
要するにベランジェは、シノブが聖人の子を遥かに超える、と暗に言っているのだ。
「王太子の二十五年の戦いですね……伝説の武器で敵を打ち倒し、兵士を鼓舞して長大な城壁を築く……子供の頃、お爺様から教えていただきました」
祖父の語った逸話を思い出したのだろう、シャルロットは感動の面持ちとなっていた。
王太子アルフォンスは、即位までの二十五年間の大半を戦場で過ごした。神具を使えるのはアルフォンスだけだし、それを抜かしても彼は際立った能力を持っていた。辺境で耐える兵士達を長く支え士気を維持したのだから、武勇や指揮能力だけではなく高い人望を備えた将だったに違いない。
その彼を支えたのは七伯爵やその息子達だ。ベルレアン伯爵の継嗣で王家の外孫でもあるシャルロットが、父方と母方の先祖の双方が活躍した戦いに特別な感慨を抱くのは至極当然のことだろう。
「私も本で読みました! 光り輝くアルフォンス一世陛下の挿絵、とても素敵でした……」
ミュリエルが触れた本は、シノブも見せてもらったことがある。
王太子アルフォンスや配下の苦難に満ちた戦いは、後の世に伝説的偉業として語り継がれている。そのため多くの書物に記され、演劇の題目にもなっている。
「ところで義伯父上。光の額冠は、どのような力を持っているのでしょう? 書物に詳しいことは記されていなかったのですが」
シノブは、これから手にする光の額冠について多少は調べていた。しかし最後の神具が持つ力を明らかにしたものは無かったのだ。
光弾と光鏡は、外から見て取れるだけあって触れているものは多かった。それに神具を身に着けたアルフォンス一世が、他とは隔絶した魔術を使ったという逸話も残っている。
光弾が光の首飾りで、光鏡が光の盾、そして魔力の増幅が光の大剣ということは、実際にそれらを使用しているシノブには明らかだ。しかし光の額冠の力らしきものは、どの書物や伝承にも残っていなかった。
「さあねぇ……額冠を着けたアルフォンス一世陛下は、とても神々しくて皆が平伏した、とかそういう話はあるがね……まあ、もうすぐ明らかになるよ!」
どうやらベランジェも額冠の持つ力については知らないようだ。
アルフォンス一世の子供達は、父ほどの加護を持たず神具を手にすることは出来なかった。そのためか、アルフォンス一世は使い方を語らないまま世を去ったらしい。
そんなことを話しているうちに、馬車は王宮へと着いていた。神具が安置されているのは、王族が住む小宮殿の地下だという。そのため馬車は大宮殿には寄らず、脇へと向かっていく。
◆ ◆ ◆ ◆
小宮殿の地下には、三公爵家と同じような隠し部屋が存在した。そこまでシノブとアミィを案内したのは国王アルフォンス七世に王太子テオドール、そして先王エクトル六世だ。
遺宝の安置所に赴くことが許されているのは、非常に限られた者だけだ。何しろシャルロット達だけではなく、国王の異母弟であるベランジェも同行せずに上で待っているのだ。それは、ここが一種の聖地だからであろう。
安置所の中には、公爵家の地下と同様に巨大な黒い岩らしきものがあった。他と同じく囲むには大人が十人ほど必要で、高さもそれに相応しい極めて大きな塊だ。
黒々と艶やかな表面は自然物とは思えないし、材質も判然としない。しかし、それらは謎の塊が放つ神々しさに比べれば些細なことだ。
神自身が創り出し、この場に置いた。そんな思いすら浮かんでくる、清らかで圧倒的な力が感じられる。これなら、代々の国王が秘してきたのも当然であろう。
「さあ、シノブ」
中に入った国王は脇に退き、厳かな仕草で正面を示した。彼が示す先には、白い光を放つ額冠がある。そう、アルフォンス一世の遺宝の一つ、光の額冠だ。
三公爵家と同じく、光の額冠は黒々とした塊に直接張り付いていた。大人の顔の高さほどにある額冠は、何の支えも無いのに垂直な壁面に留まっている。
「はい」
アミィと三人の王族が見守る中、シノブは前に進み出る。
彼も神々しい光に包まれていた。彼が身に着けた光の大剣、光の首飾り、光の盾の三つの神具も、額冠に呼応するかのように普段よりも強い光を放っているのだ。
シノブが光の額冠に手を伸ばすと、四つの神具は更に強く輝いた。それは、五百年近い時を越えて全てが揃ったのを神具自身が喜んでいるようでもあった。
そしてシノブの指が額冠に触れたとき、安置所の中は眩い光に満たされる。
──四つの神具が揃う光景……再び目にすることが出来るとは──
光に包まれた空間に、シノブが初めて聞く思念が響く。男性のものらしい荘厳な声は、目の前の巨大な塊から伝わってくるようだ。
──貴方は?──
──私は、かつてアルフォンス一世と呼ばれた者。大神の御子シノブ様。そしてアミィ様……お初にお目にかかります──
シノブの問いを受け、謎の声は正体を告げた。声の主は、四つの神具の所有者であった、アルフォンス一世その人だったのだ。
──やはり、祖霊となっていたのですね?──
アミィの思念に、驚きは少なかった。どうやら、彼女はアルフォンス一世の出現を予測していたようだ。
──はい。この国全体を守るのは父の魂。そして私は、ここで母から授かった神具を守っておりました──
そしてアルフォンス一世の魂は、シノブとアミィに静かに語り始める。
生前のアルフォンス一世は、これらが神具だと薄々気が付いていた。だが、母であるミステル・ラマールは、使い方こそ教えたが、由来に触れることは無かった。その彼が真実を知ることになったのは、六十を前にして退位を決意したときであった。
アルフォンス一世には四人の息子がいたが、何れも神具を手にすることは出来なかった。神の眷属の息子であるアルフォンス一世は極めて大きな加護を授かっていたが、子や孫は王族として充分な力を持つものの、そこまで飛びぬけてはいなかったのだ。
このとき既にミステル・ラマールは神界に戻っていたし、数年前に父であるエクトル一世も世を去っていた。そのため、アルフォンス一世が相談できる者は一人しかいなかった。それは、当時の大神官だ。
大神官は、聖人ミステル・ラマールからの言葉を預かっていた。
四つの武具が最高神であるアムテリアの手になるもので、使うには眷属に並ぶか超える加護が必要であること。おそらく、かなりの長期に渡り使い手は現れないだろうこと。そのため四つの安置所を用意していたこと。それらを大神官は、アルフォンス一世に語ったのだ。
──それから数十年後、死期を悟った私は大神官に教わった通りに神具を安置しました。ただ、神の力を秘めた武具を、このまま置いて何かあったら。その思いが私を満たしたのです。
幸いにも、私は祖霊となり輪廻の輪から抜け出すことが出来ました。そこで、ここで神具を守ることにしたのです──
父であるエクトル一世の魂は、国全体の守護をしている。ならば自分は、凄まじい力を秘めた神具を次なる使い手が現れるまで守護しよう。祖霊となったアルフォンス一世は、そう決意した。
神具は相応しい者しか動かせないが、自分を遥かに超える加護があれば破壊できるかもしれない。それに神の眷属である母が、安置所まで用意して受け継がせようとしているのだ。きっと、先々必要となるときがあるのだろう。
それらの思いが、アルフォンス一世を神具の守護者としたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
──長い間、苦労しましたね。ですが、もう心配は要りません。
貴方の心は私達が受け継ぎます。神界の母の下に行くも良し、父と共にこの地の守護をするも良し。貴方の好きなように歩んでください──
アルフォンス一世の思念が祖霊となった経緯を語り終えると、アミィが労りの言葉を掛けた。少女にしか見えない彼女だが、その思念は眷属に相応しい深みと慈しみを伴っている。
──もったいないお言葉。ですが、まだやるべきことがあります。シノブ様に神具の使い方をお伝えしなくては──
神具の使い方が明らかになっていないのは、アルフォンス一世自身が後継者に伝えるからであった。一旦は書物に記し大神官に預けた彼だが、祖霊となった後に破棄させたという。
──光の額冠は、場を縛ることが出来ます。私は主に敵の足を留めることに使いましたが、使い方次第で更に色々なことが出来るようです──
生前のアルフォンス一世は、母から神具の使い方を詳細に教わっていた。しかし彼は神具の力を全て引き出せたわけではないらしい。
──場を縛る力……空間の操作でしょうか?──
──空間……はい、母もそう言っておりました──
シノブの想像は当たっていたようだ。アルフォンス一世の魂は、彼の言葉を肯定する。
光の額冠が空間を操作するものなら、上手く使えば異神達を逃さずに済むだろうし、転移で飛ばされることもないだろう。思わぬ朗報に、シノブは微笑みを零す。
──光の大剣は魔術を乗せることが出来ます。シノブ様は全ての属性をお持ちですから、きっと様々に使えるでしょう。光の首飾りと光の盾も、各属性を付与できます。
また、四つの神具が揃うことで更なる力が引き出せるようになります──
第二代国王の思念は、他の神具についても説明をしていく。
光の大剣が魔力を乗せられることには、シノブも気が付いていた。実際に異神との戦いで魔力を注ぎ、剣身の何倍もの長さを持つ光で攻撃したこともある。
だが、シノブは光の大剣に具体的な魔術を乗せたことは無かった。この世に一つしかないだけに、万一のことがあってはいけないと思ったからだ。
しかし、これからは神具と魔術を併用した戦い方も出来る。それに、相乗効果により更に力が増すらしい。四柱もの異神を相手にするシノブにとって、それらは非常に心強い。
──これでお伝えすることは終わりです。それでは、私も父の下に行きましょう──
アルフォンス一世によると、彼の父の魂は聖地サン・ラシェーヌの大聖堂を宿としているそうだ。建国王は国を守護する場に聖地を選んだのだ。
──ありがとうございます。貴方が守ってきた神具、大切に使います──
伝説の王の魂に、シノブは心を篭めた言葉を返した。そして彼は、聖地へと向かうアルフォンス一世の魂を見送ろうとする。だが、第二代国王を送る者は、彼やアミィだけではなかった。
──アルフォンス、お疲れ様でした──
シノブの脳裏に、涼やかな女性の思念が届いた。それはアミィに似ているが、彼女より年長に感じる落ち着きのある声であった。
──母上!──
それまで成熟した男性のようであったアルフォンス一世の思念が、まるで子供のような響きへと変わる。
シノブは、訪れたのがアルフォンス一世の母、聖人ミステル・ラマールであると悟った。彼女は、神界から息子を祝福しに来たのだ。
──シノブ様、この地をお願いします。アミィ、貴女も良くやっていますね。ホリィ達と協力してこれからも頑張るのですよ──
ミステル・ラマールは、シノブ達にも語りかけた。彼女も、アムテリアと共に地上を見守っているのだろう、シノブやアミィのことを良く知っている風であった。
──はい、頑張ります──
シノブは聖人と呼ばれた眷属の思念に短く応じた。五百年以上の時を越えた母子の再会を、彼は邪魔したくなかったのだ。
──お任せください!──
おそらくアミィも同じ気持ちなのだろう。知り合いなのか嬉しげな思念を放ったアミィだが、多くは口にしなかった。
──それでは失礼します……アルフォンス、あの人のところまで送りましょう──
──ありがとうございます! シノブ様、アミィ様! この地の者を、お願いします!──
それっきり、メリエンヌ王国の建国伝説に輝く二人の気配は消え去った。二人は祖霊となったエクトル一世が待つ聖地に向かったのだろう。
伝説の英雄の魂に触れたシノブは、深い感動を覚えていた。
アルフォンス一世の清冽な思念、そして死した後も愛する地を守る姿は、正に祖霊と言うに相応しい。それでいて母との再会を喜ぶ彼からは、青年のような若々しさと親を思う情が感じられた。このような魂に見守られているから、この国は温かな場所なのだろう。シノブは、そう思ったのだ。
自分は両親や妹と離れ離れになった。だが、いつかは再会する日が来るのだろうか。シノブの胸に、ふとそのような思いが浮かんでくる。
きっと、いつかは。それまでは、彼らのように遠く離れた家族への愛を抱いて生きよう。光の額冠を胸に寄せたシノブは、心の奥底に望郷の念を仕舞いこんだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「……シノブ殿?」
光が失せても立ち尽くすシノブに、後ろで見守っていた王太子テオドールが声を掛ける。
彼は、オベール公爵家とシュラール公爵家の安置所にも赴いた。そこでは室内を光が満たすことはなかったから、彼は何か特別なことが起きたと考えたのだろう。
「すみません。無事に神具を得ました」
振り向いたシノブは、テオドール達に光の額冠を掲げてみせた。すると三人の王族の顔に喜びが満ちる。
「おお! 早速着けてもらえないだろうか!?」
「アルフォンス一世陛下の遺宝が揃う姿を目にすることが出来るとは……長生きした甲斐があったぞ」
国王は歓喜の声を上げ、先王は感慨深げな呟きを漏らす。やはり、彼らにとって偉大なる先祖とその遺宝は特別なものなのだろう。
「それですが……アミィ?」
シノブは、ここで起きたことを三人に伝えようと思っていた。彼らの先祖であるアルフォンス一世や聖人ミステル・ラマールの訪れを、シノブは黙ったままにしたくはなかったのだ。
「はい、シノブ様の思うとおりに」
シノブの問いかけに、アミィは微笑み頷いた。彼女も、真実を告げることに異論は無いようだ。
そしてシノブは、国王達に先刻の出来事を伝えていく。彼がアムテリアの血族であること、アミィが神の眷属であることも含めてだ。
この期に及んで、それらを隠す必要をシノブは感じなかった。おそらくは国王達も察していることであり、シノブはベランジェも含め近々伝えようかと思っていたのだ。
「なんと……」
国王は、驚きと感動の表情で跪いていた。先王と王太子も、彼と同じ姿勢を取っている。
「お立ちになってください。私達は同じ目的に向かって進む仲間、同盟の一員です」
「では、お言葉に甘えよう……しかし、アルフォンス一世陛下がここにいらっしゃったとは……」
シノブが国王に手を差し出すと、彼は素直に立ち上がった。そして残りの二人も後に続く。
やはり、三人ともシノブやアミィの正体については察していたようだ。彼らは、その件については驚いていないようだが、礼儀として敬意を示したらしい。
「祖霊の件はご存知だったのですか?」
シノブは、アムテリアから聞いた神々についての話を思い出しつつ問いかけた。
アムテリアは、シノブ達がいる惑星を含む太陽系を司る神である。もっとも、この太陽系で生命が存在する惑星は一つだけであり、事実上は惑星の最高神と言うべきだろう。
そして、彼女には補佐する六柱の従属神がいる。一般に、この惑星の人が神として認識しているのはここまでだ。
しかしアムテリアは、地球には国や一族を守護する神霊がいたと言った。そして、それらの神霊は功績次第で上位の神への道を歩むそうだ。おそらく、アルフォンス一世やエクトル一世も、そういう道を辿っているのだろう。
「はい。大神官殿から、聖地にはエクトル一世陛下の御霊が宿っていると伺っています。ですが、それらは秘事であり、公にはしないとも。おそらく他国も同じだと思います」
シノブの問いに答えたのは、王太子テオドールだ。
エウレア地方では、死者の魂は輪廻の輪に戻ると信じられている。闇の神ニュテスも、シノブにそのように語ったから事実なのだろう。
一方で、祖霊という概念はあまり広まっていないらしい。アムテリアがこの世界を創ってから、千年を過ぎたばかりだ。そのため祖霊となるほどの者も、それほど多くないのかもしれない。
「大神官殿は、民の幸せこそが御霊の喜びとなる、とおっしゃった」
「うむ。我らの祖は偉大な方々だが、神々と同様に祀るのは畏れ多い」
国王と先王は、王太子の言葉を補足する。
神々による創世が明確であるためか、様々なものを軽々しく神に加えるのを避けているのかもしれない。三人の言葉を聞いたシノブは、そんな想像をする。
ともかく、伝えるべきことは伝えた。その事実はシノブの気持ちを軽くした。
アルフォンス一世や聖人ミステル・ラマールの件を黙ったままでいるのは、シノブにとって辛いことであった。この辺りは、シノブが祖霊信仰の色が強い日本人だからかもしれない。
「それでは上に行きましょう。式典は午後ですし、多少は光の額冠の力をお見せできると思います」
「おお、それは嬉しい。では、皆の下に戻ろう」
シノブが声を掛けると、国王は嬉しげな表情で応じた。普段は威厳に満ちた王である彼も、伝説の武具には強い興味を抱いているようだ。もちろん、先王や王太子も同じである。
そのためだろう、地上に戻る彼らは弾むような足取りで歩いていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「シノブ、素敵です……光の化身のようです……」
これは、光の額冠を身に着けたシノブを見たシャルロットの第一声である。人前では大袈裟な賞賛をしない彼女とは思えない率直な褒め言葉だ。
だが、それも無理はないかもしれない。額冠を着けた瞬間、残り三つの神具も輝きを増した。普段から淡い光輝に包まれている神具だが、全てが揃うと神秘の光は幾倍かになったのだ。
「確かにね! いっそのこと『光の使い』と名乗ったらどうかね!」
ベランジェの言葉にシノブは苦笑いをした。岩竜ガンドが贈ったこの異名を、気恥ずかしく思ったシノブは広めないように頼んだ。しかし、ベランジェは竜達の誰かから聞きだしたのかもしれない。
「本当に……ねえ、お母様方?」
セレスティーヌは、実母である第二王妃のオデットと隣の第一王妃ラシーヌに顔を向けた。ここ小宮殿随一のサロンである白百合の間には、彼女達だけではなく全ての王族が揃っている。
「ええ……」
「アルフォンス一世陛下の肖像画のようですわね……」
オデットとラシーヌの脇では、先王エクトル六世の二人の妻も頷いている。彼女達の視線も、シノブに釘付けである。
「シノブ様は金髪碧眼ですから、尚更似ていらっしゃいますわね……」
「はい! 先ほど見せていただいたお姿とそっくりです!」
王太子妃のソレンヌに続いたのはミュリエルだ。彼女達は、伝説の武具を身に着けたアルフォンス一世の絵画を見たり逸話を聞いたりして待っていたのだ。
「お褒めの言葉、光栄です……ところで陛下、どちらで使ってみましょうか?」
「そうだな……そこの庭園でどうだろうか? 練兵場まで行くと大事になるだろうからな」
シノブの問いに、国王アルフォンス七世は窓の外を示した。そこには以前セレスティーヌやシャルロットと散策した薔薇の庭園がある。
「わかりました。では庭に」
光の額冠は物の動きを止めることが出来る。そうであれば、小石でも投げてもらって留めれば良いだろう。そう考えたシノブは、先に歩む国王に続いていく。
多くの花の植わっている庭園だが、王宮だけあって開けた場所も充分にある。シノブはその中央に立ち、彼の前には数個の小石を握ったアミィが歩み出る。
アミィの後ろには、シャルロットとミュリエル、それにセレスティーヌを含む王族達が並んでいる。それに、少し離れた場所には王宮を守る衛兵達の姿もあった。
「それではシノブ様」
「ああ、良いよ」
アミィは十歩分ほど離れたシノブに小石を投げていく。もちろん、子供でも受け取れるくらいの緩やかな速度でだ。
「止まりましたわね……」
「ええ……」
王妃達から、拍子抜けといったような呟きが漏れた。
アミィが投げた数個の小石は宙に留まっているが、それだけだ。おそらく彼女達は、伝説の武具に相応しい衝撃的な光景を期待していたのだろう。
王宮の庭で出来ることなど限られている。そこでシノブは最も単純な例としてこれを選んだ。しかし、少しばかり地味すぎたようだ。
「シノブ、それはどんなものでも停止するのですか? それに生き物の場合どうなるのでしょう? もし、光弾や光鏡のように遠方まで効果が及ぶなら……」
シャルロットは、額冠の真価に気が付いたのだろう。彼女だけではなく、国王や先王と王太子の表情も鋭いものとなっている。
「生き物も止めるよ。それに、たぶん他のものと同じくらい広範囲に効くと思う」
これらはアルフォンス一世から聞いたものだ。アルフォンス一世は敵の動きを留め、その間に進軍や退却をしたそうだ。
「シノブさまや味方の人が、そこに入ったらどうなるのですか?」
「使用者は対象外となるようだ。やってみようか」
ミュリエルの問いを受け、シノブは宙に浮いた小石の横に歩み寄る。
しかしシノブの動きが阻害されることはないし、掴んだ小石を動かすことが出来た。どうやら、停止は選択的に作用するようだ。
「つまり、これで邪神に逃げられることは無いのですね!」
セレスティーヌは、両手を打って微笑んだ。彼女は、異神達が逃げ出さなければシノブの勝ちは間違いないと思っているのだろう。憂いの無い笑顔は、そう言っているようであった。
「そうなるね。後は見つけるだけだ。誰か行き先を教えてくれないかな?」
シノブの冗談めかした言葉に、その場に集った者達は声を立てて笑い出した。彼らは、自信ありげなシノブの様子を頼もしく思ったようだ。
笑顔の一同の中には伝説の英雄と同じ名を持つ国王がいる。その姿を見たためだろう、シノブはアルフォンス一世を思い出していた。
父と共に建国し、王として民を守り、そして死後も世に尽くしたアルフォンス一世に、シノブは深い敬意を抱いていた。
彼の遺志を継ぐ一人になろう。それが神具を受け取った自分の為すべきことだろう。明るい声の響く中で、シノブは己に未来を託していった英雄に恥じない生き方をしようと誓った。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2016年4月21日17時の更新となります。