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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
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16.22 王宮の攻防 後編

 クマソの家臣達は、王宮の中庭を慌ただしく行き来している。ある者は中庭を掃き清め、別の者は貴人達が腰掛ける床机(しょうぎ)を運んでくる。更に、模擬剣など武具を持ってくる者達もいる。

 彼らは、ヤマト大王家の第二王子である大和(やまと)健琉(たける)と、次代のクマソ王となる熊祖(くまそ)刃矢人(はやと)の決闘の場を整えようとしているのだ。


 まずは大極殿(だいごくでん)の手前に床机(しょうぎ)が設置される。

 床机(しょうぎ)黒漆(くろうるし)の脚を備え、座面に豪奢な刺繍(ししゅう)が施された極上の品だ。それにシノブ達とクマソ王の熊祖(くまそ)武流(たける)が腰掛ける。

 床机(しょうぎ)に座ることが出来るのは、極めて高位の者だけらしい。中央は神の使徒として扱われているシノブとアミィにミリィの三人だけ、少し離れた左脇に腰掛けているのも王のクマソ・タケルだけだ。


 二人の王子は、決闘の準備を進めている。

 タケルは(たもと)から出した札などを家臣に預けている。こちらの決闘でも魔道具の使用は禁じられているからだ。

 そして諸々の道具を渡し終わったタケルは、(たすき)を掛け袴の股立(ももだ)ちを取っていく。そんな彼の脇には、小さめの胸甲が置かれている。小柄なタケルは重い鎧を嫌い、胸甲のみとしたようだ。

 対するハヤトは背負っていた大剣と長弓や矢筒を降ろしていく。彼は革鎧と兜は変えないようで、それらを脱ぐ様子はない。


──決闘って、どんなことをするのですか?──


 シノブの肩の上で、嵐竜の子ラーカが思念を発した。本来は体長10m近い彼だが、今は1mほどに変じているから、太めの蛇が肩の上から顔を出しているようにも見える。


 嵐竜は、東洋の龍に酷似している。角のある頭と蛇のように長い胴に尻尾。そして全体からすれば小さな手足は、ある意味シノブにとって馴染みのある姿であった。

 もっとも、成竜であるヴィンやマナスとは違い、まだ一歳のラーカは長さに比べて太めである。親達は全長60mほどで胴の一番太いところが直径2mほどだが、ラーカの胴は元の大きさで50cmを超える程度だ。したがって、比率で言えばラーカの方が随分太い。


──相手を殺さないようにしながら、強さを競うんだよ──


 シノブは、ラーカを撫でながら思念だけで答える。近くにはタケルの家臣もいるから、肉声での返答は避けたのだ。


──だから、ああいう刃の無い剣を使うんだ。でも受け損ねたら骨折するし、突きだったら体を貫くよ──


 シノブは、すぐ手前で準備をしているタケルに顔を向けた。タケルは、模擬剣を選んでいるところだ。彼の前には、大剣から小剣まで様々な長さの模擬剣が並べられている。

 敷物の上で鈍い光を放つ十本ほどの剣は、刃を潰したものだ。とはいえ、防具の無いところに当たれば骨折は免れないし、突きなら刺し貫かれるだろう。


──頭への攻撃は避けるけど、治癒魔術があるから出来ることだね──


 シノブが言う通り、こちらの決闘は大よそエウレア地方と同様の形式であった。

 先ほどクマソの家臣がタケルに説明していたが、頭部への攻撃は禁止で魔術は自身に対してだけ使えるというものだ。それに、治癒術士を待機させているのもエウレア地方と同じである。


「それでは、行って参ります」


 刃引きした小剣を(たずさ)えたタケルが、シノブの下にやってきた。彼は(たすき)で袖を引き、袴の左右を帯に挟んで裾を上げている。そのため、彼の肘や膝から先は顕わとなっていた。

 小柄なタケルは手足も相応に細く、武芸が得意なようには見えない。徒歩で旅するだけあって引き締まってはいるが、右手の小剣が重そうに見える華奢な体である。


「ああ。健闘を祈っているよ」


 シノブは激励の言葉だけを口にした。

 相手のハヤトは熊の獣人らしく大柄な男だ。それに武術も得意らしい。その彼に対し、タケルはどう戦うのだろうとシノブは案ずる。

 タケルは人族としては極めて大きな魔力を持っているが、決闘であれば使える術は身体強化などに限られる。しかもタケルは身体強化を得意としていないようだ。仮に身体強化が得意なら、初めて会ったときに襲い来る森林大猪を躱せた筈だ。

 だが、シノブは不安や疑問を胸の内に留めた。タケルには、何らかの勝算があるらしい。目の前に立つ少年の顔は落ち着いており、微かに笑みも浮かんでいる。

 ならば、温かく送り出し応援をしよう。そんなシノブの思いが通じたのか、一礼をしたタケルは優しい笑顔と共に歩み去っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 決闘の準備を終えた今、タケルの五人の家臣もシノブ達の側に戻っていた。床机(しょうぎ)に腰掛けたシノブ達三人の後ろに、彼らは静かに控えている。

 シャンジーと二頭の成竜ヴィンとマナスは、シノブ達の両脇だ。元の巨体だと邪魔だと思ったのか、シャンジーは普通の虎くらい、ヴィンとマナスも十分の一ほどに小さくなっている。


 クマソの家臣は、シノブ達に遠慮したのか少し距離を置いている。位階の高い者は彼らの王の側に、低い者は決闘の場を囲むように集っている。どうやら、クマソの王宮に詰めていた武人や文官の多くがこの場にいるらしい。


 大勢で作る場の中に、タケルとハヤトが歩んでいく。そして中央まで進んだ彼らはシノブ達に向き直り、片膝を突いて顔を伏せる。

 するとクマソ・タケルが立ち上がり、シノブに向かって一礼をする。


「それでは、決闘を開始いたします」


 顔を上げたクマソの王は、その地位に相応しくない恭しさを滲ませつつシノブ達に語りかける。だが、それも無理はない。彼らはシノブとアミィ、そしてミリィが神の使いで、しかも非常に高位の存在だと思っているからだ。


 先刻、タケルはシノブに対し大日若貴子(おおひのわかみこ)と呼びかけてしまった。これは、タケルがシノブに贈った別称だ。

 タケルとしては、シノブに相応しい名を贈ったつもりらしい。何しろシノブは、最高神であり光を司るアムテリアの血族である。したがって、大いなる太陽の若き御子という名は事実に即したものではある。

 とはいえ、ヤマト王国で貴子(みこ)と付けるのは従属神だけらしい。要するに若貴子(わかみこ)とは、将来従属神になると言っているようなものだ。彼らがシノブ達を畏れ敬うのも無理はない。


「始めなさい」


 シノブが軽く頷くと、アミィが最高神の眷属に相応しい威厳と共にクマソ・タケルに言葉を掛けた。すると、クマソの王は再び礼をした後に、二人の若者へと向き直る。


「タケル殿は、魔苦異(まくい)大蛇(おろち)を操り反乱を目論む川見(かわみ)の者共を打ち倒し、竜の無実を明らかにした」


 クマソ・タケルは、決闘に至った理由を朗々たる声で語っていく。

 タケルはヤマト大王家とクマソ王家の関係を改善するため、ここ筑紫(つくし)の島へとやってきた。しかし、クマソ・タケルが交渉の場に着く条件として、カワミが代官を務める地を荒らすという竜の退治を持ち出した。

 だが、竜の噂はカワミの一族が流したものであった。彼らは魔苦異(まくい)大蛇(おろち)を隠すため、竜を(かた)ったのだ。


「儂は知勇に優れたタケル殿なら、語り合うに相応しい相手だと思う。だが、ハヤトが言うように、タケル殿が多くの助けを受けたことも事実だ」


 熊の獣人でも別格の巨体を持つ王は、その並外れた体に相応しい良く響く声で語っていく。

 竜との衝突は避けられたし、カワミの(たくら)みの要である魔苦異(まくい)大蛇(おろち)も倒された。しかし、それはシノブ達やシャンジーが為したことだ。もちろんタケルや家臣もカワミの者達を倒したが、竜退治に匹敵する功績かというと疑問が残る。


「そこで、力も優れていると示してもらいたい!」


 クマソの王は、両腕を大きく広げつつ一際大きな声を張り上げた。だが、顔を伏せたままのタケルに身振りで示す必要があるのだろうか。


 クマソ・タケルは、元からカワミの者達を疑っていたらしい。

 カワミはクマソ王家の有力な分家だ。それ(ゆえ)王といえども一定の配慮が必要で、明確な証拠も無く強権を振るうことは難しいのではないか。しかも、カワミの者達はヤマト王国からの独立を目指す急進派で、クマソ・タケルも扱いかねていたようだ。

 だが、タケル達がカワミの地に赴くことで何かが動くかもしれない。そこで彼は、竜退治をタケルに持ち掛けたのだろう。

 そして結果は最善のものとなった。カワミの(たくら)んでいた反逆は暴かれ、当主と跡取りを含む首謀者達は牢に入った。


 要するに、クマソ・タケルは労せずして領内の災いと邪魔な分家を消し去ったわけだ。

 おそらく彼は、こう考えているのだろう。竜に匹敵する難事を解決してくれたタケルと手を結んでも良い。だが、力を尊ぶ獣人達を納得させるものが欲しい。そうなれば、安心して融和へと舵を切れる。

 決闘前の口上にしては随分と力の篭もった言葉は、そんな王の内心を示しているかのようであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ヤマト王国とエウレア地方の決闘で異なるのは、審判の有無であった。ヤマト王国では、戦う両者のみが勝敗の判定をするのだ。

 決闘の開始を宣したクマソ・タケルが再び床机(しょうぎ)に腰掛けると、タケルとハヤトは立ち上がって距離を置く。そしてタケルが右手に持った小剣を、ハヤトが両の手で握った大剣を掲げたかと思うと、何の合図も無いままに戦いは始まった。


多力貴子(たぢからのみこ)よ! (われ)に力を授け給え!」


「魔術か!?」


 素早く呪文を唱えたタケルに、ハヤトが袈裟懸けに斬りかかる。頭部を外してはいるが、猛烈な勢いでタケルの肩に振り下ろされる剣は、命を奪うに充分な勢いである。


「やあっ!」


 一種独特な仕草と共に、タケルは身を屈めた。そして彼は低く前に跳び込んで大剣を躱し、そのまま横薙ぎに小剣を振るう。おそらく呪文で力を増したのだろう、その動きは身体強化を得意とする一流の武人に匹敵している。


 しかしハヤトは僅かに跳躍し小剣を避け、体を捻りつつ片手で大剣を振り回す。ハヤトは身長2m近い長身だ。その彼が振る剣は、充分タケルに届くかと思われた。


「やるじゃないか!」


 地に降り立ったハヤトは、嬉しげな声音(こわね)を発していた。そう、タケルは見事に回避したのだ。

 風を巻き起こし土煙を上げた大剣が、小柄な敵手を捉えることはなかった。地を這うように駆け抜けたタケルは、更に加速し遠くに跳び退()いていた。


「身体強化じゃない……活性化?」


「はい。タケル様は身体強化を得意としておりません」


 思わず言葉を漏らしたシノブに、タケルの家臣の一人が応じた。家臣のうち最も武に優れた男、伊久沙(いくさ)である。

 シノブ達の周囲にクマソの家臣はいないが、念のためかイクサは小声で語っていく。


「タケル様は光と闇の属性が強く、治癒の術は優れていらっしゃいます。しかし、攻撃の術はさほどでもありません。

もっとも、タケル様は上に立つお方です。集団での戦いであれば、多少の武勇よりも大王家の秘術の方が有用です」


 イクサが言うように、光属性と闇属性は治癒魔術の要である。光が回復、闇は催眠などの補助的な術だ。そして広く知られている攻撃魔術は、地水火風の四属性である。

 タケルは攻撃向きの四属性も使えるが、それは魔術師としては並以下だという。だが、彼はヤマト大王家の秘術である魔力譲渡や高度な活性化の術を使える。武人を率いるのであれば、確かにこれらの方が有効かもしれない。


「秘術か……」


 シノブは、秘術と言うよりは先祖から受け継いだ加護や体質だと思っていた。

 エウレア地方の王家も、容姿や技能に初代の特徴を色濃く残している。したがってタケルの技も、術というよりは彼らの家系だけに発現する特殊な能力である可能性は高い。


「活性化で体力が向上しても、戦いには限定的にしか使えないのでは?」


「そうですね~。力が上がっても、上手く使えないです~。それに掛け続けないと駄目ですし~」


 アミィとミリィが指摘した内容は、シノブの頭にも浮かんでいたことだ。


 戦闘能力を上げる術として一般的なのは、身体強化だ。元々、この世界の生き物は魔力で無意識に一定の強化をしている。これを基礎身体強化と呼ぶのだが、更なる強化を意識的にするのが一般に言う身体強化だ。

 元々が無意識に行っている技だから、身体強化は適性があれば殆ど意識することなく行使できる。それに身体強化は、反射速度や思考速度も含めたあらゆる身体能力を高めるから、使い勝手も良い。


 それに対し、活性化は体力のみを向上させる。そのため身体強化とは違い、増幅された力を上手く制御できないことが多い。殆どの場合、腕力や脚力が桁違いに上がっても適切な加減が出来ず、思う通りに動けないからだ。

 したがって、どんなに強力(ごうりき)を発し疾風(はやて)のように駆けようとも、優れた武人であれば技で(しの)ぐのでは。シノブは、そんな懸念を(いだ)いてしまう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブの予想は当たったようだ。

 ハヤトは、タケルの動きが何によるものか理解したらしい。一旦は感心を顕わにしたクマソの王子だが、今は僅かに失望したような表情でタケルの小剣を捌いている。


「猪武者……いや、ウリ坊武者ってとこか!」


 ハヤトは嘲弄(ちょうろう)というべき声を上げる。

 小柄な少年が真っ直ぐに跳び込む(さま)は、確かに小さな猪のようだ。そのため、比喩として適切であることはシノブも認めざるを得ない。


 活性化で増した力を用い、タケルは目にも留まらぬ跳躍を繰り返している。しかし、彼の動きは直線的かつ単調で、技としての精度も低い。

 タケルは一つの技しか知らぬのか、跳び込む角度や位置すら大して変わらぬ攻撃を繰り返すだけだ。これではハヤトが(あなど)るのも無理はなかろう。


「てやあっ!」


 何十回目かも判らぬタケルの斬撃を、ハヤトは巨大な剣で受けた。今まで散々繰り返された光景であり、今回もタケルは跳び退(しさ)る。しかしハヤトの表情には、それまでとは違う僅かな驚きが浮かんでいた。


「お前……何をした? 更に速さと重さが増すとは……それも上がる一方だ」


 ハヤトは、鋭い顔でタケルに問うた。最前までの遊び半分といった雰囲気は失せ、構えも決闘に相応しい気合に満ちたものに戻っている。


「答えるとでも?」


 タケルは短い言葉を発しただけで、攻撃を再開する。彼の動きや振るう剣の軌道は、これまでと変わらぬものだ。しかしハヤトが指摘したように、その速度は間違いなく上がっている。

 タケルの跳躍は一回ごとに速さを増していく。今まではごく僅かな変化であったが、ここに来て急激に上昇しているらしい。

 そのためだろう、受けるハヤトの顔には僅かながら汗が浮いているようだ。


「活性化を掛け続けていたのか……」


 シノブは、タケルのしたことを(おぼろ)げながら察した。タケルは、戦闘中も活性化の魔術を重ね掛けしていたのだ。


 通常、活性化の効果が継続する時間は短い。これは、活性化という術が本質的には相手への魔力の譲渡だからである。

 シノブの理解するところだと、活性化とは細胞にエネルギーを与えるものだ。そして供給するエネルギーの元は、術者の魔力である。したがって術を行使し続けるには大量の魔力が必要だ。

 そして無意識に近い容易さで実現できる身体強化とは違い、他の魔術は維持に相応の精神集中が必要である。つまり、術者は己の魔力で起こす現象をイメージし続けないといけないのだ。


「同じ動作を続けるのは……あの動きと活性化には何か関係が?」


「はい。タケル様の駆ける軌道や体の動きが、神々に加護を願うものになっているそうです。大王家の秘術ですから、私も概要しか知りませんが……」


 シノブの視線を受け、イクサが厳粛な表情で説明をする。

 良く見ると地には六芒星のような図形が描かれている。それは跳び回るタケルが残したものだ。そしてシノブは六芒星からあるものを思い出す。彼が懐に仕舞っている神々の御紋である。

 神々の御紋には、中央の大きな円を六つの三角形が囲む図形が描かれている。つまり六芒星は、御紋を更に簡略化したものに違いない。

 そしてタケルの踏み込む直前の動作や振り抜く剣の軌跡も、活性化の術と関連付けたものらしい。それらの動作が、無意識に近い状態での行使を可能としているのだろう。

 ただし、タケルの顔は苦しげだ。身体強化とは違い、増加した力を無理やり押さえ込んでいるからだ。


「発動には時間が掛かりますし、動きも粗いです。それに一定の動作を継続できる戦いなど、そうはありません。今回のように、相手の油断がなくては不可能でしょう」


 イクサが言うように、使用にはかなりの制限がありそうだ。

 一対一の決闘。初見の相手。充分な場所。これらが可能としているのは事実だろう。しかし上手く油断を誘い時間を稼いだタケルも、賞賛されるべきだろう。そう思ったシノブは、思わず頬を緩めていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「その動きか!?」


 ハヤトもタケルの動作に何かあると感じたのだろう、彼はタケルの跳躍を制するかのように先手を取っていく。熊の獣人の若者は茶色の蓬髪を(なび)かせつつ跳躍し、一瞬にして小柄な王子との距離を詰める。

 そしてハヤトは、横殴りの強烈な一撃をタケルに見舞う。


「何と! あれを防ぐか!」


 シノブ達の左脇では、クマソ・タケルが感嘆の叫びを上げていた。

 風を巻き起こしつつ突き進んだハヤトの大剣は、タケルの小剣に弾かれた。そしてタケルはそのままの勢いでハヤトへと突きを放つ。


 タケルは細身に似合わない荒々しい片手突きを、裂帛(れっぱく)の気合と共に繰り出した。だが、それは僅かに届かず宙のみを切り裂く。ハヤトは大きく跳び退(しさ)ったのだ。

 しかし、タケルは離されることなく追っていく。どうやら、常に活性化のための動作をしなくても良いらしい。おそらく、既に充分な体力向上を果たしたからだろう。


 大剣と打ち合わされる小剣。普通なら大剣が力で小剣が技となるところだ。しかしシノブ達の目の前で繰り広げられるのは、力と力のぶつかり合いであった。

 活性化のためかタケルは顔を朱に染めているし、袖や裾から覗く手足も同じく炎のように赤い。地を踏み砕き風を巻き起こす姿は、普段の彼と重ならぬ勇猛果敢な武者振りだ。

 対するハヤトは、楽しげに剛剣を振るっている。雄叫(おたけ)びと共に巨大な剣を打ち下ろし、薙ぎ払い、更に蹴りなど剣以外も交えて戦う彼は、荒ぶる熊の化身というべき恐ろしさだ。


 丁々発止の剣戟は、無限に続くように思えた。しかし、それに疑問を示した者達がいる。


──『光の使い』よ。あの少年は勝てるのか?──


──力は互角以上……ですが言ってしまえば単なる力押し。最後の一押しとなる技が欠けています──


 シノブに問いかけたのは、嵐竜の(つがい)ヴィンとマナスであった。

 二頭は人間の武術に詳しくない筈だ。しかし二百年を超えて生きる彼らの眼力は、人と人の戦いであっても充分有効らしい。


──それはタケルも理解している筈だ。俺はそう信じている──


──兄貴の言うとおりです~。タケルは賢い子だから、まだ何か策があります~──


 シノブの言葉に賛意を示したシャンジーだが、思念には焦りが滲んでいた。

 純粋な理屈ではない半ば願望というべきもの。シノブとシャンジーの思念に滲むのは、それであった。


「そこだ!」


 ハヤトは、単に力だけの男ではないらしい。自身を上回る力で振るわれる小剣を精妙な技で打ち払う。すると、タケルの手から剣が離れ、宙高く舞い上がった。

 そしてハヤトは、頭上に振り上げた大剣を再びタケルへと振り下ろす。狙うはタケルの左肩だ。


大土貴子(おおつちのみこ)!」


 タケルの絶叫と共に、彼の足元から大量の土砂が舞い上がる。といっても、タケルが土魔術を使ったわけではない。自身以外への魔術の行使は、許されてはいないからだ。

 宙に土を舞わせたのは、大きく踏み込んだタケルの右脚だ。彼とハヤトの姿を覆い隠すほどだから、よほど強烈な踏み降ろしだったのだろう。


「……こ、これは!?」


「まさか、素手で剣を!?」


 クマソの家臣達が、驚きの声を上げる。自身の王やシノブ達に遠慮していたのだろう、今まで彼らは殆ど口を開かなかった。しかし眼前の光景は、彼らの自制を消し去るに相応しい光景であった。


 視界を(さえぎ)っていた土砂が地に戻ったとき、決闘の場の中央に立っていたのはタケルだけであった。

 頭上を守るように左手を(かざ)し、半身(はんみ)になって右手を突き出したヤマト王国の王子は、彫像のように動かない。そして彼の足元には、クマソの王子が仰向けに倒れている。


「硬化魔術……か」


 魔力感知で、シノブは何が起きたか把握していた。タケルは硬化魔術を使って大剣を制したのだ。

 タケルは左手で大剣を受け止め、踏み込みと共に放った右の掌底突きでハヤトの腹に一撃を加えた。その衝撃は途轍もないものだったのだろう、大地は大きく割れ土の奔流が発生したのだ。

 仮に身体強化による精妙な体術が使えるなら、大剣を躱せただろう。しかし、それが出来ないタケルは相手の攻撃を受け止めつつ決めるしかなかったのだ。


「大地と金属の神ですから、硬化には向いていますね」


 アミィが指摘するように、大土貴子(おおつちのみこ)とは大地の神テッラのことだろう。テッラは金属や鍛冶の神でもあるから、硬化魔術に意識を向けるには最適に違いない。

 なお、魔術の行使に呪文は不要だ。しかし、特定の言葉を発した方がイメージを固めやすいのは事実である。そのためシノブも、術の名前くらいは口にする。タケルの場合、神々の別称を唱えることで術のイメージを強化しているようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「凄い一撃だった……それに俺の剣を素手で防ぐとは……俺の負けだ。タケル、俺はお前を勇者と認める」


 立ち上がったハヤトは、タケルに右手を突き出し握手を求める。

 ヤマト王国の決闘は、一方が戦闘不能になるか負けを認めれば終わりとなる。つまり、ハヤトが自身の負けを口にした時点で、戦いは終了したわけだ。


「ギリギリでした。骨は折れていましたから」


 差し出された手を握ったタケルは、苦笑と共に言葉を返す。その表情からすると、かなり際どい攻防だったのかもしれない。


「治癒魔術か?」


 ハヤトはタケルの左腕を見つめた。

 タケルは自身に治癒魔術を掛け、骨折の治療を済ませている。そのためハヤトの前にあるのは、戦いの前と変わらぬ少年の細腕だ。


「はい。腕が繋がっているなら、私でも何とかなります。だから出来たことですね」


 タケルは、恥ずかしげな笑みを浮かべつつハヤトに答えた。タケルが暴挙ともいうべき行動に出たのは、彼が治癒魔術の名手だったからだ。


「普通なら、それでも腰が引けると思うぞ。タケル……やっぱりお前は勇者だよ」


 深い笑みを(こぼ)したハヤトは、タケルの肩に手を掛けた。そして彼は、タケルと共に正面に向き直る。


「タケル殿、見事な勝利であった。知に優れ、勇を(いだ)き、それらで力を抑える。国を率いる者の姿を見せてもらったぞ。

……ハヤト、お前は精進が必要だな。タケル殿を(あなど)らず戦えば、もう少し善戦できたのではないか?」


 クマソ・タケルは床机(しょうぎ)から立ち上がると、ヤマト大王家の第二王子と自身の跡取りに声を掛けた。

 勝ったタケルには心からの賞賛を。そして負けたハヤトには厳しくも温かい言葉を。前者は王としての発言だが、後者は親としての言葉なのだろう。

 そして両者を評したクマソの王は、シノブへと向き直る。


「我らクマソ王家はヤマト大王家との融和を目指します。タケル殿となら、きっと実現できるでしょう」


 熊の獣人の王は恭しい口調でシノブへと宣言し、深々と頭を下げた。そしてタケルとハヤトも、試合前と同様に跪礼(きれい)をする。


「その言葉、きっと神々もお喜びになるでしょう」


 アミィが、神の眷属に相応しい(おごそ)かな表情と声で応じる。すると中庭に集っていた者達は、一斉に(ひざまず)(こうべ)を垂れた。


「……楽にしなさい。私達が望むのは、皆が手を(たずさ)えて歩むことだけです」


 僅かな苦笑の後、アミィは再び言葉を掛ける。彼女は、シノブが居心地悪そうにしていると気が付いたようだ。


「それではお言葉に甘えまして……」


 クマソ・タケルが顔を上げると、他の者達も立ち上がる。そしてタケルとハヤトは、正面のシノブ達やクマソ王の下に歩んでくる。


「タケル殿! 儂はヤマトの都に行くぞ! 儂自身が融和の使者となろう!」


「ありがとうございます!」


 クマソの王の言葉を聞いたタケルは、顔を綻ばせ歓喜の声を上げる。

 タケルは、各種族が距離を置くヤマト王国の現状を憂えていた。だが、王が(みずか)ら動くと言うのだ。きっと、互いに手を取り合う世が来るに違いない。彼は、そう思ったのだろう。


「今回は親父に譲るか……負けたばかりだしな……ところでタケル、俺と兄弟にならないか? 妹は中々の美人だぞ?」


 何と、ハヤトはタケルに自身の妹を娶れと言い出した。彼は隣を歩むタケルの肩を抱き、人懐っこい笑みを浮かべている。もしかすると、既に兄弟になったつもりだろうか。

 もっとも、ハヤトの妹である刃矢女(はやめ)は十三歳で未成年だ。ヤマト王国も成年は十五歳で、未成年者は結婚できない。したがって、当分は婚約のままだろう。


「ふむ、それは良い。タケル殿、融和の証として娘を受け取ってもらえないだろうか?」


 父の方も乗り気のようだ。

 ヤマト王国では各種族が分かれて住むくらいだから、異種族との結婚など稀だろう。ここ筑紫(つくし)の島も大半が獣人族で、人族はほんの僅かしかいないらしい。

 したがって極めて異例なことではあるが、本気で融和を目指すなら血縁関係となるのは良い手だ。彼は、そう思ったのだろう。


「そ、その……」


「タケル、獣人は娶れないというのか?」


 戸惑うタケルに、ハヤトが不機嫌そうな顔を寄せていく。やはり口先だけか。ハヤトの声には、そんな感情が滲んでいるようだ。


「そ、そんなことはありません! じ、実は……私の好きな人は、狐の獣人なのです! 父や兄には言っていないのですが……でも、そのためにも……」


 最初、タケルは威勢よく言い返した。しかし彼の声は徐々に小さくなり、顔も赤く染まっていく。


「そういうことか! それなら是が非でも勝たんとな!

……親父よ! 都に行ったらどんな美女か確かめてくれ! 俺達の仲を取り持った美女の姿をな!」


「うむ。だが、タケル殿。第二夫人でも良いのだぞ? まあ、急ぎはせぬが……タケル殿の思い人を見てから、また話そう」


 クマソ親子の言葉にタケルが答えることはなかった。彼は、戦いのときの勇ましい姿が嘘であったかのように、真っ赤な顔を伏せて縮こまっていたからだ。

 純真な少年の姿に、熊の獣人の親子は笑い出す。そしてシノブ達やタケルの家臣、更にクマソの家臣にも笑顔は広がっていく。


 どうやら、これで筑紫(つくし)の島の騒動は片付いたようだ。仲良く肩を組む人族と獣人族の若者を、シノブは大きな満足と共に眺めていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年4月17日17時の更新となります。


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