表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
378/745

16.20 対決! 謎の伏兵戦士

 タケルこと大和(やまと)健琉(たける)達が霧の山に登ったのは、竜と会うためだ。しかし、そこまで至る経緯は少々複雑であった。

 ヤマト王国は中央が大王家の領地で、遠方の島や地方を大王家に従う王が治める国だ。しかも種族ごとに別れて住む一種の連合王国である。中央のヤマト大王家が治める地には人族、ここ筑紫(つくし)の島はクマソ王家で獣人族という具合で、ドワーフやエルフもそれぞれの王の下に(まと)まっている。

 この三王家のうち、ヤマト大王家と最も疎遠なのがクマソ王家だ。そこでヤマト大王家の第二王子であるタケルは、関係改善のための使者として現クマソ王である熊祖(くまそ)武流(たける)の下を訪れた。


 だが、クマソ・タケルは素直に交渉の場に着くつもりはなかったらしい。彼は、霧の山に棲むという竜と戦えば、話し合いに応じようと言ったのだ。

 クマソ・タケルの意図がどの辺にあったのかは判然としない。ヤマト大王家を嫌っており相手にしたくなかったのか、使者として来たタケルが少女のような容姿であったのが気に入らなかったのか。あるいは、タケルが持つ神剣、つまりシノブが渡した魔法の小剣に惹かれたのか。

 いずれにしてもクマソの王は、神剣を持ち神獣と呼ばれるシャンジーの守護があれば竜と会うくらいは容易だろう、と言い放った。

 それ(ゆえ)タケル達は、筑紫(つくし)の島の南方にある霧の山へと来たわけだ。


 ところが、案内役の様子がおかしい。

 霧の山を含む一帯は川見(かわみ)というクマソ王家の分家が代官を務めている。案内役はカワミ家の者だが、彼らはタケル達と村人との会話を邪魔したり、村での休憩を避けたりと不審な行動を取った。

 カワミ家が預かる地域の村々は、他とは違って随分と貧しいらしい。とはいえタケル達やシャンジーが見た限りでは、竜が村々に害を与えた様子はない。

 どうやら、カワミ家は何かを隠しているようだ。そして、彼らはタケル達の口を塞ごうとしているらしい。そんなタケル達の予想は、霧の山に入ってから幾らもしないうちに、現実のものとなる。


「シャンジー様のお言葉通りですね……」


 タケルは、不快そうな声音(こわね)で呟いた。

 光翔虎(こうしょうこ)のシャンジーが山奥に向かって飛び去った数分後、タケル達へと無数の矢が降り注いだのだ。やはり、伏兵はシャンジーが姿を消すのを待っていたのだろう。

 シャンジーが事前に察知した通りなら、伏兵は五十人らしい。その多くが矢を放っているのだろう、タケル達の前方からは、途切れることなく矢が飛んでくる。


文手(ふみて)、お前もタケル様を守れ! 弓手(ゆみて)穂乃男(ほのお)巫武気(ふぶき)、射手を倒せ!」


 タケルの家臣の一人である伊久沙(いくさ)が、太刀で矢を斬り払いながら叫ぶ。

 まだ二十代後半と若いイクサだが、腕は確かなようだ。タケルを守りつつ仲間に指示をする彼の姿からは、充分な余裕を感じる。


「あの男達!」


 フミテは、悔しげな顔で叫んだ。彼が視線を向けた先には、駆け去っていく二人の男がいる。

 逃げる二人は、ここまで案内してきた疾使はやし宜使よろしだ。やはり、彼らは伏兵と通じていたのだ。


「炎よ! (われ)と同じ紅き輝きよ! 襲い来る敵を焼き払え!」


「吹雪よ! 我が分身の凍てつく風よ! 卑劣な(やから)を吹き飛ばせ!」


 ホノオとフブキの兄弟は、魔術師だ。ホノオが十数個もの炎弾を放ち、フブキが氷点下の暴風で矢を迎え撃つ。とはいえ、彼らが魔術を行使する姿は、エウレア地方の魔術師とは随分と異なっていた。


 二人は(たもと)から数多くの札を取り出し、宙に撒いていた。どちらも複雑な文字が書かれた、いわば呪符というべきものだ。

 ホノオが放った札は、彼が叫ぶと火の玉となって突き進み矢を燃やしていく。そしてフブキが撒いた札は、そこを起点として雪混じりの冷たい風が発生し、矢を散らしていた。


「数が多いです!」


 残るユミテは、名前のとおり弓で迎撃している。

 敵の射手は一段高いところに潜んでおり、姿は見えない。しかしユミテは、飛んでくる矢の軌道で相手の位置が(つか)めるようだ。彼の矢が飛んだ先からは悲鳴が上がり、攻撃が途絶える。


思意貴子(おもいのみこ)よ! 知を統べる神よ! 我が勇士達に御身の力を授け給え!」


 タケルはといえば、ホノオやフブキと同様に札を(かざ)しては祈りの言葉を捧げている。しかしタケルの役目は、二人の魔術師とは違うようだ。彼の札は光を放つだけで、矢を落としたり押し返したりはしなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 タケル達の戦いを、上空から見守る者達がいる。それはシノブにアミィ、そしてミリィと全長10mほどの三頭の竜だ。しかし地上の者達は、アミィの幻影魔術で姿を消した彼らに気が付くことはない。

 竜達は蛇のように細長い体で、岩竜、炎竜、海竜の(いず)れとも異なる姿だ。それもその筈、彼らは大空を生活の場とする風属性の竜、嵐竜(らんりゅう)なのだ。

 二本の角が生えた頭に全体に比べると小さな手足は、地球における東洋の龍に酷似している。ちなみに体色は三頭とも緑だが、二頭は濃く一頭はそれより随分と薄い。


「タケルは同調で魔力を渡しているのか……」


 嵐竜の背からタケルを見ていたシノブは、僅かに驚きを含んだ呟きを漏らした。

 シノブ自身は日常的にオルムル達へ魔力を渡している。しかし同じような術を使う者を見るのは、初めてだったからだ。


「はい、間違いありません。シノブ様とは違い僅かですが」


 シノブに答えたのは、隣の竜に乗るアミィだ。

 タケルは、人族にしては非常に大きな魔力を持っている。シノブが見るところ、タケルの魔力は彼の家臣全員を合わせたより遥かに多い。そのタケルが魔力を譲渡すれば、家臣達は自身の力を超えた技を使える。どうやら、そういうことのようだ。

 魔術師であるホノオとフブキは術の威力が上がるし、武人達も魔力切れを気にせずに身体強化を続けられる。そのため、十倍近い敵にも対処できるのだろう。


「あの呪文や札はイメージを強化するため?」


 シノブは、タケル達の魔術に興味を(いだ)いていた。

 エウレア地方では、魔術を使う際に呪文を唱える人は少ない。せいぜい、行使する術の名を口にするくらいだ。

 それに術に応じた媒体を用いることも稀である。使うとしても魔力を通しやすい材質で作られた杖や、魔道具の類だ。シノブが知る限り、紙の札を掲げたり撒いたりする魔術師はエウレア地方には存在しない。


「そうだと思います。魔術は結局のところイメージ次第ですから」


「呪文と札ですか~。カッコいいですね~」


 頷くアミィに続いたのは、その後ろに収まったミリィだ。彼女は、アミィと同じ狐の獣人の少女に姿を変えている。


──面白いことをするのだな──


 重々しくも楽しげな思念を発したのは、シノブを乗せている雄の嵐竜ヴィンだ。彼もシノブ達と同様にタケル達の戦う様子を注視している。


──でも、僕達のせいにするなんて……酷いです──


 憤慨気味の思念はヴィンの息子ラーカのものだ。こちらは、生後一年ほどの若い嵐竜である。


──人の子は善良な者だけではないのです。残念なことですが──


 こちらはアミィ達が乗っている方、ヴィンの(つがい)でラーカの母のマナスだ。成竜である彼女は人間についても一定の知識を持っているのだろう、(いきどお)るラーカを優しく慰める。


「ごめんね。君達は、今年初めて来たばかりだっていうのに……」


 地上の戦いを見つめていたシノブは、不満げなラーカへと顔を向ける。

 タケル達は伏兵の攻撃を充分に(しの)いでいる。そのためシノブは、つい一時間ほど前の嵐竜達との出会いを思い出していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブの命を受け霧の山を調査していたミリィは、この日の早朝に嵐竜達を発見した。そこで彼女はシノブとアミィを呼び、三人で嵐竜の棲家(すみか)へ赴いた。

 嵐竜の棲家(すみか)は山頂付近の洞窟だったが、重力魔術で飛翔が出来るシノブと金鵄(きんし)族であるミリィにとっては関係ない。そこで魔法の家で転移してから数分も経たないうちに、シノブ達は嵐竜との邂逅を果たす。


 三頭の竜は、いきなり棲家(すみか)へと現れたシノブ達に大層驚いたようだ。しかし彼らはシノブ達を神々に連なる者と認め、衝突には至らなかった。

 シノブは早々に神々の御紋を示したし、彼は光の大剣を始めとする三つの神具を身に着けていた。光の神具から放たれる神気と、神々からの贈り物を(まと)うに相応しいシノブの膨大で清冽な魔力。それらを感じた嵐竜達は、シノブの前に伏したのだ。

 そこでシノブ達は簡単な自己紹介を済ませると、嵐竜達との話し合いを開始する。


「……それじゃ、今年初めて来たんだね」


 シノブは大きな安堵を感じつつも、苦笑を隠せなかった。シノブは、霧の山に棲む竜が付近の村々を襲っている、という話をした。しかし嵐竜ヴィンは、霧の山を含む筑紫(つくし)の島に訪れたのは今日が今年になって初めてだと答えたのだ。


──そうだ。ラーカが一歳になったから渡ってきた──


──幼子を育てる棲家(すみか)は、もっと南方にあります。ですが、この時期になると良い風が北に向かって吹きます。そのため北に渡るのです──


 ヴィンとマナスは、洞窟前の岩場に立つシノブに思念で答える。光沢のある緑色の鱗を持つ彼らが、長い体を宙に浮かせて静止する(さま)は、正に龍神のようである。


「もしかして、台風でしょうか?」


「あの~、グルグル~って回りながら北に向かう風ですか~?」


 アミィとミリィの問いに、二頭の成竜は頷いた。

 風属性の彼らにとって、台風などは非常に良いエネルギー源らしい。もっとも幼い竜は自然の魔力だけでは生きていけない。

 そのため子供が幼いうちは、多数の魔獣が生息する南方の孤島で暮らす。そして子供が生後一年ほどになると、彼らは魔獣が棲み台風が良く来る地域を巡るという。


「なるほどね。こういう小さめの狩場を幾つも持っていて、そこを移動するんだ」


 シノブの言うように、霧の山の狩場は直径10kmほどだ。一方、他の竜の狩場は直径100kmほどである。


──我らは他の竜よりも飛翔が得意だ。そもそも、成竜ともなれば定住などしない──


──休息のため、こういった場所を使うことはありますが、それも僅かなものです──


 嵐竜の生態を、ヴィンとマナスが交互に説明していく。

 彼らは光翔虎のような姿消しは出来ないが、代わりに雲を起こして姿を隠すという。そのため、空で生活していても人間に発見されることはないようだ。


「やっぱりカワミの家臣が何かしているんだろうな。

……アミィ、ミリィ、タケル達のところに行こう! シャンジーがいるから大丈夫だけど、念のために見守ろう!」


──シノブさん、僕も連れて行ってください!──


 シノブが立ち去ろうとすると、子竜のラーカが同行したいと言い出した。彼は、竜を理由に無法を働いたらしい者達に、強い怒りを(いだ)いているようだ。


「君達の巨体で隠れるのは無理があると思うけど……雲に潜んだら地上が見えないし」


 シノブは、三頭の竜を改めて見上げた。

 成竜である二頭は全長60mほど、一歳のラーカですら10m近い。もっとも胴回りは成竜でも2m未満だし、ラーカなら50cmくらいだろう。したがって、体積でいえば岩竜などと大差ないのかもしれない。

 とはいえ三頭全てをアミィの幻影魔術で隠すのは、不都合がある。もちろん、アミィが魔法の杖を使ったりシノブが魔力を与えたりすれば不可能ではない。しかしシノブとしては、隠れるだけで何も出来ないのは避けたかったのだ。


「シノブ様、それですがヴィンさん達の腕輪と神々の御紋、それに装具があります……」


「えっ! もう授かったの!?」


 アミィの遠慮がちな言葉を聞いたシノブは、驚きの叫びを上げてしまう。

 どうやら、母なる女神は嵐竜を自分達に同行させたいらしい。それを察したシノブは、魔法のカバンから新たな授かり物を取り出すアミィを見ながら苦笑を浮かべていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブが嵐竜との出会いを思い出しているうちに、地上の戦いは新たな局面に突入していた。矢では埒が明かないと思ったのか、伏兵達はタケル達に向かって突撃を開始したのだ。

 カワミの家臣らしき者達は、既に十名近くが(たお)れていた。そこで彼らは、人数が多いうちに距離を詰めようと考えたのだろう。

 そして待ち伏せしていただけあって、襲撃者は地形を充分に把握していたようだ。彼らは大岩や巨木などの障害物を上手く使い、タケル達へと迫っていく。


 対するタケル達も、接近戦を覚悟したらしい。ユミテも弓を背負って腰の太刀を抜き放ち、魔術師のホノオとフブキも護身のためか小刀を手にした。

 そしてタケルはイクサに駆け寄り、早口に呪文を唱える。


多力貴子(たぢからのみこ)よ! 戦を統べる神よ! 伊久沙(いくさ)に御身の大力を授け給え!」


 札を(かざ)したタケルがイクサの背に手を当てながら、一際大きな声を張り上げた。呪文も今までの魔力譲渡とは違うし、特定の誰かを対象とするのも初めてだ。


「うおおっ! 山賊共よ、覚悟!」


 おそらく、タケルが使ったのは活性化に類する魔術なのだろう。太刀を構えたイクサは、伏兵達の何倍もの速さで斬り込んで行く。

 そしてタケルはフミテとユミテにも同じ魔術を行使し、彼らの身体能力を向上させる。こちらはイクサほどではないが、それでも相手に倍する早業を披露する。


「お前達、だらしないぞ!」


 襲撃者の後方で、大柄な熊の獣人が怒号を上げた。兜で顔が良く見えないが、二十代後半くらいの比較的若い男のようだ。

 どうやら、この熊の獣人が指揮官らしい。山に伏せるには不釣り合いな立派な鎧兜と大剣は、クマソの王宮で王の側にいた武官と比べても見劣りしない豪壮な逸品である。

 そして熊の獣人を守るように、タケル達を案内してきた二人、狼の獣人ハヤシと狐の獣人ヨロシが両脇にいる。二人の恭しげな様子からすると、かなり高位の人物なのだろうか。


「そなた、カワミの者だな!? 名を名乗れ!」


 熊の獣人に、タケルが鋭い声音(こわね)で問い(ただ)す。普段は少女のように優しげな彼だが、今は凛々しく王子に相応しい風格が感じられる。


「俺は川見(かわみ)弟彦(おとひこ)だ! カワミの次期当主よ!」


 意外なことに、熊の獣人は素直に名を告げた。彼の余裕ありげな様子からは、負けるなどと想像もしていないのだと見て取れる。


──シノブの兄貴~、あの男って自信満々ですね~──


 シノブの脳裏に、シャンジーの苦笑気味の思念が響く。実は、シャンジーも姿を消してタケル達を見守っているのだ。

 タケル達が劣勢なら手助けをしようと控えていたシャンジーだが、自分の出番は無さそうだと思ったらしい。そのためか彼は、普段と同じくらい暢気(のんき)な思念を放っている。


──あそこまで自信たっぷりだと、何かありそうだけど──


 順調すぎるせいだろう、シノブは少々不安になっていた。とはいえ、彼も具体的に何かを感じているわけではない。


──そうですか~? 他に人はいませんよ~──


──魔獣もいませんね──


 ミリィとアミィが言うように、空から見る限り気を付けるべき相手はカワミ家の者達だけのようだ。嵐竜達も同じ見解らしく、彼らも同意の思念を返すだけである。


 それはともかく、シノブ達が思念で会話をするうちにも、タケルとカワミ・オトヒコのやり取りは続いていた。


「……お前を捕らえれば、全てが明らかになるということか」


 タケルは、オトヒコを捕縛したいようだ。

 オトヒコを捕まえれば、竜の仕業を(かた)ったらしい(たくら)みを解き明かせるだろう。それにカワミはクマソ王家の分家で、オトヒコは次期当主だ。したがって、単に斬り捨てるわけにもいかない。

 二人が話している間にも、タケルの家臣達はオトヒコの手勢を随分と減らしている。このままいけば、タケルの望みは(かな)うだろう。上空から見ているシノブも、そう考えた。


「捕らえられるものならな。ヨロシ、魔苦異(まくい)大蛇(おろち)を出せ!」


「ははっ!」


 オトヒコの命を受けたヨロシは、(たもと)から極めて小さな鐘のようなものを取り出し、打ち振り始める。すると、一種独特な金属音が辺りに広がっていく。


──マクイオロチって……魔力を食べる大蛇(だいじゃ)? 誰か知っている?──


 シノブは、極小の銅鐸のようなものを打ち振るヨロシを見ながら、アミィ達に訊ねる。

 タケル達は魔術を多用しているから、魔力を吸収するような相手なら苦戦するかもしれない。そう思ったシノブは、眉を僅かに(ひそ)めていた。


──無魔(むま)大蛇(おおへび)のことでしょうか? 魔力を吸収する大きな蛇ですが──


──あれは嫌ですね~。接近されても気が付かないんですよ~──


 アミィとミリィによると、無魔大蛇とは魔力を殆ど放出しない魔獣で、それ(ゆえ)存在を察知しにくいらしい。通常、無魔大蛇は洞窟などに潜んで獲物が通りかかるのを待つが、他の生き物とは違い魔力で発見することは極めて困難だそうだ。

 なお、シャンジーや嵐竜も無魔大蛇を知っていたらしく、彼らもアミィ達が語った内容を補足する。それによると一般的には南に棲む魔獣で、成体は10mくらいになるようだ。ただし、餌の量や環境次第で大きさや寿命はかなり変わるという。


──『光の使い』よ、洞窟だ! 大きいぞ!──


 嵐竜ヴィンの思念を受けたシノブ達は、タケル達が戦っている場所から少し南へと顔を向けた。そこには、オトヒコ達が潜んでいた幾つかの洞窟が存在する。


──父さまや母さまくらいあります! しかもあんなに!──


 驚愕するラーカの語る通り、洞窟からは八匹の真っ黒な大蛇(だいじゃ)が這い出してきた。赤い瞳を爛々(らんらん)と輝かせた大きな蛇達は、確かに全長数十mはありそうだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「あ、あんなに大きいのですか!?」


 タケルは魔苦異(まくい)大蛇(おろち)という名に心当たりがあったらしい。しかし巨大な嵐竜にも匹敵する大きさは想定外だったのか、森の木々の上から頭を覗かせる相手に驚愕の叫びを上げていた。


「ば、馬鹿な!?」


「ホノオ、真ん中に火の魔術だ! 魔力は駄目でも火は通じる筈だ! フブキ、氷漬けに出来るか!? 端を狙え!」


 一番若いユミテが動揺する中、年長のイクサは魔術師の二人に指示を出す。


「大いなる炎よ! 原初の大地の怒り、全てを滅する紅き火柱よ! あの大蛇を焼き尽くせ!」


「極寒の冷気よ! 北の果ての支配者、万物を眠らす氷の女王よ! 禍津(まがつ)大蛇(おおへび)を氷柱にしろ!」


 イクサの声に我に返ったのだろう、ホノオとフブキは呪文を唱え大量の札を撒く。すると、今まで二人が使った魔術とは段違いの火炎と冷気が出現し、迫り来る大蛇へと伸びていった。


──よほど多くの魔獣を食ったのだろうな……しかし、この目で見ても信じられん──


──はい……それに、魔力障壁まで使っているようです──


 嵐竜のヴィンとマナスは、(あき)れたような思念を放っている。

 魔苦異(まくい)大蛇(おろち)は、ヴィン達にとっても想定外の大きさらしい。しかも彼らが言うように、大蛇は燃え盛る火炎や凍てつく暴風を難なく(しの)いでいた。

 ちなみにヴィンとマナスは二百数十歳ほどだ。成竜にしては若手だが、二百年以上の生でも見たことがないのだから、随分と規格外の存在なのだろう。


──あれを育てるために魔獣を狩ったのか?──


 シノブは、眼前の大蛇こそが竜を(かた)った原因ではないかと思い始めていた。しかし彼は、一旦思考を中断することになる。


──兄貴~、タケルを助けに行きたいです~。良いですか~?──


 シャンジーは、苦戦するタケル達を見て我慢できなくなったらしい。彼は懇願するような思念をシノブに送ってくる。


──ああ、頼む!──


 シノブが答えたのと同時に、中空に光り輝く巨大な虎が出現した。そして(とどろ)咆哮(ほうこう)を発した若き聖獣は、一直線に魔苦異(まくい)大蛇(おろち)へと向かっていく。


「シャンジー様! ありがとうございます!」


「あ、あれが神獣か!? 話より随分と大きいではないか!?」


 歓喜の声を上げるタケル達と対照的に、カワミ・オトヒコ達の狼狽は激しかった。

 シャンジーはクマソの王宮や案内役の前では、普通の虎と同じか倍くらいの姿しか見せなかった。そのためオトヒコ達はシャンジーが大きさを変えられると知っていても、20m近い巨体になるとは思っていなかったのだろう。


「イクサ、オトヒコ達を! それと鈴です!」


 タケルは自身の下に戻った三人の武人に活性化の術をかけた。そして彼は、イクサにオトヒコ達を追うように命じる。

 オトヒコとハヤシ、それにヨロシの三人を含む一団が、タケル達から距離を取り始めていたのだ。


 ヨロシという狐の獣人は、逃げながらも鈴を打ち振っている。それに彼は、何かを示すように空いた手を動かしていた。どうやら、鈴の音と彼の動作が大蛇への指示となっているらしい。

 一方、主筋である筈のオトヒコは、ヨロシを守るような位置を保っている。それに、ヨロシの同僚であるハヤシもだ。もしかすると、大蛇を操れるのはヨロシなど僅かな者だけなのかもしれない。


「はっ! フミテ、ユミテ、お前達はタケル様の下に残れ! ホノオとフブキは支援しろ!」


 どうやら、人は人同士の戦いに戻ったらしい。そう見て取ったシノブは、巨大な蛇達と戦うシャンジーへと顔を向ける。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──ひと~つ! ふた~つ! みっつ~! そこだ~!──


 シャンジーは立て続けに四匹の魔苦異(まくい)大蛇(おろち)を倒していた。彼は、光翔虎に伝わる必殺技、回転や分身の絶招牙を駆使して戦っている。その素早い動きには大蛇も対応できないらしく、呆気(あっけ)なく真っ二つに切り裂かれる。


 アミィによれば、魔苦異(まくい)大蛇(おろち)が魔力を吸収できるのは自身より下位の存在だけらしい。より強い魔力を持つものは、魔力を制御する能力も当然高い。そのためシャンジーであれば、接触しても魔力を吸い取られることはないようだ。


──残念でした~。あと二匹だね~──


 残った魔苦異(まくい)大蛇(おろち)は同時にシャンジーへと襲い掛かったが、それも無駄であった。光り輝く若虎は、二匹を返り討ちにすると空に舞い上がっていく。


「この分ならシャンジーは大丈夫だな」


「シノブ様、指揮官が逃げます!」


 シノブの安堵の声を(さえぎ)るように、アミィが鋭い叫びを上げた。カワミ・オトヒコが手下の大半を置いて逃げ出していたのだ。

 魔苦異(まくい)大蛇(おろち)は全滅寸前だから、術者のヨロシを守っていても仕方がない。そしてオトヒコには、これ以上打つ手が無いのだろう。

 確かに逃げるのも理解できる状況だが、仮にも王家の分家の跡継ぎだ。それで良いのかとシノブは呆気(あっけ)に取られてしまう。


──父さま、あの人間を捕まえましょう!──


──うむ。『光の使い』よ。足止めは(われ)がするから、捕縛を頼む──


 ラーカの怒りの思念に応じたヴィンは、雄の成竜らしい威厳の篭もった言葉でシノブに語り掛けた。そして間を置かずに、数名の配下と共に逃げ去るオトヒコの周囲を突然の旋風が吹き荒れる。


「うっ、うわ!」


 激しい突風に目を閉じ足を()めたオトヒコが、再び走り出すことは無かった。何故(なぜ)なら、彼の前にはシノブが立っており、その背後には三頭の竜がいたからだ。


 最初シノブは、オトヒコ達の前に姿を現すつもりはなかった。しかし嵐竜達は、自身で鉄槌を下したかったらしい。どうやら彼らは、竜の名を(かた)る者達には竜自身の報復がある、と示したいようだ。

 そうなると、シノブだけが隠れても意味はないだろう。それに急なこともあり、嵐竜達は『アマノ式伝達法』を習得していない。そのためシノブが、代理として彼らの言葉を伝えることになったのだ。


「仲間を捨て行く卑劣な心、竜を(かた)る愚かしさ……己が姿を恥じるが良い。天に代わり、地に代わり、我らが罪を裁こうぞ……」


 安請け合いしたことを少々後悔しながらも、シノブは凛とした表情を保ちつつ、それに相応しい声音(こわね)でオトヒコへと語り掛ける。

 この古風な断罪は、ヴィンが思念で伝えてきたものだ。気恥ずかしさを感じるシノブだが、引き受けた以上は務め上げようと心を静め言葉を紡いでいく。


「い、異人!? 貴様、誰だ!」


 オトヒコは、かなり動揺しているらしい。それでも彼は、シノブがヤマト王国の人間ではないと悟ったようだ。

 もっともシノブの姿は元のまま、つまり金髪碧眼だ。したがって、気が付かない方がどうかしている。


「……貴様らに名乗る名は無い!」


 一瞬言葉に詰まったシノブだが、結局名乗らずに通すことにした。何故(なぜ)なら、タケルの手柄を奪いたくなかったからだ。

 シャンジーは神獣としてクマソ王宮に姿を現しているから別である。しかし他は黒子となり、タケルがカワミ家の陰謀を暴き竜との和解を成し遂げたように見せたい。シノブは、そう考えたのだ。


「な、何を! お前達、奴を倒せ!」


 オトヒコの命を受け、配下がシノブに向かってくる。しかし顔面蒼白の彼らに戦意は無いらしい。何しろ、シノブの後ろには巨大な竜がいるのだ。これで平然と出来るなら、それこそ勇者と言うべきだろう。


「全く……」


 溜め息を()いたシノブは、襲い来る者達を抜き放った光の大剣の平で打ち据える。そして彼は、ついでというようにオトヒコの兜だけを断ち割り、現れた頭に強烈な打撃を見舞ったのであった。


「シノブ様、お疲れ様でした!」


「やっぱり『戦え嵐竜(らんりゅう)光翔虎(グァンシャンフー)!』……などと言ってみるべきでしょうか~」


 オトヒコ達が倒れると、嵐竜マナスの背から降りたアミィとミリィがシノブへと駆けてくる。アミィは(ねぎら)いと共に一直線に、ミリィは何やら意味不明な言葉を呟きながら小首を傾げと二者二様だが、優しい笑みは共通している。


「ミリィ、それは地球に関係することですか? だとすると、チョコレートはお預けですね」


 シノブの下に辿(たど)り着いたアミィは、僅かだが(とが)めるような表情で同僚を詰問する。

 ヤマト王国では地球のことを持ち出さないと、ミリィは約束した。それをアミィは覚えていたのだ。


「あっ!」


 アミィの言葉を聞いたミリィは、凍りついたように足を()めていた。よほどチョコレートが欲しかったのか、彼女は先ほどの手下達に勝るとも劣らない蒼白な顔となっている。


「まあ、俺には何のことだかわからないから、ノーカウントで良いよ」


「シノブ様、ありがとうございます~。一生付いていきます~」


 ミリィの調子の良い言葉に、シノブとアミィは吹き出してしまう。二人だけではなく、嵐竜達も何やら面白そうな様子で胸を撫で下ろす小さな少女を見つめている。


 いつの間にか、全ての戦いは終わっていた。シャンジーは全ての魔苦異(まくい)大蛇(おろち)を倒し、タケル達も残りの襲撃者を片付けた。

 これで、タケルも望みを果たせるだろう。そう思ったシノブの顔は、自然と綻ぶ。そんな彼を祝福するかのように、天空からは温かな光が降り注いでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年4月13日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ