表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
376/745

16.18 建国を巡る語らい 後編

 シメオンはアルバーノが得た情報を重視した。ベイリアル公国で対アルマン王国の策を練っていた彼は、即刻シノブに知らせたのだ。


 アルバーノはアルマン王国の王宮『金剛宮』に潜入し、マクドロン親子がアルマン王家の秘宝を手にしたことを知った。正確には、総統として君臨するジェリール・マクドロンが、秘宝である宝冠と杖の所有者となったことだ。

 秘宝を得る際、ジェリールは魔力の殆どを使ったらしい。今の彼は起き上がることも出来ず、息子のウェズリードが執務を代行している。したがって彼らは秘宝を手にしたが、まだ使うには至っていない。

 そのため秘宝の詳細は不明なままだ。ただ、アルマン王家の分家当主であるベイリアル公爵は、多少のことを知っていた。彼によれば、宝冠で魔力を集め、杖で水属性の強力な術を行使できるらしい。ただ、具体的なことは公爵も知らなかった。


 しかし、明らかなものだけでも幾つか見逃せないことがある。それは秘宝が隠されていたのが王宮の地下の聖所で、しかも王家の血を引く限られた者しか使用できないことだ。

 これらはメリエンヌ王国の公爵家が守ってきた三つの神具、つまり現在シノブが持つ光の大剣、光の首飾り、光の盾と良く似ている。どうも、アルマン王国の秘宝は神具かそれに近いものらしい。

 そこでシメオンはシノブに通信筒で連絡し、魔法の家でブロアート島からシェロノワに移動したのだ。


 ちょうど良いことに、翌日シノブは旧帝都でベランジェと会う予定であった。

 ベランジェは先代アシャール公爵で、当然ながら公爵家が秘していた神具に詳しい。何しろ彼は、シノブに光の大剣の存在を教え、手に取るようにと勧めた人物だ。

 そこでシメオンは自身もベランジェとの会談に同席しようと、その日はシェロノワに留まった。


「良い天気ですね」


「そうだね。それに随分と暖かくなってきたみたいだ」


 シメオンは向かいのシノブに笑顔で語りかけ、シノブも頬を緩めつつ応じる。二人がいるのは、朝日が(まぶ)しいシェロノワの中央区を進む馬車の中だ。

 車内にいるのは、シノブとシメオンの他に四人だけである。その四人とは、アミィと親衛隊長のアルノー・ラヴラン、それに家令のジェルヴェと侍従のヴィル・ルジェールだ。

 これから行くのは旧帝国領、つまりフライユ伯爵領の外である。そのため懐妊中のシャルロットは同行せず、ミュリエルやセレスティーヌも彼女に倣ったのだ。


「タケル殿は、その後如何(いかが)ですか?」


 シメオンは、ヤマト王国の第二王子タケルの様子を訊ねる。彼も、ヤマト王国の筑紫(つくし)の島で起きたことを、シノブ達から聞いたのだ。


 タケルは自身の家臣と光翔虎のシャンジー、そして案内役である筑紫(つくし)の島の武人達と共に、竜が棲むという霧の山に向かっている。

 明日、彼らは竜の狩場に入る。そのときは陰から支援するためシノブとアミィも行く予定だ。しかし竜が山から降りてきたら、前倒しするかもしれない。そのためシメオンは、向こうのことを把握したいのだろう。


「さっき、もう一回連絡があったよ。何事もなく旅しているそうだ」


 竜の棲む地が近いため、シャンジーは最低でも一日に二回、朝の出立前と一日の旅を終えた後に通信筒で連絡を入れる。更に彼は、余裕があれば休憩時にも異常なしと知らせてくる。

 もっとも、8時間も時差のあるヤマト王国からの連絡だ。したがって彼の知らせは、原則としてシェロノワの朝から夜までの間である。

 例えば向こうの夜はシェロノワの午後早くで、朝早くはシェロノワでは前日の夜に当たる。ちなみに馬車を出す前は朝の八時だったから、向こうなら夕方だ。


「ミリィの方は相変わらずです。これで竜は一日近く留守にしたままですね」


 アミィが金鵄(きんし)族のミリィについて触れる。ミリィはシノブの命を受け、霧の山に竜がいるのか確かめに行ったのだ。


 昨日の朝、ミリィはシェロノワから筑紫(つくし)の島の山中にある神域へと転移した。

 彼女は、並の鳥より遥かに速く飛べる。そのため、転移の神像がある神域から霧の山までの移動は、僅か十数分だったそうだ。

 しかし到着後は順調に進まなかった。ミリィは竜の狩場や棲家(すみか)を難なく発見したが、そこに竜の姿は無かったのだ。


「昨日話したけど、嵐竜じゃないかと思うんだ」


 シノブは、ミリィからの(ふみ)や今まで竜達から聞いた話から、霧の山に棲家(すみか)を造ったのは嵐竜だと推測していた。


 ミリィが発見した棲家(すみか)は、岩竜や炎竜、それに海竜と同じで洞窟だった。ただし、今まで見たものに比べると入り口は極めて狭いという。

 棲家(すみか)には竜や光翔虎が造るものと酷似した結界があり、彼らと同等な存在だと思われる。そして入り口から居住部までの細長い通路からすると、東洋の龍のような体型だという嵐竜の可能性が高い。


 竜の長老達によれば、嵐竜は風属性に相当するそうだ。彼らは空を生活の場とするが、幼竜は飛べないから他と同じく洞窟を棲家(すみか)とするのだろう。

 しかし子育ての場であれば、通常は絶海の孤島などに造るという。そのため単なる休息用かもしれない。


「ぜひ会っておきたいところですが……」


 シメオンは、僅かに眉を(ひそ)めていた。

 昨晩シメオンは、タケルの件をシノブから聞いた。そのときシメオンは、シノブがヤマト王国の内部問題に深入りするのでは、と案じたようだ。

 しかしシノブは、タケルが竜の一件を切り抜ければ以降は口を挟むつもりはない。ヤマト王国の人々は平和そうに暮らしていたからだ。

 それを聞いたシメオンは安堵し、以降は新たな竜がどんな存在であるかが話の中心となった。シメオンも、霧の山の竜に強い興味を示したのだ。彼は、新たな竜と友好関係を築けば、行方知れずの異神達を発見できる確率が上がると思ったようだ。


「お舘様が赴けば、竜と親しくなれるに違いありません」


 ジェルヴェも、シメオンと同じように考えているらしい。彼は、穏やかな笑みを浮かべている。

 竜や光翔虎が理性的な存在で、エウレア地方では人との共存が始まっている。したがってシノブが竜と会うことに期待を寄せる者が殆どだったのだ。


「さあ、神殿だ。後は向こうで話そう」


 シノブが言うように、馬車は大神殿の大扉の前に迫っていた。そのため、彼らは降車の準備をし始める。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 神殿の転移を経て旧帝都、今は領都ヴァイトシュタットと呼ぶ都市に現れたシノブ達は、予想外のものを見た。


「義伯父上、これは……」


 馬車を降りたシノブは、宮殿の前で出迎えるベランジェに挨拶もせず問いかける。彼が見たのは、真白に輝く大宮殿だったのだ。


 ヴァイトシュタットの中心を占める宮殿は、『黒雷宮』の名の通り漆黒の外壁を持っていた。しかし、今シノブ達の前にあるのは、朝日を反射する(まぶ)しい白亜の宮殿だ。

 『黒雷宮』は政務を取る場である『大帝殿』や皇帝と一族が住んでいた『小帝殿』だけではなく、幾つもの建物が存在する。それらは異名の通り、全て黒曜石のような黒く輝く外装だった。

 しかし今、あらゆる建物は純白の輝きを放っている。そして全ての建物は、天上からの贈り物のような神々しさと新たな国に相応しい清新さを宿している。


「……これはヴルムとリントが?」


 シノブは、驚きのあまり詰まらせた言葉の続きを紡ぎ出す。

 このようなことが出来るのは、ベランジェの両脇にいる岩竜の長老ヴルムと彼の(つがい)リントくらいではなかろうか。

 アミィやシメオン達もシノブと同じことを考えたのだろう。彼らは、悪戯小僧のような笑みを浮かべるベランジェと、心なしか得意げに胸を張っているような巨竜達を交互に眺めている。


「ふっふっふ、御名答! まあ、誰でも気が付くことだがね! 私達からシノブ君への帰還祝いだよ!」


「シノブ、義兄上は君を驚かせたかったのだよ。それでシェロノワには伏せたのさ」


 ベランジェだけではなく、シノブの義父であるベルレアン伯爵コルネーユまで楽しげな笑みを浮かべている。どうやら、彼らは結託してシェロノワに伝わらないようにしたようだ。


「ということは三日前? それとも二日前かな?」


 シノブは、ヴルムとリントを見上げながら問いかけた。この世界に彼が帰還したのは、三日前の5月2日である。したがって、彼らは最大で三日間も隠し通したことになる。


──もちろん帰還した当日だ。そなたが戻った日の夜、リントと共に一働きしたのだ──


──『光の使い』には、黒い宮殿ではなく日の光に輝く宮殿が相応しいと思います──


 ヴルムとリントは、誇らしげな思念でシノブに答えた。

 旧帝国領は、近い将来シノブが統治することになる筈だ。そして、この世を遍く照らすアムテリアの血族であり彼らが『光の使い』と呼ぶシノブに、異神を想起する黒い宮殿は似合わない。彼らは、そう言いたいのだろう。


「ありがとう! 凄く嬉しいよ!」


 大きな感動に、シノブは自然と年相応の若者らしい言葉となっていた。この世界に自分が戻ってきたことを、様々な場所で様々な存在が喜んでくれた。その事実は、シノブにとって途轍もなく幸せなことであった。

 シノブの感激が伝わったのだろう、ベランジェやコルネーユの顔はますます綻んだ。そしてヴルムとリントも、首をもたげて高らかな咆哮(ほうこう)を上げる。更に彼らと並ぶ出迎えの者達、アミィやシメオンの顔にも温かな笑みが浮かぶ。


「さてシノブ君!」


「……名前ですか?」


 シノブは、ベランジェが何を言いたいのか察していた。

 この宮殿に『黒雷宮』は似合わない。それは誰もが思うことだろう。そしてベランジェが既に名付けているのなら、彼は嬉々として新名称を口にする筈だ。しかし(いま)だ新たな名が出ないところから察するに、まだ定めていないのでは。シノブは、そう思ったのだ。


「再び御名答! では、よろしく頼むよ!」


「……『白陽宮』にしたいと思います。白く輝く太陽のような宮殿。ここから生まれるものが、この国の全てを明るく照らす。そんな場にしたいのです」


 シノブは、朝日に輝く宮殿からアムテリアの恵みを想起した。

 この世界に光を注ぎ慈しむアムテリアのように、新たな国に希望の光を届けたい。昇りくる日輪を喜ぶように、人々が明るい未来を感じ、輝く笑顔で自分らしく生きる国にしたい。そんな願いを篭めた名前である。


「流石シノブ君、良い名だよ!」


「そうですね。シノブ、これから生まれる国に相応しい、素晴らしい名だ」


 ベランジェが破顔し、義兄に賛意を示したコルネーユもシノブに柔らかな笑みを向ける。彼らだけではなく場に集った者の全てが、それぞれの方法で賛同と祝意を示していた。


「では『白陽宮』で。さあ、入りましょう」


「そうだね! シノブ君、実は中も綺麗になったんだよ!」


 シノブが促すと、ベランジェは彼の肩に手を掛け屋内に(いざな)っていく。

 そして彼らにアミィ達シノブと共に来た者や、迎えに出た者が続いていく。宮殿に入る人々には、人族や様々な獣人族、それにドワーフやエルフまでいる。更に人より少し大きい程度に変じたヴルムとリントも彼らに続き入っていく。

 ここには、新たな形が生まれつつある。シノブは、様々な種族が集う姿に深い喜びを感じつつ、ベランジェの執務室へと向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 執務室に移動したシノブは、早速ベランジェ達から現状の説明を受ける。

 旧帝国領は概ね問題ないようだ。帝都決戦から二ヶ月弱という短い間に安定した統治体制を確立するのだから、ベランジェや彼の部下達は極めて有能なのだろう。


 だが、順調な背景には、ベーリンゲン帝国が奴隷だけではなく平民にとっても住みづらい国だったこともあるようだ。民は重税を課された上に神殿への多額の喜捨も義務付けられ、更に軍に強制徴用される者も多かったのだ。

 それがメリエンヌ王国と同じ税制となってからは生活に大きなゆとりが生まれ、軍も縮小され希望者のみが入隊する形となった。そのため街の者の殆どは新たな体制を歓迎しているそうだ。

 しかし旧来の支配階級は、そうもいかない。


「生き残った貴族の半分くらいは長期の強制労働だね。一部は処刑したし無期も多い。騎士も近いかな……従士はそれほどでもないけどね。

基本的に邪神の支配は、絶対の忠誠を誓うこと、命令に逆らわないこと、といったもののようだ。つまり邪神を信じ、その代行者である皇帝の命令には絶対服従ということだね。それ以外のことは、元々の性格や考えによるものなんだ」


「要するに、邪神の教えで定めたことや皇帝から命じられたもの以外は、自分の意思で実行したようだ」


 ベランジェとコルネーユが語るように、神や皇帝などの命で強制されたこと以外は、当人の判断によるものらしい。そのため特に民を虐げたという者達は、支配を解いても人格的に何らかの問題を抱えている場合が多かったそうだ。

 そういった者は民の怨嗟も激しく、無罪放免とすることは出来ない。そこで無闇に強権を振るった者や残酷な振る舞いをした者には、極刑や重刑で対応したという。

 もちろん元メグレンブルク伯爵のように、民から悪人ではなかったと言われる者も存在する。しかし、生き残った者の半数近くは街の者から激しく憎まれている。そのため彼らは、仮に刑に処さなくとも故地や任地を離れるしかないようだ。


「仕方の無いことです。そのような者を街に放つわけにはいきませんから。

それに、彼らにとっても強制労働の方が幸せではないでしょうか? 貴族籍を失った彼らが街で暮らそうとしても、報復されるのが関の山でしょうから」


 シメオンが、冷たい声音(こわね)で言い放つ。だが、彼の言うことにも一理ある。

 ただの民となった彼らは、今までの仕返しをされるだろう。それは自身が行ったことと同じか、それ以上に厳しいものに違いない。


「シメオンの言うとおりですね。義伯父上、義父上、申し訳ありませんが今後もお願いします」


 居住まいを正したシノブは、ベランジェとコルネーユに頭を下げる。

 二人は、自分の代わりに嫌な仕事を引き受け泥を被っているのだ。シノブは、苦労を厭わぬ彼らに礼を伝えることしか出来ない自分に、忸怩たる思いを(いだ)く。


「良いんだよ、好きでやっていることなんだから! ねえ、コルネーユ?」


「はい。……シノブ、君は君の成すべきことをするんだ。残念ながら、私には邪神と戦うことなど出来ない。だから、それは君に任せるよ」


 シノブの倍以上も生きた二人には、彼の内心などお見通しだったらしい。ベランジェは朗らかに、コルネーユは優しく。どちらも悩める若者に愛情溢れる言葉と微笑みを贈る。


「それにね、新たな国を造るのは何とも楽しいことなんだよ!

……公爵といっても大したことは出来やしない。長い歴史で決まったことに縛られながら、ほんのちょっとだけ自分の色を出すだけさ。

それに比べれば、ここでの仕事はやりがいがあるね!」


 どうやらベランジェは、公爵だったときに出来なかったことが色々あるようだ。メリエンヌ王国は五百五十年以上もの歴史を持つため、様々な仕来りや不文律がある。そのため公爵家の当主といえど、制約は多いのだろう。

 そんな彼にとって、新国家を造り上げるのは至上の喜びであるらしい。彼は、ここでなら自身の能力を思う存分発揮できると考えたのかもしれない。


「義兄上もそう思いますか。シノブ、歴史のある国の領主なんて不自由なものだよ。私も初代伯爵シルヴァン様か、せめて第二代ヴェルネーユ様の時代に生まれたいと何度も思ったものだ」


 堅実に領主を務めてきたコルネーユだが、内心には義兄と同じ思いもあったようだ。彼は若者のような熱さの滲む声音(こわね)でベランジェに続く。


「例の『憲法』を考えるのもね! 愚かな君主が理念を否定したら、皆が堕落したら、など色々対策を練るのも面白いよ!」


 ベランジェにとって、憲法の策定も高度な知的遊戯なのかもしれない。もちろん彼は真面目に将来を考えているのだろうが、輝く緑の瞳には単なる職務を越えた興奮が宿っているようだ。


「はい。現在の我々が未来への道筋を付ける。将来に渡っての国造りですね」


 ベランジェに応じたのは、シメオンだ。こちらは淡々とした口調だが、普段よりは力強い声音(こわね)である。彼もベランジェ同様に、国家の現状だけではなく将来まで律する取り組みを非常に重要なものと捉えているのだろう。


 エウレア地方の国々、特に王政の国家は君主に強い権力を与えている。これは、神の加護を受け継ぐ彼らが敬われたためだ。

 多くの国王は神々の教えを遵守し己を厳しく律してきたため、地球のように王の権力を制限しようという動きは起こらなかったようだ。これは族長による合議で国を動かすドワーフやエルフも同様で、彼らも高い意識を持つ族長達に多くを委ねている。

 しかしメリエンヌ王国では前フライユ伯爵クレメンが道を誤り、ガルゴン王国も先代ビトリティス公爵が敵の策に()まって操られた。伯爵や公爵が失敗するなら、王も同じ道を辿(たど)るかもしれない。

 王が無謬ではない以上、君主や国を律し人々の権利を守る法が必要である。ベランジェ達は、そう思っているようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ベランジェ達は、憲法から将来敷くであろう体制について話を移していく。

 彼らの中では、既に組織のあり方や長となる人物まで決まっているようで、シノブはそれを聞いていく。やはり、二週間の不在の間に数多くのことが動いたのだ。

 それらを聞き、疑問を感じたところは訊ね、意見があれば述べる。彼らの造った道を確かなものにしようと、シノブも時を忘れて語り合った。


 もちろんアルマン王国で(つか)んだ情報についても、ベランジェやコルネーユに伝えた。二人は、それまでと違う鋭い表情でマクドロン親子とアルマン王国の秘宝に関する話に聞き入った。


「……シノブ君、兄上のところに行ってはどうかね? 王家の秘宝なら、こちらにもある。光の額冠がね。いや、君にメリエンヌ王国の王まで押し付けるつもりはないよ!」


 ベランジェが言う兄上とは、国王アルフォンス七世のことだ。そして光の額冠とは、メリエンヌ王家が受け継いできた神具である。三公爵家と同様に、王家は第二代国王アルフォンス一世が使った額冠(サークレット)を密かに守ってきたのだ。

 ただし、これは他の神具とは違い、現在でも複製が略王冠として使われている。そのため、メリエンヌ王家の一員ではないシノブとしては、出来れば受け取りたくなかった。


「ただね、打つべき手を打っておいた方が良いと思うのだよ。マクドロン親子と対決するときもそうだし、邪神達との戦いにも役立つだろう?

気になるなら光の額冠に布でも巻いて誤魔化せば良いよ! 畏れ多いけど、君なら神々やアルフォンス一世陛下も許してくれるだろう!」


「わかりました。事が起きてからでは、後れを取ることもあるでしょうし」


 シノブは、ベランジェの勧めの通りにすることにした。

 マクドロン親子の持つ秘宝がどんな効果を持つか不明なままだ。もしかすると、現在所有している三つの神具では対抗できないかもしれない。それに異神達を再び逃さないためにどうすべきか、シノブは答えを見出していなかった。

 仮に光の額冠がそれらに対処できるものだとしても、扱いに習熟していなければ有効には使えないだろう。そうなると、何か起きてから入手するのでは間に合わない可能性はある。


「そうしたまえ! 兄上には私から話を通しておくよ。遅くとも明日にはシノブ君に返事が来るだろう!」


 ベランジェは通信筒を持っているし、王都メリエでは王太子テオドールが所有している。したがってベランジェが要請すれば、シノブの下に今日中に返事が届いてもおかしくはない。


「ところでシノブ君、頼みがあるんだがね。幾つか温泉を掘ってほしいのだよ。ここや主要な都市には作ってもらったが、まだ無い街も多い。

岩竜の皆にも掘ってもらったが、浅いところに湯脈がない街も多くてね。こっちの人にも、温泉は人気なんだよ!」


 北の高地で『ガンドの湯』に入ってから、ベランジェは大の温泉好きとなっていた。

 『ガンドの湯』とは、岩竜ガンドがアマテール村に造った温泉だ。岩竜達は、比較的浅い場所であれば地上から温泉を掘ることが出来るのだ。

 彼らも時間を掛ければ地下深くまで穴を掘ることも可能だ。しかし、ベランジェもあまり無理をさせてはと思ったらしく、それらは後回しになっているそうだ。


「シノブ君が自分で手がけたら、街の者も喜ぶと思うよ! 未来の王が掘った温泉、きっと末永く語り継がれるだろうさ!」


 ベランジェは人気取りも考慮しているようだ。確かに、温泉を造るにしても将来の統治者となるシノブが自身で動いた方が良いに違いない。

 シノブは、隣接しているとはいえ他国であるフライユ伯爵領に住んでいる。たまに来たときくらいは、しっかり民にアピールしておくべきだろう。

 どうやら午後は温泉掘りになるようだ。シノブは少しばかり苦笑しながら、ベランジェに了承を伝えた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 昼食の後、シノブ達は岩竜の長老ヴルムや彼の(つがい)リントと共に、旧帝国領を巡った。

 もっとも、シメオンだけはブロアート島に帰還した。シノブは、忙しい彼を温泉掘りに連れて行くことも無いと思ったのだ。


 ヤマト王国も相変わらずだ。シャンジーは、タケル達が宿泊予定の村に着いたことを伝えてきた。彼らは、滞りなく霧の山の(ふもと)にある村に着いたのだ。

 しかし、竜は(いま)だ現れない。霧の山を見張っているミリィとシャンジーやタケルの一行の、どちらも竜を目にしていない。

 シャンジーによれば、明朝タケル達は霧の山に登ってみるという。竜が出ても出なくても、まずは山の様子を確かめるそうだ。なお、タケル達の出発はシェロノワだと今日の深夜である。そのため、姿を消して同行する予定のシノブとアミィは、早めに休んで備えるつもりであった。


 そんなわけで、シノブ達は時間を掛けないように比較的近い都市や町を巡り、手早く温泉を掘っていく。

 地脈を調査する魔道具『フジ』があれば、深い場所であっても湯脈を簡単に発見できる。現在『フジ』はメリエンヌ学園に保管しているが、呼び寄せ機能があるから取りに行く必要すらない。そして学校にいるアリエルに問い合わせたところ、今日は誰も使わないという。そこでシノブは、遠慮なく『フジ』を呼び寄せた。


 シノブや竜の温泉掘りは、土魔術で湯脈まで岩の管を伸ばすだけだ。そして湯脈の位置を確定でき、光の大剣による大魔力があれば、極めて短時間で掘削が可能である。シノブ達は、三時間弱で十箇所に新たな温泉を造り出した。


「これで最後か……次の町は?」


 ヴルムが運ぶ磐船の甲板で、シノブはアミィに問いかける。転移の神像は町には存在しない。そのためシノブ達はヴルムに運んでもらっているのだ。


「ゼルスザッハです。ゴドヴィング軍管区に一番近い町ですね」


 アミィが言うように最後は旧皇帝直轄領、現在のヴァイトグルント軍管区で一番西にある町だった。


「……ゼルスザッハ?」


「あのリュリヒという男の人の出身地です。ほら、ロイクテンでシノブ様にお礼を言った人です。病気のお母さんの下に帰れるって」


 アミィから説明を受けたシノブは、都市ロイクテンでの出来事を思い出した。

 リュリヒは、シノブがロイクテンに訪れた際、故郷に戻れると礼を言った若者だ。彼は病に倒れた母と暮らしていたが、徴兵されロイクテンに連れて行かれた。しかし、シノブ達が皇帝直轄領を押さえ帝国軍が解体されたため、母の待つゼルスザッハに戻れるようになったのだ。


「ああ。あの人の住んでいる町か」


「閣下、もしかすると会えるかもしれませんね」


 得心顔となったシノブに、アルノーが微笑みかけた。

 彼も、シノブやアミィと共にリュリヒに会っている。そして長きに渡り帝国の戦闘奴隷となっていたアルノーは、軍から解放され家族の下に帰った若者に親しみを感じていたのだろう。寡黙な彼にしては珍しく、自分から会話に加わってくる。


 そんな話をしているうちに、二頭の巨竜は町の中央にある広場へと着陸する。

 守護隊の駐屯所に隣接した広場は意外に広く、磐船は余裕を持って納まった。とはいえ、竜達はアムテリアから授かった腕輪の力で大きさを変え、人間と同じくらいになって大地に降り立つ。


「と、東方守護将軍閣下! 今日はどのような御用ですか!?」


「驚かせてすまない。町の者の健康増進のため、温泉を掘りに来ただけだ」


 駐屯所から走り出てきた兵士達は、血相を変えていた。そこでシノブは、穏やかな笑みと共にゆっくりと答える。

 シノブの言葉に兵士達は安心したのだろう、敬礼は続けているが顔は綻んでいる。


 シノブが『フジ』で湯脈を調べると、かなり深いものの良い湯脈を発見した。そこでシノブは、守護隊の隊長に掘削しても良い場所に案内してもらう。

 隊長が向かったのは、駐屯所の敷地の片隅だ。


「ここか……」


 シノブは、お湯を受けるために大きな窪地を(こしら)える。窪地の周囲は岩壁とし、屋根を掛ければそのまま風呂に転用できるものだ。

 そしてシノブは、窪地の中央に岩の管を造り出した。更に彼は、熱湯を浴びないように周囲を魔力障壁で覆う。


「隣町には温泉を造っていただいたのですが、ここは浅いところに無いそうで……」


「大丈夫、充分なお湯が湧くだろう……ほら、出てきた!」


 シノブが言った通り、窪地から突き出す岩の管から、勢い良く湯が吹き出してくる。隊長と話している間に、岩の管が湯脈まで到達したのだ。


「浄化の魔道具も設置しました! とりあえず、このまま排水管に流しますね!」


 アミィは、池のようになった窪地の隅に大きな魔道装置を設置していた。これは、温泉の成分を除去し真水だけを排出する装置だ。そこから先は駐屯所の配水管まで繋げているから、当面はこれで問題ない。


「この町にも温泉が!」


「魔竜伯様、ありがとうございます!」


 いつの間にか、シノブ達を町の者達が取り巻いていた。

 彼らは、守護隊の兵の向こうから喜びの声を上げている。兵からシノブのことを聞いたのだろう、中にはシノブの二つ名である『魔竜伯』を口にする者もいる。


「魔竜伯様、母も元気になりました! ロイクテンから巡回の治癒術士が来てくれて、治療の魔道装置で治してくれたんです!」


 シノブの耳に、聞き覚えのある声が届いた。そう、ロイクテンで出会ったリュリヒだ。

 笑顔の若者の隣には、どことなく似通った顔の中年の女性がいる。おそらく、彼女がリュリヒの母なのだろう。そして友人だろうか、リュリヒより年上の夫婦が側にいた。

 シノブが顔を向けると、四人は深々と頭を下げる。


「おめでとう、リュリヒ! お母さんを助けて頑張るんだよ!」


 シノブが祝福の言葉を掛けると、町の者達は大きくどよめいた。それは、シノブがリュリヒの名を口にしたからであろうか。あるいは、シノブが町の者と変わらぬ気さくな言葉を掛けたからか。

 一瞬の空白の後、驚愕のざわめきは歓呼の声へと変わっていく。シノブは、この日見た生まれ変わりつつある町々に、そして目の前の笑顔に、確かな成果を感じていた。そして彼は、大きな喜びを感じつつ更なる一歩を踏み出していった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年4月9日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ