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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第4章 ドワーフの戦士
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04.04 砦の戦士 前編

「シノブお兄さま、無事に帰ってきてくださいね!」


「アミィお姉ちゃんも気をつけてね!」


 薔薇庭園の中央にある魔法の家の前で、ミュリエルとミシェルはシノブ達に別れの挨拶をしていた。


 イヴァールが来た翌日、早速シノブ達は北へと旅立つことになった。

 だが、第三席司令官のシャルロットや内務次官のシメオンは、それぞれ引継ぎがあるため、出発は午後からとなった。

 そのため魔力操作の訓練はいつも通り行われた。そして別れを惜しむ子供達や伯爵の夫人達と、魔法の家で昼食を取っていたのだ。


 シノブとアミィは既に旅装に着替えている。

 シノブは、アムテリアが新しく授けてくれた肩に飾緒がついた白い服と緋色のマントを身に着けていた。

 アミィの服も、アムテリアから授かった白い服と緋色のマントだ。シノブとは違い肩の飾緒はないが、その代わりに髪留めにもなる簡素な額冠(サークレット)を着けている。この額冠(サークレット)もアムテリアが新たに授けたものだ。

 軍服のような機能的な服装にマントを付けた二人の姿は凛々しくはあるが、その旅が決して平穏なものではないと示しているかのようだ。


「本当に気をつけてくださいね」


「アミィお姉ちゃん、無理しないでね」


 そんな雰囲気を感じ取ったのだろうか、ミュリエルはなんとか笑顔を見せているが目元に涙を浮かべている。ミシェルはといえば、すでに涙で頬が濡れている。狐耳をペタンと伏せ、尻尾も力なく垂れていた。


「大丈夫ですよ! すぐに用事を済ませて帰ってきますから」


「シャルロット殿やイヴァールもいるから安心さ。……お土産は何が良いかな? ドワーフの職人が作った細工物でも買ってこようか?」


 アミィはにっこりと微笑みながら一人ずつ抱きしめた。続いてシノブも微笑みながら、ミュリエルとミシェルの頭を撫でる。


「シノブお兄さまが無事に戻ってきてくだされば、それが一番のお土産です」


「ドワーフのおじさん! シノブさまとアミィお姉ちゃんをよろしくお願いします!」


 ミュリエルは無事な帰還をと微笑み返し、ミシェルはイヴァールに守護を頼み込む。


「おお! 二人のことは任せておけ!」


 イヴァールは幼いミシェルを安心させようと思ったらしく、(いか)めしい声を張り上げた。そして彼は来たとき同様に鱗状鎧(スケイルアーマー)を着けて戦斧と戦棍(メイス)を背負った恐ろしげな姿で、大きく頷きかける。


「シノブ様、無事なお帰りをお待ちしておりますね」


「私もミュリエルと共に待っております」


 カトリーヌとブリジットも、それぞれシノブに微笑みかける。


「お二人とも体に気をつけてくださいね。……カトリーヌ様、お子様は順調ですので、あまり気にしすぎないようにしてください」


 別れを惜しむ子供達にアミィが再び捕まっている中、シノブは夫人達へと挨拶した。

 カトリーヌの経過も順調で胎児もすくすく育っている。そこでシノブは気を楽に持つように伝えた。


「シノブ様、昨日も同じことを仰ってましたよ。お留守の間、アンナにも世話をしてもらいますし大丈夫ですよ」


 心配するなと言いながら心配そうなシノブに、カトリーヌは笑みを(こぼ)した。それにブリジットも表情を和らげる。


「シノブ様のように診察はできませんが、カトリーヌ様のお世話はお任せください! 私も無事なお帰りをお待ちしています!」


 名を呼ばれた侍女のアンナは、元気良く会釈する。

 確かに万全の体制だ。これなら心配無用とシノブも頬を緩める。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アミィが魔法の家をカードに戻し、シノブとイヴァールを加えた三人は領軍本部に赴く。本部ではシャルロット達が待っているのだ。


「しかし『ドワーフのおじさん』か。俺はまだ25歳なのだが」


「えっ、25歳!?」


 イヴァールの呟きに、シノブは思わず声を上げた。

 ドワーフらしいというか、イヴァールの顔は殆どが髭で覆われている。それに声も太く威厳に溢れているから、シノブは自分より随分年上だと思っていたのだ。


「驚くことはないだろう。一体いくつに見えたんだ?」


 シノブの予想外といった様子に、イヴァールは憤慨したようだ。彼の声は更に低くなる。


「いや、いくつに見えたというか、髭のせいで良くわからなかったというか……」


「なるほどな。人族はあまり髭を生やさないからな。わかりづらいのも仕方ないか」


 シノブの苦し紛れの言い訳を、イヴァールは素直に受け取ったらしい。

 どうやら機嫌を直してくれたようだと、シノブは安堵する。正直なところ40歳くらいかと思っていたが、馬鹿正直に言わなくて正解だったらしい。

 そして安心からか、改めてドワーフへの興味が湧いてくる。彼ら自身、そしてイヴァールが乗る少々変わった馬にも。


 三人は馬に乗って領軍本部へと向かっていた。

 シノブはベルレアン伯爵から借りている白い軍馬。リュミエールと言う名の牡馬は、シャルロットが乗っていた白馬アルジャンテの兄にあたるらしい。

 一際大きな軍馬だが、魔狼の狩りに行くときに何度も乗っているので気心も知れている。


 アミィが乗っているのは、フェイという少し小柄な軍馬だ。彼女は身長140cm強だから、伯爵が小柄で身軽な上に足も速い馬を用意したのだ。

 こちらも魔狼の狩りですでにお馴染みである。


 問題はイヴァールの乗っている馬だ。シノブは背が低く足が短いドワーフがどんな馬に乗ってきたのか、と思っていた。


──まさか、こんな馬がいるなんてね──


──ドワーフ馬って言うんですよ──


 館の馬房にいたのは、まさに馬のドワーフとでもいうべき、ずんぐりとした生き物だった。

 このドワーフ馬は、普通の馬と全く種類が異なるらしい。第一にドワーフのいる北方に生息するだけあって、毛が山羊のように長い。それに体格通り力強く寒さにも強く、粗食にも耐えるそうだ。

 シノブの目には、首が長めで毛皮を持つカバのように見えた。


──まあ、カバは『河馬』って書くしね──


──カバとは違いますけどね。でも、確かに雰囲気は似ているかも──


 こちらの軍馬は大きめで、肩高が170cmから190cmくらいあるようだ。足も太めで体重も最低500kg、大柄なものは800kg以上あるらしい。

 一方のドワーフ馬は肩高130cmから140cmほどだが、それでいて体重が700kgや800kgという重量級だ。


 しかも見た目に反し、駆ける速さも結構なものだ。

 軍馬は身体強化が得意な馬を掛け合わせており、数時間の連続疾走でも速足や並足を繰り返しながら平均すると時速30kmくらいで駆け抜ける。しかも極めて短距離なら、四倍ほどの速度でも平気だという。

 それどころか名馬ともなれば長距離を時速40km以上、瞬間的には時速150km以上で駆けるのだ。


 しかしドワーフ馬も負けておらず、少々力に寄ってはいるが高度な身体強化を誇っている。イヴァールによればドワーフ馬は長距離で時速30kmくらい、非常に短い距離なら時速70kmから100kmほども出せるらしい。


──こう見えて瞬間的な突進は凄いんですよ──


──まあ、カバも本気を出せば速いっていうよね。それにこっちの人間や動物は身体強化を使いこなせば何倍ものスピードを出せるし──


 シノブとアミィはイヴァールの乗るドワーフ馬を見ながら心の声での会話を続ける。


「そんなにドワーフ馬が珍しいか?

ヒポはアハマス族のドワーフ馬の中でも、一番力が強いのだ。昨年のドワーフ馬競争では、見事一等になったぞ」


 イヴァールが乗っている馬は、彼の言葉通り非常に力が強いようで、頭と胴には頑丈そうな金属鎧まで着けていた。


「……ああ、そうなんだ。がっしりしているからドワーフが乗るにはぴったりだね」


 シノブは、馬の名前に笑いを(こら)えながらイヴァールに答えた。


(……ヒポって……やっぱりカバじゃないか……)


 偶然の一致なのか何らかの関連性があるのか、外見に相応しい名前のドワーフ馬。シノブは体格に似合わず軽快に進んでいくドワーフ馬を横目で見ながら、領軍本部へと向かった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 領軍本部の訓練場には、すでに伯爵達がいた。

 一緒に行くのはシャルロット、アリエル、ミレーユの女騎士三人と、シメオン。そして砦まで同行する騎士達もいた。シメオンは文官服の上に白いマント、他は騎士鎧を身に着けている。

 彼らはそれぞれの馬を連れ、その手綱を引いて待っていた。


「シノブ殿。また我が領のために力を貸していただくことになり、すまなく思っている。

竜退治に送り出す私の言えることではないが、無理はしないでほしい。

イヴァール殿には悪いが、命あっての物種だ。危険と判断したら早急に引き返してきてくれ」


 馬から降りたシノブに、伯爵は真剣な顔で忠告した。


「ベルレアン伯爵。俺も無駄死にはする気はないし、死ぬとしても俺達ドワーフからだ。

絶対生きて返すと保証はできないが、ドワーフの戦士の誇りを信じてもらいたい」


 ドワーフ馬から降りたイヴァールが、野太い声で伯爵に言う。


「ああ、すまない。決してイヴァール殿達を疑ったわけではないんだ」


「気にするな。俺も疑われたとは思っていない。お主の娘も行くのだから、当然の心配だろうよ」


 伯爵の謝罪に、なんでもないような顔で答えるイヴァール。


「伯爵。忠告感謝します。

ですが、ヴォーリ連合国に行くのは、私自身が決めたことです。負担に感じることはありません」


 シノブは、自分で決めたことなので恩に着ないでほしい、と伯爵に告げた。


「ありがとう。……長々と話していても、出発が遅れるだけだね。

それでは、シャルロット、シメオン。ベルレアン伯爵家に連なる者として、その名に相応しい振る舞いを期待している。

シノブ殿、アミィ殿。くれぐれも気をつけて。

イヴァール殿。無事に交易が再開できるよう、祈っているよ」


 伯爵の言葉に、シノブ達はそれぞれ一礼すると一斉に騎乗した。


「ベルレアン伯爵。慌ただしい訪問、すまなかったな。次は吉報を持ってゆっくりと訪れたいものだ。

……では皆の衆! 出発と行こうではないか!」


 イヴァールは天まで届くような大声で宣言すると、愛馬ヒポを速歩(トロット)で大通りへと進ませた。


 騎士達の先導で、領都セリュジエールの大通りを進んでいく一同。

 嵩張る荷物を魔法のカバンに入れていることもあり、身軽な軍馬達は軽やかな歩みを見せている。


 シノブ達が領都に来たときのミレーユと同様に、騎士達は高らかに警笛の音を響かせて幅30mほどの大通りを進んで行く。警笛は通りを行く者達へ注意を促すためである。

 もっとも中央区は軍や行政のための施設が多いので、道を行くのも軍人や内政官のような者が多い。静かに左右によけた彼らはシャルロットの騎乗姿を見ると深々と頭を下げて見送っている。


 大通りを北に向かってしばらく進むと、中央区を抜け外周区に入る。

 通りの両側には、商家らしきものが目立ち始めた。商家とはいっても中央区に近いこのあたりは豪壮な石造りの建物が立ち並んでいる。

 外周区ともなると、道を行く人々はごく普通の領民達となる。


 1個小隊の騎士に囲まれ進むシャルロットの姿を見た彼らは素早く道を譲り、歓呼の声を上げて見送っている。

 シャルロット、アリエル、ミレーユの三名が、騎士鎧の上に(まと)っている白いマントは貴族の証。その騎士鎧も光り輝くミスリル製のもの。

 さらに、シャルロットのマントは金糸で縁取られている。金糸の縁取りは大隊長以上にしか許されていない。その上、女騎士となれば彼女だけだ。

 兜のバイザーを上げているから顔だけはわかる。だが、顔を見なくても伯爵の継嗣シャルロットであることは、領民達からすれば一目瞭然なのだ。


 そんな領民達の大きな歓声に見送られ、北城門へと辿(たど)り着いた一行。

 先導する騎士達のおかげで、足を止めることなく中央の大門を(くぐ)り抜けていく。短いトンネルくらいもある城門を抜けると、そこはヴァルゲン砦まで続くベルレアン北街道である。

 街道に出た一行は馬の速度を上げ、北へと駆けて行った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、順調にベルレアン北街道を駆け抜けてきた。

 北街道を駆けること4時間。今日はヴァルゲン砦に泊まる予定である。そのため、シノブ達は充分な休憩を取りながら街道を進んできた。

 ちょうど今日から10月である。暑すぎず寒すぎず、街道を進むのは快適であった。しかし北に行くにつれ徐々に標高が高くなり、肌寒さすら感じるようになってきた。


「これがヴァルゲン砦か……」


 シノブは、今まで名前だけ聞いていたヴァルゲン砦を見上げ感嘆した。

 雄大な山々を背後に背負うヴァルゲン砦は夕日を受けて輝き、一幅の絵のようであった。

 このあたりでは既に紅葉が始まっており、赤や黄に染まった木々が陽光に(きら)めき、美しさを増している。


「シノブ殿は、ピエの森から北に行ったことはなかったのだな」


 シノブの呟きが聞こえたのだろう、隣で騎乗するシャルロットが問いかける。


「そうですね。シャルロット殿と出会った場所から北は、初めてですよ」


 シノブは、彼女のほうに顔を向けながら答えた。

 既に砦近くまで来ており、軍馬も速歩(トロット)で進めている。会話をするのも容易である。


「あのとき偶然シノブ殿と出会っていなければ、どうなっていたことか。なんというか、その……運命的なものを感じるな……」


 シャルロットは小さく呟き、美しく(きら)めく青い瞳でシノブを見つめる。頬が赤く染まっているのは夕日のせいだけではないだろう。


「まあ、神のお導きというやつかもしれませんね」


 シノブは少しばかりの笑みを浮かべつつ、シャルロットに答える。

 あまりにタイミングの良い邂逅は、アムテリアが何らかの関与をしたからかもしれない。シノブは、そう思ったのだ。


「そ、そうだな! 神々の……やはり運命の……」


 シャルロットの声はさらに小さくなってしまう。


「シャルロット様、ポネット司令が出迎えています」


 アリエルの声に前を見るシノブとシャルロット。


 高さ10mほどの城壁の正面。大きく開いた城門の前に、全身鎧を身につけ大剣を佩いた大男が立っている。

 領都のものとは違い飾り気がなく武骨な城壁を背負って立つ巨漢は、国境を守る勇将というに相応しい風格を漂わせていた。


「シャルロット様! 一月ぶりですな!」


 ヴァルゲン砦司令のポネットは、その巨体に相応しい大声でシャルロットに呼びかけた。

 (いか)つい顔を微かに緩めた様子からは、彼が一ヶ月ぶりの再会を喜んでいるのが見て取れる。三十代後半と思われるポネットがシャルロットを迎える様子は、久しぶりに帰郷した娘に喜ぶ父のようだ。そのためシノブは自然と彼に好感を(いだ)く。


「ポネット司令も元気そうだな」


 馬から降りたシャルロットは、その手綱を砦の従卒に預けると、ポネットへと歩み寄る。

 兜を脱いだ彼女は、そのプラチナブロンドを輝かせながら、先日までの部下に笑いかける。


「シャルロット様に司令と呼ばれるとなんだか変な気がしますな……で、やはりシャルロット様が出向かれるので?」


 同じく下馬したイヴァールを見ながら問いかけるポネット。


「ああ。我が領にとっても大きな問題だからな。シノブ殿やシメオン殿も同行される。

そうだ、シノブ殿とお会いするのは初めてだな?」


 シャルロットはシノブ達のほうを振り返り、ポネットを連れて歩み寄る。


「シノブ殿、アミィ殿。

こちらがヴァルゲン砦司令のポネットだ。つい先日までは私の補佐を務めてくれていた。

ポネット。私の命の恩人であるシノブ殿とアミィ殿だ」


 シャルロットはシノブ達にポネットを紹介する。


「初めまして、魔術師のシノブ・アマノです」


「シノブ様の従者アミィです」


 シノブとアミィは熊の獣人であるポネットを見上げ、自己紹介をする。

 2m近い巨漢であるポネットは、シノブから見ても頭半分近く背が高いし、身長140cm少々のアミィにとっては見上げんばかりの巨人である。


「ポネットと申します。お噂はかねがね聞いております。

シャルロット様や奥方様をお助けいただき、砦の兵士一同、感謝しております」


 既にカトリーヌの懐妊まで伝わっているらしく、ポネットは改まった口調でシノブ達に挨拶すると、深々と会釈した。


「領都と違って行き届いたおもてなしはできませんが、リソルピレン山脈の山の幸は中々のものですぞ。

さあ、どうぞこちらへ!」


 ポネットはそう言うと、一行を砦の中に招いた。


お読みいただき、ありがとうございます。


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