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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
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16.11 寛ぐ家族達

「このチョコレートというお菓子は、こちらでは作れませんの?」


 セレスティーヌは、とても残念そうな顔でシノブを見つめている。

 彼女が口にしているのは、シノブが日本から持ち帰った土産物である。正確に言うと彼の両親が、こちらの人達に、と持たせたものだ。


 日本でのシノブは、父の勝吾(しょうご)と母の千穂(ちほ)が運転する車で九州の神域へと向かった。そして妹の絵美(えみ)を含む四人は、高速道路のサービスエリアなどに立ち寄った。そうなれば、シノブに土産物を持たせよう、という話が出るのは当然であった。

 シノブは、この惑星の文明を極端に進めるつもりは無かった。そこで技術書や役に立つ道具類の持ち込みは避けた。しかし彼は、食べれば無くなる類の土産であれば、気遣う両親に逆らうこともないと思い、ありがたく受け取ったのだ。


 土産物はチョコレートだけではなく、クッキーや和菓子など多岐に渡っている。

 勝吾達はアムテリアが見せた夢でシェロノワの生活も承知している。そこで二人は、小分けできるお菓子を大量にシノブに持たせていた。そのためシノブは、館の使用人や主だった家臣にクッキーなどエウレア地方でもありそうなものを一つずつ分け与えた。

 しかし土産でも、チョコレートのようにエウレア地方で再現不可能な品を配るのは問題である。そこでシノブは、そういったものは手元に残していた。

 そして今、午後遅くのシノブとシャルロットの居室には、主の二人の他にミュリエルとセレスティーヌ、それにアミィにアルメルがいる。彼女達は、他の者に配れない菓子を味わっている最中である。


「チョコレートにはカカオがいるんだ。おそらく、南方のどこかにはあると思うけど……」


 シノブは、苦笑と共に漠然とした答えを返す。

 カカオは中央アメリカ辺りが原産地だ。そのためエウレア地方の真南にある大陸、地球ならアフリカ大陸に当たる場所には存在しないのではなかろうか。

 とはいえエウレア地方の人々は、まだルシオン海の向こうに大陸があるとは知らない。そのためシノブの返答は、曖昧にならざるを得なかった。


「シノブ様?」


「落ち着いたら探しに行こうか。カンビーニ王国の南方でなら栽培できると思うし、無理なら大きな温室を作っても良い」


 シノブは期待を滲ませたセレスティーヌに、頷いてみせる。すると彼女は、輝くような笑顔となる。

 どうやら、こちらの世界でもチョコレートは人気の品になりそうだ。しかしシノブは、この安請け合いが大航海時代の始まりになるかも、と思い少しばかり後悔する。


「これがシノブ様のご実家の……海で獲れるものが多いのでしょうか……」


 ミュリエルの祖母であるアルメルは、シノブから渡された紙を見つめている。これは、千穂が移動中に書き記した料理のメモである。もちろん天野家に伝わる、そして千穂が得意とする家庭料理に関するものだ。


「アミィさん、わかりますか?」


 ミュリエルは、共にメモを覗き込んでいるアミィへと問いかけた。その隣では、シャルロットも期待を滲ませつつ答えを待っている。


「はい! 材料も、こちらで何とかなるものが殆どです! ですから安心してください!」


 アミィは溌剌(はつらつ)とした声音(こわね)と、それに相応しい笑顔で返答をする。


「良かったです!」


「ええ。シノブ、私も頑張りますね」


 それを聞いて、ミュリエルやシャルロットは安堵したらしい。アルメルを含む三人は、一様に顔を綻ばせている。


「ありがとう。でも、あまり無理しないでね。皆、忙しいんだし」


「あ、あの! シノブ様、私もお料理しますわ!」


 シノブがシャルロット達に微笑みかけると、セレスティーヌは自身も手料理を作ると言い出した。どうやら彼女は、チョコレートを食べている場合ではないと思ったようだ。


「期待しているよ。でも、セレスティーヌも出来る範囲で良いんだよ」


「は、はい!」


 シノブの言葉を聞いて、セレスティーヌの緊張気味だった顔に笑みが戻った。

 料理の経験は、別格であるアルメルやアミィを除くと、多いほうからミュリエル、シャルロット、セレスティーヌの順だ。しかも、かなり経験を積んでいるらしいミュリエルや一応は習い始めて三ヶ月少々のシャルロットに比べ、セレスティーヌは圧倒的に不利である。

 セレスティーヌが初めて料理をしたのは四月に入ってから、つまり一ヶ月経ってはいない。それに、王女である彼女には、他にすることも多かった。シノブがシャルロットから聞いたところだと、数回厨房に赴いたかどうかのようだ。そのためセレスティーヌは、他の者と比較されても、と思ったのだろう。


 なお、本来エウレア地方の王族や上級貴族の女性で料理をする者は稀である。男爵家くらいだと日常的に料理をするようだが、都市の子爵家や大領主である伯爵家、更にその上となると、趣味か特殊な家風のある一族でなければ一族の者が厨房に立つことはないらしい。


「私も、新たな料理を覚えるのは楽しみです」


 微笑みと共に会話に加わるアルメルは、後者であった。彼女は農務卿を務めるジョスラン侯爵家の出であり、農産物への理解を深めるために料理を習ったという。


 アルメルは、とても嬉しげな顔である。孫に自身の覚えたことを伝えるのは彼女にとって楽しいことのようだ。それにアルメルは、シャルロットやセレスティーヌとも随分と親しくなったらしい。彼女は、シャルロット達も自身の孫のように可愛がっているのだ。


「ところでセレスティーヌ」


「何ですの、シノブ様?」


 シノブは、安心したような顔でチョコレートを(つま)みだしたセレスティーヌに、声を掛ける。彼は、重要なことを伝え忘れていたのだ。


「チョコレートって、とても太るんだ。魔法のカバンに仕舞っておけば悪くならないから、少しずつにした方が良いよ」


「し、シノブ様!」


 シノブの警告に、セレスティーヌは真っ赤な顔になる。彼女は、先ほどから随分と食べていた。お土産のチョコレートは、様々な種類の小さな粒が沢山入ったものだったからだ。

 赤面する王女に、シノブだけではなくシャルロット達も大きな笑い声を立てる。


 シノブは自分達の部屋に響く家族の明るい声に、我が家に戻ってきたことを改めて実感していた。

 もう、二度と彼女達を悲しませないようにしなくては。シノブは笑い声に相応しい柔らかな笑みを浮かべつつ、内心固く誓っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 日が落ちてきて赤く染まりつつある空を、全長2mに満たない子竜が人を乗せて飛んでいる。

 まだ随分と白っぽい子竜は岩竜の子ファーヴで、乗っているのはシノブだ。シノブはファーヴの背に乗り、自身の館の上空を飛んでいるのだ。


──シノブさん、どうです!?──


「ああ、凄いよ! もうこんなに飛べるなんて!」


 ファーヴの自慢げな思念に、シノブは驚嘆と共に答える。

 シノブ達を乗せて飛ぶオルムルやフェイニーを、ファーヴは随分と羨ましく思っていたようだ。しかも、最近ではシュメイも人を乗せることが出来るようになった。そのためファーヴが、飛翔を覚えたら自分も、と考えるのは自然なことであった。


 そしてファーヴは、最初の乗り手をシノブと決めていた。

 シノブが帰還した当日は遠慮していたようだが、翌日になるとファーヴは我慢できなくなったらしい。彼は自分に乗ってほしいと、シノブに願ったのだ。

 もちろんシノブは喜んで頷いた。そして今、自身とさして変わらぬ大きさの子竜と空を楽しんでいる。


──ファーヴ、凄いです!──


──立派ですね~!──


──私も負けてはいられません!──


 飛んでいるのはファーヴだけではない。岩竜の子オルムル、光翔虎のフェイニー、そして炎竜の子シュメイが囲んでいる。

 しかも、こちらも人を乗せての飛翔である。セレスティーヌがオルムルの、ミュリエルがフェイニーの、そしてアミィがシュメイの背に乗っている。


──皆さん、気持ち良さそうですね──


 海竜の子リタンは、庭に造った池の中だ。海竜は飛翔を得意としていない。そのため彼は、見守るだけにしたらしい。


「ええ。私も乗ってみたいのですが……」


「シャルロット様。シノブ様とご一緒なら構いませんが、お一人での騎乗はご遠慮ください」


 池の脇で空を見上げるシャルロットに釘を刺したのは、アルメルだ。もちろん、シャルロットも本気で言っているわけではないのだが、それでも念のために注意しておきたくなったのだろう。


「はい。この子に何かあってはいけませんから」


 シャルロットは自身のお腹に手を添えると、穏やかな表情でアルメルに微笑んだ。それを見て、アルメルも安堵したような顔となる。


──シノブさん、ブレスも出来るようになりました!──


「そうか! 訓練場は誰もいないから、そこなら良いよ!」


 ファーヴはブレスも見せたいらしい。それを察したシノブは、ファーヴに許可をする。

 訓練場は、早朝など決まった時間以外は殆ど使用されない。それに、ブレスを習得したばかりの子竜であれば、ブレスと言っても太さは子供の腕くらいで威力も低い。したがって、よほど変な方向に放たないかぎり、訓練場の地面に多少穴が空く程度だ。


──ありがとうございます!──


 ファーヴは嬉しげな思念を発すると、訓練場の中央に向かって飛び、微かに黒く染まったブレスを放つ。そして彼の放ったブレスは、地面に直径5cmほどの穴を空ける。


「凄いじゃないか! もう魔獣も狩れそうだね!」


──はい! それとシノブさん、回転ブレスも出来るようになりました! でも、ここでは駄目ですよね?──


 シノブの賞賛にファーヴは嬉しげに応じる。

 ファーヴの言う回転ブレスとは、シノブが思いつきで口にしたものだ。光翔虎の技である絶招牙の一つ、高速で縦回転をしながら爪や牙で攻撃するものと、竜のブレスを組み合わせたら、という冗談交じりの提案とも呼べないものである。しかしファーヴや現在ヤマトにいる光翔虎のシャンジーは、いたく感心したのだ。


「そうだね……ここでは無理かな。今度一緒に狩りに行こう」


 館の庭で四方八方にブレスを撒き散らされては(たま)らない。そこでシノブは苦笑いしながら、またの機会に、と伝える。


──そうしましょう! あれ、リュミさん達ですね?──


「ああ……君に乗っているのが見えちゃったかな?」


 ファーヴとシノブの耳に入ったのは、馬房からの(いなな)きであった。どうやら、シノブの愛馬リュミエールやシャルロットのアルジャンテが、騎乗しつつ空を舞うシノブ達を目にしたらしい。


「ファーヴ、すまないがリュミ達のところに行ってくれないか?」


──はい!──


 シノブの頼みを聞いたファーヴは、馬達のところに向かって飛ぶ。

 どうやら、夕食までにやることが一つ増えたらしい。とはいえ、愛馬達との触れ合いも必要だろう。

 実は、シェロノワに戻った日にシノブは馬房にも顔を出していた。しかし帰還した日は忙しく、リュミエールやアルジャンテを撫で餌を与えただけである。したがって、馬達が不満を感じても無理はない。

 これから夕食までであれば館の庭くらいだろうが、それでも乗らないよりは良いはずだ。それに、平坦な場所であればシャルロットと同乗しても良いのではないだろうか。シノブは、そんなことを考えつつ、ファーヴと共に愛馬の下に飛んでいった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 空での騎乗会は、館の庭での騎乗会へと移行した。シノブはシャルロットと一緒にリュミエールやアルジャンテに乗った。そうなればミュリエルやセレスティーヌがシャルロットと同じように、と願うのは当然であり、彼は順に乗せていく。

 アミィも自身の愛馬であるフェイに乗り、シノブ達に随伴して館の庭を巡る。更に、シノブ達の頭上にはオルムル達が飛んで付き従う。

 普通なら馬達は竜や光翔虎が側に寄れば(おび)えるだろう。しかし、ここフライユ伯爵家の馬達は日常的に接する彼らを仲間だと思っているらしく、動ずることはない。そのため人間と馬、そして竜と光翔虎が仲良く列を組んでいた。


 しかし、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。シノブは領主であり、フライユ伯爵家の当主である。その彼が夕食の時間を過ぎても遊び(ほう)けていては迷惑する者が多数存在するのだ。したがって、彼は名残惜しそうなリュミエール達と別れを告げ、館の中に戻っていく。


「今日も色々ありましたわね!」


「はい! 各国の皆様がいらっしゃったり、美味(おい)しいお菓子を頂いたり、オルムルさんやリュミ達に乗せてもらったり!」


 夕食の席で、セレスティーヌとミュリエルが輝くような笑顔と共に一日の出来事を振り返っている。

 午前中はシノブの帰還を祝う(うたげ)があり、アマノ同盟の諸国とベイリアル公国から大勢の人が訪れた。そしてシノブは午後からベイリアル公国へと渡り、()の地とメリエンヌ王国西海岸での転移を可能とした。

 その後は館の中でシノブが土産として持ち帰ったお菓子を味わい、子竜達やフェイニーによる飛翔に、愛馬達との軽い騎乗である。忙しくも楽しい一日であったのは、間違いない。

 だが、二人の笑顔の源はシノブの存在だろう。シノブは昨日帰還した。つまり、彼女達にとって今日が完全なる日常の再開された日であった。何も案ずることのない起床から始まる一日は、それは爽快であったに違いない。


「俺としても、色々有意義な一日だったよ」


 シノブも、隣に座ったシャルロットへと笑いかける。

 すると、ミュリエルやセレスティーヌも、シノブへと注目する。二人だけではなく、アミィ達も同様だ。やはり誰しも今日は、シノブが普段通りの場所に座っているのを確かめたくなるようだ。


「忙しいのは確かですね。大勢の方に謝ったり、西へ飛んだり、家族との時間を設けたり」


 夫の言葉に、シャルロットは少しばかり冗談を交えつつ柔らかい笑みで応じる。

 心配をかけた人達にお詫び。西の現状確認。家族への埋め合わせ。シャルロットが指摘したように、シノブの一日は忙しいものだった。

 ただしアルマン島とブロアート島を自身の目で確認できたのは、シノブにとって大きな収穫でもあった。


「アルマン王国は、この路線で押すのが良いのだろうね。アルマン島の人々には、暫く我慢してもらうことになるけど」


 シノブはブロアート島で目にしたことを思い浮かべる。

 現状ではアルマン島がマクドロン親子の統治するアルマン王国、ブロアート島がアマノ同盟の後押しするベイリアル公国と、完全に二分されている。しかし、そこまでの過程で流れた血は少なく、また現在は海峡を挟んでの(にら)み合いであり、両国共に民への影響は少ないようだ。


 今後もまずはアルマン島の領主の調略やマクドロン親子の非道を訴え人心乖離を図る方向で、アマノ同盟から大きな戦いを仕掛けるつもりはない。周囲と交易できないアルマン王国と各国の後押しがあるベイリアル公国という構図が続けば続くほど、向こう側の士気は自然に下がっていくからだ。


「はい。一種の兵糧攻めですね。実際には、民の心が軍務卿達から離れるまでで良いのですが……」


 アミィが言うように、アルマン王国の民が軍務卿ジェリール・マクドロンや息子のウェズリードを支持しなくなれば、一気に終結へと向かうだろう。

 北のブロアート島が栄えれば、アルマン島の民も軍務卿達に失望する筈だ。そして焦ったマクドロン親子が民を引き締めにかかれば不満は急激に高まり、その時点で二人を排除する。それがシメオン達の描いた筋書きである。


「なるべく早くそうなってくれると良いけど……まあ、そちらはシメオン達に任せよう」


 シノブは、一瞬だけ窓の外へと視線を向けた。五月に入り、日も長くなってきた時期である。したがって、18時を回っても外はまだ明るかった。


「シノブさま、何か気になることがあるのですか?」


 ミュリエルは、顔を外に向けたシノブに問いかける。彼女は、少しばかり不安そうな顔をしている。

 アマノ同盟は、アルマン島での諸々に関し可能な限り前面に出ない。シメオン達は、アマノ同盟が支援役に徹した方がアルマン島の人々に反発されないと読んだからだ。そのためブロアート島の独立、つまりベイリアル公国の建国に関しても、表向きはベイリアル公爵からの要請があり協力したことになっている。

 したがってシノブが前面に出るとしたら、異神達の再来などベイリアル公国やアマノ同盟軍の手に負えない事態となったときだけだ。それ(ゆえ)ミュリエルは、何か人では対応できないものの存在をシノブが感じとったかと思ったのかもしれない。


「ああ、今日はシャンジーからの連絡が無いと思っただけだよ。どうしたのかな?」


 心配させたと思ったシノブは、陽気な声音(こわね)でミュリエルに答える。

 すると、夕食の場にいた者達は、一様に顔を明るくした。やはり、シノブが姿を消した衝撃は非常に大きなものだったのだろう。この場に集う者達から、昨日の朝までの不安は決して消えてはいないのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 昨日シャンジーは、シェロノワへの帰還を急ぐシノブの代わりに、ヤマト王国の王子タケルの下に残された。そして昨日はシェロノワの16時、つまりヤマトでの零時頃にシャンジーから連絡があった。彼は、護衛対象であるタケルが寝てからシノブの通信筒に(ふみ)を送ったのだ。


「……時差が8時間ですから、向こうは夜中の2時を過ぎていますね。昨日は16時頃だったのに……シャンジーさんは、のんびりしているから忘れちゃったのでしょうか?」


 一同が笑みを取り戻すのを待っていたのだろう、アミィは少々間を空けてから発言する。しかも、彼女も周囲に配慮したのか、珍しく冗談めいた物言いである。

 なお、時差は神殿での転移により既知となっている。そのため、一同は非常に遠方だと改めて理解したようだ。


「そうかもしれないね。それとも、長い手紙を書こうと頑張っているのかも」


 シノブもアミィと同様の軽い口調で答えた。シャンジーは『アマノ式伝達法』による表記は出来る。そのため彼が昨日送ってきた(ふみ)も、羊皮紙に爪で穴を開けて記していた。

 なお、シャンジーが送ってきた手紙によれば、タケルの事情は大よそこのようなものだ。


 タケル、つまり大和(やまと)健琉(たける)は、ヤマト王国の第二王子であった。そして彼は兄である第一王子に妬まれていたらしい。

 ただし、その辺りの事情はタケルが詳しく語らなかったのか、あるいはシャンジーが理解できなかったのか、判然としない。はっきりしているのは、日本で言う九州にあたる筑紫(つくし)の島の厄介事を片付けろという兄の命で、追い払われるようにタケルが王都を旅立ったことだ。

 もちろん、数名の家臣は付けられてはいるが、そんな少数で片付くことではないのだろう。タケルは神の力を借りるため、筑紫(つくし)の島の山中にある神域、自身の先祖の故地とも呼ばれる場所に向かったそうだ。


「昨日は、あの場所で一泊したみたいだから、聞き取る時間や書く時間も充分にあったのかな? でも、夜中の2時まで移動しているとも思えないけど……」


 シノブは、首を捻りつつ呟いた。だが、火急の用事であれば、夜間の移動もあるかもしれない。

 ヤマトに関しては不明だが、エウレア地方には灯りの魔道具がある。したがって、深夜の移動も不可能ではない。それに光翔虎であるシャンジーは、夜間であっても問題なく移動できる。

 元々が夜行性である猫科の性質を持つ光翔虎で、しかも人間でいう魔術にも()けている彼らだ。そもそも名前に『光』と付くくらいだ。光源を用意するなど彼らにとっては造作もないことである。


「その……ツクシノシマとは、こちらでいう伯爵領のようなところでしたね?」


 シャルロットは、何か言いにくそうな様子でシノブに訊ねた。エウレア地方の人々にとって、筑紫(つくし)の島というのは発音しにくいのかもしれないが、それだけでも無いらしい。


「ああ。こちらでいう伯爵より、少し権力が強そうな気もするけど。筑紫(つくし)の島にも王がいて、ヤマト全体を治めているのが大王らしい。オオキミって言うのが正しいみたいだけど……」


 シノブは、どう説明すべきか、と苦笑しつつ語っていく。


 シャンジーが送ってきた手紙によれば、ヤマト王国には、三人の王と彼らの上に君臨する大王(おおきみ)がいるそうだ。

 王の一人は、まず問題の筑紫(つくし)の島を治める者だ。そして次に別の島、おそらく四国に相当する島の王がいる。最後は大王(おおきみ)と同じ島の北の方を治める王だという。三番目は、日本でいう関東地方より北か東北地方のようだ。

 つまり、残る大王(おおきみ)の領地は中国地方から箱根より西、あるいは関東を含む辺りが領地なのだろう。


「そんなわけで伯爵より数が少ないし、全体の割合からしても大きいみたいなんだ」


 シノブは、シャルロット達に筑紫(つくし)の島は小さめの伯爵領くらい、と説明した。しかし仮にヤマトが日本と同じくらいの面積であれば、比率としては1割近くである。そうなると、メリエンヌ王国なら伯爵領第二位のフライユ伯爵領に相当するわけで、そこの主がもっと大きな権力を持っている可能性はある。


「ここと同じくらいの領地を、たった数人ですか……」


 セレスティーヌは、(あき)れたような顔をしている。おそらくこれがシャルロットの案じたことだろう。

 要するに、タケルは数名で九州の揉め事に当たるように言われたわけだ。その内容にもよるが事実上の追放ではないか、とシャルロットやセレスティーヌは思ったのだろう。そして二人だけではなく全員が同じ考えのようで、皆一様に顔を曇らせている。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「あっ、通信筒が! ……シャンジーだ!」


 暫し沈黙に包まれたとき、シノブの通信筒が振動した。そして中から取り出した紙は、彼らが話題にしていたシャンジーの記したものであった。


「何と書いてあるのですか?」


 問いかけたシャルロットだけではなく、全員がシノブに注目している。そこでシノブは、急いで(ふみ)を読んでいく。もっとも、記されているのは『アマノ式伝達法』によるもので、普通の文字ではない。そのため、慣れたシノブでも読解には少々時間が掛かる。


「夜通し歩き続けて遅くなったそうだ……」


 シノブは、最初苦笑しつつ読んでいた。どうやら、深夜零時近くまでタケル達は歩き続けたらしい。そのため、シャンジーは手紙を記す時間がなかったようだ。

 しかしシノブは、続きを読んで驚愕することとなる。


「……筑紫(つくし)の島の王と会って、それから……竜と戦えって!?」


 読み上げたシノブだけではなく、室内の者は全て驚愕の表情となっていた。シノブが彼らに伝えたタケルは、とても竜を倒せるような少年ではない。

 タケルは、巨大とはいえ普通の魔獣である森林大猪すら倒せないのだ。竜どころか魔獣退治ですら危ういであろう。


「タケルは竜退治に向かっているが、今は途中の村で休んでいるそうだ。シャンジーは俺に相談するから待てと言ったけど、タケル達が反対したようだ」


「どうしてですか?」


 険しい顔のシノブに、同じような表情のシャルロットが問う。

 シャルロットはシノブと共に岩竜ガンドと戦いに行った。彼女は、シノブやアミィと同様に、竜が優しいだけの存在ではないと熟知しているのだ。その彼女からすればシャンジーの判断は当然のもので、彼に逆らうタケル達の行動は無謀以外の何物でもないだろう。


「王から立派な剣と神獣の助けがなければ何も出来ないのか、って言われたそうだ。それから、竜を倒したら言うことを聞く、と……普通に王を説得するほうが楽だろうに……」


 シノブは顔を暗くした。魔法の小剣を持たせシャンジーを付けたのが(あだ)になったか、と思ったのだ。


「シノブ様、どうしますか?」


 首を振るシノブに、アミィが問いかける。タケル達は就寝しているから、すぐには動かないだろう。そのためか、彼女は落ち着いた声音(こわね)であった。


「とりあえずシャンジーに会いに行く。詳しいことは記されていないからね。それに、竜なら話せば何とかなるだろう。御紋もあるし」


 シノブは、竜がいるのなら『アマノ式伝達法』を教えて人間と共存できるようにしたかった。シノブ達が今まで会った竜は、(いず)れも人間より高度な知性を持ち、温厚な性質であった。

 竜達が荒ぶるのは、同族の子供を襲われたときだけだ。もし、そのような事態になっていないなら、話せば理解してもらえるだろう。そして仮に最悪の事態でも、何とか和解に持っていきたい。シノブは、そう思ったのだ。


「大丈夫だよ、良い竜に決まっているさ! それに、もしかするとシュメイのお婿さんとなる子がいるかも! それともリタンのお嫁さんかな!?」


 沈鬱な表情となった一同に、シノブは敢えて明るい声で語りかける。彼が口にした楽天的な予想に、その場にいる者達の顔も綻んでいく。

 岩竜の子は雌のオルムルに雄のファーヴと一頭ずついるが、炎竜の子は雌のシュメイだけ、海竜の子は雄のリタンだけだ。成体となるまで二百年も掛かる竜だから今日明日に巡り会う必要はない。しかし成竜達は次世代の(つがい)を、と考えているし、シノブ達も同じ気持ちだったのだ。

 なお光翔虎の子フェイニーの相手は、今話題に上っているシャンジーと目されている。しかしシャンジーはともかくフェイニーは、まだ二百年も先のことと暢気(のんき)に構えているらしい。


「そうですね! シノブ様、こうなったらヤマトに転移の神像を造っちゃいましょう! そうしたら色んな醤油と味噌を揃えられます! それに、芋焼酎を持って帰ればイヴァールさんも喜びます!」


 アミィは、シノブの気持ちを察したのだろう。彼女は食材探しをしに行くかのような気楽な調子でシノブに同意した。


「ああ、それは良いね! じゃあ、アミィも行くか!」


 シノブの声も、更に明るくなる。彼は、九州地方であれば本州とは違う醤油や味噌があると思ったのだ。アムテリアが授けてくれた醤油や味噌を出す容器からは、シノブが慣れ親しんだ味のものが出てくる。もちろん、その味に不満は無いが、更に揃えられるとなれば欲しくなるのが人情というものであろう。


「シノブ様、チョコレートの材料は手に入りませんの?」


 セレスティーヌは、食べ物と聞いて先ほど味わったチョコレートを思い出したらしい。彼女は、期待の表情でシノブを見つめている。

 とはいえ、セレスティーヌの口元には楽しげな笑みも浮かんでいる。もしかすると、彼女もシノブやアミィと同じく場を明るくしようと思っただけかもしれない。


「ごめん……たぶん無い。ありそうなところは聞いておく」


 頭を掻きつつ謝るシノブを見たシャルロット達は、声を立てて笑い出す。

 一同は、シノブが神々に訊ねると暗示したことに気がついたのだ。シノブは神々に連なる者で、竜や光翔虎と親しくし、しかも神を名乗る者すら倒した。そして彼を支える第一の従者も、神々の眷属である。この二人であれば、何の心配もいらない。溢れる笑顔は、そう物語っているようだ。

 シノブも力強く頷いてみせる。何があろうが無事に戻ってくる。たとえ異世界からでも絶対に。そんな思いを篭めたシノブの仕草と表情に、家族の集う場はそれに相応しい温かさと華やぎを取り戻していった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年3月26日17時の更新となります。


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