表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第16章 異郷の神の裔
363/745

16.05 大集結アマノ同盟

 創世暦1001年4月19日の午後、シェロノワに次々と各国の指導者達が現れた。メリエンヌ王国の者達は大神殿に転移で出現し、他は竜達が運ぶ磐船で空から軍本部へと舞い降りてだ。


 メリエンヌ王国からは、国王アルフォンス七世と彼の家臣達だ。今回は妻など女性達を伴わず、男性のみであるせいか、どこか物々しくはある。

 そして、ヴォーリ連合国からは大族長のエルッキ達である。エルッキは息子のイヴァールも伴っている。どうやらイヴァールは、竜か光翔虎の力を借りて、一旦故国に引き返したようだ。

 南方のカンビーニ王国も、王太子のシルヴェリオを呼び戻していた。彼と国王のレオン二十一世、そしてマリエッタの母であるアルストーネ公爵フィオリーナを始めとする一団が磐船から降りてくる。

 同じく南方のガルゴン王国からは、国王フェデリーコ十世に王太子カルロスなどだ。カルロスも西の海で艦隊を指揮していたが、急遽(きゅうきょ)舞い戻ったようである。

 最後はデルフィナ共和国のエルフ達である。どうやら最も西のアレクサ族が代表を務めるらしく、族長のエイレーネや娘で補佐役のアヴェティなどが船内から現れる。


 既に、シノブに代わって旧帝国領を統括する先代アシャール公爵ベランジェは、ここシェロノワにいる。したがって、アルマン王国以外のエウレア地方を代表する者達が、全て集結したことになる。


「凄いですね……」


「ええ……」


 彼らを迎えるフライユ伯爵家の館は、非常に慌ただしい。迎賓の間では、侍女のアンナやリゼットが驚嘆の面持ちで(ささや)き合いながらも、賓客の喉を潤すべく飲み物を運んでいる。

 もちろんアンナ達だけではない。家令のジェルヴェや彼の妻で侍女長のロジーヌを始め、総動員での対応である。


 シノブが領主となってから暫く後、ちょうど二ヶ月前から神殿の転移が可能となった。そのため国内の貴人が来ることも多くなり、国王や王太子すら時折訪れる。現に、昨日からベランジェやベルレアン伯爵コルネーユ、そして今朝からは王太子テオドールも滞在している。

 とはいえ、友好国の代表者が全て集うなど、今までになかったことだ。そのためだろう、アンナ達は僅かに緊張しているようでもある。

 だが、館の主な者はシノブやシャルロットに随行しカンビーニ王国やガルゴン王国へも赴いており、来客の多くと対面したこともある。そのためアンナ達は、迎賓の間に設置された巨大なテーブルを囲む者達に卒なく給仕をしていく。


 なおテーブルには急ぎ集まった者達だけではなく、元から館にいる者達も着席している。

 まずは館に住まうシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌ、そしてアミィだ。そして昨日訪れたベランジェやコルネーユ、今朝方やって来た王太子テオドールもいる。


「さて、揃ったようですね。僭越ながら、私ベランジェ・ド・ルクレールが司会を務めさせていただきます。一応、これでも東方守護副将軍を拝命していますから、将軍であるシノブ君の代わりに議事進行くらいしなくては……」


 ベランジェは、招いた者達が揃ったことを確かめると、最初は少しだけ礼儀正しく、そして途中から冗談めいた物言いで彼らに語りかける。

 するとテーブルを囲む者達は、朗らかな笑みとそれに相応しい笑声で応じる。どうやら彼らも、ベランジェが一風変わった人物であるのは承知しているらしい。しかも、着席した者達だけではなく、背後に控える側近達までがだ。


 これだけの者達を集めての会合だ。当然ながら懐刀である重臣達も同行している。軍服姿のシャルロットの背後に控えるシメオンやマティアスなどと同様に、各国の代表者の後ろには立たせておくのが不似合いなほどの賢臣や勇将が(はべ)っていた。

 だが、その彼らもベランジェの数々の逸話を知っているようで、どの者も場に似合わない軽口に眉を(ひそ)めるでもなく頬を緩ませている。


 また笑みこそは浮かべていないが、他にも集う者達がいる。炎竜のイジェと光翔虎のリーフ、そしてオルムル達子竜に光翔虎の子フェイニーだ。彼らは人の大きさを越える者達は人ほどに変じ、アミィの後方に横一列で並んでいた。いわば彼らは、竜と光翔虎の代表者だ。


「既にご承知の通り、シノブ君は遠い異郷にいます。どうも我々の知っている場所ではないようですが、間違いなく帰還します。理由はちょっと明かせませんが、疑うべくもない事実です」


「シノブ殿なら、どこからでも戻ってくるじゃろう。理由なぞ問いはせぬよ。それに、聞いても理解できることやら」


 ベランジェに応じたのは、カンビーニ王国から来たフィオリーナだ。肩を(すく)めての彼女の発言に周囲は沸き、シャルロットの背後、シメオンやマティアスの更に後ろに控えていた娘のマリエッタも頬を緩ませる。


「全くもって。とはいえ、希代の英雄の不在、いつまでも隠しておくわけにはいかないでしょう。そんなに長いことではないらしいのですが、かといってシノブ君がいなければ、軍人達も動揺します。我が軍でも、彼は大人気ですからね……全く羨ましいことですよ。

おっと話が()れましたね。ともかく彼は逃げ去った邪神共を探し、今度こそ倒すための手段を見つけるべく単独行をしている、ということにします。まあ、実際そんなところなのだと思いますがね」


 ベランジェは冗談で飾りながら、更に虚実を交えつつ一同に語っていく。その軽妙な語り口のせいか、あるいは表情豊かな彼の様子からか、場の雰囲気は一層和んでいく。


「ですが、彼に頼ってばかりというのも情けないですね」


「全くです。それでは我が宝剣も泣くというもの」


 今度はカンビーニ王国の王太子シルヴェリオと、ガルゴン王国の王太子カルロスだ。二人は次代を担う者達として、座して待つだけ、というのは我慢がならないのであろうか。ふざけたような口調ではあるが、本心からの言葉でもあるようだ。


「おお! カンビーニ王国とガルゴン王国には、良い跡継ぎが育っていますね! テオドール、君も頑張らないと」


 ベランジェは、大仰な仕草で驚きを示した。そして彼は、メリエンヌ王国の後継者である甥へと悪戯っぽい笑みを向ける。


「叔父上、私も同じ考えですよ。お二人に比べると、少し口下手ではありますが」


「口下手なら、俺の方が上だ。もっとも俺達は全てそうだがな!」


 テオドールに続いたのは、何とイヴァールであった。彼のドワーフらしい飾らぬ言葉と無骨な印象を(くつがえ)す軽口に、集った者達は驚いたらしい。広場は一瞬沈黙に包まれ、次の瞬間、今まで以上の笑いが広がる。


「あの……本題に入りませんと……その、シャルロット様が……」


 笑いが収まった直後、少しばかり遠慮がちに声を掛けたのはエルフのメリーナである。彼女は族長の孫で、しかも神託を得ることの出来る高位の巫女でもある。そのため、祖母の背後に控えていたのだ。


「メリーナさん、ありがとう。伯父上、皆様お忙しいのですから、この辺りにしては如何(いかが)でしょう? もう、充分に和やかになったと思いますが……」


 シャルロットは、メリーナに微笑みと共に礼を言う。そして彼女は少しばかり真面目な顔を作り、自身の伯父であるベランジェへと向ける。


「これは失礼! それでは『ベルレアンの戦乙女』の槍で成敗されるのは避けたいので、真面目に行きましょう。

お察しかと思いますが、シノブ君の不在による不安を拭うべく、大同盟を結びたいのですよ。我らの結束を示し、人々を安堵させる。それが私の……いえ、私達からの提案です」


 途中から急に真顔になったベランジェの言葉は、静まり返った広間の隅々まで響いていく。だが、彼の言う通り、集まった者達の多くは予想済みであったのか彼らの顔に驚きの色はなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 各国の代表者達は、ベランジェやコルネーユ、そしてシメオンなどが起草した案に満場一致で賛成した。示された案は、集った者の思いと同じであり、誰も異を唱えなかったのだ。


「……アマノ同盟の成立だね。

各国の相互不可侵、協調、人材交流……そして隷属や命を(もてあそ)ぶ者への断固たる措置。シノブ君も、きっと喜んでくれるよ」


「名前以外は大丈夫だと思いますよ。ですが他に相応しい名などありませんから、シノブには我慢してもらいましょう」


 ベランジェに応じたのはコルネーユだ。彼の顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。

 確かに、シノブは大仰な名称や自身の名を用いることは嫌っていた。仮にシノブがいれば、エウレア同盟などを提案したかもしれない。しかし集った者達は全て、この名で同意していた。そもそも、他の案など出なかったのだ。


 それはともかく、二人を始めとする人々が見守る中、同盟を宣した文書への署名が続いている。

 まずはメリエンヌ王国の君主であるアルフォンス七世、続いてヴォーリ連合国の大族長エルッキ、それからカンビーニ王国のレオン二十一世と続いていく。どうやら署名はシノブが訪れた国の順にしたようだ。

 実際には、シノブはカンビーニ王国の前にベーリンゲン帝国に訪れた。しかし現在は旧帝国領としてメリエンヌ王国の一部となっているから、飛ばされたのかもしれない。

 そしてガルゴン王国のフェデリーコ十世、デルフィナ共和国のアレクサ族の族長エイレーネと署名した後、羊皮紙の前に進み出たのは、人ではなかった。なんと、岩竜の子オルムルと光翔虎の子フェイニーである。


──イジェさん、リーフさん、私達で良いのですか?──


──ええ、貴女達に代表してもらいましょう。『光の使い』も、その方が喜ぶでしょう──


 小首を傾げつつ見上げるオルムルに、炎竜イジェは優しい思念で応える。それに安心したのか、オルムルとフェイニーは更に体を小さくし、羊皮紙へと飛翔していく。


「オルムル君、手形でも押してくれたまえ!」


 ベランジェは、オルムル達にインクの入った皿を差し出す。彼が手にしているのは薄めの皿だ。これなら、オルムル達が手を入れるのも容易だろう。


──私達も字を書けますよ! シノブさんに教わったんです!──


──ペンを貸してください! 魔力で動かします!──


 『アマノ式伝達法』を用いたオルムルとフェイニーの鳴き声に、周囲の者は驚きの声を上げた。

 竜や光翔虎は非常に賢い。しかし、文書を記す必要の無い彼女達が文字を学んでいるとは思わなかったのだろう。


──オ・ル・ム・ル……出来ました!──


──フ・ェ・イ・ニ・ー……どうです、凄いでしょう!?──


 しかし、オルムルとフェイニーはコルネーユが差し出したペンを魔力で宙に浮かし、順番に署名をしていった。流石に慣れた者が筆を動かすのに比べれば遅いが、魔力で操作していることを考えれば充分に素早いといえよう。それに、記した文字は中々の達筆である。


「ああ! 本当に凄いね! コルネーユ、シノブ君には驚かされてばかりだよ!」


「全くです」


 ベランジェとコルネーユは、自慢げなオルムル達に拍手をする。いや、二人だけではない。広間にいる者達の全てが温かな祝福を送っている。


「伯父上、本当に私で良いのですか? 旧帝国領は……」


 各地、あるいは各種族の代表者の最後に進み出たのは、(きら)びやかな軍服を(まと)ったシャルロットであった。しかし彼女は戸惑いを浮かべつつ、羊皮紙の脇に立つベランジェに問いかける。


「シャルロット、君はシノブ君の代理人なんだろう? だったら、東方守護将軍代理も君だよ。それに、君が署名した方がシノブ君は喜ぶと思うがね!」


 ベランジェが署名をシャルロットに譲った理由は、これであった。

 今朝方、シャルロットはフライユ伯爵家の家臣を集め、夫の不在中は自身が率いると宣言した。本来は次代のフライユ伯爵の母となるミュリエルが立つべきだが、彼女はまだ幼い。そこで他家の継嗣ではあるが妹を案じたシャルロットが、代理に名乗りを上げたのだ。

 シャルロットの気持ちを()んでくれたのだろう、家臣に反対する者などいなかった。とはいえ本来はフライユ伯爵家のことだから、ベランジェの言い分は少々強引ではある。

 しかしアルフォンス七世も、そして場にいる全ての者達も、彼女をシノブの代理として認めたらしい。反対する者などおらず、柔らかな笑みと共に見守るだけである。


「……わかりました」


 シャルロットは、羊皮紙の上に女性らしい柔らかな仕草でペンを滑らしていく。

 そして、羊皮紙に『東方守護将軍シノブ・ド・アマノ代理シャルロット・ド・セリュジエ』と達筆で記される。彼女は夫の名前を記念すべきこの文書に残しておきたかったのだろう、将軍位に続けて代理とは記さずシノブの名を挟んでいた。


「うむ! 素晴らしい! ではアミィ君、立会人として頼むよ!」


 最後に名を記すのは、アミィであった。彼は、朗らかな笑顔でアミィを呼ぶ。

 ベランジェは、アミィがアムテリアの眷属と察しているに違いない。それ(ゆえ)彼は、敢えてアミィに見届け役を頼んだのだろう。


「はい!」


 アミィも、輝く笑顔で進み出る。地上を見守り、平和を願い、人々の成長を望む彼女達だ。おそらく、各国が手を取り合う明るい未来へと繋がる同盟は、待ち望んでいたことの一つであったのだろう。

 もちろん、これは始まりに過ぎない。同盟を結んだ国は、地上のごく一部に過ぎないし、王や貴族、民といった身分の差も残ったままだ。しかし、これは彼女にとって大きな一歩である。それは、アミィの嬉しげな顔を見れば、どんな者でも気が付いたであろう。


 創世暦1001年4月19日。それはエウレア地方の歴史に、そしてこの惑星の歴史に残る日となるであろう。それは、全ての署名を終えた文書を掲げるアミィの満面の笑みと、周囲の者達の喜ばしげな表情、そして歓喜の声が証明していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 各国から集まった者達は、来たときと同様に慌ただしく帰っていった。

 神殿での転移は国ごとに分けられている。例外はメリエンヌ王国と旧帝国領だけであり、それ以外は他国の神殿に転移することは出来ない。

 竜や光翔虎の棲家(すみか)の近くの神像は相互に、そしてシェロノワへと転移できるが、これを使えるのは彼ら自身とシノブやアミィ達眷属だけである。

 それに幾ら先王や王妃などを国に残してきたとはいえ、君主が長期間国を空けているわけにはいかないだろう。彼らは多少の歓談をしたのみで、自身のあるべきところへと戻っていった。


 例外は、シェロノワから任地の神殿に転移できるベランジェやコルネーユであった。彼らはシャルロット達と共に、シノブの執務室に移動していく。

 シャルロットはシノブの代理を務めると宣言したが、彼の執務室を使う気までは無かったらしい。しかしベランジェ達に加え家臣も、代理であれば主の部屋を使ってほしいと彼女に言った。

 おそらく形式的な意味だけではなく、シノブのいない空白を埋めてもらいたいという感傷もあったのだろう。そこでシャルロットは、彼らの期待に応えることにしたわけだ。


 シャルロットはシノブの執務机へと向かい、彼が使っていた椅子へと腰掛ける。そして彼女の前にアミィ、シメオン、マティアス、アリエル、ミレーユ、そしてベランジェとコルネーユが並ぶ。

 更にシャルロットの脇には、何故(なぜ)かオルムル達までいる。たぶん四頭の子竜と光翔虎の子フェイニーは、シノブの匂いが残る部屋に居たかったのだろう。彼らは小さくなってシノブの執務机の上や脇に(はべ)っている。


「イヴァール殿は、じっとしていられなかったようですな」


「何かして、気を紛らわせたいのでしょう。わかる気がしますよ」


 マティアスとシメオンの言葉に、室内にいた多くの者達が苦笑した。例外は、オルムルの頭を撫でながら何かを話しかけていたベランジェだ。


「義兄上、どうしたのですか?」


「オルムル君に、どこか綺麗な岩がある場所を知らないかって聞いていたんだよ。ヴァイトシュタットの宮殿って真っ黒だからねぇ……」


 コルネーユの問いに、ベランジェは肩を(すく)めつつ答えた。

 ヴァイトシュタットの宮殿とは、旧帝都の中心にある『黒雷宮』だ。確かに黒曜石で出来ているような漆黒の宮殿は、そこを使うベランジェにとって気詰まりであろう。


「まあ、良いさ。陰気な宮殿だけど、場所も良いし設備に文句は無い。魔道具産業が進んでいただけあって、色々優れている点もあるしね。でも、そこから国を動かすには、もう少し工夫が必要だ」


「はい。シノブ様の統治が始まるまでに、やるべきことは幾つもあります。より公平で人が人らしく暮らせる場を作るためには。

険しい道ではありますが、エックヌート殿など帝国出身の者達も乗り気です。彼らと力を合わせて頑張りますよ」


 ベランジェの視線を受けて口を開いたのは、シメオンだ。彼はフライユ伯爵領の行政長官だが、将来シノブが旧帝国領を治める時に備え、ベランジェと同じく準備を進めている一人であった。

 そして、エックヌートとはシメオンの補佐官でベーリンゲン帝国のメグレンブルク伯爵であった男だ。彼やフライユ伯爵領に来た元帝国人は、故郷の改革に強く賛同しシメオンの手足として働いていた。


「国王が国王たる規範を明らかにする……そのうち我が国も取り入れることになるのだろうね。もっとも、そのときの私はシノブ君の国の一員だろうけど」


「『憲法』ですね……確かに、全ての王が有能とは限りません。もっとも、シノブの国にあったような細かい規定は向かないでしょうが……」


 遠くを見るような表情となったベランジェに、コルネーユが続く。彼ら二人とシメオンは、旧帝国領が独立国家となったときには、立憲君主体制にするつもりらしい。

 とはいえ三人は、最初から細かく縛ることは無理だと思っているようだ。そのため、現代社会でいう憲法とは、少々別のものになる可能性は高いと思われる。


「そちらは伯父上達にお任せします。私はあまり出歩かない方が良いでしょうし」


「その通りだよ! 君がすべきことは、まずは次世代を生み育てることだ!

……そうだ、学校に関わったらどうかね? 元々アリエル君やミレーユ君には、そっちを頼むつもりだったんだろう? あまり出歩くのは良くないが、領内くらいなら良いんじゃないかね? 転移を使えば、大神殿まで馬車で移動するだけだからね!」


 苦笑気味のシャルロットに、ベランジェは笑いかける。もしかすると彼は、シャルロットを館に閉じ込めておくと、お腹の子にも悪いと思ったのかもしれない。

 シャルロットは身篭っているが、妊娠二ヶ月を少し過ぎただけだ。元々活動的な彼女が全く外に出ないというのも(つら)かろう。それに学校には、つい先日もシノブと連れ立って出かけたくらいだ。おそらくシノブがいても、充分な護衛を付ければ訪問を許可しただろう。


「そうしましょう! シャルロット様!」


「ええ、私達でシノブ様の理想とする学校を作り上げましょう」


 ミレーユとアリエルも、シャルロットを誘う。

 新たな命を宿したシャルロットには、子供達の笑顔に触れてほしい。おそらく二人は、そのように思ったのだろう。


 そして集った者達は、やるべきことを話し合っていく。

 旧帝国領の建て直しに教育制度の拡充。どちらもシノブが望んでいたことだ。彼が聞いていたら、きっと喜んだであろう。

 おそらく、シャルロット達はシノブの笑顔を思い浮かべているのだろう。そして、オルムル達も。何故(なぜ)なら、人の政治や教育とは縁の無い竜や光翔虎の子も、人間達の会話を大層興味深げに聞いていたからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 それから数日、彼らは各地で様々に動いた。


 アルバーノやソニア達は、依然としてアルマン王国にいる。

 アルマン王国の王族に宿った異神達が、再び()の地に戻ってくるかもしれない。異神が依り代の意識に影響される可能性があるからだ。

 これは単なる推測でしかないが、エウレア地方の他の場所であれば正規の軍や監察官が調べれば良いだけだ。そのため、彼らはアマノ同盟の手が及ばない唯一の地であるアルマン王国を見張ることにしたのだ。


 ホリィ達三羽の金鵄きんし族や、バージなど親世代の四頭の光翔虎もアルマン王国やその周辺を見張っている。彼らは姿を消すことが可能で、しかも飛翔速度も速い。そのため、潜入の補助やアルバーノを含む特殊部隊の移動を助けている。


 各国の艦隊も、ルシオン海に展開したままだ。

 イヴァールや彼の祖父であるタハヴォは、北方の海で蒸気機関を動力とした艦船に乗り込んでいる。海が苦手な彼らではあるが、風任せではなく自身が造った機関で動く蒸気船は信頼できるらしい。そのためだろう、ドワーフ達も海上生活や艦隊での航海に随分慣れてきたようだ。

 カンビーニ王国の王太子シルヴェリオや、ガルゴン王国の王太子カルロスも、それぞれ自国の艦隊を率いている。彼らはアルマン島の南側が担当だ。こちらは従来通りの帆船だが、元々海洋国家である二国は自由自在に海を移動し、海上封鎖を続けている。

 メリエンヌ王国の艦隊も、アルマン王国の東側を中心に展開し、包囲網を維持していた。こちらは、西方海軍元帥であるシュラール公爵ヴァレリーやポワズール伯爵アンドレが中心となって動いている。

 なお、アルマン島の西側には大洋が広がるだけで陸地は確認されていない。そのため、西側の海については、時折小規模な艦隊を派遣する程度で、常駐はしていない。


 竜や光翔虎の成体でアルマン王国にいる者以外は、ルシオン海で艦隊を支援したり、アマノ同盟を構成する各国を巡回したりと様々だ。また、彼らは各地を巡り異神を探す合間に、人々との交流も深めていた。

 岩竜や炎竜のうち、まだエウレア地方に棲家(すみか)を持たない者達も、それぞれの棲む場所を用意し終わった。そのため彼らは永く暮らす地として、より踏み込んだ関係作りを開始したようだ。


 そして、小さな竜や光翔虎達も、新たな目標に向けて動いていた。彼らはフライユ伯爵家の館の庭に集まっている。


──ファーヴ、だいぶ上手くなりましたね!──


──シノブさんが見たら、きっと驚きますよ!──


 岩竜の子オルムルと炎竜の子シュメイが、庭の上を舞いながら嬉しげな思念を発する。彼女達の視線の先には、滑空する岩竜の子ファーヴの姿がある。

 もっとも、生後二ヶ月を過ぎたばかりのファーヴだから、まだ飛ぶというには少々物足りないものだ。彼は庭の一角にある岩の台から飛び降り、半径10m程の池を飛び越えただけだ。

 とはいえ、岩竜や炎竜は通常であれば生後三ヶ月から飛翔し始める。したがって、ファーヴがこれだけの距離を飛べるのは快挙と言うべきだ。


──昨日より、更に遠くに飛べるようになりましたね──


──順調ですね!──


 池の中からは海竜の子リタンが、そして上空からは光翔虎のフェイニーも嬉しげな思念を発している。


 オルムル達の目標はファーヴの飛翔距離を伸ばすことだ。

 いつシノブが戻るかなど、オルムル達は知る(よし)もない。しかしアルマン島に渡る直前、ファーヴの飛翔を初めて見たシノブは、とても喜んだ。先ほどの飛翔よりも頼りなく、しかも短距離を滑空しただけだが、シノブは己の胸に飛び込んだファーヴを抱き上げ、満面の笑みで祝福したのだ。

 そこでオルムル達は、彼が戻るまでにファーヴをより遠くまで飛べるように導こうとしているのだ。まだ幼い竜や光翔虎が出来ることは少ない。しかし、これならシノブが喜んでくれる。オルムル達は、そう思ったのだろう。


──ファーヴちゃ~ん、ほ~ら、沢山食べて~!──


──皆もね!──


 北の高地から魔獣を獲って運んできたのは、光翔虎のシャンジーとメイニーだ。二頭は、ドワーフ達に作ってもらった大きな網をそれぞれ下げている。

 網の中には、雪魔狼などがぎっしりと詰まっている。オルムル達がファーヴの指導に専念しているため、シャンジーとメイニーが魔獣を獲ってくる役となっていた。他の竜や光翔虎は各地の巡回で多忙であり、まだ若い彼らが子供達の世話役に回されたのだ。


──ありがとうございます!──


 ファーヴは、網から出した魔獣に文字通り飛び付いていく。

 この時期の竜は凄まじい勢いで成長していく。まだシノブがエウレア地方から消えてから五日も経ってはいないが、ファーヴは20cm近く大きくなり、体長1.3mに届こうとしている。その成長を支えるのは、無限とも思える食欲とそれを満たす糧である。


 他の子供達もそれぞれ魔獣に寄っていく。

 シュメイは、全長2mを超えて成長速度が緩やかになってきたが、まだまだ魔獣から魔力を吸収して成長する時期だ。これは、更に大きく3m級のオルムルやフェイニー、そして種族の違いから倍は大きいリタンも同じである。

 最近はシノブに魔力を貰うことが多かったオルムル達だが、そのシノブがいなければ、従来通りの食事をするしかない。そのためシャンジーとメイニーは、北の高地だけではなく他の魔獣の領域も回って獲物を集めていた。

 小さな竜と光翔虎が食事をする中、シャンジーとメイニーもオルムル達と同じくらいに大きさを変え、庭に舞い降りる。先ほどまでの二頭は体長20m程であり、広い伯爵家の庭でも着陸可能な場所は限られるからだ。


──シャンジーさん、メイニーさん、美味(おい)しいです!──


──良かったね~え。さあ、食べたらまた練習だよ~──


 シャンジーは、自分達に顔を向けたファーヴを、優しく前足で撫でた。メイニーも、目を細めて元気の良い子竜を見守っている。

 そして、館の窓から彼らの様子を眺めている者達がいた。それは、シャルロットとアミィである。


「それぞれのやり方で頑張っていますね」


 オルムル達を微笑みと共に見つめていたアミィは、隣に立つシャルロットへと愛らしい顔を向ける。

 十歳くらいの少女にしか見えない彼女だが、眷属として長い時を生きてきたからであろう、シャルロットを見つめる薄紫色の瞳からは常人には持ちえぬ深みが感じられる。


「ええ。ミュリエルや、セレスティーヌも」


 同じくアミィへと向き直ったシャルロットも、短い言葉を返した。たぶん、深く理解しあった同志である彼女達は、多くの言葉を必要としないのだろう。


「シノブ様もお喜びになると思います」


 アミィは、ここにはいない二人の少女を思い浮かべたのだろう、今まで以上に顔を綻ばせた。今日のミュリエルは治癒魔術と領主としての知識、セレスティーヌは外交術と流通について学んでいる。

 シノブが姿を消したことは、人々に大きな衝撃を与えた。しかし、それぞれが更なる成長を遂げるためには、必要なことだったのかもしれない。アミィの笑顔は、そう語っているかのようであった。


「そうですね。私達も負けてはいられません」


「はい!」


 笑みを交わした二人は、窓際から離れていく。彼女達の役目は、それぞれのやり方で明日を切り開く人達に道を示すことだ。

 本来、それはシノブの役割なのだろう。だが、彼が戻ってくるまでは自分達で成し遂げる。二人のどこか似通った表情には、そんな決意が滲んでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年3月14日17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ