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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
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15.38 激突する二人 後編

 創世暦1001年4月18日のアルマン島西部は、大よそ快晴であった。ここ都市テルウィックの近郊も雲一つ無く、東の空には昇り始めた日輪が地上を遍く照らしている。だが、その光はシノブ達がいる廃城の地下までは届いていなかった。

 もちろん通常なら太陽の光は地面の下まで到達しないが、シノブには光鏡がある。そこで彼は、天空に置いた光鏡を通して光を地下に導こうとした。それが、グレゴマン達と戦う彼らに必要であったからだ。


 シノブとアミィ、金鵄(きんし)族のホリィとミリィ、更に腕輪の力で普通の虎くらいに変じた光翔虎、つまりバージなど親世代の四頭は、廃城の地下に潜入した。

 彼らは迷宮のように複雑な構造の廃城を進み、地下の奥深くに一際大きな部屋を発見した。そして部屋には、ベーリンゲン帝国の残党グレゴマンとアルマン王国の四人の王族、更に従者のような一人の女性がいた。


 シノブ達は、王族を含む五人を救助すべく戦うが、五人は密かに側に寄ったアミィ達の幻影を打ち破った。何とグレゴマンは、彼以外の五人にバアル神を含む異神達を憑依させていたのだ。

 そこでシノブは、光鏡でアムテリアの恵みである光を地下に導き、バアル神の力を断ち切ろうとした。だが、それは成功しなかった。おそらく異神達は、旧帝都の地下神殿での戦いを踏まえ、何らかの対策をしていたのだろう。

 どうやら、バアル神の結界は敵対者の力を削ぐことが出来るらしい。地下神殿での戦いでは、陽光に宿ったアムテリアの加護がシノブ達に本来の力を取り戻させ、それが勝敗を分けた。そのため、彼らは結界の強化などをして待ち受けていたのではないだろうか。


「バアル神と、その従属神か……国王がバアル神なら、王妃達がアナトやアスタルトか? 先王は……」


 グレゴマンの左右に立つ四人の王族へと、シノブは視線を向けた。グレゴマンの両脇に国王と先王、更にその脇に国王の二人の妻が並んでいる。なお、従者のような三十前後の女性はグレゴマンの背後だ。


 国王ジェドラーズ五世に乗り移っているのは、バアル神のようだ。国王から伝わってくる波動は、以前シノブが地下神殿で感じたものと酷似しているから間違いないだろう。

 そして主神をバアルにするなら、従属神となるのも古代オリエントの神々だろう。とはいえ、それだけでは特定は難しい。

 何しろ、()の地の神話は複雑に絡み合い、変化している。ある時代や地方では父と子とされた神々が別の場では逆転していたり、母と子とされたものが夫婦となっていたりなど、珍しくも無いからだ。

 シノブが挙げたアナトやアスタルトも、バアルの父神の妻に位置付けられたこともあるが、バアルの妻とされているものも多い。例えばバアルは古代エジプトの神話ではセトに習合されたが、セトの妻にはアナトやアスタルトが含まれている。


 シノブは、憑依した異神達が何か知りたかった。

 光鏡から導こうとした陽光を、異神達は(さえぎ)った。彼らの謎の力に対抗するには、やはり本性を(つか)まなくては。そう思ったシノブは、少しでも情報を引き出そうとしたのだ。


「良く知っているじゃないか! 第一王妃がアナト、第二王妃はアスタルトという存在だよ! やはり、君はバアル神と同じ場所から来たんだね!」


 グレゴマンは、シノブの指摘に驚いたようだ。彼は茶色の瞳に僅かに感心したような色を浮かべる。


 対するシノブの脳裏には、様々な思いが巡る。

 アナトは非常に好戦的で残酷な女神と言われている。彼女もバアルと同様に槍を振り(かざ)す姿で描かれることが多く、戦女神であるのは間違いない。

 それに対し、アスタルトは豊穣の女神としての性格が強い。イシュタルやアプロディーテなどとも同起源とされる彼女は、本来持っていた戦女神としての要素をアナトに吸収され、豊穣多産の象徴となったようだ。


 もしかすると、憑依には対象である王妃達の違いも関係しているのでは。シノブは、そうも思う。

 アナトが宿る第一王妃メリザベスは華やかで行動的、そしてアスタルトの第二王妃マーテリンは(しと)やかで思慮深い印象であったからだ。仮に憑依対象や元の神の性格が神力や権能に影響するなら、本来の性格や人物像は非常に重要な情報かもしれない。


「ちなみに先王に降りているのは、ダゴンというそうだよ。

生憎ルーヴェナからは聞き取れなかったが……一度死んでいるから仕方ないね。まあ、彼らはバアル神の中で眠っていたらしいから、君なら見当が付くかもしれないが」


 何でもないような口調で続けていくグレゴマンだが、彼の言葉の中には恐るべき内容が含まれていた。

 ダゴンについては良い。彼は神話によってはバアルの父とされることもあるし、海神らしいから島国のアルマン王国を治める上で有益かもしれない。だが、問題はその後だ。


「何だって!? ルーヴェナとは、ルーヴィアのことか!?」


 シノブは、ルーヴェナという名に聞き覚えがあった。

 ルーヴェナは帝国の特務隊長ローラントの妹である。しかもアルマン王国に潜入した一人で、潜入後は軍務卿ジェリール・マクドロンの第二夫人ルーヴィアとなったらしい。

 しかしルーヴィアは、アルバーノがドワーフの少女メーリを救出した際に倒された筈なのだ。


反魂(はんごん)の術を使ったのですか!? 何てことを!」


 アミィも、シノブ同様の鋭い顔でグレゴマンを非難した。おそらく反魂(はんごん)の術とは途轍もない禁忌なのだろう、隣に立つシノブにもアミィの憤激が痛いほど伝わってくる。


「そうだよ。未練があったのか、魂が彷徨(さまよ)っていたからね。

……彼女は魔力が多かったから、神降ろしに都合が良かったのさ。もっとも一旦死んでいるから、色々中途半端なんだけど」


──外道!──


──酷いです!──


 邪悪な笑みと共に紡がれるグレゴマンの言葉を、ホリィとミリィが鋭い思念で(なじ)る。いつもは緩やかなミリィの思念も、このときばかりは眷属に相応しい凛としたものだ。よほどグレゴマンの言葉に衝撃を受けたのだろう。

 もっとも、今のホリィとミリィは鷹の姿だ。したがって、グレゴマンに彼女達の言葉は届かなかったのだろう。彼は、何の反応も示さない。


──『光の使い』よ! こんな非道を捨て置くわけにはいかぬ。己は己自身で動かすものだ。たとえ相手が神であろうと、言うままに操られるなどあってはならぬ!──


──そうです! ましてや、魂の輪廻を妨げてなど……命への、そして世界への冒涜です!──


 もちろん、光翔虎達も同様だ。激するバージに(つがい)である雌のパーフが続く。そして残り二頭、ダージとシューフも同意を示すかのように激しい唸り声を上げている。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──皆。国王はバアル神だから、雷や槍を使ってくると思う。先王はダゴンだから水だろう。アナトも槍だろうな……詳しい能力はわからないが。アスタルトは豊穣神だが戦女神としての性格を持つ。こちらも能力は不明だ。後ろのは、残念だが思い当たるものがない──


 シノブは、仲間達に神々について知っていることを簡単に伝えた。

 アミィはシノブのスマホから得た情報があるから、バアル神関連について多少は知っている筈だ。しかし、他の者達にとってバアル達は異世界の神だ。そのため、どんな特徴を持っているかは推測のしようも無いだろう。そこでシノブは、密かに思念で教えたのだ。


──蘇ったなら冥界の神などでしょうか?──


 最後の一人は死者であるルーヴェナだ。そのためアミィは、冥神を想像したようだ。


──そうかもね。だが、思い込みは危険だ……いくぞ!──


 シノブは二十を越える光鏡を出し、それを自身やアミィ達の周囲に配置する。これらの光鏡は、それぞれの盾として用いるものだ。

 そして彼は、目くらましとして出現させた大量の光弾を伴いつつ、重力魔術で飛翔し一直線にグレゴマンへと向かう。


 グレゴマン達は、どういう方法を使ってか光鏡を外部と接続できないようにしているらしい。まずは、それをどうにかしなくては、勝ち目が無い。そこでシノブは、懐からアムテリアから授かった神々の御紋、スマホくらいの大きさの薄い板を取り出した。

 御紋を通した光には、浄化の力があるようだ。もちろん、これも異神達の結界で効果が弱まっているだろう。しかしシノブは、至近距離であれば通じる可能性があると考えたのだ。シノブは右手に光の大剣を、そして左手に神々の御紋を握り、無数の輝きに守られながらグレゴマン達に向かって突き進む。


 アミィは、幻影魔術で撹乱するようだ。彼女はシノブの幻を多数出現させ、彼の周囲に配置する。そしてホリィとミリィは、宙から風魔術で援護している。

 地下室の高さは人の背の四倍くらい、そして広さは30m四方ほどであった。そのためバージ達光翔虎も、中空に舞い上がっている。こちらも、まずは風魔術での支援にしたようだ。ただし、彼らは接近戦を得意としている。そのためバージ達は、ホリィやミリィよりは前に出て、突撃の機会を窺っている。


「無駄だよ! バアル神よ! ダゴンよ! アナトよ!」


 グレゴマンが叫ぶと、バアル神、つまり国王ジェドラーズ五世は右手を挙げ、そこから雷光を放ち始める。ただし、地下神殿の巨像が放ったものとは違う、せいぜい大将軍ヴォルハルトが放った大槍程度の輝きだ。

 ダゴンを宿した先王は水の槍、アナトの依り代となった第一王妃は炎の槍を投げ始めるが、これらもバアル神のものと大して変わらない。

 シノブが出した光鏡は、それぞれに三つずつ配されており、これらの槍を確実に消し去っていた。だが、仮に光鏡が無くても、異神の槍は魔力障壁などで充分防げたかもしれない。


「どうした! 前より弱いじゃないか!?」


 シノブはグレゴマンの焦りを引き出そうと、敢えて挑発的な言葉を口にする。だが、その言葉は誇張などではなく、彼の実感でもあった。

 異神達の攻撃は、明らかに地下神殿のバアル神よりも弱い。もちろん異形となったヴォルハルトよりは強いが、せいぜい眷属であるアミィに倍する程度か、少々上といったところだ。そのため三人分を合わせても、巨像に乗り移ったバアル神のような圧倒的な威力には程遠い。


「これでも捕らえた者の命は全て吸い上げたんだけどね……竜人もだいぶ潰したし……それでやっと動けるようになったけど、まだ憑依が不完全なのかな?

皇帝家、つまり父や先祖はバアル神と交信をしやすい血を選んできたらしい。でも、アルマン王国の王族は非常に魔力が多いが、バアル神とは縁がないからね。定着に時間が掛かるのかもしれないな」


 グレゴマンは、どこか余裕のある表情でシノブに答える。

 その余裕は、アスタルトと謎の従属神、つまり第二王妃とルーヴェナを温存しているからだろうか。いや、それは違うかもしれない。シノブは、そう考えた。

 シノブが違うと思ったのは、第二王妃とルーヴェナが目を閉じ何かを念じていたからだ。もしかすると、この二人が結界の維持をしているのかもしれない。あるいは、他の者達も力の一部を結界に注いでいるのだろうか。根拠は無いが、シノブはそんな気がしていた。


──アスタルトと謎の神が結界を維持しているのかも! そちらから攻めてみる!──


──シノブ様、無理はしないで下さい! 最悪の場合、王族達を諦めるべきです!──


 思念を放ったシノブに、アミィが心配の滲む(いら)えを返す。

 シノブ達が一気に攻撃しないのは、王族達を助けたいがためであった。一度は死したルーヴェナを救うことは出来ないだろうが、四人の王族は生きながらに異神の依り代となったようだ。したがって、シノブは出来る限り彼らを救い出したかったのだ。


──わかっている、自分の命と引き換えにするつもりはない!──


 非情ではあるが、シノブも自身の命を賭してまで王族達を助け出すつもりはない。シノブには愛する妻が、家族が、そしてまだ見ぬ我が子がいるのだ。

 理想を追い求めるあまり事の軽重を取り違え、本来守るべきものを(おろそ)かにしてはならない。シノブも、それは理解している。


──まずはルーヴェナだ! 可哀想だが、彼女はもう死んでいるから!──


 シノブはグレゴマンの背後に回りこみ、ルーヴェナに向かって光の大剣を振り上げた。そして彼は、更に神々の御紋を(かざ)す。

 すると、御紋は七色の玄妙な光を放ち始める。御紋の光は普段よりは弱いが、それでもシノブの前を照らし始めた。


「そうくると思っていたよ! 蝿達よ!」


 しかしグレゴマンが放った無数の蝿、彼の使い魔がルーヴェナへの光を(さえぎ)る。そして黒い小虫達はルーヴェナだけではなく、グレゴマンも覆い隠していく。


 使い魔の蝿は、どこから湧き出しているのだろうか。案外、それは厳密な意味の使い魔ではなく、グレゴマンが外法(げほう)で生み出した擬似生命体なのかもしれない。何故(なぜ)なら御紋の光で数が減っても、それを埋める新たな蝿が生み出されグレゴマンとルーヴェナの周囲に群れているからだ。


──やはり、その女が結界を支えているのだろう……風よ! 嵐よ!──


 バージが咆哮(ほうこう)と共に思念を放つと、地下室の中に突風が巻き起こる。バージが呼んだ暴風は、砲弾のようにルーヴェナ目掛けて真っ直ぐに打ち込まれたらしい。彼女の前を塞ぐ蝿の群れが散り散りになる。


──私達も!──


──バージの兄貴!──


──助太刀します!──


 残りの三頭の光翔虎も、バージに続く。バージの(つがい)であるパーフ、そして光翔虎の序列だと一つ下になるダージと彼の(つがい)であるシューフだ。


 四頭の光翔虎は、槍で攻撃する異神達を避けつつグレゴマンとルーヴェナの周囲に散っていった。更に彼らは、四方から風の砲弾をグレゴマン達に打ち当てていく。

 そしてシノブは、彼らが作り出した隙間からルーヴェナに向けて神々の御紋の光を放つ。普段よりも光が弱いせいか、薄れたとはいえ蝿の防御があるせいか、劇的な効果は無い。しかし、それでもルーヴェナは苦悶の表情となっていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「これは中々だね……」


 グレゴマンの苦しそうな声が響いた。彼の姿は蝿の群れで良く見えないが、声音(こわね)からすると随分と難渋しているようである。


 バアル神やアナトにダゴン、つまり国王ジェドラーズ五世と第一王妃および先王は、雷、炎、水の槍を放つが、それらはアミィとホリィ、ミリィが抑えている。

 残る異神、アスタルトが憑依した第二王妃は、相変わらず念じ続けているだけで戦闘には加わらない。本来ならこちらも攻撃対象にすべきだが、第二王妃を人質に取られた形のシノブ達は手出し出来ない。そのため、彼女一人が戦いの喧騒とは無縁な存在となっていた。


 実は、とある策がシノブにはあり、意図的に膠着(こうちゃく)状態を作り上げた。しかしグレゴマンは、今のところシノブの狙いに気付いていないようだ。

 グレゴマンも一種の持久戦、結界の中でシノブ達の力を削いでいく戦いを想定していたようだ。ところが形勢が悪いのは、どちらかと言えば彼らである。そのため異神を率いて余裕であった筈のグレゴマンだが、少しばかり焦りが生じてきたのかもしれない。敵手の声を聞いたシノブは、そんな想像をする。


「どうした!? お前も剣を執って戦え! それとも蝿に守られていなければ敵の前に立てないのか!?」


 ここが押し時と見たシノブは、グレゴマンの心を揺さぶろうとする。

 冷静さを欠いていては勝利など覚束ない。剣だけ、魔術だけではなく、心も攻める。シノブは、義父であるベルレアン伯爵コルネーユから学んだことを思い出していた。


 『魔槍伯』の二つ名を持つコルネーユは、当然ながら魔術と武術双方の達人である。そして彼は、精神面での駆け引きにも長けていた。シノブの倍以上の時を生きてきたためでもあるが、伯爵として長く自領を支えてきた彼は、自然と人の心を読み動かす(すべ)を身に付けたのだろう。

 そもそもコルネーユは初めてシノブと出会ったときから、心の術を駆使していた。別にシノブを操ったり陥れたりではない。彼はシノブという常識外れの相手を読み解き、自家や自領に何を(もたら)すか見極めようとしていたのだ。

 コルネーユがシノブにシャルロット暗殺未遂事件の解決を任せたり、長逗留をさせたりしたのもその一環だ。それらで彼は、シノブが己の娘を託すに相応しい相手かを量った。シノブは、そう理解するようになっていた。


 もちろん、シノブは義父に失望したわけではない。むしろ家族や領民を守る大きな男として改めて感服し、自分も彼のように全てを用いてでも勝利を(つか)むと決意しただけだ。

 いずれにせよ、義父が示した教えはシノブの戦いを老練なものに変えていた。フライユ伯爵家が伝えた大剣術、シノブの圧倒的な能力、更に心の強さ。三つが揃い、彼の武術は新たな段階に到達したのだろう。


「言わせておけば! 良いだろう! 蝿よ!」


 激昂のあまりか顔を真っ赤に染めたグレゴマンは、自身を囲む蝿の多くをシノブへと動かす。そして彼は、無数の火炎弾をシノブに向けて放ち始めた。


「はっ! この程度か!」


 御紋を懐に仕舞ったシノブは、フライユ流大剣術の技の一つ『天地開闢』で迎撃する。もはや人の目どころかアミィ達や光翔虎でも見切れるかどうかといった横一文字の剣は、空気を真っ二つに切り裂き全ての火炎弾を消し去った。

 そして彼は、突きの連撃を放ちだす。まるで剣と腕が消え去ったかのようなこの技は、同じくフライユ流の『千手』である。初代フライユ伯爵ユーレリアンは、これで秒間二百回の突きを放ったというが、シノブは一桁上を行っている。そのため彼を襲おうとしていた蝿の群れは、全て貫かれて地に落ちた。


「本当に君は人間か? いや、異界の神の末裔だったね……バアル神から聞いたよ」


 地下神殿での戦いが終わる間際、バアル神はシノブの素性を察したらしい。バアル神はシノブとアムテリアとの繋がりまでは読み取れなかったようだが、シノブが何がしかの神の血を引く者だと悟ったようだ。

 そしてグレゴマンはバアル神と交信し、それらを聞いたのだろう。


「俺が何者かなんて、どうでも良いだろう? まあ、お前にとっては死神となるかもしれないが……」


 驚愕するグレゴマンにシノブは応じ、更に彼の動揺を誘おうとする。しかし彼は、途中で言葉を途切れさせた。


──シノブ様! 時間です!──


 シノブがグレゴマンとの応酬を()めた理由は、アミィの思念が彼の脳裏に響いたからであった。それは、シノブが待ち望んだものである。

 そして幾らも経たないうちに、結界で外と隔てられた筈の地下室に、轟音が響き振動が生じる。


「な、何だ!?」


「俺の仲間が他にもいることを忘れたのか? 隷属や竜人化への怒りは、彼らの方が大きいんだよ」


 周囲を見回すグレゴマンに、シノブは静かに呟いた。そして彼の言葉が終わるとき、それまでに倍する大音響と共に、入り口の扉が打ち破られる。


──『光の使い』よ! 待たせたな!──


 巨大な扉を踏み越えてきたのは、岩竜ガンドを先頭にした岩竜と炎竜である。ガンドを始めとする七頭の雄の成竜は、腕輪の力で成人ほどの大きさとなり地下までやってきたのだ。


「いや! ちょうど良いところだ!」


 ガンドの思念に、シノブは楽しげな声で応じる。

 シノブが地下室に入る前に放った強い思念は、竜達への合図だった。その合図から一定の時間が経ってもシノブ達が姿を現さない場合、竜達は思念を発した場所に突入する。それが、地下神殿での教訓を下に立てたシノブ達の策だったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「これは……退()くしかないようだね。転移だ!」


 これで追い詰めたと思ったシノブだが、グレゴマン達にもまだ奥の手があったようだ。四人の王族とルーヴェナは、グレゴマンを中心に素早く集まる。

 どうも、神が乗り移った者達は、転移の発動に取り掛かったらしい。彼らは攻撃を中止しグレゴマンを中心にした小規模な結界を形成する。


 バアル神は、帝国の民に転移装置の製法を授けた。つまり、彼らは条件が揃えば転移も出来るのだろう。

 そもそも、シノブ達も魔法の家や呼び寄せ機能、そして光鏡による転移を使っているのだ。神々の技、あるいは神が造りし物なら空間を跳び越えても不思議ではない。


「神々の力か!?」


 シノブは結界に向けて光弾を放ち、アミィが、金鵄(きんし)族が、光翔虎が、そして竜が続いていく。

 彼らの攻撃は、本来の力を取り戻したようだ。しかし結界は小さい代わりに強固なのか、打ち破ることが出来ない。


「ああ。だが、これを使うと神々の力は激減する上、回復には大量の命が必要だ。それに他にも色々面倒なんだ。だから使いたくはなかったし、これが初めてなんだが……命には代えられないからね」


 他の五人が何かを念ずる中、グレゴマンは一人嘲笑(ちょうしょう)を浮かべつつ応じる。

 転移など、アムテリアなら一瞬で行うことだ。もしかすると、バアル神達の憑依が不完全だから時間が掛かるのかもしれない。


「お前は逃がさない!」


 シノブは、改めて頭上に浮かべた光鏡から陽光を招いた。地下室の天井近くの光鏡と上空のそれを繋ぐと、今度は優しく温かな光が降り注ぐ。


 グレゴマンを逃がすわけにはいかない。多くの命を(もてあそ)ぶ彼を生かしておいては、新たな悲劇が生じるだろう。しかも、転移先がどこかも不明だ。彼の魔の手が愛する者達、シャルロットや彼女の宿した子供に迫るかもしれない。

 シノブは、この世界に来てから関わった者達、温かく受け入れてくれた存在を思い浮かべる。それが彼の力なのだ。愛する妻。己を慕う家族。待ち望む新たな命。友人達に共に働く者達。支えてくれる様々な人達。そして、更に彼らから広がる無数の絆。それがアムテリアから授かった最大の力なのだ。


「この結界が破れるものか!」


「こんなもの、俺達の前では何でもない」


 グレゴマンの(あざけ)りに、シノブは気負いの欠片もない静かな言葉を返した。

 そして、己を囲む者達と全てを慈しみ育む光から力を貰ったシノブは、光の大剣を大上段に構えると、鋭い気合を放ち激しい剣風と共に振り下ろす。

 フライユ流大剣術の『神雷』にシノブの魔力、そして光の大剣の神力を乗せた一撃。それは、見事に結界を切り裂いた。


「ば、馬鹿な!」


 それが、グレゴマンの最期の言葉になった。結界の中に入ったシノブが、敷石を砕くほどの踏み込みと共に放った片手一本突き、フライユ流の『金剛破』が彼の喉を貫いたのだ。

 そしてシノブは、瞬時に腕を引き『燕切り』へと繋げる。狙うは死人(しびと)であるルーヴェナだ。流石のシノブも、彼女を救う(すべ)は持っていなかった。いや、安らかな眠りこそが彼女の救いである。シノブは、そう念じつつ、アルバーノにより一度は黄泉路に送られた女性を、あるべき場所へと戻した。


「お前は邪魔だ」


「お前さえいなければ」


「私達は、ここを去る」


「だが、貴方も」


 二人を倒したシノブは飛び退(すさ)ろうとした。しかし陰々滅々とした声が響き、彼を縛る。声を発するのは異神が憑依した四人の王族だ。そして彼らの言葉が重なるにつれ、シノブの周囲を何かが満たし視界を覆っていく。


「くっ!?」


 シノブは、心臓の近くに鋭い衝撃を受けた。どうやら王族達の誰かが、闇に包まれたシノブを攻撃したようだ。


「シノブ様!」


 暗転する意識の中、シノブの耳に届いたのはアミィの叫び声であった。そして彼女の悲痛な声に答えようとしたシノブだが、激しい衝撃に気を失ってしまった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「こ、ここは……」


 頭を振りつつ体を起こしたシノブが見たものは、どこか懐かしさを感じる風景であった。そして、照りつける日差しと湿気を含んだ風、その風に含まれる自然界には無い微かな匂いも、良く知るものだ。


「神社……?」


 そう、シノブがいたのは日本なら良くありそうな神社、おそらくはその裏手であった。どうやら、それなりに大きな神社らしく、人気(ひとけ)の無い裏手はかなりの面積がある。シノブは、斜めに差す光で大きな影が出来た塀の側に座り込んでいたのだ。


 どうも、夏の夕方らしい。肌を焼く陽光と、それでいて湿った空気は、まだ四月中旬のアルマン島とは全く違うものだ。もちろん、彼の館があるシェロノワとも異なる。それに僅かに排ガスを含んだ空気など、エウレア地方にはありえない。

 神社だから現代日本を感じさせるものは少ない。何しろ建物は総朱漆塗りの社殿だ。しかし、良く見ると社殿や塀の向こうにはビルが見えるし、境内の各所には電灯がある。少なくとも、ここはアムテリアの管理する惑星ではないだろう。


 地球か。良く似た異世界か。

 普通なら一笑に付すしかない疑問だが、つい先ほどまで地球から見ての異世界で暮らしていたシノブである。そのため、ここを素直に地球だと思うことも出来なかった。


「……戻れるのか?」


 シノブは凍りつくような寒気を覚えた。帰る手段など、見当も付かなかったからだ。頭を振った彼は、それ以上考えることを()める。

 ともかく表側に回ろう。そうすれば誰かいるだろう。そう思ったシノブだが、己の格好に気が付き躊躇(ちゅうちょ)する。

 何しろ、今身につけている服はアムテリアから授かった白い軍服風の衣装に、緋色のマントだ。しかも、足は軍靴風の膝下までのブーツである。更に胸には光の首飾り、そして左手には光の盾まで装備している。仮にここが日本なら、仮装としか思えないだろう。


「……っと。剣を!」


 シノブは、光の大剣を抜き身のまま持っていたことに気がついた。彼は右手に握ったままだった大剣を慌てて背負った鞘へと収める。


 人前に出て良いのか。

 シノブは、自身の姿を改めて見る。ここが仮に現代日本なら、金髪碧眼で西洋人風の彼であっても、何とか受け入れてもらえるだろう。それに光の首飾りは外して懐にでも仕舞えば良いし、光の盾は名前こそ盾だが篭手のような形状であり、マントを外して包めば簡単に誤魔化せる。

 だが、光の大剣はどうだろうか。仮にマントで包んでも、全長150cmを優に超える大剣を持ち歩けば警察沙汰になりかねない。

 とはいえ、ずっと神社の裏に隠れてはいられない。人が来る前に何とかしなくては、とシノブは焦る。


「な、何だ!? 通信筒か!?」


 シノブは胸元で揺れる何か驚き、懐に手を入れた。しかし振動しているのは通信筒ではなく、神々の御紋であった。

 スマートフォンに良く似た白い薄めの板は、通信筒のように震えている。そして、表面の紋章は七色に(きら)めいていた。


「……本当にスマホみたいだな」


 シノブは、思わず紋章に触れてみた。スマホなら、タップしたというところか。すると紋章は消え去り、そこにシノブの良く知った名前や馴染みのある図形が現れる。


「ま、まさか!」


 シノブは数ヶ月前までは日常的に目にした図形に触れる。そして彼は、神々の御紋を耳元に当てた。


『シノブ、大変な目に会いましたね』


「アムテリア様! いえ、母上ですか!?」


 神々の御紋から聞こえてきたのは、案ずるようなアムテリアの声だ。そう、シノブが目にしたのは彼が母と呼ぶ女神の名前で、触れたのは受話器を示すアイコンであった。

 そしてシノブは、アムテリアの語る内容に耳を傾ける。それはシノブにとって驚愕すべき内容であり、ある意味では納得し、しかも安堵するものであった。やはり、ここは地球、そして彼の生まれた日本で間違いなかったのだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年3月4日17時の更新となります。


 次回から第16章になります。


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