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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
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15.37 激突する二人 前編

 結局、都市テルウィックまでの道程では異形達は現れなかった。そこでシノブは騒ぎを起こして敵を誘き寄せることにした。

 シノブ達は、馬車を()かせたリュミエールとアルジャンテを魔法の家でシェロノワに送り返し、テルウィックの郊外で野営した。問題の廃棄された城塞から、少し離れた場所だ。そして夜が明けると、シノブは魔術を使って辺りに炎を撒く。


 廃城の近くは人家など存在しない岩だらけの荒野だが、それでも多少の草は生えている。それらが勢い良く燃え上がったのは遠くからでも見えたのだろう、フード付きのローブを(まと)った四人が現れた。

 ローブの者達は、火事を消しに来たのだろう。しかし彼らは、姿を消したシノブ達の不意打ちを受け、あっさりと捕らえられてしまう。


「上手くいきましたな」


「そうだな。人数もちょうど四人……幸先が良い」


 『隠蔽の魔道鎧』を装着したアルバーノ・イナーリオとジェレミー・ラシュレーが笑みを交わす。

 ローブの者達は、やはり竜人の一種である翼魔人(よくまじん)だった。見張りだけでも四名の翼魔人がいるのだから、かなり大規模な隠れ家なのだろう。これなら、グレゴマンがいても不思議ではない。そんな気持ちの表れか、歴戦の戦士である二人は子供のような笑みを浮かべている。


「閣下、準備できました」


 アルノー・ラヴランが、平静な声でシノブに呼びかける。もちろん、彼とシノブも『隠蔽の魔道鎧』を身に着けている。

 この魔道鎧はミュレ達の開発したもので、装着すると外部に放つ魔力波動が本物の魔道鎧を着用した翼魔人と同じになる。これに加え、アミィが作った幻影の魔道具で翼魔人に化けるわけだ。


「そうか……」


 シノブは、周囲を見回した。現在、この一帯はアミィが作った幻影に包まれている。そのため、外部からは水魔術で消火をしているローブの者達がいるように映っているだろう。


 実際には四人の翼魔人は治癒の杖で人間へと戻り、しかもシェロノワに魔法の家で転移させた。その代わりに幻影の中にいるのはシノブとアミィ、そしてアルバーノにアルノー、ジェレミーの三人の武人、更に三羽の金鵄(きんし)族と六頭の光翔虎である。

 ここには、グレゴマンがいる可能性が高い。神霊の支援を受ける彼がいる場合、よほどの者でもないと戦いに加われないだろう。そこでシノブは、選りすぐりの者だけを連れて来たのだ。


「アミィ。打ち合わせ通り、俺が報告係となって奥に進む。アミィは姿を消して付いてきてくれ。ホリィとミリィは鷹になってアミィの肩の上だ。

バージ達は、出来れば同行してもらうけど無理なら城内で騒ぎを起こす役となってくれ。マリィ、残りはよろしく頼む」


 自身を囲む者達に、シノブは矢継ぎ早に指示をした。(あらかじ)め決めておいた内容通りだが、それでもアミィ達は、真剣な顔である。


「はい! ホリィ、ミリィ、一緒に頑張りましょう!」


 アミィは、同じ眷属である二人に緊張気味の顔を向ける。眷属である彼女でも、神霊との戦いとなると油断は出来ないのだろう。


──ええ!──


──任せて安心のミリィちゃんです~──


 ホリィとミリィは鷹に姿を変えるとアミィの肩に飛び移り、思念で応じる。

 グレゴマンと対決するのは、シノブとアミィを中心にした厳選された者達だ。幾ら姿を消せるといっても、大勢で連なっていれば発見されやすくなる。たとえば、扉が不自然に開いたままになったり、誰もいないと思って横切った者が衝突したりだ。

 しかし、翼魔人に化けたシノブが一緒なら、アミィ一人くらいは何とか誤魔化せるだろう。ホリィとミリィは鷹に戻ればアミィと一緒に移動できるし、何なら宙を進んでも良い。


──我らも飛べるから、何とかなるだろう──


──ええ。それに魔力を大量に使えば、もっと小さくなれます。長くは出来ませんが──


 同じく思念で答えたのは、バージとパーフの(つがい)である。その脇のダージとシューフも同意を示すように頭を大きく動かした。

 この四頭の光翔虎は、状況次第ではあるが、シノブと共にグレゴマンの下まで行く。現在は普通の虎より僅かに小さいくらいに変じた彼らだが、短時間であれば更に小柄になれる。それに飛翔が出来るから、天井近くでも飛んでいれば、ぶつかることもなく進めるかもしれない。

 もっとも、それが無理なら、城塞内で注意を惹くなど翼魔人を捕らえる側に回ってもらう。


「お任せください。必ず役目を果たしてみせますわ」


 そして、最後に残ったマリィは、治癒の杖で翼魔人を人間に戻す役だ。

 マリィは翼魔人に変装したアルバーノ達と共に行動する。彼女も透明化の魔道具を持っているから、姿を消しての同行だ。


──私達もね!──


──はい~、兄貴のお役に立ちます~──


 メイニーとシャンジーの若手の光翔虎も、マリィと一緒である。この二頭は護衛を兼ねつつ翼魔人を取り押さえる役である。アルバーノ達はフライユ伯爵領でも有数の武人だが、光翔虎達がいれば安心だ。


 なお、本当なら竜達も同行したいところだが、彼らは姿消しは出来ないし魔力隠蔽も苦手である。腕輪の力で大きさは人間並みになれるが、察知される可能性が高いだろう。そこで、シノブ達は金鵄(きんし)族や光翔虎のみと潜入することにした。


「今頃、マティアス殿やイヴァール殿は残念がっているでしょうな」


「仕方が無い。フォルジェ司令は演技など無理だろう。それに、イヴァール殿は背格好が違いすぎる」


 ジェレミーの軽口めいた言葉に、古くからの同輩であるアルノーが苦笑と共に応じた。

 シノブ達の仲間で抜群の武力を持つ二人、マティアスとイヴァールが参加していない理由は、これであった。謹厳実直で裏表の無いマティアスに咄嗟の芝居など難しいだろう。そして、ドワーフであるイヴァールは体格自体に無理がある。そのため、同行者から除外されたのだ。


「皆、油断するなよ。相手は……」


「神霊ですが、閣下なら安心です。既に一回倒していますし、それに閣下も……」


 気を引き締めにかかるシノブに、アルバーノが笑いを含んだ声で応じた。

 アルバーノは冗談めかしているが、アムテリアの強い加護を持つシノブなら、神霊と同等かそれ以上と言いたいのだろう。しかも、アルノーやジェレミーも真顔で頷いている。


「いや、俺はともかく……それに、俺の力がどうこうというのも……」


「シノブ様、大丈夫ですよ。皆さん、ちゃんと理解しています」


 戸惑うシノブに、アミィが優しく笑いかけた。

 アミィ達は、不要な緊張をせずに普段通りにすべきだ、と言いたいのだろう。それを察したシノブは、思わず苦笑いを浮かべ頭を掻く。


「それじゃ、行くぞ!」


 シノブが改めて号令をかけると、今度は全員無言で頷いた。

 彼らはそれぞれの役目に応じて動き出す。シノブやアルバーノ達は魔道具によって翼魔人へと変装し、他の者は魔道具や自身の能力で姿を消す。


「シノブ様、幻影を解きました」


 アミィは、辺りを包んでいた幻影を消したことをシノブ達に(ささや)く。

 翼魔人に化けたシノブは陰鬱な気配が漂う廃城に向けて歩み出す。もちろん、アルバーノ、アルノー、ジェレミーの三人はシノブの横に並び、姿を消した者達も後に続いていく。

 そして僅かな時の後、フード付きローブで全身を隠した四人と姿を消した者達は、どことなく禍々しさを感じる廃城の中に足を踏み入れていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは、廃城の地下へと侵入していた。彼は、予定通りアミィとホリィ、そしてミリィと共に進んでいる。しかし、バージ達四頭の光翔虎はシノブの側にいない。彼らは、城内の各所を探りに行ったのだ。

 地上もそうだが、地下も天井は人の背の倍以上、横幅も数人が並んで通ることの出来る巨大なものだ。地上は城を造った豪族の権力を示すためだから理解できる。

 とはいえ地下も似たような造りなのは、シノブには少しばかり意外であった。ただし、この地方の古い城塞だと、こういった造りも良く見かけるという。


──静かだね……それに誰もいない──


 翼魔人に化けたシノブは、通路の先を灯りの魔道具で照らした。これは、捕らえた翼魔人から奪ったものだ。地下通路には灯りなどないから、魔道具で照らさないと何も見えはしない。


──そうですね。上にはかなりいたのですが──


 姿を消したアミィは、思念だけで応じる。

 城内には、どうやら数十人、もしかすると百人近い翼魔人がいるらしい。しかし、その大半は、地上の一角へと集まっているようだ。そう、陽動を務めるマリィ達のところにである。


──『光の使い』よ。向こうは順調だ。たが、密かに動くのはもう無理のようだ。大勢の翼魔人が集まっている。

メイニー達は姿を消したまま支援しているが、武人達は元の姿で戦っている。それに、魔法の家も中庭で使い出した。元に戻した人間達の安全を優先したのだろう──


 薄暗い石造りの通路を暫く進むと、光翔虎のダージが戻ってきた。ダージはシノブの側に寄り添い、微かな思念で彼に状況を教える。

 思念での伝達は、通常なら他の者が察することは出来ない。しかし、あまりに遠方に届かせようとして大魔力を用いたり、逆に至近距離で思念を受けたりする場合は、内容は理解できなくても魔力の動きを感じ取ることが可能である。

 そこでシノブ達は、直接マリィやメイニー達とやり取りはせず、ダージに彼らの様子を見に行ってもらったのだ。


──囚われの者はいないようだ──


──こちらもです──


──人のいた様子はあるのですが……奥に進む道は、この先を右です。突き当たりに、大きな扉がありました──


 偵察から帰ってきたバージにパーフ、シューフの思念に、シノブは暗澹たる気分となった。

 廃城の中は、敵の侵入を防ぐためか迷路のような構造になっていた。しかも、廃棄されてから五百年以上は経っているということもあり、崩れ落ちて通れない場所もある。そのため光翔虎達に、グレゴマン達に捕まった人々の捜索と合わせ、行く手を探ってもらっていた。

 しかし、この分では無事な人はいないのでは。そんな予感が、シノブの心の中に広がっていく。


──アミィ~、ハイジョ~、ハイジョ~です~──


 ミリィは駄洒落(だじゃれ)めいたことを言い始める。どうも彼女は、暗くなった空気を変えようと思ったようだ。


──それって、ハイヨ~なの?──


──あまり揺らすと落ちますよ──


 アミィとホリィは、(あき)れ半分の思念を発していた。

 どうやら、ミリィはアミィを馬に見立てているようだ。シノブには見えないが、アミィの肩の上らしき位置で彼女の魔力が揺れているのが、極めて微かだが感じられる。


──シューフ、あの通路だね?──


 命を落とした人達のためにも、グレゴマンを倒す。誓いを新たにしたシノブは、憂いを振り捨てシューフに問いかける。


──はい、この十字路を右です──


 シューフの返答通り、シノブ達の前には十字路があった。

 地下に潜ってから随分になるが、地面の下にも複雑な迷路が続いていた。なお、アミィによれば地下30mほどのところに来たらしい。シノブの大雑把な理解でも、およそ四階層ほど降ったようだ。


──旧帝都の地下神殿を思い出すな──


──そうですね……造り自体は、ごく普通ですが──


 シノブと同じく、アミィも旧帝都の地下にあった神殿を思い浮かべていたようだ。

 アミィが言うように、通路の造りは無骨な石組みで、装飾は全く無い。しかし、地下ということ、待ち受けるのが同じ存在だということが、シノブ達の脳裏に()の地のことを想起させたのだろう。


──そもそも、何で地下にこんな巨大な通路があるのかな?──


──どうも、ここは元々坑道だったようです。廃坑を石壁で覆い、その上に城を建てたのですね。いざというときに隠れ潜むのに都合が良いから、似たような城塞も多いみたいです──


 シノブの疑問に答えたのは、ホリィである。彼女はアルマン王国の探索を始めてから長い。そのため、この国の過去や風習についても詳しくなったのだろう。


──そうなると、抜け道もあるのかな? だとしたら、逃げられるかも──


──ここからしか出入りしていなかったがな……それに、出口らしきものも見当たらなかったぞ──


 今度は、バージがシノブの疑問に答える。彼はマリィと共に廃城の周囲を探っていた。そのときに隠し通路なども調べたようだ。


──これが扉か……しかし、広いな──


 シノブは、周囲を思わず見回した。通路を曲がると、途中から幅と高さが倍くらいになっていたのだ。


──大きいですね。シノブ様、この辺りは廃城の敷地から外に出ています。今までの上層階とも別です──


 アミィがシノブに応じる。彼女は、シノブのスマホから引き継いだ高度な位置把握能力を持っている。そのため、地下に入ってからも、自身の位置を正確に把握しているのだ。


──ここにグレゴマンがいるんだろうな。しかし、どうして翼魔人が出てこないんだ? まさか全部マリィ達のところに行ったわけでもないだろうし──


──中で待ち構えているのでは~? よくぞここまで辿(たど)り着いた~、とか言いそうです~──


 ミリィの思念は普段通りの暢気(のんき)なものだ。しかしシノブは、冗談めかした指摘だが内容自体は充分にありえることだと感じていた。

 仮にグレゴマンが中にいるなら、そこに帝国を支配していた神霊、バアル神か彼の一部と思われる超常の存在もいるだろう。ならば、旧帝都と同様に彼らが翼魔人達を従え身辺を固めている可能性は否定できない。シノブは、そう思ったのだ。


──準備は良いか?──


──大丈夫です。対策も充分していますし──


 アミィが、シノブの思念に応じた。シノブ達は、旧帝都の地下神殿での戦いを踏まえ、幾つかの準備をしていた。

 シノブは、一瞬だけ胸に手を当てた。『隠蔽の魔道鎧』の下ではあるが、そこにはアムテリアから授かったスマホくらいの大きさの板、神々の御紋があるからだ。これも、対策の一つである。

 帝都決戦の決め手となった御紋。そして幻影の魔道具で誤魔化してはいるが、彼の背には光の大剣があり、胸には光の首飾り、左腕には光の盾がある。これらも、きっとシノブを支えてくれる筈だ。


──行くぞ! 俺達の手でグレゴマンを倒すんだ!──


 シノブは、強烈な思念を放ちつつ扉の取っ手に手を掛ける。そして彼は、巨大な両開きの扉を押し開けた。意外にも軽々と開いた扉の向こうには、六人の男女が待っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 扉の向こうの部屋は、灯りの魔道具が随所に配置されており、充分に明るかった。天井は通路の最後の部分と同じで人の背の四倍ほど、そして広さは30m四方ほどであろうか。

 扉の向こうが旧帝都の地下神殿のような巨大な部屋だと、シノブは予想していた。しかし天井の高さや部屋の幅、奥行きなどの(いず)れも旧帝都の三分の一程度だ。そのためシノブは、少々意外に感じる。

 そして、あまり広くないせいか柱などは存在しない。どうやらこの辺りの地盤はしっかりした岩が主体らしい。そのため、柱が無くても問題ないようだ。


 部屋の奥には、美麗な服を(まと)った六人の男女がいる。五人が横一列に並び、残り一人は中央の男の後ろに隠れるようにして立っている。


 中央の男は細身の青年グレゴマン・ボルンディーンである。シノブと同じくらいの年頃の黒髪に茶色い目の若者だ。彼は既に滅び去ったベーリンゲン帝国の末裔、最後の皇帝の次男ディーンボルン公爵グリゴムールであり、亡国の王子とも言える。

 そして、彼の左右にいる四人もシノブは知っていた。男が二人に女が二人、彼らこそがシノブ達の捜していた王族達である。並び順は、グレゴマンの左右に国王ジェドラーズ五世と先王ロバーティン三世、更に脇に第一王妃メリザベスに第二王妃マーテリンだ。

 最後の一人、奥の人物はシノブが見たことのない若い女性であった。こちらはグレゴマンよりは十歳ほど年上、三十前後というところか。ひっそりと控えている姿は、侍女のようでもある。


 ただし、後ろの女性も含めて服装は上質で、庶民が身に着けるようなものではない。王族達は、シノブやアミィが王宮で見たときと似たような服、グレゴマンと残り一人の女性は多少地味ではあるが、こちらも貴族の略装として充分通用する服だ。


──やっぱり、隷属の魔道具を装着しているのかな? 隠蔽されているのか、良くわからないけど──


──そうですね。ともかく私達は王族の救出を優先します。すみませんが、シノブ様はグレゴマンを抑えてください。左右から回りこみます──


 シノブはアミィと思念を交わしつつ国王達へと視線を動かす。しかし隷属の魔道具で操られているのか四人は表情を動かさない。残りの女性も同様だ。

 今のシノブの外見は竜人の一種である翼魔人なのだから、普通なら慌てふためく筈である。しかし、彼らは静かにシノブを見つめるだけであった。


「おや、外で何かあったのかな? ……何て(とぼ)けるのはやめておこうか。私は竜人達と意思を交わすことが出来るんだ。君、シノブだね?」


 グレゴマンは皮肉げな笑みを浮かべながら、シノブが化けた翼魔人に声を掛ける。

 やはり、グレゴマンは常人とは異なるらしい。彼は、シノブ達のように思念での会話が出来るようだ。

 今は亡き大将軍ヴォルハルトや将軍シュタールも、異形になってから竜と思念で会話する能力を身につけた。したがって、グレゴマンも彼を支援する神霊から何かの力を授かったのかもしれない。


「ああ、そうだ。こんな地下深くに隠れて何をしているんだ? どうも、帝国の神は地下が大好きなようだが……」


 シノブは『隠蔽の魔道鎧』を脱ぎ捨てつつ応じた。この鎧は、簡単に脱ぎ捨てることが出来る。肩や腰の数箇所の留め金を外すと、それだけで外れるのだ。

 シノブは、魔道鎧の下にアムテリアから授かった白い軍服風の衣装と緋色のマントを着けていた。これらも魔道具であり、物理的攻撃はもちろん、魔術に関しても高い防御力を持つ。そのため、魔道鎧を装備していても行動を妨げるだけだ。

 そして魔道鎧を外し終えたシノブは、アミィが作った幻影の魔道具の効果を消し去った。それ(ゆえ)彼の姿は、本来の金髪碧眼の青年へと戻る。


「そう言われて素直に答えるとでも? まあ、よくぞここまで辿(たど)り着いた、と賞賛だけはしておこうか。もっとも、ここから出ることは不可能だけどね」


 グレゴマンが首を振ると、彼の黒髪が微かに揺れた。そして彼がシノブへと視線を戻したとき、誰が動かしたわけでもないのに、入り口の扉が大きな音と共に閉まった。


「結界でも張ったのか?」


 シノブは、旧帝都の地下神殿を思い出しつつ、グレゴマンに問いかけた。

 結界は地下神殿にも存在した。そのためシノブは動揺していない。実は、シノブは地上に光鏡を残していた。それに、彼の側には限界まで縮め更にアミィの幻影魔術で隠した光鏡が存在する。もちろん、この二つはシノブが任意に繋げることが可能である。

 そもそも、シノブ達が突入を夜明けまで待ったのは、万が一のときに日の光、つまりアムテリアの神力を借りるためである。要するに、これもアミィが言う対策の一つなのだ。


「その余裕の態度、気に入らないね。知っているだろうけど、こちらにはバアル神が付いているんだ。帝都で何があったかなんて、当然教わっているよ」


「それで神像は用意しなかったのか。あれは大して役に立たなかったからな」


 グレゴマンの挑発に、シノブも挑発で返した。

 普段は温厚なシノブだが、グレゴマンは別だ。シノブは、多くの人の命を奪ったグレゴマンに強い怒りを感じていたのだ。


「言うじゃないか。さあ、かかっておいでよ。ここが君の墓場だよ」


「折角用意してもらったのに悪いが……俺はまだ死ぬつもりはない! 行くぞ!」


 シノブは、無意味な舌戦を断ち切るべく光の大剣を抜き放ち、手前へと跳躍する。

 グレゴマンは、シノブを怒らせ罠に()めるつもりなのだろう。しかし、シノブも馬鹿正直に飛びかかっていくつもりはない。そこで彼は、ほんの数歩分を前に跳躍しただけで重力魔術を用い急制動を掛け、代わりにレーザーをグレゴマンに放った。

 もしバアル神の見たことをグレゴマンが知っているなら、シノブの重力魔術での飛翔やレーザーなどの魔術、それに光鏡や光弾などの神具を使った攻撃も承知済みの筈だ。そのためシノブは、出し惜しみしても意味がないと考えたのだ。


「くっ!」


 グレゴマンは、雷雲のような黒い(もや)でレーザーを防ぐ。レーザーは不可視の光だが、竜など魔力感知に優れた存在なら直前の魔力の高まりで察することが出来る。どうやら、グレゴマンもその領域に達しているようだ。


「ならば、これでどうだ!」


 シノブは、十数個の光弾を前進させた。

 相手がバアル神の力を得ているなら、この程度は防ぐだろう。しかし、光弾には別の目的がある。それは、王族達の救助に向かったアミィ達から目を()らすというものだ。

 アミィにホリィ、ミリィ、そして四頭の光翔虎は、左右から迂回しつつグレゴマン以外の五人に迫っているはずだ。アミィの作った魔力隠蔽の装置は非常に優秀だから、シノブも距離が開くと殆ど感知できなくなる。そのため、どこにアミィ達がいるかは定かではないのだが、そろそろ辿(たど)り着く頃ではないか。


「きゃあ!」


 しかし、シノブが見たのは、透明化を解除され倒れ込むアミィの姿であった。彼女は国王ジェドラーズ五世の側に姿を現したのだ。


──幻影が!──


──そ、そんな~──


 そして、ホリィとミリィが、更に四頭の光翔虎達が、次々と出現する。どうやら、こちらもアミィと同様に魔道具の効果や姿消しの術を解除されたようだ。

 幸いなことに、アミィ達は透明化を打ち消されただけらしい。アミィは大きく後ろに飛び退(すさ)り、ホリィやミリィ、そしてバージ達光翔虎も後方の中空に退()いている。少なくとも、端から見る限りでは、彼らは怪我を負った様子はない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「残念だったね……その少女と鷹は眷属なんだろう? それに、虎は噂の光翔虎か……だけどね、眷属や聖獣など、所詮下位の存在でしかない」


 グレゴマンは、整った顔に嗜虐的な笑みを浮かべつつ語っている。彼はアミィ達の正体や光翔虎についてもある程度は知っているらしい。


 アミィやホリィは、バアル神と地下神殿で戦った。バアル神は長い間地下に潜んでいたとはいえ、地球で神と崇められた存在である。したがって、彼も眷属くらいは持っていた筈だ。そのため、アミィ達が何者か察したのだろう。

 そして光翔虎は、ガルゴン王国やカンビーニ王国では極めて有名な存在となった。光翔虎は両国の王都に現れ、国王から民まで多くの者が目にしている。したがって、アルマン王国にも存在自体は伝えられているに違いない。


「下位の存在……まさか!?」


「そうだよ! 彼らには神を降ろしたんだ! どうだい、凄いだろう!? さあ、神々よ!」


 驚愕するシノブに、グレゴマンが得意げな口調で周囲の五人に神降ろしをしたと言い放つ。そして、グレゴマンが声を掛けると、五人は一斉に何かを投げ捨てた。


「こ、これは……」


 どうやら、五人が捨てたのは隠蔽の魔道具だったようだ。シノブは、彼らから猛烈な魔力、神威といっていい強烈な力を感じ取っていた。

 アミィ達も、禍々しい力を感じ取ったのだろう。全員が一旦シノブの側まで戻ってくる。


「シノブ様、あれは全てバアル神なのですか!?」


「いや……同じ魔力じゃない……それに、奴は()()と言った……」


 シノブは、五人の魔力、あるいは神力が異なるものであることに気が付いていた。国王のものは、以前感じたバアル神の気配に良く似ている。しかし、それ以外は未知の波動であったのだ。


「はははっ! ご名答! そうだよ! バアル神とその分霊なんかじゃない。こちら風に言えば、大神と従属神……そういう関係だよ! どうだい、勝てるかな!? 勝てないだろう!?」


 驚愕するシノブ達を見て、グレゴマンは哄笑する。

 グレゴマンは、引き下がるしかなかったアミィ達、そして光弾を戻したシノブの様子が、よほど愉快だったのだろう。彼は人を人とも思わぬような(ゆが)んだ笑みと共に、シノブ達を(あざけ)る。


「勝ってみせるさ! 少なくとも、お前なんかの好き勝手にはさせない!」


 シノブは、絶叫と共に再度攻撃をする。光の大剣で魔力を増強した彼は、全身を金色の光で輝かせつつ、その手から直径が子供の背丈ほどもあるレーザーを放った。更に、シノブは、五十を越える光弾に不可視の光を追わせていった。

 光り輝く球はグレゴマン達を覆いつくすように広がった。そのためシノブの側からだと、彼らの様子は(つか)めない。


「そうです! 人の命を(もてあそ)ぶ貴方を許すわけにはいきません!」


 アミィも魔法の杖で魔力を増し、シノブを支援する。目くらましを目的としたのだろう、彼女は無数の岩塊を放ち始めた。

 アミィは岩を両者の間の床から生成していた。そのため、敷石を剥がされた床は土や岩屑が剥き出しになっている。


──私達も!──


──風で援護です~──


 ホリィとミリィは、風魔術で土を飛ばし始めた。アミィの意図を悟った彼女達は、グレゴマン達の視界を防ごうとしたようだ。そして、光翔虎達もそれに続く。彼らは風の操作が得意だから、ホリィ達に協力しようと考えたらしい。

 もちろん、岩塊程度で神を名乗る者達が傷つくとは思えない。しかし、それでも彼らが派手な攻撃をしたのは、きちんとした理由があってのことだ。


「……光鏡よ」


 シノブは、光と岩などが乱舞する中、隠し持っていた光鏡を地下室の天井近くに上昇させた。そして彼は、地上に残した光鏡と繋げようとする。

 地下神殿と同じなら、バアル神の結界はシノブ達の力を削ぐ筈だ。したがって、立ち向かうためには陽光を、アムテリアの放つ恵みの光を取り入れるしかない。


「無駄だよ! 帝都で何があったか知っていると言っただろう!」


「光が届かない!?」


 光と岩の弾幕の向こう側から、グレゴマンの嘲笑(ちょうしょう)が響く。その言葉にシノブが頭上の光鏡を見上げると、普段の(まぶ)しい輝きは放っているものの、太陽の光、この世界を遍く照らす優しい光は届いていなかった。


「邪魔だね……」


 グレゴマンの(ささや)き声と共に、両者を隔てていた岩塊などは消え失せ、光弾も散らばっていく。そして、シノブ達の前に、最前と変わらぬ様子で並ぶ六人の姿が現れた。


「今一度言おう。ここが君の墓場だよ」


「ならば、俺ももう一度言う! お前の好き勝手にはさせない!」


 二人の視線が、宙でぶつかる。それは、物理的な圧力すら伴っているかのような強い意志、気迫とでも言うべき何かが宿っているようだ。

 そのためだろう、室内にいる全ての者は身動き一つせず静かに(たたず)むだけである。


 これは、第二幕のための小休止。第二ラウンドを前にしたインターバル。二人の男が新たな攻防を前に、隙を窺い勝機を探る。そんな張り詰めた空気の中、シノブは己の魔力を静かに練り上げていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年3月2日17時の更新となります。


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