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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
351/745

15.31 グレゴマンの黒い影

「暇だな……」


「暇で結構。ほら、どれにする?」


 小屋の中で向き合う二人は、片手に数枚のカードを持ち、もう片方の手で酒を(あお)っていた。どちらもまだ若い男性だ。


 ここは、都市ラルナヴォンの港の倉庫街にある見張り小屋だ。しかも、シャンジーが隠蔽装置の魔力波動を感じ取った倉庫の手前である。

 この二人は倉庫の見張り番である。とはいえ、倉庫は厳重に施錠されている。そのため彼らの仕事は、一時間ごとに倉庫の周囲を巡ってくるだけだ。

 既に深夜ということもあり、小屋の中どころか外も含め近くにいるのは彼らだけだ。したがって、見張りも形式的なものでしかない。そこで二人は、トランプに似たカードを使ったゲームと酒で時間を潰しているらしい。


 テーブルにはカードが幾つかの山に分けて伏せられている。ゲームは、参加者が交互に一枚ずつ取り、役が出来たら場に出す形式だ。


「……これだ! おっ、やった!」


 片方の男は場に積まれた山の一つからカードを取り、そして手持ちのカードを全て場に出した。

 場に出した五枚のカードに記された数字は、綺麗に並んでいる。同じ種類や数字、それに並びの数字が役となり、数が多いほど得点が高いのだ。

 そして五枚も揃っているのはかなりの高得点だから、卓上にカードを放る男の顔は喜びに輝いている。


「五並びか! 痛いな……」


 もう一方の男はテーブルに積んでいた硬貨の山から五枚の黄銅貨を(つま)み出し、相手に渡す。庶民の食事なら十回分に相当する金額であり、渡す男の顔には大きな失望が浮かんでいる。

 このゲームでは、最後に出した役で得点が決まる。早く上がるなら小さな役を作って小まめに場に出していけば良いのだが、それでは高得点にならない。しかし、今回のように五枚ものカードを揃えるまで待つのは極めてリスクが高いのだ。


「今日は運が良いな! 辛気臭い街で飲まずに夜勤を選んで正解だった!」


「言ってろ! 次で取り返してやる!」


 硬貨を受け取った男は、手に持つジョッキに溢れそうなくらいに酒を注いでいる。一方、負けた男は自身の手札やテーブルの上のカードを集め、混ぜ合わせ始めた。


「……街に行っても詰まらないのは賛成だ」


「ああ、何だか変な噂ばかりだしな。艦隊司令が奴隷になったと杭に書いてあったそうだな」


 カードを手にした男が混ぜ合わせながら呟くと、ジョッキから酒を(あお)った男が頷く。

 シノブ達は、アルマン王国の主要都市に軍務卿、現在は総統と称するジェリール・マクドロンを糾弾する文書を用意した。そして先日と同様に、光翔虎達が王都や近隣の都市に赴き、告発文を記した杭を打ち込んだのだ。

 そこにはアルマン王国の艦隊司令カティートンや副司令が『隷属の首飾り』で操られていたことや、それがジェリールの仕業だと記されている。生憎今回は早々にアルマン王国軍が撤去したため、民の目に触れることは少なかった。しかし、それでも大よそのことは見張り番達の耳に入っていたのだ。


「本当かどうか……メリエンヌ王国の仕業なんだろ? 鵜呑みにするのはどうかと思うぜ。どうやって杭を打ち込んだかは気になるがな……」


 カードを(まと)め終わった男は場に数個の山を作り、互いに手札を配っていく。酒を飲んでいた男も、ジョッキを置いてカードを手に取る。


「おっ! 今度も中々だ! まあな……あいつら、負けたら俺達を奴隷にするつもりなんだろ? 軍人さんがそう言っていたぜ」


「それも鵜呑みにするのは……いや、今のは無しだ!」


 カードを配り終えた男は何かを呟きかけたが、慌てて否定した。


 アルマン王国軍は、メリエンヌ王国などが攻めてきた理由を侵略や奴隷の確保としていた。

 もちろん事実に反しているのだが、島国であるアルマン王国に他国の者が来ることは殆ど無い。先日まで一部の港でガルゴン王国の商船の寄港を認めていたが、例の偽装商船騒ぎ以降は訪れる商船など存在しない。そのため、ジェリールやその息子ウェズリードの情報操作は有効に機能しているようだ。


 そして戦時ということもあり、情報統制や民衆への監視も強化されていた。何しろ、妙なことを口走ると密偵として連行されるという噂すらある。そのため、男は口にしかけた言葉を呑んだのだろう。

 いずれにせよ、そんな事情もあって街の酒場も今一つ活気を欠いているようだ。そして、この二人が夜勤を選んだのは、どこか居心地の悪くなった街を嫌ったからなのだ。


「……そういえば、王様達は西に静養に行くらしいな」


 カードを手にした男は、相手の失言を聞かなかったことにしたらしい。そのためだろう、彼は話題を唐突に変える。


「ああ、軍務卿様が……おっと、総統様だった……そう決めたらしいぞ」


 ジェリールが総統に就任したことなど、王都アルマックの諸々については各所に告知されていた。その中には、国王の退位や王太子夫妻以外が西の都市デージアンに静養に行くことも触れられていた。そのため彼らも50km以上南の王都のことを知っていたのだ。

 なお、軍務卿の総統就任は民衆に好意的に受け入れられていた。自国を守る強い指導者を、民は歓呼の声で迎えたのだ。そのため、シノブは王族が隷属させられた可能性については触れなかった。この状況で王族を擁護しても、ましてや国王の復位を訴えても逆効果だと思ったからだ。


「静養か……俺もゆっくり休みたいぜ……」


「ああ……俺達庶民なんて仕事の奴隷みたいなもんだからな……貴族様に付けられた見えない首輪があるのかもな……」


 二人は、どことなく気だるげな声でやり取りしている。少し飲みすぎたのであろうか。


「庶民……従士様に騎士様……貴族様に王族様か……神様も酷いぜ……」


「ああ……奴隷と違って出世の機会はあるけど……」


 呟く男達は、唐突にテーブルに頭を落とした。どうやら、気を失ったらしい。夜勤の最中だから、酩酊するほどは飲んではいなかった筈だ。ましてや人事不省に陥るなど、少しばかり不自然であった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 男達が眠りに落ちると、小屋の中にシノブとアミィが出現した。二人はアミィの幻影魔術で姿を消し、更に扉の開け閉めも誤魔化して室内に潜入していたのだ。


 男達の昏倒は、シノブの催眠魔術によるものであった。

 これからシノブ達は、隠蔽装置が存在する倉庫に潜入する。そこでシノブとアミィは、潜入前に見張り小屋にいる者達を確かめに来たのだ。

 二人の魔力は人族としては平均的で、グレゴマンの手先とは思えない。しかし隠蔽などのこともあるから、念のため感知が最も得意なシノブが探りにきたわけだ。


「中々興味深い話だったね」


「はい……」


 シノブの言葉は少しばかり重たく、アミィも僅かにうな垂れていた。彼女の明るいオレンジがかった茶色の髪の上では狐耳が伏せられ、背後の尻尾もどこか元気がない。

 どうやらアミィは男達の言葉、特に最後のやり取りを気にしているようだ。


「いきなり平等な社会には出来ないさ。アムテリア様も、そう思っているんだよ」


「はい!」


 アミィは先ほどと同じ言葉をシノブに返す。しかし、その意味合いは大きく違う。それを示すかのように彼女の薄紫色の瞳はキラキラと輝き、狐耳や尻尾も元気を取り戻している。


 人々が平等に過ごした時代や場所などどれだけ存在するのだろうか。

 地球の歴史でも、身分の差が解消されてきたのは、最近のことだ。流石に王制を敷いている国は僅かしか存在しないが、特定の者や団体が権力を握っている国など幾らでも存在するだろう。他にも世代や性別、職業や地域など様々な格差や障壁があり、それらが全て消え去るなど夢物語かもしれない。


 むしろ、自然な社会の発展を目指すなら、それらを完全に排除するのではなく、一度は経験した上で乗り越えるべきではなかろうか。おそらく、アムテリアが奴隷を禁忌としつつも王制などを否定しないのは、そういった人間自身の手による社会や文化の成熟を願っているからだろう。


「だけど、アルマン王国は、良くない方向に向かっているのかもね……完全に悪いとも言い難いけど」


 シノブは、アルマン王国が独裁制になるかもしれないと感じていた。王を廃した後の独裁は、地球の歴史でも見られたことだからだ。


「そうですね。王を廃するのか王権を制限するのか……どちらにしても、それ自体は通るべき道なのかもしれません。

ドワーフやエルフは合議制ですから、血統による支配以外が成り立つのは、地上の人達も理解してはいるでしょう。でも……」


 シノブの少し憂いの滲んだ言葉に、アミィは同じような声音(こわね)で続く。

 ドワーフ達の国ヴォーリ連合国は、各支族の上に立つ大族長が国を率いている。しかし大族長は、各支族の族長の調整役であり絶対者ではない。それに任期も十年で、選出は互選である。したがって、永遠に国家の指導者として君臨することは制度上からも不可能であった。

 それはエルフ達の国デルフィナ共和国も同じで、この二国に関しては原始的ではあるが議会制民主主義と言えなくも無い。もっとも成文法があるわけではなく、長老や部族の掟、それに先祖の作った慣習が大きな力を持っており、改善すべき点も多い。


「民主主義が一番というわけでもないけどね。衆愚政治って言葉があるくらいだし……」


 故郷である日本の政治を、シノブは思い出していた。そのため彼の表情は、少々苦いものとなっている。

 シノブは日本では未成年だから、政治に関しては学校で学んだことや新聞やテレビなどで得た情報でしか知らない。だが民主主義が必ずしも正しく機能していないのは、彼の目から見ても明らかであった。

 もっとも理想の政治を実現している国など、地球上に存在しない。したがってシノブも日本が取り立てて悪いと思っていないが、無批判に手本とするほど盲信していなかった。


「……話が()れたね。アムテリア様は、自分の力で真の自由を勝ち取ってほしいんじゃないかな。優しい方だから、あまり酷い目には遭わせたくないのだろうけど……でも、何もしないのに与えられても、ありがたさを理解できないと思う」


 シノブは幾分の自戒を込めつつ、アミィに語りかけた。

 アムテリアから様々な神具を授かり、助言を受けている自分である。その自分が、何もしないのに与えられても、などと言うのはどうか、と思ったのだ。

 もちろん、シノブは授かった諸々に相応しいだけのことを成し遂げようとはしている。シャルロットを支えたい、彼女の側にいたいという思いから始まった貴族生活だが、それに甘んじてはいないつもりだ。

 授かった物、得た地位、知り合った人物。それらを活かして少しでも世の中に貢献したい。シノブは、そのように思っていたのだ。


「シノブ様……」


 アミィはシノブの内心を察したのだろう、どこか大人びた表情で彼を見上げる。彼女の外見は十歳くらいということもあり、普段は可愛らしさが先に立っているが、こんなときの顔は長い年月を生きた眷属に相応しい何かが宿っている。


──シノブ様、全員配置に就きましたが?──


──ホリィ、ごめん。こっちも終わった。今行くよ──


 シノブは、ホリィの思念に苦笑しつつ答えた。どうやら、予定以上に時間を使ってしまったようだ。アルマン王国の現状や、人々の思い。それらがシノブとアミィに時を忘れさせたのだ。

 密やかな笑みを交わした二人は、再び幻影魔術で姿を消す。そして彼らは帝国の残党の謎を探るべく、外へと走り出していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 倉庫には、巨大な地下室が存在した。外見は何の変哲も無い建物であったが、地下には敷地全体に匹敵する広い部屋があり、そこには旧帝都の地下で見た一種独特な幾何学的模様が刻まれた床が広がっていた。そう、シノブ達の予想通り転移装置が存在したのだ。

 そして転移装置を守るためか、地下室には竜人の一種である翼魔人(よくまじん)が大勢控えていた。彼らは、魔道具の鎧を身に(まと)った禍々しい姿である。


「グオァ!」


 その鎧を着けた翼魔人の一体が、シノブやアミィに向かって飛翔した。

 高い天井を活かして中空に舞い上がった翼魔人は、手の平から炎を幾つも放ちつつ突進してくる。しかし異形の突撃がシノブ達に届くことはなかった。


──うるさいなぁ~──


 翼魔人を(さえぎ)ったのは、姿を消したシャンジーであった。彼は光翔虎の得意技である姿消しを使ったまま、魔力障壁で翼魔人を封じたのだ。


──実体を見せずに忍び寄るのが光翔虎の真骨頂~──


──そうだけど、戦いの最中に無駄口を叩かない!──


 メイニーは、得意げな弟分を(たしな)める。その彼女も同じように姿を消して翼魔人を制圧しているから、姿は見えないままだ。

 翼魔人が身に着けている鎧には、各種魔術への抵抗力向上や魔力の隠蔽など厄介な効果がある。どうも、装着者の魔力を隠す機能が、外部からの魔力波動を遮断する効果を持っているらしい。そのため、鎧を着けた翼魔人には催眠などは効かない。

 翼魔人を倒すだけなら、強力な攻撃魔術を使うなり、光翔虎の圧倒的な身体能力で傷を負わせるなりすれば良い。しかし彼らは元々人間で、しかも望んで異形になったわけではない。そのため、鎧を外すか機能を封じて元に戻す必要がある。


「はあっ!」


「えいっ!」


 シノブとアミィは、それぞれの剣で動きを封じられた翼魔人を攻撃する。シノブは光の大剣、そしてアミィはガルゴン王国の聖人が使っていた炎の細剣(レイピア)だ。

 二人の剣が魔道鎧に()まっている『魔力の宝玉』を貫くと、今まで隠蔽されていた翼魔人の魔力波動が周囲に放出される。『魔力の宝玉』の破壊で鎧の機能が失われたのだ。

 アミィの調査で、鎧を無力化するには『魔力の宝玉』の破壊をすれば良いと分かった。そのためシノブ達は、以前のように鎧全てを切り裂かずに済んでいる。

 そのため大勢を相手にしていても、シノブ達は充分な余裕を保っていた。


 今、シノブとアミィは光翔虎達が封じた翼魔人の下を回っている。バージやパーフなど親世代も合わせ六頭の光翔虎が翼魔人と戦い押さえつけ、シノブ達が鎧を無効化するのだ。

 なお、今回はグレゴマンなど帝国の残党の本拠地かもしれないということもあり、アルマン王国に忍び込んでいた光翔虎や金鵄(きんし)族の全てが作戦に加わっている。そのためシノブやアミィは魔道鎧の対処に専念している。


──ミリィ殿、次はこちらを頼む──


──こちらもお願いします──


 メイニーの父のダージと母のシューフは、鎧の機能を封じられた翼魔人を一体ずつミリィの下に運んでくる。これから、ミリィが持つ治癒の杖で人間へと戻すのだ。


「ガアァ! グォア!」


 魔力で縛られた翼魔人達は暴れている。しかし、ダージとシューフの拘束は非常に強力で逃れることは出来ず、そのままミリィの前に降ろされた。


「はいはい~!」


 今日のミリィは、人族の少女の姿であった。金鵄(きんし)族の本来の姿は青い鷹だが、それでは杖を使うことは出来ない。そのため人に変じたのだろう。


「大神アムテリア様の(しもべ)が願い奉る~! この哀れな異形を~、元の姿に戻し給え~!」


 ミリィは可愛らしく体を(ひるがえ)した後に、ダージ達が運んできた翼魔人に杖を向けた。すると、杖の先端の七色に(きら)めく宝玉から虹のような光が放たれる。


 聖なる光を浴びた翼魔人達は、それぞれ中年男性と少し若い女性に変じた。

 ダージとシューフは事前に翼魔人から兜を剥ぎ取っていたため、二人の顔は顕わになっている。性別は異なるが、どちらも文官か魔道具技師のような線の細そうな顔だ。


「やっぱり魔力が多いわね」


 倒れ伏した男女から鎧を剥ぎ取り、代わりに服を着せているのはマリィである。こちらもミリィと同じく金髪碧眼の少女だ。やはり、服を着せるには人間の姿が都合良いからだろう。

 なお、ホリィの姿は地下室には無かった。彼女は防音のため外で風の障壁を形成しているのだ。


「魔力が多い方が色々出来るみたいですし~」


 ミリィが言うように、翼魔人としての能力は元となる人間の魔力などに左右されるらしい。

 魔道具の開発に(たずさ)わっていた翼魔人は、元に戻っても魔力が高かった。もちろん魔道具技師や開発者としての能力も必要なのだが、それに加えて一定以上の魔力を持たないと、異形となった後の思考能力が低下するようだ。


「そうね。魔力が少ない人がなった翼魔人は、護衛や見張りしか出来ないらしいわね……」


「そうですね~。きちんと戻るから良かったですけど~」


 ミリィが言うように、人の姿に戻った者は本来の記憶や知能を回復していた。それは彼らにとって、そしてシノブ達にとって大きな朗報である。


──ミリィ殿、お願いします~──


──ミリィさん、私も──


 今度は、シャンジーとメイニーだ。戦いは順調で、既に翼魔人の半数を人間に戻している。そのため、二頭の思念も落ち着いたものだ。


「はい~。魔法少女ミリィちゃんにお任せです~」


 治癒の杖は、子供が手に持っても邪魔にならない程度の短さで、造形も女の子が持つに相応しい可愛らしいものだ。杖自体は薄く桃色がかった光沢のある金属で、そこに七色の宝玉に(きら)めく飾りの環が付いている。

 そんな微笑ましさが漂う杖は、十歳になるかならないかといった外見のミリィに良く似合っている。しかし、自分で『魔法少女』などと言うのはどうだろうか。


「貴女ね……どちらかというと、私達は補助する役じゃない?」


 ミリィほどではないが、マリィも多少は地球の文化を知っているようだ。彼女は、苦笑と共にミリィに答える。


 アムテリアや従属神達は、今でも地球を観察し、世界を発展させるための参考にしているらしい。もっとも、過去の自分達が愛したものを懐かしんだり地球出身の神々と交流したり、世界育成のためだけでもないらしいが。

 いずれにせよ、シノブが迷い込んだ神域などを維持しているのは、そういう目的かららしい。そして眷属達も神々と共に、地球の様子を見ることがあるようだ。もっとも、ミリィほど詳しい者は稀らしい。もしかすると彼女は、神々の側仕えとしてだけではなく、密かに一人で地球を覗いていたのかもしれない。


「マリィはその方が良いですね~。魔法少女ミリィちゃんのお目付け役です~。……さあ行きますよ~、大神アムテリア様の~」


 ミリィは、再び杖を振り(かざ)す。そして彼女は愛らしい舞いと共にアムテリアへの祈りを捧げ始めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 翼魔人達を倒し終えると、アミィは早速転移装置を調べ始めた。ここが、どこと繋がっているか確かめるためだ。


「やっぱり、ここが帝国の地下神殿と繋がっていた場所です」


 アミィは立ち上がってシノブへと顔を向ける。いつも明るい彼女だが、今は鋭い表情である。


 床に描かれている大きな円は、やはり旧帝都との転移装置だった。アミィによれば、転移装置には旧帝都と対になる魔法回路が組み込まれており、間違いないらしい。


「裏付けとなる記録もありました。ここが本拠地で確定ですな」


「日誌に走り書き……どちらも決戦の直前まで行き来していたと示しています」


 こちらはアルバーノとファルージュだ。アルマン王国への潜入経験がある彼らは、戦いの後シェロノワから魔法の家で転移して来たのだ。もちろん、彼ら二人だけではなく、その部下達も広い地下室のあちこちに散り、調査をしている。

 帝国の秘事に触れたためか、二人は重々しい口調である。まだ若いファルージュはもちろんのこと、アルバーノの声音(こわね)からも普段の陽気さは薄れている。


「そうか……」


 三人の報告を受けたシノブは、これまで知りえたことに思いを馳せる。


 室内には、ベーリンゲン帝国から取り寄せるべき品々を書いたメモや、皇帝への報告の元となったであろう記録が残されていた。それらによると、この転移装置が設置されたのは昨年の夏頃であったと思われる。

 どうやら、昨年の夏頃までに転移装置の構築に必要な部品などが運び込まれ、その後グレゴマン達がやって来たらしい。それまでは、メリエンヌ王国の王領を経由して海に出てアルマン王国に渡っていたようだ。


「帝国の間者がアルマン王国に渡ったのは、何年も前からのようだね……でも、これも特殊な装置が必要なのか……」


 記録の一つを手に取ったシノブは、顔を曇らせ言葉を濁した。

 転移装置の稼動に時間が掛かったのは、大きな魔力を封じた特殊な部品、いわば転移装置専用の『魔力の宝玉』が必要だったからだ。しかも、これは魔力というより人の命そのものを犠牲にするものであったようだ。どうやら、皇帝に処刑されて消え去った筈の者達が、それに当てられたらしい。


 先代アシャール公爵ベランジェの旧帝都での調査も、それを暗示していた。しかし、そちらは帝都決戦の直前にでも証拠が破棄されたらしい。ベランジェによれば、極秘の製造工場らしき施設も、燃やし尽くされていたという。


 だが、ここにはベランジェの推測を裏付けるものが幾つか残されていた。

 それによれば、異形と化した大将軍ヴォルハルトや将軍シュタール以外にも、ある程度は異能を得た者がいたらしい。だが、彼らは戦いに使えるほどではなかったのか、それとも魔道装置の製造が優先されたのか、一種の人柱となったようだ。


「酷いです……」


「本当ね」


 ミリィは、いつもののんびりとした口調ではなく、表情も悄然としたものとなっていた。彼女に応じたマリィも沈鬱な顔である。


「そうだね。たぶん、多くの人が犠牲になったんだろう。かなり成功率が低いみたいだから……」


 シノブの言うように、転移装置の完成が遅れたのは適合する者が少なかったからであった。流石にヴォルハルト達の超人化ほどではないが、この部品も上手くいくのは百人に一人くらい、しかも転移装置にはそれが幾つも必要であった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「閣下、過去ではなく未来ですよ!」


 威勢の良い声を上げたのはアルバーノだ。彼は、シノブに向かって一歩進み出る。


「確かに帝国は多くの者を犠牲にしました。私の戦友のピディオとディーノ……それにアルノー殿の同僚ビエリック殿も……。

ですが、閣下は私やアルノー殿を助けて下さいました! オットー殿やクラウス殿も! なあ、皆!」


 アルバーノは、シノブに穏やかな口調で語り始めた。だが、その声は徐々に力強くなっていく。

 そして彼は、最後に自分と一緒に来た軍人達、かつては帝国の戦闘奴隷であった者達へと振り向き呼びかけた。


「そうですとも、閣下!」


「私達は閣下に助けていただきました! 間に合った者も沢山いるのです!」


 つい先日まで『隷属の首輪』で縛られていた獣人、オットーやクラウス達は力強い声音(こわね)で応じた。彼らの瞳には今ここにあることと、これからを己の意思で歩めることへの喜びが宿っている。


「皆……」


「閣下、過去は過去です。しかしアルノー殿のように新たな幸せを(つか)み、共に歩む方と出会えた人がいるのです」


 沢山の熱い視線に言葉を詰まらせたシノブに、アルバーノは微笑みかけた。それは、シノブの倍ほどもの時を生きた彼だからこその笑みと言葉であった。

 アルノー・ラヴランは、二十年も戦闘奴隷として囚われ酷使された。しかし彼は、姉やその家族と再会し、更にアデージュという伴侶を得た。彼は、長い苦難を乗り越えて数々の幸せを手にしたのだ。

 これらはフライユ伯爵領軍なら誰でも知っていることだ。しかし同じく二十年間を戦闘奴隷として生きたアルバーノの言葉だけに、シノブの心に深く響いた。


「ああ……その通りだ。過去を嘆いている場合じゃない。新たな悲劇を起こさないために進むべきだ。それに、グレゴマンの本拠地はこれで終わりだ。奴は西にいるようだが、もう帰るところは無い。俺達は一歩進んだんだ。それを喜ぶべきだね」


「そうです! シノブ様の、そして皆さんの力で、アルマン王国の不幸は減った筈です!」


 シノブに続いたのはアミィだ。彼女はシノブを勇気付けるような優しい笑顔と共に、アルマン王国の災いの種を()んだのだと語る。


「そうだね……ところでアルバーノ、君は新たな幸せを(つか)まないのかな? 帝国から解放された人達は、それぞれの家庭を作り始めているみたいだけど?」


「そ、それはですね……」


 シノブの冗談交じりの問いかけに、アルバーノは動揺したらしい。彼は赤面しつつ言葉を濁す。そんな彼に、周囲の軍人達は笑いを(こぼ)している。どうやら、アルバーノが独身を謳歌しているのは、仲間達の間でも有名らしい。


「まあ、いいさ。でもアルバーノ、君の幸せを待っている者もいると思うよ。何しろ、ここにも一人いるんだから」


「ありがとうございます……では、閣下のご要望に答えるためにも、さっさとアルマン王国の問題を片付けましょう。こんな辛気臭い地下室は、もう良いですよ。閣下のお力でぶっ壊してください」


 シノブが微笑みかけると、アルバーノは暫し言葉を詰まらせた。しかし彼は、感傷を振り切るように明るい調子で後を続ける。


「ああ……西のことも心配だからね」


 シノブは、アルマン王国の王族達が西の都市に送られるらしいという噂話を思い浮かべた。

 王族達の動向を広く周知しているのは、総統ジェリール・マクドロンが支配者となったことを示しているだけなのだろうか。それとも、自分達を誘き寄せる罠なのだろうか。それは今のシノブには、判然としない。

 だが、いずれにしても西に行かなくてはならない。それに、罠なら罠で食い破るまでだ。恐れることは無い。これだけ多くの仲間がいるのだから。シノブの胸の内にそんな思いが湧き上がる。


「それじゃ、始めるよ」


 決意に燃えるシノブは力強い足取りで前に進み出る。そして彼は魔術で転移装置を解体していく。

 シノブが手を(かざ)すと床に敷かれた石が剥がれ、その中から魔道装置を構成していた部品が飛び出してくる。そして数々の部品は魔力蓄積の結晶やミスリルなどの素材に分解され、更に細かい粒子に変じていった。


「おお……」


「シノブ様、それはどうするのですか?」


 光り輝く粒が舞う光景に軍人達が感嘆の声を上げる中、アミィがシノブに尋ねかける。彼女は、シノブが単に装置を破壊するだけではなく、塵といえるほど細かく砕いたことを不思議に思ったようだ。


「これは、旧帝国領に持っていくよ。この中には、帝国の人達の魂が宿っている気がするんだ」


 魔道装置は、数々の帝国人の犠牲により完成したようだ。ならば、彼らの遺灰とでもいうべきこれらは、故地に帰すべきだろう。シノブは、そう思ったのだ。


「はい!」


 シノブの言葉に、アミィは力強く同意する。そして彼女は大きな球となった塵の集まりに祈りを捧げ始めた。更にマリィやミリィ、アルバーノなど軍人達、それに六頭の光翔虎もアミィに倣う。

 非業の最期を遂げた彼らのためにも、グレゴマンを倒す。そんなシノブの決意を応援するかのように、宙に舞う粒子は微かな、そして柔らかな光を放っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年2月19日17時の更新となります。


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