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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
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15.29 希望の灯を掲げて

 シノブ達が造った学校メリエンヌ学園には、名前の通りメリエンヌ王国が設立や運営に大きく関わっている。何しろ校長が先代シュラール公爵リュクペールだ。それに、教員や運営関係者にもメリエンヌ王国の文官や武官が多数参加している。

 しかし、学校の設備自体はシノブが提供したものだ。校舎はアムテリアから授かった神具、魔法の学校なのだ。


 魔法の学校は、魔法の家と同様にカード状に変えることも可能な神具である。しかも本館は両翼合わせておよそ200m、しかも五階建ての建物で、更に教員棟や研究棟、寮として使う宿泊棟まで付属した一大設備だ。

 もちろん、そんなものを製造できる魔道具技師は存在しないから、多くの者には詳細を伏せたままだ。もっとも一瞬にして出現した学校が並の代物ではないことは、誰もが察しているだろう。

 それに、内装も普通ではない。各棟は魔法の家と同様に魔力による灯りやエアコン、水道やトイレを完備している。しかも、食堂の調理場には魔力冷蔵庫や魔力コンロ、宿泊棟には風呂まで存在する。これを普通の設備と思う者など、エウレア地方には存在しないに違いない。

 そのためシノブ達と共に来たアルマン王国の女性達も、激しい驚きに見舞われたようである。


「まるで王宮……いえ、それ以上です!」


 校舎に入ったアルマン王国の王女アデレシアは、呆然(ぼうぜん)とした様子で立ち尽くしている。だが、それも無理はない。まだ肌寒い外とは違い、本館のエントランスは暖かな空気に満ちていたからだ。


 エウレア地方の王宮や貴族の館では、光源に灯りの魔道具を使うのは珍しくない。現に、シノブが行ったアルマン王国の王宮『金剛宮』でも、室内の照明は魔道具であった。

 しかし、空調は別だ。シノブも、魔法の家と魔法の学校以外でエアコンを見たことはない。

 もちろん、エウレア地方の建物にも暖房は存在する。一般の家庭では薪などで暖を取るし、裕福な家なら火属性の魔道具による暖房器具も置いている。だが、それらは必要なときに部屋を暖める程度であり、ここのように廊下まで適温に保ってはいない。


 アデレシアは、飾り気の少ないエントランスを見回している。どうやら、暖房の魔道具を探しているようだ。だが、室内にはそれらしきものは見当たらない。そのためだろう、彼女は不思議そうな顔をしている。

 そんな王女を、シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌは微笑みと共に見守っている。彼女達は、自分が初めて魔法の家を見たときの事を思い出しているのだろう。三人からは、何かを懐かしむような温かな雰囲気が感じられる。

 一方、シノブは密かにアミィと苦笑を交わしていた。もしアデレシアから暖房の詳細を訊かれたらどう答えようかと思ったからだ。


「これだけの広さを……」


 王女の警護責任者である女騎士エメラインも、驚きの表情で周囲を見回している。灯りの魔道具で照らされているため、館内は非常に明るかった。そのため、真っ直ぐ続く廊下の端まで良く見える。


 魔法の学校は『メリエンヌ古典様式』に則った建物であり、各館は左右対称に造られている。したがって、エントランスからは左右に100m近い廊下が続いている。つまり、その全体に暖房が入っているわけだ。

 その全てを廊下まで暖めるとなると、一体どれだけの魔道具が必要なのだろうか。そして、それらに供給する魔力は如何(いか)ほどか。エメラインは、そう思ったに違いない。


「北の高地は魔力が濃いのですよ」


 案内役のリュクペールは好々爺(こうこうや)というべき表情をアデレシア達に向ける。しかし彼の言葉は対外的に(こしら)えたもので、真実ではない。

 魔法の家や魔法の学校は外部の魔力の濃さと関係なく機能するが、これは神具(ゆえ)である。そこで他より濃い魔力があるから、と説明することにしたのだ。


「そうなのですか……元々魔獣の領域なのでしたね」


 アデレシアは顔をエントランスの大きな窓に向けた。そこには、磐船を抱えて飛び立つ岩竜ヨルムや炎竜イジェの姿があった。

 二頭はマリエッタに雪を見せるために北のリソルピレン山脈の山頂近くから新雪を運んできた。しかし彼女達は、再び子供達と狩りに行くらしい。


「さあ、授業の様子をご説明しましょう。まずは幼年部からにしますかな……」


 リュクペールは、立ち止まったままのアデレシア達に先を促した。もしかすると、あまり細かいことを尋ねられても困ると思ったのかもしれない。


「は、はい! お願いします!」


 幸い、アデレシア達は暖房の仕組みを問うことはなかった。

 現在アルマン王国とメリエンヌ王国は対立しているのだ。そのため、シノブ達が秘すべき技術を教えることはないと思ったのかもしれない。

 いくらシノブ達が友好的に接しているといっても、それに甘えないアデレシアは、やはり一国の王女に相応しい教育を受けているのだろう。シノブは、リュクペールの案内で中に進むアルマン王国の王女の姿を見ながら、そんなことを考えていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、それぞれ高い身分を持つだけあって一人だけで行動することは殆どない。しかし今日は微行ということにし、シノブの従者はアミィだけに留めていた。

 逆に、お付きが多いのは懐妊中のシャルロットだ。彼女は側付きの女騎士として、マリエッタと彼女の三人の学友フランチェーラ、ロセレッタ、シエラニアを連れている。

 メリエンヌ王国の王女であるセレスティーヌも同様だ。彼女の側には女騎士のシヴリーヌとデニエ、それに二人の侍女がいる。

 一方、今日のミュリエルは珍しく大人の侍女、しかも既婚者で子供もいる年長の者達を伴っていた。ミュリエルは、とある理由で彼女達を連れて来たのだ。


「あっ、お母さま!」


「ジェレッサ!」


 シノブ達が教室に入ると、席に着いていた少女が振り向き嬉しげな声を上げた。そして、隣の少女がそれを(たしな)める。

 そう、ミュリエルが連れてきたのは、幼年部で学ぶ子供の母達だったのだ。ミュリエルの側に上がった少女達は、同年齢か年下の者達ばかりだ。そのため、新設された学校にも時々通っている。


 現在、メリエンヌ学園には大きく分けて幼年部、初級部、上級部の三つが存在した。幼年部は十歳未満が対象で、初級部と上級部は主に十歳から十四歳までが学ぶ場だ。なお、初級部と上級部は能力で分けたもので、基本的には年齢と関係ない。

 シノブは当初、日本同様の年齢別の教育を考えていた。しかし学校の設立が急なこともあり、そこまで細分化した教育体制とはなっていなかったのだ。


 そのため教室にいる子供も、年齢はまちまちであった。まずミュリエルの側仕えだと、ジェレッサが五歳で彼女に声を掛けたヴィエンヌが七歳、同じく七歳のミシェル、六歳のヴァネット、五歳のロカレナだ。

 他にシノブが知っているところだと、旧帝都から来た二人の少年オスヴァルトが五歳でジルムントが四歳である。彼らは、それぞれシャルロットの側仕えの少女マリアローゼとマヌエラの弟達だ。


「ジェレッサ……」


 頬を染めて(うつむ)いたのはエルミーヌ・ラシュレー、つまりジェレッサの母である。彼女は、ミュリエルの侍女として同行していたのだ。


「気にしないで。元気で良いじゃないか」


 シノブは、エルミーヌに柔らかな笑みと共に語りかける。そのためだろう、ミュリエルの後ろに控えていた侍女達の顔が綻んだ。


「……静かに。では、授業を続けます」


 正面にいた教員は、シノブ達に軽く頭を下げた後、ざわめく子供達に言葉を掛けた。彼女は、どうやら神官らしい。質素な白い衣を(まと)った人族の若い女性である。


「大神アムテリア様は世界をお創りになった後、暫くの間は従属神様や眷属様と共に、我々人間を教え導きました。言葉や文字、それに生きていくために必要な様々なことを授けて下さったのです。

しかし神々は、人間達が自分で生活できるようになると、地上を去りました」


 神官だけに、授業の内容は神学らしい。もっとも、幼い子供達が相手ということもあり、内容自体は簡単なものだ。

 年長の子供達は知っている内容なのだろう、シノブ達が入ってくるまで、彼らは少しばかり退屈そうにしていた。しかし、今の彼らの顔には緊張が滲んでいる。校長のリュクペールやシノブ達が見学しているから当然である。


「どうしてですか?」


 そんな中、落ち着いて教員に尋ねた少女がいる。ガルゴン王国から来たロカレナだ。

 彼女は異国人で、しかも伯爵の嫡男の娘である。そのため、突然現れたメリエンヌ王国の貴人達にも動じていないようだ。


「神々は、自身の力で歩むようにと仰せです。そのため、地上には極力介入しないのですよ。

大神アムテリア様や従属神様は神界から見守ってくださいます。それに、眷属様は私達のことを神々に伝えるために地上へ訪れることもあります。ですが、神々は全てを示して下さるわけではありません。それは、決して良いことばかりではないのです。

皆さんも、私達から色々なことを教わるでしょう。ですが、いつかは独り立ちしなくてはなりません。守ってくれるものに甘えているだけでは、いけないのですよ」


 更に女性神官は、例え話などを用いながら幼い子供に理解できるように説明していく。そのため、子供達にも充分伝わっているようだ。


「聖人様が地上を去ったのも同じなのでしょうか?」


 今度は、ヴィエンヌが問いかける。彼女は七歳だが、その口調は幾つか歳上に感じるほど、しっかりとしている。彼女もそうだが、ここには貴族や騎士、従士の子供が多い。そのためか、(いず)れもシノブが知る日本の子供達より、随分と成熟しているようである。


「はい。建国期には、ここメリエンヌ王国に聖人ミステル・ラマール様、そして各国にもそれぞれの聖人様が降臨されました。しかし聖人様達は、お役目を果たすと地上を去りました。

聖人様のご助力により、この地の争いは減り各国に平和が訪れました。ですが、いつまでも聖人様が助けていては、人々のためにはならないのです。

あの頃は大きな災いが近づいていたと言います。ですから、それを避けるために聖人様のお力が必要だったのでしょう。

とはいえ、聖人様がずっと地上にいらっしゃったら……皆さんも、ずっとお父さんやお母さんが助けてくれたら嬉しいでしょう。ですが、それでは大人になれません。それと同じです」


 女性神官の言葉に、シノブは思わず頷いた。

 アムテリアなら、地上の災厄を減らし、あるいは事前に回避することも可能だろう。しかし、それでは地上の者はアムテリアに生かされているだけだ。まるで飼育箱の中の虫のような何の苦労も知らず生きていくだけの存在は、人とは言えないだろう。


 アムテリアなど神々の目的は世界を育て上げることだという。この場合の世界とは、彼女が管轄する太陽系、具体的には生き物が住むこの惑星のことだ。

 地球には多くの神霊がおり、アムテリアもその一柱であった。そして、その神霊達の多くは地球から離れ新たな地に行ったという。彼らはアムテリアのように新たな地に赴き、そこに栄えを(もたら)そうとしているらしい。

 しかし、神々は永遠に世界を育てるわけではない。ある一定の段階になったら、その地の者達に後を任せ、次の地に向かう。それが彼らの在り方であり、存在意義なのだろう。


 シノブはアムテリアから多くの助力を得ている。しかし、それらは無制限に享受すべきものではない。それに自身も神々に倣うべきではないか。地上の者として生きるとしても自身が全てを動かすようなことは避けるべきだし、超常の存在になるのであれば神々の定めに従うべきだ。シノブは、そう感じていた。

 もちろん、シノブは地上の者として在りたい。そう思った彼は、隣に立つ妻の手を、そっと握りしめる。するとシャルロットは、僅かに微笑みを浮かべつつ優しくシノブの手を握り返した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シャルロットと寄り添いながらシノブが様々なことに思いを巡らしている間にも、授業は進んでいた。

 どうやら幼年部では、時間ごとに何を教えると明確に定めているわけではなく、このように教員が諸々のことを語り、それに子供達が問う形式で進んでいくらしい。そのため子供達は、思い思いに女性神官に質問していく。


「私達の国は、神様に全てを捧げるように、と言っていました。それは、間違いだったのですか?」


 幼い少年の言葉を耳にしたシノブは、僅かに表情を変えた。彼は、ベーリンゲン帝国の宰相メッテルヴィッツ侯爵の孫で、シャルロットの側仕えとなったマリアローゼの弟オスヴァルトだ。

 姉と同じく濃いブロンドに碧の瞳の少年は、五歳とは思えないほど、しっかりとした口調である。宰相の直系だから、小さな頃から高度な教育が施されているのかもしれない。


「神々は、地上の者に献身を望みません。それに支配も。神々は、力を持つ者に全てを捧げるのではなく、それぞれがそれぞれらしく生きるようにと望んでいるのです」


「でも、僕達の国は……」


 帝国から来たもう一人の少年、ジルムントは悲しそうな顔で呟いた。彼はまだ四歳だが、それでも自分達の国がどんな体制だったか(おぼろ)げながら理解しているようだ。


「そうですね。でも、間違いは正すことが出来るのです。貴方もここで、種族の違いなど関係ないと学んだでしょう?」


「はい!」


 神官の優しい言葉に、ジルムントは明るい表情となる。彼だけではなく、オスヴァルトもだ。

 この教室には、狐の獣人ミシェルや虎の獣人ロカレナもいる。それに、ドワーフの子やエルフの子までいた。人族に獣人族、ドワーフにエルフ。四種族が仲良く学ぶ場だけに、彼らも過去の自国の教えが間違っていたと心から理解できたのだろう。


「皆さんは、希望の灯です。そして皆さんが学ぶことも。世の中に出たら、ここで学んだことを、希望の灯を掲げて歩んでください。まだまだ先のことですが、その日を楽しみにしています」


 どうやら区切りの時間となったようだ。校内に鐘の音が響く。それを聞いた女性神官は、最後に優しい笑顔と共に子供達に温かな言葉を掛ける。


「はい!」


「……起立! 礼!」


 子供達が神官に笑顔で応え、ヴィエンヌが号令を掛ける。その光景に、シノブは思わず拍手を送っていた。もちろん、彼以外もだ。

 アミィにシャルロット、ミュリエルやセレスティーヌ。それにリュクペールにマリエッタ達に、子供の母である侍女達も笑顔で賞賛している。女性の中には、瞳を潤ませている者も多い。

 アデレシアを始めとするアルマン王国の者達も、感動の面持ちで拍手をしている。国や種族の違いを越えて融和を目指す。それは、祖国を政変により脱した彼女達の胸に深く響いたのだろう。


「……ありがとうございます」


 女性神官は、少し照れたような表情で頭を下げた。

 その姿を見たシノブ達は、はにかむ若い神官に再び万雷の拍手を送る。しかも、今度は子供達も加わっている。彼らは何故(なぜ)大人達が拍手しているかまでは理解していないだろう。しかし、シノブ達の様子に自身も何かすべきと思ったらしい。

 無邪気で可愛らしい子供達。様々な場所から来た様々な種族の少年少女。シノブは幼く無垢な笑顔を見ながら、彼らに示された希望を現実にしようと密かに誓っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、初級部や上級部の教室も覗いていった。こちらは、世間なら見習いとして現場で学ぶ年齢であり、教えていたことも様々だ。


 例えば、文官としての勉強をする者は、政治をメリエンヌ王国の事例を元に学んでいた。

 この地方の国々では、政治や司法は慣習や判例に基づくものであり、まだ法治主義というには遠かった。多くの国が強力な王権による政治を敷いており、言うならば絶対君主制というべき状態だ。

 そのため学んでいる内容も、シノブが知るものとは随分異なっている。要するに、過去の事例や神々の教え、そういったものが規範や理念として語られ、それに適した対処をするにはどうすべきか、というものだ。


 同様に、武官の授業でも事例を元に語るものが多かった。シノブにとって面映かったのは、彼の戦いも既に事例の一つとなっていたことだ。岩竜ガンドとの戦い、ガルック平原での戦い、その後の帝国との戦いなどである。

 もちろん、それらはシノブの超人的な魔力や身体能力に基づくものであり、常人の真似できるものではない。したがって、戦略や戦術という意味では活用できる部分は少ない。

 しかし教員や学生にとっては、エウレア地方を大きく変えメリエンヌ王国に平和を(もたら)した歴史的戦いの数々だ。したがって、それらから学べるものがあれば少しでも、ということなのだろう。


 それとは別に、シノブにとって馴染みのあるものもあった。商業や新技術などに関する実学的な授業である。だが、これらもシノブとしては気恥ずかしさを伴うものであった。真面目な顔で『アマノ式伝達法』による流通の効率化を論じたり、蒸気機関などシノブが関与した新技術を語り合ったりしていたからだ。

 政治はともかく、軍事や商業、工業などはシノブが直接関わったりアイディアを出したりしたものが多い。そのためシノブに一言を、という教員もいた。そこで幾つかの教室では、多少の講義めいたことまでしたシノブである。


「素晴らしいです! とても感動しました!」


 アルマン王国の王女アデレシアは、言葉通り感激を顕わにしていた。

 彼女は頬を上気させ、青い瞳を輝かせている。それに言葉につれて揺れる美しい赤毛も、灯りの魔道具の光を反射して(きら)めいている。よほど、この学校で見たものに驚嘆したのだろう。


 シノブ達は、昼食のため学校の食堂に移動していた。まだ昼には少々早いが、学生達で混む前に食事しようと校長のリュクペールが提案したのだ。彼らの前には学生向けの定食が並んでいる。


「驚くのはわかる。でも、ここではそれが自然な姿」


 アデレシアに応じたのは、向かい側に座ったエディオラだ。マリエッタが来たと聞きつけた彼女は、研究を中断して合流したのだ。


「そうじゃの! (わらわ)も空いた時間で学ばせてもらっているが、とても楽しいのじゃ!」


 マリエッタは、満面の笑みでエディオラに続いた。

 カンビーニ王国の公女であるマリエッタと、ガルゴン王国の王女のエディオラは、ある意味似たような立ち位置だ。そのためマリエッタは、エディオラと随分親しくなったらしい。

 最初はエディオラが一方的に構っていたようだが、この頃はマリエッタから寄っていくことも多い。現に今日も、マリエッタからエディオラの隣に座っていた。


「私も、こちらで勉強したいです。ルシール先生もいますから」


「そうですわね……」


 こちらは、アデレシアの左右に座るミュリエルとセレスティーヌだ。二人は、少しばかりエディオラやマリエッタが羨ましいようだ。


 エディオラは学校の研究所が職場だし、マリエッタは留学という名目がある上にエディオラと親しいから学校に行くことも多かった。

 それに対しミュリエルの勉強はシェロノワの館で行われ、学校に赴くことはない。つまり、旧来通りに教える方が通う形である。

 セレスティーヌはといえば、昨年末に成人を迎えており学校で学ぶ年齢ではない。研究に進むか教職に就くのでなければ、学校に用は無いのだ。それに彼女は、特別巡見使という役目を持っている。これは彼女をシノブの側に置くための理由付けであるが、かといって(ないがし)ろにするわけにはいかない。


「そうです、殿下も一緒に学んでみては?」


 エディオラの隣から、リュクペールが冗談めかした口調でアデレシアに留学を勧める。しかし、案外彼は本気で異国の王女を誘っているのかもしれない。

 アデレシアが、いつまでシノブ達の側にいるかは不明瞭だ。しかし現在交戦中の国の王女がシノブの側に長逗留するとなると、少々問題かもしれない。シノブはメリエンヌ王国、いや、戦いに加わる周辺各国も含めた諸国の中心的人物となってきたからだ。

 リュクペールも、シノブがアデレシアに興味を示したわけではないと察しているようだ。とはいえ、アデレシアの側はどうであろうか。今は危機から救出してくれたことに対する感謝が先に立っているようだが、それが本格的な思慕に繋がることはないだろうか。彼は、それを案じたのかもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「それも良いかもね」


「はい」


 隣のテーブルで、シノブはシャルロットに(ささや)いていた。寄り添い座る二人は、同じような笑顔を浮かべている。


 実は、シノブはアデレシアと少し距離を置くようにしている。リュクペールのように、彼とアデレシアの仲を気にする者が少なからずいるからだ。シノブとシャルロット、それにアミィがアデレシア達とは別のテーブルにいるのは、そのためだ。


 もっともシノブとしては、今日はシャルロットと共にありたい、と思っていた。そのため、ある意味好都合ではあった。

 それに、定食のようなメニューを学校の付属施設らしい簡素なテーブルで味わうのは、何となく日本で通っていた大学のようでもあり、彼に安らぎを(もたら)していた。そのためだろう、学生向けの簡素な料理にも関わらず、シノブの顔には満足さを伴う穏やかな笑みが浮かんでいた。


「それが良い。アデレシア様は魔力も多い。魔術を学んでも良いし、魔道具の研究に進んでも良い」


 リュクペールに賛同したのは、エディオラである。彼女は魔力感知能力が極めて高い。そのため彼女は、アデレシアの魔力量が飛びぬけていると見抜いたのだろう。


「わ、私が……良いのでしょうか?」


 アデレシアはシノブへと顔を向け、彼の表情を窺う。彼女の顔は、期待と戸惑いの双方が浮かんだ複雑な表情となっていた。

 彼女は、メリエンヌ王国が中心となって設立した学園で、敵対中の国から来た自分が学んで良いかと思ったようだ。確かに、ここで教えていることは最先端の技術を含んでおり、安易に外部に漏らすべきではないだろう。


「歓迎しますよ。殿下、ここで学んだ者達の一部は旧帝国領にも行くのです。彼らは、自国の復興を成し遂げるために学んでいるのです」


 シノブ達が周った教室には、帝国出身の者も多かった。

 以前、帝都決戦の直後にシノブが『大帝殿』の謁見の間に集めた少年少女も多くいる。たとえば、帝国の内務卿ドルゴルーコフ侯爵の孫ヴィクトールだ。もちろん、彼の他にも帝国貴族の息子や娘、騎士や従士、平民の子供もいる。

 彼らは、生きるための力を得るため、そして故地を豊かにするために学んでいる。既に帝国が奉じていた神とは決別してはいるが、故郷への思いは決して無くしていなかったのだ。


「そうなのですか……」


「ええ。世界中の人が仲良くなれたら……私は、そう思うのです」


 シノブは、驚きの表情となったアデレシアに優しく笑いかけた。

 もちろん、公開できない技術もある。例えば、エディオラも研究に加わっている隷属の解除のための魔道具だ。これらの技術は、当然ながら隷属にも転用できるのだ。

 技術には善悪など無いし、使う者次第でどのようにでもなる。魔道具だけではない。魔術も武術も、そして政治や商工業だって、人を救いもするし苦しめもする。

 それ(ゆえ)シノブは、この学校では心についての教育も重視している。優しく豊かな世界を創る。それが子供達に一番伝えたいことだ。少しでも多くの者が笑顔となり、幸せを感じる。それがシノブの望むことなのだ。


「はい! シノブ様のお歌の通りですね!

……私、魔術や魔道具の勉強もしたいですが、音楽の勉強もしたいのです。お父さまは、人を率いることは苦手だったかもしれません……ですが、とても優しい人でした。それに、音楽も好きで……。

国王は、優しさだけでは駄目だと思います。でも、優しくなくても駄目だと思うのです」


 明るく返事をしたアデレシアだが、途中から悲しげな顔になり、声音(こわね)も沈んだものに変わっていた。だが、彼女の表情や言葉には嘆きではなく力強い決意が宿っていた。


 アルマン王国の国王ジェドラーズ五世は、為政者としては失格だったのかもしれない。彼は軍務卿ジェリール・マクドロンの暗躍を見逃し、反逆を許してしまった。

 アルマン王国にいるソニアやホリィ達からの情報によれば、ジェドラーズ五世は不例につき退位したという。現在、国王の座は空位のままで、国家を(まと)めているのは総統となったジェリールである。

 そしてホリィ達は『金剛宮』に複数の『隷属の首飾り』があると言ってきた。ジェドラーズ五世は自身で退位とジェリールの総統就任を宣言し、それには先王や王太子も賛同したという。それらは、彼らが『隷属の首飾り』で操られているからだろう。


 もっともシノブは、そこまで詳しい話をアデレシアにはしていない。そのため、彼女は父が無気力(ゆえ)に退位したとでも思っているのかもしれない。

 しかし、彼女は優しい父を完全には嫌いになれないらしい。おそらく、それが自身や父、そして家族が好きな音楽を志向する言葉に繋がったのだろう。


「殿下……私の故郷には『優しさが無ければ生きるに値しない』という言葉があるのですよ。強くないと生きていけないけど優しさを忘れては駄目だ、と。

人を率いる者なら尚更です。力だけの支配は、もっと強い力に(くつがえ)されます。それを避けるには永遠に強さを求め続けるしかない。ですが誰にも心を許さず力を追い求める生き方に、どんな意味があるのでしょう?」


 シノブは、内心で考えていたことを口にした。

 自分が持つ力はあまりに大きい。それだからこそ、優しさが必要なのでは。心無き力など、誰にとっても災いでしかない。それは、人を傷つけるだけではなく最後には自身も殺める。シノブは、そう思うようになっていたのだ。


「見ていただいた通り、この学校には音楽の授業もあります。伝統の音楽に、シノブが伝えてくれた音楽。アデレシア様なら、新たなものをそこに重ねることが出来るでしょう」


 シノブに続き、シャルロットも微笑みつつアデレシアを励ました。

 メリエンヌ学園では、情操教育や教養の一つとして音楽も教えている。貴族などはダンスもするし演奏に興ずる者も多い。それに、豊かな心を育むには音楽も大切だとシノブは思ったのだ。


「はい! ありがとうございます!」


 アデレシアの瞳に涙が滲む。彼女は、シノブ達が父王を真っ向から否定しなかったことが嬉しかったのだろう。

 シノブは泣き笑いのアデレシアを見ながら、優しく豊かな世界にしたいと改めて感じていた。文弱でも困るが、かといって鉄血も良くはないだろう。どちらか一方に偏ることのない、そんな現実的感覚が為政者には必要なのではないだろうか。

 この学校から、そんな人達が巣立ってほしい。学校は立ち上がったばかりだが、様々な出身や種族の者が学ぶこの場なら、きっと実現できるだろう。そう思ったシノブの顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年2月15日17時の更新となります。


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