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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
345/745

15.25 混迷の気配 後編

 シノブ達がグレゴマンの公館に潜入する数時間前、創世暦1001年4月13日の夕方。日も落ちかけたルシオン海を、一艘のボートが進んでいた。ボートが浮かんでいるのは、アルマン王国とメリエンヌ王国の境となる海域である。


「ようやく着いたか……カティートン司令、貴君には失望したよ」


「外務次官殿のご期待に応えることが出来ず、申し訳ありません」


 海上を進むボートの上で、二人の中年男性が会話していた。一人は不機嫌そうな文官風の男、もう一人はあまり表情が読めない軍人である。対照的な二人だが、どちらも四十代で身分の高そうな上等の服を着ているのは共通している。


 二人が乗っているのは、大海原を航海するには少々頼りない手漕ぎのボートだ。とはいえ、ボートには十名からの漕ぎ手がおり、意外な速さで滑るように海面を進んでいく。しかし、前方や後方の帆船と比べると大きく見劣りするのは事実である。


「全くだ。予定通りなら、今日の昼過ぎにメリエンヌ王国の艦隊と接触できたのだろう? それが、こんな時間に……パリーヴズ、何時かね?」


「17時10分でございます、マクリンズ様」


 文官風の男マクリンズは後ろを振り返り、副官らしき三十代の男性に尋ねかける。すると、問われた男は懐中時計を確認し、丁寧な口調で時刻を答えた。

 仮に昼過ぎに到着する筈が17時になったのなら、大幅な遅延である。マクリンズという男が苛々するのも無理はないだろう。

 それに、マクリンズが焦る理由は他にもある。彼は、アルマン王国が送った軍使なのだ。軍使として気負っているらしいマクリンズは、予想外の遅延に出鼻を挫かれた。そのため、余計に苛立ちが募ったのだろう。


「貴君が海上神殿に寄ろうなどと言わなければ……」


「これが慣例ですから。デューネ様を(おろそ)かにするなど、船乗り達が承服しません」


 恨めしげなマクリンズに、カティートンという軍人は穏やかに答えた。

 海上神殿とは王都アルマックの北東の小島にある神殿で、初代国王ハーヴィリス一世が聖人と出会った聖地でもある。実は、海上神殿こそがアルマン王国最大の聖地であり、代々の大神官も王都ではなく海上神殿で祭祀を務めるのが常であった。

 そして、国を挙げての戦いや国の命運を懸けた交渉事の際は、海上神殿で戦勝や成功を祈願する。したがって、カティートンがこの国難に海上神殿に寄ろうとするのも当然ではあった。


「しかし、時間が掛かりすぎではないか!?

それに東に行ったり西に行ったり……軍務卿の片腕である貴君には期待していたのだがな……このことは戻ったら陛下に伝える。貴君の進言を聞いたばかりに遅れたのだから、当然だろう?」


「ご随意に。マクリンズ次官が軍使なのですから」


 ますます不機嫌そうになったマクリンズに、カティートンは平静な表情を保ったまま言葉を返す。

 二人はどちらも四十代らしいが、カティートンの方が幾らか上のようだ。しかし、マクリンズの方が上位なのか、カティートンが逆らうことはない。


「それなら良い。さて、どうやって説得するか……」


 マクリンズは、眼前に迫るメリエンヌ王国の西方海軍旗艦エリーズ号を見上げながら呟いた。彼の口調からは、それまでの威勢の良さは失せている。それに、表情もどこか不安げだ。


 だが、それも仕方が無いだろう。メリエンヌ王国、ヴォーリ連合国、ガルゴン王国、カンビーニ王国は、彼らアルマン王国がドワーフ達を隷属させ、偽装商船を使って罪もない商船隊を襲っていたと非難している。しかし、アルマン王国の大半にとっては、後者はともかく前者については寝耳に水である。

 隷属に関しては軍務卿達やグレゴマンが密かに進めていたことで、アルマン王国の首脳が意図したものではない。したがって、マクリンズも誤解だと主張するつもりなのだろう。そして偽装商船に関しては、一部軍人の暴走として言い逃れるのだろうか。

 しかし、どちらにせよ相手がアルマン王国の主張を素直に受け入れるとは思えない。そのためだろう、先刻までは権高で口数も多かったマクリンズは、打って変わって黙り込んでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 エリーズ号には、特別に豪奢な司令室が存在する。エリーズ号は西方海軍の旗艦であり、西方海軍を率いるのは元帥であるシュラール公爵ヴァレリーだ。それに、稀ではあるが国王や王太子などが乗艦することもある。

 そのため、広々とした船室は一見すると王宮の中のようですらあった。何しろ、床には寄木細工による模様が描かれ、天井には繊細な絵画まであるのだ。室内には手の込んだ造りのソファーやテーブルが置かれ、微かな揺れがなければここが海上だとは思えないくらいだ。

 しかし、マクリンズにはそれらを鑑賞する余裕はなかっただろう。彼にとっては不幸なことだが、エリーズ号での会談はアルマン王国側にとって厳しい展開となっていたからだ。


「で、ですが! 我が国はドワーフを隷属させたことなど!」


 マクリンズの悲鳴じみた叫びが司令室に響く。

 司令室に入室した者は、軍使であるマクリンズと副官のパリーヴズ、そして艦隊司令のカティートンとお付きの武官達である。もっとも、武官達は後ろに控えるだけで、ソファーに腰掛けたのはマクリンズ、パリーヴズ、カティートンだけだ。


「我々が嘘を言っていると?」


 普段のシュラール公爵は、人当たりの良い穏やかな紳士である。だが、今の彼は海軍元帥に相応しい威厳と鋭さで、マクリンズを糾弾していた。

 とはいえ、シュラール公爵は決して声を荒げるわけではない。彼は徹頭徹尾冷静な口調を保ったままだ。しかし今の彼は青く輝く瞳でマクリンズ達を冷たく見据え、醸し出す空気も相手を突き放すかのような近寄り難いものであった。

 公爵の両脇にはポワズール伯爵アンドレと先代ベルレアン伯爵アンリが座しているが、双方とも口を挟まない。ポワズール伯爵は表情を隠すかのようにティーカップを口元に寄せ、アンリは交渉事など任せたと言わんばかりに、卓上のケーキをフォークで(つつ)いている。


「ど、ドワーフ達については我が国でも調べている最中です。ですから、その結果を待っていただければ、と……」


 やはり、マクリンズは引き延ばしを試みるつもりらしい。

 一日でも時間を稼げば、その間に体勢を整えられると思っているのか、それとも命じられた職務を果たそうとしているだけなのか、彼は自国の調査が終わるまで待ってほしいと繰り返す。


「ふむ……マクリンズ次官はドワーフ達と会ったことがありますかな?」


 シュラール公爵の横から口を挟んだのは、ポワズール伯爵だ。今まで黙って公爵と次官の話を聞いていた彼だが、手にしたティーカップを置いて僅かに身を乗り出した。


「も、もちろんだとも、アンドレ殿! 私も彼らが参内したときに同席したのだ!」


 マクリンズ次官は、既知であるポワズール伯爵の問いかけに勢い込んで答えた。

 ポワズール伯爵家は、アルマン王国への外交窓口でもある。そのため、マクリンズは伯爵と何度か会っていた。


 一方、マクリンズはシュラール公爵や先代ベルレアン伯爵アンリとは初対面であった。

 シュラール公爵は西方海軍元帥だが、あまり前に出ることのない人物だ。領地が内陸200km以上ということもあるが、元々が文官的気質だからか彼は軍務を各司令官に任せている。そのため、マクリンズが公爵と会う機会はなかったのだ。

 そして今回初めてルシオン海に訪れたアンリも、当然マクリンズと会ったことはない。


 知り合いなら有利というわけでもないだろう。しかしマクリンズは、顔見知りのポワズール伯爵が会話に加わってくれたことを喜んでいるようであった。


「ほう。王宮に参内するとなれば、かなりの名工なのでしょうな?」


「そうだとも! ラウリとイルモという職人が陛下に献上したミスリル細工、今まで見たこともない精巧な出来であった……」


 ポワズール伯爵の重ねての問いに、マクリンズはドワーフ達が参内したときの様子を語る。

 話が()れたら時間稼ぎに好都合だからだろうか、彼は微に入り細に渡って描写する。しかし、うっとりとした彼の表情からすると、本心からドワーフ達の細工物を賛美しているようでもあった。


「なるほど。それなら話は早い……ビュレフィス子爵!」


 今まで黙っていたアンリは、室内に(とどろ)大音声(だいおんじょう)でとある人物を呼んだ。それは、彼の弟の孫であるビュレフィス子爵シメオンだ。


「失礼します」


 入室したのは、シメオンだけではない。彼の妻であるミレーユに、共にフライユ伯爵家を支えるフォルジェ子爵マティアスと、その妻であるアリエルも一緒だ。しかも、四人の後ろには数人のドワーフがいた。

 彼らは、シノブ達に救出されたドワーフ達だ。先ほどマクリンズが口にしたドワーフの名職人イルモとその父のラウリを、若いドワーフ達が支えるようにして司令室に入ってくる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ラウリとイルモは救出から二日しか過ぎておらず、衰弱が激しかった。それでも壮年のイルモは足取りもしっかりしていたが、ラウリは孫のヴィヒト達に支えられ何とか進むという有様だ。

 ドワーフ達は(いず)れも、(いきどお)りの篭った眼差しでアルマン王国人を見据えている。シメオン達に先導され入室する彼らは(こぶし)を固く握り締めて顔を真っ赤にし、見ているだけで恐ろしげだ。

 実際にマクリンズや副官のパリーヴズは、少しばかり腰を浮かせたようである。


「ラウリ殿、イルモ殿、こちらへ」


 アリエルは、二人のドワーフを脇のソファーに(いざな)った。そしてラウリ達が席に着くと、支えてきたドワーフ達は彼らを守るように立ち並び、腕組みをしてマクリンズ達を(にら)みつける。

 ドワーフ達の腕には鍛え上げた筋肉が盛り上がり、憤怒の表情と相まって強烈な威圧感を放っている。そのせいかマクリンズの顔からは血の気が引き、まるで紙のように白くなっていた。


「……手短に行きましょう。彼らは『隷属の首輪』で縛られていましたが『金剛宮』に参内したことは覚えていましたよ」


 シメオンはマティアス達三人と同様に、ドワーフ達の横に並ぶ。そして彼は簡単に自己紹介を済ませると、早速マクリンズに向かって語りかけた。


 ラウリやイルモを連れて来た理由は単純だ。アルマン王国の王宮に参内したラウリ達に、証人となってもらうためである。

 多くの場合『隷属の首輪』を装着された者は、解放後も支配中のことを覚えている。そこで、アルマン王国の王宮にドワーフ達の代表が参内したと知ったシノブ達は、該当者が誰か調べたのだ。アルマン王国にドワーフ達の隷属を示す上で、彼らの証言は大きな意味を持つからだ。

 もちろんアルマン王国側も、同国人が禁忌である隷属に手を出していたとは信じたくないだろう。しかし、実際に王宮まで赴いたドワーフの言葉であれば、そう簡単に否定は出来ない筈だ。そこで、まだ治療の途中であるラウリやイルモを連れて来たのだ。


「これはイルモ殿が記名した作業記録です。オールズリッジの地下工場で得たものですよ」


 続いてシメオンは、偽装商船や地下工場、隠し港などから得た文書も示す。

 シメオン達が来たのは、これを提示するためであった。シノブ達が鹵獲(ろかく)した偽装商船やドワーフ達を救出した作業場には、ラウリやイルモの存在を示すものも残っていたのだ。

 シメオン達は諸々の証拠を持ち都市オベールから、そしてラウリ達がシェロノワから神殿で転移可能な最も西の都市シュラールに赴いた。そして彼らは、炎竜イジェの運ぶ磐船でエリーズ号に来たわけだ。


「隷属に貴国全体が関与していたかは別として、無関係と言い逃れるのは難しいと思いますが……如何(いかが)でしょう?」


 シメオンが語り終えると、同時に場の雰囲気は重苦しさを増す。

 ドワーフ達はアルマン王国側の返答次第では(こぶし)を振るうと言わんばかりの形相だし、シュラール公爵達の表情も最前より更に鋭さを増している。それに対し禁忌への関与が明らかになったからだろう、アルマン王国の多くは強い動揺を示していた。


「確かに、ラウリ殿とイルモ殿に宮殿で……」


「マクリンズ次官! 余計なことを言うな!」


 軍使のマクリンズはシメオンの言葉に頷こうとした。しかし副使のカティートン司令が、大声で彼の言葉を(さえぎ)った。


「司令、正使は私だ!」


 職責を侵されマクリンズは激昂したらしい。彼は真っ赤な顔となり、カティートンに(つか)みかかろうとする。


「敵に利する者など正使でも何でもない!」


 だがマクリンズは文官、軍人に(かな)いはしない。カティートンはマクリンズの手を難なく打ち払うと立ち上がった。


「私は……」


 カティートンは胸元に手を運びながら何事かを言いかけるが、最後まで語れずに終わる。何故(なぜ)なら立ち上がった彼の鼻下に銀色の何かが当たり、そのまま気絶してしまったからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……(うるさ)い男だな」


「流石は先代様……」


 先代ベルレアン伯爵アンリの呟きに感嘆の声で応じたのは、直弟子のミレーユである。

 カティートンの顔に当たったのは、アンリが投じたフォークであった。先ほどまで彼がケーキを(つつ)いていたものだ。

 当たったのはフォークの()だが、よほどの勢いだったのか、それとも絶妙な位置だったのか、カティートンは見事に昏倒していた。鼻の下は人中という急所だが、たかだかフォークが当たったくらいで気絶するのはアンリの優れた投擲(とうてき)(ゆえ)であろうか。


「な、何を!?」


 マクリンズは棒立ちになってアンリを凝視する。彼は、昏倒したカティートンに駆け寄るシメオンやマティアスなど、目に入らないようだ。


 そしてマクリンズ達が動揺している間に、シメオン達はカティートンの身体を調べ始める。

 本来なら、使者として来た他国人の身体を探るなど許されない。しかしマクリンズを始めとするアルマン王国の者は激しく狼狽しており、指摘することも無かった。


「お前さんも、死にたくはなかろう? ほれ、何か出てきたようだぞ?」


 アンリは、いきり立つマクリンズなど気にならないようだ。彼はソファーに座ったまま白髭を捻りつつ平然と答える。


「マクリンズ次官、彼は発火の魔道具で自爆を試みたのです」


 マティアスはカティートンの服を肌蹴(はだけ)ると、その下を一同に示した。彼が言うように、カティートンの胴には大型弩砲(バリスタ)に使う発火の魔道具が巻かれている。


「やはり……アリエル殿、お願いします」


 シメオンは、カティートンの首元に目をやった後、アリエルを呼んだ。彼は、カティートンが身に着けていたものを予想していたらしいが、それでも嫌悪は隠せないようで、微かに眉を(ひそ)めていた。


「はい……もう大丈夫です」


 アリエルは、僅かな間カティートンに向けて杖を(かざ)していたが、再び離れる。彼女の顔にもシメオンと似た憂慮の色が浮かんでいる。


「皆さん、見てください」


「シメオン殿、やはり?」


 事態を見守っていたシュラール公爵が、興味深げな視線をシメオンに向けた。正確には、シメオンの右手に、である。彼の手には、少しばかり無骨な首飾りが握られていた。


「はい。『隷属の首飾り』です。新式の『解放の杖』を使ったから大丈夫だと思いますが……」


 隷属の魔道具を無理に外すと、装着者の精神に悪影響が出る。そのため、カティートンから首飾りを外す前にアリエルが『解放の杖』を使い、隷属の効果を打ち消したわけだ。


 アルバーノがアルマックの軍本部に潜入したとき、彼を補助していたホリィ達は、二つ三つの『隷属の首飾り』を感知した。そのため、各国の艦隊には隷属を解除できる魔道具を配備していたし、アリエル達も携行していたのだ。


「同胞にも使うとは……」


「儂らだけではなかったのか……」


 イルモやラウリは、(いきどお)りと(あき)れが混在した表情であった。それに、彼らを囲むドワーフ達もだ。

 ドワーフ達は、アルマン王国が自国民にも隷属の魔道具を使っていたことに強い衝撃を受けたようだ。彼らは、今まで以上に怒りを顕わにしている。


「まさか司令が……」


「嘘だろ……」


 そして、アルマン王国の武官達も大きく動揺をしている。こちらは、自分達の司令官が突然の凶行に出たのだから、正に茫然自失といった有様だ。


「マクリンズ次官、彼は軍務卿の腹心だとか?」


「ここに来るまで、何か変わった素振りを見せなかったでしょうか?」


 シメオンとマティアスがカティートンの調査を続ける中、ポワズール伯爵とシュラール公爵がマクリンズに問いかける。


 カティートンが自爆を試みたのは、『隷属の首飾り』で操られていたからであろう。ここにはメリエンヌ王国海軍の重鎮が揃っている。そのため、彼らを殺害すれば今後の戦で有利に立てるかもしれない。

 とはいえ、メリエンヌ王国も旗艦が沈んで司令の数名が戦死しただけで崩れることはない。したがって、多少の時間稼ぎならともかく、敵を押し留めたり戦局を大きく変えたりするようなことは出来ないだろう。

 それに、自爆は追い詰められての選択のようでもある。ならば、カティートンには別の意図があったのでは。おそらく、ポワズール伯爵とシュラール公爵はそう考えたのだろう。


「え、ええ……そういえば、この航海の途中も何かと時間を掛けていたような……」


「その……今にして思えば、確かに変でした」


 マクリンズと彼の副官のパリーヴズは、自分達が使者で目の前にいるのが他国人というのも忘れてしまったようだ。もっとも、カティートンが自爆していれば彼らも命を落としただろう。したがって、二人が動揺するのも無理はないかもしれない。


 いずれにせよ、二人はシュラール公爵達に道中の様子を素直に話し出す。カティートンに航海を急ぐ様子がなかったこと、仕来りだと言って大きく寄り道をしたことなどである。


「……時間稼ぎがしたかったのでしょうか?」


「ですが、多少時間を稼いだところで、何が出来るのでしょう?」


 シュラール公爵とポワズール伯爵は、マクリンズとパリーヴズの少々要領を得ない説明を聞き終えると、揃って首を傾げていた。

 カティートンの行動が遅延を意図しているのは間違いない。だが、それでどんな利を得るのか、二人は疑問に思ったようだ。


「ドワーフ達の不在を誤魔化すためか……しかし……」


 ポワズール伯爵は、遅延はドワーフ達の不在を隠蔽するためだと考えたようだ。

 軍務卿はドワーフ達を隷属させていないと言い切ったらしい。そして彼は、作業場にいるドワーフを王宮に連れて来ると宣言したという。だが、実際には既にアルマン王国にドワーフはいない。

 ドワーフの体格は、人族や獣人族と大きく異なる。そのため、何者かの変装で誤魔化すことも難しいのではなかろうか。仮に子供に髭と長髪の(かつら)を被らせ、体を太く見えるように下に何かを着せれば、外見は取り繕えるかもしれない。しかし、会話をすればすぐに正体が露見するだろう。

 先の謁見とは違い、今回は隷属を疑われてのことだ。そのため身体検査もあるだろうし、多少の偽装では意味がないだろう。


「まずは、アルマン王国の船を調べるべきかと。他にも隷属の魔道具があるかもしれませんぞ」


 先代ベルレアン伯爵アンリは、思案する二人に歩み寄り進言した。確かに、隷属していたのがカティートンだけとは限らない。


「よろしいですかな?」


「は、はい!」


 マクリンズ達も、この期に及んで反対するつもりは無いようだ。自爆騒動を目にしたためだろう、彼らも隷属した者がいる状況では安心できないと思ったのであろう。

 どうやら、アルマン王国の軍使が帰還するのは、かなり遅れそうだ。彼らは、隷属があったという事実を自国に持ち帰るだろうが、それには使者を乗せてきた艦隊の検査を済ませなくてはならない。

 それを思ったのか、アンリやシュラール公爵、ポワズール伯爵は、アルマン王国の者達と共に、足早に司令室を歩み出て行った。


 一方、アンリ達が退室する中、シメオン達は部屋の隅でペンを取り紙片に何かを書き記していた。おそらく、通信筒でシノブやシャルロットに事態を伝えるためだろう。彼らはそれぞれ何事かを紙に書き付けると小さな筒の中に投じていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 所変わって、アルマン王国の王都アルマック、その中央の『金剛宮』である。カティートン司令の自爆騒ぎは、半日少々経った『金剛宮』には、まだ届いていないし、軍使も戻っていない。そのため、アルマックで自爆騒ぎを知るのは、通信筒で連絡を受けたシノブ達だけである。


 王都アルマックでは、この日の未明、零時過ぎに魔術局長グレゴマンの公館で不審な爆発があった。そのため王宮は人の出入りも制限され、王女アデレシアは小宮殿から出ることは許されなかった。そこでシノブ達が彼女の下を訪れ、演奏や談笑で彼女の気晴らしをしていた。


「殿下は、軍をお嫌いなのですか?」


 幾度目かの演奏を終えた後、シノブは唐突とも思える問いをアデレシアに投げかけた。

 しかしシノブの問いは、意外なほど平静に受け止められた。王女自身は決まり悪げな笑みを浮かべるだけで、側付きの者達も無礼と(とが)めることは無かったのだ。


「どうしてそう思うのですか?」


「殿下は、愛や平和の歌がお好きなようですし……軍艦の歌も楽しい歌だから興味を示されただけでは?」


 どことなく興味深げな様子で問いかけるアデレシアに、シノブは微笑みを浮かべつつ答えた。

 アデレシアは十四歳の少女だ。したがって、勇ましいことが嫌いでも不思議ではない。しかし一国の王女であれば、自国を守る軍に対して多少は好意を示しても良いのではないか。少なくとも、昨日今日来たばかりの楽士に隔意を悟られるのは問題であろう。

 もし彼女が軍を嫌うなら、それは軍務卿ジェリール・マクドロンや息子のウェズリードへの感情が影響しているのではないだろうか。そうであれば嫌う理由が何か確かめたいと、シノブは感じていた。


「軍人の方は、どうも冷たいような気がするのです……あっ、エメライン達は違いますよ! 騎士の忠誠は清く美しいものだと思います……でも、軍隊は……」


 アデレシアは感情を顕わにしない軍人が苦手なようだ。一方、彼女は側仕えの女騎士などには、親しみを感じているらしい。


「軍人にも、色んな方がいると思いますよ?」


「ええ……わかってはいるのです……でも、ジェリールやウェズリード、それにカティートンやロールウィンは……」


 アルバーノは、軍人の一人として彼らの味方をしたくなったようだ。しかし、アデレシアはジェリール達や、艦隊司令のカティートンなどの名を挙げて反駁する。


──王女様は、隷属の不自然さを察したのかな?──


──もしかすると、そうかもしれませんね──


 シノブとアミィは、思わず心の声を交わしていた。

 現在シノブは『隷属の首飾り』の存在を感知していない。したがって、今は王都の中に隷属の魔道具で縛られている者はいない筈だ。そのため、シノブは隷属の事実を王宮の者達に突きつけることが出来なかった。

 しかしアデレシアが挙げた中には、カティートンの名が入っていた。もしかすると、アデレシアが隷属に関する何かを少女ならではの直感で察したのでは。そう思ったシノブは、彼女が挙げた名前を心に刻み込む。


「実は、ウェズリードに嫁ぐ話があるのです……ですが、私は……」


 シノブが内心の思いに沈んでいると、アデレシアは悲しげな顔で自身の縁談を口にした。

 マクドロン家は軍務卿を務める名家だし、ジェリールの母も先王の妹であったという。したがって、降嫁の話があっても不思議ではない。だが、軍務卿達に隔意を(いだ)くアデレシアにとっては、望まぬ婚姻のようだ。


「殿下、そのお話は先王陛下も難色をお示しです」


 側仕えの女騎士が、王女を慰めるような優しい口調で語りかける。

 先王が反対しているなら、縁談は消え去りそうなものである。それにも関わらず王女が案ずるのだから、先王を(しの)ぐだけの何かがあるのだろう。であれば、それは現国王のジェドラーズ五世では。シノブは、そう思わざるを得なかった。

 ジェドラーズ五世は、軍務卿に何らかの恩を感じているようだ。ジェリールの亡き妻ナディリアは、命を懸けて王族の誰かを救ったらしい。もしかすると、国王は恩賞として娘を嫁がせようとしているのかもしれない。シノブの脳裏に、そんな思いが過ぎる。


「殿下、ウェズリード様より良いお方が現れますよ。ええ、きっとそうです」


 シノブは思わず王女を励ますような言葉を掛けてしまった。だが、全く根拠の無いことではない。

 マクドロン親子が隷属に関係しているのは間違いない。であれば、遠からず彼らは失脚する筈だ。そうなれば、ウェズリードがアデレシアを娶ることもないだろう。

 流石に、現時点でそれを口にすることは出来ない。しかしシノブは、王女に希望を持たせるくらいは良いだろうと思ったのだ。


「……そうですか?」


「ええ、殿下の願いは、きっと(かな)うでしょう」


 怪訝そうなアデレシアに、シノブは優しく頷いてみせる。すると、王女の顔は次第に明るさを取り戻していった。


「そうですね! できれば、ポールさんみたいに音楽が好きで優しい方が良いです!」


「えっ! ま、まあ……どこかに、いるんじゃないですか? きっと……」


 シノブは、アデレシアの言葉に驚き顔を赤くした。何故(なぜ)なら、ポールというのは楽士としてのシノブの名だからだ。


「ポールさん、先ほどの力強さはどうしたのですか?」


「ええ、そんなに動揺しなくても……」


 慌てるシノブを見てアデレシアが笑い、侍女の一人がそれに応じる。他のお付きの者達も一様に笑みを(こぼ)している。それに、アミィやアルバーノ、ファルージュもだ。


「失礼しました!」


 シノブは、笑顔と共に頭を掻いてみせる。経緯はともあれ、少女の顔に笑顔が戻ったのならそれで良い。そう思った彼は、殊更剽軽(ひょうきん)に振る舞ってみせた。

 すると、そんなシノブの様子に周囲の者は再び笑み崩れ、口々に彼を囃し立てる。


 日本にいるシノブの妹の絵美(えみ)と、アデレシアは同じ歳だ。そのためか、シノブもついつい彼女に肩入れしてしまうようだ。そしてアデレシアがシノブに懐くのは、おそらくその辺りが理由なのだろう。

 シノブは妹と同じ歳の少女が微笑む(さま)を見ながら、二度と会えぬだろう家族のことを思い浮かべていた。しかし彼は内心の動きを悟られぬよう表情を繕うと、再び談笑の輪に戻っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年2月7日17時の更新となります。


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