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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第15章 神の代行者
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15.24 混迷の気配 前編

 創世暦1001年4月14日の朝、アルマン王国の王都アルマックは、騒然とした空気に包まれていた。この日の未明アルマックの中央区から上がった爆音と炎には、王都の住民達も当然気が付いた。そして日が昇る頃には、異変が起きたのはグレゴマンの公館であったと、殆どの者に伝わっていたのだ。


「魔術の実験でもしていたのかねぇ……」


「まさか……『金剛宮』のすぐ脇だぞ?」


 グレゴマンは、軍務卿ジェリール・マクドロンの部下であり、魔術局長を務めている。そのため、魔術の実験や魔道具製造が原因だと考えた者は多いらしい。

 しかし、グレゴマンの公館は王宮である『金剛宮』からも近い。したがって、そんな場所で危険を伴う実験をするなど不見識も甚だしいという声が出るのも当然であろう。


「単なる不始末じゃないと思うぞ。まだ監察官達が沢山出入りしている。それに、周囲も封鎖したままだからな」


 仕事上がりらしき若い兵士が、港に近い宿屋の前で情報通ぶって自説を披露している。夜勤明けなのだろう、兵士は多少の事情を知っているようだ。もっとも、この混乱する中で帰宅できたのだから、あまり重要な地位でもないのだろう。


「お陰で、謁見も中止になったそうじゃないか。うちの宿に泊まっている芸人も、残念そうな顔で戻ってきたよ」


 兵士に応じたのは、宿の者らしき若者だ。彼は、近くから何かを仕入れてきた帰りらしく、大きな荷物を抱えている。


「それで中が賑やかなのか。お前さんとしては、得だったんじゃないか?」


 兵士は宿の入り口へと顔を向けた。戸口からは、僅かに楽器の音が漏れてくる。

 現在、中央区を出入りする者には厳重な検査が実施されるし、そもそも王宮は厳戒態勢だ。そのため自慢の品や芸を王族達に披露して栄達するどころか、王宮にも入れずに追い返されるのみだ。

 そのため、この宿に泊まっている楽士も王宮での演奏を諦め、宿で小遣い稼ぎをしているのだろう。


「今日はね。だが、これが長く続くようなら楽士達も王都を出るかもしれないからなぁ……」


 宿屋の若者は、浮かない顔をしている。

 王都など都市の宿屋は、大抵の場合は食堂なども経営している。中には、そちらの稼ぎが多い宿もあるくらいだ。

 しかし他と同じようにやっていては、食堂を繁盛させることは出来ない。料理を工夫し、少しでも安価に提供するのは当然だが、付加価値というか客引きの要素も必要だ。そのため多くの宿屋兼食堂では、楽士の演奏などで差別化を図っていた。

 王都には一攫千金を夢見てやってくる芸人など幾らでもいる。そして彼らは、多少宿泊料金を割り引いてやれば喜んで演奏してくれる。しかし、王族や貴族の前で演奏する機会が無くなれば彼らも別の町に行くだろうし、残るにしても正規の演奏料を取るに違いない。


「まあ、明日のことは明日心配することだな。ともかく、飯を食わせてもらうぞ。事件のせいで引継ぎが遅れたんだ」


「それは大変だね。今日は多少混んでいるけど、まだ空いている筈だよ。こんなだから、酒場の方も早仕舞いしたそうだ」


 宿に入っていく男に、宿屋の若者が肩を(すく)めながら言葉を返した。

 攻め寄せる各国の海軍に対応するため、アルマン王国は多くの艦隊を洋上に展開した。したがって、港に残っている軍人は少なく、酒場も普段のようには客が来ないらしい。


「おお、それは良いな! タダで店の女達が拝めるわけだ!」


「そんな貧乏くさいことを……まあ、綺麗どころはいるけどね」


 喜色満面の兵士に、宿の若者は苦笑していた。

 酒場女達は、仕事帰りに宿の食堂で食べていくことが多い。とはいえ、商売でもないのに彼女達が媚を売ることはないだろう。したがって、兵士に出来るのはせいぜい隣で眺めるくらいだ。

 しかし下級兵士にとっては、それでも充分な楽しみらしい。笑顔の彼は、足取りも軽く宿屋の中に入っていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「不景気ねぇ……軍人さん達がいないと、商売にならないわ」


「仕方ないでしょ。でも、ドワーフ達を奴隷にしていたって、本当かしら?」


 宿の中では、四人の若い女が浮かない顔をしていた。実は、彼女達は先日アルバーノやファルージュと出会った酒場女であった。商人に扮したアルバーノ達に、あれこれと教えた四人である。


「最初は信じていなかったけど。でもグレゴマンって人の館で何かあったんでしょ?」


「おお、それなら俺が知っているぜ!」


 女達の会話に加わったのは、隣のテーブルで食事を取っていた兵士である。先ほど外で宿の若者と話していた兵士だ。

 兵士は何とかして話に混ざろうと思っていたようで、自分の知っていることを得々とした様子で女達に語っていく。


「……ふ~ん、ありがと」


 しかし、女達には心を動かされた様子は無い。それどころか、少しばかり蔑んだような目を向けている。


「何だ! 素っ気無いな!」


「だって、貴方ってツケばかりだもの。早く払ってくれないと私まで文句言われるのよ」


 憤然とする男に、一人の女が頬を膨らませながら言い返す。彼女は、アルバーノの側に(はべ)っていたケイトという女だ。


「ケイトの言う通りよ! 貴方、ツケを払えるんでしょうね?」


「うっ、それはだな……」


 兵士は、すごすごと自分のテーブルに引き下がる。

 軍人は半期ごとに報酬が支払われる。したがって借金を返す当てがあるから、多少のツケは許容されるようだ。しかし、あまりに未払いが嵩むと酒場も出入りを禁止する。恐らく、この兵士はかなりツケを貯めており店に行くことは出来ないのだろう。


「あ~あ、アルお兄さん達のようなお客さん、また来ないかな~」


「そうねぇ……ファルさんも可愛かったし……」


 背伸びをする女に、隣の者がしみじみと同調する。

 手早く情報を集めたいアルバーノ達は、多少散財してでも女達の口を軽くしたかった。そこでアルバーノ達は高価な酒を何本も頼み、しかも最後はそれらを女達に与えて去っていったのだ。


「あの……アルとファルとは、マドウェイからの商人ですか?」


 追い払われた兵士の代わりに四人に近づいたのは、金髪碧眼の若い女であった。

 実は、彼女は人族に変装したソニアである。シノブ達が王宮に留まることとなったため、代わりに彼女がアルマックの情報収集担当として送り込まれたのだ。

 本日未明、シノブ達は竜人から元に戻った四名の男女をシェロノワに送った。そして、戻りの便でソニアがアルマックに来たわけだ。


「知っているの?」


「アルは、私の叔父です。あっ、私はソーニィといいます」


 ソニアは、不審そうな表情となった女達に笑顔を見せつつ自己紹介をする。どうやら彼女は、アルバーノと縁のある四人から王都の様子を知ろうと考えたようだ。


「そうなの! ここに座ってよ!」


「ソーニィって言ったわね。アルお兄さん達の仕事を手伝いに来たの?」


 四人は最初ソニアを警戒したようだ。だが、彼女がアルバーノの身内だと知り、心を開いたらしい。もしかすると、ソニアが上客であるアルバーノへの伝手になると考えたのかもしれない。


「はい。でも、王都は何だか大変なことになっているようですし……もしかしたら、叔父も王都を離れたのでは……」


 腰掛けたソニアは、困惑を滲ませつつ四人に語りかける。今日のソニアは商家の者らしく少しばかり地味な装いであった。そのためだろう、彼女の悩ましげな様子が一層強調されている。


「そうね……アルお兄さん達って軍務卿様や商務卿様への伝手を探していたけど、そういう状況じゃなくなったから」


「メグの言う通りね! 軍務卿様は戦の指揮で忙しいでしょうし、商務卿様だって新たな売り込みの相手をしている暇はないでしょうから。あ~あ、きっと当分不景気なままよ!」


 ソニアを可哀想に思ったのだろう、メグという女は同情を滲ませつつ答えた。

 しかし向かいに座っていた女は、どちらかと言うと自分達の商いへの影響が気になるらしい。ふくれっつらの彼女は、その表情に相応しい愚痴を(こぼ)す。


「その……誤解が解ければ戦も終わると思うのですが……そうすれば景気も良くなるのでは……」


 ソニアは少し言い(づら)そうな様子で、向かいの女に応じた。

 誤解とはドワーフ達を隷属の魔道具で縛ったことだ。これは事実ではあるのだが、アルマックの住民達の間では何かの誤解だという意見が多かった。そのためソニアも、彼らの認識に合わせた表現をしたらしい。


「グレゴマンって人が陰で何かやっていたんじゃないかしら? きっと軍務卿様達は(だま)されていたのよ!」


「あまり王都に近づかないって言うし、何か後ろ暗いことがあるのね!」


 どうやら、女達は軍務卿達に好意的らしい。もっとも、これは王都の者、特に港町の住人に共通した見解のようだ。

 港町に金を落としてくれるのは、商人と軍人だ。商人にも軍需産業がらみの者がいるから、軍の影響下にある者は多い。したがって、良客である軍部を非難する声が小さいのも当然であろう。


「王様がもう少し……」


「しっ、滅多なことは言わないの! そこで駄目兵士が聞いているでしょ!?」


 女の一人が国王について触れようとしたが、別の女が(さえぎ)った。先ほど声を掛けてきた男は、まだ隣の席で食事をしていたのだ。


「お、俺は告げ口なんてしないぜ! それに、俺も陛下は少々頼りないと思っているんだ……」


 兵士が慌てた様子で女達の会話に割り込んだ。彼は何とかして話に混ざろうと思っていたのだろう、ずっと聞き耳を立てていたらしい。


「ま~た、都合のいいことを! 軍本部に告げ口しちゃおうかしら? ツケのこともあるし……」


「それは勘弁してくれ!」


 女達の攻撃を受けた兵士は、どこか嬉しげである。どういう形でも女達と会話が出来たからであろうか。


 一方、ソニアは兵士と女達のやり取りを興味深そうに見守っていた。

 どうやら、街では国王の評価は高くないらしい。そして海運を保護する軍への信頼が厚いのか、軍務卿ジェリールとその息子ウェズリードを悪く言う者は、このような事態に至っても少なかった。

 街の者達は、王宮から発表される情報や知り合いの軍人や内政官から聞いたことでしか判断できない。そのため、どうしても自国や身近な者に好意的な解釈をしてしまうのだろう。情報を多様な手段で得ることの出来る世の中とは違うため、無理のないことではある。


 街の者の誤解を解くことは、そう簡単ではなさそうだ。グレゴマンに対する不信感は高まったが、軍務卿達の支持基盤はかなり強固なようである。彼らの非道を広く知らしめたとしても、充分な証拠が無ければ受け入れてもらえない可能性はある。

 王都の朝は、グレゴマンの公館での一件で持ちきりである。しかし事態を動かすには、更に大きな何かが必要なのかもしれない。

 それらを思ったのか、ソニアの顔は僅かに曇り気味であった。だが、彼女は再び表情を取り繕うと、酒場女達と兵士の会話に耳を傾けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ソニアや酒場女達の語らいから暫く経った頃、シノブ達は『金剛宮』の小宮殿で王女アデレシアと会っていた。今朝もシノブ、アミィ、アルバーノ、ファルージュの四人は、楽士として演奏をしたのだ。


 グレゴマンの公館での事件により、普段行われている商人や芸人を宮中に招いての産物や技能の披露も中止となった。そのため、王女アデレシアは時間を持て余すこととなったのだ。

 一方、第一王妃と第二王妃、それに王太子妃は、大宮殿で公務を行っているという。国王達が各国との戦いへの対応で忙殺されているため、王妃達が通常の行事の一部を代行したようだ。

 行事といっても大半は形式的なものであり、諸々の確認や承認だという。例えば任官の儀であったり諸々の布告の承認の儀であったりだ。もちろん、これらは既に閣僚などが決めたものに対し、形式的に承認するだけであり、彼女達に判断が求められるわけではない。

 しかし、そんな形式上の業務であっても未成年のアデレシアが代行することは認められていないらしい。そのため、彼女だけが小宮殿に残ることになったわけだ。


「私も来年には成人だというのに……」


 アデレシアは、シノブ達に不満げな表情で語りかけた。

 何曲かの演奏を終えたシノブ達は、休憩を兼ねて王女と歓談している最中だ。今は王女とシノブ達の四人で丸いテーブルを囲み、その周囲には王女付きの侍女や女騎士が(はべ)っている。


「……ポールさん、酷いとは思いませんか?」


 暫し眉を(ひそ)め口を閉ざしていた王女だが、彼女は唐突にシノブに同意を求めた。なお、ポールというのはシノブの仮の名だ。


 どうやら、シノブ達はアデレシアに大層気に入られたようだ。

 昨日の午後も、シノブ達は演奏の合間に王女と話をした。それはシノブ達が街の者の暮らしを語り、王女は王宮の諸々について触れと、種々雑多な取り止めもないものだ。しかし王女は、自身の身分を気にせず語れる相手が新鮮だったらしく、演奏と同じくらいにシノブ達との会話を楽しんでいた。

 そのためだろう、王女はシノブ達にかなり心を許したようだ。今日も彼女は、シノブ達の訪れを心待ちにしていたらしい。


「可憐な殿下のご登場は非常に嬉しく思いますが……とはいえ、仕来りは守るべきかと」


 王女に見つめられたシノブは、代表して言葉を返す。

 シノブ達が扮するビートル楽団の座長役はアルバーノだ。そのため、王族達との会話はアルバーノが中心となっていた。

 しかし、どういうわけだかアデレシアはシノブに興味を(いだ)いたようだ。彼女は、何かとシノブに語りかけてくる。


「ポールさんは、あんなに斬新な演奏をするのに、意外に古いんですね!」


 アデレシアは可憐と言われて一瞬顔を綻ばせた。しかし自身の意見にシノブが同意しなかったためだろう、頬を膨らませる。


 それは、まるで兄に甘える妹のような姿であった。そう感じる理由の一つは、二人の外見が赤毛に青い瞳と共通しているからだろう。

 現在、シノブ達は全員人族に姿を変えている。そしてシノブとアミィが赤毛に青い瞳、アルバーノとファルージュが栗色の髪に緑の瞳だ。そのため、シノブ、アデレシア、アミィの三人は、兄と妹達のように見えなくもない。


「ポールは意外にも真面目なのですよ。私の弟なのに……」


「そうですよね、ジョンさんとは大違いです!」


 大袈裟に嘆いてみせるジョンことアルバーノの言葉を、アデレシアは()に受けたようだ。彼女は素直に頷くと肯定する。


「おお! 殿下まで……」


 するとアルバーノは、顔に手を当てて更なる嘆声を漏らす。

 そんな王女と楽士達の様子を、侍女や女騎士達は微笑みながら見守っていた。お付きの者達は、どこから来たともしれぬ楽士が王女の側に(はべ)っても不快感を見せることはない。それどころか、シノブ達に感謝している風でもある。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──何か、悩み事があるのかな?──


──そうですね……何だか、私達がいて助かった、と思っているような──


 王女とアルバーノがやり取りをする中、シノブとアミィは密かに思念を交わしていた。

 お付きの者達には、何となくだがシノブ達を歓迎するような雰囲気が漂っている。それは、単に優れた楽士を喜ぶというのではなく、王女の憂いを晴らしてくれる者への歓迎とでもいうような、一種独特の感情が滲むものであった。


──昨日会ったばかりだから、理由はわからないけど……でも──


──何とかしてあげたい、ですか?──


 アミィは、面白がっているような思念でシノブに答えた。彼女は、シノブがアデレシアを気にする理由を察しているらしい。


──ああ。絵美(えみ)と同じ歳だからね──


 シノブも、アミィに隠し事が出来るとは思っていない。そのため、彼は素直に妹の名を挙げ、アミィの言葉を肯定する。


 シノブには両親と妹がいる。とはいえ、日本にいる家族と再び会うことなど(かな)わないだろう。

 そのため、シノブも普段は思い起こすことは少ない。もちろん、シノブにも日本に残した家族への思慕は存在する。しかし会えない者を思って憂い嘆いても、周囲を心配させるだけだろう。


 だが、妹と同じ十四歳の王女は、シノブに故郷のことを想起させた。

 赤毛で青い瞳の王女と、日本人であるシノブの妹には外見上似ている点など殆どない。だが、元気の良い王女の性格が絵美と似ていたためか、それとも兄と慕うような彼女の雰囲気のせいか、シノブは何となく彼女に親しみを感じていた。


──そういえば王太子様が同じ歳でしたね。その辺りが理由でしょうか?──


 アルマン王国の王太子ロドリアムは十九歳で、シノブと同じ歳だ。アミィは、アデレシアがシノブに懐く理由は、王太子として多忙なロドリアムの代償では、と考えたらしい。


──王女様の気持ちはそれで説明がつくけど、周囲の人は……──


「ポールさん、どうしたのですか?」


 シノブが黙り込んだのを不審に思ったのだろう、アデレシアは怪訝そうな表情で彼に問いかけた。


「いえ、夜中の爆発は一体何だったのだろうか、と思いまして……」


 シノブは、自身の沈黙をグレゴマンの公館の事件のせいにした。

 公館の庭に火球を放ったのは彼である。したがって、真実を知っている者なら失笑したことだろう。実際に、アミィ、アルバーノ、ファルージュの三人の表情は僅かばかり動いたようである。

 しかし王女や側仕えの者達は、それに気が付かなかったようだ。彼女達は、事件を極めて重大なことと捉えているのだろう、全員が深刻な顔となっている。


「まだ原因は(つか)めていませんが、魔術局長の公館で何やら不審なものが発見されたようです。局長や手の者は不在ですが、館は既に封鎖しました」


 側仕えの女騎士のうち、最年長の者が代表して答える。彼女も概要しか知らないのだろう、説明は非常に曖昧であった。


「グレゴマンという方は、どこにいらっしゃるのでしょうか? 魔術局長なのに、王都にいなくて良いのですか?」


 アルバーノは、そ知らぬ顔をしながら女騎士に尋ねる。彼の顔には、旅芸人に相応しい強い好奇心が浮かんでいるだけで、それ以外を見事に隠蔽していた。


「グレゴマンは、ジェリールとウェズリードが連れて来たのです。ジェリールの秘蔵の部下だそうです」


「殿下の仰るとおりです。しかし、こうなると軍務卿も責任を問われるでしょうね……」


 王女の言葉を女騎士は肯定した。

 グレゴマンは、軍務卿ジェリール・マクドロンと彼の長男のウェズリードの推薦で魔術局長となったそうだ。もちろん、それは実績も充分にあってのことである。アルマン王国では、グレゴマンが発火の魔道具を使った火矢の開発に成功したことになっているのだ。

 もっとも、発火の魔道具はベーリンゲン帝国の残党であるグレゴマン達が故郷から持ってきたものだ。したがって、実際には彼が独自に開発したわけではない。

 しかし、そんなことを知らないアルマン王国の者達は、彼を突如出現した天才的魔道具技師と見做したようだ。


 ただ、どういう経緯で裏にどのような事実があるにせよ、グレゴマンがマクドロン親子の推挙で今の地位に就いたことは間違いがない。それに、着任後も陰に日向に軍務卿達が支援していたのも確かだ。そのため女騎士が言うように、軍務卿達への追及も行われるに違いない。


「きっと、街の者達も案じているでしょうね……」


 王女は、それまでとは少しばかり違う、しんみりとした口調で呟いた。

 王族とはいえ、未成年のアデレシアには何の権限もない。そのため、彼女がグレゴマンの魔術局長就任に対して責任を感じる必要はないだろう。しかし彼女は王家の一員として、この件を真剣に憂えているようだ。


 シノブは、そんな王女の様子を見ながら顔を曇らせていた。

 実は、シノブにはソニアからの(ふみ)が届いていた。そこには彼女が港町で聞き込んだことが記されており、そのためシノブは街の反応について多少の知識を持っていたのだ。

 確かに、王女の言うように街の者は不安を(いだ)いている。しかし、その不安はグレゴマンに向けられており、軍務卿の親子に対する不信感とはならなかった。

 むしろアルマックの民は、苦境の軍務卿を応援しているかのようである。未曾有の国難から故国を守るには、軍を支えるしかない。ならば、軍務卿の邪魔をするようなことは控えるべきだ。そんな声すら上がっているらしい。

 そのためか、グレゴマンの公館の爆発は何者かの陰謀ではないだろうか、という声もあるようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──軍の方が庶民に近いからかな──


──そうですね。内政官になるより兵士となる方が楽ですから、街の人にとって親しみがあるのは軍なのかもしれませんね──


 シノブは、再びアミィと思念を交わしていた。

 アミィが言うように、どこの国でも内政官よりは兵士になる方が容易いようだ。これは、兵士の方が絶対数が多いからだ。国や地域によって違うが、内政官より兵士の方が十倍から二十倍は多いらしい。内政官は騎士か従士で平兵士は平民だから、当然ではある。


──公館の調査は監察官がやっているようだから、軍主導ではないんだろうけど──


 シノブは、グレゴマンの公館の調査を監察官、つまり内務省の者が行っていると知って安堵はしていた。シノブは、軍務卿の配下が調査を仕切り地下の研究室でのことを揉み消すかもしれないと思っていたが、それは杞憂(きゆう)であったらしい。

 しかし、その一方で街に軍務卿を応援する声が多いことに、シノブは強い懸念を感じていた。もしかすると、グレゴマンだけの(たくら)みとして片付けてしまうのでは。彼は、そう思ったのだ。


──そうですね。完全に握りつぶされることはないでしょうけど……でも、軍務卿に遠慮して事を荒立てないようにするとか、ありそうですね──


 アミィも同じような事を心配しているようだ。

 事件を小さく収めるなら、グレゴマンだけに責任を負わせるのが一番簡単である。禁忌の魔道具の製造は許し難いことであり、それを無かったことには出来ない筈だ。

 しかし軍務卿が否定した場合、民からの信頼が厚い彼をどこまで追及できるか。その点に関しては、アミィも確信が持てないのだろう。


──まあ、軍使が帰ってきたら……──


「ポールさん、ポールさん!」


 シノブの思索は、王女からの呼びかけにより中断せざるを得なかった。彼の目の前には、頬を膨らませて(にら)む王女アデレシアの姿があったのだ。


「な、何でしょう?」


「何でしょう、ではないです! 全く……お兄さまも、そんな風に夢見がちになりますが、ポールさんの方が酷いですね!」


 王女は驚くシノブに憤慨を示しつつ応じるが、途中から笑顔となった。どうやら兄である王太子を連想したことが、彼女の怒りを和らげたようだ。


「ロドリアム殿下が……ですか」


「ええ、お兄さまは、そういう可愛らしいところもお持ちなのです。国王には、不要かもしれませんが」


 アデレシアは、シノブの問いかけにニッコリと微笑み返し頷いた。

 やはり彼女は、兄を好人物と思っているようだ。もちろん、それは男女の愛などではないだろう。アデレシアは兄嫁であるポーレンスとも仲が良いらしいから、兄に恋しているようなことは無い筈だ。


「王様が完璧だと、家臣は(つら)いかもしれませんよ。ですから微笑ましいところがあるくらいで、ちょうど良いかもしれません」


「そうですね。ウェズリードなどは、少し怖いです……」


 シノブはアデレシアと同じく冗談交じりの言葉を返したが、それは彼の意図に反して王女の顔に笑みを(もたら)さなかった。

 どうやらアデレシアは、シノブの言葉からウェズリードを連想したようだ。そしてウェズリードには、彼女が顔を強張らせる理由があるらしい。


 シノブは、先刻も王女がウェズリードに敬称を付けずに呼んだことを思い出していた。

 家臣を呼び捨てるのは、王族である彼女なら自然な事かもしれない。しかし、シノブのことも『ポールさん』などと呼ぶアデレシアだ。シノブ達は、アルマン王国の民と偽っているのだから、彼女からすれば臣民である。したがって、ウェズリードを呼び捨てるなら、シノブ達も呼び捨てで良いだろう。

 しかし実際には、アデレシアはシノブ達に親しみを篭める一方で、グレゴマン、ジェリール、ウェズリードと呼び捨てにした。もしかすると、少女の直感が彼ら三人の闇を察したのであろうか。

 シノブの脳裏には、理由もなくそんな思いが浮かんでいた。


「殿下に怖がられるくらいなら、完璧ではない方が良いですね。私は芸人ですから、笑ってほしいです」


 シノブは、そう言うと脇に置いていたギター風の楽器リュートを手にして立ち上がった。彼は、沈鬱な空気を音楽で変えたかったのだ。


「ポール兄さんは、いつも子供達の笑顔に囲まれているんですよ!」


「ああ、大きな子から小さな子までね」


「色んな子がいて、驚きますが……」


 そしてアミィ、アルバーノ、ファルージュの三人も、シノブに続いて席を立った。

 三人の言う子供とは、竜や光翔虎のことだろう。確かに、大きな子から小さな子までいるし、色んな子供がいる。アミィ達は、シノブを囲むオルムル達の姿を想像したのか、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 シノブも、シェロノワで帰りを待つオルムル達を思い、顔を綻ばせた。そして彼は明るい笑顔で、それに相応しい楽しげな調べを奏で始める。


 これから、アデレシア達アルマン王家の者には苦難が訪れるだろう。それは、各地からシノブの下に寄せられる情報が示している。各地から送られるのは、シノブ達にとっては戦いが順調に推移していることを示す朗報だ。しかし、アルマン王国にとっては全く逆の意味を持つ。

 シノブは、この戦いがなるべく早く終わるようにとの思いを篭めつつリュートを奏で、歌い始めた。そんな彼の思いが伝わったのだろう、王女や側仕えの者達は彼の歌声に静かに聞き入っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2016年2月5日17時の更新となります。


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